第漆話 湧き上がる怒りの果ては
今夜も今夜とて、辰綱は任務に出ている。
今回はお館様こと産屋敷から、柱合会議後に直々に受けた指令だ。なんでも最近になって、いくつもの小さな集落が襲われる事例が発生しているという。
しかも事件発生時に集落にいた人間はほぼ皆殺しの状態で、その場にいて生き残った数少ない人間は、精神を病んで意思疎通ができなくなった者や、亡くなった家族のあとを追って自殺者まで出る始末。以前の油の鬼による、数件の失踪事件とは比にならない被害規模だ。
そんな中で生き残りの一人が、『村の皆は化け物に喰われた』と証言をした。聞き取りをした奉行所の役人は、悲惨な目に遭ったあまりに『こいつも心を病んでしまった』と碌に相手にしなかったようだが、証言者が正気であることは鬼殺隊には分かっている。
──『この一月半ほどで、事件が起こる頻度は日に日に短くなっている。被害の規模からして、おそらくは“
産屋敷の言う十二鬼月とは、“鬼の祖”直轄の配下である強力な鬼達。
その中で下位六体は“下弦の鬼”、上位六体は“上弦の鬼”と呼ばれ、こと上弦の鬼については、辰綱を含めて当代で遭遇した柱はいない。
正確には遭遇したと報告する者はいないと言うべきか。柱合会議前に殺された柱は、上弦の鬼の手にかかったのではないか、というのが産屋敷と柱達の見解だった。
「──お館様による仮の呼称はずばり“村喰い”。この“村喰い”が次に襲うと推測される複数の集落がある、この地域一帯へ展開し、討伐するのが我々の今回の任務だ」
辰綱が任務内容を伝えるのは、目の前にいる隊士三十名。今回、鬼の討伐隊として招集された鬼殺隊員である。
その背後には大人数を収容できる舶来の天幕が設置され、この場を仮の詰所として陣取っている。辰綱はこの現場の最高責任者を産屋敷から任されていた。
「──それじゃ、これから二人一組で事前に伝えてある担当区域を巡回。鬼に遭遇、他にも血鬼術の痕跡なり、何か異常を見つけた場合はすぐに鎹鴉を飛ばせ」
大規模な任務に対してか、対象が十二鬼月かもしれない鬼への恐怖か。今回は柱を除く階級十段階の上から数えて五番目、“
「恐れは不要だ、俺がいる。鬼と遭遇したら、お前達は巻き込まれた一般人を最優先に、自分らの身を守ればいい。大船に乗った気でいろ」
「「「はっ!」」」
そう言って自分の胸を叩いてみせる辰綱に応え、隊士達は担当場所へと赴いていく。
辰綱も彼らに続きたかったが、闇雲に動いていざ鬼が現れた時に遠い場所にいたとあっては目も当てられない。精度が非常に高い産屋敷の推測を信じて、今は出現予測域のほぼ中心に当たるこの詰所で有事に備えるしかないのだ。
「落チ着カナイカ? ドッシリト構エテロヨ、大将」
そんな辰綱の肩に、一羽の雄鴉が甲高い声で話しかけながら停まった。
鬼殺隊が訓練して育て、隊士への伝令役を務める鎹鴉は、そこらの鴉よりも遥かに賢く、人語まで介す。今でこそ慣れたものだが、隊士になって初めて話しかけられた時は面食らい、辰綱は飛び上がって驚いたものだ。
「んなことお前に言われんでも分かってら」
「ドウダカァー。大人数デノ任務ナンテ、何モコレガ初メテジャナイダロウニ、ヤケニ表情ガ硬イゾ」
首をしきりに傾けながら、じろじろこちらを見てくる漁火に、辰綱は眉間に皺を寄せる。
「ええい、いいからお前も鬼を探せ。仕事しろ仕事。働かないと任務の後に
「カァッ!? ソンナ殺生ナー……」
ご褒美をお預けにされてはかなわないと、漁火は慌てて飛び立ち、辰綱の頭上を一周旋回してから高い木の向こうへ消えていった。
「ったく……」
鼻を鳴らす辰綱だったが、実際のところは図星を突かれていた。
虫の知らせとでも言おうか、これまで鬼狩りとして鍛錬と戦闘をしていく内に、第六感めいた勘が常人より遥かに働くようになっていた。
その勘が自分に訴えかけてきて、ひどく胸騒ぎがするのだ。
──今度こそ遭えるのか?
この十年間、ずっと探し続けてきた。もしかして、と期待しては違う鬼だったことは幾度もあった。今回もまたそうなのか。
──そもそも、まだ生きているかも分からない。全ての報告に目を通しているお館様が、それと思しき鬼は報告に上がっていないと仰っていたが、とっくの昔に滅されている可能性だってあり得ない話じゃない。鬼は見た目を変えられるしな。
仮に目当ての鬼がすでにこの世にいなかったとしても、最終的には辰綱はそれでもよかった。結局この命が尽きるまで、鬼を狩り続けることに変わりはない。
だが、自分の手で復讐を果たしたら? 他の隊士が倒したと報告で聞いたら?
それが明確になってしまった時、生きている明確な目標が消えた自分がどうなるのか。正直なところ予想がつかない。
辰綱の求めるその答えは、今晩の内に出ることとなる。
「────っ!」
隊士達が散開してから、およそ二刻は経った頃。
思考と警戒を半々に意識して天幕の前に立つ辰綱を、甲高い鴉の鳴き声が一気に現実へと引き戻した。
「鬼ヲ発見!! 鬼ヲ発見!!」
「来たか。──控えの鴉を飛ばして隊士らに伝令! 外周部に待機している隠にもだ! 俺は現場へ向かう!!」
天幕の中から飛び出してきた、救護班として待機していた隠らに指示を飛ばし、漁火とはまた別個体の、伝令に来た鴉に向かって辰綱が声を張り上げる。
「鬼の場所は!?」
「ココヨリ南西ノ方角、オヨソ二十町先! スデニ隊士ガ交戦中!」
聞くが早いか辰綱は両脚に力を込め、疾風のような速度で駆け出した。それまでいた詰所はあっという間に見えなくなり、雑木林を突っ切っていく。
心臓が跳ねるように鼓動を刻んでいるのは、全速力で走っているから、だけではない。一種の期待さえ持っていた。
やがて血の匂いを嗅ぎ取る。鼻の利く左近次でなくとも分かる。戦場が近い。もう間もなく──。
「ぐあっ!」
痛ましい叫び。続く鈍い音。
足を止めた辰綱の横、木を背にして尻餅をついた隊士がいた。鈍い音は、背にした木にぶつかった音だろう。
まだ少年と呼べるほどの年若い隊士は、着物のあちこちが破れて血まみれだ。何より手にしている日輪刀が半ばから折れていた。この状態では戦闘の継続はほぼ不可能である。
そんな隊士の前方に、傷を負わせた存在が立っていた。
顔を隠してこそいないが、伸び放題のざんばら髪。頬まで裂けた牙を覗かせる口元には、鮮血を拭った跡がある。
体格は引き締まった七尺を超える大柄。肌は鼻から下、四肢の内側と腹側が白いが、反対に鼻から上、四肢の外側と背面側は濃灰色で、その二色の境を鬼特有の紋様が、やや潰れた三日月に似た形で走っていた。
一言で表すと、鮫を無理やり人の姿に取り繕ったような鬼。だが、それらの特徴など辰綱にはどうでもよかった。
辰綱が一点に注目しているのは、鬼が身に着けている藍染めの羽織。背面は見えないが、袖口を白波の刺繍が縁取っているそれは、間違いなく辰綱の村にあった──父親の持っていた万祝の装束だった。
姿こそ最後に見た時と異なっているものの、もう間違いない。
──そうか、今日この時が……。
「……やっと。やぁっと見つけた」
「う、潤間殿……」
辰綱が噛み締めるように呟いていると、木に叩き付けられた隊士がか細い声を出した。
「お前と組んでいたもう一人は?」
隊士が横に首を振る。鬼の顔についている血も合わせて、辰綱はもう一人の隊士の末路を察した。
「……遅れてすまない。歩けるか? 歩けるなら止血しながら詰所に向かえ。こいつは俺が相手をする」
「はい……面目ないです」
「何も気に病むことはない。俺が来るまでよく耐えた。よくこの場に留めてくれた。さぁ行け」
隊士は頷き、よろけながらもその場を去っていく。
その後ろ姿を、鬼は辰綱の肩越しにじっと見ていた。その眼は間違いなく捕食者のそれだが、辰綱を無視して隊士に飛びかかろうとはしてこない。
「お前……柱か?」
腹に響く唸り声が混じった、低音の声で鬼が訊ねた。
「そうだ。そういうお前は十二鬼月だな」
十二鬼月の鬼達には、眼に数字が刻まれている。目の前にいる鬼の黒目がちな左眼には、“下壱”の文字が白色ではっきりと刻まれていた。つまりは“下弦の壱”、下弦の鬼の中では最強の鬼。
辰綱はこれまで、柱になる前に一体。なってから二体。合わせて三体の十二鬼月を滅してきたが、いずれも下弦で数字も壱以下だった。つまり眼前の鬼は今まで遭遇した中で、一番強い鬼と取って差し支えないだろう。
──十二鬼月になるまで、下弦の最上位になるまで、人を喰ってきたのか。
ぐっぐっぐっ、と鬼が喉を鳴らした。何かと思えば、どうやら笑い声らしく、頬まで裂けている口角が歪みながら吊り上がる。辰綱はその仕草を何故だか懐かしく感じた。
「そうかそうか、とうとう来たか。派手に動いた甲斐もあったってもんだ」
「……?」
その言いように辰綱は違和感を覚える。鬼にしてみれば自分を殺そうとする鬼殺隊は、ただただ邪魔な存在でしかない。人を喰うなら、基本的にその時に居合わせた者で事足りる。自分の下へ勝手に来るならともかく、わざわざ斬りかかってくる相手をおびき寄せる必要はどこにもないはずだ。
「こりゃあいい。逃げた雑魚を追うよりずっといい。もっとも、あの小僧の血の匂いは覚えた。逃がしゃあしない。片割れの雑魚と一緒に仲良く腹に収めてやるとも」
自らの白い腹を鬼がさすると、手を染める血が腹にも移った。口振りからして隊士の一人を喰いながら、片手間にもう一人の相手をしていたらしい。
鬼の物言いに、辰綱は背筋がぞわりと粟立つ。
恐怖ではない。怒りだ。普段から心の片隅に居座っている怒りが、膨れ上がって表面化する感覚。
──常に怒りがある。鬼の悪逆さに、無道さに。そしてそれ以上に、鬼を殺せる力があるのに鬼に喰われた人々と遺された人々を救えない、自分自身の無力さに。
今この瞬間に辰綱は、その怒りをこれまでにないほど強く感じていた。
「……辰吉」
「んん? わざわざ名乗るのか?」
「違う。お前の名だ」
「はっ、何だお前、人間だった頃の俺を知っているのか? あいにく人間の頃の記憶は一切ないが」
人間だった頃の記憶を持っている鬼はほとんどいない。だからなのか、元は人間だったというのに、鬼は人間をどれだけ喰らおうが虐げようが、良心の呵責を持たない。少なくとも辰綱はそんな鬼を見たことも聞いたこともない。
「俺は巨口。それが面も覚えていない親が付けた辰吉とやらじゃなく、偉大な御方から頂いた名だ」
「ずっと一緒に暮らしてきて……最期を自分が看取った、両親から貰った名前もどうでもいいときたか……」
「ぶつぶつと何を言ってんだ、さっきから──」
怪訝そうに首を傾げる“下弦の壱”こと巨口に、辰綱は一息で距離を詰めていた。
ザシュッ!
辰綱の一太刀が、巨口の胸板を横一線に薙いだ。
巨口は後ろに下がったが回避し切れず、傷口からどっと血が噴き出す。
──少し妙な感触だな。刃が引っかかる感じ……見た目通りの鮫に似た鱗持ち、刀を防がれて肌を滑らせていけば、あっという間になまくらの完成か。
辰綱が斬った表皮の所感を冷徹に確かめていると、巨口が敵意を持った視線を向けてきた。ものの数秒で出血は止まり、見る見る内に浅い刀傷は消えていく。
「ほぉ、これが柱か……喰い甲斐がありそうだ。──血鬼術“
鬼の両前腕から、尖った物体が皮膚を破って突き出てきた。一直線に並ぶ、頂点の長さが脇差しほどの歪曲した三角形。縁は鋸状になっていて、こちらも鮫の
「さぁ、お前も俺の腹を満たせ!」
今度は巨口が先に動いた。前腕に生えた凶悪な鋸歯が、辰綱を引き裂かんと振るわれる。それそのものが特段に切れ味が鋭いわけではないが、童の胴回りほどの太さをした腕の、桁外れの膂力も手伝って、直接触れてもいないのに地面や周囲の木々を抉り取っていく。
そんな並みの隊士なら瞬く間に肉片になりそうな暴虐の嵐を、辰綱は時には回避し、時には受け流して捌いていた。
──まともに打ち合えば刀がすぐ駄目になる。ならば──。
攻撃への評価を冷静に下しながら、辰綱は巨口の振り抜いた右腕が伸び切ったところで、攻勢に出る。
「肆ノ型“打ち潮”」
二つの鋸歯の間に流れるような斬撃を差し込み、丸太のような巨口の腕を斬り落とし──。
「っ!?」
「うん」
鬼の一瞬の動揺を逃さず、返す刀でもう片方の腕も斬った。
──この剣速と角度を考えて斬れば、鱗も関係ないな。
手応えに納得し、更にもう一撃入れようとしたところで、巨口の右膝から鋸歯が伸びてきた。辰綱は下がらざるを得ず、両者の間に距離ができる。
ここでようやく、鈍い音を立てて地面に落ちる鬼の腕。わずかな時間で、雑木林の一角は木々がなぎ倒され、地面は掘り返された更地になっていた。
「どうした十二鬼月。これだけ暴れておいて、俺の小指の甘皮も喰えてないぞ。この程度か“下弦の壱”ってのは」
辰綱に煽られ、低く唸る巨口の両腕の断面からずるりと新たな腕が生える。
「舐めるなよ人間如きが。お前らなんて俺の食い物として以外に、価値はねえんだよぅぼあっ!」
喋る途中で巨口の喉が膨れたかと思えば、裂けた口からいくつもの球状の物体が吐き出された。手のひら大の丸い肉塊は地面に転がると、どんどん大きくなりながら姿を変えていく。
「ごぼ……血鬼術“
巨口が吐き出し終えた肉塊は、鮫の頭から四肢が直接生えた化け物となった。それぞれが仔牛並みの大きさで、しかも数十匹はいる
──なるほど。いくら小規模の村でも、襲われてほぼ全滅なのはおかしいとは思っていたが、こいつらを作り出して襲撃したのか。
巨口が先々で集落の人間をほぼ逃がさず、壊滅に追いやっていたことに辰綱は合点がいった。
「「「「シャアアアアッ!」」」」
血鬼術で生み出された分身体は、辰綱を見るや一斉に殺到した。
「陸ノ型“ねじれ渦”」
飛びかかってくる分身体の群れに、体を捻った辰綱は回転斬りで迎え討つ。
「わらわらと鬱陶しい……」
分身体は鬼のように頚を落とさずとも、ある程度の攻撃で致命傷になるらしく、両断した数体がそのまま塵になって消えていく。そこまでの耐久力はないが、とにかく数が多いのが厄介だ。
「参ノ型“流流舞い”」
辰綱はかぶりつこうとしてきた一体を躱しながら一太刀入れ、そのまま分身体達の間を縫って斬り付けていく。
そんな中、分身体の親玉である巨口が今度は両腕のみならず、全身に鋸歯を生やしたかと思えば、回転しながら頭から地面に突っ込んだ。激突するのではなく、回転の勢いも止まらないまま、土を撒き散らして地面へ潜っていく。
微弱な地震のように、地面が揺れ続ける。震動の大きさには波があり、巨口が地中内を絶えず動き続けて潜行しているようだ。
そうしている間にも襲いかかり続ける手駒の分身体達を斬り捨てながら、辰綱は足下へ注意を払い続けていた。
──奇襲狙いだろうが、それならそれでこっちにも手札はある。
やがて、足下の震動が一層激しくなる。巨大な鮫が、海面の獲物めがけて迫るように向かって来ている。
ただ、辰綱は襲撃になすすべもない無力な獲物ではなかった。
「捌ノ型“
地面が隆起する寸前、辰綱は最上段に構えた日輪刀を勢いよく振り下ろした。真下の地面に放射状の亀裂が走る。
「ぐおおおああああ!!」
瀑布の如き唐竹割に、自ら突っ込む形となった巨口は野太い叫びを上げ、地面から血飛沫が噴き上がる。
辰綱はそのまま縦に両断するつもりだったが、巨口はすんでのところで無理やり体を捻って、斬撃から逃れながら地面を飛び出してきた。
土煙が晴れると、辰綱に斬り落とされた頭部の右半分が再生しつつある、肩で息をする巨口の姿があった。
「ぐぅ……柱ってのは伊達じゃないか。“
──勝てる。
大本が手傷を負っても構わずに襲ってくる、分身体の最後の一匹を斬り捨てながら辰綱はそう判断した。
確かに油断はできない相手だが、このまま倒せるという確信がある。同時に十年間持ち続けてきた目標が、これで終わりになることに、どこか拍子抜けしている自分がいる。
だからなのか、普段なら傷を負った鬼を休ませることなく仕留めにかかるところを、そうはしなかった。できなかった。
「……その万祝の羽織。自分の肉から作り出すくらい執着しているとは思わなんだ」
辰綱が指し示す、巨口の身に着けていた羽織も、先ほど両腕と共に斬り落とした袖が元に戻っていた。これは鬼が自らの血肉から衣服を作り出していることに他ならない。
「まさか、鬼になっても手放したくないくらいに思い入れがあったなんて……」
「何の話だ?」
ところが、巨口は首を傾げた。すでに欠けた頭部は再生している。
「この羽織は、俺が鬼になって大体一年が経ってから手に入れたものだ。もっとも、本物はとっくの昔に
「…………は?」
背中に広がる金の龍の刺繍を見せつける巨口の発言が、辰綱の胸中を言い知れぬ不安で一気に満たした。
「どういう……ことだ?」
「よく覚えているとも。あの時もやけに飢餓感が湧いてきて、住んでた連中を軒並み喰っちまったっけ。それで村中喰い漁ってから入った家でこの羽織を見つけて、気に入ったから俺の物にした」
開いた口から、飢えた犬のような浅い息が漏れる。耳から入る声がくぐもって聞こえる。
これまで確固たる足場だと信じて疑わなかった地面が崩れていく感覚。
──こいつは、この鬼は親父じゃない……のか……?
「あぁ、今にして思えば、あの村は俺の生まれ故郷だったのか。それでお前は生き残りか? 残らず味見したつもりだったが、隠れていたのか? 丁度村にいなかったのか? どうあれ命拾いしたなぁ」
ぐっぐっぐっ、と鬼が喉を鳴らす。その仕草にまたも既視感を覚えながら、辰綱はふと気付いた。
寡黙な父はそもそも、こんな笑い方をしたことはなかった。ほとんど笑顔を見せず、まして声を出して笑ったことなど記憶にない。そもそも──。
──いくら鬼になったからって、こんなべらべら喋るか? あの親父が?
違和感が急速に膨れ上がる。ではどうして見覚え、聞き覚えがあるのか。いま目の前にいる鬼に親父の面影があるのは──。
「…………
辰綱の脳裏に一人の人物が思い出される。あの喉を鳴らす笑い方するのは父親ではない。父の弟、叔父である甲次郎だ。
「確かによく似てた……でも、叔父貴は親父よりもっと痩せてて……あの日の一年近く前に死んだって、死んだはずで……だっ、だから親父しかあり得ない……そうじゃなきゃ辻褄が──」
「もういいか?」
誰に対してのものか、言葉が勝手に辰綱の口を突いて出てくる。
その弁明を遮った巨口が、鋸歯を生やした腕を構えた。
「人間の頃の俺が
巨口の腕を、辰綱は受け止めるも完全には防ぎ損ねた。左頬に鋸歯が浅く刺さり、血が滴り落ちる。
──どうしたってんだ。腕に力が入らねえ。足がうまく動かせねえ。体が自分のものじゃないみたいだ。
それからも巨口は剣戟の合間に、口から追加の分身体も吐き出して攻撃の手を強めていき、辰綱は深い傷こそ受けないが、あちこちに傷が作られる。
──何だこの体たらくは。
先ほどまで捌けていた攻撃に対応できなくなっていることに、他ならぬ辰綱自身が戸惑っていた。
──俺は柱、鬼殺隊を支える隊士。俺が死んだら、こいつは他の隊士を、周りの村人を殺しにいく。俺のせいで人が死ぬ──少なくとも一人はもう死んだ。それが許せなくて、憎くて仕方ないから鬼狩りやってんだろうが。役目を果たせ!
「おおおぁっ!」
自身を鼓舞するように気炎を吐き、振り下ろされた巨口の腕を押し返す。その隙に背後の木を駆け上がり、刀を構えた。
「壱ノ型“水面──」
その頚に水平斬りを決めようとする辰綱に、巨口が分身体になる前の肉塊を勢いよく吐き出した。肉塊に激突され、技は不発に終わる。
これを見計らっていたかのように、巨口の丸めた背中から背鰭よろしく取り分け巨大な鋸歯が羽織を突き破って出てきた。
ぶつかってきた肉塊に視界を遮られている辰綱には見えていない。だが、培ってきた自らの直感が警鐘を鳴らす。
「死ね」
砲弾のような勢いで跳躍した巨口の刃が、未だ着地していない辰綱に迫る。まず自ら吐き出した肉塊を裂き、そして──。