そこが、楽園ではないとしても   作:テクニカル古則おじさん

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ゴミ箱

 セイアの一件から時間が経ち、ナギサは補習授業部という部活の立ち上げ準備をしていた。人選も表向きの理由も整っている。しかし、一つだけクリアできない条件があり、その件に関しての頼み事のために、紅茶を片手に先生を待っていた。

 

(結局、ミカさんのためとはいえ、あの人の墓の前に行ってしまった……すぐに離れましたが、我ながら薄っぺらくて脆い決意ですこと……)

 

 先日のこともあって日に日に彼に会いたいという気持ちが強くなっていく。心を落ち着ける作用のある茶葉を選んで淹れた紅茶を啜る。

 ここ数日色んな茶葉を試しているものの、結局落ち着けることはなく、耐え切れずに懐に納めている遺品の銃の手入れを始めた。

 彼を思い起こしている間は多少は抑えることができる気がして、最近はミカとの茶会中にも取り出してしまうことがある。

 

「ナギサ様。シャーレの先生がお目見えです」

「……通してください」

 

 数分後、フィリウス派の生徒から先生の到着を知らせを受けたと同時に銃の手入れを終えたナギサは片付けをしてから先生を迎えた。

 

「先日のアビドスの件以来ですが、こうしてお会いするのは初めまして、ですね。ティーパーティーのホスト、桐藤ナギサと申します」

「私の方こそ、今日は初めまして。よろしくね」

 

 互いに簡単な自己紹介を済ませる。

 先生は今回の案件のために、ある程度ティーパーティーについて調べていたおかげで自分が今ナギサ一人に出迎えられていることに、少しだけ違和感を感じていた。

 

「今日はお忙しい中お越しいただきありがとうございます。本来は同じティーパーティーの聖園ミカさんも出席する予定だったのですが席を外しておりまして……もう一人の百合園セイアさんもある事情で入院中のため、私一人だけで申し訳ありません」

「気にしないで。次の機会に紹介してくれれば良いから」

 

 ティーパーティーのホスト代行が一人でシャーレに頼みがある。そんな話がただのお茶会のお誘いな訳がなく、政治が絡むことは分かりきっていた先生はナギサの世辞を世辞で返す。

 尤もそれだけで生徒の頼みを断る理由も、一から十まで疑い続ける理由もないが。

 

「お気遣い痛み入ります……早速本題の今日先生にお願いしたいことというのは──」

 

 ナギサの方もあくまでも先生の権限に用があるため、先生本人に興味は一切ない。アビドス高等学校での一件に手を貸したのも、エデン条約のための打算に過ぎない。

 

「──以上が、本日先生をお呼びした理由と先生に頼みたいことになります。私達ティーパーティーは……内部機密で詳しいことは言えませんが、人手も時間も足りない状況でして……いかがでしょう、先生?」

 

 成績不足や試験を受けられなかった生徒に挽回のチャンスを与えるために落第寸前の四人の生徒の救済とシャーレの権限を用いて外部顧問として、連邦捜査部シャーレの先生が迎え入れる必要があった。

 そう言った事情であるなら、助けが必要な生徒が居るのなら断る理由はどこにもない。

 

「私にできることであれば、喜んで」

「ありがとうございます。こちらが補習対象の四人の生徒の資料になります」

 

 事前に準備していた紙媒体の資料をナギサから手渡された先生は一枚目の生徒の顔写真に見覚えがあり、思わず口笛を吹いた。

 

「どうかされました?」

「いや、ちょっと面識がある子が居ただけだよ。まずはその子に会いに行くとするよ」

「……そうですか。では、これから彼女達をよろしくお願いしますね」

 

 先生がテラスから離れると同時にナギサは思わず懐のホルスターに触れる。

 本来の持ち主の彼が今のナギサを見たら何を思うのか。死人に口はなく、生者が想像したところでそれはナギサの妄想に過ぎず、都合の良いモノになってしまう。それでも楽園に到達するには今のナギサにはそうする他になく、ただそこに楽園があると信じて進むしかなかった。

 

「やっほー。初めまして、先生──って……もう終わちゃってる?」

「……はぁ……ミカさん。ティーパーティーの一人として……いえ、それ以前にトリニティの一生徒として……色々言いたいことがあるのですが……」

 

 独りになると、色々ネガティブな方向に思考が潜行してしまうものの、何も間に合っていないミカが能天気にテラスにやってくると、彼女の昔から変わらない天真爛漫さにナギサは心なしか緩んでしまう。

 

「ご、ごめんって! 私もちょっと色々あって……アレ、ナギちゃん怒ってる?」

「ミーカーさーんー?」

 

 それと同時に、もう少しどうにかならないものかと、昔から変わらないルーズさに振り回されている自分が、彼が亡くなった世界で、何も変わらない。何も変われていない。

 自分だけが『あの時』に取り残されているようで、それが堪らなく嫌だった。

 だが、これはナギサの中での問題で、それはそれとしてミカがティーパーティーとしての役割を疎かにしている事に対しての灸を据える必要があった。

 

「長い一本のロールケーキか、その半分の長さで二本に分けられたロールケーキ。どちらが良いですか?」

「ねぇ、それ変わんないよね!? その包丁ってロールケーキ切り分ける用だよね!? ねぇ!? 無言で近づくのやめてよ!? ねぇ!?」

 

 笑顔なのに般若のような形相のナギサがやたら長いケーキボックスと包丁を取り出して、音を殺してゆっくりとミカに近づく。

 その様子にミカは恐怖のあまり後退りをする。ナギサが一歩進むごとにミカも一歩下がって距離は詰まっていない筈なのに、着実に追い詰められていく。

 

 その日からしばらくお茶会で出されるロールケーキを見る度に竦むようになってしまったと、ミカは後に語っていた。

 




『わたしの夢は、みんなが自分を、みんなを、ひとしく愛せるようなせかいを作ることです』

 いつか、世界がどういうものなのか何も知らない。ロールケーキよりも甘ったるい夢を抱いた。

『愛は、敵をともだちに変えられるふしぎな想いだからです』

 その言葉の意味を深いところで理解できていないのに、何となくそれが良いものだと共感してしまったから、その言葉の主の表情が心の底からそれを信じていて、それが綺麗だと思ってしまったから。その夢に魅入られた。

『たとえ、けんかをしてもおたがいを思いやり、怒っている理由がりかいできなくても、諦めずにいれば、みんなが笑って──』

 大人達の権力争いや、家の名を背負うことの意味も、会ったこともない学園の生徒と憎しみ合う理由も、何も知らない。
 その本質が苦しみを人に与えるものであっても、全ての人にハッピーエンドが訪れる世界以上に、幸せな世界なんてある筈がない。

 そう、信じていた。
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