この時期、頭痛持ちの皆様は大変なのだろうな、なんて考えながら俺は歩く。
別に俺が人の事まで気を回せる人間だからこんなことを考えているのは言うまでもなく、やはり雨によってうっすら透けて見えるツムギちゃんの制服のことを忘れ去ろうと必死に別のことを考えているだけに過ぎないのは言うまでもない。
まあ、とにかく本来なら雨なんか湿度が上がって気分が悪くなる俺ではあるが、そんなことが些細に感じるほどにいつもの通学路は長く感じた。
「やっと着いた」
そんなことを呟いて校舎に入る。
ツムギちゃんに気を取られてあまり意識していなかったが、靴の中までびっしょりだ。
このまま上履きを履くのも疑問の残るところなので仕方なく靴下を脱いだ。
身体が女子、もとい女児になって数か月、生憎女子力、あるいは生活力が付いたなんてことはないわけで、替えの靴下など持ってはいない。
仕方なしにそのまま上履きを履こうとした時、不意に頭上から声を掛けられる。
「リオ君。靴下はいいの?」
そう問うのはツムギちゃんだった。
自分も濡れて大変だろうに人への気配りが出来るのは流石である。
そんなことを思いながらも返答する。
「履こうにも替えを持ってないからさ」
「なら、これ使って」
そんな言葉に俺はぎょっと目をむいた。
靴下って貸し借りするものだっけ?
いやだって、靴下って仮にも下着に分類されるものだし。
そう考えると、ほぼツムギちゃんの下着を──おっと、いけない。
まあ、とにかく借りさせてもらおうか。
男同士の会話であれば、キモ過ぎて笑えないが、仮にも俺は女の子ボディなわけで。
絵面的にも悪くはない。
「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えさせてもらって……えっ?」
ツムギちゃんから白いソックスを受け取ってそれが重力の手助けもあって広がって、そのシルエットを見せた時、またもや目をむいた。
小さいのだ。
俺が?いや、俺も小さいがそうではなく。
ツムギちゃんから貸してもらった靴下が小さいのだ。
ちょうどピッタリ俺のサイズに合うような……いや、待て。つーかこれ俺のじゃあ。
「そんな風に思わなくてもいいよ。そもそも、それリオ君のだし」
俺がその考えに至った時、当の本人から答え合わせがなされた。
いや、まあそうだよな。どう見ても俺が履いている奴と同じだもん。
「そっか。でも、なんでツムギちゃんが?」
俺がそう訊くとツムギちゃんは笑顔を顔に浮かべた。
「えっと、なんで?」
返答がなかったことに、俺がもう一度聞こうとすればなんだか笑顔の迫力がすごくなったように感じた。
なんだか、これ以上聞いてはいけない気がして俺は口を開いた。
「あ、ありがとう」
俺はお礼を言うと自分の脚を靴下に通した。
そう言えば、ツムギちゃんは俺の家に来ていたわけだし、雨でぬれるのを見越して持ってきてくれたのかもしれない。
俺が準備にもたもたしていたから、仕方なく持ってきてくれたのだろう。
一つ気になるのは、今渡してもらった靴下が、恐らく少し前になくしたと思っていたものであったことだけど。
きっとそれも、ツムギちゃんが偶々見つけてくれたのだろう。
探し物って言うのは、大抵ここに置いたって先入観がある本人よりも、意外と第三者の方が見つけたりする。
絶対にないと思ったところから出てくることも多い。
ソックスを履いて、その上から上履きを履き終えた俺はツムギちゃんと一緒に教室へと向かった。
ツムギちゃんは、自分の濡れた服をハンカチで抑えて水気を切っている。
そんな様子をガン見してしまわないように俺は目を逸らした。
そうこうしていると、教室についた。
よそ見をしていてドアに直撃しそうになったところをツムギちゃんに助けてもらって何とか入る。
教室に入るとなんだかいつもより騒がしい。
いや、騒がしい男子たちがコソコソと話しているので耳につくと言った方が良いだろうか。
くそデカい声で活発に笑っていれば、然程いつもの光景で済ませられるが、そんな陽キャどもがコソコソと俺たち陰キャの専売特許を奪っているのをみれば、気になってしょうがない。
しかも、その話題が少々アレであれば。
「やっべぇよ。雨ってこんなに素晴らしかったっけ?」
「やばいよな。つーか、ウチのクラスの女子のレベル高くてよかったわ」
「篠塚の色派手すぎんだろ」
「それな。校則違反だな。けしからんな」
「おい待て待て、脚を進めて近づこうとするな。指摘しようとするな」
「いや、篠塚も良いけどさ。白津さんやばくね。でかくね」
「わかったわかった落ち着け。それは周知の事実だ」
確かに、白津、つまりツムギちゃんのそれが大きいことは周知の事実だ。
だが、男どもよ。聞こえてんだよ!
そんな風に内心思っていた時だった。
その会話の中へ一人の男が割って入った。
「まあ、落ち着けお前ら」
「な、なんだよ」
「わかりやすくおいしそうな餌に食いつくのは分かる。だが、俺はユキナさんを推す」
「黙れカス」
「しれっと名前で呼ぶなゴミ」
「つか、そんなん皆分かってるっつーの」
「そうそう」
「と言うか、分かりやすい餌ではないと言えば、御野間はどうだ?」
「いや、お前それはまずいだろ」
「そうだぞ児ポだ!」
「児ポだしな」
「いや、確かにほぼ児ポだけど、同級生だし」
児ポ、児ポうっせーな。
いや分かるけどな。
つーか、セクハラだぞ普通に。
そんな時だった。
またもや一人の声が話に割った。
それは先ほどの様に男の声と言うわけではなく。
「ちょっと~、聞こえてるんですけど~!」
女子の声だ。
そう思って俺が振りむこうとすれば、肩に手を置かれていた。
少し顔を動かして顔を見ればやはり知った顔。
ギャルの人こと、篠塚さんだ。
身体測定の時に更衣室で話した記憶は新しい。
そんな彼女が今の発言と共に俺の背後に立っていた。
そして一瞬、ツムギちゃんのぎょっとする顔が目に入ったような気がした。
「す、すまん」
「私は良いけど、言われて嫌な子だっているんだから。……リオちゃん、怖かったねぇ。よしよし」
そしてなぜか撫でられる俺。
いきなりのことで反応できずにいると、不意にツムギちゃんが俺の腕を抱くように取った。
「リオ君は私に任せて、篠塚さんはいいよ」
「えー、でもなぁ」
「まだ、篠塚さんの服濡れてるみたいだし、あまりくっつくとリオ君まで濡れちゃうし」
「うーん。まあ、そっか」
ツムギちゃんの言葉に篠塚さんは俺から手を離した。
そして何故か、ツムギちゃんが今度は入れ替わるようにして俺を抱えた。
そんなされるがままの俺を見て、篠塚さんは「残念」と呟いた。
◆
「で、その外人の男っちゅうんが、この辺で暴れまわってるってことで良いんだな?」
黒い革張りの椅子をギギギと鳴らして深く座った男はそう言った。
派手な色のスーツを着用して煙を吹かせば、傷の入った人相で会話の相手と思しき男を見た。
「ええ確かに」
言葉を掛けられた男はシュッとした印象を抱かせるように、キチリと黒いスーツを着込んだ男だった。
黒いスーツの男は頷いた後、一瞬扉のある方に視線を移した。
扉は分厚く高級感のある物だったが、それに気を取られたと言うわけではない。
扉の方と言っても、その前に立つ二人の男に向けたものだった。
「確かだな」
「はい」
黒いスーツの男は、再度確認を取るようにして扉の前に立つ二人の男に声を掛ける。
そして声を掛けられたニット帽の男と金髪の男は素直に頷いた。
「で、そいつらが始めの被害者だってのは、まあいいとして。その外人とやらが使っていた異能は何だ?お前ら末端でも、一般人に負けるなんてことはねぇだろう」
派手なスーツの男はそう問うた。
「どうだ?」
「それが、理力での身体強化しかしていなくて。俺ら異能を見てないんです」
仲介でもするかのように黒いスーツの男の言葉でワンクッション挟んだ後、ニット帽の方が自信なさげに答えた。
「面倒だな。おい、
派手なスーツが叫ぶように言えば、奥の部屋から一人の男が姿を見せた。
気だるげでやる気と言うものを全く感じさせない男は汚い金髪頭をポリポリと掻いて返答する。
「くそデカい声出さなくても聞こえますよ。で、何ですか?」
「お前、ちょっと言ってその外人ぶっ飛ばしてこい」
「そんな簡単に……」
乗り気ではないと言いたげな言葉をザンマは吐いた。
そんなザンマに少し眉間に皺をよせながら、派手なスーツの男はもう一度命じた。
「やれ!」
「はいはい。別に断ってないでしょ。つーか、どうせ嫌々でもやるんだから、そんな怒んないで」
それくらい見逃してくれとザンマは再度頭を掻いた。
そして、二人の会話が終わりに至ったと思ったとき、ニット帽の男が口を挟んだ。
「大録會に話を通さなくても、良いんですか」
「あ?何だと?」
ニット帽の男の言葉に、派手なスーツの男は声を低くした。
気に障ったのだろうか?なんてバカな疑問は抱かない。
どう考えたって気に障ったのだろう。
だが、ニット帽の男はそれを分かった上で敢えて言う。
「あの、外人は只者ではありません。なら、六大組織の力でも借りなければ──」
その言葉を最後まで続けることは出来なかった。
異能の気配がこの場を包んだ。
その根源たるはニット帽が迂闊にもしっぽを踏んだ派手スーツの男。
異能により炎で出来た龍とも身がまう何かが、ニット帽の男の喉笛を嚙みちぎらんと迫り、寸でのところで止まっていた。
いや、血が少々流れる程度のことは起きている。
非現実的な炎の龍は、部屋の一切を焦がすことなく対象へと牙を添える。
「相手の異能を暴くことすらできない程度の雑魚が俺に何を言う。そもそも、情報を持っているからと見逃していたが、何故俺の組織にガキがいる?俺の組織はそんなに程度が低かったか?誰だ?こいつらに勝手に組織を名乗ることを許したのは」
男がそう言えば、部屋の中に居た一人が前に出てくる。
「ボス、今回のことは水に流していただけやせんか?こいつらもまだ礼儀がなってないだけで、才能は──」
「まだ、俺が喋っていいとは言ってないだろうが」
異能。
それはこんなにも残虐なものだと焼き付けるように、弁明を始めた男に向けられた。
熱、だろうか。
男の身体は焼けて、血の汗を掻く。
「あ、ぁっ」
絶叫の果て、声もまともに出せなくなった男は収縮した筋肉によって、自身の骨が骨折して壊れたおもちゃの様に倒れた。
異能による炎は有害な気体を出さないのか、中毒になり死ぬことも出来ずに最後まで痛みを与え続けた。
そして今度はお前だとばかりに、ニット帽、そして金髪の男に炎は迫る。
死ぬと言う実感。
それを得ることも出来ぬ速度で炎は二人を包む。
だが、それは二人を焼き殺すことなくかき消えた。
「どういうつもりだ。ザンマ」
「いや、どういうつもりって。こいつら殺す必要ないでしょ」
「必要だ。規律が乱れる。それに、なら先ほど手を出さなかった理由はなんだ?」
この二人を庇う理由。
それが分からずに、派手スーツの男は問うた。
だが、それを聞いたザンマは何でもないように返答をした。
「だって、アイツ嫌いだったし。こいつらは好きでもないけど嫌いでもない。まあ、どっちでもいい。なら、助けるでしょ。殺しは良くないってのはごく普通の感性じゃないですか?」
当たり前だと言い切るザンマ。
その言葉に、派手スーツの男は舌打ちを返した。
「まあ、良い。それより、仕事はしてもらうからな」
「りょーかい」
ザンマは気安く返事をした。