ルフレ(女) in フォドラ   作:オノギ

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打算

―――

 

士官学校 中庭

 

 

 

「―――意外と早く終わっちゃったな。」

 

歩きながら、ん-っと伸びをするアネット。

 

 

先程まで自室で青獅子の学級で課されたレポートに取り組んでいたのだが、予習していた範囲がそのまま提示されたような内容だっただけに、いち早く終わってしまったので行くあてもなくブラブラと彷徨い歩いていたのだ。

 

しかも期限が差し迫っているものでもなかったため、他学級の生徒と比較しても随分と余裕が出来てしまった。

時間つぶしとして街で買い物でもしようかと考えたわけだが、かれこれ数分間、買いたいものが思いつかない。元来の真面目さが祟って、生活必需品は勿論のこと、先を見越して買っておいた方が良い物さえ充足していることに今更になって気付いた。

 

であれば親友であるメルセデス(メーチェ)と一緒に何かしようか。そういえば、購入してから一回も開けていないトランプもあることだし…

 

(あーでも。自分だけ課題が終わった今、誘っちゃ感じ悪いかな?)

 

仕方がない。次の範囲の予習かこれまでの復習に充てようか。あるいは訓練で凝り固まった身体を動かすというのも悪くない。

 

何だか年寄り臭いな、などと軽い自嘲していた矢先――

 

「ん?あれ...」

 

アネットはその光景に驚き余って声を発した。

 

視線の先に居たのはベンチに腰掛けた人物二人。

 

一人は同学級のアッシュ=デュラン。

制服越しにぶら下がったフードも最早見慣れたものである。比較的珍しい庶民であるが、壁を感じさせない穏やかな性格、整った中性的な顔立ちもあり、一部の女子の間で人気があるという彼。名が示す通りのアッシュカラーの頭髪もあって、クラスメイトという理由を抜きにしても目につきやすい。

 

…尤も、存在感として客観的に見る分には隣に座る人物―――ルフレには劣っているわけなのだが。

 

教師として当然の如く制服は着用しておらず、代わりに纏われた特徴的な意匠のあしらわれたローブ。エーデルガルトやリシテアを彷彿とさせる白銀の髪。黒い手袋に、常に持ち歩いている厚い書物と、見紛うことはない出で立ちの彼女には。

 

(どういう組み合わせ...?)

 

然るべくして浮上したその疑問。

別の学級の副担任である手前、接する機会は限られてくる。曲がりなりにも魔道を極めんと志す身として、当然ルフレに興味を抱いていたアネットでさえも会話を交わした回数は数えるほどなのだ。

 

況して弓を得意とするアッシュでは接点がまるで思いつかない。

 

(第一、何でルフレ先生が居るのっ!?)

 

金鹿の学級に充てられた課題は学外で行われる内容であり、既に士官学校を出ていると認識している。当然、副担任を務めるルフレも同伴するものと思っていたのだが一体どういうことなのだろうか。

 

アネットは先ほどまでのレポート以上に、集中して考えこむ。

(…うん。思いきって聞こう!)

 

だが、まるでわかりそうにないと早々に思考を切り上げると、アネットは足早に二人の下へ向かった。

 

 

「―――わかりました...行かせてください。」

「有難うございます....!

貴方は...アネットさん。」

 

ルフレは向かってくるアネットを視認すると、その名を口にした。

 

他学級の生徒であって未だに顔と名前が一致していない故の、確認するような慎ましい口ぶり。申し訳なさが滲み出ていたのか、気にしないで下さいと言ってくれるアネットを前に軽くお辞儀を返す。

 

「ルフレ先生はアッシュと何を?

何かお願いをしてたみたいですけど...」

 

出会いがしらの問いかけでありながら、どんどんと声のトーンが下がっていくアネット。

それもそのはず。ふとアッシュを見遣れば、どういうわけか暗い顔をしていたのだ。

 

もしかして聞いちゃいけない話でしたでしょうか、と後悔の色を滲ませる彼女にルフレは首を振る。

 

「別に問題ないですよ。

彼にはある課題への協力を仰いでいたのです。」

「課題…ですか。」

 

確かにそういう制度があることはアネットも知っていた。課題内容が自学級だけだと心許ないと教師が判断した際に利用するもの、と。

しかしながら実際の所そこまで過酷な課題が組まれることは無く、その都度、教員間で交わされる手続き諸々で手間がかかることもあって、ここ数年は利用されていないものと聞いている。

 

ただ、理由はどうあれアッシュに頼むこと自体が気になる。

無論彼の実力を軽んじる気持ちは無かったのだが、聊か以上に脈絡がないように思えた。そんな彼女の訝しむ思いに気づいたアッシュは、依然暗い面持ちのままポツリと呟くように告げた。

 

「…ガスパール領で問題が発生したみたいなんです。」

「えぇっ!?」

 

予想だにしなかった答えにアネットは驚愕した。

 

ガスパール領…

アッシュから詳しい話を聞いたことは無いが、彼を引き取った領主―――ロナート卿の治める領地だったはずだ。アッシュに限らず、其処に住まう領民にも慕われているという。そんな人物の領内で問題が発生したということは盗賊や魔物の襲来と云った、対外的な事件であろうか。いずれにせよアッシュの選定理由に合点がいったアネットは1人フンフンと頷く。

 

「...まあ課題とはいえ、学級に割り当てられたものではなく、私個人に課されたものであるため、アネットさんには念のため詳細は伏せさせて頂きますね。」

 

申し訳ありません、と謝るルフレを慌てて止めるアネット。

 

「全然大丈夫ですから!…あ、そういえば何で個人なんですか?そもそも今って金鹿の学級は課題で学校を出ているはずじゃあ...」

「私も一緒に行くと思ってたのですけどね...ただ今回の件がそれなりに急務だそうで。

本件はそれほど人数を要する内容ではないのですが、アッシュさんにも関係がある事柄ですので頼み込んだ次第です。」

 

それを受けたアネットはそうですか、と呟くと顎に手を添えた。

口内で反唱しているかのような仕草に疑問を浮かべる二人。

 

しばしの間を置いたのち、やがて勢いよく頭を上げアネットは口を開いた。

 

 

「ルフレ先生!その課題、あたしも協力させてもらえませんかっ?」

「「…え」」

 

 

アネットはここ最近になって気付いたことがあった―――自分がクラスメイトに左程興味を持っていない、ということ。ひいては自分勝手であることに。

 

親友であるメルセデスを初め、クラスの皆は気にかけてくれるが、かくいう自分自身はそれに応えられていない。フェリクスみたく冷たくあしらうことはないものの、興味の無い事柄に対しては素っ気ない態度で返している()がある。

 

彼女の事を“人当たりが悪い”と評す者はまず居ないだろうが、それでも彼女自身としては思うところがあった。

 

例えばルフレとベレスが士官学校に来た日。

ディミトリ(殿下)から訓練を誘われていたのだが単元の都合上、区切りが悪いと判断し、勉学を優先したいと断ってしまったのである。

今だってそうだ。事情も知らないまま割って入った挙句、クラスメイトであるアッシュの事を碌に知らず、適当な推論を頭の中で推し並べてしまっていた。

 

(こんな調子で大事な一年を過ごしちゃったら……()()()にも顔向けできないよね)

 

だからこそ切に願っていた。自分が変わることを。

元々時間が余っていたうえに、アッシュの様子からしても事が深刻であることは明白だ。もし自分が少しでも助けになるのであれば彼に協力したいと心より思う。そして、これを機に自分を変えるうえでも彼と仲を深めたい。

 

…このような事態でさえ自分の成長の糧にと、結局は自分の事しか考えていないのだろうとは自覚している。卑しい自分に嫌悪感すら抱いているかもしれない。

だけど、その気持ちを押し殺してでも明瞭なきっかけが欲しかったのだ。

 

 

かくして時が静止したかの様に二人は驚き佇んでいたが、同じクラスメイトとしての差だろうか、アッシュの方が先んじて反応した。

 

「…僕は構わないです。クラスメイトが居てくれると少しは気が休まるだろうし、アネットがいいなら…でも、僕に決定権はないので―――」

 

そう言いながらアッシュはルフレを振り向いた。

当の彼女はというと、既に驚きの表情は失せていたが、代わりに神妙な顔つきに切り替わっている。

 

「...アッシュさんがそう仰るのでしたら。」

 

数秒に及ぶ長い間を置いて、ルフレは了承の意を告げた。

それを聞くや否やすぐさま顔をほころばせたうえ、有難うございますなどと何故かお礼を伝えるアネットに、アッシュはやや顔を引きつらせる。

 

一方のルフレは彼と同様の態度を示すでもなく、未だに深い思案に暮れていた。

 

(アッシュさんが忌避感を抱かない以上、私が拒むというのは変な話ですよね)

 

 

 

 

できるだけ、()()()()()()()()()のですが―――

 

 

 

――

―――

 

《一時間前》

 

 

 

大修道院 謁見の間

 

 

聖教会の関係者であっても、足を運ぶ事は数えるほどしかないというその場所。

 

奥に仰々しく位置する玉座に豪奢なステンドグラスや、随所に施された幾何学的な紋様の壁画。どこを切り取っても、時の名匠による趣向の窺える内装は、最早文化財と云っても差し支えない。

だが、人の往来の少なさはそれら造形物への畏敬に基づくものではないだろう。其処の管理者であり、大陸全土に知れ渡った宗教の最高指導者への畏怖と云う方が正しい。

 

一介の教師に過ぎないルフレにとっても、それは例外ではない。

招集されたが為に此処に居たのだ。

 

居心地の悪さを表面に出さぬよう、努めて平静を装う。

 

「―――それにしても私は金鹿の副担任として、ベレスと共にザナドに赴くものと思っておりましたが...」

 

しかし腑に落ちない声色でルフレは疑問を口にする。

 

今節、金鹿のクラスに割り当てられた課題。

それは嘗てルミール村を襲った盗賊の残党狩りであった。

かの者達は騎士団の手を這う這うの体で逃れ、【赤き谷】と呼ばれるザナドに落ち延びたとか。実質的に騎士団が追い詰めた状態にあり、彼らの支援の下で絶望的な状況に立たされた盗賊達を討ち果たすという内容だ。

 

ついに始まった。

人の生死を左右する討伐戦に、生徒達は委縮しながらも己を奮い立たせていたものである。如何に勝敗の見えている戦場であっても、生徒達にとっては初めてであるため念には念をとザナドの地図まで手配して目を通していたものだが、ルフレに関して言えばそれらの行動は無駄に終わった。

 

というのも、どういうわけか課題は担任であるベレスと金鹿の生徒達のみに課せられ、副担任を務めるルフレには待機命令が下されたのだ。

そうしてベレス達が修道院を出たのち、今になってルフレは一人呼びだされたというのが事の顛末である。

 

総じて投げかけた疑問に、レアの隣に控えていた大司教補佐たるセテスも尤もだ、と頷き返す。

 

「私も初めはそう考えていたのだが、よく考えればベレス達に討伐してもらう盗賊は既に追い詰められた残党であり、余分な戦力を割く必要もないのでな。」

 

「私1人の事を過大評価されてますよ。」

「…先の対抗戦。あれら作戦の立案には君も大きく関わっていたと聞くが?」

「…っ」

 

さらにいえばあの圧倒的な勝利でありながら、ベレス本人は余力を残していたことが垣間見えた。そんな結果を見せつけられた以上、風前の灯火たる盗賊相手にベレスとルフレ二人の指揮では過剰戦力だと思われるのも無理は無かった。

 

「…こちらへ来て頂いたのは、他でもない貴方にベレス達と異なる課題を言い渡すためです。」

 

そしてなにより、別件の問題が生じた故にそちらに回すべきだろうという判断に至ったのである。

ルフレは自然と口を引き締めた。これは一学級の副担任ではない、“傭兵”としての任務だろう、と。

 

「貴方に赴いていただく場所はガスパール領―――王国領南西部に位置する、ロナート卿の治める地です。」

 

レアは静かに告げた。

 

「ロナート卿ですか...」

 

記憶が正しければ、青獅子の生徒であるアッシュの家ではなかっただろうか。それを言及すると二人はゆっくり頷く。

 

「ああ、その通りだ。彼はこの聖教会にかねてより敵意を示していてな。

そして昨今、その声は日に日に強まっていると聞く。

 

それこそ、こちらへ兵を挙げるあげるやもしれんほどにな。

これを事前に止めるべく、大司教の親書を携えた交渉人を向かわせるわけなのだが、君にはその護衛として随伴してもらいたい。」

 

要件として理解はできた。しかし、内約を鑑みるにどうにも不安が拭えない。

 

「...セテスさん。それは交渉人の護衛で()()のでしょうか?」

 

というより傭兵である己を起用している時点で、決裂することを想定しているようにさえ思える。

その懸念は的を射ていたらしく、セテスは難しい顔でおでこに手を置いた。

 

「交渉が極めて難航している...というのは事実だ。当然、使者に害をなすとは思えんが万一の事もある。

だからこそ、実力者でもある君に頼む手筈となったのだ。」

 

道中での闇討ちもなくはない、ということか。

…いずれにせよ穏便にいくかは怪しいものと結論付けた。

 

「貴方の他にも精鋭をつけます。可能性として低いと見積もっておりますが、セテスの言うように貴方がたに危害を加えるようであれば、迷わずその下手人の首級を挙げなさい。」

 

レアは強く言い放った。

物腰柔らかなそれまでの態度と急変して紡がれたその言葉は、ルフレに確かな動揺と畏怖を齎した。

 

「レア様。その...ロナート卿本人であっても()()()()を取るのでしょうか?」

 

 

たじろぎながら問いただしてみれば間髪入れず、勿論です、と返ってきた。

 

「本意ではありませんがやむを得ない措置です。主に刃を向けた事への大義ある断罪に他なりません。それを以て当該領民への警告となることでしょう。」

 

 

レアの様子からして愚問と悟っていたが、案の定の回答だった。

 

「...わかりました。」

 

而して日時など、具体的な内容が記載された指示書を受け取ったルフレはその場を後にする。

 

 

 

 

 

 

 

「…異議を申し立てるわけでもなく、極めて恭順な態度でした。

今のところはこれで納得すればよいのではないですか―――?」

 

セテス。

 

レアは扉へと向かうルフレの背を見送りながら、小声で零した。

 

「...現状何とも言えん。」

 

ちぐはぐな回答しか出せない己にもどかしさを覚えながら、セテスは数日前のレアとの対話を思い起こしていた。

 

=====

 

 

『―――レア、今一度聞かせてもらえないだろうか?

彼ら二人を教師にした理由を。』

 

従容とした面持ちでレアは答える。

 

『…先日の対抗戦をご覧になったでしょう?

ジェラルトの薫陶を受けた者達として、その技量の程を窺える見事な采配でした。それを考慮してなお、彼らを不適格であると言いたいのですか?』

 

『そうではない。対抗戦を通して、こと士官学校の教員としては申し分ない人材だと証明されただろう。

多少過剰ではあるが...とはいえ、それは結果論だ。

あの時の―――初めて大修道院を訪れた3人を見た際に催したという、身体の不調に何か関係があるのではないか?』

 

セテスの中では未だにあの事件が尾を引いていた。

 

公には知られていない、セテス、フレンそしてレア―――女神の眷属であるという実体。

その長きに渡る生を通したうえでの、未知の眩暈など異常という他ないのだ。記憶する限り前例のない事態に、当時血相を変えてレアに(つぶさ)な質疑を繰り出していたものだ。当人は気にするほどの事ではない、という風の言論一点張りではあったが、それ以降“我々”に纏わる文献を漁るなど、これまでに見られない彼女の変化も相俟って怪しかった。

 

『…それも大いに関連してるでしょう。』

『…っ!』

 

僅かに目を見開くセテスを無視してレアは続ける。

 

『あの感覚自体には私も思うところがありました。幾千もの厄難に苛まれ、幾万もの重苦をこの身で味わってきました―――そうであるにも関わらず、覚えのない痛みを感じるというのはあまりにも不可解です。』

 

レア自身も当時の事はよく覚えている。

痛みを軸として、悲しみや喜び、恐怖に怒りと謂った、ありとあらゆる感情が綯い交ぜになった流体を身体に流し込まれたかのような感覚。

立ち眩むほどの衝撃であり、眷属の強靭な肉体を識る己として憂慮に値する出来事であったが、どういうわけか全面的な不快感に苛まれなかったのだ。

それどころか()()()()とさえ思う自分も居た。

 

『―――故にその理由を推し量るうえでも、我々が管理しやすい教職員という立場に就かせました。

…元より空いた教師の穴を埋める必要もあり、そこで割り充てた彼らが指導者として歴然とした才を芽吹かせてくれた以上、良き判断であったと私は考えています。』

 

それを聞いたセテスは依然驚いた様子でレアを見ていた。

 

『セテス...どうかなさいましたか?』

『え...ああ、いや。何でもない。

とりあえずはそれで納得しておこう。』

 

また―――なんとも要領の得ない回答で躱されてしまった。

 

=====

 

 

チラとレアを見遣る。

その表情に目立った憂いは無く、落ち着きを払っている。

 

(あの時...いや、やはり体調を崩して以来どうにもレアの様子が今までと異なる)

 

明言できないほど、ほんの微かな。

だけど勘違いと云えない、確かな違いが内在しているようにセテスは思っていた。

当然のことながら確証もない中で、当のレアにそのことを告げることは憚られる。言ったところで適当な言い回しで敬遠されるに違いなかった。

 

それ故、ジェラルト親子をほぼほぼ信頼している彼女に代わり、自身が彼らを見極めようと心に誓ったのだった。

 

(実際、彼ら個人に危険性は無いように思えるのだが―――)

 

人柄としても悪くなく、寧ろこちら側に込み入った事情を聞いてこない辺り、変に信心深いセイロス教徒よりよっぽど相手しやすいものである。

 

重ねて、ジェラルトは【壊刃】という名をフォドラ全土に轟かす豪傑だ。彼だけでなく、娘二人も対抗戦を以てその力量の片鱗を十分に知らしめている。

 

味方であれば心強い事この上ないだろう。

 

(しかし―――)

 

ジェラルトの聖教会への―――いや、レア自身への敵意のようなものが散見された。彼を慕っている娘二人も続く形で、同種の思いを胸に秘めていても不思議は無い。

 

そんな人物らが教鞭を介して、力ある貴族家系からも慕われる立場と成りつつあるのだ。

警戒するな、という方が無理な話である。

 

彼らを信じたいという気持ちは持ち合わせているのだが、得体の知れない出自に、その内包する力、更には不可解なレアの変化とを併せて、疑う気持ちが競り勝っているのだ。

 

(とりあえずはジェラルトとベレスの方に付けた騎士と同様、ルフレに付ける騎士にも手を回しといたほうがいいだろう)

 

飽くまで監視として、である。

害すつもりはない。

 

だがもし、こちら側に牙を向けるようであればその時は―――

 

 

 

 

(―――どういうことなのでしょうか)

 

ルフレは内心で自問自答するように呟く。

 

ロナート卿―――面識はないが、王国の魔道学院に居たとき耳にした風聞として悪評はなく、とても優れた温厚な人物と聞いている。他学級であるアッシュとは話す機会は限られているが、ロナート卿に養子として育てられたという彼にもその温厚篤実な人柄が反映されているようには思う。

 

そもそもに教会と関係が冷え込んでいると噂される帝国でもない、王国側の一領主だ。

そんな彼が領民を危険に晒してまで、強大な力を有する教会に楯突く理由がわからない。セイロス教どころか、王国にすら征伐されそうな無謀な叛意だ。

 

加えて、そんな彼に一抹の憂慮さえ感じさせない大司教の下命。

敬虔な信徒だとしてもあそこまで過激な思考になるものだろうか。

 

(いや、ありえなくはない...のかもしれませんね)

 

ルフレもまた、数日前の追憶を辿った。

 

 

=====

 

 

『―――あ。ベレス、ジェラルト!』

『ルフレ、こっち』

 

既に集合場所に到着していた二人を見て、ルフレは一息ついた。

 

『悪いな。わざわざ()()によ。』

『いえ…最初は何の嫌がらせかと思いましたが、そちらに見えるのがジェラルトの奥さんで―――ベレスの母のお墓なのでしょう?

であれば私としても知っておきたかったです。』

 

そう言うと、ルフレは手にしていた花束をグイと持ち上げる。お供えの花も持っていたようで、ジェラルトは礼を述べながら墓前に手招きした。

 

ルフレは初めましての挨拶を告げると、しばしの黙祷を捧げた。

他二人は既に済ませていたが、彼女に倣う形で再度目を閉じる。

 

『―――随分お早いですね。残念なことです。』

 

胸中、墓石に刻まれた享年を慈しみを込めて読み上げながら、されど凛とした声でそう漏らしたルフレ。

意図せず放たれたそれにジェラルトは嗚呼、としんみりした様子で応じる。

 

『ルフレ...?』

 

彼を見つめるルフレには、何かもの言いたげな、だけれど躊躇っているかのような機微の変化をベレスは感じとった。

そのことを言及してみれば、ルフレはらしくもなく呻いた。やがてスゥと一呼吸を置く。

 

『…ジェラルト。単刀直入に聞きます。

大司教―――レア様がシトリーさんの死に関わっているのですか?』

 

ルフレの言う事に何となく想像の付いていたベレスは驚くことなく、彼女共々ジェラルトに目線を移す。彼もまたその質問を想定していたのだろう、軽く俯くだけにとどまった。

 

『ベレスを産んだ後亡くなった‥‥直接は関与してねえと思ってる。』

 

一頻りの間を置き、ポツリと吐き出された言葉。

曖昧な物言いだが、そこには投げやりではない、確かに込められた意思があった。

 

呑み込んで解釈するに、彼女の死の現場に立ち会ったのではないのだろう。

そして意外にもレアへの不信感に反して、彼女の所為だと断定はしなかった。

 

怪訝な表情をするルフレに、ジェラルトは頭を掻きながら億劫そうに口を開く。

 

『前にも言ったが、俺は確かにレア様を信用しちゃあいねえ。

だが、ことアイツの...シトリーの事に関して言うのなら、あの人は寧ろ愛していた側だろうとは思ってる。シトリー自身もあの人には尊敬だけでなく、親子関係みてえな愛情も持っていた。そんな人がアイツを殺めたってのは突飛な考えだとは踏んでるぜ。』

 

=====

 

レアの人物評としては概ね予想通り、物腰柔らかく温和。セイロス教を何よりも慮り、それに仇なす敵に容赦はない残虐性も兼ね備えていた。

 

選り好みしないジェラルトにとっても、相性の合う・合わない人種というのはある。

レアが彼にとって後者にあたることは、長年の付き合いから明白だ。

 

既に確信している―――ベレスに関する要因だけでなく、かようなレア個人への所感もまた猜疑心の増長を後押ししているのではないだろうか。

 

今回のロナート卿の一件。彼もまた根本理由と別に、ジェラルトと同じ類の彼女自身への疑義を抱えているのかもしれなかった。

 

 

(…ただ―――)

 

そう考える一方でルフレ自身は彼女への...レア個人への嫌悪感はそれほど抱かなかった。

それどころか方針自体には大きな問題は抱えていないようにさえ思っている。

 

というのもジェラルトと違って、ルフレは世の中を若干懐疑的に見ている節があった。

 

これだけ大きな宗教の指導者であるのだ。

其処には人々の善意だけでない、傍から見る分には悪辣にさえ映る事案とて、その基盤を創り上げる重要な要素となっていてもおかしくない。

 

概ねプロパガンダと呼ばれるものはその性質を多分に含むものだろう。況して、大陸内の治安を維持すべく実働部隊まで動かす権力も有するとなれば、最早政的なドクトリンと云っても差し支えない。

 

実際問題、軍の指導者が巨大な宗教の最高指導者を兼任するとなれば、その脅威たるや計り知れない。勝利を重ねれば己が信ずる神は正しかったのだと更なる信仰心を駆り立て、より敬虔な信徒が生まれるという絶大な見返りまで付いている。

 

穿った見方が過ぎるだろうとしながらも、頭の中でしっくりくるのもまた事実だった。

 

(世間体を気にするのであれば、相手への容赦くらいは見せるべきなのでしょうが、大司教という立場上、それを安易に振るっては、悪しき者に付け込まれてしまう。

…ただ、どちらかというと軍の指導者としてのほうが向いているような気もしますね。)

 

しかし益々真意が掴めない。

このように自身に仕える者や信者達には慈愛を以て接する人柄だ。

そしてジェラルトの本意はどうあれ、何故かレア自身は彼のことを信用しているように思える。加えてベレスの事も。

そんな人物がジェラルトの反感を買うような事を意図して行うようには思えなかった。

 

(後ろめたい確執があるのは事実なのでしょうが、“すれ違い”という事も否定できない、か)

 

これ以上のジェラルト達の過去に関する推論は平行線を辿るだろうと、一端区切ることにした。気付の意味も込め、軽く咳き込む。

 

 

とりあえずは目下自分の置かれている状況に専念しよう。

視界に収めることは叶わないが、眼球をギョロリと動かして後方の二人に意識を置く。

 

ベレス達と違って、レアがルフレに向ける気持ちは計り兼ねる。だが少なくとも大司教補佐のセテスという人物は出会ってから今に至るまで、私達親子に猜疑の眼を向けている。

 

(今更悔やんでもしかたないですが、あの対抗戦ではもう少し()()すべきでしたね。

…此度の護衛に付く騎士に監視役くらいはつけるでしょうか)

 

私ならそうする。そしてこの場に居ないジェラルトとベレスの方にも、同じ措置を取っていることだろう。だが二人とも彼らの醸す不信感と、それら監視の目に気づいているだろうから、身を案ずるほど心配には及ばない。

 

ただ今回、私に至ってはほぼ一人だ。

もしかしたら課題と称した“暗殺”なのかもしれない。

 

(そうであるなら易々と殺されるわけにはいきませんね)

 

とはいえ寄こした騎士全てが刺客だったとした場合、流石に不味い。戦闘面は言うに及ばず、目撃者が全員口裏を合わせられるのだから、殺した後に魔物の襲撃や不慮の事故だった、などと幾らでも理由付けできる。

 

どうしたものだろうかと考えるうち、ふと“課題”という単語から、1つの制度を思い起こした。

 

“他学級生徒への課題協力”

 

一応課題という名目である以上、形式上は利用できる。

それに本件はアッシュに関わっていると云えなくもない。それでいて、他学級という条件を満たす彼に協力を頼むというのは、特段不審なものではないだろう。

 

(生徒が居るのであれば、分かり易く私を手に掛ける行動に移さないでしょう)

 

「…」

 

 

飽くまで保険。

彼ら生徒の事は大切に思っている。

いざとなれば身を挺して彼らを守るだろう。

 

 

―――自分に言い聞かせるように。弁明するように。

それら文言を反復してみたが、どう見積もっても取繕った建前にしか聞こえない。どれだけ口上を並べても騎士たちへの牽制などというものに当てはまらない、ともすれば()()に類するものだろう。

唾棄すべき悪行に当たる事は自覚している。

 

ただ自分の殺害によって後に引けなくなった教会が立て続けにベレス、ジェラルトを手にかける可能性は否定できない。

 

そうであれば今は死ねない。手段は選んでいられない。

 

それだけ。

それで十分なのだから。

 

 

【挿絵表示】

 

 

―――

――

 

 

「―――ルフレ先生、顔色が…その、大丈夫ですか?」

「大丈夫ですよアネットさん。

…それではお二人とも準備をお願いします。また後程。」

 

教師はニコリと笑って応じた。

 

 

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