ルフレ(女) in フォドラ   作:オノギ

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恣意

 

 

・・・

 

 

鬱蒼と生い茂った森。

木々の間を縫うような微弱な陽射しは当然のごとく地表全てを照らすには能わず、朝昼の感覚すらをも惑わす。

ただ、気配り程度に人の手が加えられた道に寂寥の色を付けたすだけに留まっていた。

 

見通しのつかないその道を往く一団―――ガスパール領、ロナート卿への親書を手にした使者らは、その碌な管理の行き届いていない薄暗い道に同化するかのよう、殺伐とした空気を漂わせながら歩みを進めていた。

 

ただ一人……制服に身を包む一人の少女、アネット=ファンティーヌ=ドミニクを除いて。

 

「―――ルフレ先生ってあたしの家の…あたしと同じ【ドミニクの小紋章】を宿してるって噂本当なんですかっ!!」

「一応……以前通っていた学院の検査で、そう伺いました。全く意識はしてませんが…」

 

興奮の隠せないキラキラした目で問うアネットに気圧されながらも、表情に出さぬよう答えるルフレ。

 

「やっぱそうなんですね!

難しいですよね紋章。私は意識して使おうって思ってるんですけど、中々使いこなせなくて...理論に基づかない感覚的なものってのはわかってるんですけど、やっぱ小紋章だから制御が……いや駄目っ!!

こんな言い訳良くないですよね。紋章の無い人であたしよりも立派な魔道士だって沢山いるんですから。

一流の魔道士を目指すうえで、すごく適応してる紋章を持って生まれたっていうこれ以上ないほどのアドバンテージを持ってるんだから、他の人たちに失礼ですし、只の甘えですね!!

それに先生も意識してないっていうのに、殿下からはすごい強いって聞きましたよ。

あたしももっと頑張らなくちゃ!

はぁ~…それにしてもルフレ先生みたいな方と一緒の紋章宿してるってのは本当に嬉しいなあ。

 

あっ!

あと、その通っていたという学院はフェルディアの魔道学院ですか?」

 

「...はい。確か私のクラスのローレンツさんも同じく通ってらしたとか。」

 

「やっぱり!実はあたしとメーチェ....同じクラスのメルセデスも同じ学院に通ってたんです。あたしもうろ覚えだったのですけど、卒業した先輩に凄い人が居たって。魔道を学びながらも剣技を修練し、あの最上級職のエピタフとも違ったスタイルを開拓したって訊きました!

エピタフって云えば剣と理学に精通した人の目標の一つじゃないですか。ルフレ先生の若さで傭兵業とを両立しながら、そんな領域に到達できるなんてホント偉業ですよ!

 

常に帯刀していらっしゃいますけど、その本も持ち歩いていますよね。

 

それも即応で戦闘に移るために合わせた魔道書とかなんですかっ?」

 

「アネット…その辺で。先生疲れてる...」

「…えっ!!」

 

 

先程から何度か声かけをしていたアッシュは漸く気づいてくれた、と呆れながらに言う。

対するアネットはハッとして、顔を赤らめる。

 

「...やだあたしったら///

夢中になって我を忘れちゃって...ルフレ先生、ごめんなさい!!」

 

「全然大丈夫ですよ。」

 

コツンと自分の頭を小突くアネットに落ち込ませまいと、気丈に振る舞うルフレ。しかしながらアッシュが叱責したように、止めどなく続く質問の応酬に終始辟易していた。

 

元々身内の二人は口数が少なく、団員間でのやりとりもあっさりとしたものが多かった。ルフレ自身も会話が嫌いではないが、どちらかというと大人しめである。

 

それで不都合は生じなかったのだが、教員になってからはそうした慣習を貫いてはいられなかった。

 

仲間という対等関係でなく、教師と生徒という上下関係なのだ。

年齢が近いこともあって、変に気を遣わず気軽に話してくれて構わない、という体で周知させているものの、そこは長い歴史を持つ由緒正しき士官学校。表面上のやりとりでは軽口が交わされていようとも、当事者としては明確な壁を感じているのが実際の所だ。

自分の思うまま好きに話すことは、時として公序良俗に反する言動になりかねない。故に言葉もタイミングも選ぶ。

 

そうした関係性である以上、“気兼ねなく”というのはほぼ無理な話で、生徒達も教師である自分より同級生と話すことを優先する。当然と云えば当然のことだ。それでいて、校務上否応なしに苦手とする相手とも話す機会だって設けられるのが教師という役割。

 

なればこそ多様な生徒がいることは分かっていても、相談事でもない限り話を振ってこないだろうと構えていたわけなのだが、ここまで自分に対し溌剌とした生徒には逢ったことがない。ジェラルトの弟子という対抗心からか、時折突っかかってくるレオニーでさえここまで矢継ぎ早な質疑応答に発展したことはなかった。

 

自分に興味を抱いてくれることを拒むほど狭量でもなく、打ち解けるうえで寧ろ有難いものではあったのだが……彼女が自身の学級の生徒で無い事に、幾許かの安堵を覚えている自分が居るのも確かだった。

 

傭兵時代は自身にとって存外心地の良い環境であったのだろう。今にしてしみじみと感じる。

 

…しかしながら、いつ刺客が茂みの奥から、あるいは内側から自分を狙ってこないとも限らない―――であるからして、必要以上に張られた緊張の糸の弛緩と、重苦しい空気の緩和くらいには役立ってくれているだろう。そう思うことにした。

 

やや気まずい空気となったのを気遣ってくれたのか、植物に詳しいというアッシュが道すがら見かける野草の蘊蓄(うんちく)を話してくれる。

 

そうして歩く事、数十分―――

 

「…?」

 

前を歩く騎士達が突然立ち止まり、自然とルフレ達も歩みを止めた。

先頭が何かを話している。

はっきりと見えないが、どうも何者かと接触したらしい。念を入れるに越したことは無いと、ルフレは腰元に差したサンダーソードを何時でも抜刀できるよう意識を置いた。

遅れてアッシュとアネットも神経を尖らせて、前方を、そして周囲に目をやった。

 

「―――そうか。我々もガスパール城に向かうところだ。」

「…左様でございますか。では我々はこれで。」

 

話はひと段落し、先頭と別れを告げた―――複数名の修道士を引きつれたセイロス教の司祭一行は、ルフレ達と入れ違う形で通り過ぎた。

 

 

 

「今の…教会の人達なのでしょうか?何でこのタイミングで?」

 

ご丁寧に後ろを振り返って、相手に聞こえない距離と判断したアッシュが疑問を呈した。

 

「う~ん確かに…でも王国だと、ああいう司祭様の巡礼って珍しくもないんじゃないかな?

あたしの家にも何度か来たことあったし。」

 

アネットも同伴するうえで、今回の課題内容は把握している。そしてロナート卿が教団と不仲であるということを―――しかし、ガスパール領での叛旗の高まりは飽くまでロナート卿本人に由来するもので、領民の多くはセイロス教自体の否定には至ってないだろう。であればこれまで通り、事情の分かっていない巡礼者が居たってなにもおかしくは無いだろうと彼女は考える。

 

「それはそうだけど...ルフレ先生?どうかされましたか?」

 

横を見れば、ルフレがなにやら意味深な表情を浮かべている事に気づいた。

 

「ああいえ。中央でなく西方教会の方々らしかったので違和感があったのですが、よくよく考えればここは王国領なので、別に不思議はないですね。」

 

「西方教会の本部ってガスパール領の更に西―――アリアンロッドの方にありますからね…あれ?

何であの人達が西方教会の人ってわかったんですか?」

 

事もなげに告げられた内容が引っかかったアネットは尋ねる。

 

「祭服に刺繍された文字ですよ。

お二人は彼らの袖口辺りに文字が書いてあるのが視えましたか?」

 

「えーっと…はい。司祭様や修道士の方でもよくお見掛けしますねアレ。」

「セイロス教の教え…とかなんでしょうか。」

 

二人ともこれまで意識して見てこなかったが、思い返してみれば司祭や一部の信徒にも、そういった服や装飾品に魔法陣でもない文字が記されていたものと気づいた。両人共にセイロス教は信奉しており、確かな尊びを以て向き合っていたが、修道院での参拝含め私生活に溶け込んでいる物以上の認識を出ない。

当然のように祭服の柄に注意など払っていなかった。

 

「私もはっきり見えたわけではありませんが、内容的には「懺悔」―――とすれば奉神礼と呼ばれる、所謂宗教上の()()の一つだと思われます。司祭といった立場になると、自らの祭服にああいった刺繍を施すことで、己の信仰心の篤さを顕してるそうです。

 

しかもそれらの書体や用語などは教派によって違いがあるそうで、あの書体は私の見る限り、西方教会でよく利用されているものに見えました。」

 

違いがあったことさえ知らなかった二人は驚きを見せた。

 

「成程……え、でも…書体とかわかるってのもすごいですけど、あの文字読めるんですかっ!?」

「あたしもそんなに知らない―――確か典礼言語ですよね。信徒でも教養のある一部の人しか知らないっていう……ルフレ先生ってもしかして、セイロス教の根強い信者だったんですか?」

 

「いいえ……ただ魔道学院に居た頃、文字や言語の学習に力を入れた時がありましたので。」

 

アッシュたちは素直に感心した。

確かに魔道―――特に白魔法に於いては経典の文言が詠唱として採用されることもある。しかし魔道に応用する場合、利便性の向上を図るうえでそれらの文言は日常会話で使われる汎用言語に変換され、至る箇所で余分な文章が省略されたりと、最早原型を留めていないことがままある。

 

そうした背景があるため、敢えて原文を読もうなどというのは敬虔な信徒か立場ある司祭や司教と、総数が限られてくる。

況して戦いに身を置く傭兵がその学習に勤しんでいたなど、士官学校の生徒である二人をして、無用の長物に見えて仕方がなかった。

 

「―――とはいえ、アッシュさんの仰ることもわかります。ロナート卿の叛意が如何ばかりかは把握できませんが、訊けば兵を挙げようとしていると危惧されてるのも事実です。

…そうした風聞が中央教会以外では立っていないのでしょうかね。」

 

アッシュは本日で何度目かの暗い顔をする。

 

大恩ある育ての親が場合によっては処断されかねない事など、気を落とさないほうがおかしい。

この事はルフレ個人としては伝えたくなどなかったが荒事に発展しうる、とされた以上伝えないわけにもいかなかった。

 

―――それでいて私は彼に声を掛け、そして伴った。

 

ロナート卿の勢いに任せた暴動を止めるための楔となるか、はたまた親子として逢う最後の刻を与える機会となるか―――()()()で。そう伝えて。私は……

 

ぬちゃ

 

最近雨が降ったのだろう。

踏み抜くたび、ぬかるんだ腐葉土が装身具にまとわりついて鬱陶しい。

 

 

 

 

「今すれ違った教団兵達は…」

 

ガスパール城からの帰路でルフレ達と遭遇した司祭の一団。状況として看過できない事態である、と察した司祭らが声を上げた。

 

「ああ。恐らくロナート卿への使者だろう。

反発の続く領主の下へ…大事になる前の根回しで派遣されたに違いないっ!!」

「くそっ!!予想外だ。あの愚鈍な中央教会の奴らが…」

 

派閥として最大勢力だからであろう、中央教会というのはその有する力の大きさ故、行動に移すのにも逐一時間を要する。“敵対勢力”としてその様を推し量ってきた西方教会からしてみれば、過去にない迅速な動きに動揺は隠せなかった。

 

「どうする?

【女神再誕の儀】まではまだ日数があるぞ。」

 

つい先程渡したロナート卿への密書。それは女神再誕の儀での大司教暗殺の計画と、その協力要請だ。

 

しかしながら、これら全ては偽書。彼が近いうちに挙兵する、という予想を見越しての西方教会側の作戦だ。

 

日を改めることはない、厳格に定められた儀礼であり、その日にレアの暗殺を仄めかすことで、儀式の行われる【女神の塔】は厳戒態勢が敷かれるだろう。その隙に一般公開される聖廟を襲撃する。

 

その襲撃自体は西方教会にとっての利得行為ではない。

協力者である“帝国”の要求だ。

 

司祭達もよく知っている―――聖者セイロスの棺が安置されているだけの場所で、彼らが一体何を欲しているのかはわからない。ただ、その作戦が成功した暁には、西方教会への莫大な資金の援助、さらには間接的な軍事同盟として派兵の確約がなされた。

 

かねてより中央教会の失脚と、自分たち西方教会の台頭を目論んでいた身としては正に渡りに船な提案であった。彼らの目的が何であるのかはわからないが、便宜上帝国であるため、昨今のセイロス教との冷え込んだ情勢に一石を投じる協力関係の構築ともなる。さすればその立役者ともなった西方教会の評価は世間的にもあがるであろう。

 

そうした利権諸々を熟慮し彼らの提案に乗ったわけだが、早々に先行きが怪しくなってしまった。

 

ロナート卿が先ほどの使者を完全に突っぱね、予想通り来節の終わりごろに挙兵するというのであれば問題は無い。だが中央からの使者により時間的余裕が無い、と彼が判断して近日中に挙兵する可能性が出てきた。

 

そうなれば当然あっさりと鎮圧されるだろう。

 

しかし、聖廟襲撃までに二月ほど置かれてしまってはその間に事件の調査が進み、西方教会が関わっていると露呈しかねない。

そうなってしまえば、最早計画どころでなくなる。

 

儀式のある青海の節までに自分たちが処罰されてしまうではないか、と…思い至った者達は皆平常心を保って居られなかった。

 

「だが...さっきすれ違っただけだ…我ら西方教会の者と気づかれないのではないか?」

「確かに...それに、疑うのであれば、関係の冷え込んでいる帝国側が挙げられるのでは?」

 

淡い期待を込めた声が挙がる。

 

各地に教会は点在しており、仮に無い場所であってもセイロス教の布教や、孤児院支援などで各地を巡る者は少なくない。況してセイロス教の勢力下にある王国ともなれば特段珍しいものではない。

 

王国と違って、帝国がセイロス教との間で度々摩擦が生じていることは広く知られているため、疑いが掛かるとすれば彼ら帝国だろう。

 

その思いで訴えたわけだが、それを聞いた司祭の1人はうーむ、と難しい顔をする。

 

「厳しい論かもしれぬ。元より教団内での権限に於いて、我らが中央教会の奴らに弱く、それにやっかみを覚えているくらいの認識はあちらとてあるだろうからな。」

 

そもそもロナート卿が帝国側と内通しているとするなら、それは重大な国際問題だ。彼が王国でも有数の大貴族というのであればまだしも、一小領主に過ぎない。そんな彼の協力を取り付けるためだけに、セイロス教と真っ向から対峙するなどという愚策を帝国が取りようはずもない。帝国が其処まで間抜けでは無いだろう、と中央教会含め誰もが思うはずだ。

 

また、西方教会の本部が王国内に位置していることも都合が悪い。

先程の使者一行とすれ違った件を抜きにしても、早い段階で怪しまれる可能性が十分にある。

 

「それに…ロナート卿の背景事情を考慮すればレアへの怒りは尤もだが、使者達の説得次第では彼が懐柔されるという可能性も捨てきれん。そうなってしまえば、彼自身が我らの介入を告発するだろう。」

 

「っ…!」

「では、どうするというのだっ!

ロナート卿には偽りの襲撃計画書を渡してしまったのだぞっ…裏切られようものなら言い訳も出来なくなるではないかっ!!」

 

「この襲撃を持ち掛けた、あの連中に協力を仰ぐことは出来ないのか?」

 

“帝国”とのやり取りを任されていた司祭は、深刻な面持ちで首を横に振る。

 

「…こちらからの連絡手段はない。ただ襲撃決行日に“死神”をこちらに遣わす、という伝聞を最後に一切の連絡は途絶えた。」

 

ソイツがどれだけ役に立つかは知らんが、という恨み節を添えて。

 

それを機に皆が狼狽え、あちらこちらで声が漏れる。

それらは資金確保だったり、亡命だったり、責任の転嫁と―――総じて“保身”で片づけられるものだった。焦燥と混迷を極めていて、無様という他ないその様相は正しく“計画の頓挫”を表していた。

 

 

「…?何をしている?」

 

そんな中、茫然自失といった顔のまま、1人の司祭の不可解な言動に疑問を呈した。

かの者は何ゆえか祭服の懐をゴソゴソしていたのだ。

 

やがて奥から複数の黒い布に包まれた何かを取り出す。

 

「…こうなっては作戦遂行どころではない。

我らの存在が露呈する前に本件を、()()()()()()()()()()()()…のが得策ではない…か?」

 

自身への問いかけにすら聞こえるその声に威勢はなく、寧ろ震えてさえいた。

それは曲がりなりにも帝国を裏切る行為からの報復措置や、将来的なものを念頭に置いた恐れではない。これから行わんとする行為への深い憂慮であることが明らかだった。

 

そんな様子の司祭に1人が怖ず怖ずと問いかける。

 

「取り出したそれは…一体、何なのだ?」

 

「……裏の市場でごく一部で出回っているもの…だそうな。詳細はわからない。

ただ、極めて強力な武具と訊いている。これほど小さいが、ある一定の区画を同時攻撃…状況次第では一発で何十人を殺傷せしめる、というほどの...」

 

「…お、おいっ!?まさか‥‥」

 

何にも焦点の合っていない揺れ動く瞳のまま、コクリと頷く。

 

「そのまさか、だ......ロナート卿もろともこれで―――」

 

 

 

ガスパール城

 

平地に建てられた、所謂平城であり、高度でいえば民家と比べれば十分高いが、内層として最上階が3Fと低い造りだ。

背面には高い針葉樹が林立しており、天然の防壁と云えなくもないが、当の城壁がところどころで罅が入っていたりと防衛面としては心許ない。

 

王国内の重要な拠点という位置づけでないとはいえ、劣化が浮き彫りとなった城というのは珍しい。

領地がそれほど富んでいなくとも、己の衣食住、身の安全確保、堅牢な城壁を構えたことによる威光の顕示等に走る者が多いことを考慮すればなおのこと。裏を返せば、其処の領主がそれら権威誇示に一切の興味が無い事を示している。

 

そんな城の2Fに位置する客間。

ルフレ達は複数名の騎士と共に待機していた。

 

「大丈夫でしょうかアッシュ…」

 

この場に居ないアッシュを案じたアネットが心配そうに呟く。

 

到着して早々にロナート卿が態々参られ、「話すことなど無い!」と門前払いされかけたのだ。

だがこちらとてむざむざ帰投するわけにはいかず、先頭の騎士達をはじめとして彼に食い下がった。対するロナート卿の部下や周辺の領民は彼の意を尊重して騎士達に楯突く。

 

あわや一触即発となりかけたとき、前へと出たのがアッシュだった。彼はロナート卿の眼前に立つと頭を下げ、対話するよう申し出たのである。

 

ロナート卿にとってもアッシュの来訪は予想外だったらしく、義理の息子の声を無碍にするほどの理性を失ってなかった彼は、そこで初めての動揺をみせ、そして初めて恨みがましくこちらに鋭い眼光を放った。

 

しばしの沈黙の後、渋々城内へと招かれ現在に至る。

 

今頃は3Fにあるロナート卿の執務室にて、使者と一部の護衛、そして「同席しておきたいです!」と強く主張したアッシュ達とで話し合っているだろう。

 

「…彼には酷な提案をしてしまいました。」

 

疲れた様子でそう零すルフレにアネットは頭を振る。

 

「...でもあたしは...結果的には良かったんじゃないかなって思います。

ロナート卿の行動次第ではその…処罰される可能性もあったのですよね?もしそうなっちゃったらアッシュは―――」

 

“最後の挨拶もできない”

 

それは音として口からは出なかった。いや、出したくなかった。

同級生を思い遣っての言葉としては、救いも容赦もなさすぎる。でも実際、的を射ている意見だと思えてしまうのが歯がゆくて、悔しくて…

 

(だけれど―――)

 

己がこう思う一方で、アッシュは強かった。

ここに来るまでの道中、ずっと浮かない表情でいたが押し黙るでもなく、通常通りに会話を続けられていた。

もしかしたらそれは一時的な虚勢だったのかもしれないが、本件がロナート卿の生死を左右するともなれば、その精神は十分に強靭だとアネットは考える。

 

確かにアッシュはロナート卿と血の繋がりはない。だけれど、彼の会話で度々出てくるロナート卿への思いは、尊敬や恩義だけでない、本来の親子関係と遜色ないほどに強固な家族愛が宿っていた。

 

そんな養父の、死に直結し得る状況に意図して立ち会う―――それが最後の顔合わせになるかもしれない。

更に言えば、内容によっては己が()()()()()()になってしまう可能性さえある…

 

仮に自分が同じ立場であったなら同じ対応ができていただろうか、と考えずにはいられない。

 

父―――ギュスタヴが交渉次第で殺される、と聞かされた時には…

 

考えたくもない。きっと虚勢なんて張れない。気丈に振舞う事なんてきっと出来ない。

気が動転して、この場に居ることさえできなかっただろう。

 

……ルフレには申し訳なかったが、アッシュを課題に誘った事への支持表明はただの出任せ。

少なくとも私であれば、何も伝えてほしくはない…そう思ってしまった。

 

(ホント―――駄目だな、あたし)

 

勝手に付いてきて、二人に迷惑をかけた挙句、同伴を受け入れてくれた先生に否定的な気持ちを抱くなんて。

 

今しがた呟かれたルフレの言葉は後悔に滲んでいた。

彼女だって辛いはずである。

 

大司教から依頼された任をこなす傭兵として、そして自分たちの学年の教師としての矜持があるだろう。

穏便に済ませるために件の人物の身内を呼ぶという合理的な判断と、その身内の心的な負担を思い遣っての呼びたくないという思いとのせめぎ合いの末、前者を取ったのだろうと思う。

 

そのように苦渋の決断をした彼女を責めるなんてあまりにも忍びない。

 

…慰めになるかなんてわからないけれど、兎も角何か会話を続けた方が良いと考えて、重い頭を上げてルフレに向き直ると―――

 

「...?」

 

どういうわけか血相を変えたルフレが居た。

 

「先生、大丈夫ですか?

出立する前も顔色優れませんでしたし...」

 

次の瞬間―――

 

 

 

「―――えっ!?」

 

 

ルフレの口から思わず声が漏れ出た。囁きでない、目の前に居れば気づかないはずのないはっきりとした音となって。だがそれをアネットが拾って反応することは無かった。

 

何故なら彼女は時が止まったように―――否、実際に瞬間的な静止をしていたのだから。

 

 

(…これって【天刻】っ!?)

 

 

 

=====

《大樹の節の頃》

 

 

『―――ベレス!確認できました。』

 

少し離れた地点に立ち尽くすベレスの下に向かうルフレ。

 

士官学校に教師として迎えられてから数日後のこと。

二人は盗賊団との戦闘で発現した謎の力の検証をしていた。エーデルガルトの救助のため、決死で相手の攻撃の前に躍り出た際に覚醒したあの力を。

 

何度目かの施行を繰り返して判ったこととしては主に4つ。

 

1つ。

ルフレ自身に発動する力は無く、ベレスにしか行使できない。

 

『...【天刻】というのでしたよね?

私も巻き戻される前の記憶が残ってます。この様子だと、どれだけ距離が離れていても私も“同期”するようですね。』

 

2つ。

ルフレは発動権限を持たない反面、ベレスとの距離を問わずして巻き戻った感覚が残る。同じようにやり直しの恩恵を受けられる訳だが、自分で発動できない分、ベレス次第でいきなり画面が切り替わって数秒~前の時間軸に戻るという状況になるため、事前に伝えられていないとかなり動揺してしまう。

 

『...ぅ』

『っ!?ベレス!!』

 

呻くベレスに駆け寄り、崩れ落ちる寸前で支えるルフレ。咄嗟におでこを合わせるも発熱反応はなく、当人も意識を失うことなく「大丈夫」と言って立ち上がった。

 

『立ち眩みしただけだから。』

 

『それってやはり、【天刻】による身体への負荷でしょうか。』

『恐らくね...そう何度も使えそうにない。』

『...まあ無理もないでしょう。』

 

3つ。

ベレスの肉体的・心的な負荷。

時間を巻き戻す、などという規格外の事象を引き起こしているのだから、大魔法行使という意味で受け取れば何ら不思議はない。だが、この力自体が“彼女”を介してベレスの肉体が発現させている、という構図と思っていた。その為、ベレス自身への負荷は大分軽減されると予想していたので意外な結果である。

 

 

尤も、4つ目―――

 

『それにしても気になるのはあの方…“ソティス”さんですが……あれ以来、私は一回も繋がらないですね。』

 

ルフレからソティスへの接触、ならびに連絡の不可。

 

こちらのほうが俄然気になる。

今こうして天刻の発動条件だったり、二人のリンクだったりを試行錯誤しているわけだが、ルフレは初めの邂逅以来、あの精神世界に行くこともなく、彼女の声すら聴けていない。

 

ベレス曰く、ベレスだけがソティスの存在と声を感知しており、時折彼女の周囲を飛び回ったり奔放でいるそうな。そのソティスはあの時の一件でルフレが繋がったことが、そもそも事故のようなものだったのだろう、と解釈しているそうだ。

 

『…』

 

当時の事を思い起こすルフレ。死んだと思われた次の瞬間には何故かベレスの精神世界と繋がってしまい、終いにはあの古の祭壇のような場所でソティスと会話まで交わしたあの状況を。

初めてルフレを見た彼女の驚き様からしても、イレギュラーな事態だったのは明らかだった。この【天刻】の発動がベレスにしか出来ないように、本来ルフレは全くの無関係な存在なのだろう。

 

それを踏まえれば、ベレスと違って自分が彼女を感知できないというのはおかしいことではない。

 

しかし同時に気になることもあった。

あの空間から出た後も、大修道院に向かう道中で彼女の声らしきものを聴いた気がした―――幻聴とは思えない、その時の状況に沿った一言だったと思う。今となってはそれが出来なくなっている。

 

彼女の言うようにアレが事故だったとして、経時変化によってソティスとのリンクが弱まったのだとすれば、依然として【天刻】時にベレスと繋がっていることと矛盾しているように感じた。

 

(彼女は一体…)

 

勿論ソティスがベレスに害意を持つ存在でないことは把握している。

それどころか、彼女の名と現魔法体系の埒外にあるような時間回帰から鑑みても、世間で知られる()()()なのかもしれない。ただ彼女の言動を見るに、万物を創造した全知全能の存在という感じではなく、強い力を持った人間と謂われる方が納得できる実態だった。

その人間性が、ルフレの中で浮上するこの疑念の解消をどうにも阻む。

 

『―――ふう。大分落ち着いた。』

 

ベレスは何度か首をコキリと回したりして、身体に不調が無いことを確かめる。

 

『本当に大丈夫そうですね。

ともあれ身体に負荷がかかる以上、無闇に【天刻】は使わないようにお願いします。』

『わかってる。余程の事がない限り、私達二人なら使う機会はきっとないと思う。』

『そうであると良いですね―――』

 

=====

 

 

「先生、大丈夫ですか?

出立する前も顔色優れませんでしたし...」

 

一言一句同じ言葉が耳に入ったルフレは、そこで時が巻き戻ったことをはっきりと認識する。

 

「...問題ないですよ。」

 

そう口にする反面、焦点の合わない目を携え、口元に手を添え置き、陶磁器に迫るほど蒼白んでゆく姿は見るからに動揺している。

事情を知らないアネットにもそれが見て取れたが、ルフレはその一切を無視して考え込む。

 

(ベレスの身に何かあったって言うのっ!?

…いや、報告の通りなら、盗賊の残存兵力は100人満たすか怪しいはず...よね。)

 

数だけで言うのなら生徒と伯仲するが、まともな訓練を受けていないことは以前の戦いでも明らかだった。

 

(追い詰められた敵が何するかはわかりませんが、それでもベレスが先陣を切っているならば、後れを取るとは考えにくい…生徒がどうしようもない危機に晒されたことで、発動したと謂ったところ、か)

 

ただいずれにせよ、ベレスの予想だにしていない事態に見舞われている可能性が高い。

 

しくじった。

 

こんな結果などほぼ見えている、()()()()()()()()が任されると予め分かっていれば、大司教の命令など無視して無理やりにでもベレスに付いていったのに―――

 

(…うん?)

 

遅れて自分の思考に疑問を覚えた。

 

私は今、何を考えた?何を考えてしまった?と。

一語一語丁寧に思い返し、そして背筋が凍るような悪寒を覚えた。

 

(…違う。こんな事考えていない。こう思いたかったんじゃない。

私が。この私が―――()()()私が。。。。)

 

胸中で支離滅裂な感情と思考とが燻って情緒が混濁する中、それでも機能していたらしい身体が外からの反射反応を脳に伝えた。

ジェラルトの教えに倣い、余計な不安は後にしよう、と気持ちを振り払って、新たに生じた不快な感覚に意識を集中させる。

 

(何、このイヤな感覚…それにこれは、城内じゃない……?)

 

 

 

 

「あ、あの。ルフレ先生。本当に大丈夫でしょうか...?」

 

明らかに様子がおかしい。落ち込んでいたかと思えば、突然血の気が引いたかのよう真っ白な顔で瞠目し、聞き取れない程の声で何かを呟いたりしている。そして終いには周囲を確認するかのように勢いよく首を動かし始めた。アネットだけでなく周囲の騎士達もルフレの不可解な言動が目に映り、どうかしたのかと声をかける。

 

そして―――

 

「アネットさん!それに騎士の皆さん!!

すぐに城の外に出てください。何か…様子が変ですっ!!!」

 

何の脈絡もない彼女の要請に一同疑問符を浮かべた。

 

「?それはどういう…」

「話は後です!私の勘違いであれば謝罪します。ですので今は従ってください。

兎も角、私はロナート卿の居る部屋に向かいます。」

 

そう言ってルフレは廊下へと飛び出し、その先にある階段へと向かおうとしたその時―――

 

 

バアァァン!!

 

 

耳を劈くような轟音が鳴り響いた。

 

皆一様に驚き、ルフレに続いて慌てて廊下に。

そして音のした方角へと目を向ける。

 

3Fへと続く階段のその先―――見えたのは曇りがかった空。

天井画などではない、ここに来るまで散々に受けた淡い陽光が目に入る。堅固とはいえずとも紛れもない城であり、開放感を意識した吹き抜けなどあるはずもない。

 

当たり前の事をよく噛みしめ、それでいてそんなあからさまな光景を前にしても、アネットや騎士たちは理解を拒んでいた。

 

 

今の謎の衝撃により城の天井が半壊した、という事実を。

其処に続く執務室が甚大な被害を受けた、という事実を。呑み込めないでいた。

 

 

 

 

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