そこが、楽園ではないとしても 作:テクニカル古則おじさん
大体本編の五年くらい前
アルマは読書をするために、礼拝堂を訪れることがよくある。
ナギサが家に来た場合、何かと理由を付けて読書を妨害されるため、今日発売のモモフレンズの新刊を誰にも縛られない自由な場所として、礼拝堂を好んでいた。
(……今回も良かった。モモフレンズのネタバレを神秘で踏まなくて良かった……)
自身の神秘のせいで去年のモモフレンズアニバーサリー企画のネタバレをされた時は、誰にも言えない上にショックを隠せなかったせいで、一週間くらい周囲を困惑させたのはまた別の話。
「ご機嫌よう。またいらっしゃってたのですね」
本を閉じて余韻に浸っているアルマの隣に、シスターのサクラコが隣に座る。
彼女とは何回か礼拝堂で顔を合わせる内にお互いに礼拝堂に居たら声を掛ける程度の友人関係を築いていた。
「ご機嫌よう。今日はどうしても一人で読みたかったからね」
「なるほど……」
サクラコとしてはモモフレンズの見た目に惹かれるものはないのだが、アルマがそこまで好むのなら知らない自分はもしかしたら流行りから取り残されているかもしれないという杞憂を抱えていた。
「つかぬことをお聞きしますが……私は何かと、その、周囲の方から怯えられてるような気がして……」
「なるほど……? 怯えられないようにしたい、と?」
見習いとはいえ、シスターから相談を受けると思っても見なかったこと、更に普段から人付き合いで難儀しそうな子だとは認識していた彼女から予想してなかった方向の物で困惑を隠せない。
「ですから、気さくな挨拶から始めたいのですが……何か良い案はありますか?」
「気さくなって……普通におはようございますとか──」
余計な未来が見えた。
このまま素直に今の流行りを教えると後々大変なことになる未来が見えたため適当な誤魔化しをすることにする。
「わっぴーとか……?」
「わっぴー。ですか……」
未来の中の一つで何故かサクラコがアイドルとしてはっちゃけた表情で活動している姿が見えてしまったせいで、それはそれで見てみたいと思ってしまったのが良くなかった。
「では、早速。こほん……わっぴー!」
サクラコは一瞬訝しげな表情をした後に、必要なことならと満面の笑みを作って落ち着いた雰囲気の彼女からは想像できない溌剌な声が礼拝堂に響く。
「……どうでしょうか?」
「えぇと……うん、凄く素敵な笑顔だと思う。次は実践してみよう。ちょっと外に出よっか」
一瞬だけ礼拝堂の空気が凍てついたが、彼女の笑顔だけは褒めて外に出た。
「ところで、わっぴーとはどういう意味なのでしょうか?」
一旦、二人は変に噂を流されない場所としてアルマの家の中庭を選び、そこでまだ紹介していなかったこともあり、携帯でナギサを呼び出して居るとわっぴーについての説明を求められた。
うっかり見えた未来でサクラコ本人が発していた言葉であるため、アルマにすら語源不明の謎挨拶なのでそれっぽい理屈を捏ねることにする。
「古文だと『わ』は『あ』に、『ひ』は『い』に変換できるでしょ」
「なるほど……再び会うことを望む、愛の籠った挨拶なのですね」
ある程度サクラコが古語に通じていることもあってか、それ以上の追求はなく、アルマは内心安堵したと同時に適当なことを吹き込んでしまい申し訳無さが込み上げてきた。
程なくしてナギサが到着すると、軽く彼女にサクラコのことを紹介して、簡単な自己紹介をさせようとしたのだが。
「シスターとはお話をする機会を伺っていまして、この度はありがとうございます」
「……私の方も他のシスターからも常々ナギサさんのお話は聞いております──」
シスターフッドのリーダー候補とティーパーティーのフィリウス派のトップ候補が話しているという状況は、政治的な何かを疑われてもおかしくはないが、今の内に面識を作っておくに越したことはないと、ナギサは内心で礼拝堂に行くのにアルマが自分を誘わずに会いに行ったとも考えられるサクラコに嫉妬の心が無くはないが、そういうことにしておく。
「アルマさんからも、色々と……ふふっ」
「ちょっと待った」
女子同士の会話にあまり混ざらないように、アルマは紅茶を黙々と淹れていたのだが、急にサクラコが含みのある笑い方をしたせいで、良くない方向に話の流れができて待ったを掛ける。
「アルマ、言い訳は聞きたくありません」
「違うからね? 何回か相談に乗ってもらっただけだから、ね?」
口許は笑顔なのに鋭い眼差しのナギサから睨まれ、アルマは背中に大量の汗を吹き出しながら、誤解無き事実を述べて自身の潔白を証明するために、サクラコにアイコンタクトで証言を求める。
「アルマさんの言う通りです。出会ったばかりのナギサさんとどうして良いかわからないという彼の相談を受けて良かったと思います」
「なるほど……そういうことですか」
被疑者のアルマはともかく、嘘を言いそうにないサクラコの証言で納得したと同時に自身のことについて他人に相談するくらい悩んでくれたことに少し浮き足立つナギサだった。
「あの頃のナギサはちょっと素直じゃなかったから……うん、大変だった」
「そ、その頃の話はやめませんか……?」
政略絡みの婚約ということもあって、初対面こそ退屈な会合から連れ出してくれたおかげで緩んでしまったが、それ以降は桐藤の女として弁えた態度を取ってしまい、可愛げの無いことも言ったことがあるが、ナギサにとっては軽い黒歴史として封印していたのに掘り起こされてしまい、恥ずかしさのあまり顔を赤くして彼の顔を翼の先端でぺちぺちと叩いた。
「ごめんなさい。私のせいでサクラコさんにもご迷惑を……」
「いえ、私も見習いとはいえ、シスターの端くれですので、相談に乗るくらいならいくらでも」
それから、サクラコの語弊のある言葉選びや意味深な表情のせいで誤解が生まれ掛けつつも、それをアルマが翻訳するうちにナギサも彼女との会話に慣れていって楽しいお茶会として初対面を終えることができた。
「それではアルマさんナギサさん……わっぴー!」
ナギサ手作りのロールケーキを手土産として持たされたサクラコを門まで二人で見送ると、帰り際のサクラコのわっぴーが炸裂した。
作ったぎこちない笑みではなく、今日のナギサとの出会いが心から嬉しかったとわかる笑みで良い笑顔だと思うと同時に、アルマはちょっと良くないことをしたと後ろめたさを覚えた。
「なんですか? 今のわっぴー? という挨拶は……」
「……サクラコなりの友愛の挨拶、かな?」
当然流行っている訳もない謎のオリジナル挨拶に困惑するナギサに説明する言葉をアルマは持っていなかった。
この日からアルマの中でサクラコの認識が愉快な女の子へと変化した。