ルフレ(女) in フォドラ   作:オノギ

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初体験

地震を彷彿とさせる衝撃波は老朽化の進んだ城全体を揺らした。

城内に居た使用人たちのものであろう、1Fのあちらこちらから悲鳴が聞こえる。

 

騎士達は彼らほど取り乱すことはなかったものの、突然の出来事に理解が追い付かず一時的な静寂が訪れた。やがて一人また一人と、離れかけていた意識を取り戻していく。

 

どうやらロナートの居る執務室の天井に何らかの大きな衝撃が走り、其処を起点に他の天井も連鎖的に部分崩落していったようである。

 

いち早く城内の異常に気付き、3Fへと向かったルフレの背が目に入る。

3Fへ続く階段には、瓦礫が所狭しと散乱しており二次崩落も危ぶまれる状態であったが一刻を争う事態なため、その道を迷い無く進んでいる。

 

未だ当惑の空気は流れていたがそれはごく一時的なものに過ぎず、訓練された騎士達は誰かが相槌をうつでもなく、皆自ずから行動を開始し始めた。

周囲への警戒を怠らぬ様、目を配らせながら1Fへと降り外へと向かうようだ。

 

(!...そっか)

 

騎士達に出遅れたアネットは先刻のルフレから出された指示を思いだした。

“城の外に出るように”というその内容を。

 

避難を想定しての言葉だろうと初めは考えたが、今にして思えば目的はソレではない。

 

 

この明らかに人為的な天井崩落―――それは間違いなくロナートの殺害を目的として行われた事だろう。

では城の屋根に暗殺者が居たと見るべきか?

いや、この日中で衛兵に見つかるというリスクを背負ってまで行う可能性は低い。

であれば―――

 

(えーっと確か…)

 

今の状況とを照らし合わせて一つの魔法を思い起こした。

以前教科書で目にした高位魔法―――【メテオ】

 

高い威力も然ることながら、特筆すべき点はその性質と射程範囲。

 

上空からの隕石攻撃という性質上、この天井崩落に納得のいく攻撃手段ではある。本来なら城は魔法防御陣の施されていて、単一攻撃であれば如何ほど優れた魔道士であっても突破は難を極めることだろう。

だが、この老朽化の進んだ城であればどうだろうか。まだ魔道士として半人前であることを自覚しているアネットも、罅の入った壁であれば展開された陣の配置にズレが生じて十全に機能しないことは抑えている。

 

そしてこの魔法を放ったとすれば当然、標的の位置を確認する必要があるのだが、いくら城内の間取りが頭に入っていようと肝心のターゲットがその場所に居るかどうかはわからない。にもかかわらず狙って攻撃を受けたとあれば、ロナートの現在位置を確認したうえで行動を起こしたはずだ。

 

その手段は一つ。

執務室内に設けられているであろう、窓から彼を視認したと考えられる。

 

であれば彼の所在を確認して仲間に伝達する偵察と、その特定地点にメテオを落とす術者が距離を置いた城外に陣取っているはずだ。

 

そう。その意味を踏まえた上での"城外"指示だったのだろう。

「上の様子を見に行く自分に代わり、外の敵を逃がすな」という非常に明確な攻撃要請。

 

普通このような事態に見舞われれば、要人の安全確保や人命救助等に走るものだが、ルフレは迷わず下手人の捕縛行動を促した。

 

一定の被害・犠牲は止む無しと判断し、それ以上の被害を抑えるべく相手方の早期制圧―――更に言えば本来護衛でない、戦闘を視野に入れた精鋭騎士の運用としても極めて合理的な判断だ。

だからこそ騎士達も彼女の意をすぐさま汲み取って、異を唱えることなく外へと向かったのだろう。

 

“傭兵らしい判断”なのだろうとアネットは考えた。

 

そして同時に自覚せざるを得なかった。

まだ()()()が発生するような課題に取り組んだことがない経験不足を言い訳になんてしたくない―――かような緊急事態への心構えがルフレや騎士たちとの間に歴然な差があることに。

 

だけれどクヨクヨしていたってしょうがない。

重厚な金属音を立てながら、1Fの城門へと向かう騎士たちに続こうとアネットも足を動かした。

しかし、それに気づいた1人の騎士に止められた。

 

「―――いくら課題の協力とはいえ、今回の件は不測の事態だ。外に居るであろう敵は我らが対処する。」

 

「!...でも―――」

 

「焦ることはない。君はまだ若いのだ。

この先、修道院での演習や課題で気苦労の絶えない日々が続くこともあるだろうが、今はその時ではない。」

 

「じゃあこの城の給仕の人達の安全確認とか―――!」

 

それでもジッとしてられないアネットは自らの行動を訴えた。

天井の崩落場所からして可能性は低いと思われるが、怪我人だっているかもしれない。

それでなくとも気が動転してしまっている者だって。

だからこそ彼らの下に向かい、大丈夫である、と一声掛けるだけでも効果があるだろう。

そう思ったがための提言であったのだが、目の前の騎士はフルフルと首を振った。

 

「……()()は止めておいたほうがいい。ともかく、この城内で誰とも会わずジッとしているんだ。」

 

そう口早に言い放つと騎士は既に外に出た仲間達と合流すべく、その場を後にした。

 

「…」

 

騎士の指示を無視して追おう、という気持ちにはなれなかった。

別に彼らの指示に従わなかったことによる後々の叱責を危惧してのことではない。

 

待機の命令を下したその声が、甲冑の僅かな吸引口から発せられたそれは焦りでもイラつきでもない。()()()()()()とが入り混じったもの悲しさを帯びていたのだから。

 

 

自分が力不足なのは知っている。所詮学生の、しかも入学してからまだ大きな課題にも取り組んでいない身の上だ。そんなことは百も承知であったが、ココまで相手にしてもらえないとは驚きだった。

 

騎士の言葉は言い換えれば“余計なことはするな”である。

 

(おご)りでなく、今年度の学生の中で真面目という点に於いて自分はかなり上位に居ると考えており、あまり好きではない戦闘訓練にも精力的に取り組んできた身としてその一方的な物言いに腹が立った。

 

しかしそう思う気持ちは長く続かず、すぐに尻すぼんでいった。

何故なら思考を重ねていくうち、一つの重要な()()に気づいたからだ。

 

 

(アッシュの事…下に見ちゃってたかも…いや)

 

 

確実にそう見ていたのだろう。

元はと云えば自分は此処には居ないはず。ルフレが課題協力願いとして声を掛けたのはアッシュだ。

 

ルフレの人となりなんてほとんど知らないが、いくら今回の課題が彼に大きく関係があるからと云って、無能…とは言わずともいざというときに動けないような人物に協力を仰ぐとは思えない。

 

課題との関係性と彼自身の成績を加味したうえでの判断だろうとは思う。

 

自分もそのように考えたうえで便乗する形で随伴させてもらう運びとなったわけだが、今思えばそのとき、思ってしまったのだろう。

 

“彼が誘われる程度の課題であれば、自分でも十分に取り組める”と。

 

(あたし最低だよ...)

 

少なくとも同じ学年の同じクラスメイトに対して抱く考えじゃない。

周囲との意識の乖離から、自分を変えたいって思っていた矢先にコレだ。自分の実力を過信してしまっている。

 

『焦ることはない』

 

先程騎士が掛けてくれた言葉が頭の中で反響される。

勿論、彼の意図するところは全く違うが、それでもその言葉に縋りたいくらいにはどうにも滅入っているらしい。自暴自棄になってしまいそうな精神状態ではあったが、これ以上自虐に走ってしまってはしばらくの間塞ぎこむ事態に発展しそうなので、やり場の無い憤りと呆れを乗せた溜息を吐くに留めた。

 

「ルフレ先生は...」

 

ふと、3Fへと上がっていった彼女が頭に浮かんだ。

あれからそれほど時間は経ってないが既に部屋に辿り着いているかもしれない。

 

(あ、そうだ!)

 

必要になるかもしれない、とルフレの物とは別に持ってきていた自身のショルダーバッグの中をまさぐって一つの瓶を取り出した。

 

傷薬である。

 

部屋で崩れ落ちた天井の下敷きになってる人が居るかもしれない。

勿論真っ先に向かったルフレは傷薬を所持しているだろうが、負傷者の数と怪我の度合いに因っては足りない可能性もある。

 

たとえ傷薬の数が足りていたとしても3Fの状況を確認できるし、ルフレから城外に出た騎士達への状況伝達指示を受けることもあるだろう。

城内でジッとしていろと指示された手前、気後れこそするが戦闘などよりかは間違いなく役に立てる算段があったため私は行動に移した。

 

階段上に散乱した天井は瓦礫と大小さまざまであったが手すりや一部の床は崩落しているため油断せず、足場を注視して慎重に駆け上がっていく。

 

やがて3Fに辿り着き、執務室に続く廊下に差し掛かったその時―――

 

 

「えっ!?」

 

 

既に開け放たれていた執務室の奥から大きな何かが飛んできた。

 

「!―――アッシュっ!!?」

 

驚いて一瞬身構えるも、飛んできたそれが人型であり、そして自分と同じ刺繍の施された服を纏っていることを認識すると同時にアネットは叫んだ。

廊下に放り出された彼に慌てて駆け寄り声を掛けようとしたが、その姿を前に血の気が引いてしまい出てこなかった。

 

 

何故なら彼の手や服が(おびただ)しい血に塗れていたから。

 

 

―――頭ではわかっていた。

 

課題の上で相手を殺すことも、場合によっては仲間が殺されてしまうことだって。

だけれど此処での学生生活で一番最初に見る重症者が、同じ学級の、同じ課題を受けている人―――さっきまで普通に話し合い、ほんの数刻前に自身の未熟さから葛藤さえ覚えた相手。

 

そんな彼の重症姿を目の当たりにして平然としているのは無理だった。

 

真っ白になった頭で、覚束なく震える手で、傷薬を取り出そうと躍起になるが、辛うじて機能していたらしい目が彼の容態に違和感を覚える。

 

(アッシュの血...じゃない!)

 

よくよく見れば手先が欠損しているわけでも、腹部が抉られているでもなかった。

これと謂った身体異常が見られないことにもしかしたらと期待をし、極めつきに彼の口から「うぅ」という呻き声を聞き取ったことで確かな安堵を覚えた。

 

微かに開こうとしている彼の眼と口は、何かを訴えてるように見えた。

彼の上体を起こしつつ無理はさせないよう、口元に耳を持っていったのだが―――

 

「!―――アネット!!ルフレ先生を止めて!!!」

 

カッと目を見開きながら告げる声は、彼女の気遣いを必要としない程にはっきりとしていた。

アネットは「どういうこと?」と訊き返そうとしたが、必死さが窺い知れる彼の声色に気圧されたため、静かに下ろしたのち、立ち上がって開け放たれた扉の先を見た。

 

そして―――

 

 

 

「…………え?

 

 

 

ソレを見てあたしはただ、呆けた声を呟くことしかできなかった。

 

 

―――

――

 

執務室 天井崩落直後

 

 

爆音と同時に天井が崩落。

長年王国の騎士として仕えていたロナートはその身に染みた経験から咄嗟に飛び退いて事なきを得たが、親書を携えた使者はそうではなかった。

 

崩落した天井の下敷きになり、瓦礫の隙間から腕だけが伸びている状態で生死は定かでなかった。

 

「おい!なんだコレは!!

レアの差し金かっ!!!??」

 

破砕片混じる砂埃に目を覆いながらロナート卿は怒りを露わにする。

無理からぬことだ。

 

というのも彼はこの先の命運を決める分水嶺に立っていた。

 

 

そもそも今回の蜂起決意は西方教会の連中が持ちかけてきた話に由来する。詳細は深くは知らないが、訊けば蜂起とは別に女神再誕の儀に合わせた暗殺を計画しているとのこと。

 

言いかえれば己はその暗殺計画を遂行するにあたって、警戒の目を逸らさせるための囮なのだろう。それは分かっていた事なのだが、背に腹は代えられない。

あの女を殺すことが出来るのであれば自分でなくたって良い。

 

―――そう固く決心していたのだが。

 

 

使者の持ってきた親書を読むうちにその決心は揺らぎを見せた。

 

()()、強い叛意を持ち合わせていない時節、大修道院参拝の折、一領主としてレアと話す機会があったわけだが、彼女は正にセイロス教に取り憑かれた狂人。その教えに背く存在は何人たりとも赦しはしない、聖者と銘打たれただけの慈悲無き虐殺者。その本性を知っていたが故に此度の親書には少なからず驚きを隠せなかった。

 

その親書を(したた)め送ってくるという言動自体も然ることながら、文章の最後に押された彼女の血判。

紛うことなく心からの誠意の証であり、自身の認知するレアの本性とまるで結びつかなかった。

 

さらには一連の言動に困惑していた折、ダメ押しとばかりに遣られたアッシュからの提言が己を貫いた。

 

確かに自分の実の息子を教会に―――カサンドラに殺されたことが根本的な原因なわけなのだが、自分を諫めようとする彼もまた血の繋がりがないというだけで息子の一人に他ならない。

 

 

もし仮に、彼の考えも無視し、勝ち目のないと分かっている戦に身を投じたとして、その後はどうなるであろうか?

自分はきっと死んでいることだろう。辛うじて生きていたとして囚われの身で、その一生を罪人として過ごすことになる。老い先短い己にとってそれは構わない。

 

だがアッシュは?他の養子たちは?己を慕ってくれる領民はその先どうなる?

 

自分一人がその罪を背負って死ぬだけであれば何ら問題は無いが、罪なき彼らは間違いなく立場が悪くなる。

二度と同じことが起こらぬよう、厳格な管理体制が敷かれ、他領との繋がりも限定されるに違いない。

やせ細った土地だ。交易が欠かせない領民にとってみれば死活問題に直面し、自分の怒りとは別に、更なる悲劇を生む事になるだろう。

 

義理の息子の諫死(かんし)せんばかりの訴えは、復讐の瞋恚(しんい)に燃え盛っていた己を確かに鎮めていたのだった。

そして―――

 

 

(ちかく、ガスパール領を治める後継者を決め次第、自首しよう)

 

 

この決心に振れていたのだ。

 

自分は私事で家族も領民をも巻き込み、剰え死地に追いやる決断さえもしてしまっていた。

一領主として余りにも不甲斐なく恥ずべき言動といえよう。

 

だが結末はどうあれ、教会への恨みを忘れて残りの生涯を送る、などと割り切ることはできないと断言できる。

この先また何かをきっかけに再び私怨に走らないとは限らない。

 

なればこそ自分は立場ある領主の座からは降りるべきだ。

 

 

そのように自分の中で纏まりかけてた矢先の出来事だった。

後に引ける段階で踏みとどまることができた、と考えた直後にこのような裏切り行為が発生したのだ。

 

だからこそ怒りで声を荒げる。

 

 

「ロナート様っ!()()は違います!!見てください。」

 

部屋の隅で成り行きを見守っていたアッシュが声を上げた。

 

心を落ち着かせながら彼の指す方を見れば、使者の護衛としてこの場に居た騎士の何人かも瓦礫の下敷きになっていた。

 

「っ!」

 

少し前の自分であれば、レアは背教者を罰すにあたって使者だけでなく騎士の1人や2人の命などなんとも思わないだろうと否定したであろうが、()()()な思考が出来ている今は、自分を害すならこんな回りくどい攻撃はしてこない、という冷静な判断を下すことができた。

 

アッシュに感謝を陳べつつ、救い出そうと瓦礫に手をやる彼を手伝おうとしたその時―――

 

 

シュン

 

 

あっさりとした無機質な音と同時に、目の前に2人の司祭服の男が現れた。

恐らくは転移の魔法であろう。

ロナートは何者だと口にしかけるが、彼らの祭服を見て思い留まった。

 

「っ!?お前たちは...」

 

間違えることは無い。

アッシュ達が城に来る少し前までこの部屋で相対していた西方教会の者だった。

そして天井の崩落と同時にタイミングよく現れたという事実で点と点が結びついた。

 

「まさかこれはお前たちが…」

 

ギリと歯を鳴らしながら低く唸るロナートに慄く司祭達。

 

「…ロナート卿が存命ではないかっ!!」

「くそっ…()()()だけでは足りなかったか……っ!!??」

 

毒づく司祭が途中気づいた。

 

ロナートたちと共に仲間を救うべく瓦礫の撤去にあたっていた唯一無事だった騎士が、こちらを視認するや否や全速力で向かってきていたことを。

 

「うおぉぉぉっ!!」

 

騎士は知っていた。修道士と云った魔道職の多くが近接戦闘には慣れていないと。

だからこそ、この近距離では相手が魔法を放つよりも先に己の剣が彼らを一閃することだろう、と判断した。

通常なら、その考え方に誤りはない。

 

ただ眼前に迫る、血走った眼でこちらを凝視する司祭に関して言えばその突貫は失敗だった。

 

 

ドォン!!

 

 

「うぐ...」

 

短くも大きな爆音とともに騎士が呻き、倒れ伏した。

その頑強な鎧を容易く抉り取り、鋼を超え、肌を削ぎ、その奥にある心臓を確かに潰していたのだから。

 

だがその攻撃を敢行したと思われる司祭もまた、ただでは済んでいない。

否、もっとひどい。

 

呻くことも痛みに悶える事すら叶わない。

 

 

何故なら()()()が綺麗さっぱり無くなっていたのだから。

 

 

「ヒッ…!?」

 

それを見たアッシュは完全に縮み上がっていた。

突然目の前で二人の人間があらぬ形で死んだのだから無理もない。

 

同じく傍に居た司祭は距離を取ったうえで防御したらしいのだが、彼もまた脂汗を流しながら焦り、怯えるような声を漏らした。

 

「馬鹿がっ…せめて()()を使えと言ったのに。

兎も角、ロナート卿を―――」

 

自分の名を聞きとったロナートはアッシュに声を掛ける。

 

「アッシュ、下がっていなさい!!あやつの狙いはワシだ。」

 

「あ、あ...」

 

目の前の事が上手く呑み込めていないのだろう。気が動転してしまって立ち上がることすらままならないようだ。

 

(全く…優しすぎる子だ)

 

まだまだ老いたワシにも勝てないぞ、と心の中で激励を送りつつ、殺気立った司祭に意識を傾ける。

攻撃手段が分からないが、あれほど重装の騎士の鎧を容易く貫けるのであれば、軽装の自分など相手になるまい。

 

ちらり

 

横目で未だに震えているアッシュを見遣る。

 

彼はまだ若く未来がある。本で語られるような騎士になりたいという夢も抱いている。

クリストフの分まで…いや、それ以上に生きてほしい。切に思った。

そして―――己の死を覚悟した。

 

(さて―――)

 

 

数刻前の惨劇を思い起こす。

 

騎士は司祭を斬り伏せんと勢いよく前へ飛び出し接敵したが、発生した爆発に巻き込まれた。

 

騎士の背中で隠れてしまい、司祭が何をしたのかははっきりとわからない。同士討ちという結果に終わった事実がそこにあるだけだ。

 

だがそれでいい。

今から、()()()()()()を辿ってくれさえすればこの場は片付くのだから。

 

早期に決着を付けよう。アッシュに危害が及ばぬ内に。

 

そしてロナートは腰元に差した護身用の短剣を引き抜くと、先の騎士に倣う形で司祭へと駆けた。老兵にそぐわぬ勢いがあったのだろう、彼の姿に司祭は一層怯える。

 

当のロナートは考えなしの猛進然としながらも、相手の攻撃手段を窺っていた。

そして初めて司祭の手にあるモノに目が行く。

 

 

(アレは…まさかっ!?)

 

 

「うわっ!?

く、来るなぁぁああああっ!!!」

 

ロナートは咄嗟に回避行動をとろうとしたが背後の―――アッシュに意識が向かった。

 

予想が正しければ、目の前の相手は先ほどの司祭同様の爆発攻撃ではなく、もっと直線的なものであると判断したがために。そうであれば後ろに居るアッシュが危ない。

 

 

だからこそ―――ロナートは立ちふさがる形で、司祭の前に躍り出た。

対する司祭は彼の言動を前に、碌な思考を保てていなかった。ただ目の前に来たロナートを殺すことにのみ注力し、そして手にした得物を―――

 

 

バチィッ!!

ドォンッ!!

 

 

同時だった。

司祭が攻撃を放つことと、階段を駆け上がってきたのち執務室に飛びこむように入ってきた()()()()()()雷魔法は。

 

 

――

―――

 

天井崩落直後故に連鎖的に崩落してこないとも限らなかったため、頭上の様子もうかがいながら慎重に階段を、廊下を進んでいったルフレ。

そうして辿り着いた執務室からは扉越しにも只ならぬ気配を感じ取れた。

 

ルフレはなるべく隙を生じぬよう、回避・防御面に細心の注意を払いながら部屋へと駆けこんだ。

 

目にしたのは瓦礫とその傍らで尻もちをついているアッシュ。

そして彼の視線の先、ロナートと対峙する司祭服の男。

 

何が起こったのかを即座に把握することはできなかったが、この部屋に居なかったはずの司祭が元凶であることだけはわかった。

 

それを識った彼女の行動は早かった。

瞬時に手に魔力を送り【サンダー】を詠唱。翳した腕はロナートに当たらないよう調整をした。

 

而して一方的に司祭だけを攻撃し事態は収束―――するはずだったのだが、相手も攻撃を放つ間際であった。

 

バチィッ!!

ドォンッ!!

 

二つの轟音が入り混じって室内に響き渡る。

 

 

カラカラカラカラ

 

「...?」

 

爆風と硝煙で視界が霞む中、身を屈めたルフレの足元に何かが転がってきた。

方角からしてロナート達の居る場所からだろう。

 

どちらかの武器…にしては形状が想定していた何にも当てはまらなかった。

 

「これは……筒?―――っ!?」

 

 

ルフレは周囲への警戒を怠らないままそれを拾い上げたのだが直後、激しい眩暈を覚えた。

 

 

初めて【天刻】に遭ったあの時とも違う、何か得体の知れない物が自分の中に入り込んで内側から侵食されていくようで気持ち悪い。

まるで耐性の無い、受け付けられるはずもないようなモノであるはずなのに、その意識とは裏腹に身体には妙に馴染むように染み渡ってそれが一層不快感を駆り立てた。

 

この凄惨な現場を前にした時でさえ覚えなかった吐き気を催すほどの衝撃に、思わず床に手をつけてしまう。

 

「はぁ、はぁ...」

 

そのまま意識を手放したいくらいの衝動に駆られたが、この状況下ではただの自殺行為だ。どうにか思い踏みとどまって重い首を(もた)げる。

 

「ロナート様っ!!しっかりしてください!!ロナート様―――っ!!」

 

そこでアッシュの叫ぶような大声が響き渡った。

ルフレはその声量に驚くも一瞬。立ち上がったその足で彼の下に向かった。

 

「っ!...」

 

目に涙を浮かべながら、必死に、されど慎重にロナートを揺するアッシュ。

しかし、傭兵として人死の現場に幾度と立ち会ってきたルフレにはすぐに判った。

ロナートはもう助かる見込みのない―――死者であった、と。

 

「ぅ…」

「ロナート様!!良かった…ま、まだ息が…」

 

違う。もう助からない。

 

ルフレはそう告げようと口を開きかけるも、理性が彼女に歯止めをかけた。

 

残酷なことに彼は生きていた。生きていてしまった。

さらにいえば、左腕が根元辺りから弾き飛ばされ、何処の部位に当たるかもわからぬ肉片を周囲に散らし、顎を裂き、歯が割れ、口内が露出したその(あな)から発された音をアッシュは拾ってしまった事が何よりもこの現場を惨たらしめている。

 

目の前の出来事を受け止めきれず、“まだ助かる”などと現実が見えていない少年を1人この場に作りだしてしまったのだから。

 

「―――ふぅ」

 

アッシュには申し訳ない事をした、と深く後悔する。

 

予想だにしない襲撃だったとは言え彼に課題協力を願い出たことは失敗だった。

初めての課題での人死が、よりにもよって彼の心から慕う義父の立ち合いに成ろうとは―――

 

悔やむ思いのままに唇を噛まんとする己を制しながら、重く息を吐くと意を決したようにルフレは目を見開く。

 

「アッシュさん。そこを退いて下さい。」

 

「ル、ルフレ先生っ!!早く…早く治癒の魔法とか傷薬を……って、何をっ!!??」

 

アッシュは驚愕に染まった顔で言い放った。

それもそのはずだ。

彼が求めた白魔法の行使や治療薬を差し出す素振りでもない。

 

 

ただ帯剣していたサンダーソードを引き抜く教師の姿が目に映ったのだから。

 

 

「落ち着いて下さい。

彼の容態は深手とも大怪我とも言いません。残念なことですが、生きているのではなく死んでいないだけ…それは声帯が残り、微かな呼吸反応を繰り返すだけの遺体です。」

 

「なっ…!?」

 

言葉を失うアッシュ。

ですが、と前置きしたルフレはさらに続ける。

 

「非情なことに命の灯火だけは残ってしまっている。貴方が聞きとっている声は救命措置要求ではなく、痛みなんて()うに超えた重苦による叫びです。

持って、あと数分―――しかし、本人にしてみれば悠久に感ずる苦行の渦中でしょう。

 

早急に()()してさしあげることがせめてもの救いです。」

 

「ま、待ってください!!!こんな――」

 

「今こうしている寸刻の対話時間でさえ、ロナート卿にしてみれば地獄です。

彼を想うなら退いてください!!」

 

ロナートをその身で守るかのようにしがみ付くアッシュを前に、自然と語気が強くなった。

 

ずっと尊敬し、実の父親のように慕っていた相手が死に体で目の前に居るのだ。彼の気持ちは痛いほどに分かる。だけれどそれを汲み取ったところで、悶え苦しむだけのロナートを自然と息絶えるまで放置しておくことなどできない。

 

ルフレはサンダーソードを逆手に持つと、勢いよく床に突き刺した。

 

大きくは無いが、鈍くも鋭い金属音にアッシュは肩を揺らす。

ルフレは突き刺しざまに、もう一方の手に抱えていた本を離す。そうして空いた両の手でアッシュの襟首をむんずと掴み―――

 

「っ!?」

 

ルフレ自身体技を得意とはしないが、傭兵としての体術は身につけていた。

相手が大柄な男だったのであれば、如何にルフレとて容易ではない。だが、線の細いしゃがみこんだ闘志の無い少年1人を重心利用で投げる事は難しく無かった。

 

彼女は開け放たれた扉の向こうに彼を投げ飛ばす。

 

それほど勢いはつけていない。

受け身が取れるほどの冷静さを彼は保ててはいないが、取れなくとも問題ない程度に留めた。

 

 

静けさを取り戻した部屋で一人、ルフレは本を拾い、突き刺したサンダーソードを引き抜いて微かに蠢くロナートを見下ろす。

そして―――

 

 

プシュ

 

 

振り下ろしたサンダーソードの切っ先がロナートの首を裂いた。

不規則な形状の魔法剣だが、切れ味は抜群。さらには戦闘でない、ただ横たわっている相手の急所に素早く切っ先を通すという作業に於いて、刃に負担の掛かる骨表面の斬りつけなどという失態をルフレは犯さない。

ただ確実に、痛みを最小限に抑えるよう留意した動・静脈への死線に沿った斬裂。噴出される血の音しか出ないのも自然の道理だ。

 

 

「っ!」

 

淀みないその一連の工程に一つ些事があったとすれば、己の頬に飛散した血だろうか。

 

彼女が思った以上に血の吹き出す勢いが強かったのだ。素直に驚く。

長き齢を重ねたうえに、死ぬ間際の肉体をしてなおの脈の斬りつけでこれほど勢いよく吹き出ようものとは。

 

王国での騎士として前線を退いた後も、没落するでもなく訓練を怠らず自分に厳しく在った方なのだろう。

領民を危険に晒してまで反乱を企てていたとのことだが―――

 

(彼の事情を考慮するに、教会に恨みを抱くことは無理もないですね)

 

出立前に軽く調べたロナートの経歴。

世間に疎い己でも耳にしたことのある国王殺しの大事件【ダスカーの悲劇】。そしてそれに関与したとして、殺された者の一人がロナートの実の息子:クリストフ=アルド=ガスパールであった。

 

自身に領主という立場があっても、相手が如何に強大かを理解してもなお、彼の怒りを鎮めるに値しなかった。

彼の叛意を無謀などという言葉で切り捨てられない。この親子愛を無碍にすることなど到底できなかった。

 

(遅かれ早かれ彼は反旗を翻していたのかもしれない―――

ただ何故このタイミングで、というのが本件の肝でしょうが…)

 

ルフレはロナートの足元に転がっている死体に焦点を合わせた。

 

自身の放った雷撃に因る焼け焦げが散見されるが、それ以上に司祭が放ったであろう攻撃での損傷が激しい。近くにあった上半身の無い司祭ほどではないが肩から腹部にかけて爆傷が残っており、とっくに息絶えている。

 

此処に来るまでの道中出会った西方教会…と思わしきこの者達が事件の発端のはずだ。

 

とりあえず目下の危険は去ったと、張りつめていた緊張の糸を弛める。

 

 

それにしてもベレスは今頃どうしているだろうか。あの時から【天刻】が発動されていないようだが、当然のように向こうの状況は分かっていない。

彼女の実力を知ってる身としては最悪の事態には至ってないだろうとしながらも、確証は得られない為、未だに心の奥底がザワついていた。

 

いや…今はそれを考えている時ではないだろう。

 

城外に向かってもらった騎士達も今頃は、司祭の仲間達を捕えるか…最悪、殺しているかしているはずだ。

彼らと合流を―――

 

 

 

「ん?」

 

 

 

気付けば部屋の入口の先に―――アネットが居た。

目を見開き、意識を失っているかのように立ち尽くしている。

 

騎士達と共に城外へ出なかったのか…いや、危険が伴うということで同行が認められなかったか。

ただ彼らが此処に寄こすとも考えにくい。待機を命令されたが、ジッとしていられず独断行動したという線が濃厚だ。

 

判断としては悪くない…結果から言えば彼女の蒼白顔の示す通り、此処に来たのも失敗だったわけなのだが。

 

戦場慣れしていない身空で、この惨状は堪えるだろう。

 

(だけど―――)

 

後々“こういった事”に慣れさせていくというのは忍びないが、事情はどうあれその道を選んだのは生徒自身だ。

 

例え彼女の学級の担任でなくともこの光景を前に臆していては教員として示しがつかず、それらに学ぶ立場の彼らは路頭に迷ってしまう。

 

であればこそ私達は平静を保たねばならない。気丈に振る舞おう。

私は努めて、冷静な眼差しを彼女に送った。

 

 

 

(微閲覧注意)

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

 

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