そこが、楽園ではないとしても 作:テクニカル古則おじさん
「ねぇねぇ、婚約者ってどんな感じなの?」
風化して久しい在りし日のこと、ミカはアルマに最近出来たという婚約者について聞いていた。
二人は親族の中でも同い年だったため、顔を合わせる機会が多く、その日もミカの方が暇だからという理由でアルマに会いに来ていた。
「家が決めたことだからね。ゆっくり仲良くなれば良いかな」
「好きになれなかったらどうするの?」
政略結婚ということはアルマ本人も婚約相手であるナギサも理解している。
家柄が家柄なだけに、そういうことにあまり抵抗がないだけで、子供ながらに恋愛結婚に対する憧れはないのかと、ミカとしては気になるところだった。
「それは……あんまり考えてなかった」
「何それ、好きになる前提じゃん」
他人に対して、あまりネガティブな感情を抱かない彼らしい考えにミカは思わず笑ってしまった。
(あぁ、やっぱり夢だな……あの時の夢。私のとこに来るくらいならナギちゃんの夢に出てあげてよ)
ミカは今の状況が自分の見ている夢だと気がついた。
本来であれば、この日は少しするとナギサもやって来て、なんだかそれがアルマを取られたような気がして、二人に意地悪をしてしまって、しばらく表に出さないように引きずった記憶がある。
とはいえ、夢という脳が流している映像をミカは見ているだけに過ぎず、主導権はないためこの夢を変えられない思うと心が痛む。
「それでさ……手とか繋いだの? デートとかキスとかしたの?」
「全部してないよ……この前の演劇にでも影響された?」
「あ、ちょっと私のことバカだと思ってるでしょう?」
家の付き合いで一緒に見た劇に影響されたであろうことを察したアルマが半目で呆れる。
それがミカの性分であると言われたら、それまでだが、別にそこが悪いようには彼からは見えていなかった。
むしろ、ちゃんとハッキリと物事の好き嫌いが言えて羨ましいところだと思っている。
「いや、素直で羨ましいよ。私はあまり言わないようにしてるから……」
「何で? 言えば良いじゃん。息苦しくない? 私だったら嫌だなぁ。好きなものは好きでいたいし、嫌いなものは好きになれそうにないよ」
「ふっ……ふふ……」
「何で笑うのさ!? やっぱり私のことバカだと思ってるよね!?」
ミカの素直過ぎる物言いに思わずアルマが吹き出してしまい、彼女の頬が膨れる。
簡単なことなのに、賢しくなったつもりの自分が恥ずかしくなって、やっぱりミカが羨ましくなって、考えないようにしていたことに向き合うことにした。
「い、いや、申し訳ない。やっぱりミカのそういうところ、良いなって……そうだね。ナギサのことは好きになれそうなれなさそうじゃなくて、多分、一目惚れなのかなぁ……一緒に作ったお菓子が見た目も味も良くなかったと思うのに、美味しく思えたんだ」
照れ臭そうに笑いながらアルマが頬をかく。
その仕草を引き出せるほど、アルマを煩わせたナギサに嫉妬の感情が燻られる。
(この時に一歩踏み込めたなら、お姫様になれたのかなぁ……)
今頃になって、ナギサが羨ましくなってくる。もう彼は居ないのに、この時点でナギサに惚れ込んでいるのに、絶対に自分のモノにならない確信があったのに、やっぱりまだ彼のことが割り切れない。
そう思うと身体が勝手に、彼の方に顔が吸い寄せられていた。
「……えっ? ミカ? いや、ミカ? あの、え、何?」
何かが当たった頬に手を当て、理解が追い付かないアルマが混乱して、言語能力が著しく下がっていた。
それこそ、ここまで珍しい彼の表情を引き出せたのは嬉しいことには嬉しいのだが、夢の中とはいえここまで自身の願望通りに動けたことに、ミカも動揺してしまう。
「……あっ、いや、ご、ごめんなさい! また今度!」
勢いで謝罪したミカはその場を走り去ってしまって、そのまま夢から醒めた。
「……私は、最低だ」
夢とはいえ、婚約者が居る相手にとんでもないことをしてしまった。頬が紅潮するのも一瞬で、すぐさま血の気が引いていく。
当時は少し妨害する程度で、二人のことを祝福していたのに、今になってこんな思いを抱く自分に嫌悪感を向ける。
(そういえば、今日は誕生日だっけ……)
身支度をしてから制服に着替え朝食を採り、日付の確認をして誕生日であることを思い出す。
今朝の夢のせいで誕生会という気分でもない。静かにゆっくりしていたい。
それが出来る場所として、一番に思い付いたのはあそこしかなかった。
「ナギちゃんと来る前にもう一度来ちゃっ──」
そうして訪れた彼の墓は荒らされていた。
供え物のぬいぐるみは片割れが居なくなっていて、墓石はペンキが塗りたくられていて、落書きまでされていた。
「──」
声も出ない。一体誰がやったのか。ゲヘナ? フィリウス? サンクトゥス? それともまた別の誰か? そもそも、こんなことをする意味は?
あらゆる可能性がぐるぐるとミカの脳から心臓までかけずり回って頭が痛くなる。
怒りのあまり近くのものに当たってしまいそうになるが、ギリギリのところで耐えてその場に立ち尽くすことしか出来なかった。
「……ごめん。ちょっと待ってて」
それからミカは一人でうわ言のように謝りながら墓石の汚れを落とすため、自分が汚れることも厭わず掃除を続けた。
夢の中で彼を汚してしまったから、現実でも彼を汚してしまったように思えて、ミカの心は泥のそこに沈んでいった。
「ようやく終わった……もう夜じゃん……」
墓石が元の状態に戻る頃には、もう日が暮れて月が出ていた。
結果的に一人になれたとはいえ、結構な肉体労働だったせいか、片付けを終えた後も帰らずに墓前で座り込んでいた。
「はぁ……はぁ……ミカさん?」
「な、ナギちゃん……!? どうしてここに?」
墓前でボーッとしているミカの前にナギサが肩で息をしながら現れた。
今朝の夢のせいもあるが、未だに内心気不味さがあるミカは咄嗟に残されたペロロのぬいぐるみを自分の背後に隠した。
「それはこちらの台詞です。今日一日連絡もつきませんし、パテル分派の誰も行方を知らないと聞いて、一日中探したんですよ?」
「……ふふっ、何それ……ちょっと一人になりたかっただけなのにさ」
本気で心配している表情のナギサがどこか可笑しく見えて自然と笑ってしまう。
そんなミカを見た彼女も、思わず安堵しながら片手に持っているケーキボックスを少し持ち上げる。
「ミカさん。折角持ってきたロールケーキ。ぶち込みますよ?」
「こんなとこまで来て止めてよ。ごめんて、もっとしっかりしたとこで食べよ」
墓石の汚れや自分に付いた汚れも落とせたが、無くなったペロロ博士は誤魔化せない。
ナギサがそれに気づく前に背中を押して、墓の前から離れる。
(絶対に、許さない。ゲヘナと同じくらい。突き止めて……その後は──)
収まっていた憎しみがミカの中で再び燃え始めていた。
ミカ、誕生日おめでとう。