ポケットモンスター バイオレット a.k.a Lemonade Tornado!! 作:ストレンジ.
クラベル校長がふたりにお互いのことを紹介しようと小さな咳払いをしようとしたところでレモンが口を開いた。
「黒いケンタロスのトレーナーさん!?」
「えっ……そうだ……けど、どうして」
「半年前に旅行で来て、テーブルシティのおっきいバトルコートで……バトルしてた! それ見てた!」
興奮で矢継ぎ早にレモンが喋るのに面食らった校長だったが、気を取り直して改めて小さく咳払いしてから話し始めようとした。
「そうなんだーっ! 旅行ってことはパルデアの人じゃないのかな? まあ、わたしもよそから来た人間だけど。あのね、パルデアのケンタロスは黒いだけじゃなくて種類も違うのがいて、ほのおタイプやみずタイプのもいるんだよ」
「へぇーっ!」
「元のタイプも一般的なケンタロスと違ってて、ノーマルじゃなくてかくとうなんだ!」
「えーーーっ!」
少女とレモン、初対面で自己紹介も忘れてふたりはパルデア種のケンタロスの話で盛り上がっていた。
「……コホン」
校長はここでようやく非常に控えめな咳払いをし、その音に気づいていないふたりに割って入るのに抵抗を感じつつも話しかけた。
「早くも仲の良いことは素晴らしいですが、まだ余裕があるとはいえ登校前ということをお忘れなく」
校長の言葉で初対面同士の女子によるケンタロス談義がようやく落ち着く。
「さて、紹介をさせてください。ネモさん、こちらレモンさん。パルデアに越してきたばかりで、本日からアカデミーへ通うことになった生徒です」
「あ、この子がさっき話してた子なんですね! 向こうのお家のご近所さん! わたし、ネモ! 一応先輩ってことになるけど、わたしも同じ1年生! よろしく!」
やや浅黒い肌にそばかす、まとめ上げたポニーテール、そこから少し残して垂らしている前髪にグリーンのメッシュが特徴的な、いかにも快活そうな印象を受ける背の高い少女、ネモがレモンをまっすぐ見つめて自己紹介した。ネモのレモンを見る目は輝いており、その目力に負けじとレモンもネモの瞳を見据えて自己紹介を返した。
「アタシはレモン! ポケモンは育てるのも戦わせるのもぜんぜんの初心者! でもこれからガンガン強くなってくつもりなんで、よろしくです!」
レモンがそう言うと、ネモの瞳とその輝きが明らかに大きくなった。
「いいねっ! それじゃ未来のチャンピオンだ!」
「それは飛躍しすぎだと……うん、いや、でもそんなつもりではあるかな!」
まんざらでもなさそうにレモンが胸を張るとネモも同調するように首を何度も縦に振って肯定する。
「いやはや……ネモさんがそう言うとただならぬ説得力がありますね」
呆れる様子もなく、むしろどこか納得しているような面持ちでふたりを眺めながら校長も頷いた。
「ネモさんは我が校の生徒会長で、チャンピオンランクの凄腕トレーナーでもあるのですよ」
「えっ! ……ガチのチャンピオン!? で、しかも生徒会長!?」
「って言っても、トレーナーはアカデミー入る前からやってるし、生徒会長はチャンピオンランクになったっていうのが大きな流れとしてあって、それで任された感じあったけどねー」
「ネモさんは立派に務めているではありませんか。決してその場の勢いだけで選ばれたとは私は思っていませんよ」
「いやー、クラベル先生に言われると自信持てちゃうなぁ……! あ、でも生徒会のみんなのサポートがすごいっていうのがそもそも前提としてあってですね……」
ふえぇ~、まさかお向かいさんがそんな超人トレーナーだったとは……すごすぎる……。
ふたりの会話をよそにレモンの脳内はネモへの感嘆でいっぱいになっていた。
「でも、それはそれで、だよ!」
それまでの流れを断ち切るようにネモが声を張った。
「ご近所さんで、同級生! お近づきに……まずは、バトルだよねっ!」
「ふぇ?」
出し抜けの発言にレモンの気の抜けた声が宙に漂い消えた。
「……ネモさん、彼女が反対でなければ私が止める義理はありませんが、加減はしっかりと考えてくださいね?」
「もちろんですよっ! というか、今のわたしはレモンと同じ条件下! ……レモン、パートナーのポケモンは決まったの?」
「え、うん。このクワッスだよ」
「そうなんだ! じゃあわたしは……ホゲータ! キミに決めたっ!」
レモンの言葉を聞いてネモは電光石火の勢いでホゲータをパートナーに選ぶ旨を発した。
「ネモはもうとっくにパートナーがいるんじゃ……?」
「わたしは育てたい子がいたから学園からのパートナーポケモンは貰ってなかったんだ。だから、今回初心に帰ってジムをまた一から巡るにあたってポケモンたちも一から育てようと思ってね、校長先生に相談したんだ! そうしたら、わたしもこの3匹からパートナーに1匹選んでいいことになってさ! お互い最初のパートナー同士でバトル! アツいよね!」
抱きかかえたホゲータの頭を軽く撫でながら確定事項のようにネモが話を進めていく。
「下のビーチにバトルコートあるからさ! はやく
「あ、うん……」
勢いにたじろぐレモンが返事をするよりも前にネモは屋敷の裏手のビーチへと続く階段を颯爽と降りていった。
「ネモさんはポケモン勝負が大好きすぎますね……。このときばかりは視野が狭くなってるといいますか、向こう見ずといいますか……しかしポケモンとの絆を深めるためにもぜひレモンさんには彼女の相手をしていただきたい」
校長もややたじろいだ様子を見せつつもネモとのバトルをレモンに促す。
「はい。びっくりしたけど、バトルは純粋に楽しみです! 行こう、クワッス!」
「クワッ!」
「では私もニャオハさんと一緒に見届けさせてもらいましょうか」
そうしてネモに遅れてレモンとクワッス、校長とニャオハもビーチに向かうのだった。
*
まぶしい朝の陽射しに穏やかな南風の吹くネモ邸の裏に広がるビーチに、レモンがバトルコートを認めるのとほぼ同時にネモがこちらに向かって手を振った。
「こっちだよー!」
生まれてはじめてのポケモンバトル……ママから教わったことが活かせるといいけど、それよりなにより楽しみやら緊張やらでドキドキする……。お互いパートナーになったばかりのポケモンとはいえ相手はチャンピオンって……なにそれ!? はじめの一歩が巨大すぎる……。
初バトルを前に臆しているかのようなレモンだったが、緊張はあるものの萎縮しているわけではなく、なんだかんだでこの状況を楽しんでいるようだった。
小走りでネモの待つバトルコートへクワッスと向かう。コートの中央で待つネモの前へ着くと、彼女が右手を差し出してきた。
「互いの新しい旅立ちに! 実りある勝負にしよう!」
気持ちのいい笑顔で言ってきたネモに、レモンも同じく右手と笑顔で応えた。
「よろしく!」
手を離し、コートの端へと駆け出すふたりを中央外部で足を止めたクラベルは、ニャオハと並んで柔らかい笑顔で見守っている。
位置について少しばかりの間を置いてから、
「コホン…………バトル、はじめ!」
校長の声を合図に、レモンの初バトルが幕を開けた。
「ホゲータ、『たいあたり』!」
先手必勝とばかりに早速ネモが仕掛ける。言うが早いが、ホゲータもそれに応えてとことこと可愛らしくも力強い足どりでクワッス目掛けて駆けていく。
「クワッス、『なきごえ』っ!」
慌ててレモンもクワッスに指示をする。すんでのところで集中を削がれたホゲータのたいあたりはクワッスに決定的なダメージを与えるには至らずに済んだ。
「レモンもクワッスも、わたしのホゲータも反応ばっちり! みんないいね!」
納得のいく初撃とはならなかったことに悔しさを表すどころか、この場では敵である自分たちも含めて満足そうに全員を称賛するネモにレモンは相手の余裕と、それに裏打ちされた経験を感じとった。
「『みずでっぽう』!」
精神的な主導権を取り戻すべく、意趣返しのごとく今度はレモンが間髪を入れずに攻撃を仕掛けた。
クワッスの放ったみずでっぽうは危なげもなくホゲータに直撃。攻撃は大成功と言って差し支えないものだった。
「みずはほのおに強い! 予習もばっちりだね!」
しかしこれをも嬉々として受け止めレモンを賛辞するネモ。ホゲータにも余裕は見られないが、しっかりとクワッスを見据える眼光には依然として戦闘への意欲を感じさせるものがあった。
「……っ!」
「がんばってホゲータ! 『たいあたり』!」
ホゲータのその目つきが『にらみつける』だとレモンが気づき息を飲んだ直後、ネモの快活で素早い攻撃の指示がビーチに響く。
「クワッスッ! 相手をよーく……よぉーく見て!」
ここで一手遅れたレモンがクワッスに出した指示は迎撃ではなかった。レモンはパートナーの内心の焦りを読み取りつつも、指示通りに迫り来るホゲータを見据えているクワッスに熱いものを感じる。
「まだよ……まだまだ……よし、『はたく』っ!」
ホゲータの小さな体躯が目の前まで来たところでレモンは迎撃を命じた。クワッスは渾身の力で翼をホゲータにはたきつけると、火花が散るように2匹のポケモンは互いに互いが受けた技でそれぞれ後方へ弾き飛ばされた。
「ホ……ホゲ~……」
「……プルッ!」
しかしホゲータは全身をべったりと地に伏せて嘆息の鳴き声を漏らし、一方クワッスは己の勝利を誇示するように勇ましい目つきでひと鳴きし、両足でしっかりと立っていた。
「ふむ……クワッスさんの勝利ですね」
言うまでもないことではあったが、クラベル校長がそう言ったことで場の収束した空気が拡散されたような解放感をふたりに与えた。
「ふうっ……」
初戦闘を終えてレモンが最初に感じたのは達成感よりも安堵だった。
「やるね! 思ってた以上にすごかったよ。これから絶対強くなるよっ! 楽しみ!」
勝負が終わってからも改めてネモはレモンを讃え、そしてこれもまた改めて爛々と目を輝かせる。
「違う戦法も試したいし、もっかい勝負しよーっ!」
「ええっ!?」
思わぬ言葉に驚くレモン。これには校長も驚きと、ある種の呆れを同時に見せた。
「レモンさんもクワッスさんも、ホゲータさんも疲れておいでですよ」
「それもそっか! すみません、興奮しちゃって、ついつい……ごめんね」
校長が助け船を出すとネモも状況を把握し納得した様子だった。
「ううん、またやろうね」
「うん、戦ろう! 絶対だよっ!!」
ネモが再戦の念を押してから、ビーチに平穏が戻った。
「程度はわきまえて欲しいですが、チャンピオンとしていろいろ教えてあげてくださいね」
「ええ、それはもう! あっ、そうだ。レモン、これ使って!」
そう言ってネモはレモンにキズぐすりを渡した。礼を述べてから、お互いともパートナーの健闘を讃えつつ慈しむべく回復へと勤しんだ。
「それでは次の出番までポケモンたちにはゆっくりしていてもらいましょうか」
ここでレモンもネモも校長から各パートナーの入っていたモンスターボールを手渡され、ずっと連れ歩きだったためまだボールを持っていなかったことに気づいたのだった。
「サンクス、クワッス! カミングスーン!」
バトルの興奮で熱に浮かされながらクワッスをボールへと戻すと、校長がその場を締めるように話し出す。
「おふたりの親交も深まったところでそろそろ私はここを離れます。ネモさんもレモンさんも、準備が整ったら遅れないように登校してきてくださいね」
「はいっ、ありがとうございました! またアカデミーで!」
「ニャオハもまたね~!」
ボールにニャオハを戻し立ち去る校長の背中を見届けながらネモは隣に立つレモンに話しかける。
「それにしても改めて、いい勝負だったよ。レモン、ほんとにバトルしたことなかったの?」
「ほんとだよ。ママが学生時代トレーナーだったから、基本的なこととかは家で教わってたけどね」
「へえ~お母様が! そういえば引っ越してきたし、パルデアのケンタロスも知らなかったみたいだし、レモンたちはどこ出身なの?」
「カントーのクチバってところ。知ってる?」
「うんうん! 行ったことはないけど。港町だし海がすぐ近くってところはここと同じだね」
「ママとアタシは引っ越してきたけど、パパは残って向こうで働いてるんだ」
「あーっ、それはレモンとお母様もだけど、お父様も寂しいだろうね。なにをしてる方なの?」
「海上レスキュー隊。ママがトレーナー時代に育てたカメックスも、今はパパのパートナーとしていっしょに働いてるんだ!」
「へぇーカッコいいっ! ……でも離ればなれになってまでこっちに来たなんて、思いきったね」
「へへ……実は、ネモがきっかけのひとつだったりするんだよね」
「え、わたし?」
「旅行でテーブルシティに来たときに、グレープアカデミーを見て、なんかビビッときたんだよね。で、アカデミーの前のすごい階段の下のコートでネモがパルデアのケンタロスでバトルしてるとこ見て……なんか、“ここに通いたい!”って、頭がいっぱいになっちゃったんだよね」
「うーん、知り合う前にわたしはレモンに影響を与えてたのか……」
「そのとおり!」
「それは嬉しいやら、ちょっと恥ずかしいやら、お父様に申し訳ないやら……」
「そこは気にしないでよ。ライムさんがパルデアでジムリーダーやってるってのもかなり大きいし」
「ライムさん? なんでそこでライムさんが」
「ファン!」
「あーっ、そっか。ジム巡りするなら会えるかもしれないからね。あ、お姉さんのタイムさんはアカデミーの先生なんだよ!」
「なんと! お姉さまが!?」
「今は教職一本だけど、ライムさんが引き継ぐ前のフリッジタウンのジムリーダーはタイム先生だったんだよ」
「うーん、ぜんぜん知らなかった……先生で、元ジムリーダー……スゴい!」
「あはは! そうそう、先生といえば……レモン、スマホロトム出してくれる?」
「ああ、うん! 連絡先だね」
「あ、うん。もちろんそれもだけど、トレーナーになるならあのアプリ、入れなきゃね! ちょっと拝借……」
そう言ってからネモはレモンのスマホロトムを操作して画面にあるページを映した。
「ポケモン図鑑!わたしのクラスの担任のジニア先生が作った、出会ったポケモンが自動で登録されるすごいアプリ! ポケモントレーナーなら必須だよ!」(使い心地が良いとは言ってない)
ダウンロードを促し、その後で軽く使い方を説明してから、お互いの連絡先を登録し合うとネモは改まった態度でレモンを見つめて言った。
「さて! わたしたちも、もう行かなきゃ! 道案内もできるし、いっしょに行かない?」
「いいよー! でもその前に荷物取りに行かなくちゃだから、ちょっと待って」
「あ、わたしもパパっと用意しちゃうから、レモンの家の前で待ち合わせってことで!」
「了解!」
そう言葉を交わし、ふたりは一時別れて各々の家へ小走りで向かった。