ポケットモンスター バイオレット a.k.a Lemonade Tornado!! 作:ストレンジ.
クワッスが思いきって駆け出す。すると間髪入れずオトシドリの『ステルスロック』はそれに反応しこちらへ向かってくる。クワッスは全力で走り自分を追いかけてくる岩が密集するのを確認すると一転して『アクアジェット』で踵を返し、それらを一掃して自由に動き回れる場を確保しようとするが、その間にもオトシドリは次弾の『ステルスロック』を生成し待機させておくとともに『いわおとし』で積極的な攻撃も行い一筋縄ではいかない。
「そんなに岩が好きなら返してあげる!」
ひとつ閃いたレモンが『ステルスロック』の追尾を承知の上で『アクアジェット』を敢行させる。例によって岩がクワッスのあとを追うように飛んでいくのを確認すると、オトシドリの目前でレモンは更なる命令を出す。
「飛び越してっ!」
それを聞くとクワッスは懸命に『アクアジェット』のエネルギーをコントロールして、オトシドリの頭上を通り過ぎていった。そこに『ステルスロック』がクワッスの追跡を続け、オトシドリの目の前へ飛んでくる。だが『ステルスロック』は、その名のとおりオトシドリの身体をすり抜けてクワッスに追いすがる。
「クエーッ……」
「『ステルスロック』は相手だけを襲うんだっ! それじゃあダメだぜ!」
忠告が遅れたことを理解しながらも自分自身にも言い聞かせるようにペパーが叫んだが、その言葉を言い終える頃にはすでにクワッスが『ステルスロック』の餌食となり空中を落下していくのが見えていた。
「ウケケケケケケ!」
してやったりといった調子でオトシドリは鳴き、それだけに飽き足らず力なく落下していくクワッスへ追撃の『いわおとし』を放つ。
「ちくしょう! させるかよっ!」
焦るペパーが『いわおとし』の岩に『うちおとす』を指示し、コジオが懸命に応えるがいくつかの岩は破壊を免れ、わずかとはいえクワッスに更なる追加のダメージが入ってしまう。
「クワッスッ!」
弱りながらも受け身をとって着地したクワッスは、それでもテラスタルの輝きを失わずにオトシドリをしっかりと見据え、背中で次の指示を問うているのをレモンは感じ取り、そのまま戦闘を続けることにした。
「いわ技を器用に使いこなしてるけどよ、オマエの弱点がまさにそれなのはわかってんだぜ! コジオ! フルパワーでいこうぜ!」
「ジ」
短く小さく鳴いたコジオに、ペパーはポケットから取り出したテラスタルオーブを構えた。
「テラスタルオーブ! ペパーも使えたの!?」
「スパイス巡りの旅に備えて受けたくもねー授業受けて、ようやく一昨日から使えるようになったのさ! 使うのは今が初めてだけどな!」
誇らしげにペパーが言ってテラスタルオーブのスイッチを押し込むと、オーブにエネルギーが集まりだし、その力が手から全身へと伝わっていく。
「おぉ……ぉぉぉおおおお!?」
恐る恐るながらもペパーはテラスタルオーブを強く握りしめてそのパワーを制御すると、エネルギーの充填を受けて輝きだしたオーブをコジオへ向けてしっかりと投げ込んだ。光る結晶体となったコジオの頭上には、岩の積まれたトロッコのようなものを模したクリスタルが掲げられた。
「こっちの岩はしょっぺえぞ! 『いわおとし』!」
「ジー……」
静かな鳴き声とともに強い光を放ち、コジオの視線の先のオトシドリのやや上空に立方体が寄り集まって形を成したような、ブロック玩具の趣のある、『いわおとし』というからには岩であろう物体の一群が現れ落下し、オトシドリの頭部に鈍い一撃を与えた。
「コケッ……!?」
思いがけない攻撃を受けてオトシドリは大きくひるむ。それを見て残りわずかな体力でクワッスは翼に力を込める。クワッスに促される形でレモンはとどめとなり得ると察し、全力を込める思いで技の名を発した。
「『アクアカッター』!」
クワッスの翼から、ほとばしる水のエネルギーが刃となって弾けた。それはオトシドリの胴に垂れ下がる袋や翼に食い込むように切りつけ、空中で仰向けに倒れるようにしてオトシドリは頭から地面へと落下していった。
盛大に墜落して身体を横たえたオトシドリを油断なくふたりは確認し気を失っているのを見てとると、喜びもほどほどにポケモンたちのケアに移る。
「クワッス~、ジムチャレンジにジム戦から今回まで、短い間に怒濤の活躍、ほんとにお疲れさまだよ~!」
サイコソーダの缶を開けて手渡し、クワッスを労うと、クワッスは翼で器用に握ったサイコソーダをぐびぐびと飲み干し、競技の後のアスリート然とした汗と笑顔を浮かべていた。
「コジオもお疲れさん。初テラスタルはうまくいったな」
「ジィ」
戦闘中も今も顔つきが変わらないコジオだが、ペパーの言葉に目を光らせ全身を揺さぶり嬉しそうな反応を示した。
「さて、アイツが目覚めないうちにスパイスゲットだ!」
待ちかねた探し物との対面に急かされるようにペパーはポケモンを戻して、オトシドリがスパイスを摂取するために破壊した岩壁の穴へと入っていき、レモンもクワッスをボールに戻してそれに続いた。
*
ガケガニのときと同じようにスパイスの隠し場所は狭く、空洞の隅にこれ見よがしと光り輝いて生えているスパイスを除いてふたりが他に目を惹かれるものはなにもなく、ゆえにペパーもレモンも目的のスパイスにまっしぐらでそれを邪魔するものもなにものもいない。
「間違いなく秘伝スパイスだよね、この輝き!」
「ああ、間違っててたまるか! 本によるとだな……ひでん:にがスパイスは血行促進! 血のめぐりをよくする! 体をポカポカ温めて免疫効果もアップ……とのことだ!」
取り出したバイオレットブックが記す受け売りもそぞろに、ペパーはさっそくスパイスを収穫すると、上機嫌で手近にあった平たい岩にクロスを敷いて調理器具をいくつか取り出してはりきった様子を見せる。
「よっしゃ! 腕によりをかけて料理してやるぜえ! うおおおおおお! ずりゃ! おりゃー!!」
今まさに手に入れたばかりのスパイスを使って料理を振る舞おうと、活気に満ちたペパーの叫びが洞穴内にこだまする。
*
そうして出来上がったのは、見た目こそ変哲のないイチゴのジャムとマーガリン、アクセントにキウイフルーツを挟み、すり潰してペースト状にしたにがスパイスを小皿に添えたジャムサンドだった。
「味見もせずに直感で作っちまったが……きっとこの勘はスパイスが与えてくれたインスピレーション! イケるはずだぜ!」
ペパーの言葉もよそにさっそくサンドウィッチの先端ににがスパイスのペーストをつけ口に入れ、ふた噛みほどするとレモンの舌に鮮烈なショックが走る。
「にっ……がぁぁぁ~……。でもそのあとに来るジャムとキウイの甘酸っぱさ! マーガリンのコク! 苦味があとに来る甘味を最大限に引き出す! サンドウィッチの『はらだいこ』か『いかりのつぼ』だぁ~……ェホッ」
スパイスを使ったペパーのサンドウィッチを絶賛しつつも、にがスパイスの放つ強力な苦味に思わずレモンはむせてしまう。
「ぉおおお……これは確かに強烈だな……。でもスパイスを隠し味程度の量におさえれば、甘味といい感じに調和もするな!」
「ああ、うん、ホントだ……うんうん、これくらいなら食べやすいね」
サンドウィッチにつけるにがスパイスの量を調節しながら『ムクロジ』で食べたケーキによる満腹感もすっかり忘れて、レモンは最後の一口を食べ終えるとモーモーミルクでひと息ついて満足の心持ちだった。
「ギャッス!」
「おぉっと」
そこにミライドンがまたしてもボールから勝手に出てきて、レモンとペパーを見つめて目でなにかを訴える。
「あっ、ミライドンのぶんのサンド……忘れてた」
「ハッハッハ! 今回は出てくるのが遅かったな。さすがにないもんは出せねえ! サンドウィッチはまた次回だな」
どこかしてやったりな、勝ち誇ったような声をミライドンにかけるペパーだが、テーブル代わりのクロスの敷かれた岩の上にまだ1個、誰も手をつけていないサンドウィッチが置かれていた。レモンがそれを不思議そうに見ていると、その視線に気づいたミライドンもサンドウィッチの存在に気づき、テーブルの方へ嬉しそうに歩み寄っていく。
「さわるなっ! それは! オマエのじゃない!!」
サンドウィッチに寄っていくミライドンに、突然ペパーが大声を上げた。その響きにははっきりと怒りの情がこめられており、いきなりのペパーの激情にレモンは目を見開き萎縮してしまう。
「……すまん、大声出して。レモンも……オマエも。怒ったわけじゃ……いや怒りはしたが、なんていうか、つい必死になっちまった」
すぐ平静を取り戻し、謝罪して場を取り繕おうとするペパーだったが、それから決然とした強い目つきでレモンを見る。
「ちゃんと話しとくべきかもな……」
ひとりごとのように言ってからペパーはひとつのモンスターボールを取り出し、しゃがんでからそれをそっと転がした。
「おぉー……ん?」
ボールから灰色の毛に覆われた大柄な犬ポケモンが姿を現したが、レモンが怪訝な反応を示したのは、その様子のためだった。
「コイツはマフィティフ。オレの相棒さ」
ボールから出てきたマフィティフは、頭こそ上げてはいるが、身体を横たえ目も閉じたまま、規則正しい呼吸によってその身をゆっくりと上下させるのみで眠っているようにも見えるが、レモンはぐったりして弱っていると直感した。
「コイツ……しばらく前に大ケガしちまってさ。それ以来、具合悪くてずっとこんな感じなんだ……ポケモンセンターでも治せない、普通のケガや病気じゃないんだと」
「え……」
ポケモンセンターでも治せない。それはポケモンについてまだまだ学び始めたばかりのレモンにとってセンセーショナルな情報だった。
「自分でネットや本で治療法をたくさん調べて、あらかた試してみたけどどれもダメで諦めそうになってた……。そんなときによ、この胡散臭い本で秘伝スパイスの存在にたどり着いたってワケだ!」
そう言ってペパーはふたたびバイオレットブックを持って、その表紙を見つめる。
「父ちゃんの研究室で見つけた、嘘みたいな話ばっか書いてある誰も信じないオカルト本……けどよ、オレはホントだと思ってる。父ちゃん……あの研究バカが惚れ込んで、息子ほったらかしでパルデアの大穴で研究生活に没頭するような本だ……オレにとっては根拠なんてそれで十分」
本をしまい、しゅんとしたレモンに感謝を込めてペパーが話を続ける。
「で、調べに調べてレモンのおかげでついに見つけた前回のあまスパイス……あれをマフィティフに食べさせたら、冷えきっていた手足がちょっと温かくなったんだぜ!」
「えっ」
「あったんだよ、効果が! 世紀のオカルト本に書いてあったことは、真実だったんだ。ひとつのスパイスじゃ、まだまだ完治には遠いが……」
そこまで言ってから、ペパーは話のきっかけになったテーブルのサンドウィッチに手を伸ばし、一口サイズににちぎって刺激が強くなりすぎないよう、にがスパイスのペーストを少量塗ってマフィティフの前に差し出した。
「ほら、元気になるサンドウィッチだ、少しずつゆっくり食べろよ。」
ペパーが話しかけると、わずかに頭を動かしてマフィティフが目の前のサンドウィッチを力なくくわえ、ゆっくりと口の中に運んで咀嚼する。食べ終わったのを見届けてから、ペパーはまたサンドウィッチをちぎりスパイスを塗って少しずつ与えていく。
「全部のスパイスを見つけてマフィティフに与えてやれれば、きっといつかは良くなるはずだ。改めて、ありがとうな、レモン。まだまだ先は長いけど……付き合ってくれると、助かる」
「や、そんな……理由があったんだね。もちろん手伝うよ。というか、より身が引き締まったってカンジ。できるだけ早く集めようね」
「そうしてくれるのはありがたいが、レモンの宝探しを邪魔したくはねえ。それに焦ってもスパイスはすぐには見つけられないしヌシもすぐには倒せねえ。情報収集力とポケモンの助け……お互いにもっと強くなる必要がある。オマエはオマエの旅を、きちんと進んでくれ。スパイスの場所の目星がついたら、そのときはまた頼む」
嬉しさと申し訳なさを隠さずに、ペパーは誠意を込めてレモンにそう語った。レモンもまたポケモンたちとともに強くなる必要の切実さを感じ、黙って大きくうなずいた。
「お、食い終わったな。えらいぞ」
サンドウィッチを全部食べ終えたのを確認し、ペパーはマフィティフの頭をそっと撫でた。
「…………ん?」
ペパーがなにか異変を感じ、マフィティフの顔をじっと見つめる。その視線を感じたのかマフィティフも顔を少しずつペパーに近づける。八の字になっていた太い灰色の眉がゆっくりと上がり、その下に小さな光が宿る。
「わわわっ! マフィティフ……オマエ、目見えてんのか!?」
レモンがマフィティフに駆け寄りそっと顔を覗くと、驚くペパーを小さな瞳が映しているのが見えたわけではないが、その目から生命の力のようなものを感じ取った。
「治っ……たの!?」
「本調子ではぜんぜんないけど……やっぱり、間違いなくスパイスにはコイツを治す力がある! やっ……たぁ!!」
柄にもなく、というのはレモンのイメージだが、ペパーは跳び跳ねて大声で喜び、マフィティフの身体に障ってはいけないとすぐに落ち着き、改めてそっとマフィティフを見つめた。
「ずっと目も開けられなくて、オレ、ホント心配だった……ははは、目がつぶらすぎて、開いてるのかわかりづれーや……!」
それからしばらくの間、少し鼻の詰まった声でマフィティフに話しかけるペパーをレモンもミライドンも黙って見守っていた。