ルフレ(女) in フォドラ   作:オノギ

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疑念

―――

赤き谷 ザナド

 

 

 

「先ほどは有難うございます!

ベレス先生。それにレオニーさん。」

「私も!

ホントに助かりました。

お二人がいなかったら私達、もうこの世に居なかったかもしれなかったので。」

 

ほか複数名の生徒が二人に頭を下げる。

構わない、と素っ気なく返すベレスと対照的にレオニーは若干気恥ずかし気に返した。

 

「正直私も危なかったけどね。まあお互い大きな怪我無くてよかったよ。

…結局私もベレス先生に助けられちゃったし。改めて言うけどベレス先生、さっきは有難う。

それにしてもよく気づいたね。さっきのアレ。」

 

「…相手の距離の取り方が斧を振るうにしては違和感あったから。そこで手に注目して漸く気づけた。」

「なるほど。接敵してなくても遠目で相手の言動に気を配ってたワケか。

くぅ~~私ももっと鍛錬を積んでいかないと!!」

 

レオニーはすぐに追いつくからな、と威勢よく啖呵を切ると他の生徒達の輪に戻っていく。

そんな彼女の背を見つめながらベレスは内の―――ソティスに話しかける。

 

 

「さっきは力を貸してくれてありがとう。」

「…礼には及ばぬ。お主に死なれては何より儂が困る。当然のことをしたまでじゃ。」

 

言葉の割に棘の無い口調で告げるソティス。

そう。

本来なら生徒達が認識する通りのあっさりした結果には終わっていない。

 

 

此度の課題―――生徒達は当初予定していた作戦を順調に辿る形で進撃した。

演習でない、“人死”が発生する初めての課題だ。如何に実力で上回り、尚且つ相手がセイロス騎士団によって消耗した盗賊であっても精神的負荷に伴う苦戦を想定していたが、それらの一切は杞憂に終わった。

 

皆が奮い立っていたのだ。

理由はなんてことない―――先の対抗戦に()てられた事に尽きる。

 

あの時メンバーに選ばれなかった生徒達が負けじと、意地と誇りをかけて盗賊相手に獅子奮迅したのだ。一方で当時選出されていたクロード達も後方でふんぞり返るということもなく気を引き締め、他の生徒達に後れを取るまいと先陣を切っていった。

 

そして最後の詰め―――レオニー含む一団が盗賊の首領:コスタスを追い詰めた。

そこで彼女らが討ち取る算段であったのだが、ここにきて初めて予想外の事態に見舞われた。

 

 

彼は正体不明の爆発物を隠し持っていたのである。

 

 

一般に流通している爆発物であれば、見た目以上の強度を誇る特殊加工された学生服を纏っていれば当たり所が悪くなければ大事には至らない。さらには碌な訓練を積んでいない盗賊達に対し、生徒達はまだ日が浅いとはいえベレス・ルフレの両教師をはじめ、教団の有する優秀な騎士達による戦闘訓練を受けた身である。この開けた戦場で防御・回避行動も実践できることを踏まえれば、中々有効打とはならない代物だ。

 

そうであるにも関わらず、投擲した当該爆発物はレオニーたちに致命傷を与える形で一挙に吹き飛ばしたのだ。

 

それを見たベレスは迷わず【天刻】を発動。時を巻き戻し、ベレス自身が一気にコスタスに距離を詰めて、爆発物を腕ごと斬り飛ばすことで天高く放り上げ、そのまま中空で爆破。

痛みに悶絶しながらも、残った腕に持つ鉄斧で近くに居た生徒に斬りかかったコスタスをレオニーが槍で仕留めた、というのが事の顛末だ。

 

現在私達は、現場検証など事後処理にあたっている一部のセイロス騎士達を残して帰路についているところだった。

 

 

「…この前、あんなことがあったから。

―――まだルフレの事は信用できない?」

「それは...」

 

唐突にベレスは問いかける。

というのもソティスとの間で生じた、あるひと悶着を境に軽い(わだかま)りがあった。

きっかけは単純にして明解―――どういうわけかソティスは、ルフレの事を避けている。寧ろ危険視さえしているかもしれない。

 

 

あの時、ソティスは言ったのだ。

 

 

自分はこの精神世界でルフレと繋げられなくなったのではなく、“意図的に繋げていない”と。

 

 

ソティスにとってルフレは私以外で唯一彼女の事を認識できる存在である。ルフレ自身で【天刻】が発動できない、というだけで私を除いて最も近しい存在と云える関係でありながら、何故そう考えるに至ったのか。一体何を理由に?と問いただしても要領を得ない回答しか返ってこず、最も信頼のおける戦友として、姉妹として、そんな根拠なき不信感程度でルフレが誹りを受けるを良しとしなかった私は反論した。

しかしながら話は平行線をたどった末、二人の間で完全に納得する結論は出ず現在まで挨拶や適当な相槌ほどしか交わされていない日々が続いていたのである。

 

「…あの者が何かした、というわけではない。じゃが、どうにも…」

 

煮え切らない様子のソティスはなおも食い下がる。

それだけならばベレスはいつもの様に軽く流したであろう。しかし―――

 

「―――儂はここ数日で、お主の記憶の多くを辿れるほどに成長…なのかはわからぬが兎も角、多くの情報が入り込んできておる。その中で知った。お主も知っておろう?あやつは「ソティス」―――っ!」

 

それ以上先の言い分は看過できなかった。

普段のベレスであれば決して行わない、相手の話を途中で遮る、という強引な形と強い口調で制する。

 

「貴方には感謝している。今だけじゃない。初めて会話したあの時も私だけじゃなく、ルフレとエーデルガルトも救ってくれた。それが貴方の意思でなかったとしても力を貸してくれたのは事実。それに、【天刻】に限らない。こうして貴方と話すことも、もう私の生活の一部で掛け替えのない時間だ。

 

だけれど、ルフレの―――()()()への言及は止めてほしい。」

 

ルフレから訊いて初めて知った―――今こうして話す彼女がセイロス教で崇み奉られている女神と同名であることを。当のソティス自身もそれを訊いて大層驚いていたものだ。

実際彼女がどういった存在なのかはわからない。でもそんなものは些細な事だ。

第一に自分だって心臓が動かない、などという奇想天外な宿痾(しゅくあ)を背負っている。

 

三者三様―――私達みんな、世間の常識から外れている。

殊更ルフレのみが嫌疑をかけられる理由にはなりえない。

 

「...すまぬ。浅慮じゃったの…」

ベレスの反論に唸るソティス。

 

(確かに。こやつの言う通り…)

予期せぬ【天刻】が使われたことで、驚いているであろうルフレを頭に浮かべる。

 

ルフレの抱えている事情は通常ではありえないものだが、信じないことの理由には直結しない。血が繋がってないとはいえ姉妹にあたる者を真っ当な根拠なくして疑っては、彼女がムキになるのも無理はない。

何よりも判る限りのベレスの記憶を辿っても、ベレスに害意を持つと取れるような言動はなかった。

 

「お主の言う事は最もじゃ。ルフレに不信感を抱くに足る理由なぞ無い……じゃが、あやつとの途絶状態は維持させてほしいのう。

 

儂も儂自身の事が分かっておらんが、恐らくこの精神世界はお主の中で、儂が創った空間じゃ。

他方あやつは、如何に【天刻】を通して儂らと繋がれようとも“部外者”という枠組みを出ぬ。

感覚として己が体内に消化出来ん異物が入ってくるようなものじゃ。

想像してみよ。お主とて気持ち悪かろう?

 

じゃからこそ儂自身の中で折り合いがつくまでは、これで納得せよ。」

 

「...わかった。」

 

一旦の和解をしたところでベレスは現実に意識を戻した。

 

(やはり―――)

 

眼だけを動かして、私達学級の隊列を挟む形で展開しているセイロス騎士達を視る。初めての課題における護衛としての役割も担っているようだが、私個人への視線が随所に見受けられた。どうにもジェラルトとレアとの不和の所為か、警戒されているようである。

 

経緯はどうあれ“異物”たる私達への疑いというものは簡単には晴れないものなのだろう。理解に至らない者は信用に足らない、というソティスの言を如実に表してる様にベレスは内心苦笑した。

 

(…?)

 

別段おかしなことを思ったつもりはないのだが、ベレスはどうにも違和感を覚えた。

 

「―――にしても【赤き谷】だって割には全然赤くねえな。」

「そうだなあ…あ!オデ理由がわかったかもしれねえ。

昔、でっけえ籠から沢山のトマトをぶちまけちまったとかじゃねぇか?」

「あ、あはは。でも確かに気になりますよね。」

 

突に級長のクロード達の他愛ない会話が耳に入ってくる。

適当なところで話に混ざろう。今は余計なことを考えたくはない。

 

「古い遺跡のようだし、元は赤い塗装が施されていたが時間の経過で風化したのじゃないだろうか?

イグナーツ君。確か君は芸術に造詣が深いと聞いている。そういった類ではないのかね?」

「うーん...あ。そういえば赤色は太陽の光での劣化が激しいって聞いたことありますね。この辺りは光を遮るモノがそんなに無くて開けていますし・・・でも塗装の原材料にもよるのかな。昔は貝殻由来が多いって聞いたことありますけど、内陸とかだと今みたいに花から取ってたものも多いらしいですしね。」

 

「なるほど。過去の交易次第で流通も変わるだろうからなんとも言えないな。」

「それに昔の色の認識が現代と同じとも限らないです。僕達のイメージする赤が昔は別の色だった可能性もありますね。」

 

「えー!じゃあ、もしかしたらあたしの髪色とかが昔で言う赤だったりするのかな?マリアンヌちゃんはどう思う?」

「そ…そこまで明るいと流石に別物とされてそうですけど....」

 

「赤色...シンプルに“血”じゃないか?」

「お、レオニー。俺とおんなじ予想だ。しかもここら一帯の名称に色使うくらいってんなら、大規模な戦争とかが起きたのかねえ。」

「動物の血かもしれないよ。聞いた話だけど、私の村でずっと昔にあった祭りでは沢山の牛を絞めて―――」

 

 

「ちょっとーストップ、ストップ!!2人とも止めてよ。戦いも終わったってのにさ。」

「何にせよ、その辺掘り返したら骨がわんさか出てくるかもな。」

 

「ひっ!?こわ...よ、余計な事言わないでくださいクロード...」

 

「悪い悪いリシテア……あれ?それなんだ?

お前の右肩に真っ赤な手形が―――」

「っ~~~~!!!」

「リシテアちゃん、落ち着いて!!

何もついてないから。も~~クロード君!」

 

「あっはっはっ!ついさっきまで魔法で盗賊蹴散らしてたような奴が、今更怖がるような事ないんじゃないか?」

「いや!私は別に怖がってなど――」

 

「戦闘に支障が無ければ気にすることない。ルフレも墓地が苦手。」

 

「ベレス先生―――!ほらっ!!訊きましたかクロード。私が特別に怖がりってわけじゃないんですよ!!」

「それ、お前が怖がってたって認める事になるぜ…それにしても、あの人にもそんな可愛いトコあんだな。」

 

「?ルフレは元々可愛い。」

 

「…ルフレ先生もそうだが、あんたも大概だな。」

 

 

―――

――

 

ガスパール領

 

 

 

 

「う―――」

 

「あ!ルフレ先生。

アネットが起きました。」

 

声と同時にアネットはガバッと起き上がる。

 

寝ぼけ眼の先に居たのはアッシュ。

そして掛かっている毛布と身体が覚える不規則な振動。キョロキョロと周りを見渡して初めて自分が荷馬車で寝ていたことに気づいた。

 

「ご気分は如何ですか?」

「っ!」

 

同じく荷台に居たルフレに軽く驚くアネット。

 

「……はい、大丈夫です―――あの、あれから何が…そうだアッシュ!!

貴方はその…」

 

頭がまだ混乱している様子のアネットではあったが、寝起き一番で同級生の心配に関心が向くあたり、やはり仲間思いの優しい子なのだ、とルフレは今更ながらに思う。

 

「僕もあれから…なんとか落ち着きました。取り乱していたのは僕の方…なので。」

「そ…っか…」

 

自身の境遇と今後を顧み、そして先を向いているアッシュに感心しているようだった。

 

実際私も彼の精神力には驚いている。

正直な所、彼からは恨みを抱かれることを前提に行動した。

 

親愛する義父を殺した張本人なのだ。

如何に事件が西方教会の暗躍に端を発し、私が指令を受けた一教師に過ぎなかろうと、あの時のアッシュの動揺たるや計り知れない。激高して殴り掛かるどころか、忍ばせているであろう短剣で殺しにかかってきても不思議では無かった。

そうして攻撃パターンを想定しながら身構えていたわけなのだが、投げ飛ばされたあと部屋へと戻ってきた彼は―――

全てが終わった惨状を前にただ泣いた。

 

彼の話してくれた理想とする騎士の話―――その騎士道精神に則ったのかは露とも知らないが、どうあれ彼は私に一瞥もくれず、その場に居た自分がロナートに庇われただけで何もできなかったことへの後悔を呟きながら静かに啜り泣いたのである。

 

流石に私も言葉が出せなかった。

勿論その場で彼に殺されるつもりなど毛頭なかったわけだが、それでも一発殴られるくらいの覚悟はしており、それくらいは受け入れるつもりでいた身としては何とも歯がゆい。

 

自分を罰する機会が失われてしまったのだから。

…尤も、その後別の形で返ってきたわけだが―――()()では温いだろう。

 

「―――あれ?

ルフレ先生、その羽織は…?」

 

「少しばかり暖をとろうと騎士の方からお借りしました。五月終わり(竪琴の節)とはいえ、ファーガスの地は慣れていないと冷え込みますね。

それよりもアネットさんの方こそ大丈夫ですか?

あの後、貴方は直ぐに倒れてしまったのです。覚えてますでしょうか?」

「はい…辛うじて、ですが…身体の方も問題ない、です。ご心配おかけしました。」

 

(まあ無理もないですね...“私に怯える”というのは)

 

彼女はこちらを向いてはいるが、先程から目が合わない。

私が同級生の養父に止めを刺す光景を目にしたのだ。

 

彼女なりにこういう結末を迎える覚悟はできていたであろうが…そもそも私自身このような展開は想定していなかったのも事実だ。

 

―――これまでの経緯を簡単に振り返る。

 

ロナート卿を介錯したのち、その場に居合わせたアネットは私を前に驚愕した顔で立ち竦んでいたが、突然頭を抱え、覚束ない足取りでゆっくりと昏倒した。

次いで入室してきたアッシュは養父の亡骸を前に目元を腫らしていたが、しばらくして私と私に支えられるアネットに気づくと彼女を安全な場所へ連れて行こうと行動した。立ち直れては居なかっただろうが一時的に“他事”に集中することで、どうにか正気を保たせたのだろうと推察される。

 

同室、ロナート卿とセイロス騎士1名、敵方司祭2名の死亡を確認。

その後の救助活動により瓦礫に埋まっていた使者と3名の騎士を救出。甲冑を身に纏っていた騎士達はほぼ無傷である一方、使者は防御性能の高い司祭服だけでは瓦礫の衝撃を吸収できず、頭部・頚部への打撲創及び皮下血腫が残る怪我を負った。

 

他方、城外へと向かった騎士達はロナート卿の執務室内を確認できるポイントを特定し、其処に陣取っていた司祭の一団を発見。

騎士達の接近に気づくや否や司祭達は攻撃行動に出たため、騎士達はこれを撃退。

内2名の司祭の捕縛に成功、残りは全てその場で討たれた。

 

捕らえた2名は口を割ってはいないが、西方教会の者達でほぼ間違いないと思われる。

 

死傷者なしにロナート卿を説得して和睦という形が理想ではあったものの、結果として民衆の武装蜂起阻止、さらには思わぬ形で背後に居た者達をあぶり出すことができた。

これにより中央教会への一方的な非難は向けられなくなった点は大きい。

護衛対象である使者が負傷した事は手痛いが、目的は果たしたと言える。

 

「―――という経緯で今帰路についてます。」

「…そう、ですか。」

 

顛末を話したわけだが、なおもアネットは依然心ここに在らずといった様子だった。

 

ルフレは思う。

元々この子は性格的に戦う事に向いていないのだろう。

人が人を殺す場面の立ち合い初発として、精神的負担が大きすぎる現場であったとは思うが、それを考慮しても優しさの度合いが多少なりとも高い。少なくとも現場判断能力を左右させるほどには。

 

彼女が家督を継ぐのかはわからないが、この先戦場に身を投じる場合は責任者たる貴族として、事件背景を知ったうえで先頭に立つよりかは末端の兵士が如く、事情を碌に知らないまま戦わせた方がよいかもしれない。

 

戦場に於いて甘さは命取りだ。余計な心的負荷軽減の配慮としてはそれくらいが妥当―――

 

(…?)

 

別段おかしなことを思ったつもりはないのだが、ルフレはどうにも違和感を覚えた。

 

…とにかく今は彼女の気を紛らすことが出来ればよいのだが―――

 

(そういえば―――)

彼女が興味を抱きそうな他愛無い話を考える中、ふと思い出した。

 

「アネットさん。ガスパール城へ向かう道中、貴方が私に尋ねかけていたことを覚えておりますか?」

「…?えーっと、あたしがルフレ先生の経歴とか聞いていて―――あ、その本のこと…ですか?」

 

ルフレはコクリと頷く。

 

「ルフレ先生。それって教えて大丈夫なのですか?」

 

「構いませんよ。別に隠すようなことではないので。

―――結論から言うと、これは魔道書と云った類のモノでは無いと()()()()()()()。」

 

「「?」」

 

アネットもアッシュも共に疑問符を浮かべる。魔道書でもない限り常に持ち歩く理由も不可解だったが、それ以上に客観的な言い回しが気になった。

そんな二人をうんうんと見回しながらルフレは続ける。

 

「常に所持する理由としては、どうにもこの本は何らかの魔法が込められており、所持者―――何故か私にしか作用しない、魔力増幅の効果が付与されてるようなのです。」

 

アネットはそんな馬鹿な、と思いかけたが一つ心当たりがあった。

嘗てフォドラ十傑と呼ばれた者達が女神から授かったとされる武具―――適合する紋章を有していなければ扱えない【英雄の遺産】だ。

十傑に名を連ねた1人、ドミニクが振るったとされる魔槌―――アネットは伯父の家で見たことがあった。可愛らしいデザインではあったが、内包された肌で感じ取れるほどの異質な魔力を覚えている。

 

彼女の書物はそれに類する物ということだろうか?

何れにせよ、中に何が書いてあるか確かめない事には判断できない。

 

「そして肝心の中身なのですが―――」

 

そんな疑問に応えるよう、ルフレは当書物を二人に突き出した。

 

(読んでほしいってコト?)

 

アネットは差し出された本を受け取ると、適当な頁を開いて見てみたのだが―――

 

「…読めないです。どこの国の言語なのですかこれ?」

 

首を傾げるアネット。

記憶を辿る限りで、その言語の体系に似たモノが頭に浮かばなかった。

凹凸が複数重なった幾何学的な紋様だったり、蛇のように曲がりくねった線だったりと様々で、規則性の感じられない羅列は文字列ですらどうか見分けがつかない。

 

隣のアッシュも同意見のようで、う~んと唸っている。

 

「その本の特異性は面白いですよ。アネットさん、アッシュさん。今開いている頁の一番左上から順にどんな形か教えていただけますか?」

 

二人とも指示の意図がわからなかったが、とりあえず見えている形を上手く言語化してみようと努める。

 

 

「え~っと…半月の中心辺りに大小2本の細い線分が引かれている図があって、その隣には蛇みたいな「えっ!?」―――っ!」

 

訥々と語るアネットにアッシュが待ったをかける。

 

「これって半月の形には全く見えないのだけど……僕には鍬みたいな図形が十字に重なっているように見える。」

「嘘っ!?これが重なった鍬……?」

 

二人の解釈があまりにも違いすぎているので、お互い相手の手の平にどんな形をしているか指でなぞってみた―――結果、二人とも全く違った図示したことで再び驚愕を露わにする。

 

「ルフレ先生。これってどういう…?」

「私も同じなのですよ。お二人が見ている図と全く違うモノが見えています。更にはもう一つカラクリがありまして―――一度、頁を閉じてから、もう一度同じ頁を開いて見てください。」

 

ルフレに言われた通り行う。

するとどうであろうか。

同じ頁を開いたはずなのに、其処に書かれていたものが先程二人が見た形と()()()()()()()()のだ。

 

「文字が書いてあるだろう、と推測してはいますが御覧の通り。

これではその形からの法則性を見つけることは無理ですね。

 

暗号でも何でもない。閲読を阻害する強力な魔法が込められています。」

 

「そんな魔法が…!」

「私も魔法を行使する身として、幾つか学んでおりましたがこういった種は聞いたことが無いです。私が幼き(みぎり)よりずっと手にしていた本なので、悔しい限りですよほんと。

願望の域を出ませんが、これには私の生い立ちに纏わるものが記されてると信じてます。」

 

二人から本を受け取ったルフレはそれをギュッと抱いた。

 

「―――道中、アッシュさん話してましたね。将来は伝記で語られるような立派な騎士になりたいという夢を。

私はベレス達と共に過ごせれば…まあ今となっては真っ当に傭兵・教員を務めていければいいとは思ってますが、それとは別に抱いている夢がこの本の“解読”です。

 

いつかこの本にかけられた魔法を解き、記された言語が如何なる国のものであってもすぐ読めるように...願わくば知り得ない、私の出自が紐解けることを祈って―――その為に魔道学院では文字の学習に力を入れてました。司祭服に記されていた文字への違和感もその経験が幸いしましたね。」

 

そう告げると彼女はゆっくりと、本に目を落とした。

 

アッシュは考える。

風の噂で聞いた―――ルフレがベレスの実の姉妹でないことを。薄々は気づいていた生徒が居て、自分もその一人ではあった。

故にその事には驚きはなかったのだが、同時に流れた“出自が不明”というものに対しては多少なりとも心を痛めていたものである。

 

自分の親兄弟もわからないというのはどれほどに辛いことなのだろう?

 

確かに自分も生まれは裕福ではないが、己の出自もわかるし大切な弟妹達が居た。そのうえ、盗みを働いた挙句に一領主の養子に迎え入れられたのだ。どう見積もっても“幸せ側”の人間である。

対するルフレはどうだろう。ジェラルト親子と傭兵団という信頼のおける仲間が居たであろうが、自分自身が何者なのかもわかっていない。紛争などに巻き込まれた孤児は沢山いるが、それでもその身内だったりは特定できていることがほとんどだ。例え身内が一人残らずこの世に居なかったとしても、彼らの存在を認識することで想うことができ、それを糧として生きる者も少なくないのだから。

 

彼女ももしかしたらその思いが募っているのかもしれない。

であれば、その本に懸ける期待は自分の想像よりも遥かに重いだろう。

彼女の期待するように、その本が彼女の求める内容であることをアッシュは願った。

 

そんな傍―――

 

 

「あれ?………え?いやそんな…どうして…」

 

 

何故かルフレが信じられない、といった様子で本を閉じたり開いたりを繰り返していた。

 

「ど、どうされたんですか…?」

 

ここにきて初めて見せたルフレの動揺に二人もまた目を丸くした。

ぎこちない動きで首を擡げると彼女は呟くように答えた。

 

 

 

 

「魔法は解けていない…ですが少し。ほんの少しだけですが…()()()()()()()()()()()。私だけ…?

何故...何をきっかけに―――?」

 

 

 

 

アネットは考えていた。

頭から未だに離れてくれない。

 

気を失う直前にみたあの“ルフレの瞳”。不気味に光った赤い閃光を。

 

これまで演習でセイロス騎士の戦いを何度か見たことがある。

その中でも防御性能を著しく欠いた装備より成る俊足を以て相手の懐に潜り込み、的確且つ最小限の動きで相手を仕留める職―――【アサシン】

魔獣の喉元を掻っ切った直後に垣間見えた眼光は今でも記憶に残っており、それを見た私は他の生徒達と共に小刻みに肩を震わせていたものだ。

 

そんな彼らと比較したうえで私は判断する―――彼女のソレは冷たすぎた、と。

 

齢にして自分たちとそれほど変わりなくとも、数多の死線を超えてきた傭兵だ。同年代の者達とは一線を画す経験を積んできたことは分かっている。

だが、それを踏まえても彼女の視線はどれにも似ていない。

心まで凍てつかせるほどに冷え切っていながらも惹き込まれるような、だけれどその想いのままに付いていったが最後、二度と戻っては来れない危険すぎる深淵みたいな闇。

 

本能で察した。

触れられないのではない。触れてはならない。

 

本能が忌避した。

蛇に睨まれた蛙なんてものじゃない。

 

もっともっと恐ろしい。

例えるのならそう―――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()かのような、そんな恐怖をあの時確かに覚えたのだ。

 

「…」

 

未だに見慣れない、狼狽している様子のルフレに目を向ける。

 

まるで別人だ。

 

その興奮に揺らいでいる眼はあの時とは明らかに違う。どこまでも人間らしく、それ以上の何かでもない。そんな人物があんな眼光を放てるものなのだろうか。ジェラルトやベレスと云った傭兵達は皆ああなるものなのか、と疑問は尽きない。

 

 

 

さらには別件で気がかりなことがあった―――

 

(これ…結局何だろう…?)

制服のポケットに意識を傾ける。

 

入っているのは1㎝と無い、黒ずんだ小さい欠片だ。

 

私が倒れ込んだ時の事、手許に在ったソレを反射的に握っていたみたいだ。先ほど目が覚めるその時までずっと。

 

(やっぱり。変な魔力を感じる…)

 

ポケットに入っている今でさえ感じる。

さらには魔力だけでない、どういうわけか恐れにも似た不快感を覚えるのだ。

人体の魔力回路に働きかける魔道具はいくつもあるが、所持者にこのような感覚を伝播する物体を知らない。しかもこのような小さな欠片で。

 

そしてコレこそが今回の襲撃の鍵を握っているのではないか、という根拠不明の疑惑を駆り立てているのだ。

冷静になって考えてみれば今回の襲撃事件の節々に疑問を覚える私を後押しする材料に。

 

(きっと―――)

 

関係があったとして西方教会の刺客が持っていた、私の知らない武具の破片だとかそんなもの。

全てがただの杞憂に過ぎないとは思う。

 

だけれど、今回の課題では何もできなかったうえに、足を引っ張るだけになってしまった負い目もあって、自分なりにこの謎を解いてみたい、なんて。

 

あの時ルフレに抱いた感情と()()()()をその欠片から感じ取った、なんて。

 

 

そんな好奇と疑心が入り混じった探求心がアネットの中で燻っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

=====

===

 

 

 

 

????

 

 

 

 

 

「―――授、教授!起きてください!!」

「―――っ!」

 

自身を呼ぶ声で目を覚ました。随分、昔の夢を見た。

そして―――可能であれば見たくない夢だった。

 

「もー。しっかりしてくださいよ。

 

―――アネット教授

次の学会で私発表しなきゃいけないんですから。というわけで内容の添削お願いします!」

 

そう頭を下げる生徒に教授と呼ばれた彼女もまた頭を下げつつ、書類を受け取って目を通し始めた。

 

「生徒は貴方だけではないことをお忘れなく―――貴方のテーマは【血中魔力素子制御機構の解析による詠唱魔法最適化への応用】でしたね。」

「はい。前にもお伝えしたように詠唱時に声帯を通るまでの間血液を通した、魔力回路を経由しない作用機構があると思ったんですよ。だけど、従来の考え方だと反発されがちじゃないですか?」

「今でも魔法と医学の知見は衝突しますからね。」

「そうなんですよ~。だから、他の奴らからも時間と予算の無駄だって…。勿論私だって初めは、ちょっとの違和感で興味を持って始めたことなんで、そんな筋の通った理由とかは持ってないんですけど―――って、教授聞いてますか?」

 

自分を見ていながらも、何も視えていない―――そんな空虚な眼差しを感じた学生は目の前の教授に声をかける。

 

「え?

…ええ、勿論聞いてますよ。ただ私も貴方のようにちょっとした好奇心とか違和感で始めたことがあったなあ、なんて思い出してしまって。」

 

「?研究っていうのは、そもそもそうやって“疑う”トコロから始めるものじゃないんですか?」

「…そうですね。仰る通りです。」

「…教授、ホントにどうされたんですか?」

 

だけれど―――あの日、あの時。あの瞬間ばかりは。

 

ソレに興味を抱かなければ、また別の今があったのかも―――そう思わずにはいられない。何度も何度も嚙みこなして、反芻してきて今日まで生きてきたのだから。

 

 

 

 

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