ルフレ(女) in フォドラ   作:オノギ

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教育方針

 

 

騎士の寮

 

 

ルフレとベレスは寮内の一室にいた。

そこは学生寮の一室を割り当てられているベレスと対照的に、ルフレに割り当てられた部屋だ。

 

二人が別れたのはジェラルト傭兵団の一部が同じ騎士の寮で世話になることもあって、いざというとき彼らの統制を図るうえで良いのではとルフレが進言したため相成ったことである。

定住地の無い仕事柄、培われた倹約精神が如実に表れた装飾の排された内装。生徒用に充てがわれた明るい色調の自室より、ベレスにとって好ましいものだった。

 

だがその空気を楽しみに訪れたわけではない。

用がない限り基本生徒も立ち寄らない性質上、ちょうど良いと翌日に迫った学級対抗戦の作戦会議をするためだ。

 

「1クラス教員合わせて5人。参加者計15人の三つ巴戦か。」

 

開始早々呆れたように呟くベレス。お茶の乗ったお盆を持ってきたルフレも珍しいですよねと相槌を打つ。

 

「ああ、あと級長の参加は決まってるみたいですね。教員枠は担任のベレスだそうですので、実質選ぶのは3人ということですか...それにしても改めて異常ですね。」

 

「本当にね。」

 

有難うとお茶を受け取りながら告げる声は、やはり困惑混じりであった。

 

傭兵の仕事として地域紛争で一兵団として雇われた経験はある。作戦内容に応じて部隊を分けることはあったが、それでも10人前後の分隊単位が主だった。それより小規模となると、憲兵としての城内の見回りや潜入と云った非戦闘前提の任務くらいしか経験が無い。

 

だが今回は戦闘が目的であり、自分含めた5人が主力にして本隊ときている。

 

さらには参加メンバー発表が試合当日に行われるため、参加生徒が直前まで知らないというのも無視できない条件だ。

 

実際の戦いは何の前触れもなく起きることが多く、それを想定した規定であり、学生の即応力を試す機会としても効果的なのはわかるが何とも判断の難しいところである。二人としては出会った生徒へのここ数日での印象と、学校側から提供された簡易な略歴と成績表くらいしか判断材料がないのだ。

そんな条件下で夜間の奇襲でもなく陽の下で掃討戦など、一体何の冗談だと二人して呆気に取られたのも記憶に新しい。

 

「これだけ参加人数が少ないとなると、生徒の実力次第で個人技になりかねませんね。」

「だけど成績を見る限り各クラス上手く分配はされてるみたい。ただ、私たちより生徒のことを知ってるマヌエラ達のほうが有利かな。二人自身の動向も気になる。」

 

早い段階で打って出るのか。まずは静観を保つのか。

今年の新入生との演習自体は初めてだそうで条件は同じに見えるが、教師としての力量差はあるだろう。生徒との連帯という意味合いでは彼らのほうに軍配があがるはずだ。

 

「その件なのですが――」

 

ベレスの懸念に尤もだとしつつルフレは立ち上がると、デスクから何やら一つ封筒を持ってきた。

 

「相手の基本戦術に関しては、採用可能性が高いと思われるモノがあります。コレは他の教職員の方から頂いたものです。」

「?」

 

促されて中を開けてみると、今の新入生の入学~クラス配属決定までのカリキュラムが入っていた。各生徒がクラスに割り当てられるまでの事前教育として実施されたメニューの一覧がずらっと並んでいる。

 

「...ここに記載されてる内容に小規模戦闘での部隊運用があったの?」

 

「いいえ。そもそも士官学校とはいえ一年制なわけですから、教育範囲としてはその点は限られているでしょうね。」

 

この士官学校は他と比べて貴族が多いとはいえ、騎士や兵士、修道士などを志望する平民も多いため必須科目として隊・軍の指導者を想定したものはない。

 

勿論誰しも貴族の心得や組織運営施策、兵の運用を学ぶ機会はあるが、教育体制として基本的には戦闘を視野に入れた個の力の成長に重きを置いている。軍人でもないハンネマンやマヌエラが担任を務めていることからもわかるように、指導者としての教養の細かな点は各個人に委ねられており、より精力的に取り組みたい者は各々騎士の間や書庫に通うなどして励んでいるものだろう。そもそも家系によっては学校などよりも自分の家で学ぶ機会のほうが多いはずである。

 

それ故にそのカリキュラムが、本件にどう活かせるのかベレスにはピンとこなかった。

 

「この項目を見てください。」

「実技演習.....あ。」

 

それを目にしてルフレの意図するところを把握した。

「これ通りならこの戦いは....」

 

 

 

「はい。生徒の実力がベレスの言うように各クラス同程度と仮定すれば、()()()()()()()()()()でしょう。」

 

 

 

そう言い切るルフレに過信している、と咎めることなくベレスも首肯する。

 

「...だとするとやはりメンバーの選定がネックか。」

「そうですねぇ...」

 

そうして互いにゆったりとした動作でお茶を服する。

 

甘さに逃げたかったのかもしれない。

それでも口当たりに反した苦い顔をする二人の頭の中では、クロードとのやり取りが流れていた―――

 

 

 

===

 

『ローレンツは出さないほうがいいかもしれない?』

『どういうことでしょうか?』

 

『一応言っとくが、あいつがよく俺に突っかかってくるからっていう私怨じゃない。話してみて分かったと思うが、あいつは貴族としてのプライドが人一倍高いやつでね。可能性の域を出ないが、手柄を立てようと作戦を無視して先行しちまう可能性がある。どっかの皇女サマみたいにな。』

 

『それは言わないであげてください。』

『でも弓を得意とする生徒の多い中、槍を使えるのは貴重だね。』

『はい...勿論候補は他にもいらっしゃいますが、彼のように意欲的な人を出してあげたいところですけど。』

 

『ま、アドバイスでもない単なる情報共有だ。第一、俺は級長だが一生徒に過ぎない。当日の体調だとかもあるだろうし、あんた達二人なら上手い采配をとるんだろう。俺は二人の決定に従うぜ。』

 

 

===

 

クラス全体での顔合わせの時にも、この対抗戦で活躍したいと意気込みを露わにしていたのがローレンツであった。ジェラルトの弟子を名乗るレオニーや体格のいいラファエルが同じく名乗りを上げていたが、一番に声を上げたローレンツに続いた形であった。それほどの強い思いを無碍にするという扱いは今後の教育に罅入るかもしれない。

 

「ルフレも言ってたけど、やる気がある人が活躍の場に出れるっていう印象付けとしてもいいと思う。彼の成績も上位に位置するし。それに編成の上でも適任なんじゃないかな?」

 

「はい。しかし、それでクロードさんの言う通り作戦を無視した暁には、勝利しても彼に非難の矛先が向くことでしょう。」

 

ローレンツを出場させるにあたって選定後に"きちんと作戦に従ってください"と伝えればそれで済む話なのだが、そもそも現段階で問題行動を起こしていない生徒に風聞での判断から念押しするというのは二人としても気後れした。そしてそれを告げればプライドの高いというローレンツは周囲の視線から恥を覚えるかもしれないし、それを自分たちに伝えたクロードとの不仲が加速するかもしれない。

そうなれば完全に悪循環だ。

 

仕方ない。ならば今回はレオニーかラファエルで行こうか、とベレスが提案しようとした矢先、ルフレから思わぬ声が挙がった。

 

 

 

「いっその事、今回このクラスは対抗戦で負けていただいて、その失敗を糧に今後励んでいただくというのもありかもしれないです。」

「...え」

 

 

ルフレの発言にキョトンとするベレス。それくらいには彼女の提案は衝撃的だった。

 

「それは流石に...」

 

此処に来てから数日。教師たる者の意義を説けるほどわかっていないが、当初から出鼻をくじくような行いを推進するというのはどうなのだろうか。而して彼女を見遣れば、特段冗談を言った風でもなく普段通りの佇まいでこちらを見ていた。

 

「気持ちは分かりますが、至って真面目ですよ。それにそもそもとして―――」

「どうしたの..?」

 

 

口元に手を添えて考え込むルフレに、ベレスは心配そうに声をかける。

長い時間を共にしたからこそ判る彼女の醸す空気に混じった不穏な因子。それを読み取ったが最後、否応なしに覚悟させられる。

 

 

こういう時は決まって自分の考えと相容れず口論に発展するのだ、と。

 

 

「良い機会かもしれません....ベレス。考えたのですが今後の教育方針を考えるうえでも、今回こういう手を使うのは如何でしょうか―――」

 

 

告げられたルフレの提案にやっぱりかとベレスは虚ろ気に目を瞑る。

それでも反論せず実直に受領するのは気が引けたため反対するが、案の定口論に負けてルフレの案が採用されることとなった。

余談であるがコレの可否に小一時間要しており、結果として本会議で作戦立案を差し置いて最も長引いた議論となった。

 

 

―――

――

 

 

対抗戦当日

 

「それじゃメンバーを発表するね。

私、クロード、ローレンツ、ヒルダ、イグナーツ。この5名で行こうと思う。」

 

ベレスは金鹿の生徒全員に声が届くよう大きな声で告げた。

 

それを聞いて周囲は各々反応を示した。

自分が選ばれなくて良かったと漏らす者や選ばれなくて悔しがる者。果ては対抗戦に左程興味が無いためどこ吹く風然としている者と様々。

 

クロードがクラスの紹介時に初めに伝えた言葉―――金鹿の生徒は貴族や平民が入り混じるため多種多様な考え方が混在している、という事実を正しく反映している光景だ。

しかしながら其処に批判的な意見は無く、彼らの成績なども踏まえたうえで順当である、と凡そ好印象であった。

 

クロードもローレンツを選出した件を気にしている様子はなく、うんうんと納得している。

 

元より彼もローレンツの意気込みや実力は認めていたため、出場させるのであれば相応の指導はしてほしいという彼なりの鼓舞でもあった。

 

「予め言っておくけど、この戦いに選出されなかったからと落胆しないでほしい。皆に期待しているから。

・・・それじゃ早速だけど作戦内容を伝えるね。まず――」

 

 

「ベレス、お待ちください。」

ベレスの隣に居たルフレが突如待ったをかけた。

 

「作戦を話す前にまずこの戦いの方針を決めたほうがいいと思います。」

 

一体何の話だ、と周囲がざわざわしはじめる。当のベレスはやや眉を寄せながら問い返す。

 

「・・・具体的には?」

 

「この対抗戦―――堅実に勝利するか、上手く敗北するか?

これを決める必要があります。」

 

 

ルフレの言葉に教室が先ほどと違う様相でざわめいた。

 

なんてことのない2択の質問・・・そう割り切るには後者があまりにも捨て置けなかった。

 

「上手く敗北?」

「何それ?」

「どういう意味?」

「なんでそんなこと...」

 

各々で声が上がる。それらはどれも不満が滲み出ていた。

クラスを導く副担任ともあろう人物が、何故そんな選択肢を提示したのかと真意を汲み取れずにいたのである。

 

クロードが落ち着けと皆を宥め、静まり返ったことを確認したのちルフレに向き直る。

 

「ルフレ先生。その―――負ける方針ってのはどういうことなんだ?」

 

クロードがクラスを代表して問いただす。

 

「単純な話ですよ。今回の対抗戦が来る鷲獅子戦の予行演習である、ということを視野に入れた次第です。」

 

「ルフレ先生!ちょっと待ってほしい。予行であれば負けていい、などという理屈は流石に相手に対しても礼節を欠くのではないだろうか?」

「そうだよ!ジェラルト師匠だって、初仕事として全力でぶつかれって激励するんじゃないのか?」

 

ルフレの発言にローレンツとレオニーが立て続けに反対意見を述べる。レオニーは兎も角、礼儀を重んじるローレンツらしからぬ非挙手での回答に周囲は驚くことなく、同じ気持ちであるとルフレに視線を送った。

 

 

それに対しルフレはもっともだ、と前置きしたうえで口を開く。

 

「戦略的な敗走ですよ。今後の相手の過信増長と我々への執拗な関心回避が主な目的です。」

「?」

 

 

「そうですね....例えばレオニーさん。想像してみてください。

とある人物二人―――仮にA、Bと置きますね。

Aはものすごく強い者で、貴方がこれまで勝ったことのない人物。

Bはさほど強くない者で、貴方がこれまで負けたことのない人物です。

 

貴方はAあるいはBに決闘を申し込む、と仮定します。

ここで質問です。あなたはAとBどちらとの決闘に一層時間をかけて対策しますか?」

 

「・・・そりゃあ一回も勝ったことのない...Aに時間を費やすと思う。」

「はい。ここに居られる皆さんがそう答えるでしょう。」

 

頷きながら答えるルフレに、でも、と続けるレオニー。

 

「だからってBが相手でも油断はしないよ!!それにその例って鷲獅子戦の事なんだろ?だったら大事な闘いだし、誰が相手であっても全力であたるさ。」

「そう、仰る通り。重要さは勿論のこと、それまでの準備期間も長い。鷲獅子戦とを照らし合わせれば、今の質問は意味を成さない―――というわけでもないのですよ。」

 

「?どういうこと?」

「今の質問例と鷲獅子戦との根本的な違いはわかりますか?」

 

 

「違い........あ.....相手は2クラス...ってこと?」

 

ルフレはこくりと頷く。

 

「レオニーさんの仰るように相手と一対一であり、且つそれが大事な戦闘であれば誰であれ本気で臨むことでしょう。しかしながら件の戦いは三つ巴。2勢力に物量差があるのであれば、より強い相手を念頭に置いた訓練を行うことで自ずともう一方の相手への対策と強く結びつくに違いありません。

しかしほぼ拮抗した勢力2つである以上、どちらかへの対策に注意が偏ることでしょう。」

 

皆心ならずも頷き返す。

 

 

「―――これを踏まえたうえでもう一度最初の質問に立ち返りましょうか?

クラスAは対抗戦で見事一位を収めたクラス。

クラスBは対抗戦でそれほど強さを示さないまま三位で敗退したクラス。

 

さて、鷲獅子戦に於いてどちらのクラスに一層時間をかけて対策しますか?」

 

「・・・っ」

 

先ほどまでの威勢はどこへやら。小鼻を膨らませたレオニーをはじめ皆暗い面持ちで閉口した。

 

その様子に目を伏せながら、追い打ちとばかりにルフレは続ける。

 

「冒頭に申し上げた上手い敗北は言うなれば"把握と欺瞞"を目的とした戦いですね。相手と自分の長所・短所を見極めることに重点を置いた戦略的敗北。流れとしては黒鷲と青獅子の生徒に各人衝突していただき、そこで一端とはいえ2クラスを知ってもらうこととなります。

 

そして尤もらしい敗走を演じて頂くことで相手方は仮初の勝利に歓喜し、自分たちのやり方は間違っていなかったという逸れた自信を下地に成長を遂げてもらえれば良いアドバンテージとなるでしょう。」

 

サラッとそう言い退ける彼女。抑揚こそ非常に薄っすらとしているが、紡がれる一つ一つの言葉に躊躇いと云った(つか)えも無い。それは確かな力となって生徒達へと流れ込み―――

 

 

「さらには黒鷲と青獅子同志が互いに最大の敵と認識するでしょうから、私達への意識が薄くなります。

そうすれば来る鷲獅子戦のときには、過去の勝利に裏付けされた歪な観念の根付いた両クラスに対し、着実に利を重ねた我々が意表を突く形で打ち砕くという算段を想定しています。

 

私としてはそれが一番やりやすい方法と提言しましょう。」

 

"確かに"というルフレへの共感を呼ぶ。

ソレは水面に落ちた一雫が波紋となって幾重にも輪を広げていくように伝播していった。

クラスの誰もが黒鷲と青獅子共に強敵であることを知っている。その2クラスが本番と云える鷲獅子戦に於いて互いが潰し合うのであれば、またとない好機であり、それの布石だと思えば今回の演習での敗戦は悪いことじゃない、と。

 

さらには金鹿は他2クラスと比較して貴族が少ない。

平民故に貴族達の多いクラスの鼻を明かしてやりたいという対抗心が後押ししていた。この場に居る貴族の面々もルフレの論と多数を占める平民のクラスメイトの熱に中てられ、戦略的な敗戦へと意識が傾きかけていた。

 

「僕は納得できないぞ!」

 

納得と不服を燻らせた沈黙の中、力を漲らせ、それでも凛としている声が響き渡った。

 

ローレンツである。

 

「ルフレ先生の仰る内容を全面否定はしない。確かに【損して得取れ】とあるように目先の勝利に囚われていては、鷲獅子戦で足元を掬われるかもしれないだろう。敗北を喫すことで学ぶこともあるに違いない。だが、ハナから勝利を捨て敗北を推奨するなどという行為は断固として認められない。」

 

「・・・それが最善であっても、ですか?」

 

「無論だとも。僕には貴族として民を正しく導く義務があるのでね。我々は平民に、己が力で栄冠を手にせんと日々精進できる場を平等に提供していかなければならない。この士官学校での教育課程で、その志に準じた行いを実践するという確かな姿勢を示すことが必要なのだ。それをあろうことか教育の場で敗北を以て人を謀り、生じた油断を狙うなどという行いを肯定する我々を知れば他の平民の生徒たちはどう思うだろうか。我々を辿るやり方で将来、目的のために手段を選ばぬ守銭奴が世に蔓延ることとなろう。

そんなことが罷り通ってはならない!!闘う姿勢無き戦いなど無意味だ!」

 

「私も!確かにこのクラスの先生として私たちを一番に考えてくれるのは嬉しい。だけれど、それは他のクラスの人たちを軽視していいってわけじゃないと思う。きっと....師匠だってあんたのやり方に理解を示さないよ。」

 

「オデだって今回メンバーには選ばれなかったけど、勝利を願って皆のことを応援してえぞ。

そして勝って笑って祝勝会を楽しむってのじゃいけないのか?」

 

「僕も...偉そうなことは言えないですけれど、メンバーに選んでくださって素直に嬉しいです。でも態と負けるというのは・・・やるからには勝ちたいです!対抗戦も....鷲獅子戦だって!」

 

レオニーが、ラファエルが、イグナーツが―――

 

彼らに奮い立たされるように、一人また一人と先程まで沈黙していたクラスメイトが反発の声を上げ始めた。

当初の纏まりのない空気が嘘のように皆勝ちたいという熱気に取って代わっていた。それを見回したのちローレンツは、彼らの想いを一心に請け負ったが如く力強く言い放つ。

 

 

「見てほしい。皆の勝利の渇望と込められた期待を―――これでもなお、ルフレ先生が負けるべきと仰るのであれば致し方あるまい。鷲獅子戦ともども面目躍如たる働きを以て勝利し、貴方に間違いであったと認めさせよう―――さあベレス先生。苦労を掛けるが、勝つための作戦を僕達に教えてくれたまえ。」

 

彼に続こうと声を上げんとする生徒達に待った、と再び止めるクロード。

 

「そこまでだローレンツ。自分の意見が通らないからって副担任を無視するもんじゃないぜ。

・・・なあルフレ先生。みんな勝つ事を期待してるみたいだ。

―――俺からも頼む。俺たちを勝利に導いてほしい。できればあんたも交えた形で、な。」

 

 

中立と云った様子で見ていた級長からの申し出―――ともすれば命令と差し支えない物言いであるが、それは同盟領の次期盟主という肩書きに左右されない優しさを含ませた深みのある言の葉であった。

 

それを一身に受けたルフレはほどなく口を開いた。

 

 

「...積小為大」

「?...何を?」

 

独り言のように呟かれた一声に疑問を浮かべる生徒達。

 

「凡事徹底とも言うのでしたっけ?小事を疎かにせず、きちんと積み重ねていき大事を成す。戦い一つとて落とすことなく、常に頸木(くびき)を争うその心意気―――とても大切な姿勢だと思います。

ベレスの言っていた通りになりましたね。やはり貴方が担任で正しかったのでしょう。」

 

独りそう語るルフレを余所に、事の成り行きを見守っていたベレスが悲しみの篭った声で告げた。

 

「ルフレ。もうやめよう....予定とはいえ、貴方がそうやって責め立てられるのは見てて辛い。」

 

「どういうことだ...?まさかっ...!」

 

状況についていけてない生徒達。

 

そんな中で意義の先陣を切っていたローレンツは二人のやり取りを見て、もしやと声を上げた。

ルフレは生徒たちに向き直る。その顔は感傷の色が滲み出ていた。

 

「...まず謝罪させてください。あなた方を試すような真似をしてしまってすみません。」

 

「なっ!!?」

「はっはっは!!だと思ったぜ....あんたらしくない豹変だと思ったからな。」

 

依然口をぱくぱくさせてばかりの生徒達の中で、クロードの声が響き渡る。それを見たルフレはやっぱりかとため息混じりに零す。

 

「先ほどの“導いてほしい”の下り辺りで多少口元が緩んでましたよ...解ったうえでクロードさんは便乗したわけですか....まあいいでしょう。私の責任ですから。

 

・・・皆さんに経緯を説明しましょうか。

 

私とベレスは教師として拙いばかりでなく、皆さんのことも満足に知らない。だからこそ、この対抗戦という機会を利用して教育方針を決めようと思ったのです。

 

敗北を前提とした戦いの提案を受領するか否か。

まあ、この提案をするかどうか自体でベレスと多少揉めたわけですが―――

 

ともかく。クラスの皆さんが私の提示した敢えて負けるという案を採用する器量であれば、一年を通して多少"粗陋(そろう)"なやり方を伝えていこうと思ってました。

・・・ですが、結果は御覧の通りです。であれば、私の考えたその方針は放棄しましょう。

 

それに...私としても嬉しいです。」

 

「嬉しい?」

 

「はい...どんな形であれ、負けることは私としても本意ではありませんよ。私だってベレスと同様に勝つことを選び取ってほしかった。ただ、あなた方のことを私は知らなかった。

もしかしたら私達の勝気自体が空回ってしまうかもしれない。そもそも成長の枷になってしまうかもしれません。

ベレスは初めから、あなた方は如何に身分で分け隔たれど、勝負事となれば挙って勝ちに貪欲になるだろうと予想してましたね。それを信じられなかった私は教師としてダメですね。」

 

「っ・・・!いや、そんなことない。意見の衝突こそが議論の本質だ。熱くなった挙句、クロードの言ったように教員を蔑ろにしてしまう言動を取ってしまった。僕としたことが何たる失態....申し訳ない。」

 

「私だって...ルフレ先生も皆の事思ってのことだったのにね。悪かったよ。」

 

「最終的には勝つこと考えてくれてましたしね...すいませんでした。」

 

各々が謝罪を述べ始める。

ルフレもそれに返す形で、しばらくはその応酬となった。

 

 

「でも良かった~。あたしも黙ってましたけどさっきまでルフレ先生怖かったので...相手の事わかんないって不安ですもんね。

 

ね、また今度お茶会とかで親睦深めましょうよ!ベレス先生も一緒に。」

 

 

「有難うございますヒルダさん。機会があれば是非。

・・・重ねてお詫び申し上げます。すいませんでした。

そして今更私が言うのも気恥ずかしいですが、この対抗戦必ず勝ちましょう!」

「うん。皆勝とう!」

 

二人の教師の激励にクラス中は沸いた。

 

 

皆と同様に賛同を示す中、クロードは胸中で別種の歓喜に震えていた。

 

ローレンツにどう裁定を下すかと考えていわけだが、まさかこんな形で彼共々全体を纏め上げるとは。

 

先日、ハンネマンが新種の紋章がベレスに宿っているなどと騒ぎ立てていたのを覚えている。その不可解さと彼女の表情の読み取れなさも相俟って、クロードのこれまで見てきたどの人種にも当てはまらない面白い人物だと当たりを付けていた。

 

片やルフレはベレスと異なり表情変化もわかりやすく、非常に優秀だがそれ以上の枠を出ず、ベレスの姉妹という認識が強かった。

 

 

だが実際はそんな枠で括れるほどに一筋縄ではいかない。

 

 

柔和な通る声に加えて人当たりが良く、常に何かを企んでいると思われがちなクロードと対極的だが、それでいて状況次第で彼と同じ側の考えが出来る人物であった。

 

ベレスとも異なるその性質には、長く一緒に過ごしてきただけの経歴に限らない、強烈な何かがあることを裏付けていた。

それが如何なる物であれ、彼の興味を惹くには十分である。

 

 

さらには曲者揃いのクラスを導く者としても申し分ない。

 

二人共に教師として素質はあるだろう。互いの矜持はあれど、生徒を想い導いていくという趣意は一貫している。

きっとベレスだけだったら多様な生徒達をこうもあっさり纏められなかっただろうし、ルフレだけであったのなら誰かの彼女への不信感がどこかで爆発していたかもしれない。

考え方が違いながらも当人たちは非常に仲が良く、お互いを気遣いそして補い合っている。

 

これが常態化しているなら、屈強な傭兵達の間で若くして指揮を任されているのがジェラルトの身内だからと非難が無かったのも納得だ。

 

(なあエーデルガルト、ディミトリ…ウチの教師陣バランス良すぎるぜ。

お前たちが不公平だと垂れるくらいにな。)

 

彼は静かにほくそ笑んだ。

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