ダンジョンマスター   作:サンサソー

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第2話 素晴らしいバッドモーニング

 魔界は中心部である大魔王の居城に近付くほどに危険が増す。強靭なモンスター、過酷な環境、瘴気の毒性などなど挙げるとキリがない。

 

 しかし辺境ともなると、その危うさは一転しのどかな風景も見られるようになる。

 

 魔界の最南端、【髑髏島(スカルアイランド)】。

 

 物騒な名称とは裏腹に、その島はとても平和で豊かな様相だ。

 魔界特有の黒い木々ではなく、人間界の緑が広がっている。毒の無い清らかな川が流れ、闇の太陽ではなく人間界の太陽の光が届く。

 

 魔界に唯一存在する地上の環境。それもまた、この島に住まうダンジョンマスターによるものであった。

 

 

 

 

 

 髑髏島(スカルアイランド)の中心、髑髏山(スカルマウンテン)の頂上には、枯れ果てた天を衝く大樹が聳えている。そこに彼女の家はあった。

 

 大樹の根の上に立つ一軒家。その二階でカシャンと音が鳴る。小鳥たちがさえずっていると、二階の寝室のカーテンが勢いよく開かれた。

 

 

 

 それは骸骨だった。白いシャツだけを身に付けたスケルトン。

 カラッポの眼孔に白い光が灯り、右の眼孔はヒビ割れ、閉じられている。

 

 このスケルトンこそ、伝説に謳われるダンジョンマスター【オックリ】。

 たとえシャツ一枚であろうと、たとえ眠たげに欠伸をしていようと、紛うことなき伝説の存在なのだ。

 

 「いい朝…」

 

 バチクソに昼である。

 

 しかし彼女にとっては朝だ。

 元々は日光に当たると焼かれてしまう種族すら存在するのがアンデッド。基本的に夜行性の彼らだが、彼女はダンジョンを作成するにあたって他の魔物たちと生活の足並みをそろえる必要があった。

 

 隠居している現状では、昼まで寝て、夜遅くまで起きるというダメな人の最もたる例でもある。

 

 

 オックリは鼻歌を歌いながらバスルームに入ると、スポンジで骨身の隅々まで洗っていく。

 

 骨だから垢も出ないだろうと思われやすいが、魔力を原動力とするスケルトンだからこその汚れも発生する。

 それが魔力の澱みなどから生じる魔力塊。炭のように魔力塊がこびり付いていたりすると、相手からは丸見えなのだ。

 

 綺麗さっぱりになれば次は洗面所で歯を磨く。身体を洗った時と重なって削れてしまわないかが危ぶまれるが、そこはそれ。歯磨きは大事だ。

 ちなみに歯磨き粉の味はイチゴ味である。

 

 下着、ネコの描かれた白いシャツ、その上に黒いセーター、下に白のズボン、手袋をはめる。最後に青と黄色を基調とし、背部に魔法陣が描かれたフードのあるロングコートを羽織れば彼女の服装は完璧だ。

 サングラスはお好みで。

 

 そして自分に魔法をかければ、すぐさま骨のみの肢体が少女のものに変わった。

 細身で身長は平均。肩ほどまでの艶やかな黒髪、そして側頭部から生えている一対の青く太い角が特徴。変わっていないのは傷のある右目が閉じられている所ぐらいだろうか。

 

 同じ服が何十着と並べられたクローゼットを閉めると、彼女は一階へと下りていく。優雅な朝にはコーヒーとパンでも用意しよう。

 

 何気に続いていた鼻歌はいよいよ三番に移る。目玉焼きとソーセージを焼く音が伴奏となり、テンポよくフライパンを叩いてはリズムを刻む。

 ボルテージが上がりに上がり、このまま本当に歌い出しそうになったところで、チンッと空気を読まないトースターが割り込んだ。

 

 素早く盛り付けたオックリは再び二階へと上がると、廊下の端に位置する部屋の扉を音を立てないようにゆっくりと開く。

 

 中では少々膨らんだ豪華なベッドが一つ。規則正しい上下運動をしているのを見るに、どうやらまだ眠っているようだ。

 

 「抜き足差し足忍び足っと……」

 

 二重に聞こえる不思議な声を潜めながら、彼女はちょこちょこまかまかと枕元へ移動する。昼になっても未だに眠りこけているのは、紫の髪に黒色の角を持った幼い少女だった。

 

 ここで取り出したるは水性ペン。この女、いたいけな少女の顔に落書きをする気である。

 

 「くふっ……んっひひひ…」

 

 なるべく音を立てないようにキャップを外すと、オックリは少しずつペン先を近付けていく。彼女の口からは小さな笑い声が零れたが、少女は覚醒する気配が全くない。

 

 

 そんな悪であるが、世の中はよくできている。悪いことをする者には然るべき罰が下るもの。

 因果応報など本来は神が人間に下すものなのだが、モンスターの彼女が世の摂理を受けるとはなんとも皮肉なものだ。

 

 

 頬にペン先がつくか否かの瀬戸際、彼女を音と振動が襲った。

 

 ポケットに入れたスマートフォン。その着信音と振動が部屋の空気を揺るがした。

 オックリの顔に冷や汗がつたる。彼女はこの失態が行き着く先を知っていた。

 それが意味するのは、眠れる獅子を起こすどころではない。

 

 「……あっ」

 

 「………………」

 

 眠れる竜を起こすことなのだと。

 

 

 闇夜に輝く光のような黄色い瞳と目が合った。

 オックリは顔を引きつらせながらも懸命に笑顔を作る。少女もまた小さく笑みを浮かべた。

 

 バキッと、何かが折れた音と同時に彼女の手から重みが消える。握っていたはずのペンは、少女の刺々しく甲殻に包まれた硬い指によって、割り箸のようにへし折られていた。

 

 「おはよう姉さん。いい朝だな」

 

 「今は昼ですけ――」

 

 言い終わらぬ内に、オックリの顔面に拳がめり込む。哀れ、彼女は竜の尾を踏み天高く飛ばされたのだった。

 

 

 

 

 

 

 「……おかしい。奴め出んぞ」

 

 「ま、そりゃね。あちらさんにも都合はあるでしょ……いや、あの人に限ってはねーわ。寝てるに賭ける」

 

 「ならば我輩は起きている方に賭けよう」

 

 「いや、乗ってくんなし。てか、大丈夫すか。それ賭けに勝ったら今絶賛シカトされてるっつーことすけど。自分で言ってて悲しくならん?」

 

 「…………なる」

 

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