鬼滅の刃・外伝 水は流れてまた廻る   作:クリアウォーター

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第伍話

 第伍話 湯煙と鉄の花咲く隠れ里

 

 

 人が鬼を完全に殺すには、二つの方法がある。

 一つは陽光を浴びせること。

 もちろん鬼が大人しく陽光を浴びて焼け死んでくれるはずもなく、必死で抵抗してくる鬼を、夜が明けるまで陽光が差す場所に留めるのは一筋縄ではいかない。

 もう一つは日輪刀で頚を刎ねること。

 年中雨どころか曇りにもならない、常に陽が差す“陽光山(ようこうざん)”で採れる、特殊な砂鉄と鉱石から作られる陽光の力を宿した刀。それが日輪刀。

 そんな日輪刀を隊士に支給すべく日夜作り出しているのが、鬼殺隊お抱えの“刀鍛冶の里”、その鍛冶師達である。

 

 

 

 鉄を焼き、打ち、研ぐ音が、そこかしこから聞こえてくる。

 往来の人々は皆、火男(ひょっとこ)の面を着けていた。面はこの里の男なら誰しもが着けているもので、ここでは着けていないのは辰綱のような来訪者や、護衛として常駐している隊士くらいである。

 すれ違いざまに挨拶をしてくれる里の者達に挨拶を返しながら、辰綱は活気づいた大通りから少し外れた一軒の工房に入った。

 

「おーい、邪魔するよ」

「やぁ、来たかい辰綱殿」

 

 事前に来訪を知らせていた、里の人間の例に漏れず火男の面をした男が、工房の奥から穏やかな声で辰綱を迎えた。

 

「しばらくだな、鉄井戸(てついど)さん。頼んでた物は?」

「うむ、ちょっと待っておくれな」

 

 鉄井戸と呼ばれた家主は、工房の隅に積んである木箱の上に置かれた布の包みを取り、板の間に座る辰綱の前に置く。彼は辰綱が鬼殺隊に入隊以来、全ての日輪刀を打ってくれている辰綱の担当刀鍛冶である。

 辰綱が包みを解くと、一振りの打ち刀が姿を見せた。鉄井戸に以前より依頼していた、新しい日輪刀だ。円形の鍔にはいくつもの勾玉型の彫り込みがあり、その数がこれまで鉄井戸が辰綱に打ってくれた、刀の本数に繋がっている。

 それを鞘から抜くと、うねる波のような濤乱刃(とうらんば)の刃文をした刀身が、あっという間にそれまでの鉄色から、鮮やかな縹色に変わっていく。

 完成してから初めて一定の剣術を修めた者が手にすることによって、刀身の色が変わるのは日輪刀の大きな特徴の一つ。ちなみに色によって全集中の呼吸の流派に適性が分かれ、青系統の色になるのは水の呼吸に適性があるとされる。

 

「うん。いつもながら見事な出来栄えだ。よっ、名刀匠」

「なんのなんの。久々にお前さんの刀の色変わりの瞬間を見られて、こっちも嬉しいよ。いつもは送るばかりだから」

「こっちも顔を見せたいのは山々さ。でもいろいろと忙しい身なんでね、何日も家を空けることも多い。本来だったら今回も家に届けてもらうつもりだったんだが……」

 

 辰綱が着物の袖を捲ると、腕にはあちこちに水ぶくれの痕ができていた。数日前に油を操る鬼との戦闘でできた火傷が、まだ完治していないのだ。むしろ後遺症にならない程度の怪我とはいえ、数日で治りかけている辰綱の方が異常であるが、それは全集中の呼吸の効果によって、傷の治りが早まっているからでもある。

 

「この通り。せっかくだから湯治も兼ねてやって来たってわけよ。ここへ来る許可も下りたし」

「そうかい。確かにこの里の温泉は火傷もそうだし、切り傷、いぼ痔、切れ痔、便秘に痛風、性格の歪みと思いやりの欠如、果ては失恋の痛みと、その他諸々なんにでも効く。まぁゆっくり浸かっていくといい」

「聞けば聞くほど節操のない効能だな」

 

 後半はともかく、万病に効くとされる温泉まである刀鍛冶の里だが、日輪刀を生み出す重要な拠点であることから、万が一にも鬼に知られることがないよう、その場所は秘匿されている。

 柱の辰綱でさえ正確な場所は知らされておらず、目隠しをされて何人もの隠と鎹鴉の中継を重ねた上で、初めて訪れられる場所なのだ。

 

「ところでお前さんが来るってんで、鉄珍(てっちん)さんから新しい試作刀を預かっているんだがね」

「ぅえ、またか……本人は?」

「今はあいにく所用で里の外に出ている。……そう嫌そうな顔をしなさんな。頼まれているのはお互い様さね」

 

 辰綱が渋い表情になるのにも理由があった。

 鉄珍とは、里長の息子だ。高齢な現里長の次期跡継ぎとして、その腕は非常に優秀で申し分なく、現に柱数名の担当刀鍛冶を務めている。

 その一方で研究熱心なあまり、暇さえあれば珍妙な刀を作っては、里を訪れた隊士に使い具合を試させようとしてくることがある。それが全て使えるものならいいのだが──。

 

「前みたいに、どでかい鎌がついた鎖鎌みたいなのは嫌だぜ俺ぁ。分銅の代わりに砲弾の親玉みたいな鉄球までつけてよ、あんな取り回しが悪いもん扱えるかっての」

「まぁまぁ安心しなよ、今回は違う」

 

 文句を垂れる辰綱を宥めながら、鉄井戸は工房の奥から試作を持ってきた。両手に一つずつ持っているそれは、どちらも鞘に収まった打ち刀だった。

 

「それが新作? 見たところ普通の刀と変わらんが」

「すぐに分かる。ここじゃなんだし、表に出ようか」

 

 鉄井戸に言われるがまま、辰綱は工房の裏手にある少し開けた原っぱに移動する。

 扁平な石に腰かけた鉄井戸が、辰綱へ試作刀の一本を投げてよこす。

 

「そら、一つ目」

「ん? なんだか軽いな」

 

 受け取った刀に違和感を覚えながら、辰綱は刀を鞘から抜いてみた。

 現れた刀身は異様に細く、刃がついていなかった。先端に至ってはほとんど針に近い。

 

「それは西洋の刺突に適した剣を参考にしたそうだ。それを思いきり突いてみな」

「こうか?」

 

 辰綱は構えた試作刀を、型である“雫波紋突き”とまではいかずとも、勢いをつけて突き出した。すると、試作刀の先端から竹筒の水鉄砲よろしく、水がぴゅうっと飛び出した。

 

「……何だこりゃ? 手妻(てづま)の小道具?」

「鉄珍さんはこれに鬼に効く毒を仕込んでみるのはどうかって言ってたな。刺突と同時に毒を注入し、頚を断たずして鬼を殺す……とかなんとか」

「鬼に毒だぁ?」

 

 辰綱は怪訝な声を出した。

 鬼の再生力を上回って害する毒など、そうあるものではない。しかも聞いた話では、この手の毒の類に対して、鬼は“鬼の祖”を通じてすぐに耐性を共有してしまうという。

 いずれにせよそんな毒を入手したとて、よほど強力なものでないと鬼に効果はないし、取り扱う方も危険だ。

 辰綱は細長い刀を再び鞘に収めた。

 

「毒を使うなら薬学に精通でもしてなけりゃ、扱えそうにないな。薬師で剣士なんて変わり種、俺の知る限りじゃ今いる隊士にはいないぞ。それにこの手の小道具、小細工はある程度の鬼にしか効果はない。だからこそ俺達は必死こいて、日輪刀で鬼の頚を斬ろうとしてるってのに」

「それは同感。それじゃあ、もう一丁」

 

 鉄井戸がもう一つの試作刀を投げてよこした。

 辰綱は一本目の試作刀を鉄井戸に向けて放り、受け取った二本目の刀を抜いてみる。

 今度は反物の生地のように柔らかくたわむ刀身が出てきた。しかも明らかに鞘より長い。鞘の中で折り畳まれているのか、地面に置いてずるずると引き出していくと、辰綱の背丈の倍以上の長さがあった。

 

「……で、この茹で過ぎた麺みたいな刀身でどうしろと?」

「大陸の、着物の帯に隠す仕込み刀を参考にしたそうな。試しに振ってみたらどうかね?」

「鞭にしたって長すぎるぞ。んー……刃があるから刀としての役割は果たすだろうが……どうやって打ったんだこんなの」

 

 仕込み刀にしても普通の打ち刀の長さで事足りるだろうにと、なんとも高度な技術の無駄遣いである気がしてならない辰綱だったが、鉄井戸に勧められてとりあえず試作刀を振るってみる。

 すると、辰綱の腕の動きにわずかに遅れながら、長い刀身が空を切った。

 

「む……やっぱり刃の鍔本と切っ先で動きに時間差ができるな。それに腕を動かし続けないと勢いが死ぬ」

 

 辰綱は腕を掲げて手首の捻りを意識しながら、試作刀を振り回していく。扱い辛いが、その長さから攻撃範囲は言わずもがな、勢いに乗れば速度は特筆すべきものになるだろう。

 ──にしたって癖が強すぎるが。十全に扱うには、よっぽど関節が柔軟で体捌きが上手くなけりゃ──。

 そんなことを考えながら刀を振るったのがまずかった。軌道の狂った刃が、辰綱の頭上を掠めていった。

 

「あ」

「あ?」

 

 何かが頭から落ちたことに気付いた辰綱よりも早く、鉄井戸の方が声を上げていた。

 原っぱの地面に落ちているのは黒い塊。それは束ねられた一房の髪だった。すなわち辰綱の総髪を結わえてできた髷である。

 

「お、おおおお……!? 今度会ったらどうしてやろうか、あのちび親父よぉ……」

「まぁまぁ、気にしなさんな。髪はまた伸びる」

「喧しいぁ! つうかあんた、妙に距離取ってんなぁと思ってたら、ちゃっかり巻き込まれない位置にいやがったな!?」

 

 拾った髷を握りしめた手がわなわなと揺れる辰綱は、試作刀製作者の鉄珍に怒りを抱きながら、石に座る鉄井戸に向かってずんずんと歩いていく。今や宥めようとする鉄井戸の、おどけた表情の火男の面にも怒りが湧いてくる。

 

「ぐぅ……後で髪結い床に行かにゃならん……」

「それより所感はどうだね?」

「所感も糞もあるかよ。手妻の小道具の延長と、下手すりゃ鬼じゃなくて自分の頚を斬っちまう刀だぞ。少なくとも俺ぁ、これらに命を預ける気がしないね」

 

 憮然とした態度で辰綱は、抜き身のままの試作刀と鞘を鉄井戸に押し付けた。

 

「とりあえず、改良の必要はあると鉄珍さんには伝えておくよ」

「改良ね……。どっちを扱えるにしても、そいつはよっぽどの傑物か変物のどちらかだろうよ。俺はやっぱりこいつがいい」

 

 試作刀の長い刀身を器用に鞘へ戻していく鉄井戸を前に、辰綱は腰に差した新品の日輪刀に触れた。

 

「それじゃあ、この後は温泉かい?」

「その前に髪結い……もだが、ひと汗かく予定でね」

 

 訊ねる鉄井戸に、辰綱は懐から一本の鍵を取り出してみせた。

 

「あぁ、あれか」

「この刀の具合を試すのも兼ねてな。もう里の外れに用意してもらってある」

「程々にしておきなよ。療養も兼ねて里に来たんだろう?」

「そうだが、今回は火傷だから傷が開くってこたぁないさ、多分」

「……自分の体は大事にな」

 

 そう言った鉄井戸は、懐に鍵を戻す辰綱と入れ替わるようにして、自分の懐から煙管(きせる)を取り出した。その煙管で辰綱の日輪刀を指し示す。

 

(それ)と違って、命に替えは利かんよ」

「んなこと分かってら。俺だって我が身はかわいいさ」

「どうだかねぇ」

 

 辰綱の言葉に首を傾げながら、鉄井戸は慣れた手つきで火皿に刻み煙草を詰めて火を着ける。そうして面を横に傾けて鼻の上まで上げると、煙管を咥えた。

 

「調整を頼まれて送られてくるお前さんの刀を見る度に、儂は心配になる。この刀でどれだけの鬼を狩り、どれだけの死線をくぐり抜けてきたのかとね」

「あぁ、俺がこうして鬼とやり合えるのはあんたのお陰だ」

「そういうことじゃあない」

 

 鉄井戸は憂いを帯びた声と共に、口内の煙を吐いた。独特の煙の匂いが風に乗って、辰綱の鼻にまで届く。

 

「命懸けの仕事なのは百も承知だがね。刀は鋭く、それでいて脆い。岩より硬い鬼の体を斬れても、横から力を加えられたらあっさりと折れる。儂は何かの拍子でお前さんもそうなってしまうんじゃないかと心配だよ」

「俺ぁ刀じゃない、柱だ。……って冗談はともかく、そうそう折れてたまるかよ」

 

 ──つい最近も、栄舟先生に同じようなこと言われたな。そんなに生き急いで見えるかね。

 やれやれと辰綱は大きく溜め息を吐いてから、髷を斬り飛ばしてしまったばかりの頭を掻いた。

 

最初(はな)から自分を使い潰すような真似をする気は更々ない。なにぶん鬼と違って体が再生しないもんでな。何より、まだ目的を果たしてない。だから心配してくれるな、鉄井戸さん。あんたが俺を案じてくれていることは、肝に銘じておくよ」

 

 それじゃあ、と辰綱は鉄井戸に手を振ってから歩き出す。

 背後で十年来の付き合いになる鍛治師が何か呟いたが、こちらに聞かせるつもりでないと分かっている辰綱は、振り返ることも聞き返すこともしなかった。

 

 

 

 里の外れの雑木林。木々の合間を縫って、剣戟の音が響き渡る。

 辰綱は受け取ったばかりの日輪刀を振るい、相手の攻撃を受け流していった。

 辰綱の剣の相手を務めているのは、人間どころか生き物ですらない。

 それは侍を模した絡繰人形だった。絡繰人形と言っても人間大の縮尺で、上腕の防具の紐で縛った袖の先からは六本もの腕がのびており、その全てが刀を握っている。

 何よりも動きにぎこちなさがなく、容赦なく(あるわけないが)その六本の腕で攻撃を仕掛けてくる。はっきり言って、そこらの鬼と比べ物にならないほどに強い。

 この絡繰人形は戦闘用絡繰人形。今よりおよそ三百年前に実在した剣士を模して造られたものだという。

 

「水の呼吸 肆ノ型“()(しお)”!」

 

 辰綱はうねる大波のような太刀筋を描き、左右から迫る六刀全てを弾いた。すると、やや仰け反った姿勢になった人形が前触れなく停止する。

 それを見た辰綱は刀を鞘に収め、不自然な姿勢のまま動かなくなった人形の体勢を戻した。

 

「ふぅ……じゃあ次の動きの組み合わせは……」

 

 辰綱は棒立ちにさせた人形の手の一本を手に取り、人形の管理者から借り受けた仕様書とにらめっこをしながら、手首と指の球体関節を回していく。こうして決められた回数の方向によって人形の動き方を設定し、自分が不慣れや苦手な動作を組ませることで鍛錬するのが目的である。

 ──百八もの動きができるんだっけか。見世物小屋の茶運び人形とは次元が違うな。

 しかもこれがまだ現幕府が影も形もなかった、戦国の世に造られたというのだから、その絡繰技師の腕には舌を巻くばかりである。

 

「それにしたって、原型にした剣士の動きを再現するのに、腕が六本要ったってのは何だかね……。蛸か蜘蛛じゃあるまいに。六方向から同時に攻撃するなんて人間の動きじゃないだろ」

 

 眉唾な話を鼻で笑いながら、辰綱は物言わぬ人形を眺める。

 よく見てみれば、あちこちに細かい傷跡ができている。何百年も前に造られた上に、呼吸を扱う剣士の相手をしているのだから当然ではある。むしろ破壊が目的ではないにしても、よくこれまで壊れなかったものだ。

 しかし、人形の管理者である絡繰技師の子孫らでも、技術が追い付かず補修が精々、完全に壊れれば修理もできず、新たに造ることもできないらしい。

 

「三百年近くを五体満足、いや九体満足だから、あと二十、三十年使ったとして壊れるとも思えんが……」

 

 ふと、人形の両耳に付いている札状の耳飾りが、辰綱の目に留まった。山を照らす日光らしきものが描かれ、花札の絵柄に似ているが、動きの妨げにならないように防具は袖鎧くらいしか着けていない人形に、何故わざわざ飾りを付けているのか。

 それに額の左側にある炎のような形をした、痣に見える模様。耳飾りといい、顔立ちの精巧さといい、これも原型になった剣士の特徴を再現したのだろうか。

 ──これまでのこいつで鍛錬をしたのは数える程度で気にも留めなかったが、一度意識すると気になってくるもんだな。鍵返す時に聞いてみるか。

 設定の組み込みを終えた辰綱は、人形の首裏にある穴に鍵を挿し込み回していく。

 辰綱が何より不思議に思うのは、こうして発条(ぜんまい)を巻いている間も、停止していても、動いていても、この人形から妙な気配がすることだった。その中身に魂はなく、それを動かすための部品が詰め込まれているだけのはずなのに、言い表せない存在感を漂わせている。

 ──左近次なら鼻で分かるかな。でもここじゃ硫黄の匂いで無理か。

 

「……お前の元になった剣士ってのは、何者だったんだ?」

 

 つい口に出してしまったが、辰綱に発条を巻かれるがまま、どこも見ていない人形からは当然ながら返事はない。

 ただ、発条を巻き終えて刀を構える人形の姿が、これが自分の役割だと主張している気がして、辰綱も刀を構えて鍛錬を再開するのだった。

 そして、辰綱が漠然と感じ取っていた気配の正体。その姿を日の下に現すのは今より更に時を経て、とうとうこの“縁壱(よりいち)零式(ぜろしき)”が壊れた後のことである。

 

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