そこが、楽園ではないとしても   作:テクニカル古則おじさん

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地獄に落ちる条件

「先生、初めましてだね。私はトリニティのティーパーティーの聖園ミカだよ。この前は先生が来てくれたのに顔出せなくてごめんなさい」

 

 ミカはシャーレのオフィスまで先生を訪問して、以前果たせなかった顔合わせを行っていた。

 何かやらかさないか心配したナギサも同行しようしたのだが、流石にトリニティを留守にする訳にはいかないし、ミカとしてはナギサが同行するのは不都合だったため、わざわざ補習授業部が使っている合宿所から離れたシャーレのオフィスを選んだ。

 

「構わないよ。それで私に用って何かな?」

「大体三年くらい前かな? 私の()()()()()()()が矯正局に入れられちゃっててね。

 連邦生徒会長が行方不明になったってこともあって最近面会出来なかったんだけど、シャーレの先生に頼めば会えるかもって思って……」

 

 勿論。嘘である。

 持ち前の明るさを活かし、本当に友人が心配で顔が見たいだけという演技をして、事前の下調べで把握していた先生の優しさにつけこむ。

 

「厳密には矯正局は連邦生徒会の管轄なんだけど……多分なんとかなるよ。任せて」

 

 断る理由もない先生はミカの頼みを快諾して、端末を操作して申請を飛ばしながら、彼女を連れて矯正局へ向かう。

 

「貴方はシャーレの……申請は承っています。中へどうぞ」

 

 矯正局の門の前まで通る頃には申請は受諾され、検問をしている生徒にシャーレのタグを見せて門を通してもらう。

 

「ところでミカの友達ってトリニティの生徒?」

「違うよ。別のとこの生徒だよ……先生、申し訳ないんだけど、ちょっと今日会うのはシャイな子だから面会室の外で待っててくれないかな?」

 

 受付でミカが面会希望の生徒の名前を記入しながら先生に追加のお願いをする。

 キヴォトス基準でもアウトな犯罪を起こした生徒がシャイというのも妙な引っ掛かりを覚えたが、七囚人のような生徒も居るせいで先生は問題なしと判断してしまった。

 

「わかったよ。面会時間は守るようにね」

「うん。ありがとう」

 

 局員に案内された面会室の前で小さく手を振りながらミカは深呼吸をしてからドアノブに触れて入室する。

 

(ここまでは、上手く行った。問題はここから……)

 

 強化ガラスで空間が二つに隔てられた面会室の椅子に座って面会相手の生徒を待つ。

 今すぐにでも強化ガラスを叩き割り、向こう側のドアの前で待ち伏せでもしてやろうかと考えがちらつくが何とか抑える。

 

「誰だアンタ? 私は知らん」

 

 面会相手の囚人服を着させられたゲヘナ生が対面の椅子に座って、初対面のミカに怪訝な顔をする。

 

「私は知ってるよ。三年前、ここに入れられてずっと籠りっぱなしのゲヘナの子だよね」

 

 そんな彼女に対してミカは、憎い相手の筈と対面しているのに不思議と笑みがこぼれて、それが慈愛の表情にも見えなくもなかった。

 ゲヘナ生の方は察しがついたのか、得心がいったように口笛を吹く。

 

「……はーん? もしかして、アレか? あのトリ公の婚約者ってヤツか?」

 

 そうであったなら、悲しみに暮れることだって出来たのに、そうでなかったから、今こうして燃え上がる憎悪にこの身を焼かれている。

 茶化すようなゲヘナ生の態度に心臓の辺りが冷えていく感触がするが、それを無視して今回来た目的のためにミカ会話を続行する。

 

「……違うよ。それは私じゃない。私は彼の親戚。やっぱり君が殺したってことなんだね」

「ちげぇよ。ちょっと恵んでもらおうと小突いてたらそうなったってだけだっての。アンタもアレが事故だって知らないわけじゃないだろ?」

「……質問。貴女のお友だちは彼の名前を知ってる?」

 

 ゲヘナ生の主張はどうでも良い。当時の状況を直に見た訳ではないが、大まかに知っているミカからしたら表向きの理由はどうでも良かった。

 

「私も知らねぇことをアイツらが知ってるわけねぇだろ。つるんでた私が捕まったからって何かする連中でもねぇな。この三年間会いに来たやつも居ねぇし」

「……そう、寂しい子」

 

 純粋にそう思った。

 罪を背負ったとしても、そこに不変の友情があり、彼女を想ってくれるような関係でもなく、そういう関係を作れるような生活も送っていないのであろう。 

 憎悪が薄れた訳ではないが、そこに哀れみの感情が混ざってきて、ミカの瞳が徐々に冷めていく。

 

「今頃になって復讐? それともあのトリ公が言ってたみたいに分かり合えるってやつ? そんなだから死んだってのに懲りないねぇ! 親戚がそれなら婚約者の頭はどんなお花畑なんだろなぁ!?」

「──」

 

 ミカの中で何かが弾けた。

 次の瞬間には気が付いたら強化ガラスが粉々になっていて、ミカの右手には破片が幾つか刺さり、血をポタポタと流して面会室の床を瀆す。

 先ほどまで、ケラケラと笑っていたゲヘナ生も、突然のことに何が起きたか理解が追い付いていない筈なのに、生命の危険を感じて顔から血の気が引いていた。

 

「ミカ! 今凄い音なったけど一体──本当に何が起きたの!?」

 

 強化ガラスを拳で叩き割った際の轟音に驚いた先生と局員が面会室にドアを蹴破るように入って、中の惨状を目の当たりにして混乱する。

 

(こんなやつが居るからこんなやつが居るからこんなやつが居るからこんなやつが居るからあの人とナギちゃんを穢すなこんなやつが──)

 

 それからミカの記憶はなく、気が付いたらシャーレのオフィスの椅子に座らされていて、目の前には冷めきって粉がコップの底に沈殿し始めたホットココアが置かれていた。

 

「……あれ、先生。私」

「ようやく返事してくれたね。早速で悪いけど、何があったか教えてくれる?」

「それは……」

 

 正直に話すか。話すまいか。

 どちらにしても、友人であるということが嘘であることは先生も察しているだろう。

 その上で()重ねる(飲む)か、()を吐き出すか。

 

「……ごめんなさい。今は話せないかな」

「そっか……なら、ミカが話す気になったらその時は聞かせてほしいかな。それまでは私の監督不行き届きってことにしておくからさ」

 

 先生は仕方ないと困った表情で頭の後ろを搔きながら、片方の手で書類に何か記入していた。

 今回の件に関する始末書に必要事項を埋めていく先生は、ミカに対して思ったより手の掛かる生徒だなぁ以上の感想は抱かなかった。

 

「聞かないんだ……」

「矯正局に映像はあるけど、私に取って話してる内容はどうでも良いんだ。ミカが話せないなら、私も聞かない。それだけだよ」

「……ごめんなさい」

 

 思春期の生徒(子供)同士の喧嘩に大人が横槍を入れて強制的に止めてしまえばしこりが残る。

 どちらが悪い悪くないの話は、今進行しているエデン条約が関わっていることは先生も分かっていて、この問題の根が見えていない状態でミカを許すことを選んだ。

 後々のために、ミカが抱える物を全て吐き出してもらうためにもそうした。

 

「じゃあ、これでこの話は終わり! ミカはココア飲んで行ってもいいし、もう帰っちゃうなら送ってくよ」

「あー……いや、一人で帰るよ。今日はこれ以上先生に頼っちゃうと私が辛いかな」

「そう? じゃあ気をつけて帰ってね」

 

 あんなことの後で居心地が良い訳がないミカはさっさとトリニティに戻って一人になりたくて、先生の申し出を断り、ミカは一人でトリニティまで帰ってきた。

 

(やっぱり、ゲヘナなんて全員地獄に落ちちゃえ。違う。私が、私ごと地獄に……)

 

 そんな呪詛を頭の中で唱えながら、その日は着替えもせずにベッドに倒れ込んだ。




執筆しながらそういえばナギサって頭に花飾りつけてたなって思いました。お花畑かもしれん。
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