ポケットモンスター バイオレット a.k.a Lemonade Tornado!!   作:ストレンジ.

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Hola! Paldea's Paradox!
#01『Dear Miss Sour Offshore』


 

 

 この世界には、たくさんの生きものが暮らしている。

 地上に、空に、海に……。あらゆる場所で、様々な環境の中で暮らす、動物図鑑には載ってない、ふしぎなふしぎな生きもの……。多くの人間は、かれらと助け合い生きている。

 

 生きものたちの名前は『ポケットモンスター』。縮めて『ポケモン』、縮めなくても『ポケモン』……。

 

 たくさんの自然、豊かな土地が広がる『パルデア地方』、その南の隅にある、ちいさなちいさな町『コサジタウン』

 

 ここにも、ポケモンと暮らす少女が、ひとり……。

 

 

 

   *

 

 

 

 引っ越してきてもう1週間か~、早いなぁ。

 

 食べ終わった晩ごはんのカレーライスのお皿をぼんやり見ながら、レモンは満腹感と高揚感で少しお腹を苦しくしていた。

 

 『さて、明日の『あの町 どの道』は皆さんご存知、『テーブルシティ』特集です! ご存知といっても意外に見落としがちな穴場スポットも数多いビッグ・シティ! しっかりと掘り下げていきますよ~!』

 

 テレビ番組のCMのナレーションが言った『テーブルシティ』の言葉に反応し、レモンは素早く顔を上げてテレビを見た。が、そのCMはすぐに終わりスポーツドリンクのCMに移り変わっていた。

「いよいよ明日ね。レモンには引っ越して早々また引っ越しみたいな感じになっちゃうわねぇ」

 どことなく困り顔でそう言って、レモンのママは食器を手に取りキッチンへ向かった。

「うーん、自分で選んだことだし。それよりさ、ママと……パパも、本当によかったの? ってまだ思っちゃう。寮あるんだからこっち来るのはアタシだけでも……ママはパパと離れちゃったし、パパも向こうでひとりだし……」

 歯切れ悪く喋りながらレモンは今度は満腹感と高揚感に加えて両親への申し訳なさで苦しくなっていた。

 

   *

 

 半年前、両親に連れられ3泊4日の家族旅行でここパルデアへ来たレモンのいちばんの楽しみは、なんといっても伝説のラッパーであり、ポケモンを育て戦わせ、その道のチャンピオンを目指すポケモントレーナーにとって憧れと関門となるジムリーダーも務めている、“ソウルフルビート”、ライムのライブだった。両親がファンだったこともあり幼い頃から彼女の音楽に触れ、そのサウンドとフロウに夢中になり、やがてはソウルにも憧れを抱くようになったレモンにとって滞在初日に訪れた『ハッコウシティ』での彼女のライブはまさに至福と熱狂の時間だった。

 ライブが終わり会場を出て、人々の喧騒や色とりどりの電光掲示板の眩しい輝きの中、心ここにあらずといった調子で、宿泊先のホテルに着いてからもライブと夜景に話に華を咲かせる両親をよそに、レモンは呆然としたまま、しかし炎が燃えているかのような熱いなにかが自分の身体の中から外へ放出されたがっているような、得も言えぬ切なさと喜びに浸ってその日は遅くまで眠れなかった。

 

 翌日、旅行の興奮で寝不足知らずのレモンが訪れたのはハッコウシティと同じくパルデアの大都市、テーブルシティ。レモンたちの地元であるカントー地方の港町『クチバシティ』では見たことのないものにあちこち目移りしながらショッピングを楽しんだ。

 昼下がり、レストラン『鮮度一番!』にてシーフードパスタでやや遅めのランチをとり外へ出ると、なにやらそれまでの街の賑わいとは違うざわめきを中央広場から感じ一家が向かうと、そこではポケモンたちを戦わせるポケモンバトルが行われており、バトルコートの周りを観客たちが激励の言葉や歓声を上げながらバトルの当事者であるポケモンとそのトレーナーたちを熱く見守っていた。

「やっぱり場所は違えどやってるんだなぁ」

「でもあの女の子のケンタロス、ずいぶんと体が黒いのね」

「パルデアは砂漠地帯もあるみたいだし、日焼けしたんじゃないかなぁ~」

 レモンは両親の会話を耳にしながらもバトルコートに意識を集中させた。戦っているトレーナーは学生服姿の男女で、男の子のポケモンはクルマユ、女の子はケンタロスで、ママの言葉の通り体も毛も蹄も、全身が黒かった。

 

 黒いケンタロス!? なにあれカッコいい!!

 

 自分の知っているケンタロスとは違うその姿に、レモンの目は釘付けになった。

「クルマユ、『はっぱカッター』!」

 男の子がクルマユに攻撃を指示すると、クルマユの周囲に木の葉が舞い、次の瞬間、ケンタロスに飛び込んでいくように素早く向かっていった。

「手応えアリ!」

 嬉しそうに男の子が叫んだ。ケンタロスは鳴き声を上げたりはしなかったが、見ると確かに必死に痛みをこらえているようだった。

 男の子と対照的な素振りをするであろうと思われた女の子は、しかしここで不敵に微笑んでみせた。

「下手な急所は……この子を本気の本気にさせるだけだよっ!」

「ヴモオオオォォォウッ!!」

 女の子の言葉に応えるようにケンタロスが吠えた。受けたダメージを怒りでエネルギーに変換したかのような、腹の底に響き渡る勇ましい雄叫びがバトルコートを支配した。

「ケンタロス! 『しねんのずつき』ッ!」

 少女の指示にケンタロスが体勢を低く構えると、頭の先から光がほとばしり出す。後ろ足を蹴って、キャノン砲のごとく黒い大きな塊となって光を帯びながらクルマユに頭から突っ込んでいく。その数秒後、レフェリーの声がバトルの決着を報せた。

「勝者、ケンタロス……トレーナー、ネモ!」

 相棒たちをモンスターボールに戻し、互いの歓びと悔しさを手のひらを通して交わらせると、両者を讃える歓声と拍手が上がった。

 

 これが……ポケモンバトル……。

 

 レモンは昨日のライムのライブとはまた別の、しかし熱量としては同等かもしれないほどの興奮で、静かに胸を高鳴らせていた。

「凄かったなぁー。あんなのが野生だと群れでいるんだからケンタロスは怖いねぇ」

「あのふたりは同じ制服だし、アカデミーの生徒なんでしょうね」

 ママのその言葉で初めて、細部に異なるところはあるものの、ふたりが同じ服を着ていることに意識がいった。

 そうか、あのふたりはあの、息の切れそうな長い階段を上った先にある、あの……

「『グレープアカデミー』……」

 呟いて、レモンはバトルコートの向こうに続く長い階段の先に見える巨大なモンスターボールが(かたど)られている建物を見つめた。

 

 パルデアの大都市、テーブルシティにそびえる805年もの歴史を持つ、ポケモンについて学ぶ者が集う私立学園、それがグレープアカデミーである。年齢的な縛りや序列はなく、子どもから大人まで探求心を糧に、ポケモンへの知識や技術、絆を深めるためのパルデア最大の学園であり、近隣や同地方に限らず世界中から入学希望者の集まるなかなかの人気校でもある。

「登校するだけでひと疲れしそうな階段だね。ここの学生さんは大変だ」

「あら、この学園は学生寮もあるから、毎日上るとは限らないわよ?」

「さすがママ、旅行先のものはひと通りチェック済みかい」

「ちょっと違うかな。学生の頃、ここを進路に考えたことがあるの。結局は普通に地元(カントー)で進学したけど、子どもの頃のちょっとした憧れだったのよ」

 初めて訪れたグレープアカデミーへと続く階段を、ママはどこか懐かしげに見ているようにレモンには見えた。

 ママは学生時代ポケモントレーナーで、チャンピオンを目指していたわけでもなければ決して強くもなかったというのは本人の談だが、それでもポケモンたちと過ごした青春時代の話を聞いて育ち、母親同様トレーナーになることを決めてからはポケモンについて基礎知識の手ほどきを彼女から受けてきたレモンにとって、ママはポケモンの先生で憧れだった。その憧れの先生の憧れた場所……。旅先での非日常から来る浮遊感も手伝って、レモンは自分でも思いがけず言った。

 

「ねえ、ここに通いたい……って言ったらどうする?」

 

   *

 

「……びっくりしたし、生活も変わるけど、ママね、自分のときのことを思い出しちゃったの。憧れてはいたけど、行きたいって私は言えなかったなーって。それが後悔だとは思ってないけど、あなたがああ言ったとき、自分も言っていたらきっとママのママとパパは応援してくれたろうなって、はっきりそう思ったの」

 食器を洗いはじめようとした手を止めて、レモンのそばに戻ってママは穏やかに話す。

「親って、子どものことなら、ましてやいい子ならなおさらなんでもしてあげたくなっちゃうんだって、レモンと出逢って知ったの。だからママはぜんぜんウェルカム! まあ、パパは寂しいだろうけど、お休みがとれたらこっちに来るって言ってるし。それに学生じゃなくても、私も憧れた学園のある地方で暮らせるっていうのは、正直なかなかテンション上がってるの! この子だってそうよ。ねぇ?」

「むちゃありー」

 ペットのホシガリスがひと声鳴いて、レモンの足元に寄ってきた。頭をそっと撫でるとレモンは顔をほころばせた。

「だからあなたもこれからの学生生活、楽しまなくちゃ! 申し訳なく思ってるなんて時間がもったいないわ。ママとパパがビックリするくらいの、とびっきりのポケモントレーナーを目指しなさい!」

 ママにそう言われてレモンはすっかりライムのライブやポケモンバトル、アカデミーを見上げたときのワクワクを胸の内に取り戻した。レモンの最初の先生は、いつでも元気を与えてくれる魔法使いでもあったのだ。

「具体的なことはまだ浮かばないけど……なるよ! とびっきりのポケモントレーナー!」

 レモンはママに宣言して、にっこりと歯を見せて笑った。

「よし! じゃあお風呂入ってきちゃいなさい!」

「はーい」

 バスルームへ歩いていくレモンの背中をホシガリスと見届けて、ママはキッチンへと食器を洗いに戻った。

 

   *

 

 カバンの中身、ヨシ。

 制服、ヨシ。

 スマホロトム、ヨシ……じゃないっ!

 

 レモンは少し前に両親からプレゼントされたスマホロトムを見て、準備し忘れたものがあったことに気づいて机の引き出しを開け、()()を取り出した。

「スマホロトムのカバー、ヨシ!」

 引っ越し初日に買い出しでふたたび訪れたテーブルシティで寄った『デリバードポーチ』で買ったままうっかり忘れていたスマホロトム用のカバーを装着、確認してレモンはうっとりした。彼女が選んだカラーはローズピンク。優雅な華やかさとキュートさを両立したデザインにしばし見とれた。

「かわいい、ヨシ!」

「ロト~♪」

 新しい衣装に着替えてごきげんなスマホロトムをひとしきり愛でてから、もう一度荷物を念入りに確認してからベッドに入った。

 

 いよいよ明日から、か……。

 学園での暮らしはどんなだろう。先生はどんな人たちかな、他の生徒は……、どんな人と友だちになれるかな、どんなポケモンたちと出会うのかな、そんなに遠くないし、忙しくなければ週に一度はこっちに帰ってこれるかな、パパにも会いたい…………。

 

 海風と波の音を耳にしながら、たくさんの思いを巡らせるうち、レモンは眠りへとついた。それはひとりの少女の物語の、前夜……。

 

 

 

(つづく)

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