ポケットモンスター バイオレット a.k.a Lemonade Tornado!! 作:ストレンジ.
時間になり、受付に案内されて『ムクロジ』横の木造の階段を上り、店舗の真上に建つアスレチック施設の趣のあるセルクルタウンのバトルコートにレモンがたどり着くと、すでに観客が数人、コートの外周に集まって対戦が始まるのを待っており、向かい側のコートにはまさにレモンの対戦相手、ジムリーダーのカエデが姿勢よく静かに佇んでいた。
「こんにちはっ!」
「はい、こんにちは~。元気で素敵なトレーナーさんね~。パティスリー『ムクロジ』、店長のカエデです~」
おっとりと調理服姿のカエデが挨拶を返す。エプロンのクモの巣のワンポイントや、帽子の触覚模様など、ところどころにジムリーダーとしての彼女の専門タイプを窺わせる意匠が施されている。
「あらら~? 今はセルクルジムのシフトだったわね~。改めまして、ジムリーダーのカエデですね~」
虫の意匠のあるコックコートから、パティシエールとジムリーダー、受け持つふたつの職業を示せているとレモンは思ったが、カエデは丁寧にジムリーダーとしてもう一度挨拶をした。
「口に入れて幸せなお菓子も、草木に潜む、むしポケモンも、小さいけど大きな力を持ってます~」
快晴の天候のなか、解放感のあるバトルコートで聞くカエデの声に、時間が緩やかに流れていくのをレモンは感じた。それは昼休みや放課後のアカデミーのグラウンドでクラスメイトたちと談笑してすごす伸びやかで明るいあの空気感に似ていると思った。
「テーブルシティにいちばん近いジムだからって、油断して足をすくわれないよう踏ん張ってくださいね~」
その言葉を受けてレモンは弛緩しかけた気持ちに自分で自分にプレッシャーをかけるようにカエデの姿とこの場所に立つ自身に意識を集中させる。
「うふふ、準備はいいですか~?」
「……オーケー!」
ふたりがモンスターボールを手に持つと、観客の意識はバトルコートに一気に向けられる。レモン初めてのジム戦が幕を開けた。
「クワッス、最初からクライマックス!」
レモンはセオリーどおり『つばさでうつ』でむしタイプに弱点をつけるクワッスを出した。仲間の中で唯一弱点をつける技持ちなこともあり、あわよくばクワッスでの全勝を目論む。
「いってらっしゃいマメバッタちゃん!」
対するカエデの初手はマメバッタ。旅が始まって間もないレモンもジムテスト中、何度か見かけたことがあったバッタポケモンだ。
「さっそく『いやなおと』!」
勝負が始まり即座にカエデは指示を飛ばすとマメバッタから音波が放たれ、クワッスが苦悶の顔で身を震わせる。
「ひと粒でダブルの美味しさ! 『にどげり』~!」
そのままマメバッタは『いやなおと』で出鼻を挫かれたクワッスへと大きく跳び跳ね、目前に迫ったところで2発蹴りを放つ。その威力はクワッスをのけ反らせこそしたものの、戦意を失わせるほどのものではなかった。
「むしへの貸しはひこうでお返し! クワッス、『つばさでうつ』!」
反撃に移ったレモンが指示を出すとクワッスが素早く翼でマメバッタを薙ぎ払った。吹っ飛んだマメバッタはすぐ起き上がったものの足を震わせていて大きく弱っているのが見てとれた。
「『アクアジェット』!」
「クワーッ!」
好機を逃さずレモンは即座に追撃を命令し、クワッスが『アクアジェット』で青息吐息のマメバッタに突っ込むと、抵抗する力もなくカエデの足下近くまで転がっていき、身じろぎひとつしない。
「マメバッタちゃん、お疲れさま! ゆっくり休んでね」
戦闘不能を見てとりカエデはマメバッタをボールに戻し、次のポケモンが控えるボールを構える。
「よ~し、先手を打倒! バトルは途上、『じしんかじょう』で威力は上昇!」
クワッスと共に勢いづきながら次の手持ちの登場をレモンは待つ。
「苦手なタイプ技にも臆せず頑張りましょうね~! タマンチュラちゃん!」
1敗を喫しても朗らかな調子を崩すことなくカエデは2匹目の手持ちのタマンチュラを出してきた。
「糸玉赤い! 色違いかい!?」
レモンはそれまで目にしてきた個体とは違う、黒い体躯を赤い糸で包み込んだ見慣れないビジュアルのタマンチュラに驚き目を光らせた。
「いちごモンブランなタマンチュラちゃんをご賞味あれ~! 『いとをはく』!」
「受けて立つ! 『つばさでうつ』!」
レモンは相手の技の上から力で押し込むようにクワッスに命じた。クワッスはタマンチュラから出される糸を身体に浴びながらも強引に接近して翼を叩きつける。特性によって威力を増したクワッスの技はタマンチュラに絶大なダメージを与えたが、柔らかく丈夫な糸玉によって一撃でのダウンは辛うじて免れる。
「ねばねばに粘って、タマンチュラちゃん! 『いとをはく』!」
深いダメージを負ったタマンチュラはそれでもめげることなく命令のとおりに再び糸を発射する。クワッスは攻撃自体はまだマメバッタの『にどげり』しか受けてないものの、多量の糸を浴びてしまったことによって身体の自由を奪われつつあった。
「クワッス、『アクアジェット』で突撃ー!」
「プルッ……!」
水のエネルギーを纏って勢いよく飛んでいく『アクアジェット』でも素早さの低下は否めなかったが、それでもタマンチュラに攻撃を当てることはでき、これがとどめとなってタマンチュラはダウンした。
「タマンチュラちゃんありがとう! 仕上げはこの子におまかせあれ~!」
2敗という明らかに分の悪い状況を気にする素振りも見せずにカエデが新たに出してきたポケモンはヒメグマだった。
「え、むしポケじゃないよ!?」
「いいえ~、もちろん特製デコレーションでむしポケちゃんになりますよ~」
レモンの疑問にカエデは右手を突き出してみせて答えた。その手にはテラスタルオーブが握られている。
「あ~!」
レモンが感心したように叫ぶと、微笑みながらカエデがテラスタルオーブをヒメグマへと投げる。虫の羽と触角を模した冠状のエネルギーが、ヒメグマの頭上で美しく輝く。
「トッピングは『つるぎのまい』!」
「ヒメ~」
おっとりした顔のまま、しかし鋭い動きで舞い踊りヒメグマは攻撃力を上げる。これに対するクワッスは依然として糸の影響から脱しきれておれず、満足に動くことができないでいた。
「粘り強いタマンチュラちゃんの糸はねばねばですよ~。ヒメグマちゃん、クッキング・タイム開始~!」
「ヒメッ!」
ヒメグマがひと鳴きすると、頭上のむしテラスエネルギーがひときわ強く光を放つ。
「目にもとまらぬ『れんぞくぎり』~!」
カエデの指示が飛ぶと、両手を前方に構えてヒメグマもクワッス目がけて飛び出した。
「クワッス!」
糸まみれの身体の間を縫うようにヒメグマは的確かつ切れ味鋭い爪をクワッスに食らわせる。
「クエーッ!」
「ヒメグマちゃん、踊るように切り込みなさ~い!」
唸るクワッスにヒメグマの容赦ない追撃が2度、3度……加えられていく。
「『れんぞくぎり』は当てれば当てるほど威力が上がっちゃう! さらに『つるぎのまい』でマシマシ! あっという間にむしの息にしちゃいますよ~」
カエデが言ったとおり、敵を見る目つきに力は失っていなくともクワッスはぐったりとしていて、もはやまともに動くことはできないように思えた。
「ヒメグマちゃん、仕上げの『れんぞくぎり』よ!」
「ヒメメ!」
張り切るヒメグマが腕を上げ、威力が増しに増した4度目の『れんぞくぎり』がクワッスに襲いかかる。
「過剰な感情! 最後に献上! 『つばさでうつ』っ!」
振りかぶった腕が払い下ろされる直前、レモンは再度『つばさでうつ』を叫ぶ。
「クワァッ……」
しかし次の瞬間には『れんぞくぎり』がクワッスの懐に決まり、レモンの指示は不発に終わってしまう。
「クエェェェェェッ!」
そう思われたところで、クワッスが渾身の叫びを上げ、ひんしのダメージを負いながらも目の前で技を放ち終えたヒメグマの横っ面を懸命に翼で打ちつけた。そしてその直後、糸が切れたようにその場に崩れ落ちた。
「ああっ!?」
クワッスの予想外の奮戦ぶりに、すでに2匹の手持ちが打ち負かされているにも関わらず微笑を絶やさなかったカエデも思わず焦りを漏らし、汗を浮かべた。
「おおおぉぉぉんっ、クワッス、サンクス!」
感情の昂りをこらえながら、レモンはクワッスをモンスターボールに戻し、弱点技を受けたとはいえ未だ立ち続けるヒメグマをしっかりと見据え、フレンドボールを新たに握りしめる。
「コンパン、キミの出番!」
「フリャ!」
クワッス活躍の後を継いでの登場、そしてカエデのタマンチュラに続いて2匹目の色違いポケモンの登場ということもあって、観客の歓声はその大きさを増していき、コンパンとレモンを奮い立たせる。
「まだまだヒメグマちゃんはへこたれてません~! 『れんぞくぎり』!」
「コンパン、『どくのこな』!」
覚悟し、正面から強化された『れんぞくぎり』を受けながらもコンパンはヒメグマに『どくのこな』を浴びせてスリップダメージによる締め上げを狙う。しかしそのための代償は大きく、どくタイプによるむしへの耐性をもってしても圧倒的な威力を持った『れんぞくぎり』によって、わずか1回の行動でコンパンは力尽きてしまった。
「それでじゅうぶん! 休んでコンパン」
ヒメグマ登場までの状況とは打って変わって追い詰められているレモンだったが、カエデがそうであったようにレモンもまたピンチを前に微笑み、最後の手持ちが控えるゴージャスボールを構えた。
「よい子、わるい子、アママイコ!」
「ままままっ!」
颯爽とボールから現れたアママイコに、すかさずレモンはテラスタルオーブを投げ込んだ。天へと突き上げられた拳の形を模したエネルギーが、ヒメグマ同様アママイコの頭上にも輝く。
「かくとうテラスのアママイコちゃん!? むし弱点が消えちゃった!」
「偶然の輝き、拳の
頭の拳のクリスタルが強く輝き、アママイコはヒメグマに接近すると頭ひとつぶん身を屈めて、脇腹にしなやかな蹴りを素早く放った。
「ああっ、ヒメグマちゃん……! 『れんぞくぎり』は……」
「メ……ヒメェ~……」
「ダメ、みたいね……」
クワッスの『つばさでうつ』の一矢、コンパンの『どくのこな』による毒状態で蓄積されたダメージ、そしてテラスタルしたアママイコによる『ローキック』が決め手となって、ヒメグマはついに目を回してその場に倒れた。
「お疲れさま~。……ふぅ、わたしもポケモンたちも、み~んなむしの息です~」
慈しみの笑顔でヒメグマをボールに戻すと、カエデはレモンを見つめてそう言って、それから沈黙した。
「え。あっ……え!?」
沈黙の意味を理解したレモンのなにかを窺う顔が、それから確かめるように徐々に笑顔になりながらカエデを見つめ返した。
「弱点をつけるからって、ちょっとクワッスちゃんに頼りきってたのはいけませんね~。団体戦なんだから、もっとチームワークを意識していきましょうね~?」
「え、あ、はい……」
「うふふ……とはいえ、文句のない勝利! 合格おめでとうございます~」
カエデはレモンに歩み寄り、エプロンのポケットから小さな箱を取り出し、中を開けさらにその中身を取り出した。
「セルクルジムのバッジと、おやつの時間にはちょっと早いけど、『ムクロジ』のケーキもご馳走しちゃいますよ~!」
「うを……ぉおおおおおお……!」
差し出されたジムバッジを見て、言いようのない喜びがレモンの中から突き上げてくる。観客と、公式試合の見届け人役を務めていたジム受付の女性も、拍手を送ってレモンを讃えた。
「クワッス、コンパン、アママイコ……サンクスフル! セルクルバッジ、ゲットだぜ!」
「ままま~♪」
バッジを受け取り拳を突き上げて喜ぶレモンを見て、理由はわからずともアママイコもレモンの動きを真似て右腕を上げて喜んだ。
「では手を洗って『ムクロジ』にいらっしゃ~い! ポケモンたちも食べられる特製ケーキで、美味しく体力回復しちゃいましょうね~」
「イェーイ! アママイコ、ケーキだってさ!」
「ま?」
「ケーキだケーキだケーキだよ♪ ケーキだケーキだケーキだよ♪」
「まままーまままーまままままー♪」
初めてのジムバッジゲットの興奮で謎の舞をしながらカエデについていくレモンの背に、アママイコもこれまた理由もわからないまま真似をして嬉しそうについていく。受付の女性や観客たちは苦笑しつつもあたたかい拍手を送り続けて対戦者たちを見送ったのだった。