ポケットモンスター バイオレット a.k.a Lemonade Tornado!! 作:ストレンジ.
日も一日でいちばん高い時間帯を過ぎ、夕景前のハッコウシティ中央にある、ジムテストを合格すればナンジャモとそこで戦うことになるであろう広いバトルコートで繰り広げられているトレーナー同士のポケモンバトルを、レモンは外縁部からぼんやり眺めながらそのジムテストに取り組みあぐねていた。
「じゅう、よん……再生……」
コートからスマホロトムに視線を移し画面を確認する。普段は見るだけの動画視聴SNSにジムテストのために作られたアカウントに投稿された『【パートナーたちとPOKÉDANCE!】』のタイトル下に小さく表示された再生数を見て、レモンは落ち込みはしないものの途方に暮れた。
上げていい動画の数に制限はないとはいえ1000再生はあくまでひとつの動画で達成しなければいけない。ものの試しで投稿したものでノルマをクリアできるなどとは思ってもないし、動画を上げてからまだ2時間ほどしか経っていない、それでもこの再生数を見てレモンはテストクリアの難しさに頭を悩ませた。
「え~、いい動画じゃな~い。みんな可愛いし、アママイコなんてこんなにいっぱい跳び跳ねてて……コンパンとウリムーはころころ転がって……いいじゃん……」
アップロードした動画を見返して独り言をこぼす。『POKÉDANCE』を踊るレモンのまわりでパートナーのポケモンたちが好き勝手に動き回っている。クワッスは振りが大げさながらもレモンの動きを真似てダンスし、コンパンはウリムーと一緒になって体を横に転げ回り、アママイコは全体の回りを元気いっぱいに跳び跳ねヤミカラスは興味無さげにレモンの頭上を淡々と羽ばたいて滞空していた。
「まあでもこういう誰でもやってる動画は有名な人がやるからいっぱい再生されるのであって、今のアタシじゃどうしようもないか……」
納得しながらも、声に出してみるとどこか言い訳じみた響きがすることに小さな苛立ちを感じながらレモンは、そんな自分とは関係なく繰り広げられているバトルをきちんと見ようとコートまで近づいていった。
レモンが見物している側のコートにはトレーナーとせきたんポケモンのセキタンザンの後ろ姿があり、対する側のコートに立つトレーナーの前には、パルデア固有の黒いウパーから進化するポケモンのドオーの愛くるしい顔が見える。
「なんてこった……この逆境ムード、跳ね返すようなアツいのひとつお願いするぜ、DJ!」
セキタンザンのトレーナーが楽しげにコートの外の誰かに向けて大声をあげた。モンスターボールを模したコートの上部と下部の境界線のすぐ外にいた人物がその声に応えたように右手を挙げたのが見え、同時にそれがレモンにとって見覚えのある存在であることに気づく。
「DJ……あくじ……?」
先日レモンが倒したスター団、チーム・セギンのボス“DJ悪事”ことピーニャだった。ピーニャが手を下ろすと彼のそばに置かれたアンプのような機材からけたたましいデジタル音が場の空気を支配するように流れ出す。
「よおしっ、ぶち込め『タールショット』!」
音楽に気を良くしたトレーナーが颯爽と指示するとセキタンザンは口からドロドロに黒い液体をビームのように吐いてドオーに浴びせた。
「焦らず『アクアブレイク』だっ!」
「遅い!」
当たれば致命傷のみず技をセキタンザンはすんでのところでかわす。
「『オーバーヒーィィィ』……!」
興奮極まる奇声に近いトレーナーの指示をセキタンザンはしっかり聞き分け、自身のほのおエネルギーのすべてをドオー目がけて解放した。
*
ピーニャのかけたBGMが止み、バトルの終わりを告げる。トレーナーたちは握手を交わし、ピーニャにも軽く礼の言葉をかけているようなやりとりが終わり、話し相手が去ったのを確認してレモンは彼に近づいていった。
「“DJ悪事”! なにしてたのさ?」
「おわ……!? キミは……“レモネード・トルネード”だっけか。びっくりした」
「それはアタシもだよ。元気してる?」
「仮にもボクのメンツを潰しておいてずいぶんな挨拶だね……まあ元気だけどさ。そっちはどうなんだい。他のボスたちは倒したのかい」
「ちょっと停止中なカンジ。ネルケが……覚えてる? 短パンリーゼントの……」
「ああ、あのバッド・ボーイ……“ハレーション・カーネーション”ってやつ」
「ネルケがほのお組のメロコのことで調べたいことがあるっていうから、それが終わるまでカチコミはお預け」
「ふーん……じゃ、さしずめここへはジムチャレンジで?」
「そうなんだけどね、ジムチャレンジが難しい……というか今までと内容が違ってて手こずり中……」
レモンはナンジャモから直に与えられたジムチャレンジの内容をピーニャに話しながらスマホロトムを出して先ほどの動画を再び覗いた。17再生になっている。増えているとはいえ1000までは気の遠くなる数字だった。
「へー、そいつはなかなか……。動画作りも配信もしたことない人に1000再生はハードなミッションでしょ」
「だよね!? 難題なんじゃ、ナンジャモチャレンジ……あと983再生……」
「あ、動画は作ったの?」
「作ったは作ったけど……ご覧のとおりで」
レモンは自分のスマホロトムの画面をピーニャに向けてもう一度動画を再生してみせた。
「……どう?」
「どうと言われると……まあ、悪くはないけどキミのこと知ってる人くらいしか見ないよね……って感じかな」
遠慮した態度をとりつつもピーニャは正直な感想をレモンに告げた。
「う~ん、やっぱりそうなのか……いやでもまだこの動画、クラスの子たちとかママには言ってないし広めればもうちょい伸ばせるか……あとやっぱりミライドンも混ぜるべきだったかな……仲間外れみたいになっちゃったし……でも珍しいポケモンぽいし、博士に許可もらった方がいいかもだし……」
レモンはぶつぶつと声に出し俊巡する。彼女にとって今回のジムチャレンジはもはや下手なポケモンバトルよりも難易度の高いテストとして意識がなされつつあった。
「友達に伝えてなかったんならまずは教えて、で、広めてもらいなよ。ジムチャレンジじゃないけどボクも知り合いからそのまた知り合いに広めてもらったりしてたし」
「うぇ……? DJも動画配信、やってるの?」
ピーニャのアドバイスに、レモンは少し違う角度からの反応を示す。
「ライブ配信はないけど……
言いながらピーニャもスマホロトムを取り出してレモンにし自身の動画チャンネル画面を見せた。数本の動画が並んでおり、再生数はまちまちだがいずれも1000から2000を記録している。
「え、すごい。こんなに何本も……!?」
「大事なのは地道な活動の継続だよ。ジムリのナンジャモさんだって月に何本も動画出したり、定期的に生配信したりしてるでしょ……ま、そのほとんどが何万再生とかいくのは本当にごく一部の人だけだけど」
「むー……活動の継続と言われても、あくまでジムチャレンジだからなー。アタシとしては一本決め打ちで出して、宝探しに集中したいんだけど……」
「となると、もう片っ端から知り合いに広めていくしかないね」
「んー、でも今の動画じゃ無理そうだし、広めるための動画をきちんと一本新しく作るとして、なにをすべきか……」
「やりたいことってあるの? それか得意なこととか」
「やっぱり……ラップかな」
「……へぇ」
それを聞いたレモンの目を見るピーニャの目がほんの少し鋭くなり、瞳の光が増す。
「ラップが好きなんだ……?」
「うん。アタシ、ライムさんのファンなんだ! 半年前に
「それ、ボクも見てたよ」
「ホント!? DJも好きなの?」
「うん……曲作り始めたのだってライムさんに憧れてだし」
「OH、敵として相対し、思わぬ同志……」
「……あく組は解散させられたけど、ボクは別に恨んでないよ。それに、組がなくなって、アノクサみたいにパルデア中を漂いながら考えているうちに……キミにある意味での期待を抱きはじめたからね」
「スター団を解散させることに? なんでDJが?」
不本意そうに一度咳こんでみせてから、それでもピーニャは明朗に話しだした。
「形はどうであれスター団に大きな動きが起きたわけだからね。マジボスがなにか反応を示すかもしれない……おそらく他の組のボスにも同じ考えを持ったやつがいるんじゃないかな。だからといってキミたちにやられることを待っていたりはしないだろうけども。……それに、マジボス本人は団を解散させたがってたからね」
「えっ、そうなの? どういうこと?」
「スター団は……団の存在意義をすでに果たしているからね。それはとても不本意な形でだけど……。最後に話したときも、マジボスはボクらに解散を促した」
「じゃあなんで……しなかったのさ」
「そのあとでマジボスと連絡が取れなくなっちゃったからさ。アカデミーといろいろあってスター団は停学処分を受けたけど……マジボスが消えたのと同時にそれが解かれたんだ。それってつまり、マジボスが責任を取ったってことだろ? どう取ったのかは知らないけど、残されたスター団全員、なんのお咎めもナシさ。団を解散すれば晴れて復学の身……でも」
「……団を残したかった?」
「もちろんそれもあるけど、なによりマジボス置いてけぼりでアカデミーに残るなんて、スター団的にナンセンス、仁義に欠ける、ってやつ。例えマジボスがそれを望んでいてもね。それは他のボスもほとんどの団員も同じ気持ちだった。……マジボスに限らず、ボクら組のボスは団員には復学してほしいと思ってはいたから、退団して復学を選んだ子たちには止めたりせず戻ってもらった。その子たちだってそれぞれ道があるし、なにより退団を選んでもマジボスのことは気がかりだったみたいだし……抜けても残っても、マジボスはスター団のみんなから慕われていた。結局、残りのスター団は『マジボスの帰還』を目的に
「それはそう! だけど……そっか。なんかフクザツだね……」
レモンは主導ではないとはいえ自分のとった行動に、変えようがないのをわかってはいてもわずかな躊躇を感じた。
「はぁ~……おセンチになるのは構わないけど、勝てなきゃキミはそこで終わるだけだよ。居場所を追われ始めて、スター団は今まで以上に結束を深め、強くなっている。理由も立場もいろいろあるけどバトルはいつだって全力……そうなんじゃない?」
ため息をついてからそう言ったピーニャはサムズアップを差し出し、薄く笑った。諭されたようにレモンはハッとした顔に一瞬なり、それから自分も突き出した拳の親指を突き上げそれに応えた。
「……じゃ、団のみんなと全力でぶつかってもらうためにも、ジムチャレンジをさっさとクリアしてもらわなきゃだね」
「さりとて、どんな動画を作ればいいか……」
「それはもう決まってるでしょ?」
「んぇ?」
「ラップ……いいじゃん。やりたいことやりなよ。どんな腕前か知らないけど……こういうのはまず、自分がやりたいことをやらなきゃ」
赤くなりつつある空を見上げてピーニャが言った。
「それに……ラップ動画なら、ひとつ餞別を贈れるしね」
顔を下ろし、再びレモンを見てピーニャはニヒルに笑って持っていたノートPCを開いた。
*
ピーニャから借りたイヤホンを外したレモンは自分が聴かせられたものについてシンプルに彼に尋ねた。
「これは……『POKÉDANCE』の
「そ。『POKÉDANCE ~あくじリミックス~』ってとこ。ボクが作ったアレンジバージョンさ」
答えたピーニャはその自作のアレンジの出来栄えの良さには彼女も同意であろう如く、レモンに得意気な顔を隠さなかった。
「アタシに聴かせたってことはさぁ……」
「そうだよ。コイツで
熱を込めてピーニャはレモンに提案した。その思ってもない渡りにラプラスの機会に、乗らないわけがないにしてもレモンは確認の意思も含めて、現時点での自分の頭が思い描く様式に則した社交辞令的態度で尋ね返しながら、それは同時に彼女の本心からの彼の作品への評価でもあった。
「いいの? キミの自信作でしょ? めっちゃ良いし、アタシからしてみれば、
「いいんだ。自分で作っといてなんだけど、ボクがやるならもっとチルな曲調でやりたいって思い直したりしたし、だったら曲だけ投稿しとけばいいかなって思ったけど……ちょうどいい機会だしさ。餞別って言ったろ? ソイツを使ってバズな動画作って、
ピーニャは頭を下げて少しだけ悲しそうにレモンから視線を外すと、再び向き直って続けた。
「売られたケンカは買うのがスター団のボスの掟……その掟が行き着く先を、ボクや他のボスたちに見せてくれよ」
その言葉は、レモンに大きな感情と使命を背負わせ、また背負わなければならないことを気づかせた。
「……わかった。それなら、スター団に本気でカチコむのが、アタシの掟!」
気を通い合わせたふたりは握った拳を軽くぶつけ合った。カシオペアから依頼され受けた作戦への遂行心やネルケの思惑……それらとは別に、スター団打倒へ向けての複雑な強い使命感がレモンに芽生えた瞬間だった。