ポケットモンスター バイオレット a.k.a Lemonade Tornado!! 作:ストレンジ.
学園生活のはじまりの朝、レモンは寝坊などすることなく目を覚まし、制服に着替えてから学園までの道のりを再確認した。今のところパルデアの各都市にはそらとぶタクシーを利用してしか行ったことがなかったため、自分の足でテーブルシティに向かうことにまったく不安がないわけではないものの、どちらかといえば手持ち無沙汰に確認したという感じで、そわそわしっぱなしだ。
「おはよう。早いわね、ちゃんと寝れた?」
「おはよー。ばっちり」
部屋を出て階段を降りリビングへ向かい、ママと朝のあいさつを交わす。落ち着かないままソファに腰を下ろし、まだ眠っているホシガリスを眺めていると、ほどなくしてママが朝ごはんを用意してくれた。ハムとチーズとレタスのサンドウィッチにコーンスープ、今まで何回も食べたことのあるおなじみの、そして飽きない美味しいメニューだ。そうか、もうママのごはんを食べることは当分ないのか……! 思いがけずレモンは唐突に寂しさを感じた。
親元を離れて暮らすとはこういうことなのか……。
レモンは顔には出さなかったが、ちょっぴりしんみりしながらサンドイッチを味わった。
*
「レモン、さっき学園から連絡があって、もう少し家で待っててください……って。入学に必要な大切なものがまだ届いてないんだって」
食後のオレンジジュースを飲み終えて、いよいよ出発の最終準備に取りかかろうと思っていたところでママにそう言われて、時間を持て余したレモンは勝手口から庭に出て花に水やりをすることにした。
外に出て改めて庭をぐるっとまわってみる。引っ越して来てわずか1週間、庭にはいろいろ作物が植えられ、花もいたるところに咲いていて、どれも世話がいき届いているように見えた。花はこの家に住み始める前から咲いていたものもあるだろうが、作物にせよ花にせよ様々な種類が丁寧に育てられているこの光景に、寮暮らしが間近に迫る今、ママの家庭菜園スキルと行動力の凄さに改めて圧倒され、たまに帰ってきたときには庭の世話をしっかり手伝おうと心に誓ってから花たちに水をやるレモンだった。
「おや、おはようございます。素敵な庭とお家ですね」
不意に話しかけられ声のした方を見ると、青紫色のスーツ姿のメガネをかけた白髪の男性が姿勢よく立っていた。レモンは目ざとく彼の腰に携えられた白いモンスターボールに気づいた。なにかの記念に作られたというプレミアボールだ。ということは……この人はポケモントレーナー?
「あなたはレモンさんですね? ……失礼、自己紹介がまだでしたね。はじめまして、グレープアカデミー校長、クラベルと申します」
「えっ、校長先生……ですか!?」
男性の正体はレモンにとって唐突の邂逅となった。学園に着く前に校長先生と会うことになるとは……でも、なんでだ? あっ、さっき大切なものが届いてないって連絡があったっけ。
「学園の資料類を届け忘れてましてね……」
レモンの考えたとおりクラベル校長は学園側が忘れていたものを届けに来たようだった。自分の後ろの方へ視線を投げかけている校長先生の意図を察したレモンは彼を家の中へ案内した。
*
「校長先生自らいらっしゃったんです!?」
ママの驚きをもってクラベル校長はレモン宅へ迎えられた。
「アカデミーの不手際はすべて私の責任ですので……こちら、入学案内と校内施設の資料になります」
クラベル校長はママへ資料の入った紙袋を手渡した。
「わざわざすみません。せっかくなので、ぜひお茶でも飲んでいってください」
「いえいえ、本当におかまいなく……それに」
校長は紳士的な態度で誘いを断ると、それからレモンの方を見て、
「彼女にも大切なものを渡さなければなりませんから。ここではなんですから、お外へ参りましょうか」
意味深にそう言ってふたりを外へと促した。言われるままに今度は3人でふたたび家を出た。
校長は外へ出ると数歩ほど歩いて、なにやらスペースを確保した。
「みなさん、出番ですよ。お願いします」
そう言って校長は腰につけたプレミアボールではなく、おもむろに懐から3つのモンスターボールを取り出すと、軽やかに宙へと放り投げた。ボールは地に落ちると、それぞれ一瞬だけ衝撃波のような光を放ち、そこへ現れたのは……
「あらあら! ふふ……」
「か、かわいいっ……!」
3つのモンスターボールから姿を現したのはもちろんポケモンだったが、ふたりにとっては初めて目にするポケモンたちだった。
「今日から学園の生徒であるレモンさんには、さしあたってこちらのポケモンたちから、パートナーとなる1匹を決めていただきます」
「え゛っ!」
その一言に間髪を入れず呻きのような歓喜の声を上げたレモンに、校長は思わず苦笑し、一瞬の後に気を取り直して話を続けようとしたところで、3匹のポケモンがレモンの方へこぞって近寄っていった。
「皆さんとても人懐っこくて、私のそばを離れないのですが……今はレモンさんが気になるようですね」
足元まで近づいてこちらをじっと見上げている3匹にレモンは思わず頭の中で身悶えしている自分をイメージした。この子たちのなかから、ひとりだけ!
「未知なる訪問、なんたる難問! 見つめるポケモンに、バイタル煩悶……!」
悶える自分をラップで表現しつつも登校前から究極の選択を迫られたレモンに心の余裕はなかった。
「おやおや、あなたの髪型を見てなんとなくの勝手なイメージを持ってしまっていましたが……それは間違いではなかったようだ。ラップがお好きなようですね」
少し驚いた顔を見せながらも、安堵した優しい声で校長が言った。丁寧に編み上げられたミドルロングの髪は頭頂部の少し後ろで束ねられ、その先は何本かの房になってぴょこんと出ているレモンのコーンロウは、セットを念入りに確認したこともあって今朝もばっちりキマっている。ストリート系溢れるこの髪型に、華美すぎず可愛すぎず、“キュートでポップで気品もある感じ”を目指し模索した末にチョイスしたピンクブラウンのヘアカラーもレモン渾身のこだわりである。
「自由な時代……と言ってしまっては短絡的ですが、思い思いのこだわりが見てとれるというのは、やはり良いものですね。悪かったとは思いませんが、私の時代は今にして思えば画一的すぎたのかもしれません。そんな風潮の中で、ちょっとワルな同級生の、己の意志を主張するが如く前へ突き出た長いリーゼントには、こっそり憧れたものです……」
慈しみ深い微笑みを湛えながらクラベル校長は遠い彼方を見るような視線をレモンに向けたが、数秒後にはハッと我に返ったようにしっかりとレモンを見据えた。
「失敬、ポケモンたちの紹介もせずに昔話をしてしまいました……。気を取り直して……」
ふた呼吸ほど間をおいてから校長はレモンの目の前で横一列に並ぶ3匹のポケモンを軽く紹介した。
「くさねこポケモンのニャオハさん」
「はにゃあ」
レモンから見て、いちばん左にいるポケモンが反応し、その名のとおり猫のようにひと声鳴いた。見た目も猫に似ており、全身が薄緑の毛に覆われていて、顔や耳の外周部、そしてイチゴのヘタのような形に生え揃った、首回りの襟巻きのような毛の部分は濃い緑色をしている。時おり手を舐めて耳を撫でたりする愛くるしい動作も猫のそれと同じだった。
「ほのおワニポケモンのホゲータさん」
「ホゲワー」
今度はニャオハの隣、真ん中に立つポケモンが元気よくも、どことなく気の抜けるような調子の鳴き声を上げた。赤い体毛に短い手足、ずんぐりむっくりな体型で、小さくつぶらな瞳に前面に出た鼻、ほとんど開けっぱなしの口と、鳴き声の主にふさわしい脱力感を催させる愛嬌のある姿で、レモンはワニというよりはカバを連想する見た目だと思った。
「こがもポケモンのクワッスさん」
「クワプルッ!」
最後にいちばん左にいるポケモンが名乗りを上げるように鳴く。足ヒレ、翼と手の中間のような腕部、黄色いくちばし、丸くもこっとした水色のゼリーのような頭部の前方は、前髪を真横に流したような形になっている。鳥類然とした姿に、“お坊っちゃま”といった風体の合わさった独特の雰囲気のポケモンだ。
「選択を見守りたいですが、これから別のお宅にも向かわねばなりませんので。あちらのお家にいますので、じっくり考えて決まったら伝えに来てください」
言いながら校長は首を軽く後ろに回してこの家からまっすぐ少し先にある豪邸を見やってから「それではまた後ほど。失礼いたします」と一言残して、視線を向けた先へと歩いていった。
「とっても礼儀正しい校長先生だったわね。……この子たちから1匹だけ……。懐かしいなあ。最初の大きな選択ね!」
一緒に3匹のポケモンたちを見ながら少女然とした調子でママはレモンに声をかけた。
「そっか、ママも経験したのか~」
「ポケモンは違うけどね。私のカメックスも、ゼニガメの頃はちっちゃくて可愛いくて……今も可愛いけどねっ! 覚えてるでしょ」
「もちろん!」
レモンはママのカメックスの雄々しい姿を思い出す。カメールやゼニガメといった、自分が生まれてもない頃の姿を実際に目にしたことはないが、カメックスには小さい頃に背中に乗せてもらって夏の海を泳ぎ回った楽しい思い出があった。今ではパパに預ける形で、彼のパートナーとして海上レスキュー隊での仕事に従事しているため、パパ同様パルデアに来てからは離ればなれだ。
「パートナーか……」
改めて3匹を見つめて遠い記憶に思いを馳せるようにレモンは夢想した。ともに歩み、戦い、未知に挑み、喜び、あるいは悔しさも共有するかもしれない存在。トレーナーはポケモンの庇護者ではあるが、同時に対等さも持ち合わせるべきであろう存在……。
「みんなビビっとくるんだよなぁ……うーん」
深刻になりすぎないよう努めつつもプレッシャーを感じ、レモンは悩んだ。先の言葉のとおり、3匹全員に、レモンは“ビビっときている”らしかったが、それは具体性のかけらもない直感ゆえに、それだけでは決断に踏み切れない気持ちがわだかまるばかりだった。
「別に“いちばん可愛いと思うから”とかで決めてもいいのよ。あなたが誰を選んでも、その子のことを信頼しようとする限り大丈夫。時間と努力を積み重ねること。それがトレーナーとポケモンを結びつけて、特別にするの」
先輩トレーナーからの思わぬ真摯なアドバイスにレモンはママを見つめた。
「だから……お向かいさんのお家まで、みんなで散歩でもしてらっしゃい! 短いけど、この子たちとの時間を感じなさい!」
「う、うん……」
有無を言わせぬ説得力をママの口ぶりから感じたレモンは珍しく流されるままにポケモンたちと歩きだす。
……とはいえ校長先生のいる向かいのお屋敷までは200mもないくらいだ。このわずかな道のりでなにをどう判断すればいいのやら。レモンは途方に暮れたくなったがそんな時間すらない。とにかく一緒に歩いているポケモンたちをよく見ることに努めた。
*
お屋敷の開いている正門前で立ち止まったレモンはこう思った。
よく見たな……。
レモンは歩きながらニャオハ、ホゲータ、クワッスの3匹にそれはそれは注意を向け、よく見た。それだけ。観察というようなものでもなく、本当に、よく見た。やっぱりみんなすっごい可愛いなーと思った。それだけだった。
「ぐぬぬぬぬ……」
「おや、レモンさん。パートナーは決まりましたか?」
うなっていると少し先、屋敷のドアを開けて中から校長先生が現れた。こちらへ歩いてくる校長に気づいた3匹も正門を越えて向こうへ近寄っていく。時間切れである。
……こうなりゃ思案はシャットダウン! 従うは直下の判断……準備は反・万端、いざショウダウン!
半ばやけくそ気味に脳内で即興ラップを繰り広げながらレモンは口走った。
「レモンのセレクト! ママをリスペクト! ……クワッス、キミに決めた!」
「クワッ」
クワッスが短く鳴いて、指名に応えるようにレモンの方へ数歩歩み寄ってきた。
「ママはゼニガメ、レモンはクワッス、ふたりを結ぶ絆の名は『みず』! ミスないチョイス、いくぜクワッス!」
「クワプルッ」
「……あ、別にニャオハでもホゲータでもミスないチョイスなんだけどねっ。時間と努力の積み重ねがトレーナーとポケモンを特別な関係にするって言ってたし……。ミスないチョイス・イズ・クワッス、チョイスしないふたりもディスはないっす! オーケー?」
誰に責められるでもなく2匹をフォローするレモンに校長もニャオハとホゲータも微笑んで佇んでいた。
そこへいきなりお屋敷のドアがふたたび開くと女の子が出てきて小走りでこちらへ向かってきた。
「お待たせしましたーっ! あれ……どちら様?」
少女は校長の隣で立ち止まるとポケモンたちを一瞥しつつも、レモンへ好奇心の眼差しを向けるのだった。
レモンの顔
(目)アイリッドメイク4
(カラコン)ボルドー
(まつ毛)アイラッシュメイクH2
(まつ毛の色)ダークデニム
(眉毛)アイブロウメイクB2
(眉毛の色)ダークデニム
(口)リップメイク3
(リップカラー)ベージュ
(ほくろ)モールメイク1
(そばかす)フレックルズメイク1
(髪型)コーンロウ
(髪色)ピンクブラウン