ー 一六年前、妖魔界ビャクロウの国 ー
燃え盛る白銀の世界、紅き炎で漆黒の夜空は照らされる。照明代わりの炎が照らす大地は赤い雪に覆われていた。冬の凍てつくほど冷たく鋭く肌に痛さすら感じさせる風は炎を過ぎ生温かい風に変わる。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
「討ち入り……ですか……?」
大きな門構えの館を囲う様に斬り合う各軍の兵士達。しかし館の内の守りは固く、外の敵の侵入を許していない。ただ一人を除いては。
「違う……」
「じゃあ何故あなたはこの場に……?」
館の内にも兵士はいるので無論一人相手なら複数人で力を合わせれば取り押さえて殺す事が出来る。しかし今回は例外だった。その一人は今回の討ち入りの目的である男に覆う様に馬乗りになり刃を喉元に突き立てている。
「……」
「似合わないものだ。貴女に刃は」
外で合戦が繰り広げられているというのに館の中はまるで別世界の様な空気が漂う。男は色白で身長が高く白を基調とした中世の西洋を彷彿とさせる軽装をしており、美しい銀の長髪に氷の様な冷たくも青い瞳で今刃を向けている女を一点に見つめるがその眼は光が消えかかっている。対する女は黒い長髪で背は男よりも低いがスラリとした綺麗な肌で黒い道着を着ている。黄色く強く輝く瞳で彼に刃を突き立てているがその腕は震えている。白く鋭い歯をギリギリと軋ませると白い息が少し口から漏れる。
「黒き狼は禍いの象徴……」
「白き狼は神の使い……」
女の言葉に男は即座に返す。
「全て終わらせるのか……?」
「……分からない。ただ私が尽力した全てはこんな結果に終わった。見えますか?貴女の後ろに広がる光景が……答えだ」
後にこの事件は当国、ビャクロウの国の重大事件の一つとして語られる事となる。事の内容は前述の通りで、襲撃されたのはビャクロウの中でも力を持つ貴族の白夜狼(びゃくやろう)の一族当主ヒュウガへの討ち入り未遂事件。この事件の主謀者はヒュウガの妻、ヴァレリアンの親友にしてヒュウガに直々に腕を買われた女。本名は伏せられている為、白夜狼の幹部の一部しか知らないが彼女の通り名はビャクロウだけでなく近隣の小国は勿論、敵対する国々にも名が轟き恐怖の象徴の一つとして恐れられている。
そんな彼女の通り名からこの事件はこう呼ばれる事になる。
災華の乱と。
一話「漆黒の鉤爪」
ー 一六年後、地球ヒノモトの国 ー
春の暖かい風が教室の窓から中へ入る。その風に撫でられる心地良さすら感じない程に呆ける一人の少女が自分の席で座っている。
「……」
「リムさん」
不意に後ろから声をかけられてやっと意識が自分の所へ返ってくる少女リム。その驚いたサマに思わず笑う女教師。
「レ、レイ先生か……びっくりした…!」
「どうしたの?ボーッとして」
「うん……なんて言うか……すみません何もないです」
「え?」
「ただちょっとボーッとしてて……」
「ほんとにそれだけ?」
「はい……」
「そっか。それとリムさん、今日日直だから日誌と鍵もよろしくね」
「はーい」
「あぁそうだ。恋愛ならちょっと力になってあげられるかもよ?」
「そ、そんなんじゃないですってほんとに!」
レイが笑顔でリムを茶化すとそそくさに教室を後にする。彼女は教師になって二、三年とまだ若く高校生のリム達とは歳も近いので偶にこういう態度をとる事がある。ただリムはそんなレイの接し方が少し嬉しかった。少し一息吐くと日誌を書き出して、職員室へ向かう。
ーーーー
「はい、ご苦労様。早く帰るのよ?後さっきみたいにボーッとして歩かない事、交通事故も怖いけど知らず知らずに人気のない所に行っちゃわないようにね?」
「はーい!」
「ちゃんと聞いてる?ホームルームでも言ったけど最近物騒な事件が多いから特に気をつけてね」
大きな返事と共にリムは職員室を出ていく、その背中を見つめて少しため息を吐き日誌を確認するレイ。
「相変わらず元気だけはピカイチですね」
レイの丁度後ろの本棚を整理していた三年の担当教師が苦笑いしながら呟く。
「元気だけじゃなくてあの子は絵とかも上手いですよ?ほらこのクマとか」
「へ、へぇ……可愛い」
「まぁ、明るいのは良い事です。クラスの子とも分け隔てなく話したり裏表のない子なんですよね」
「なるほど……そういえば三年にもそういう子いますよ。こっちは男ですけど」
「そうなんですか?ちょっと気になるかも」
「名前は確か……」
ーーーー
学校を出たリムが帰る前に必ず寄る所が二つある。それは学校から家までの帰り道の間にあるゲームセンターでほぼ毎日そこで一時間ほど過ごしている。特別目を惹くものもなければゲーム台も景品も頻繁に変わるわけではない。それでもなぜかリムはその場所に行っている。特に理由もなくその場所が好きでどこか歩きながら自分の世界に入り浸る事が出来るのがここなのかもしれない。それから一時間程経つとそろそろと言った様にゲームセンターを出て帰り始める。
「ラッキー」
UFOキャッチャーで偶然今日入荷だったらしいクマのキーホルダーを手に入れてご満悦のリムだったが、
ドン!
リムの肩に中年の小太りの男の肩がぶつかる。
「きゃっ……!ご、ごめんなさい!ちょっと前見られてくて……」
「……」
「あ、あの……?」
「……」
男は何かブツブツとぼやきながらリムに見向きもせずにその場をそそくさに去るようにして歩いて行った。
「……な、何あれ……コワっ」
リムは思わず身震いしてすぐに歩き出した。先程の男は少し経って振り返り、辺りを嗅ぐとリムが歩いて行った方を見て下卑た笑みを浮かべる。
「あの女……ウマそう……」
視線を感じたリムの呼吸は次第に荒れ始める。
(何これ……?変な感じ…)
急に降りかかる悪寒を感じながら次第にリムの歩く足は早歩き、小走り、走りに変わり、乱れた呼吸で自分の家へ向かって一心不乱に駆ける。
「随分と危機察知能力とやらが高いじゃないか。驚いたぞ?」
「えっ……」
「尤も、わしにとってはこんな上玉の獲物は滅多にないものでな。ついついこの妖気を隠しきれなかっただけかも知れんがな、ぐふふふふ……」
辺りがモヤに包まれ、リムが声をする方に身体を向けるとやはりいた。さっきぶつかった中年の男だ。しかしさっきよりも様子がおかしい。
「妖気……?」
「そう、妖気じゃ。この恐怖をこの姿を見る前に感じられたとは……もう既に我々の存在は人間にとっては忘れられたものだと思っておったが幸いこの世界の誰かは覚えておるみたいじゃ……お前のようなヤツが……。そしてまたこの恐怖を今生きている人間どもに…知恵を与えよう。ワシら妖魔の、人間は蹂躙されるしかないと自覚するほどの恐怖という名の知恵をな」
男はそう告げると肋骨の辺りが大きく膨らみ始め、やがて彼の全てを覆う大きさになり少しして中から大きな亀の頭が飛び出してきた。
「ケケケ…ハァァアアアッ……………」
三メートルを超える巨大な亀の怪物に成り果てた男は少し笑うと紫がかった白の息を吐く。
「うっ…何これ……⁉︎」
「これでいい。ワシの瘴気から放たれる結界、簡単なつくりだが人間に可視化されることはない。これでもう助けは来んぞ?」
「妖気に妖魔に結界……それにあなたの姿……」
亀の怪物は甲羅の中から首を出してリムの眼前に顔をやる。普通の亀では想像もできないくらいに長い首だ。
「ふっ、それを知る必要はない。カァアァァァァ……」
(い、いやだ……)
「イタダキマス……」
亀の妖魔は口を開いてリムを大きな腕で掴んで呑み込もうとする。
「誰か……誰か助けてぇ!!!」
リムの叫び声に応えるかの様に亀の妖魔の身体に衝撃が走り、リムを掴んでいた手を思わず離した後に倒れる。
(え、お、落ちるっ……!)
その瞬間だけスローモーションの様に、ゆっくりと彼女は自分が落ちていく事を自覚しながら特に何かできるわけでもなく重力のまま真っ逆様に落ちる。しかし、誰かが彼女を受け止めスローモーションの世界は終わる。
「あ……ありがとうございます……?」
「ん、おう、気にすんな!」
こちらへ顔を向けリムへ笑顔で応える。再びリムはスローモーションに陥ったのかと思うくらいにその青年の笑顔は眩しかった。
黒い癖のある長髪にまつ毛が長く凛とした目付きに真っ直ぐな黄金の瞳。そしてそのすべての所作がリムをときめかせている。
「立てるか?」
「は、はい……」
リムは顔を赤くして応える。
「良かった、間に合った!」
「あなたは……?」
「俺?俺はウルフ!ああいう悪い奴を退治するために今日から戦う事になった」
「へぇ……って今日から⁉︎だ、大丈夫なんですか?」
「安心しろ、俺はこう見えて……」
「よそ見するな小僧!」
亀の妖魔は起き上がって背後から青年、ウルフへ襲いかかる。
「危ねっ」
ウルフはもう一度リムを抱き抱えると持ち上げている事を感じさせないくらい軽い動きで相手の攻撃をひょいと躱して間合いを空ける。
「俺はこう見えて修行してきたんだよ。ちょっとやそっとじゃ負けねぇ」
「このガキ……特派員か⁉︎」
「ん?何よく分かんねぇこと言ってやがる」
「違うのか……ふふっ」
亀の妖魔はもう一度向かってくる。
「えっと……名前は?」
「わ、私はリムっていいます!」
「そっか。リム、下がっててくれ」
「はい」
「よし、ふーーっ……」
深呼吸してパンと頬を叩き、よしと一言気合いを入れてから走り始めるウルフ。
「行くぞカメ!」
「グガアッッ!!」
両者組み合う。しかし力はウルフの方に軍配が上がり、亀の妖魔を押し出し始める。不利を察した亀の妖魔はその長い首でウルフに噛みつこうとするがそれを躱される。
「ちぃっ!」
「今度はこっちから行くぜ‼︎」
ゴツッ!と鈍い音頭突きして怯んだ亀の妖魔を組んだ状態から持ち上げて地面へ叩きつける。
「グブゥッ……!」
「それっ!」
その場から飛んで腹部へ追撃のニードロップを喰らわせる。
「がはっ!」
「もういっちょ!」
起き上がる亀の妖魔にもう一撃喰らわせようとするがウルフはそこで違和感を覚える。
「っ!」
「ウルフとか言ったか……中々やってくれる……だがそれもここまで」
亀の妖魔はそう呟くと再び瘴気を体から噴き出させる。
「ワシもこう見えて幾人の魂を吸って生きて来た。見たところ貴様も妖魔だろう?かなり強い妖気を感じる……。知っているか?人間の中にある生気は我々に多大な力の増幅を望める。どうだ?チャンスをやる、お前は今も強いがそれ以上の力が見込める。元々妖魔は人間よりも強い、弱者は強者を喰らうのは世の理、人間だって同じ事をしている。食物連鎖のサイクルが少し変わるだけだ。それにお前もそんな人間を守らずに己の力を誇示する為に生きた方が楽しいぞ?」
「うるせぇよジジィ!俺はそんなもんの為にこの道を選んだんじゃねぇ!」
ウルフは飛び上がり、敵目がけてその拳を振りかざす。
「キレイゴトを……グガアッ!」
亀の妖魔はさっきよりも一回りも二回りも筋肉が増幅し、加えて素早い動きでウルフを掴んで地面に叩きつける。叩きつけられたウルフはその口から鮮血を吹き出す。地面についた返り血を見て亀の妖魔は下卑た笑みを浮かべ、ウルフの首を掴んで持ち上げる。
「ぐ……!」
「この力を見ろ小僧!この力を誇示しない方がバチが当たるというものだ。最後だ。この力を見てもまだ下等な人間どもの為に戦うと?」
「うぐ……ぐっ…」
「?」
「力ってのは……楽して手に入れた力であればあるほど……力の寸法を測れないってのはし、師匠の言った通りだ!」
「なっ……⁉︎」
ウルフは自分を絞めていた亀の妖魔の手を掴むとその握力でどんどん引き剥がしていく。
「くぅ……この!」
「生憎俺は俺の力に目をかけてやるので手一杯なんだ!だからそんなもんは……いらねぇよ!」
バキバキバキバキッ!
「ぐぎゃあぁぁあっ!!」
亀の妖魔は掴んでいた指を引き剥がされ粉々に砕かれる。
「俺はそんな他人から全部奪うような外道を倒す為に今日ここに立ってんだ!」
ウルフの全身から亀の妖魔を呑み込む勢いの妖気が溢れ、彼の頭部から狼の耳が生えてくる。
「えっ⁉︎」
リムは驚いて声が出ないがその変身の様子だけは事細かに目に焼きついていた。
体毛が濃くなり、牙が生え、鋭い爪と尻尾が生え、悪を焼きつく炎の様な瞳で相手を睨みつける。
「き、貴様っ……その姿は!」
「刹裂・一文字!」
ウルフの一声で亀の妖魔は瞬きせずとも彼の動きを捉えることはできずにその身体に横一線の一撃を入れられる。次にウルフが止まった時に彼の姿を捕捉した時には、もう亀の妖魔が付けられた一線の傷からは大量の血が噴き出していた。彼の断末魔と共に吸われていた生気と思わしき輝く煙は空へと放たれやがてそれが視認できなくなるといつの間にか辺りに充満していた瘴気は一片残さず消え失せていた。
「ガゥ……」
「ウ、ウルフ……さん?」
瘴気が晴れ、夕暮れのオレンジ色の空はすっかり暗い夜の紺色の空へと変わっていた。
そしてリムの目の前に立つのはウルフが変身した光を呑み込むほどの漆黒の毛並みをした狼だった。ウルフはただ何も言わずにリムを見つめる。
不意にリムは読んだ本の中でこんな言葉を思い出した。
黒い狼は禍いの象徴。
それでもその言葉をリムは疑う事しかできなかった。さっきまで言っていたウルフの言葉に嘘偽りは感じられなかったからだ。
闇が強くなる夜の住宅街に二人だけポツンと取り残された様にほんの少し辺りは静寂のまま時間だけが過ぎていた。
ウルフが現れた事により、次第に錆び付いた刻が動き始めることになる。
ご購読ありがとうございます!
学生の頃友人の勧めで創作を始め、その中で一番好評だったシリーズモノです。
事の始まりはこの作品の話をした時にまた読みたいと声をかけてもらい、その中でもし書くなら新しく書き直した方がいいかな?みたいな話に進んだのと、どうせ書き直すなら色んな人に読んでもらいたいなと思った結果こうなりました(笑)
久しぶりに文章を書いたというのもありますがまだ感覚が掴めず分かりやすく書けてるのか不安になりながら何とか一話更新できました!
これからも投稿頻度は不定期で遅くなるかもしれませんが待ってて下さると幸いです!それでは。