ポケットモンスター バイオレット a.k.a Lemonade Tornado!! 作:ストレンジ.
「やっぱり、そうそうなにか見つかるもんじゃねえよな~……」
ため息をつきながらも、ペパーは折り畳み式のイスとテーブルをセットし、テーブルにミントカラーのクロスをかけ、大きなリュックから携帯コンロやフライパン、預かっていた食材が入っているレモンの買い物袋など、忙しなく手を動かしピクニックの準備を着々と整えていった。
レモンとペパーが秘伝スパイスのためにそれぞれ南3番エリアを探索して40分が過ぎ、一度各々の成果を確認しつつ少し早めの夕食をとろうと物見塔に合流したものの、ふたりともこれといった発見はないようだった。
「ふしぎなアメなら……見つけたよ?」
「うん……いいんじゃねえの。後で誰かにあげれば?」
「そうだね……」
少なくともレモンにとってはポケモンの育成と宝探しの冒険の予行演習的な活動としての収穫はあったものの、秘伝スパイスやそれを守るヌシポケモンに関する発見がないことはやはり気にかかるようだった。
「まあ200年前に見つけたと思ったらそれっきりってシロモノだからな……簡単には見つかりっこねえ」
「にひゃく……そんなに!? ……そもそもペパーはなんでそれを知ってるの?」
「それは……こいつだぜ」
レモンの疑問に答えるためにペパーが取り出したのは紫色のカバーの年季の入ってそうな本だった。
「これ?」
「知らないか? アカデミーの図書館にも置いてあるぜ。『バイオレットブック』……200年前にエリアゼロを探検した『ヘザー』が書き記した、エリアゼロで発見されたものの記録……世紀のオカルト本なんて扱いされちまってるけどな……ほら、ここだ」
ページをめくりレモンに見せる。そこには秘伝スパイスの発見、その効能や発見後の顛末がイラストとともに記されていた。
「この本によれば、ヘザーたちエリアゼロの探検隊がスパイスを見つけて地上に持ち帰って栽培しようとしたのはいいものの、野生のポケモンに盗み食いされて、スパイスの効果で強くなったポケモンに残りのスパイスを奪われちまって、それからどうなったのか今でもわからないまま……。スパイスを奪われた場所や巨大ポケモンの目撃談をもとにヌシポケモンの生息区域がざっくり書かれてるわけだ」
「その生息区域のひとつが、ここってこと?」
「ああそうだ。ただし今も同じポケモンがヌシとは限らないかもしれない。さらに別のポケモンがスパイスを横取りして、そいつが新しいヌシポケモンになって……なんてこともあり得るかもだからな。なんにせよ、強いのは確かだろうな……」
エリアゼロ。フトゥー博士が研究を続けている未知と危険の溢れる場所。今のレモンにはそれぐらいしかわからないが、バイオレットブックによればエリアゼロから持ち帰った秘伝スパイスがパルデアのポケモンに大きな影響を与えたらしい。
「……ま! スパイスの話はいったん終わりだ。メシ作るぞ、メシ!」
謎が謎を呼ぶエリアゼロやスパイスの話にペパーはフライ返しでフライパンをコンコン叩いて一区切りし、レモンの要望どおりまた料理を教えるのだった。
*
夕刻の野外での料理教室で出来上がったのは、ペパーが基本がそれなりにできているレモンのためにライスをパラパラさせるためのコツをレクチャーし、まちぶせポケモン、ガケガニの殻のエキスの詰まった食材『ガケガニスティック』を使ったカニチャーハンだった。
「うーん、これはヤミラミもヤミカラスもニッコリの味だね!」
「……うまい、ってことでいいんだよな?」
「イエース! Yummy♪ ってことさ!」
レモンの言語センスに若干困惑しながらも自らの教えの成果に満足げにペパーもチャーハンをあっという間に平らげると、今度はポケモンたちにも夕食のポケモンフーズを与え始めた。
「あぁーっ、アタシもあげなきゃ!」
「落ち着け、買い物から直接ここ来てポケモン以外手ぶらちゃんなのはわかってんだ。オレのポケモンフーズ分けてやるよ」
「フフフ……甘いなペパー! 買い物袋を見たまえ! ちゃんと買っておいてあるのさ! ポケのため、日々の
そう言われて再度リュックにしまっておいた買い物袋の中身をチェックするとそこにはレモンの指摘どおり缶詰タイプのポケモンフーズが入っていた。
「おお、ホントだ。きっちりしてんのはトレーナーとしていいことだ……オマエ、トレーナーなりたての割には料理スキルといい、しっかりしてるよな」
ペパーが素直に感心しながら彼のポケモンのホシガリスとシェルダーに食事を与えているのを眺めつつ、チャーハンを食べ終えたレモンはイスから立ち上がりペパーの隣に立った。
「うちはママが元トレーナーだからね。アカデミーに入る前はママからいろいろ教わってたんだ」
「母ちゃんが……へえ……」
食事をとるシェルダーの姿を漠然と見つめながらそっと息を吐くような調子でペパーがつぶやくと、その横でレモンは両手に抱えた4つのモンスターボールをペパーや彼のポケモンたちの邪魔にならないようスペースを確保しつつ、まとめて軽く放り投げて手持ちのポケモンたちを出した。クワッス、コンパン、アマカジ、そしてミライドンが姿を現す。
「げ」
ミライドンを見て反射的ともいえるような声をペパーが上げた。短いながらもその声には否定的な響きがあったことをレモンはしっかり感じ取っていた。
「もしかして、って思ってたけど……ペパー、ミライドンのこと……その……」
「いや……なんていうか、そうではない、んだけどよ……あまりいい印象を持ってないってこった。コイツに。気になるだろうが……事情は訊くな……」
口ごもるレモンにペパーは自身のミライドンへの心情を、理由は述べないながらも正直に吐露した。レモンが見る限りミライドンの方は彼にそのような感情を抱いているようには見えず、威嚇したり距離をとるようなこともなく彼女のそばで平然としている。
「……まあ、今はアタシがこの子の面倒見てるんで。食事が終わるまでは引っ込めないからね?」
「いや、別にいいんだ……これはオレ自身の問題だからな。オマエにボール渡したのも他ならぬオレなんだ。遠慮なく世話してやってくれ」
ミライドンへの苦手意識に対してペパー自身も思うところがあるようで、レモンの行いを制止しようとしたりはせず、ミライドンや他のポケモンたちを世話するのを黙って見た。
「ギャッス」
「ん? ミライドン、食べないの?」
「……アギャ!」
「ん、うん……?」
他のポケモンたちが食事をするなか、ミライドンはレモンに差し出されたポケモンフーズに口をつけず、代わりにレモンの手に顔を近づけなにかを訴えるようにひと鳴きした。
「……あ! もしかして、サンドウィッチが食べたい?」
「ギャッス!」
ミライドンが肯定するように強く鳴いて顔を上げた。
「今は材料がないんだよ……また今度ね」
申し訳なさそうにするレモンを見てミライドンはわずかに目を細め“しゅん”とした。それはレモンの気のせいではなく、ペパーにもそう感じ取れた。
「選り好みとは贅沢ちゃんだな、オマエのためにレモンが用意したんだぞ、しっかり食え!」
「ギャアス!」
ペパーが強く言い聞かせても、ミライドンは首をまっすぐ上げたまま頭を動かそうとしない。サンドウィッチ以外は遠慮する、という意地をどういうわけか貫くようだ。
「えーっ、そんなにサンドじゃなきゃダメなの!? なんか、意外な性格発見ってカンジ……」
「コイツ、こんなわがままだったかな……? それか、よっぽどうまいサンドウィッチの味を知っちまったのか……」
「……なるほど。弱ってるときにママのサンドウィッチあげたからかなぁ……んー、だとするとアタシの作るサンドでも納得しない可能性があるんじゃない? 責任重大……」
「いいさ、ほっとけ。ほんとに腹が減ってりゃ選り好みなんてしてられねえさ。サンドウィッチじゃなきゃイヤってんなら、その意思を尊重してやれ……ただし! 今は食えないけどなっ!」
意地悪をするように最後の一言はミライドンに向け、ペパーは言い放った。
「ギャア……」
ふたたびしょんぼりとするミライドンだったが、それでもポケモンフーズを食べようとする様子はなかった。
*
ポケモンたちの食事も終わり、ふたりは休憩がてら手持ちをそのまま自由にしてポケモンたちの様子をのんびりと眺めていた。クワッスは羽から分泌するジェルを同タイプのよしみかペパーのシェルダーに塗りつけることで殻をキレイにしてやり、ミライドンは自分の背から尾にかけてをすべり台代わりにしてコンパンに遊ばせていた。
「ひゅう……ひゅう……」
残るアマカジはイスに座ったレモンの膝の上にちょこんと乗ってすやすや寝息をたて、足下の近くではホシガリスがその様子を見上げて窺っていた。
「ペパーのホシガリス、アマカジが気になるのかな? いい匂いするもんねー!」
「アマカジは天敵が多いからな……ホシガリス、ダメだからな?」
「むぅ~」
ペパーの言葉をわかっているのかいないのか、なにか企んでいるのかいないのか、爛漫な瞳でホシガリスはそれからもアマカジを見つめ続けていた。
「やっぱりヨクバリスって、ホシガリスの進化形なの?」
「ん……? そうだけどよ、野生のポケモンじゃないんだ、しっかりしつければ襲ったりなんかしないから安心しろ」
レモンに無用な心配をさせまいとペパーは微笑みフォローした。ホシガリスの進化ポケモン、ヨクバリスは大きなしっぽでアマカジを木の実ごと包み込んで連れ去ってしまう、アマカジを捕まえた際に図鑑にそう記されているのを見てレモンは『ヨクバリス』というポケモンの存在を知ったが姿かたちはまだわからず、いつか出会うときを思って少しスリルを感じていた。
「そうか、まだいろんなポケモンもその進化形も、レモンはあまり知らないのか」
「勉強してるとはいえまだまだわからないことだらけだよ。でも、だから楽しみでもあるかな!」
目を覚まさないようアマカジの頭のヘタをそっと撫でながらにっこりとレモンはそう言った。
「それでヌシポケモン倒そうってハラなんだから大したヤツだぜ……だが今日は収穫なしだったな。やっぱり時間をかけて探索しなきゃダメだよな……時間も時間だ、今日は引き上げるか」
少し眩しそうに目を細めて夕焼け空を見上げてペパーが言った。名残惜しそうではあるものの、そこに焦りや苛立ちのような感情はないようにレモンには思えた。ポケモンたちと過ごした時間に無駄な時間なんてないからだ、ペパーも今後の自分も、ポケモンと関わるすべての人間がそう思えばいいとレモンはふと思った。
「次回のお料理教室はなににしようかな……」
「……やっぱりまだやるか」
今後の予定を考えるレモンにペパーは半ば予測していたように面白げもなくそうつぶやいた。
「だめ?」
「……い~や、かかってきやがれ! オレのレパートリーの広さをナメてもらっちゃ困ったちゃんだぜ!」
しかし気を取り直して柔らかい笑みでレモンに応えてみせた。その言葉と表情を見てレモンは胸を撫で下ろし、ペパーと少し親密になれた気がすることにじんわりと喜びを感じた。
「オカルト扱いされてるバイオレットブックを信じて、なんも見つかんなかったとはいえ調査に手伝ってくれたんだ。メシを教えるくらい当然の礼だぜ」
「別に本を信じたわけじゃないよ。ペパーを信用して、ね! それにホントにあったら素敵じゃない?」
「おう! 今日は付き合ってくれてありがとよ。今度はしっかり、なんか見つけてから誘えるよう、入念にいろいろ調べておく……」
「ヴヌヌヌヌヌヌヌ……」
出し抜けに重低音が鳴り響いた。レモンとペパーは突然の大きな異音に固まり、ポケモンたちは辺りを見回すもの、体を震わせるもの、ひとまず殻にこもるシェルダーなど反応は様々で、『どんかん』なアマカジも今の音で目を覚ましたが、音そのものに恐怖や関心を持ってはいないようで、立ち上がった際に抱かれたレモンの腕の中で平常心を保っていた。
「あっちの方で聴こえたよねー!」
そうペパーに言ったときにはレモンはもうアマカジを抱いたまま謎の音のした方向へ駆け出していた。
「あ、おい待て……」
「でっ……かああああああ!? なんじゃありゃあ!?」
ペパーの制止の声を遮ってレモンが驚愕の声を上げた。
「大物だよペパー! ヌシポケモンかも!」
「待てって! 片付けが終わってねえんだ! それにオマエのポケモンも……!」
「とおっ!」
彼の言葉は今のレモンの耳には届いていない、それどころか、崖の手前で足を止めていた彼女はいきなりそこから飛び降りたのだ。
「オイッ……オイオイオイオイオイオイ!!?」
目にした光景に脳を揺さぶられたペパーもまた驚愕した。突然の事態に、食べ終えた食器や調理器具の数々とポケモンたちに囲まれながらとてつもない焦燥感に駆られていく。
「ヌシポケモンかもしれないだあ……? ちくしょう! うおおおおお!」
半ばやけっぱちで大急ぎで道具類を片付けると、ペパーはミライドンたちレモンのポケモンを引き連れて物見塔前の坂を全力疾走で下っていくのだった。