ポケットモンスター バイオレット a.k.a Lemonade Tornado!!   作:ストレンジ.

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#10『Future Researcher』

 

 大きく膨らんだ買い物袋の中身を部屋に置いてから、ペパーは教えられた場所へ向かうため階段を上って2階へ来た。指定された部屋の前まで歩き、扉をノックした。

「いらっしゃい!」

「へっ、当たり前だがほとんどなんにもねえな」

「住みはじめて2時間くらいだからね」

 中からレモンが出て彼を迎える。部屋へ通されるとそのまままっすぐふたりは歩き、約束の場所へたどり着く。

「んじゃ、始めるか」

「華麗によろしく!」

 ふたりははりきってエプロンを身に着けると作業にとりかかった。

 

   *

 

 学校生活初日の日暮れ、レモンの部屋からは食欲をそそるスパイシーな匂いが漂っていた。匂いの元の鍋の中には食べやすいサイズにカットされた様々な食材が、どろりとした土色の液体に浮いている。

「んー! ナイスな出来映え! サンドウィッチもいいけど、カレーもね!」

 満足げにレモンが歓喜すると、ペパーも自信ありげに目を細めて微笑んだ。

「ま、カレーは難しくねえしな。それにレモン、料理できるよな? オレが教える必要なかったと思うけど……」

「そうかな? ママのお手伝いでしかしたことなかったからあんまり自信ないんだけど」

「いや、少なくともコイツは普通に作れてたな。包丁の扱いが下手ってこともねーし。手際はまだまだだけどな」

「そう言ってくれる人がいるのが大切なんだよ。今度は他の料理もやってみよう」

「……それもオレ、手伝うの?」

「いいでしょ? 手伝う回数制限言ってなかったし。アタシも今回だけとは言ってないし!」

「待てよオイ、満足するまでやんねーとスパイス探しは手伝わねえとは言わないよな?」

 レモンの言葉に胸にほのかなわだかまりを感じたペパーは不満げな気分を隠さず声色に出した。

「ないない、大丈夫だよ! さっき言ってた宝探し? 始まったらちゃんといっしょに探すよ。でもそれはそれとしてお料理教室はまだまだやる方向で!」

「ああ……なら構わねえよ。頼むぜ、最優先事項でなくてもいいからよ。オレももう少しスパイスの具体的な場所調べたりするから、オマエも宝探しまでポケモンのこと、勉強しな。そのほうがなにを目的に旅するにしても役立つしな」

「わかったー。いやー、ホント今日もだけど、明日から忙しくなりそう。勉強に、ポケモン育てに、宝探しに、スパイス探しに、スター……トダッシュが肝心だね、タブンネ」

 カシオペアとのスターダスト大作戦のことを、すんでのところでぼかす。アカデミーの風紀のためとはいえスマホにハッキングまでされた現状、スター団のことは誰にも伏せておくのがいいとレモンは考えた。カシオペアからの協力の依頼をまだ受けたわけではないが、スター団を相手にする以上ポケモンの育成にはもってこいだと、ハッキングの件を抜きにしてもレモンはこの時点で乗り気になっていた。

「そういえばこの子ってどうすればいいの? ミライドン」

 レモンはそう言ってタオルで拭いた手が乾いているのを確認してからミライドンの入ったモンスターボールを持ってペパーに見せた。

「おっと、出す必要はないぜ! どうもこうも、なんもねえよ。……せいぜい仲良くしてやってくれってか。もっとも、そのうちミライドンの持ち主がなんか言ってくるかもだけどな」

「あっ、ペパーも預かってただけなんだっけ。持ち主って誰なのさ?」

「おそらくすぐにでもわかると思うぜ。アイツにとってはおっきな関心事だからな……それより冷める前に晩メシにしたらどうだ。すぐおいとまちゃん、するからよ」

 ペパーはそう言うとエプロンを外し、なれた手つきで折り畳んで制服のポケットに入れた。

「えっ、食べてきなよ。っていうか、手伝ってくれたお礼!」

「スパイス探しのための見返りのお料理教室、だろ? 礼なんか必要ねえよ。ポケモンたちのメシも作らなきゃだからもう帰る。学校生活、頑張れよ」

 そこまで言ってペパーはササっと扉を開けて部屋から出ていってしまった。

「あ……ありがと! おやすみっ!」

 レモンは閉まりきる前のドアに向かって慌てて声をかけた。

「ペパーの言うとおり、冷める前に食べよ……」

 唐突にひとりの空間に戻った部屋に一抹の寂しさを感じつつ、レモンは食事の用意を始めた。

 

   *

 

「うーむ、晩ごはんは失敗したな……」

 夜が明けてまた学校生活が始まる。エントランスから教室へ向かいながら、レモンはなにやらひとり反省をしていた。

「どんな失敗しちゃったの?」

 後ろからネモが声をかけてきた。一人言を聞いていたようだ。

「おはよ! わたしもしょっちゅう失敗しちゃうよ、料理って難しいよね!」

「おはよー。いや、料理はうまくできたんだけど、ひとりで食べるごはんがあんなに味気ないものだとは……」

「あー、はじめてのひとり暮らしあるある、だね。ポケモンたちと食べればよかったのに」

「それね! 食べ終わったあとに気づいたよ……今朝はみんなで食べたけどね! でも部屋だとミライドンは窮屈になっちゃうんだよね……」

「あのサイバーな感じのモトトカゲみたいなポケモンだよね、確かに大きかったもんね。その後はどうなの?」

「変わらないね。元気がないわけではないけど、洞穴から脱出したときのカッコにはぜんぜんならないよ」

「人間いろいろ、ポケモンもいろいろだからね。病気とかじゃなければいいんだけどね」

「うん。ミライドンの持ち主がいればそういうことも少しはわかるかもしれないんだけど……」

 レモンはそう言うと昨夜のペパーとの会話を思い出す。彼との会話の限りでは本来の持ち主に会うときが近いうちに来るようなもの言いではあったがそれがどういった意味を持つのかは知る由もなかった。

「そうだ、ペパーも預かっただけなんだっけ……今さらだけど、人から預かったポケモンをさらに別の人に預けるっておかしいと思うんだけど!?」

「うん……本当の持ち主が来たら、アタシ怒られちゃうのかな?」

「だとしたらそれはペパーが悪くない? ミライドンに罪はないし、わたしたちを助けてくれた恩ポケモンだけど、流れとしてはアイツがレモンに押しつけるような形で渡したわけなんだし! まずはペパーが元の持ち主に話を通してくれなきゃ!」

「ミライドンの本来の持ち主……誰なんだろう? すぐわかるってペパーは言ってたんだけど」

「そうなんだ? それなら元の持ち主はレモンが預かってることをもう知ってるのかな」

「だとすると、どう思われてるんだろう。どんな人かわからないから知りようもないけど……」

「まあまあ、明らかに手離したがってたペパーよりレモンが預かってたほうがミライドンにとってもいいだろうし、大丈夫だよ!」

「そうかなぁ?」

「そうそう! 大丈夫じゃなかったら、それはペパーのせい!」

 そこまで喋るとふたりは目的地である自分たちのクラスの1-Aにつき、それぞれの席に座るとやがて始まったSHRを挟んでから総合コースの通常授業を受けるのだった。

 

   *

 

 昼休み、昼食を食べ終えて職員室に用のあるネモと別れてエントランスで午後に受ける授業のチェックをしていると校内放送のチャイムが流れた。その音に注意がそれ、放送に耳を傾けると自分の名前が呼ばれたのでレモンは小さく驚いた。

『1-A、レモンさん、至急校長室までいらしてください。くり返します~』

 放送の声の主は呼び出しを受けた場所の主でもあるクラベル校長のようだった。まだなにか渡し忘れていたものでもあったのだろうか、それぐらいの気持ちでさっそくレモンは校長室に向かった。

 

 ノックをして校長室に入るとレモンは意外な広さに驚く。入ってすぐ手前側のスペースは清潔そうな薄水色のタイル張りの床に、モンスターボールの乗ったよくわからない機械が設置されており、レモンの目を引いた。そのすぐそばにある職員用と思われる向かい合わせに並んだ座席にもノートパソコンやファイルの他に顕微鏡が置かれ、壁際の年季の入っていそうな木棚にも顕微鏡の他に、科学室然としたなんらかの実験器具が収められており校長室らしからぬ様相を呈していて、まるで研究所みたいとレモンは思った。しかしその区画の先には、温もりのある明暗組み合わせたブラウン系の、万華鏡を思わせる角形模様が2パターン交互に並んで敷かれたタイル床が顔を出し、そのスペースの中央に敷かれたグレープ色のカーペットの上には、いかにも高級木材製といった色の深い重厚そうな長机が静かな存在感を放っており、その机の正面中央に彫られたモンスターボール模様の垂直に来る位置に、椅子に座ってレモンを待ち受けるクラベル校長の姿があった。

「よくいらっしゃいました。グレープアカデミーは気に入ってくださいましたか?」

「はい!」

 レモンは校長のすぐ後ろにある背の低い本棚の上に乗った、木枠の窓から入ってくる日光を受けて光を増しているトロフィーに気をとられつつも元気に言った。

「大変嬉しいお返事です……さて、こうして校長室にお呼び出しした理由は、私の友人があなたに大事なお話があるそうだからなのです」

 レモンの返事に品のある微笑みでそう返してから、校長は立ち上がり隅にあるモニターの前までゆっくりと歩く。

「校長先生のお友だち? これから来るんですか?」

「いえ、この場にはいらっしゃいません。少々お待ちください、今、繋ぎますから……」

 そう言って彼がモニターを点けると、画面にはまっすぐこちらを見ている白衣姿の男性が映った。白衣を着てはいるがその下に幾何学的な模様の入ったボディスーツらしきものを着用していて、彼の背後にはレモンにはまったくわからないグラフや数式が書き込まれたホワイトボードが見え、それが風体の怪しさというか奇妙さを強調する。極めてシンプルに『不思議な人』というのがレモンの第一印象だった。

「ハロー、レモン。はじめまして」

 見ず知らずの相手に出し抜けに自分の名前を呼ばれ、レモンは警戒心めいた不穏な気分をわずかに感じてしまう。

「ボクはフトゥー。パルデアの大穴の奥、『エリアゼロ』でポケモンの研究をしている」

「ポケモンの研究……ポケモン博士さんですか?」

 思ったことをフトゥーと校長のふたりに同時に尋ねるような意識でレモンは声を出した。

「ええ。彼はアカデミーの卒業生で、素晴らしい業績をもつ博士なんですよ」

 校長が丁寧に質問に答えると、モニターのフトゥー博士は、少し長めのまばたきをしてから左手で顎まわりの無精髭をさすりながらレモンに話しかける。

「単刀直入に言おう。学籍番号805C393、レモン」

 なぜ彼は自分の名前だけでなく学籍番号までを知っているのかレモンは訝しんだが、アカデミーの卒業生で校長の友人である偉いポケモン博士という聞いたばかりの情報が自分を知っていることの説明になっているような気がしたこともあり、口を挟むことなく博士の次の言葉を待った。

「キミはミライドンという不思議なポケモンを連れているな?」

 博士の口からミライドンの名が出たとき、レモンは一瞬だけなぜミライドンのことまで知っているのか疑念を抱き、直後に博士の名前に聞き覚えがあったことを感じながら、頭に浮かんできた昨日の出来事と言葉が思い出され関係性が結ばれていくのを感じた。灯台でペパーに出会ったとき、ネモが言ってた。ポケモン博士、フトゥーの息子、ミライドン……預かる……。

「はい……もしかしてミライドンの持ち主って、博士ですか?」

「フフフ……精確に述べるのであればそれは正しいとは言い難いが、情緒的に捉えるのなら正答内と解釈可能であるとされるだろう。それを導き出したキミはなかなかの洞察力があるようだ」

 表情を変えずに笑ってから博士は遠回しな物言いでレモンを褒めたが、レモンには彼の言葉がうまく飲み込めない。

「……合ってるってことで、いいんですかね?」

 レモンは今度はどちらかといえば校長に答えを求めるようなトーンで彼の方へ首を向けながらふたりに尋ねた。

「厳密には違うけど、雰囲気的には合っている……そう言っているのだと思いますよ。正確性にこだわろうとする研究者としての(さが)……調子に変わりはないようですね、フトゥー」

 ほんの少しの呆れとそれを懐かしむような遠い目つきで校長はモニターに映るフトゥー博士を優しく見つめた。

「あなたがそう言うのなら問題はないのだろう」

「……少々、まわりくどさに拍車がかかったかもしれませんね。それより申し訳ありませんが、私には話が見えませんね。ミライドンなどというポケモンの名ははじめて耳にしました……」

 

「ギャス!」

 

「おお!?」

「ありゃっ……!?」

 校長がミライドンの名を口にしたとき、まさに呼ばれたようにミライドンがレモンの意思とは関係なしにモンスターボールから出て姿を見せた。

「……あなたがミライドンさんというのですか?」

「アギャア!」

「やあ、久しぶり。元気そうでなによりだ」

 旧知の仲同士の挨拶のようにミライドンが鳴き、フトゥー博士がそれに応えた。

「レモンの言った通り、ミライドンはボクが管理していたポケモンでね。ペパーという青年から受け取ったであろうモンスターボールも、もともとはボクのものなんだ。しかし今ボクはそのポケモンを管理できない状態にいてね。キミには引き続きミライドンを可愛がってもらえるとありがたい」

「アタシが面倒見ていいんですね!?」

「お願いしたい。こうしてキミの手に渡っている以上、ペパーに無理に面倒を見てもらうよりもその方が良いと考えられる。キミの意思を尊重するよ」

「だいじょーぶ! です!」

「ありがとう。ミライドンは今、弱っており戦闘能力を失っている。移動に特化したライドフォルムにはなれそうだが、持っていた能力を完全に取り戻すには時間がかかるだろう。今後の状況確認のため定期的に連絡をとりたい。連絡先を登録してくれ」

 モニター越しに博士と連絡先のやりとりを行い、スマホロトムがレモンの懐に戻っていくのを見届けてからクラベル校長が博士に問いかけた。

「フトゥー、このポケモンはエリアゼロの……? レモンさんはアカデミーの生徒であってあなたの助手ではありませんよ。危険があっては……」

「危険性を懸念するのはもちろんのことだ。しかしミライドンは安全なポケモンだよ。ペパーが預かっていたときにも問題はなかった。彼は連絡をほとんどしてこなかったがそれは問題がなかったということでもある。レモン、気になることがあれば、小さなことでもいつでも連絡してきてほしい。ボクも管理者としてサポートする」

「わかりました」

「それでは。キミの前途が実りあらんことを」

 話が終わると博士からの連絡はすぐに途切れ、モニターが真っ暗になり、ミライドンは名残惜しそうに画面を見ている。

「……博士にずいぶん大きなお願いをされてしまいましたね」

「そう……なんですかね?」

 自分なりに事態を飲み込もうとしているレモンの前で校長は少し悩ましげな顔をしていた。

「いずれにせよ、なにかあればアカデミー側もレモンさんをサポートしますから。フトゥーの言ったとおり心配なことがあれば遠慮なく言ってくださいね」

「はい! ミライドン、改めてよろしくね」

「ギャアス!」

 どことなく不安げな校長をよそに、正式にミライドンを迎え入れることができたレモンは満足そうに笑っていた。

 

 

 

(つづく)

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