ルフレ(女) in フォドラ   作:オノギ

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すれ違いて

~~大修道院 謁見の間~~

 

 

「―――西方教会の造反勢力制圧は今のところ順調だ」

 

一通り報告書を読み上げたセテスはそのように総括した。

 

時節は花冠(6月)。

ロナート卿の一件を受けて、西方教会側の征伐に乗り出した中央教会。

西方教会側もこれほど早期段階で目論見が露呈するとは予想できなかったらしく、反旗を翻した中枢勢力は碌な統制が取れないまま、ジェラルト率いるセイロス騎士達の攻勢に圧され瓦解。どうにか逃げおおせた者達も皆散り散りという進捗にレアは満足気だった。

 

「首尾が上々のようでなによりです」

「ああ。とりあえずは大規模な軍事行動は不要だろう。

……だが知っての通り―――ガスパールにて捕らえた投獄中の司祭2名の死亡が確認された。自殺かどうか現在検死中だが、両名の口封じのために何者かによって殺された可能性も否定できない」

 

セテスの指摘にレアは頷き返す。

 

首謀者や正体不明の爆発物など諸々の事情を吐かせんと考えていた矢先の事であった。牢獄の巡回にきていた見張りが発見した時には両名共に意識はなかった、との事。西方教会とはいえ教団関係者であるため本件の露呈はきまりが悪いという都合上、物々しい警備はつけてなかったことが悔やまれる件であった。

 

「いずれにせよ警戒は解けません。各位には引き続き、行方を晦ました西方教会の背教者達の捜索を命じます」

 

それからしばらく。レアは受け取った戦闘詳報に目を通していたわけだが何故かその戦果自体ではなく、討ち取った司祭や助祭の素性・略歴頁。しかも、それを確認する彼女の温和しやかな表情に変化はないが影が差している。渋るに足る齟齬過失でもあったのだろうか、と問い返せばいいえと彼女は素っ気なく答えた。

しかしながら、ただ、とやはり憂色のまま続ける。

 

「コレに名を連ねる者の中に(なにがし)か。過去、士官学校にて妙妙たる成績を修めた者も見えたもので。無論、彼らに酌量の余地は無いですが、蕭然(しょうぜん)一つ抱かないわけではありません」

 

セテスはハタと一瞬呆けるも束の間、()()のレアに関して云えば得心のいく理由だった。

西方教会の司祭達もまた大修道院ひいては併設された士官学校に通っていた者も居り、当然レアはその時点で既に大司教として彼らに敬われる立場だったはずである。卒業後は志同じくしてセイロス教に身も心も捧げ、更なる啓蒙・救済活動を、とガルグ=マクを発った行末が背反者とは教導者として目も当てられないだろう。微かにうかがえる憮然とした態度に無理もない。

だが善導を言祝ぐ裏で多額の布施を私的流用していたほか、不認可の祈祷料受領などの余罪も出てきている以上、処刑を前提とした彼女の判断に異論は無い、というのがセテスの見解だった。

 

「懐かしいですね。貴方が一時期教鞭をふるっていた頃の生徒も居る様で」

「…歎かわしいが、そのようだ」

 

レアの言うように大司教補佐を拝命するまでの間、聖職者の奉仕活動として彼女から教職を指示されたことがあった。今にして思えば責がそれほど重くなかったこともあって楽しめていたかもしれないが、直面している状況だけに郷愁に浸れる余裕は持ち合わせていない。だが、後ろめたい現状を抜きに考えてみても総じて―――教師というのは難儀な立場という他ない。

いつの時代も権威ある家系の家督を継ぐ者に加え、セイロス教の神官志望や、騎士志望の平民、果ては玉の輿願望の拝金主義と様々。目的も価値観も合わない者同士が轡を並べて同じ講義を受けているのだ。どう仲裁しようと生徒間での衝突も免れ得ないことが多々あった。

 

他ならぬ自分自身もアイスナー姉妹の教職選任へ疑義を持っていた。漸く折り合いを付けれそうな事案ではあるが、導く側の己とてかような葛藤を抱いてしまった事を考慮すると、変にのめり込んでしまう自分はやはり教師には向かず“依頼”として割り切れる彼らこそ向いているのかもしれない、と半ば自嘲めいた言葉が過った。

 

そんな風に考えていたからか、ふと、彼ら2人に関する噂も同様にして浮上する。

 

 

先の対抗戦―――彼らが担当する金鹿の学級が圧勝という形で締めくくるも、未だに2人へのやっかみは健在ということ。

生徒たちと同年代なことに加え、貴族でも、元が教職員ですらない、親が過去に名を馳せたセイロス騎士というだけの傭兵上がり。特に副担任という立場且つ、対抗戦自体には出場しなかったルフレにはその当たり傾向がひと際強い。

 

これから実績を積んでいってもらうより仕方ないだろう、と世間話程度の気持ちでレアに振ったわけだが、当の彼女は先程よりも一層深刻な様子に転じていた。

 

そうして考えるような素振りを見せること数刻、彼女はゆっくりと口を開いた。

 

「先日カトリーヌが戻られましたね?」

「……その通りだが。それが何か関係あるのだろうか?」

突に問われた確認に意図が読み取れなかったため、質問で返した。

 

「丁度良い機会かもしれません。

 

――――――というのは如何でしょうか?」

 

 

「………?」

 

予想だにしない大司教の提案に、セテスはその日一番の呆けた声をあげた。

 

 

 

~~青獅子の学級~~

 

教壇に立ったマヌエラは黒板に人体図を描く。

現在彼女は《剣術》の講義中だった。卒業条件である各学級での履修必須科目と異なる選択教科のより専門性の高い講習。

 

元より、彼女には名高い歌劇団に歌姫として所属していた来歴がある。題目次第では剣舞が求められる特性上、その花形を着飾った身には必須と云っても過言ではない技能だった。

とはいえ当然のことながら戦場にて振るわれる血の華を咲かす剣ではない、並みいる群衆の前で機能性の無い装飾の施された剣の織りなす舞台に咲かす傾城の剣。

 

だが。如何に見栄え重視の技術であろうとも、敵の撃滅を追求するだけのたたき上げの戦士には習得できない、洗練された“柔"が備わっており、同学級の生徒であるフェリクスをして目を見張る質があった。

 

さらには彼女、近年稀な医者としての知識も有している。

負傷者の治癒として信仰が発展した都合上軽視されがちな分野ではあるが、人体に即した医学的観点からの評価が出来る。

 

例えば今がそう。

 

こうして剣を振るう人体をその可動域やその限界とを照らし合わせて模式的に図示することで、神経系からの伝達や己の筋力に併せた生体論的視点からの剣捌きなど他の者には出来ない形式での講義が出来る。

 

そう。他の者には真似できない。

それだけの自信がマヌエラにはある。

 

でなければ自分よりも遥かに高貴な身分の生徒達を前に教鞭などふるえない。況して、今年は大陸の趨勢を握る級長や貴族が相手なのだ。

その威光を前に臆すようであれば、その時点で教員を辞すべきだろう。

 

そのように覚悟して臨んでいるからこそ彼女は常に強い信念を胸に、今日も今日とで物怖じせず堂々と教壇に立っている。

 

 

―――のだが、今回ばかりはやや集中を欠いていた。

 

 

(意欲的に聞いてくれてることはわかるけど……)

 

 

チョークを走らせながら、チラリと横目で席を窺った。

 

その視線の先で座っている同僚―――ベレスとルフレ。

 

 

教師が他の学級の講習を受ける事。

この場に青獅子の生徒以外も居るように、それ自体は何も例外ではない。

申請を出せば認められる権利であり、マヌエラ自身も経験がある事だった。

 

 

ただ今の二人は見慣れた普段の装いでない―――学生服に似た教師仕様の制服。

さらに言えば、いつも通り感情の機微が見て取れないベレスは眼鏡を掛けていた。

傭兵出身とは思えないその端正な顔立ちに、理知的な装飾ともなれば似合わぬ道理はなく、年齢も相俟って生徒として十分に通用するだろう。

 

ルフレもまた同様だ。こちらは彼女と違って眼鏡は無いが代わりに外套を羽織っており、平時のフード付きローブとも異なる別の知性的な印象へと昇華されていた。

 

周囲に座るやんごとなき家系の者達の中にあってさえ、その存在感は際立っており、教室に入ってきて現在に至るまで他の生徒達から好奇の目…中には思慕的な念さえもが向けられている。ただ、どちらかといえば人並みの感情が見受けられないベレスの出で立ちの方にこそ耳目を集めるインパクトがあった。

 

ともあれ、それら一切は外見的な話。少なくとも講義を受け持つマヌエラ自身はルフレの方にこそ意識が向いていた。

それもそのはず。

 

何故か―――ベレスと違って、動揺とも苛立ちとも取れる不可解な空気を醸していたのだから。

 

 

・・・

 

 

ルフレは開いた剣術指南書に目を通しつつも他事で頭を悩ませていた。

 

理由は主に2つ。

1つは自身の肌身離さず持ち歩いている本の事。

 

先の課題を終えたのち、何故か部分的に読めるようになっていた本を彼女は編纂し直すがごとく、読み解けた単語を羊皮紙に書き出していった。

 

助詞や動詞など纏まりの無い文字ばかりであったが唯一、国名と思しき名詞を見つけた。

 

 

 

それが―――【イーリス聖王国

 

 

 

浅学とまで言わずとも、博覧強記には遠く及ばない半端者ゆえの無知と割り切っていたものだが調べ始めること数日。フォドラは勿論の事、他の大陸や地方に至るまでの歴史まで遡っても当該王国名を冠した国は一向に見つからなかったのである。

 

教職員としての業務に従事する傍ら、自室に元から置いてあった参考書から書庫へと足を運び過去の史実に至るまで延々と渉猟していったわけだが、それほど手を尽くして見つけられないとなるとそもそもに存在していない可能性が高い。

 

 

(やはり史実でない、寓話か叙事詩と云った創作物の線が高いですね)

 

だがその場合、出自探索は果てしない旅路となってしまう。

アッシュの話していたような騎士道物語と云った架空交えた軍記に伝記。はたまた子供の躾が為に語られる訓話か、叙情を謳った詩人の句か。どこの誰とも知らない作家が綴った戯曲とも、可能性は多岐にわたる。

古今東西、書物など幾らでもあるのだ。

元々自身の出生の手掛かり一つでも見つけられれば、と期待を寄せていただけに消沈も無理からぬ話だった。

しかし落ち込む事ばかりでなく、光明も見えている。

 

解読できた文字で他に特徴的な固有名詞は見つけられなかったが、口語表現があちこちに窺えたりと専門の学術書や政治的白書といった規範文書でない可能性が高い。であれば焚書され歴史の闇に葬り去られた、という線はないだろう。

加えてこれまで読む事さえままならなかった文字が一部解けたのだ。この先もきっかけさえあれば進展に期待できる。

 

 

(きっかけ…)

 

自室の引き出しの中に収納してある拉げた筒状の物体が頭に浮かぶ。

どういう仕組みかだったかは今のところ判別できないが、火薬とも異なる魔道に通ずる物だった。

傭兵として各地を旅してきた時分、未知なる武器との遭遇は無くはないにしても珍しい。やはりアレの不可解な魔力に起因したのだろう、と考えるのが妥当か。

 

いずれにせよ判断材料が無さすぎる。現段階ではこれ以上知り得ないだろう、と脳内で頭を振った。

 

そう。今はソレよりも気になることがある。

 

遺憾ながら目下受講中の研修の事でもなかった―――

 

 

 

―――

――

 

~~~先日 ジェラルトの部屋~~~

 

 

『ジェラルト、()()は一体…?』

 

ルフレは部屋に着き早々に言い放った。

その言葉に棘は無かったが口元がひくついており、訝しむような眼は薄っすら光を失っていた。

 

その視線の意味するところに気づいたジェラルトは慌てて弁明する。

 

『言っとくが俺の趣味じゃねぇよ。学校側からお前たちにって送られてきたんだ』

そう言いながら籠に収まったソレらを無頼漢さながらの態度で雑に指す。

 

入っていたのは制服だった。黒地に金色の装飾のあしらわれた生徒達のモノとは色違いの銀装飾。デザインも少し異なっており、級長とは違う外套など生徒にはない付属物もあった。

 

やれやれと頭を掻きながらルフレに向き直るジェラルト。

 

『この前の課題でお前の服が汚れたんだってな。その事情込みでレア様が指示したんじゃねえか?』

 

身軽さを求められた傭兵という職業柄、元々私服さえ数えるほどしか持ち合わせていない。そんな私達もどこまで続くかは定かではないが、教師として一定の腰を据える場が設けられた。であれば有って損はないだろう。

それに生徒のものと同様に、ある程度の耐久と機能性を持ち合わせているようなので、ガルグ=マク近郊限定での代えとすれば悪い代物ではない。

 

『有難いのですが…これらは教職員に(あつら)えた正装なのですか?』

しかしながら疑問は残る。

 

『それに似た装いをしている方を今日まで見た事ないのですが…?』

『元々生徒との連帯感を高めるためにって考えの下、全員に配布される予定だったみてえだが、今の教師陣含めた歴代の連中が挙って拒否したからお蔵入りになったものなんだと』

 

『はあ』

 

だが確かに。マヌエラはともかく、ハンネマンが嬉々としてこれに袖を通している姿は中々想像しにくい。時折会うイエリッツァであれば、これの着用が義務化された時点で辞職しそうなイメージがある。

 

『んで、ガキ共と年齢の近いお前らならってコトなんだろうな』

『…』

 

ルフレの隣に居たベレスは意外にも興味を示したのか、(つらつら)とそれら一式見回した。

そうしてるうち何かを見つけたベレスは籠の奥へと手を伸ばした。彼女の手に握られて出てきた物は―――

 

『あん?……度の無い眼鏡か』

『そうみたい』

『ベレス、掛けてみたいのですか?』

 

表情変化も見せないままベレスはコクリと頷くと、そそくさと掛けた。

 

『よくお似合いですよ…それにしても意外ですね。そういった装飾品に興味を示すなんて』

『確かになあ……それで。他はどうする?』

 

『私を慮っての厚意だとしたら無碍にするわけにはいきませんが―――』

 

ルフレはベレスに目を向けた。

私の学級は担任・副担任の教師2人体制。流石に副担任の私1人だけがこれを着るのは憚られる。可能であれば姉妹である彼女と同じで、とは思うが彼女の意志を尊重しなければならない。

 

そんな私の意を汲んでくれたのか、着ても構わない、と言い放つベレス。

私も続くように承諾を申し出た。

 

――

―――

 

 

【挿絵表示】

 

 

ルフレは授業を受けるベレスを横目でやおら窺い見る。

その装いは私と同様に件の制服で、解れや着方に誤りがあるなどと謂った指摘事項はない。

 

ただ一点―――先日の眼鏡を掛けている事だけが気がかりだ。

本人曰く、講義の際は意識づけに良い、と。

 

形から入ることで集中力を高める、所謂“被服認知”と呼ばれる―――を実践しているとすれば何ら問題はないのだが、ベレスに至ってはどうにも腑に落ちない。

 

昔、ジェラルトへの日頃の感謝を込めて二人で贈り物をする機会があった。

最終的には上質な革製の財嚢(さいのう)に落ち着いたが、当初の彼女の提案は何故か“一面に私達の顔が大きく描かれた服"。身近な親子が周囲に居なかった、という環境比較できなかった事実を熟慮しても余りあるトンデモ提案だと思った。きっと喜ぶ、などと至極真面目に口にしていたが、ソレを欣然(きんぜん)と纏う傭兵団長たらば関係性を見直すべきだろう。彼女たっての衷心を傷つけないよう、色が彼の好みに合わないのでは?的な本質を避けた指摘で回避誘導したものである。

……以上のように。奇抜なセンスを有していることからも明らかな身なりへの無頓着気質。

 

故に、彼女の本言動は不可解に尽きる。

教師として士官学校に身を置くようになったが為にしても、意識付けにあたって身支度への着手などという発想に至り得ないのではないだろうか。

 

先日からそのように悶々としているうち、それまで考慮さえしなかった可能性がふと浮かんだのだ。

 

 

 

(好きな人が出来た……とか、なのでしょうか…?)

 

 

 

傭兵として同様の扱いで育ってきた自分をして、感情の起伏が乏しいと言わざるを得ない彼女が、だ。

自身に経験はないが、内在する感情の表出としては上位に位置するであろう恋の心。

 

であれば姉妹として喜ぶべき事案なのだが、手放しに認められる事情でないように思われた。

 

確かにこの学校に通う生徒の多くは貴族という高貴な家。世間から将来を嘱望された若者に溢れている。

そんな貴族社会の縮図たる此処ガルグ=マクでは将来の伴侶を見つけることを目的に通う生徒も居るらしい。ローレンツ然り、他学級のドロテアなどもそう謂った魂胆があるとか。血と硝煙で灰がかったこれまでの環境と真逆の、淡い青春の香りはそこかしこで漂わされている。

 

ベレスがそれら生徒達の熱に中てられた、あるいは流された、という可能性は否定出来ない。

 

仮にそうだとすれば。

年齢が近い上に自分たちは傭兵などという奔放の出だ。本人の気持ちはどうあれ、玉の輿と謂う意味合いであれば願ったりかなったりなのかもしれない。

 

ただ相手への懸念は大いにある。

なんでも青獅子の…シルヴァンだったか。

誰彼構わず女性を口説いて回っているとか。どこまで本当かはわからないが、異性であれば人間であるかどうかすら問わない、と。

酷く眉唾な噂だが本当だとすれば軽佻浮薄なんて言葉では言い表せない、女性どころか魔獣をも超える人類共通の怨敵となりかねない彼のような相手だとしたら――

 

(姉妹である私が出張らなければなりませんね)

 

彼女の懸想の気など露ほど目にした事ないが、それでいてやや胸部を強調した鎧に、無駄に煽情的なタイツを穿いていたりと中々異性の心を(くすぐ)る装いをしている。そして言わずもがな、非常に容姿端麗だろう。

恋は盲目などとも言われている。聡明なベレスのこと、相手の選定に埒外を置いている線は薄いと思いたいがこうも同年代が揃う環境に身を置いてしまった以上、有り得ないとは言い切れない。

 

だからこそ見定めなければならないだろう。

ジェラルトとて、きっと同様の事を考える。子煩悩や親バカに該当する人物ではないように思われるが如何に優れたお相手であれ、一発鉄拳を食らわせる気がしないでもない。

 

……いや。

そもそもにどれほど年齢が近かろうが教師と生徒間での恋愛など不味いのではないだろうか?

 

 

(いけない、いけない…よしましょう)

 

 

意中の相手が教員という線も、などというどこまでも平行線を辿る思索に至ったところで再度頭を振った。

 

存外冷静さを欠いている。第一、これらは全て私の空疎な妄想に過ぎないのだ。

平時ではありえない、そんなものに思考のリソースを割いている自分の体たらくを……もとい、意外にも人並みに有していたらしい年甲斐のふしだらさを戒める。

 

仮に的を射ていたとしても下世話な事に違い無い。無意味な行いは止めにしよう。

授業に専念しないとマヌエラに対して失礼だ、と。ルフレは黒板に意識を傾けた。

 

 

 

 

 

 

 

(あたくしに対する不信………なのかしらね)

 

どこ吹く風という感じの心の声と裏腹に。

心当たりが無いわけではなかったマヌエラは唇を噛んだ。

 

 

 

~~ 書庫 ~~

 

 

机に広げた参考書とノートを開いたまま、アネットは俯いていた。

少し凝りを覚えたので身体を伸ばそうと置いた一間であったが、肩を慣らすでもなく思考の一切を放棄して、ただ数刻、また数刻とボンヤリしていた。ジッとしていることが好きではない、という彼女の性格を知る者にとっては稀な光景であろう。

 

理由は言わずもがな、先の課題協力の件が尾を引いているのだ。

ロナートは死んでしまい、自分は役にも立たないまま気を失ってしまった。一番つらいのは義理の息子であるアッシュと、不本意な介錯をしたルフレであろうに。

当の二人は吹っ切れてはいないにしても、訓練や講義で精彩を欠くことなく臨んでいるだろう。

 

かくいう自分はどうであろうか?

 

何気なく手の平を開いたり閉じたりを繰り返してみる。

 

自分の小柄な体躯に馴染んだ小さな手だ。

如何に士官学校で魔道を学ぼうと、武芸に力を入れようと見た目通りの矮小な存在だと否応なしに痛感させられる。

 

自分は真面目さが取り柄で、それに違わぬ姿勢で物事に取り組んできた。そう自負していたが甘かったと認識せざるを得ない。

 

なればこそ。

答えのわからない……そもそもに問題があるのかさえ怪しい、あの現場での出来事やそこで手にした正体不明の欠片の検証に着手して少しでも挽回しようとしているのだが“何かに従事している”という言い訳を作りたがっている感も否定できない。

 

(あたし一体何してんだろうなぁ)

 

そんな諦念を心で反芻させていたその時――

 

「変わったものを読んでるね」

 

 

「ぅわっ!!?……ああ、リンハルトか」

 

 

何時の間にか背後に立っていたのは黒鷲のある種の問題児。

日々の授業の合間を縫って、ハンネマンとは別に独自のやり方で紋章や魔道への研究を進める意欲的な人物だが彼を品行方正と評す者は居ない。

教室でも芝生でも、あらゆる場所で昼寝している姿が目撃されており結果、講義や訓練に遅れることもままあるという。それでいて学業では好成績を修めている天才肌。

家の紋章も上手く扱えない、実直なだけが取り柄の自分にとっては羨望の対象であり、然るべく(そね)みの対象。

有り体に言ってしまえば苦手とする部類の相手だ。

 

「そんなに驚く事?」

「突然後ろから声掛けられたら誰だってびっくりするよ」

「そんなものか」

 

まあ彼にとってみれば縁の無い事象だろう。

昼寝にしろ研究にしろ、何かに没頭している際の彼には如何なる干渉も不毛と専らの噂である。適当にこの場を切り抜けようと思ったが、彼はどうにも私の読んでいた参考書が気になるようだった。

 

「非魔法具への防御魔法付与に関する文献だよね?この士官学校ではあまり力を入れてない単元だと思うけど」

「別にいいでしょ。少し興味を持ったってだけだから」

「それはいい事だと思うけど、アネットが講義とか訓練に関係無いことを学習するイメージが無かったから」

「…どういう意味かな?」

 

そのあっけらかんとした態度に悪気は無いのだろうが、遠まわしに馬鹿にされているような気がしたため若干の怒気を込める。

それを汲みとった彼は特段怖ける様子もなく、バカにはしてないよと続けた。

 

「単に疑問だよ。そっちに見える【古代~近代までの建築史】って本もアネットが興味を持ったってこと?」

「…っ!いや、これはその…」

 

裏に隠れていた本まで見られてしまった。

 

先刻脳裡を過ったように、こうなった彼の興味を逸らすことは容易ではないだろう。

アネットは観念したように燭光で揺らめく天井を仰ぎ見た。

 

 

「―――なるほどね」

 

アネットが彼に打ち明けたのは先のガスパール領での事件と、其処で生じた二つの謎。

一つは現場で手にした例の欠片。

現在は小さなガラスの小瓶に収まっており、リンハルトが光越しに視たり、中で転がしたりと色々試している。

 

そしてもう一つはガスパール城の“天井の崩落”について。

 

あの時自分は高位魔法【メテオ】に因る二次被害と考えたわけだが、後になって薄っすら疑問を抱いた。確かに碌な修繕が施されていない古城で、防御の魔法陣にも綻びがあってもおかしくないが、意表をついて侵入するためとはいえ態々壊れるか怪しい手段を一か八かで試すだろうか、と。

だが城の造りは勿論のこと、魔法に関する知識も足りていない。

だからこそ、ほぼ確実に綻びを狙えるかどうか調べるために過去の城の構造から調べる事にしたのである。

 

(……)

 

この疑問を抱くにあたって実際にはもう一つ理由はあった。

だけれど、その事は伏せた。

 

それはきっと―――ルフレに抱いてしまった一時の恐怖が後押しした、自分の()()()()()だと思ったから。

 

 

「……って、ちょっと!?」

 

歯がゆさと自己嫌悪が重なった感傷に浸っていた所為か、リンハルトがいつの間にか小瓶から欠片を取り出して感触を確かめていたことに気付かなかった。扱いは丁寧そのものではあったが、せめて一言声掛けてほしいと伝える。

 

彼はごめんごめんと口にするものの、全く悪びれる様子なく依然欠片を観察していた。

 

「確かに不思議な魔力だね。闇魔法とも異なる作用が働いてる気がするよ」

「あたしもそう思った…と・も・か・く!

何あるかわかったものじゃないから、瓶に戻してよ」

 

「それにアネットの言ってた天井の事も気になるね。僕も詳しくはないけど、城の材質とかによっても敷く魔法陣が異なると思うから、入念に下調べしてないと意図して弱点を狙うってのは難しいんじゃないかな」

 

「リンハルトもそう思う?

良かった~。的外れな考えじゃなくて…いや別に良くはないけど。っていうか、ソレ瓶に戻して!」

 

「興味が湧いたから僕にも調べさせてくれないかな?」

 

「わかったから!!いい加減に戻しなさ~~いっ!!」

 

ものの見事に手玉に取られてしまった。

やはり彼の事は苦手だ。

 

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