ポケットモンスター バイオレット a.k.a Lemonade Tornado!! 作:ストレンジ.
ペパーの制止も聞こえず腕に抱いたアマカジ以外のポケモンたちを置いてきたことにも気づかず、レモンは物見塔から東に走り崖際で足を止めて向かい側の崖に目をやると、崖の色にもよく似たオレンジ色の巨大な甲羅が岩壁に張り付いているのを夕闇の中に見た。
「戻れアマカジ……とおっ!」
片腕で抱え直したアマカジをもう一方の腕で懐から取り出したゴージャスボールに戻すと、突如としてレモンは躊躇することなく地面を蹴って崖を飛び降りた。
「ふおおおおおおっ!」
崖から落ちるのは経験済みのレモンだったが、いざ飛び降りてみるとその恐怖を完全に克服できていたわけではなかったことに痛烈に気づく。当たり前である。
「メーデー、メーデー! 助けを求む……スマホロトムッ!」
落下のさなか、当てにしていた存在に向けて救援を叫ぶと、声に応えてポケットから頼りの多機能ガジェットが飛び出してきた。
「ロトロトローッ!」
落下するレモンに追従して頭上で滞空するスマホロトムをがっしりと両手で掴むと、急速に重力に逆らおうとする力を肩から腕にかけて感じる、二度目の痛み。それと引き換えに大事なくレモンは地に足を着くことができた。
「サンクス、ロトム!」
ロトムに一言お礼を言うと、ふたたびレモンは甲羅目がけて疾走する。
「この凄まじい大物感……ヌシポケモンでしょっ!」
目的地に着いたレモンは岩壁に張り付く巨大な甲羅を見上げて嬉しそうにつぶやいた。
「うおっ!?」
甲羅の上部にあるふたつの目玉がぎょろりと動き出し、黒い瞳がレモンを捉えた。
「見てるねアタシを……でっかいガケガニ!」
巨体すぎて特定しかねていたが、巨大な甲羅の正体はここまでで既に何度も目にしたポケモン、ガケガニであるとレモンはその大きな目を見つめて確信した。
「あっ……おーい!」
逃げようというのか、ガケガニは細かく脚を動かし岩壁をガサガサと這って崖を上っていってレモンから遠ざかっていく。
「逃がすかぁーっ! えーと……こっち!」
横にある坂道を上り、崖を回り込んでガケガニが上っていった先へ素早く追いすがる。ガケガニは岩壁に張り付いたまま、追ってきたレモンを見つめている。
「ヌシポケモン、ガケガニ……スパイス、分けて欲しいんだけど?」
スパイス、という言葉にガケガニが反応したのかどうかは定かではないが、レモンがその声を発すると、ガケガニは岩壁を蹴って大きくジャンプし、レモンの前に着地した。その巨体によって地響きが起こる。
「ンガアァニイィィィィィィ!!」
雄叫びを上げ、今度は辺り一帯に地鳴りのごとき重低音が響き渡る。大きなハサミをレモンに向けて、ガケガニは明らかに臨戦態勢をとっていた。
「そうなるよね……いざ、勝負!」
レモンは巨体を前に臆することなくゴージャスボールを構え、力強いサイドスローからボールを放った。
「大物退治だアマカジ!」
「ぴゅ~うっ!」
凄まじい巨体の前に登場したアマカジはまるで一口サイズの小さな木の実のようだった。しかし勇ましい顔つきで一歩も退くことなくガケガニの前に立ちふさがるように大地に立っていた。
「大きけりゃ強いってもんじゃないぜっ!」
「ぴゅう!」
レモンといっしょに不敵に微笑むとアマカジは頭のヘタをぐるぐる回転させ始めた。
「ンガアアア!」
アマカジの動きに反応してガケガニが構えていた腕のハサミを開き、前方に突き出しながら閉じる。が、回転させたヘタをプロペラのように使い上昇したアマカジが器用にそれをかわす。
「そのまま『こうそくスピン』でぶち当たって!」
「ぴゅ~~~~~~~っ!」
ガケガニの『はさむ』を避け、空中に躍り出たアマカジはそのまま回転するヘタをガケガニの甲羅に打ちつけていく。さほど硬いわけでもないアマカジのヘタによる攻撃を受けてもガケガニはびくともしない。それはレモンも折り込み済みだった。
ちょこまかと空中から攻撃を加えてくるアマカジに苛立たしげにガケガニはハサミを振るって追い払うように攻撃し返すが、『こうそくスピン』によって動きを加速させていくアマカジに緩慢なガケガニの攻撃はまったく当たらず、空から地から素早い動きをくり出していくアマカジに次第に翻弄されていく。
「そこっ! 『マジカルリーフ』!」
ガケガニの目の前にアマカジが着地したタイミングでレモンはアマカジの決め技を指示した。木の葉状の小さなエネルギー波が散弾のようにガケガニの腹部にヒットしていく。
「ンゴオオオオ!?」
ガケガニが叫んで短い間だが身悶えする。『こうそくスピン』は効かずとも、いわタイプの弱点であるくさタイプ技にはさすがにガケガニも無傷というわけにはいかない。痛みに耐えかねるように両腕を力任せにあちこち振り回し、周囲にめちゃくちゃに攻撃を加えていくガケガニを、アマカジは地面からガケガニの頭頂部の甲羅に跳び移り、そこからさらにもう一度跳ねると空中でふたたびヘタを回し滞空してやり過ごす。
そして、疲弊して腕を振り回すのを止めた瞬間にすかさず二度目の『マジカルリーフ』を放つ。今度は甲羅側に当たったものの、ダメージはしっかり入っているようでガケガニはふたたび身悶えした。
「ンガァッ……ニニニ……ニイッ」
そして急にレモンたちに背を向けるとガサガサと地面を這って進み、崖からダイブした。
「んなっ……逃げたぁ!?」
予想していなかったガケガニの動きに面食らいながらもレモンはアマカジをボールに戻すと来た道を戻り、ガケガニが飛び降りた崖下へと急いだ。
*
坂道を下りてから数歩走ったところですぐにレモンはガケガニの姿を確認した。レモンが最初にガケガニを発見したときに張り付いていた岩壁の根本を見つめ、やがて閉じたハサミを拳のように使い岩壁を砕きだした。
レモンが駆けつけると同時に岩壁に穴を空けたガケガニは、空洞からなにかをハサミで摘まんで取り出し、それを食べ始めた。
「なにあれ……光る……ミント?」
「うおおおおお!?」
後ろから叫び声が聞こえてレモンが振り返るとペパーがレモンのポケモンたちとともにこっちに走ってきているのが見えた。
「あれがさっき言ってた……ヌシか!? でかすぎんだろ……って、オイ! アレは……」
間近で見るヌシポケモンの巨大さに驚きつつも、ペパーはガケガニが食べているピンク色に発光する植物のようなものを見逃さなかった。
「秘伝スパイス! やっぱホントにあったのか!」
「あれがそうなの!?」
「おそらくな……でも、それを食ったってことはよ……」
そう言ってペパーの顔が曇るのをレモンが見たとき、
「ンオオオオオオオオッ!!」
先ほどよりも重く低い唸り声でガケガニがレモンとペパーの前に立ちはだかる。
「ひょっとしてスパイス食べてパワーアップした!?」
「ああ! 気をつけろレモン! まずポケモンたちをボールに戻せ!」
ペパーに言われて置いてきぼりにしてしまったミライドンとクワッス、コンパンをボールに戻すと、レモンはその流れのままふたたびゴージャスボールを握る。
「アマカジ! 第2ステージ!」
「ぴゅぴゅっ!」
「援護するぜレモン!」
そう言ってペパーはアマカジの隣にモンスターボールを投げるとシェルダーが現れた。
「シェルダーとアマカジでガケガニのはさみ揚げだ!」
ペパーのその言葉をバトル開始の合図に、シェルダーは瞬時に氷の塊を生成してガケガニ目がけて素早く発射した。
「ンガァッ……!」
『こおりのつぶて』はまっすぐ飛んでいってガケガニの鼻先にヒットした。この一瞬の隙を突いてレモンもアマカジに『こうそくスピン』を指示し、シェルダーに続くようにアマカジもガケガニの顔目がけて回転しながらぶつかっていく。
「よしっ!」
アマカジもガケガニの顔ど真ん中に自らをヒットさせ、攻撃の勢いに乗ってわずかながら動きを加速させていく。払いのけるように繰り出されたガケガニの『はさむ』が空を切る頃にはアマカジはガケガニの真上を滞空していた。
しかしガケガニは、目玉をぎょろりと真上に90度動かしすぐさまアマカジを捕捉すると、裏拳の要領で背後の岩壁に向かって腕を振るい『いわくだき』を行う。破壊されて砕けた岩壁のいくつかがアマカジに飛んでいき、岩の塊を弾けるほどの硬さをもたないアマカジのヘタでは高速回転させたところで手も足も出ず、岩石にぶつかったアマカジは地面にぽてんと落下してしまうもすぐに起き上がり体勢を整えた。
「ガニガニガニッ!」
好機を逃さずとばかりにガケガニは立て続けに散らばった岩石を片っぱしから両腕のハサミで持ち上げてはシェルダーとアマカジに向かって投げつけ始める。
「ふたりとも避けろお!」
ペパーが叫ぶなか、次々と降ってくる『がんせきふうじ』をシェルダーもアマカジもちょこまかと動き回り岩の下敷きになるのをうまく回避していく。
「シェルダー、避けながらタイミングを見計らって『みずでっぽう』撃てるか!?」
そうペパーに指示されると、シェルダーはガケガニに背を向け距離をとりつつ岩を避けた際、振り向きざまに『みずでっぽう』を発射したが、すでに空中へ投げられていた次弾の岩が邪魔をしてガケガニには当たらず、攻撃は失敗に終わってしまった。
「厄介だな……この場所なら岩なんざ、投げ放題ちゃんだぜ……!」
ガケガニは新たに岩壁を砕いては投げ、投げたあとの岩も手近にあるものはふたたびハサミで拾い上げてはまた投げて、シェルダーとアマカジをひたすら避けに徹させて攻撃のチャンスを与えないよう立ちまわり続ける。かと言って足を止めて攻撃しようとすれば『がんせきふうじ』のダメージは免れない。2対1で数こそ有利なレモンたちだがヌシとのバトルはすっかり膠着状態へと陥ってしまった。
「アマカジ、『こうそくスピン』でガケガニの間近を舞って! ……気をつけて、ね!」
「ぴゅおう! ぴゅろろろろ……」
躍起になって『がんせきふうじ』を繰り出し続けるガケガニの投げる岩をかわしながらヘタを回転させてアマカジはふたたび宙を舞う。
シェルダーの攻撃の隙をつくるため、アマカジはガケガニの目玉の近くを行ったり来たりして意識を自らに集中させるよう仕向けると、作戦が功を奏してガケガニは岩を投げてから次の岩を持つ前に『はさむ』でアマカジ単体を狙い始めた。両の腕を何度か振って攻撃が失敗すると即座にまた岩を持ち上げ投げ始める。そのわずかな間は攻撃を仕掛けるにはシビアではあるものの、可能なようにペパーには思えた。
「レモン、もう一度隙を作れるか!? 冷たいの、一発ねじ込んでやるぜ!」
「わかった! アマカジ、次飛んできた岩に『マジカルリーフ』!」
目の前に飛んできた『がんせきふうじ』の岩石に『マジカルリーフ』を放ち、岩を破壊してガケガニの注意と怒りをアマカジに向け、シェルダーに攻撃の隙を突かせようとするレモンに、ガケガニが思わぬ反応を見せた。
「ぴぃ~……っ!」
「アマカジィ!」
破壊された岩石から飛び出すようにガケガニの腕が素早く標的に向かって伸びると、アマカジは大きなハサミに捕らえられてしまった。
逃げられないようにアマカジをハサミで締め上げながら、残るもうひとつの腕でシェルダーには引き続き岩を投げ続ける。俊敏さと器用さを発揮するガケガニを前に一層攻撃のチャンスを失ったかに思える状況だったが、ペパーは逆に火が点いた。
「料理は度胸! アマカジのガッツに応えようぜ、シェルダー!」
「シェルー!」
相も変わらず岩を投げつけられている状況だが、アマカジを押さえつけるために片腕が塞がっていることもあり、ガケガニの『がんせきふうじ』の勢いは先ほどよりもわずかながら落ちており、岩を投げてから次の岩を飛ばしてくるまでのわずかな隙間をペパーは注意深く狙っていた。
「……っ! 『みずでっぽう』!」
舌をバネのように使って跳ね上がり、飛んできた岩をシェルダーがかわす、その瞬間にペパーは短く命令を叫ぶ。それに応えてシェルダーが素早く『みずでっぽう』を発射する、が、ガケガニも俊敏さに磨きをかけ、すでに次の岩を拾い上げてシェルダーに向かって腕を振るっていた。
岩と水流がすれ違い、それぞれ相手に向かって飛んでいき、そして互いに直撃を受けた。シェルダーは砕けた岩石に埋まり動きを封じられ、弱点技を受けたガケガニは体を大きくよろけさせた。
「アマカジー! とどめのダメージ! 『マジカルリーフ』ッ!」
『ぴゅぅ……うぅ~~~っ!』
体勢を崩し、ハサミに込める力が弱まったことで脱出を果たしたアマカジは傷だらけの身から渾身の力を振り絞って『マジカルリーフ』を放つ。地面に倒れつつあるガケガニにそれを避ける術はなく、とっさにアマカジを挟んでいた腕を前に差し出し防御の姿勢をとったものの攻撃の勢いを止めることはできず、木の葉状のエネルギーを叩きつけられ地面に仰向けに倒れた。
「シェ……ルゥ……」
倒れたまま身じろぎひとつしない巨大ガケガニを注意深く見ていたレモンとペパーだったが、砕けた岩の山から
「シェルダー……ナイスガッツだったぜ! あんがとよ! ゆっくり休んでくれっ!」
キズぐすりをシェルダーに吹きかけてダメージを回復させてからモンスターボールに戻すペパーの横で、レモンも近くの岩に腰を下ろし、抱きかかえたアマカジに労いの言葉をかける。
「アマカジもホントにお疲れさま……カッコよかったよ!」
「ぴゅうぅ……♪」
「ペパー! こっちにもキズぐすり!」
「おう! ……ありがとよ。オマエみたいなパワフルちゃんなアマカジは初めて見たぜ!」
「ぴぃ~♪」
キズぐすりを使いながら称賛を送るペパーに嬉しそうに返事をして、レモンの腕のなかでアマカジはすっかり元気を取り戻した。
「よし! おやすみアマカジ、午後7時! ……ええっ!?」
スマホで現在時刻を読み上げつつアマカジをボールに戻しながらレモンは自分の発した言葉に驚いた。気がつけば辺りは暗くなり始め、空を見上げれば星々がうっすらと確認できるほどになっていた。
「やばいよペパー! もうすぐ門限!」
「ああ、タイムせんせーに怒られんのはイヤだもんな。さっさとヌシがぶち空けた洞穴に突入だ!」
ふたりはガケガニがスパイスを摂取するために砕いた岩壁に空いた穴の中へと急ぎ足で入っていった。
*
洞穴の中は狭く、途中で道が分かれているようなこともなく、ほどなくしてレモンとペパーは一本道を経てやや広い空間に突き当たる。そしてその空間の最奥の隅の辺りには、一目瞭然とばかりに目当てのものがきれいなピンク色の輝きを放ってそこにあった。
「おお……こいつだ、『ひでん:あまスパイス』……! ついに手に入れたぜっ!」
喜び勇んでペパーは最奥へと走って地面に膝をつき、そっと力を込めてスパイスを地面から引っこ抜いた。根から離れてもその輝きは消えず、周囲の苔むした地面や岩肌を明るく照らし続ける。
「本によると……コイツは胃を健康にして食べ物を消化しやすくしてくれる!
まばゆいスパイスをリュックの中にしまい込み、代わりに取り出したバイオレットブックのページに目を通しながらペパーが語る。
「スパイスゲット、おめでと! だけど時間がないよ!」
「よし! オマエは先帰ってだいじょぶだぜ! スパイスについてはまた明日だ。オレはもうちょっとだけここを調べる。他のスパイスの手がかりがあるかもしれないからな」
「だったらアタシも手伝うよ。その方が早いでしょ?」
「いーや、レモンにはガケガニとのバトルで十分世話になった! あとはオレに任せてアカデミーに戻りな! 本日のMVPちゃんを門限破りで反省文書かせるわけにはいかないからな! オレも時間までには帰れるようにするから心配すんな! 疲れただろうし、ここ出たらミライドン、活用しろよ。ソイツもライドポケモンの端くれだ、オマエ乗せてアカデミーに戻るくらいの力は今でもあるはずだ」
そう言ってペパーはレモンの腰のモンスターボールを人差し指で指す。
「なら行くけど……調査に熱中して遅れちゃダメだよ!」
「ああ、だいじょーぶ! じゃ、また明日な。今日はゆっくり休めよ!」
「ペパーもね! ……じゃっ!」
名残惜しそうにしつつも
「レモンもアマカジも、本当にありがとうな……」
そっとつぶやいて、レモンを見送った後もペパーは少しの間来た道の方を見つめながら感慨深げに一度大きく深呼吸をして、おもむろにひとつモンスターボールを取り出し、優しく握りしめた。
「よし……出てこい」
そう言って地面に片膝をつき、彼はボールをそっと転がした。そこから出てきたものの存在とペパーのスパイス探しの目的をレモンが知るのは、まだ少し先のお話……。