そこが、楽園ではないとしても   作:テクニカル古則おじさん

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託したかったモノ、残されたモノ

 テラスでの一件から少し経った頃、セイアは自身の秘密のセーフハウスでテーブルの上に調査報告書の一枚を手に取って内容に目を通す。

 

(これが、二人の言う『あの人』か)

 

 トリニティではある意味珍しくない名家の生まれで、幼いながらにその血筋では最高の神秘とされ、ナギサとの婚約も政略結婚だったようだ。

 ただ、その神秘がどういったものだったか、報告書には一切の記載がなかった。

 ナギサとの婚約が成立していた以上、何かしらの神秘を保持していたのは確かである。

 

(……高等部進学前に事故が原因で死去。家督は別の者が継いだようだ。ミカ曰く、ゲヘナ生に殺された……というのは事実だろう。それこそ、全面戦争を避けるための隠蔽工作といったところか……)

 

 調査を重ねれば重ねるほどに、得られる情報が得たい真実から遠ざかっていく。

 まるで、こうなることを見越していたのか。問題は見越していたのは誰がそうしたのか。

 

(……改めて二人に聞く必要があるかもしれない。尤も話してくれればの話では──)

 

 一度報告書をテーブルの上に戻した途端に、何かに引き摺り込まれるような感覚と共にセイアの意識がホワイトアウトしていく。

 その感覚はセイアの持つ予知夢で夢と現実が曖昧になる独特の感覚とは別で、それが夢ではないが現実でもないというハッキリとしているのに、そのどちらでもない空間に居るという感覚は、まさしく異空間と呼ぶに相応しかった。

 

「ここは……」

 

 セイアの目の前には、大きな木が一本生えていること以外には特に何もない草原が広がっていた。

 心地の良い風が肌を撫で、温かい日が照らし、小鳥の囀りまで聞こえる。

 

「はじめまして、百合園セイアさん。私のことが知りたいんだよね?」

 

 木の根の部分に、見覚えのある少年が座っていた。

 まるで楽園というイメージを簡略化と一般化したような風景には似つかわしくない変なデザインの鳥があしらわれているトーガを羽織り、歳不相応に落ち着いた雰囲気の少年はセイアの名前を知っていた。

 逆にセイアも彼の顔も名前も、先ほどまで紙面の上で目にしていた。

 

「……どうして私の名前を?」

「私の名前を貴女が知っているように、貴女の名前を私が知っているだけ。わざわざここに来たのだから、少しだけ話をしよう」

 

 少年はこうなることも必然だと知っていたようで、どうやら彼もセイアと近しい神秘を保持していることを言外に語っていた。

 

「そうか。そういうことか。ならば、自己紹介も不必要だろう。早速本題に入るが君は何者なのか……いや、君の神秘は何なのか。聞かせてもらえるかい?」

 

 言わずとも向こうはセイアの目的も知っているため、わざわざ口にするまでもないが、形式的に疑問を投げ掛ける。

 それに対して彼は、言葉選びに少し時間を掛けて口を開いた。

 

「私はね、祝福することでしか。ナギサに未来をあげられなかった。ミカを悪い魔女にさせないためにも。そうするしかなかったんだ……そんなものに価値はないよ」

 

 彼の顔は自分の選択が正しい物であると思いつつも、その選択によって誰が苦しむのか理解している者の顔をしていた。

 自分にはどうすることも出来なくて、他者を頼るしかなくて、その上で自分に残された選択肢は一つしかなく、それはまるで、複数の未来を見てきたかのような諦観だった。

 

「君の言う祝福とは? 何かの隠喩か、それとも……」

「今の私には貴女を納得させるだけの神秘は見せられないし、ここでの記憶も渡すことは出来ない。だけど、忘れないで、いつだって未来を選べるのは今を生きている貴女達だから──」

 

 彼が申し訳なさそうにしながら立ち上がると、この世界が崩壊していく、結局は一方的に彼が話しただけなのだが、最後に口にするかどうかギリギリまで悩み、漏れ出た言葉と表情は我慢しきれなかった祈りだった。

 

「どうか、私のお姫様をよろしくね」

 

 本当はそれを言いたいがために、セイアをこの空間に呼び出したのではないかと思えるほどに彼の感情が見えたと同時に完全に世界が崩れた。

 

「……っ、今のは……?」

 

 次にセイアが意識を取り戻した時には、直前の記憶が抜け落ちていた。

 誰かと会話したという行動を記憶しているのに、内容を含めた何もかもが思い出せない。

 

「百合園セイアだな?」

 

 困惑しているセイアをよそに、一人の少女が現れる。

 

「ああ、もうそんな時か……待っていたよ。アリウス分校所属。白洲アズサ」

 

 何かを託された気もしているが、何も思い出せない。それにアズサが自分の目の前に現れたということは、これから何が起きるのか、どうするべきなのかも、セイアには既知の未来であった。

 

 

 ●

 

 

 翌朝、ナギサは朝食を済ませた後に、銃の整備を行っていた。

 ティーパーティーのフィリウス派代表である彼女が直接戦闘に参加する機会は無いに等しく、普段携行している銃のロイヤルブレンドも軽量なハンドガンで、茶会に相応しくない招かれざる者を追い払う用途でしか使われない。

 しかし、今ナギサが整備しているのは、それとは別の銃である。

 

(……また、目が覚めてしまいましたね。覚めなければ、貴方に会えたかもしれないのに)

 

 未だに一発も銃弾が発射されたことのない銃を整備するのが午前の日課になっていた。

 その銃を発砲する気は一切ないが、汚れてしまうのは耐えられない。

 最後まで、本当の主人を守ることもなく役目を終えたこの銃は数少ない彼の遺品で、ナギサはいつも懐に忍ばせている。

 

『座っているだけの牽制のし合いに意味なんてないよ。一緒に行こう』

 

 ハンカチを広げて、その上で銃を分解すると同時に彼との初対面の記憶に溺れる。

 その日は彼との顔合わせと同時に、良家の権力者の交流という名の政略闘争が行われていた。

 ナギサは周囲の不穏な気に当てられていて、少し気分が悪くなっていたところを、彼が連れ出してくれた。

 

『あ、あの……わたし、クッキーなんて焼いたことなくて……』

 

 分解した部品の一つ一つを拭きながら、抜け出して勝手に調理場を借りて焼き菓子を作ったこともあったことを思い出す。

 その時のことが切っ掛けで茶会に出す菓子も自分で作るようになった。

 

『初めてなんだから失敗しても良いんだよ。美味しくなかったら……そういうこともあったっていつかの未来で笑ってほしい』

 

 正しい順序で部品を組み立てて、整備が完了する。

 最後には組み上がった銃を見ると決まって、あの日を思い出してしまう。

 

「……っ、ぅ……」

 

 笑えない。

 それどころか胸が締め付けられて呼吸が苦しくなる。

 冷たくなった彼の身体も、ただ理想を踏み躙られ亡くした絶望も、止められなかった後悔も全て、まだナギサの中で止まったまま、今日という生き地獄の中では、笑うことなど出来ない。

 

「ナギサ様。少しよろしいでしょうか?」

 

 しかし、その日からセイアが何者かによって襲撃されたという情報を伝えられると同時にナギサの本当の地獄が幕を開けた。

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