ポケットモンスター バイオレット a.k.a Lemonade Tornado!! 作:ストレンジ.
わずかながらも確かな回復の兆しをマフィティフから感じ取り、動揺にも似た感激に包まれながらもしばらくしてから平静を取り戻しマフィティフをボールに戻したペパーは気恥ずかしげにレモンとミライドンを見た。
「や、ま、なんつーか……早く次のスパイスの場所見つけねーとなー……っあ、そうだ!」
自分がいるこの場を取り繕うのにちょうど都合のいいことをペパーは思い出すと、リュックを下ろして中から小さな箱を取り出してその中身をレモンに差し出す。
「スパイス発見の証のヌシバッジ! 自作してみたんだ。ガケガニのときのとふたつ、貰ってくれ!」
「おーっ……自作!? へぇーすごいや、ジムバッジと変わんないよ!」
ペパーから手渡されたヌシバッジなるバッジは、ジムバッジのように鈍色の光沢を放ち、岩壁のヌシ、ガケガニと大空のヌシ、オトシドリを表した岩と翼のシンボルマークがそれぞれ象られており、そのジムバッジと遜色のない完成度の小さな重みを手に、レモンは喜ぶ。
「ギャア? ……アギャ」
隣でそれを見ていたミライドンは、物欲しげな声でペパーに向かって鳴く。
「なんだあ? 鳴いたってオマエにやるものはねえよ。……スパイスのペーストでも食ったらどうだ?」
「ギャ……?」
そう言ってペパーがテーブルを親指で指し示すと、そこにはレモンがサンドウィッチを食べたときのにがスパイスのペーストが乗った小皿が残っていた。ミライドンは小皿の上で光を放ち続けているペーストに顔を寄せ、匂いを嗅ぐような動きをしたあと、それをペロリと舐めとって食べてしまった。
「ギャ! ……ン、ギャアァァァ……!」
「ハハ、効くだろ? まあ苦いは苦いがオマエの身体も丈夫になるかもな……」
ミライドンはにがスパイスの苦味に身体を震わせてそれでも満足げに目を細めるとおとなしくなり、洞穴の中が静まりかえる。
「……出るか」
目的を果たし終え、静寂をきっかけにふたりは洞穴を後にする。
外へ出ると日は暮れ始めていて、宝探しの旅初日の夜が近づきつつあった。レモンとペパーは気絶したままのオトシドリの前をそっと通り過ぎて下山すると互いに顔を見合わせた。
「オマエこの後どうすんだ? オレはもうちょい先まで行ってから休もうと思ってるけど」
「うん、まだテーブルシティも近いし、アタシはいったん戻っちゃおうかな。旅の途中のキャンプも楽しいだろうけど、髪も整えられるし……あっ!」
なにかを思い出しレモンが短く叫び、背中のリュックを胸に回し中を開けた。
「あー、よかった、割れてない……すっかり忘れちゃってた……」
「それ……ポケモンのタマゴか?」
レモンはリュックからタマゴを両手で取り出して無事を確認すると安堵した。
「ペパーが来る前にオトシドリが落としてきたんだよ。アママイコにキャッチしてもらって保護できたんだけど……どうしよう?」
「どうするって……育てないのか?」
「うーん……いいのかな?」
「落としてきたってことはオトシドリのタマゴではねーだろ。レモンがその気ならそのまま面倒見ちまえよ! どんなポケモンが生まれるか気にならないか?」
「そりゃあ、もちろん! ……じゃ、アタシが育てちゃおっかな!」
「おお。じゃあ気をつけて帰れよ。宝探し中でも寮へ戻るなら門限にも注意しろよ。今日は……ありがとな!」
「ペパーもヌシバッジ、ありがとー!」
夕景のなか別れを告げ、ペパーもレモンもふたたび、それぞれの宝探しの旅へと戻っていく。初日を日帰りの旅としたレモンは、ミライドンに乗って朝出発したテーブルシティへと舞い戻っていく。
*
「ミライドン……なんか調子いい?」
「アギャ?」
テーブルシティ目指してミライドンを駆るレモンは、好ましい感触による操縦中の違和感に気づく。ミライドンの動きがそれまでより幾分スムーズになっていて、走行中に生じる振動からも馬力の余裕を感じ取ることができた。
「アタシが運転上手くなったのかな? それともペパーが言ってたみたいに、ミライドンもスパイスでパワーアップしちゃってたりして!」
思いつきで言ってはみたが、そこでレモンはある人物とのやりとりを思い出し、ミライドンを停止させた。
「そうだよフトゥー博士! 連絡すればミライドンのこと、もっとわかるかも」
ミライドンから下りて、スマホロトムに登録されていた博士の連絡先を呼び出してレモンは応答を待つと、フトゥー博士はすぐに連絡に応じた。
『ハロー、レモン。連絡ありがとう。なにか報告することがあったかい』
初対面のときと同じく落ち着き払った様子で左手を軽く上げてフトゥー博士が尋ねてきたのでレモンは連絡の理由を率直に伝える。
「なんていうか、ミライドンの調子? が良くなってる気がするんですけど。走りに力があるというか、まだまだ出せる力がありそうな感じがするというか……まあ良いならいいことなんですけど」
『ふむ……スマホロトムにミライドンを映してみてくれないか。今のミライドンの状態をチェックしてみよう』
「そんなことできるんです?」
『彼の元々のデータはあるからね。カメラ越しでの計測に多少の誤差は出ても比較することは可能だよ』
ともかく自分ではわからない以上細かいチェックは博士に委ねるしかない。レモンはそう思ってミライドンの全身をスマホロトムで映し、博士の返答をしばらく待った。
『なるほど。もう大丈夫だ。ボクのチェックの限りでは一部ではあるものの、ミライドンは本来の力を取り戻している』
「そうなんですか!?」
『ああ。キミが言っていた走る力に余力を感じるというのはそのとおりで、ミライドンはより速く……といよりは、本来出せるスピードで走れるように戻っているようだ。数値の限りではね。それにフロートモードへの変形も可能になっているはずだ』
「なんですか、それ?」
『水上走行さ。川や湖や海を渡るためのミライドンの形態のひとつだ』
「そんなこともできるの!? へぇ~、ミライドン、やっぱりすごいんだね~」
「アギャス!」
取り戻されたとされるミライドンの本来の力の説明を前にレモンは唸り、ミライドンは得意そうに鳴いた。フトゥー博士もわずかに口角を上げ、きわめて小さく微笑する。
『ところでレモン、なぜミライドンが力を取り戻したのか、なにか心当たりはあるかい』
「えっと、ペパーと見つけた秘伝スパイスだと思います。ミライドン、今のところ見つけたふたつとも食べてるし……」
『秘伝スパイス。ほう……』
抑揚はそれでもあまりないが、レモンのその言葉に博士が大きく反応を示す。
『200年前に観測体が発見し持ち帰り、栽培に成功させたというエリアゼロの神秘……実在、現存していたのか、驚きだな。バイオレットブックにはヌシポケモンが人間を追い出しスパイスを独占した、とあるが……』
「アタシとペパーで倒しました!」
『ほう、キミとペパーが』
「……博士は、ペパーと会わないんですか?」
レモンは余計なお世話と思いつつも「ほったらかしにされて」というペパーの言葉が頭に過り、つい尋ねようと思ってもなかったことを口にしていた。
『……会いたいところだが、あいにくボクはここから離れることができないからね』
「研究ってそんなに忙しいんですか?」
『エリアゼロは未だに未知と危険の眠る……楽園だからね』
「楽園……」
『いくらでも調べるべきものがある、その点では研究者としてはこの地はそう形容できるだろう。危険も、生きた資料の前では研究者にとってはスパイスさ。それに……彼とはいずれ会うことになる。しかるべき準備が整えばね』
「あ、そうなんですか」
そう聞いてレモンは素朴に胸を撫で下ろす。
『報告は以上かな。ミライドンを引き続きよろしく頼むよ』
「アギャス!」
『フフフ、彼もキミとの旅を楽しんでいるようだ。それでは』
別れの挨拶も手短に博士は通話を終了し、ふと空を見るとほんのりと暗くなり始めたことにレモンは気づき、テーブルシティに帰るべくふたたびミライドンに騎乗したところで更なる思いつきが彼女の頭に浮かび、懐に戻ったばかりのスマホロトムを呼び直す。
「……あっ、ママ? あのさ……今からそっち行ってもいい?」
*
思いつきの行動力に従うままに、レモンはテーブルシティに戻るのを止め、アカデミー入学以来戻ってなかった自らの家に帰ってきた。
パルデアに引っ越して一週間でアカデミー入ったから、アタシにとってはこの家よりも寮の方がある意味家になっちゃってるよな~。そんなことを考えながらレモンはミライドンをボールに戻して玄関まで歩き呼び鈴を鳴らした。
「はーい、おかえりなさいレモン!」
玄関扉を開けてママが出迎える。スマホロトムの画面越しではない再会は約1ヶ月ぶりとあってレモンも自然と顔を綻ばせた。
「むちゃあ!」
「ホシガリスも久しぶり~!」
「課外授業って自由なのね。こんなタイミングで帰ってくるなんて」
「学校に戻るのも自由だけど、課外授業という名の旅だからね。もうすぐ夜はやっぱりメイワクだったかな?」
「まさか! あなたの家でしょう。それにちょうどいいタイミングでもあったのよ。さ、入りなさい」
「ただいまー」
久しぶりの帰宅に感慨を感じないわけではないものの、昨日の続きのように、ごく自然に、といったことも感じずにレモンは玄関を通ってわが家の居間に落ち着いた。
ペパーの秘伝サンドウィッチを食べた後にも関わらずカレーは別腹とばかりに夕飯を食べて満腹に満腹を重ねたような状態のレモンにママが唐突に自分のスマホロトムを見せると、その唐突さをさらに増す人物が画面に映っていた。
『おおー! やあレモン! 久しぶりだなあ!』
「うぇぇっ! っパパぁ!?」
有無を言わせぬ不意の父親との再会にまさに面食らうといった様子のレモンをよそに、ただただ嬉しさばかりが伝わってくる幸福なパパの笑顔を横からスマホを覗き込んで確認すると、満足そうに微笑んだママが今度は空いた片手に別の物を持ち、それをレモンに見せた。
「またパパからプレゼントがあるのよね」
「え……えっ? このボールは?」
予想外の画面越しでの邂逅にまだまだ戸惑いを拭い切れてないレモンにサプライズの追い打ちがかかる。
『それはサファリボール! むかーしカントーにあったサファリゾーンという、野生ポケモンを捕まえられるテーマパークで使われていたモンスターボールさ。使わなかったボールは帰るときに返却する決まりがあったから、空っぽのそれが今レモンの目の前にあるというのはとてもレアなんだよ!』
「なんでそれをパパが持ってるのさ?」
『ふふふふ……まあネットで買っただけなんだけどね。閉園のときに希望者に譲ったり、街のイベントの景品で並んだり、そういうところから手に入れた人たちの一部から流通しているもののひとつだよ。コンパンは私からのプレゼントだけど、フレンドボールはママからのものだったからね。今回はパパからのボールのプレゼント、ってことで、いいポケモンに出会えたら使ってみてよ』
「へぇーすごいや、ありがと! あっ、そしたらあれかな……?」
レモンはスマホロトムから一度離れリュックからあるものを取り出し、すぐにカメラの前に戻りそれを見せた。
「ポケモンのタマゴ! 拾ったんだよね。サファリボールに合いそうだったらこの子を入れようかな!」
『そりゃあ素敵だね』
「そういえばレモンはポケモンは捕まえてるの?」
微笑ましくふたりの会話を横で聞いていたママがふと気づいたように言った。
「うーん、一匹だけね。アママイコ!」
紹介をかねてレモンはゴージャスボールからそっとアママイコを出した。アママイコはレモンを見てから彼女の母親を見て首をかしげた。
「アタシのママだよ!」
「まままま~?」
「かわいい子ね~! プレゼントしたゴージャスボール、使ってくれたのね」
「うん! 捕まえた頃はアマカジだったけど、少し前に進化したんだ。アママイコ、こっちのスマホロトムに映ってるのがパパね」
「ぱぁ~?」
「イエスイエス! そうだよパパですよー。これからもレモンをよろしくね」
「まっ!」
期待に応えるようにアママイコが短く返事をする。そのとき、レモンはふたつ携えたモンスターボールの内のひとつから違和感を感じ取り、その理由を察すると同時に違和感の元のモンスターボールからミライドンが姿を現した。
「ギャッス!」
「ええっ!? な、に!?」
突然の大きなポケモンの登場に両親ともに驚いたが、その場にいるママはより大きく目を見開き、開いた口を手で隠しながら言った。
「あぁ~わかってる。忘れてないよ、ミライドン。紹介しなきゃね! この子はミライドン、んーと……話すといろいろごちゃごちゃしちゃうんだけど、友だちが預かっていたポケモンで、成り行きで今はアタシが面倒見てるってカンジ。バトルはできないけど、ライドポケモンとしてあちこち移動するときに活躍してもらってるよ!」
「アギャア」
『ほほお、カッコいいポケモンじゃないか。ポケモンが活躍するのはバトルだけじゃないものなあ。ミライドン、今後もレモンの助けになってくれると嬉しいよ』
「ギャッス!」
『うん、元気な返事をありがとう。じゃあレモン、身体に気をつけて良い冒険ライフを!』
「パパもお仕事頑張ってね!」
通話が終わるとレモンはポケモンたちを戻し、ママの洗い物を手伝い、ホシガリスと遊んだりと久しぶりの家での時間をのびのびと過ごした。