ポケットモンスター バイオレット a.k.a Lemonade Tornado!! 作:ストレンジ.
グレープアカデミー校内へと入ってすぐにレモンは驚きでため息を漏らしそうになる。
エントランスには2階3階に至るまで書物のひしめく本棚の数々が登校者を迎えるような圧巻の光景で、レモンはエントランスの職員を手伝うあひるポケモンのコダックにも目がいかないほどだった。
「すごいでしょ? ここの受付で登録すれば授業を受けられるし、校内のいろんな施設にも繋がってるんだ! でもこんなに広いんだけど、エントランスでのポケモン勝負は校則で禁止なんだ……」
辺りを眺め続けながら話を聞いていると、ネモ以外の聞き覚えのある声も聞こえてきた。
「レモンさん、初めての登校はいかがでしたか?」
視線を声の主に向けるとクラベル校長がふたりの元へ近づいてきていた。
「校長先生。大変だったけど、楽しかったです!」
「ほう。やはり最後の階段はなかなか骨が折れるでしょうね」
階段以外にも、それどころか階段よりも大変で危険を伴う出来事もあったわけだが、話が大きく込み入りそうなのでレモンはそれ以上のことを特には言わなかった。
「ネモさんもご案内ありがとうございます」
「いえ全然! 友だちだから当然ですよ! あ、先生! そういえばスター団の生徒たちを見ました」
「なんですって……どちらでですか!?」
ネモのその報告に校長は大きな驚きを見せ、詳細を尋ねた。
「校門の階段下で、イーブイバッグの女の子がスター団にからまれてたんですけど、ポケモン勝負でレモンが追っ払いました! わたしが見届けました」
「なんとそれは……! なんということでしょう。レモンさん、人助けはいいことですが入学早々ワイルドはほどほどに……ネモさんも、そういうときは私たち教師陣を呼んでくださいね」
「……ですね。公正に決着をつけるのを確認しようと、勝負に釘付けになっちゃってました」
焦る校長に注意されるふたり。スター団とはそんなにも危険な存在なのだろうか。ここへ来たばかりのレモンにはまだわかるはずもなかった。
「イーブイのバッグ……ボタンさんでしょうか。学校にいらしてくれてなにより。一応、ネモさんはスター団のことを担任のジニア先生にも報告してください。では……そろそろ始業時間です。おふたりとも教室へ」
「はい! レモン、行こっか。1-Aの教室はこっちだよ」
校長と別れ、レモンはネモに連れられ教室へと向かう。移動中に彼女からいっしょのクラスだということを教えられ、改めて「よろしく」とあいさつを交わし合った。
*
「ジニア先生! おはようございます!」
廊下の前でほんの少し緊張して待つレモンをよそに朝のショートホームルームが始まったようで、生徒たちのあいさつが聞こえてきた。
「はあい、みなさんおはようございまあす」
間延びした、先生と思われる男性の声が聞こえ、話が続く。
「今日は大ニュースがあります……ちょっと遅れちゃってたけど、このクラスに新しいお友だちが増えまあす」
先生の言葉を受けてにわかに教室内がざわめくのを感じながら、レモンは待った。
「それじゃあ……どうぞ入ってきてくださあい」
いざゆかん! レモンは胸を張りながら扉に手をかけた。
落ち着いた様子で扉を開け、教壇に立つ先生の隣まで淀みのない足どりでたどり着き、生徒たちの視線を一身に受ける。
「自己紹介、できるかなあ?」
白衣をラフに着こなした、六角形の厚めの眼鏡をかけた担任教師、ジニア先生の柔和な顔に微笑で一瞥してからレモンは一歩前に出ると、スマホロトムを出した。スマホロトムはレモンの頭上を穏やかに浮遊しながら、スピーカーからBGMを鳴らし始め、レモンは片足でリズムをとる。
「壇上に参上、聞いてね男女! メイド・イン・クチバの紹介状!
アカデミーの名前はグレープでも 微笑み立つアタシの名はレモン!
威風堂々目指すはポケモン道!
BGMを止め、自己紹介ラップをフロウし終え堂々と立つレモンに教室のざわめきが漂う。
「みなさんレモンさんに興味津々ですねえ。ちょっぴり質問コーナー、いってみましょうかあ」
まったりとしたジニア先生の進行とは逆に、生徒たちは手を上げては次々と質問を投げかけていった。
「はいっ! ポケモンの好きなところはどこですか?」
「ひたすらにかわいいところ!」
「何歳?」
「13歳!」
「好きな色は?」
「ピンク!」
「好きなタイプは?」
「とりあえず今のところは『みず』!」
「はーい!」
次に元気よく手を上げていたのはネモだった。
「レモン……さんは、ここで勉強していって、将来なにを目指したいですか?」
彼女の質問にレモンは少し頭を悩ませた。目指すもの……。ポケモンを育てて強くする、信頼を深める、そういった想いはあるものの、例えばジムリーダーやブリーダーになりたいかと考えてみればそういう気持ちがあるわけではなかった。
「目指すもの……わからないけど、とにかく今はポケモンと仲良くなりたいって感じ……です!」
「そっか! ポケモンが好きなのは伝わってきたよ! わからないなら、それはそれで可能性は無限大だね!」
納得してくれた様子でネモは微笑みうなずいた。そのやりとりを区切りとしてジニア先生は質問の時間を切り上げるとレモンへ座席を教える。
「みなさん、これから仲良く勉強していきましょうねえ」
「はーい!」
席についたレモンも含めて生徒たちが元気よく返事をしてSHRの時間が終わった。
*
朝の目まぐるしい時間とうって変わって学園生活初日は穏やかなものとなり、授業を終えて放課後、レモンはジニア先生から案内を頼まれたネモに連れられ、これから暮らす学生寮の自分の部屋へ通された。
「んジャカパーン! これがレモンが暮らす部屋でーすっ! まあ寮だから他の部屋とそんなには変わらないけどねー。ゆっくり休んで、また明日もがんばろ!」
ひととおり部屋を案内し終えるとネモはレモンを慮ってそそくさと去っていった。確かに疲れていないわけではなかったが、ゆっくりと自分の時間を過ごす前にレモンにはまだやることがあった。買い出しである。
*
学校を出て夕景のテーブルシティのなかを散策を兼ねて目的地まで遠回りして歩く。レモンの顔の前をふわふわ漂うスマホロトムからは、にこやかな様子が伝わるママの声が聞こえてくる。
『ネモちゃんと同じクラスなのはよかったわね。で、今はもう授業も終わってまったりタイムな感じ?』
「ううん、その前に買い出し……の道すがら中」
『あら、道具はいろいろ渡したと思うけど、もう足りなくなっちゃったの?』
「違うよ、晩ごはんの買い出し。レストランはいっぱいあるけど、やっぱり少しは自分で作ってみなきゃって」
『いいわね! 自炊した方が食費も抑えられるから、そのぶん道具にお金をかけたりできるしね』
「そうだね。お金は浮かせたい。美容院しょっちゅう行くからね……」
『その髪型じゃあそうね。お化粧とかもね』
「そっちはぼちぼち……まだ難しいねぇ」
『何度もトライして覚えていくものよ。そういう意味じゃトレーナーの修行と変わらないわよ!』
「そ、そうかなぁ? ん、あれ、他に着信……?」
『お友だちかしら? じゃあこの辺で切るわね。お勉強も、自炊も頑張ってね!』
「ありがと。バイバイ!」
レモンがママとの通話を終え、途中に着信があった番号を確認しようとすると、スマホロトムはひとりでにふたたび通話中の状態になり、聞き覚えのない声が聞こえてきた。
『……レモン、だな?』
聞き覚えのないのは当然で、通話相手の声は明らかにそれとわかるような、なんらかの方法で加工が施された、人間による発声としては不自然さを隠そうともしない声色をしていた。
『この通話はあなたのスマホをハッキングしておこなっている』
「は、ハッキング……?」
通話者の突然の言葉にレモンは面食らい足を止めると、相手の姿が映るはずもないスマホの画面を凝視した。
「どちらさま……?」
『わたしの名は、『カシオペア』……あなたのことは知っている。高い素質を持つポケモントレーナーだ』
そう言われて悪い気はしないものの状況が状況ゆえに警戒心を研ぎ澄ましながらレモンは慎重に通話する。
「なんでアタシのスマホにハッキングを……?」
『レモン……あなたは、スター団を知っているな?』
「え、うん……知っているといえば知っている、かな?」
カシオペアを名乗る通話の主はレモンが今朝スター団と関わり合いになったことを知っているようだった。
『スター団とは、アカデミーに通う生徒たちが作った……いわゆる不良グループ。彼らはアカデミーの風紀を乱し、周囲に迷惑をかけている。そんな彼らをわたしは放っておくことはできない……』
「やっぱりスター団ってそういう集まりなんだ……」
『そうだ。あなたも入学早々、厄介な目にあったろう』
「あそこにいたの!?」
『……遠くから見ていた。したっぱとはいえスター団を見事に撃退していたな。あなたのその力を借りたい』
カシオペアはレモンにそう告げると、少し間を置いてから話の本題を語り始めた。
『わたしはスター団を解散させ、星クズに変える作戦……“スターダスト大作戦”を考えている。この計画には同志が必要……。平和と秩序ある学校生活のためにも、あなたに手を貸してほしい』
「手を貸すって……なにをどうするのさ?」
『あなたが今朝行ったこと……ポケモンバトルだ。それでスター団を崩壊させる……詳しいことはまた後日。それまでに返事を決めておいてくれ。今日のところはこれで』
そこまで一方的に話すとカシオペアは通話を終了させた。夕陽に染まる街並みのなか、レモンは棒立ちで唸った。
「パルデアの日々、なんて機微……。スター団ってそんな危ないのかな。生徒会とか先生に相談すればいいのに……いや、したのかな。それともできない理由があるとか……?」
「レモンさん」
あれこれ考えるレモンの背中に、早くも馴染みのある声がかかった。
「あれ、校長先生!?」
「こんばんは……校内でもですが、往来でもスマホの通話はもう少し小さな声でしましょうね」
振り返るとクラベル校長が立っていた。どうやらレモンは自分でも気づかないうちに話し声が大きくなっていたようだった。いきなりハッキングなどされれば興奮で声が大きくなるのは無理もないことだろうが。
「あっ、はい……すいません」
「お友だちからでしょうか? 話し声から個人情報が漏れてしまうこともありますから注意しましょう。……今の若者は気をつけることが多くて大変ですね」
話す前から何者かから個人情報掴まれてハッキングされたんですけどね……。レモンはそう言いたくなるのを抑えてなにくわぬ顔をした。謎が多い現状、カシオペアや通話の内容はアカデミーの他の人間には今はとりあえず隠しておくことにした。
「校長先生、ここでなにしてたんですか?」
「これからの学校行事などで必要になりそうなものを見て回って探してたのですよ。備品や……道具などを。レモンさんはお散歩ですか」
「散歩と買い物です。自炊にチャレンジします!」
「ほう、よい心がけですね。これからの生活を考えれば自炊は大いに役立ちますからね……では、これで。また明日から頑張ってください」
「はい! さようなら!」
短い会話をして校長と別れると、レモンは自炊のための食材を求めてスーパーに向かった。
*
会計を終えて袋に食材を詰め、出口を通ろうとしたところで見知った顔がレモンの足を止めた。
「あ……!」
「お……?」
ほぼ同時に向こうもレモンに気づく。両手にそれぞれ持った買い物袋に様々な食材が詰まってはいるものの、重そうといった様子もなさげに少年がレモンの顔を見ていた。
「ペッ……パー?」
「惜しい、ペパーだ。オマエは名乗らなくていいぜ、レモン……だろ?」
「イエス! 覚えててくれてたんだ」
「生徒会長とつるんでるだろ? それにスター団とケンカしたって噂もあるんだよ。実際どうかは知らねえけど、オマエ、入学して早々かなりの有名人ちゃんだぜ」
ペパーは目線を外に向けてレモンに歩くよう促した。スーパーを出て、アカデミーへ戻りながら話の続きをする。
「スター団をブッ飛ばしたのはホントなのか? 危険なヤツらなんだろ。あんま知らねーけど」
「ブッ飛ばしたって、ポケモンバトルでだよ? アイツら、女の子を強引に勧誘してたから」
「かばったのか。ほお~、大したやつだぜ……なるほどな、生徒会長とダチで、スター団も追っ払えるレベルのトレーナーってわけだ」
ペパーは意味深そうに少しばかり声をひそめてそう言ったあと、なにかを決めたようにレモンの目を見た。
「その強さ……オレの野望の実現のために貸してもらえねーか!?」
「やぼう……野望?」
突然の提案にレモンはオウムがえしのようにペパーの言葉を訝しげにつぶやいた。
「おうよ……意外かもしれねーけどオレ、ピクニックが好きで、料理すんのも得意なわけよ」
そう言われてレモンは朝、灯台で彼と出会ったときに背負っていた大きなリュックを思い出した。それに今両手に持っている大量の食材……なるほど確かにそんな感じではあるかもしれないと勝手に納得した。
「で、今はポケモンを元気にする健康料理を研究してんだけど、食べればたちまち元気になる『秘伝スパイス』っていう食材があるって、この前読んだ本に載ってたんだ!」
ペパーは嬉しそうに語り、買い物袋が時おり大きく揺れる。沈みつつある西日が彼の大きな影をタイル地の路面に淡く映し出し、周囲からはどこからともなく鳥ポケモンの鳴き声が響いてくるがそれがどんなポケモンかはレモンはまだわからなかった。
「秘伝スパイスは全部で5種類あるらしい。その粉末をペロっと舐めるだけで滋養強壮、血行促進、老化防止に免疫アップ……とにかくすげー食材らしい!」
「確かに……ホントにあるならすごいものだと思うけど」
レモンがそこまで言うと、すかさずペパーは反応してパッチリと左目を光らせて言った。
「あるぜっ! ……いろんなもん放り出して、本に書かれたこと信じて行動してるやつが実際いるくらいだからな。本当じゃなきゃ、とんだ……」
ペパーはそこまで言うと急に力が抜けたように足を止めてうなだれながらため息といっしょに続きの言葉を吐いた。
「とんだ……困ったちゃん、だぜ……」
そう言い終えると思い出したように姿勢を正してふたたび歩き始める。
「……とにかく、秘伝スパイス。これはパルデアにしかないガチで珍しいもんで、しかも本によると『ヌシポケモン』ってのがスパイスを守ってるらしいんだよ」
「ぬし?」
「ああ、ヌシっていうくらいだからおそらくつえーだろ? 自分ひとりで採れればいいけど、オレ、ポケモン勝負は苦手でさ。つって誰かと組むにしてもポケモンが強いダチのあてもねえし、強いからって生徒会長に頼むのも……うぜえし。そこでだ」
そこまで言ってからペパーは語気を強めてさらに続けていく。
「ぜひともオマエの力を貸してほしい! スパイスが採れたらオマエにも分けるし、可能なことならなにかオレも手伝うからさ!」
「んー……そもそもアタシで大丈夫なのかな。アタシ、今日からポケモントレーナーになったんだよ?」
「マジ!? いや……でも、それならなおさら逸材ちゃんじゃねえか、スター団に勝ってんだし……。それに今すぐとは言わねえよ。入学したばっかでバタバタするだろうしな。それにもう少しすれば“宝探し”が始まるし。急いでないわけではねえけど、そのときくらいから協力してもらえりゃ助かる。つーか“宝探し”でスパイスを見つけりゃ旅の目的にもなるし、ちょうどいいんじゃねーか?」
軒を連ねる様々な店舗の電灯がその光を増す薄暗がりのなか、アカデミーのあの長い階段をまた上らなければいけないことが頭をよぎり、少し渋い気分になったレモンに、そのキーワードが引っかかった。
「宝探しって?」
「え、知らねえのか!? 入学したばっかっていったって、資料に載ってただろ」
「なんか渡し忘れてたって今朝校長先生からもらったから……」
「そんなことあるんか……入学の時期から少しズレてるからか? とにかく、宝探しっていうのは、生徒ひとりひとりでやる課外授業みたいなもんだ。パルデア中を自由に旅して、いろいろ学んで、なにか目的を達成させたりするのさ」
「なにかってなにさ?」
「目的も生徒ひとりひとりが自由に決めていいんだ。ま、だいたいはポケモン育てて強くしてジムリーダーに勝ってバッジを集めるとか、いろんなポケモンを捕まえて図鑑を完成させるとかだな……ったく、なんでこんな階段の上に建てたんだ?」
宝探しについての説明の途中で例の地獄の階段にさしかかり、ペパーは悪態をついた。買い物袋を持つ手に力を入れ直してふたりはゆっくりと上っていく。
「あのドラゴンつえー生徒会長サマは、前回の宝探しでチャンピオンになったんだと。オマエもチャンピオン目指すクチか? だとすりゃスパイス探しはもってこいだぜ。ヌシポケモンと戦えば経験値どっさりんこちゃんだ。ポケモン鍛えるにはいい修行になるぜ!」
「うーん……」
「さっきも言ったとおり、できることならなんでも手伝うからよ!」
「ほう……言ったね?」
ここでレモンはなにかを思いつき、念を押すようにペパーをじっと見た。
「お? おうよ……できることならな?」
「あるよ。さっそくやってもらおうじゃないか……」
「えっ?」
一瞬固まるペパーの隣で楽しげにレモンが微笑んだ。地獄の階段を上り終え、それぞれの思惑と困惑を胸に抱き少し荒い呼吸でふたりはアカデミーに戻っていく。