「おはよ~」
黒い髪に混じった白色のメッシュを揺らしながらユキナちゃんはそう言った。
もしかしたら篠塚さんが来るかと思って気を引き締めていたのだが、来たのはどうやら彼女だった。
「あれ、篠塚さんは来てないんだね」
そして、ユキナちゃんは俺の部屋を見渡した後、そう言った。
「来てないけど……一緒に来るって話じゃなかった?」
ユキナちゃんの言葉にツムギちゃんはそう言った。
そんなことになっていたのかと思う俺の対面では、当の本人であるユキナちゃんは首を傾げた。
「そだっけ?」
「篠塚さんはリオ君の家を知らないから、自分で連れて来るって言ってたでしょ」
「うーん」
「どうだったかなぁ」とでも言いそうな様子を前面に醸し出しながら、思案していたユキナちゃんだったが、不意にスマホが震えたのかポケットから取り出した。
そして画面を見て表情を変えた。
「いま集合場所についたよ~って来た」
「早く行ってあげたら」
「うん!」
そんな会話をした彼女は家の敷居をまたぐことなく、また、旅立った。
◆
ドタバタとリオの家を後にするユキナを見てツムギは息を吐いた。
そそっかしいと言うかなんというか。
こと異能に関しては才能の塊と言える彼女ではあったが、何というかその真面目そうな見た目に反して抜けているところが多くあった。
異能倶楽部として一般人に擬態すると言う名目的な演技も部分もあるが、それでも今回のようなことは恐らく素である。
演技の間に本当のポカが挟まれているので、見極めが難しい。
というか、最近はほぼすべてが素でやらかしているのではないかとツムギは疑っている。
篠塚が来ると言う事で、少し気を張っているのにそんなことに思考を割かれるのは厄介だと思いつつ、一度その厄介な思考を打ち切った。
そして思い出すのはつい先日の出来事。
放課後彼女に呼び出されてリオとどうすれば仲良くなれるかと言う相談を受けた彼女であったが、結局のところ全くの本音としてそのまま接すればいいと伝えた。
それは、嘘でも何でもなく、リオと言う人間と仲良くなりたいなら、それが一番効果があるだろうという考えのもと言ったのだが。
まあ、当たり前と言うか、何というか。
本人からしてみれば、一応の納得は見せるものの完全に納得出来るわけもなく。
それでも、何かないかと聞かれた。
そこで、ツムギは提案したのだ。
今回の催しである勉強会を。
ゴールデンウィークが明ければ中間考査があるという口実のもと誘えばいいのではと提案して、それを篠塚が採用したのだった。
リオ自身が篠塚に対して全くの無関心であれば、ツムギもそんな提案などしなかった。
だが、リオと仲良くしようとしている篠塚に対して、それをツムギが勝手に断るのは結果的にリオの思うところではないと言う事は分かっていた。
だからこそ、仕方なく協力をして、そして今日に至ったのだ。
そして、ユキナが出て行って少し、派手な金髪の篠塚を伴って戻って来た。
「おはよ~。遅くなってごめんね~」
そんなことを言いながら入ってくる篠塚を仕方なく中に案内する。
彼女が入って来て、分かりやすく緊張した様子を見せるリオを横目にお茶を出した。
裏の世界では名の知れた異能倶楽部のボスでありながらも、私生活では抜けているところや女の子との会話に緊張している様子を見せる。
そんなところも可愛いのであるとツムギは思った。
一方、ユキナは一般人への擬態の異様なうまさに感心していた。
◆
緊張する。
しないわけがない。
よく考えてみれば、ギャルの人である篠塚さんとは一方的に撫でられるような関係ではあるけれど、会話らしい会話をしたことがない。
と言うか、緊張して上手くしゃべれない。
「えっと、よ、ようこそ」
どもってしまい言葉が詰まるが、相手は気にしていなさそうな様子なので一安心しながら家へと招く。
そして、奥へと促そうと思ったとき、篠塚さんの目がぎょろり、いや、それだと語弊があるかもしれないが、強いて言うなら目ざとくと言うべきか。
まあ、とにかくこちらへと向けられた。
「わ、可愛い~。もしかして、リオちゃんの妹さん?」
正確にはこちら、ではなく俺の腕の先にいるアナであった。
謎に手を繋いでくるので今もその状態を継続しているので、まあ、見た目的にもそう見えなくもないかもしれないが。
「流石にそれはないか~」と篠塚さんが続けたように、俺はTSしたとは言え日本人顔であり、アナは完全な西洋人的な顔つきだ。
姉妹と言うなら、俺とツムギちゃんのほうがまだ……いや、なんだかむなしくなってきたのでやめよう。
僅かに残る男のプライドがそれを許さなかった。
まあ、それはともかくとして。
「あっと、この子はアナ」
「ヨロシク、スル」
一応、俺は紹介をした。
それに続いて、アナも挨拶をした。
「うんうん。アナちゃんね。私は、篠塚舞。よろしくね」
「マイ」
「そうそう」
膝を曲げてアナの目線に顔を合わせて篠塚さんはそう言った。
と言うか、下の名前は舞だったのか。知らなかった。
「皆、お茶で良い?」
俺たちがそんな会話をする中、ツムギちゃんはそう訊いてお茶を淹れてくれる。
「ありがと~」と篠塚さんは言って部屋の中へと進んだ。
そして、その後にユキナちゃんが近くに来て、アナに「私、ユキナだよ~」と言った。
「ユキナちゃんは、初めましてじゃないでしょ」
そう言ってツッコんだツムギちゃんは皆にお茶を出した。
ユキナちゃんはいつもツムギちゃんのように俺の部屋には来ないのだが、昨日くらいに放課後、ツムギちゃんが誘ったのか部屋に呼んでいた。
その時顔を合わせていたのは俺も知っている。
そして、ツムギちゃんと色々と話してたみたいだけど、その内容は俺には分からない。
「じゃあ、早速始めようか」
回想する俺を他所にそんな言葉が掛けられて勉強会が始まった。
さて、ここで問題が発生する。
何かと言えば、俺は勉強が出来ないのである。
いや、その為の勉強会であることは重々承知ではあるのだが、俺の勉強の出来なさはちょっとやそっとと言う話ではない。
と言うか、今俺の通う高校は結構頭がいい。
だから、例え勉強が出来ないと言っても、その学校に受かる程度には学力を有していなければおかしいわけで。
俺のように何故かTSして超絶巨乳幼馴染のツムギちゃんと再会した反動で入学してしまった奴は相当に学力が低いのだ。
まあ、おかしいよねって話なのだ。
だから、どうしようかと頭を捻りながら教科書を開いていたのだが。
「あ~わかんない!」
俺より先に音を上げる奴がいた。
「ユキナちゃんまだ教科書も開いてないでしょ」
鞄から教科書を出した途端の言葉となれば、流石の俺でも恐れ入る。
まあ、それはともかくとして、俺には人を見ているような余裕はない。
いかにこの状況で学力を疑われないかと言うことに心血を注ぐしかない。
だが。
まあ、ダメだよね。
「リオ君、大丈夫?」
「え、あ、うん。あまり大丈夫じゃないかも……」
必死にノートを見るが分からない。
教科書を見ても分からない。
と言うか、普段の授業を至極真面目に受けているのに分からないのだ。
今急に分かるようになるなんてことはない。
いや、だが、何とかなっている。
ユキナちゃんのあの惨状が俺の酷さを緩和している。
「リオちゃん。わかんなかったら私にも頼っていいからね~」
「う、うん。ありがと」
「かわ」
いつの間にかアナを抱き上げた篠塚さんの頼もしい言葉に俺は頷いた。
と言うか、篠塚さんはああ見えて勉強が得意なんだろうか。
まずは数学の問題を見る。
元々の学力もあるが、中学の最後の方は行ってないから知らない所も多い。
基礎問題がそもそも分からん。
ルートって何?いや、別にこの辺は学校に行って習った範囲だけど。別に行ってなくて出来ないとこじゃないけど。
「ここはね。この辺見るとわかりやすいよ」
「ありがと」
ツムギちゃんに教科書の該当ページを開いてもらって公式を見る。
何とか解き終えて次へ移る。
「ここは……」
「これはこの公式を使えば出来るよ~」
「なるほど」
ツムギちゃんの次は篠塚さんに教えてもらって進めていく。
そんな中一つの声が上がった。
「ちょっとぉ!二人でそっちにかかりっきりになってないで教えてよぉ!」
ユキナちゃんだ。
そしてそんなユキナちゃんの様子を二人は伺う。
そんな様子を見ながら不意に視線を逸らせば、アナが視界に入る。
いつの間にか篠塚さんから抜け出してこちらに来ていたようだった。
そう言えば、彼女が置いてきぼりの状態になっていた。
勉強会をするとは伝えはしたが、彼女がすることがない。
暇になってしまったら可哀そうだななんて思っていると不意に彼女は口を開いた。
「リオ、ココ、チガウ。コタエ、2」
「え?」
机の上をのぞき込んで指を指された箇所を俺は見る。
この問題はツムギちゃんと篠塚さんがユキナちゃんの方に行った後に俺が一人で解いてみた問題ではあるが……
半信半疑ながら答えをめくる。
「ホントだ」
思わずそう声を洩らした。
違う。それでいて答えは彼女の指摘をした通りのものだった。
「アナ、分かるの?初めの方とは言え、高校のテストの範囲だけど」
「スクナイ、ダケ」
マジか。
俺はこんな幼女よりも学力が劣ると言うのだろうか。
それに、他の問題も見せてみれば次々と解いていくあたり分かっているらしい。
あてずっぽうでも何でもなく彼女は俺よりも数学が出来る。
一瞬悔しくも思いながら、それでも凄い事だとツムギちゃんたちにも教えてあげようと思ったとき、視界に入ったツムギちゃん、それに篠塚さんの表情が段々と渋くなっていった。
そして口を開いた。
「これは、結構難航しそう」
「やれば出来るんだけど。出来ない所ちょっと多いよね~」
二人は口々にそう言う。
そんなになのかユキナちゃん。
だが、やれば出来るあたり俺よりは頭が良いのだろうけど。
「ユキナちゃん、中学の頃はもっと勉強できてたでしょ」
「うーん。異能が発現したあたりからエネルギーを吸われたのか、学力が段々と……」
「異能が現れて真っ先に発現してたんだからあまり関係ないでしょ」
うっかり騙されるところだった。
異能怖い、とか思ったが冗談か。
それに真っ先と言ってたから四年前の世間が騒ぎ始めてすぐに使えるようになったのか。
最近やっと使えるようになった俺とは大違いだな。
そんなことを考えているとツムギちゃんはスマホを取り出した。
「まあ、とにかく人数的に助っ人を呼ぶしかないかな」
そんなことを言ってスマホを操作した。
それに俺は動揺する。
知らない人が来たら怖い。
死ぬ。
篠塚さんでも結構いっぱいいっぱいなのに。
ただ、何かを察したのかツムギちゃんは「リオ君の知ってる人だよ」と言った。