ルフレ(女) in フォドラ   作:オノギ

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2話目です。


遭遇

 

――

―――

 

 

ルミール村

 

 

 

 

「――レス、ベレス!」

 

ぱちり。

 

そう擬音が聞こえるくらいに私は勢いよく瞼を開けた。

ぎょろりと眼球だけを動かし、先刻まで自分を呼んでいたであろう見慣れた人物

―――()()であるルフレを認識する。

 

両の側で結い垂らした髪を翻すように首をコテンと傾けると、やや視界の霞む寝ぼけ眼の私に彼女は呆れながら告げた。

 

「やっと起きましたね。そろそろ出立の準備をしておかないと、またジェラルトが怒りますよ?」

 

わかったと私は答える。

だけれどルフレは私の素っ気ない態度に思うところがあったようで、ややしたのち思案顔をしたまま口を開いた。

 

「...ベレス、もしかしてまた例の夢を見たのですか?」

「うん。戦争と女の子の。」

 

着替えを終えた私は端的に答える。

幼少の頃から行動を共にするルフレには、話せるだけの夢の詳細は打ち明けていたのだ。

 

「当然、私も知らない内容ですね。」

「でもなんていうのか、夢に見るたび鮮明になってる気がする。」

 

戦争....はともかく、女の子の夢の時はそれをよく実感する。

ずっと昔は緑色した何かが話をしていたくらいの覚束ないものだった。

それから同じような夢を重ねていくにつれ、ソレが人の姿をしていることが分かり、やがてその声の主が男性には程遠い女性のものであることを認識し、そして終いには一方的に聞くだけでなく自分の名を答えたりと、やり取りをするにまで至った。

 

その存在と距離が縮まったとでも言うのが正しいのだろうか?

 

はじめは父―――ジェラルトにそれを伝えた時には軽く往なされたものだが、その相手の特徴を伝えた時には、ごく一瞬ではあったが中々お目に掛かれない驚いた表情をしていたものだ。何か心当たりがありそうな感じではあったが、ただでさえ傭兵団を取りまとめる長として奮闘している父に余計な負担はかけたくないとそれ以上突っ込んだことは言及しなかった。

 

そして代わりという形でルフレが聞いてくれたというのが事の経緯である。

 

同じように育てられてきたのに、自分だけ違う何かが見えているのではないだろうか?

その相談をきっかけに彼女からは距離を置かれるのではないか、などと不安を抱いていたものだがそれは杞憂に過ぎなかった。

彼女は私の荒唐無稽な夢を親身に聞いてくれ、気持ち悪がらず本気で考え共有してくれている。

彼女には心底感謝が尽きない。

 

「女の子のことは兎も角、ベレスの見た限り戦争くらいの規模の争いっていうのがなんとも不思議ですね。地域紛争くらいならまだしも‥‥私もフォドラの歴史を詳しくは知らないですが、最後に戦争があったのは何百年も前の話みたいですし、それが鮮明に映るっていうのはますます悩みドコロなのですけれど――」

 

「でもこれに毎夜(うな)されているわけでもないし、今のところ問題ない。」

 

だから気にすることない、と言いかけた所で制止される。

 

「気にすることないって言うつもり?」

「っ!・・・うん。」

 

家族である私にもジェラルトにも敬語を欠かない彼女だが、私を含む傭兵団など身内との間では、ある特定の条件下でこのようにため口になることがある。

1つは疲労で言葉数を減らすのに有効なとき。そしてもう一つは―――

 

「はあ・・・・前にも言ったけれど、魔道には人の精神を壊したり、操ったりしてしまう闇魔法というものがあるのです。中には本人や周囲に気づかれないよう、遅効性のものもきっとあると思います。繰り返し見る夢がそれの類と切り捨てられない以上、貴方も意識してください。他ならぬ自分自身のことなんだから。

・・・ちょっと!!ちゃんと聞いてますか?」

 

「勿論。」

 

怒っているときである。

 

当然、私の為を思ってくれているのはわかるのだが、若干歯止めが効かなくなることがある。

(おご)りではなく、私とジェラルトに対しては特にその傾向が強い。

 

実際私達は姉妹なのだからお互いを想うことは道理であると納得はしているが、他の家庭でもこういうものなのだろうかと疑問に思うこともしばしば。だが如何せん比較対象がないうえ、それを告げようものならまた小言を言われてしまうため決して口にしないが。

 

 

「おい、起きろベレス!」

乱暴な呼び声と共に私達の父であるジェラルトが入室してきた。

 

「っと、ルフレも居たのか。相変わらず仲がいいなお前たちは。」

 

「ええ...それよりもジェラルト。

いくら部屋に居るのが娘だからってドアをノックするべきだと思います。着替え途中だったらどうするつもりですか?」

「あーそうだな....すまねえな。ベレス。」

「うん。」

 

ジェラルトもルフレとの舌戦は避けたかったのだろう。すんなりと謝罪した。

彼の気持ちは分かる。少なくとも私はルフレと口論で勝ったためしがない。

 

「その様子だともう身支度は済んでるようだな。さっきまで寝てたみたいだが大丈夫そうか?」

私はコクリと頷く。

 

「また例の夢を見てルフレに相談してたってトコか。そいつの言ってたように何か魔法なのかもしれないが、俺達傭兵の仕事ってのは命懸けなんだ。無理はしなくていいが戦場にまで余計な雑念は持ち込むなよ。」

 

「わかった。」

「次は王国での仕事でしたよね?」

 

「ああ。もう夜明けだ。他の連中はとっくに出立の準備ができてるぞ。」

 

ジェラルトがそう告げた傍から、廊下の奥から慌ただしい様子で一人の傭兵が現れた。

 

「ジェラルトさん、すまんが来てもらっていいか?」

「なんだどうした?」

 

 

 

 

 

連れられて仮拠点の外に出てみれば、見知らぬ3人が居た。

そのうちの一人―――金髪の青年が焦った様子で告げる。

 

 

「突然申し訳ありませんっ!」

「ガキどもがこんな時間に何の用だ?」

 

ジェラルトに次いで私達二人も同様に警戒する。

整った容姿に加え、身なりやその佇まいを見る限り3人ともやんごとなき身分であることは明らかだった。それに各々得物を手にしている。実力の程はわからないが、万一こちらへの敵意があるならすぐさま襲い掛かってくるほどの胆力は窺い知れた。

 

「実は私達、盗賊団に追われているのです。どうか力を貸していただけないでしょうか?」

「盗賊だと...?」

 

聞けば野営中に盗賊に襲われて仲間と分断されてしまったそうだ。それを聞いてジェラルトが苦い顔をする。

 

「嫌なことを思い出させてくれるぜ全く・・・・ガキどもはともかく、この村を見捨てるわけにはいかねえ。

用意は良いな、ベレス、ルフレ。」

 

私達は頷いた。

そこで遠方から傭兵の一人の大声が聞こえた。

 

「ジェラルトさん。大変だっ!!

南の方にも盗賊が来たみたいで、既にこの村の民兵が応戦してるようだ。」

 

「クソッ!そっちからも来てやがるか。村の南ってなると此処から少し距離があるな。

よし分かった。騎兵は俺の後に続け!!

ベレス、ルフレ。済まねえが正面の盗賊どもはお前らの隊に任せて大丈夫か?」

 

「問題ない。」

「任せてください。」

 

2人の了承を見届けると、ジェラルトは馬に跨り騎兵たちとその場を後にした。

残った私達二人は即座に顔を見合わせる。

 

「思った以上に相手の数が居るみたいだし、挟み撃ちとかできないかな。」

「私も同じことを考えてました。

・・・・そうですね。ベレスの隊は正面の北から、私の隊は村の東側から攻め立てるというのはどうでしょうか。東側の出口は此処から近いですし、其処から盗賊達の本隊がいる背後に回ればこちらにとって有利な傾斜になっていたはずです。」

 

「成程。それなら弓が有効だね。林もあったし不意をつけそうだ。」

 

「はい。ですのでベレスの隊の弓兵を何人かこちらに回してください。その代わり其方は近接戦が主となりますので、私の隊の剣兵をお任せします。」

 

「わかった。あと、以前の戦闘でルフレの隊の弓が不足していたと思うから、輸送隊から補充しといたほうがいい。」

「そうでしたね。それでは物資を確認し次第先に出撃します。」

 

そう言うとルフレは輸送隊の方へと向かった。それを見送ったベレスは制服を身に纏った3人に問いかけた。

 

「君たちは戦えそう?できるだけ戦力がほしい。」

 

「っ!・・・ああ勿論だ!こちらとて助力を願う身だ。必ずや役にたってみせよう。」

「望むところよ。あと、私達から依頼するのだから報酬の方も心配しないで。」

「やれやれ、仕方ねえ。足手まといにならない程度に頑張るとしますか。」

 

 

 

「やあっ!!」

「ぐはぁっ!!?」

 

エーデルガルトの振り下ろした斧が盗賊を一人地に沈めた。手の届く範囲に敵が居ないことを確認した彼女は、交戦中の二人の級長の下へと向かった。

 

「こっちは片付けたわ。」

「こちらも粗方済んだ。クロードの方は―――無事みたいだな。」

 

見ればクロードが中距離に居た盗賊を矢で射抜く姿が目に入った。

 

「よっし。一丁上がり、と。」

 

命中と敵の転倒を視認したクロードは二人と合流した。少しの余裕が出来たため、3人は一時的に肩の力を抜いた。

「敵はそれなりの規模だったみたいだが、この様子だともうすぐケリがつきそうだな。」

「そうね・・・・釈然としないけれど。」

 

何やらくぐもった声で答えるエーデルガルト。彼女と同じくして俯くディミトリを見たクロードはははーん、と得意気な顔をした。

 

「さすがはお二人さん。お気づきのようで。」

「茶化さないでくれるかしら。こんな時に。」

「そうだぞ。だが、エーデルガルトの気持ちは分かる。こうもお膳立てされてはな....」

 

このほぼ一方的な戦い―――そんな中、3人に割り当てられた役割は言うなれば()()()()()()

 

確かに複数名の盗賊は害さんと3人の前に立ちはだかった。だが彼らはいずれも手負いや武器の半壊状態で、ベレス・ルフレの隊が既に脅威ではないと判断した取りこぼしばかりであった。それらとの遭遇率の高さを踏まえると、勘が良ければ自ずとわかってくるものだ。

 

この戦場の実質的な“支配者”によって誘導されたものであると。

 

「まあ俺としては楽出来て願ったり叶ったりなワケだが。」

「...しかし、悪い気はしないな。」

 

ディミトリはそう呟いた。エーデルガルトも声を上げることはなかったが同じ気持ちを抱いている。

 

ベレスたちは自分たちの身なりなどから、最低でも貴族であることは見抜いたはずだ。

であらば普通なら自分たちを戦場に立たせたりはしない。

 

というのも自分たちが死んでしまっては報酬が白紙になるのは勿論の事、場合によっては責任の矛先が傭兵団に向かいかねない。

それを考慮したうえでベレスたちは自分たちを前線へと送ったのだ。

 

会って間もない短期間で信頼関係なんてものはきっとできていない。しかし、形はどうあれ即決で戦力として敵との戦闘を託された。

それは高貴な身の上、へりくだった臣下達と共に過ごしてきた環境下ではなかった新鮮な感覚だった。口では堅実な作戦への安堵を漏らすクロードも、内心は二人と同じ思いで晴れやかであった。

 

「合流後、次はあの先の地点に向かうのだったわね。」

ベレスの伝えた作戦を復唱するように確認するとエーデルガルトは駆けた。二人もあとに続く。

 

 

 

ピカッ

 

 

向かう先、度々敵の本隊裏の夜闇から白い雷光が迸る。恐らく【サンダー】などの雷系統の魔法であろう。

はじめ見た時は敵勢力内に魔道士が居るのか!と警戒を強めたが、ベレス曰くルフレの放ったものとのこと。

 

「ベレスも鬼のような強さだったが、あのルフレってのも只者じゃないね。」

 

先行し立ちはだかる盗賊達を一網打尽に駆けて行ったベレスの背を思い浮かべながら、クロードはそう呟いた。

 

 

魔道士の肩書を持つ者は決して多くない。

というのも適正と学習環境という敷居がある。各人の保有する魔力の内蔵量は生まれたその時から決まっているというのが定説で、それ以上は望めない。限界値が大したことないだろうと判った時点で人は早々に魔道を諦め、剣や弓といった物理攻撃主体の方針に切り替える。

また、魔法というものは性質上その理論や術の構築が複雑である手前、一から学習するとなると理学・信仰の専門書のほか、腕の確かな魔道士による指導も必要となるケースが多い。

だからこそ悪用せず、正しく魔法の行使ができる職の保有者は少なくて重宝されるため、実力に自信がある者の多くは国や教会に仕えるのが定石となっている。

 

なればこそ傭兵に身を落とすなんていうのは異端中の異端であろう。収入においてムラがあり、大きな稼ぎにはなりにくい博打のような役職である。況して、照らされる閃光と鳴り響く轟音から判断できる程の凄腕の魔道士ともなれば。

 

ベレスとルフレを筆頭に他の傭兵達も軒並み強い。それら人材を一つに纏め上げるジェラルトが如何ほどの人物か、とクロードは推し量るように思案していたわけだが、そんな彼の物言いを二人の級長は互いに異なる面持ちで聞いていた。

 

「ルフレ...か。」

「おや、どうしたんだ?まさかあの人に惚れちまったか?」

「冗談はよせ。ただ、どこかで聞いたことがあるような気がしてな。」

 

「....へーそうかい。まあこんだけ強い傭兵団で魔道士ともなりゃあ、俺たちが知らないだけで有名かもな。」

 

けらけらと乾いた笑いを漏らすクロード。その眼はやはり笑っていなかった。

薄っすらと場が和んだ中、エーデルガルトだけ依然浮かない顔をしている。不意に二人が聞き取れない程の声量で呟いた。

 

あの髪・・・

「ん?エーデルガルト、何か言ったか?」

「いえ、何でもないわ。」

 

無意識に声に出ていたらしい。何ともないといった素振りでエーデルガルトは前を向く。

 

(クロードも言ったけどあの技量...)

 

ルフレとその有する力を垣間見たその時から覚えた、心を揺さぶるような暗然たるその感覚。加えてベレス共々、戦力として数えてくれている二人への期待に少しでも応えたいという思いが混ざり合って生じた”焦り”は後々失敗を生むことになった。

 

 

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