そこが、楽園ではないとしても   作:テクニカル古則おじさん

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幻視

「どうしてヒフミさんをお呼びしたか……分かっていますよね?」

 

 ナギサはヒフミをテラスに呼び出し、彼が気に入っていた茶葉で紅茶を用意して、ティーテーブルの対面にも彼女の分を用意して座らせた。

 

「あ、あはは……その節は、はい……」

 

 ペロロのゲリラ公演のために結果的に試験をサボってしまい、それが原因でヒフミは落第の危機に陥っている。

 そんな彼女に救済の手を差し伸べるために呼び出したのであって、代替行為をするためではない。

 

「その件のこともありますが……楽しいお茶会でもあります。だから、ヒフミさんも遠慮なく、お菓子や紅茶を楽しんでくれると、私も嬉しいです」

「……で、では、遠慮なく」

 

 ヒフミが紅茶を一口啜ると、好みの味だったのか。少しだけ緊張が解れたように見える。彼女の困った時に出る口癖や趣味が、ひたすらに彼を思い起こさせる。

 彼女の人柄をナギサが好ましく思っているというのも間違いない。だけれど、それが余計に彼がこの世に居ないことを突きつけてくる。彼女は彼ではない。頭では理解出来ているのに、彼という残像を重ねてしまう。

 

「……ヒフミさんには、補習授業部の部長をやっていただきたいのですが……私はヒフミさんの『愛』を評価していますので……期待していますよ?」

「でも、私は平凡な一般生徒ですし……」

 

 特別に頭が良かったり、力があるわけでもない。そんな平凡なヒフミにとって、ティーパーティーという雲の上の存在で、憧れのナギサから期待されるというのは光栄であることと同時にプレッシャーでもある。

 

「……トリニティに裏切り者が居ます。まだ正体も目的も、何もわかりません」

 

 本来であれば、ヒフミに伝えるべきではないのかもしれない。ナギサも彼女が怪しいと考えているのに、それでもと、重なった面影が足掻くように彼女を信じていたいと感じさせる。

 

「裏切り者、ですか……へ? 裏切り者ですかぁ!?」

「はい。ヒフミさんにその捜索もお願いできますか?」

 

 自分のドジではあるものの、試験を受けられなかっただけなのに、話が大きくなったものである。

 ナギサが表情を一切崩さずに告げるものだから、ヒフミも思わず一拍おいて驚いてしまった。

 

「うぅ、ペロロ様のゲリラ公演に行っただけなのに、どうしてこんなことに……」

「ふふっ……」

 

 そういう場ではあるため、完全に項垂れることはないが肩を落とす。

 そもそも断れる立場ではないのだが、自分にそれをやり遂げられるどうかの自信があるかは、また別の問題である。

 

「ヒフミさん。もう一つ、ティーパーティーのホストではない私個人としての頼み……いえ、これは願いですね。

 誠実でいてください。誰かがヒフミさんを欺くかもしれません。それでも誠実で優しい……いつも通りの貴女を失わないでください」

 

 祈るように、ナギサは胸元のホルスターに触れる。彼を想うからこそ、ヒフミにはそうなってほしくない。今度こそ、楽園を体現できる存在であってほしい。

 自分勝手な願いなのはわかっていても、そう願わざるを得なかった。

 

 

 ●

 

 

「次こそ、皆揃って合格しましょうね!」

 

 こうして先生の協力もあり、一悶着あったものの集められた補習授業部の四人は一度目の試験は受けたが、結果は散々なものだった。

 一日中、使われていない合宿所の大掃除をして、明日から始まる対策勉強会に向け、今はベッドの置かれた大部屋で身体を休めていた。

 

 阿慈谷ヒフミ 72点

 白洲アズサ  32点

 下江コハル  11点

 浦和ハナコ  2点

 

 部長のヒフミ以外は合格点の六十点の半分の点数で前途は多難だった。

 とはいえ、諦めるわけにもいかず、ヒフミはナギサに任されたこともあり気合いを入れていた。

 

「ヒフミちゃん。気合い入ってますねぇ」

「ハナコちゃんが一番頑張らないといけないのですが……」

 

 何かにつけて妙な方向に話を持っていけるのに、試験の成績が一番下のハナコに一番頭を抱えさせられている気もするが、協力的でいてくれることはありがたいことではある。

 

「ふふっ、今日はもう遅いですし、もう灯りを落としましょうか」

 

 微笑んではぐらかすハナコの言う通り時計の針も、上向きになっていた。

 明日も朝からやることづくしの勉強会が始まる。早めに睡眠をとっておかなければ持たないだろう。特にヒフミの場合は気負っている部分もあるため、なおのことである。

 

「おやすみなさい」

 

 各々寝る準備が終わったと同時に灯りが消える。合宿所は四人で使うには広大で、自分達が使う予定の施設以外にも、プールの掃除も行って、そのまま水を張って遊んだりと、体力を使う作業をしたのに、ヒフミはあまり寝れる気がしなかった。

 

「……ところで、皆さん──」

「エッチなのは駄目!! 死刑!! というか疲れたから寝させて……」

 

 ハナコが闇の中で言葉を発した途端にコハルが心底疲れた様子で彼女を静止する。

 

「コハルちゃん考えてみてください。こんな状況でこそ紡がれる仲もあると思いませんか?」

「無いわよ! すぐに試験に合格して解散するんだから……」

 

 そんな話をBGM代わりにうとうとし始めたヒフミはある意味安心していた。

 このノリは初恋の相手は誰だみたいな方向になった時に、どうしたら良いかわからない。

 

(とか考えてたら、結局うとうとしてただけで眠れなかった……!)

 

 日付が変わった頃には、ヒフミ以外の三人から寝息が聞こえてきたのだが、ヒフミだけが浅い眠りから覚めてしまい、結局眠れずにいた。

 

(ここの近くの墓地のところで……少しだけなら……)

 

 ヒフミはこの合宿にいくつかペロログッズを持ってきていて、その中に以前拾ったペロロ博士のぬいぐるみも入っていた。

 この合宿所が拾った場所に近いということもあり、もしかしたら持ち主が見つかるかもしれない。

 持ち主を探すことが、この合宿でナギサに頼まれたこととは別の、ヒフミ個人の目的である。

 どうせ眠れないのなら散歩するがてら、少しだけ探してみようと、あまり物音を立てないようにペロロ博士のぬいぐるみを取り出して、大部屋を出ていく。

 

(……確かこの辺りで、近くで無くしてたら張り紙とか……ありませんよね)

 

 合宿所からさほど離れていない、ペロロ博士を拾った場所に来て、近くの掲示板を見ても捜索願いが出ている訳もなく、結局、ぬいぐるみ片手に散歩するだけになってしまった。

 

「ヒフミちゃん。どうかしました? 身体が火照って眠れないんですか?」 

 

 そろそろ帰ろうかと考えていると、ハナコの声が聞こえてもしかしたら合宿所を出る時に起こしてしまったことと、心配して追ってきてくれたのかと思い申し訳なくなりながら、声がした方に振り向くとヒフミは硬直してしまった。

 

「その声は……ハナコちゃん? ってなんで水着なんですか!?」

 

 答えは単純。ハナコがジャージではなくトリニティ指定のスクール水着を着ていたからだった。

 初対面の時もスクール水着を着ていたが、何が彼女そうまでさせるのかがヒフミには理解が出来ない。

 

「私の正装みたいなものだから……でしょうか? そんなことよりこんなところでどうしたんですか?」

「それより……? え、いや……?」

 

 水着姿で深夜徘徊していることをそんなことで片付けてしまって良いものか? と悩んだものの、一旦片付けなければ話が進みそうにないと無理矢理割り切って、持っていたぬいぐるみを掲げる。

 

「この激レアペロロ博士様ぬいぐるみを前にここで拾ったのですが……持ち主さんがわからなくて……」

「なるほど、それで深夜徘徊までして探しに……もしかしたらお墓に供えられた物かもしれませんよ?」

 

 墓地の近くであるということは、その可能性は捨てきれない。深夜徘徊という表現だけ気になったが、言われてみればその通りだった。

 

「……確かに、明日管理人の方に聞いてみればわかるかも……」

「今入らないんですか? ワクワクしません? 夜のお墓ですよ?」

「い、いや、流石にそれは……」

「では、私は行きますね」

「ハナコちゃん!?」

 

 知らない人の墓に、しかも夜に立ち入るというのはかなりの罰当たりな気がするのだが、ハナコが楽しむような表情で墓地の入口に向かう彼女を見て、流石に水着姿の彼女を一人にはしておけず、急いで追いかけた。

 が、入り口で急に止まったハナコにぶつかり、ヒフミは尻餅をついてしまった。

 

「あうっ!? ハナコちゃん急に止まったら──」

「やっぱり止めましょう。また今度にしないと」

「えっ、え? どうしたんですか急に?」

 

 先程までのほほんとして雰囲気だったハナコが突如として冷静になり、困惑させられる。

 

「この墓地に勝手に入ったら、下手したらトリニティの偉い人達を怒らせることになるかもしれませんよ?」

「えぇ!? どういうことですか!?」

「……やんごとなき方の墓地。ということですよ。私も一方的に知っているだけで、面識はないのですが」

 

 ハナコがそこまで言うのなら、と釈然としないまま合宿所に戻るヒフミだが、それだけのことならナギサに聞いた方が話が通りやすそうだと思った。

 

(……もし、ヒフミちゃんの持っているぬいぐるみが彼の物なら、大変なことに巻き込まれてしまうかも……そうなる前に──)




曇る人間なんてね、こんなんなんぼ居てもいいですからね。
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