ルフレ(女) in フォドラ   作:オノギ

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対抗戦(1)

―――

――

 

 

枯れた河川、草原の中疎ら不規則に続く林と森、地面から突き出た岩壁に、魔法陣の施された古跡の残骸。

 

それら一帯を纏めて取り囲むかのように人が見下ろすべく整備された高地があり、更にその上空を見れば竜に跨る騎士があちらこちらに飛来している。

 

最早密室として機能しているその地こそが本対抗戦の舞台であった。

午前の間に選出された3学級の参加者は、既に大衆の眼下に出揃っている。

 

 

ハンネマン率いる黒鷲―――エーデルガルト、ヒューベルト、フェルディナント、ドロテア

マヌエラ率いる青獅子―――ディミトリ、ドゥドゥー、アッシュ、メルセデス

そしてベレス率いる金鹿―――クロード、ローレンツ、ヒルダ、イグナーツ

 

芽吹く花草を幾多数えようとも時節は依然大樹。空気は澄んでいても風は冷たく乾燥している。しかし、それにどれほど当てられようとも其処に集結した中に寒気で縮かむ者など居なかった。

 

寧ろ有難がる者も居たかもしれない。

緊張か興奮か―――胸に迸る熱さで早鐘を打つ心臓の負担を少しでも和らげたい、という淡い期待と共に。

 

 

「それでは―――試合はじめッ!!」

 

かくして、いっとう高く(そび)える高台からジェラルトの大声が響き渡る。

同時に3学級は行動を開始した。

 

 

「オデ達の分まで頑張ってくれっ!!!」

 

 

同じく高地に相当する観客席に居たラファエルは、裂帛(れっぱく)に迫る気合の入った声を張り上げる。

彼の近くに居た生徒たちはその声量に驚き、そして呆れかえった。

 

「ちょっとラファエル!?声を出しての応援は禁止!」

「あれ?そうだっけか?」

「全くあんたは...」

 

リシテアが叱責するように、外野からの声援は禁止されている。

戦法次第では林や森に潜伏するという状況もあるため、声援などからその場所を特定されかねない。声が届かないよう静かに応援するか、見守るより他ないのである。

と、そこで―――

 

「…さて始まりましたね。此方の席は空いてますでしょうか?」

 

 

「え?あ、はい...って、ルフレ先生!」

 

ベレス達対抗戦参加メンバーと最後の打ち合わせをしたのち、観客席へと向かっていたルフレ。

いつも持ち歩いている本に加えて、一方の手には単眼鏡(スコープ)が握られていた。

 

そんな彼女にリシテアはどうぞと隣を促す。

 

「...ルフレ先生。」

「はいリシテアさん。どうかされましたか?」

 

有難うと伝えた直後、悶々とした様子で呼ぶリシテアにルフレは疑問符を浮かべた。

 

「あ....あの....いえ。この作戦は上手くいくものなのでしょうか?」

 

何か真意を誤魔化すかのように取って付けた質問を繰り出す彼女。

対するルフレは明かな不自然さを感じ取りながらも本人が口に出しにくいのであれば、と気づかないフリをして答える。

 

「戦いに於いて100%はないですよ。それでも一番勝率の高い戦法はとったものと考えてます。」

 

「でもさー、ルフレ先生。さっき大まかな戦いの流れ教えてもらったけど、私も気になるなあ。マリアンヌもそう思わない?」

「え...あ、はい....難しそうには思いました...。」

 

同じく近くに座っていたレオニーとマリアンヌも訝しむような反応をする。

まあ当然のことか、と呑み込みながらルフレは口を開いた。

 

「傍から見る分には無謀に映ることでしょう。午前に議論した内容を蒸し返すつもりはありませんが、負けたら負けたで良い勉強になったと考えることにします...とりあえずはそれで納得いただけないでしょうか?」

 

メンバー選定時のいざこざがあった手前、後ろめたさを覚えていたが為の低姿勢で応じた。

 

「ゴメン責めてるわけじゃないんだ。ただ私も経験浅いからまだわかんなくてさ・・・」

 

レオニーも終わったことで余計な気を揉ませまいと慌てる。中々に不器用そうな娘だとルフレは思った。

 

「ジェラルト師匠だったらこの作戦のことわかるのかな。」

「・・・わかると思いますよ。だってレオニーさんの師で、ベレスと私の父なんですから。」

 

そっかー、と解りやすく相好(そうごう)を崩したレオニーを尻目にジェラルトの居る高台を向いた。

目視では大柄の人影が居るくらいまでしかわからない。だけどルフレが手にしている物と同じ―――愛用の単眼鏡で戦場を広く見渡していることだろう。

 

そしてきっとどこかのタイミングで私を視るに違いない。

 

 

 

 

「―――さて、どんな感じかね。」

 

指南役を務めるジェラルトはルフレの謂う単眼鏡で、対抗戦の史料とを見比べながら各クラスの出方を伺っていた。

 

青獅子の学級は過去の対抗戦データを踏襲する形で幅広く展開するようだ。一方で意外なことに黒鷲の学級は小さく纏まりはじめた。観客席の生徒達もその思ってもみなかった行動に目を見張っているようである。

 

かくいうジェラルトも多少驚いていたものだが、先程からあまり注目されていない金鹿の学級に自然と眼がいってしまう。公平性を期す立場にありながら何やってんだかと自分を戒めながらも、人親であるからしての行いと、自分に残った()()()の確認に安堵していた。

 

だがその矢先、視界に映った彼らの行動で一層注視した。

 

 

「・・・成程な。そういう手で来たか―――おいセテス。」

「...何かあったのだろうか?」

 

共に監督する立場として近くに控えていたセテス。彼からの突然の呼び出しにやや棘のある声で返事する。

 

 

元々セテスはアイスナー親子に懐疑的だ。というのもこの3人に対するレアの判断は一つとして納得がいっていなかった。今の今まで行方を(くら)ましていたという男を騎士団長に迎え入れることも、二人の娘を教師としたことにも。

考え方次第では3人共レアの被害者ともとれるわけだが、それにしたって得体が知れなさすぎるのも事実だった。

 

だが大司教補佐たる自分がそんな私的理由で、斜に構えた応対をするわけにはいかない、と平常心を保つようジェラルトを見据える。

 

 

「一つ訊きたいことがある。この対抗戦での脱落者ってのは、都度俺が伝えていくってので合ってるか?」

 

指南役を任されるにあたってのマニュアルに目は通していたジェラルトだったが、念のため確認した。

他方セテスはそれを聞くと、口を引き結んでまで徹底していた真顔は驚き顔に転じていた。

 

「・・・君たち親子は考えることが同じなのか?つい先日、ベレス達から同じ質問を受けたぞ。」

「そうか。」

 

短く呟いたジェラルトはフッと鼻を鳴らして頭を掻く。だが呆れたわけではなく、その目じりは僅かな緩みを見せ確かな喜色を滲ませている。

 

そして同時にベレス達の狙いを確信していた。

 

「兎も角、貴方の言う通りだ。生徒達はまだ戦い慣れしていない。既に脱落判定を受けた者が、そうと気づかず反撃しては収拾がつかなくなるからな。」

 

鷲獅子戦の場合だと参加者が大人数になるため、戦場に非戦闘の審判が各所に点在しており、脱落者を所定の場所に避難させるシステムとなっている。しかし対抗戦のような新入生での少人数決戦だと、審判の存在に気取られて生徒同士が不意を衝かれたり、弓などの遠距離攻撃で誤射したりしかねない。その為戦場に審判は居らず、指南役が遠くを見渡せる位置からスコープ等で脱落者を確認して全体に伝達するというのが主な流れだ。

 

「だったら、その伝えてく奴ってのを何人か寄こしてくれねえか?」

 

たかだか十数人読み上げるのに何か不都合があるのか、とセテスは首を傾げた。

 

「どういうことだ?

―――まさか娘の晴れ舞台を観客として観たい、などという理由で職務を放棄するのではあるまいな?

・・・気持ちはわからないでもないが。」

 

「そういうんじゃねえよ。まあ必要になるかはわからねえが―――

 

 

ある時点から“ほどんど間を置かず立て続けに脱落してく”か、“一斉にケリがつく”って可能性が出てきたんでな。んで、前者だった場合は俺一人じゃ伝達が追い付かねえってわけだ。」

 

 

「何だとっ!?」

 

 

驚きの声を上げるセテスを余所に、ジェラルトは次いで金鹿の観客席を見遣った。

 

居た。向こうは別に単眼鏡を覗いているわけではなかった。

だが、さっきまでこちらを視ていたに違いないと確信できる。

 

 

何故なら、もう一人の娘は()()()()()だとジェラルトはよく知っていたから。

 

 

 

 

不可解な動きから注目を集めていた、次期皇帝の統べる黒鷲の陣地内。

其処で彼らは張りつめた緊張の糸を維持しながら対話していた。

 

 

「始まったわね。」

「そうですな。どちらがどう打って出てくるやら。特に金鹿の動向に注視せねばなりますまい。」

「あ。やっぱエーデルちゃん達は金鹿を一番に警戒しているわけね。」

「ええ勿論よ。」

 

 

「...なあエーデルガルト。今更ながら訊きたいことがあるのだが。」

 

3人が軽く話し合う中、やや気後れしながら尋ねるフェルディナント。

 

「何かしら?もう試合中なのだから、要件は手短にお願い。」

「今の事態に関するものだ。」

 

その前置きに思うところがあったのかヒューベルトが口を挟む。

 

「まさか公衆の面前で“大人しく従うよう”伝えられて辱めを受けた、という文句ですかな?

そんな下らぬ用事であれば今は控えていただきたいものですが。」

 

「下らなくなどない!...が、今はそのことは黙認するとしてこの状況はどうなのだ?

―――全員後方で様子見など。」

 

フェルディナントが言うように、黒鷲陣営は5人全員が防衛の要である、柵の設置された天然の防壁の内側に一定間隔で展開していたのだ。

 

当初の予定ではその防壁の外側にフェルディナントやヒューベルトが出る予定だったのだが、エーデルガルトの申し出により急遽変更になって今に至る。

防御を固めつつ相手学級の様子を窺い、隙を見計らって一斉攻撃を仕掛ける手筈となった。

 

先んじて攻撃を仕掛けんと奮い立っていたフェルディナントにしてみれば不服であり、それを隠そうともしない態度に、嘆息しながらエーデルガルトは口を開いた。

 

「青獅子だけならともかく、相手にはベレス先生率いる金鹿がいる。ルフレ先生共々傭兵として培われた彼女の高い指揮能力は知っているわ。本人の強さもね。であれば、まず出方を伺うというのは間違いかしら?」

 

「間違いとは言わないさ。ただ、しかし...貴方らしくないじゃないか。普段の貴方であれば勇猛果敢に敵地へと攻め込み、その斧で蹂り―――」

 

 

「もうハンネマン先生とも話し合って決めたことなのだから、理解してもらえるかしら?」

 

 

言葉を遮ってまで告げるエーデルガルトの声には、先ほどまでの諭すような物腰の柔らかさは確かに存在していた。睨まれているわけでもない。

 

常日頃彼女に対抗心を燃やすフェルディナントであればその程度のやり取りなら、反論していたことだろうが、この時ばかりは何故か死に直結するほどの悪寒を覚えたので、ただ押し黙るより他なかった。

 

 

「ん?・・・・ちょっとまって!あれ―――」

 

然るべく訪れた沈黙の最中、ドロテアの驚愕混じりの声に3人は反応した。

 

「なっ!?」

「っ!!エーデルガルト様。」

「ええ見えているわ・・・・・どういうつもりなのかしらね...」

 

彼女の視線の先を追った彼らは同様の反応を示した。

 

眼前にある馬防柵の先―――目下最大の脅威と認定していた金鹿の学級の級長:クロードが単独でやってきていたのだ。

 

そして矢を(つが)える動作を見た彼らは、柵を中心に散開した。

 

 

===

 

『まずはクロードとローレンツのA班と私、ヒルダ、イグナーツのB班に分かれる。

だけれど2クラスを同時に叩くわけじゃなくて、はじめ青獅子に攻撃を仕掛ける。』

 

『クロードとか...作戦というのなら仕方あるまい。』

『よろしく頼むぜ。それでどうするんだ?何やら含みのある言い方だったが。』

 

A班への説明は任せるとベレスに託されたルフレは口を開いた。

 

『はい。まずクロードさんは黒鷲の陣取るであろう柵の前面に向かっていただき、()()()黒鷲全員を相手取ってもらいます。』

 

そして二人は即絶句した。

 

『ええと....突っ込みどころ満載なんだが。とりあえず俺は偵察って解釈でいいのか?』

『いえ。できれば正面から交戦していただきたいです。黒鷲の参加者全員からの注目を集めるくらいには。』

 

『・・・期待してくれるのは嬉しいんだが、そりゃあんまりにも無謀すぎないか?』

 

『黒鷲の皆さんの注意を引き付けてくだされば結構ですよ。立ち回りとしては柵から距離を保ちつつなるたけ移動しながら矢を放ち、同じく弓や魔法で応戦してくるであろう彼らの攻撃を躱し続ける、という工程の反復でよろしくお願いします。恐らく向こうからは打って出てこないので。』

 

『なぜ攻勢に出ないと言い切れるんだ?』

 

『まず貴方は級長―――能力を鑑みてもベレスに次ぐ実力者で討ち取れば大金星です。加えて貴方は弓使い。本来なら剣兵や槍兵の後方に置き、近接に持ち込まれない位置で戦うことを前提とした役回りです。そんな立場の貴方が最前線に一人出てきたとなれば何か罠があると勘繰ることでしょう。

さらにお伝えしましたように、距離を置きながら移動を繰り返すことでいつでも撤退可能な状態をキープ―――即ち誘き寄せていると思わせる挙動をとってもらえば、十中八九相手は警戒してその場を離れないと思われます。』

 

『なるほど。でも、ホントに追撃してこないなんてあるのか?あそこにはフェルディナントっていう血気盛んな奴がいるぜ。なんなら真っ先に特攻してきそうなもんだが―――』

 

『・・・黒鷲の学級がエーデルガルトさんを中心とするクラスだからですよ。』

 

『...ははーん。先生達も性格が悪いな。』

『解ってて訊いてませんかソレ?』

 

『?クロード、どういうことなのかね?』

 

『―――ともかく、当然のことながら確信はできません。大丈夫だと思いますが、万一向こうが攻勢に転じた場合は、指定した林に撤退してください。

 

そしてローレンツさんは黒鷲が、離れた距離からのクロードさんへの集中攻撃開始を確認したら、その隙に柵の丁度西側に待機してもらいたいです。恐らくハンネマン先生が陣取るであろう回復床と、柵の内側が視認できる地点くらいに。』

 

『随分と簡単に言ってくれる。相手がクロードに気を取られていようが、此処から見るに、柵の隣にある岩盤くらいしか遮蔽物が無いようだが?』

 

『ああ。以前ベレスが下見してきてくれたのですけど、柵とクロードさんの目標地周辺はそれなりに起伏がある丘陵地だそうですので、姿勢を低くして移動すれば問題ないはずです。とはいえ私も確認してないですから所によっては匍匐前進(ほふくぜんしん)と云った不格好を晒すかもしれないので、其処はご了承ください。』

 

『くっ...止むをえまい。』

『抜かりないねえ...』

 

===

 

 

「どうするエーデルガルト。彼は金鹿の級長だ。

ここで討ち取れば間違いなく勝利への大きな足掛かりとなろう。」

 

「待ちなさい、間違いなく罠よ。」

「その可能性は非常に高いですな。こちらから青獅子方面に金鹿が向かっているのかは確認できませんが・・・とりあえずは私かドロテア殿で応戦しましょうか?」

 

「そうね。距離もあるし、こちらから打って出ないことにはクロードは一人で防戦一方でしょう。

ヒューベルト、ドロテア、お願い。」

 

「承知しました。」

「任せて頂戴!」

 

了解と同時に二人は両手に魔力を集中させた。

 

 

 

 

 

 

「よっと」

 

放たれた魔法攻撃を横へと飛び退き回避するクロード。

 

「思ったよりキツいな。」

 

矢を引き絞りながらそう零した。

 

自身と相手の有効射程と射程外を見定めながら、それを行ったり来たりしての攻防戦。あわよくば格子を潜り抜けた1本が誰かの足にでも当たればなどと考えていたのだが、ヒューベルトとドロテアによる性質の違う魔法の連撃は距離感を掴むのにさえ困難を極めた。だがルフレの云っていたように、ずっと昔に枯れたであろう河川から伸びる緩やかな凹凸が至る所に存在しており、常時奔走下での回避行動でそれなりに機能してくれている。

 

後方で姿勢を低くしていたローレンツも既に後ろには居ないようで、丁度良い配置を探索しながら前進していることだろう。

 

 

「B班の方もなるべく早く頼むぜ―――っと、その言い分は酷かもな。」

 

 

 

他方、幅広く展開していた青獅子側も金鹿に仕掛けられていた。

 

 

 

「殿下!ベレス先生含めた3人が一斉に向かってきますっ!!」

 

 

金鹿側最前線に斥候を兼ねていたアッシュが、後方に控えるディミトリに大声で告げた。

 

「!いきなりか。アッシュ!俺とドゥドゥーもそちらに向かう。メルセデスはいつでも動ける状態を維持しながら黒鷲側を見張っていてくれ!」

 

「任されたわ。」

「はいっ!!・・・・あれ、でもなんか動きが・・・それに・・・」

 

ベレスを先頭に彼女の真後ろにイグナーツ。さらにはその隣を走るヒルダ―――一見して近接戦の出来ない弓使いを守る基本的な陣形だが、不可解な点が見られた。

 

3人とも武器は手にしている。

しかしそれらはぶら下げているという表現が正しい、地面すれすれの脱力した状態で、とても臨戦態勢には見えない。

そして何より―――彼らの往く軌道上にアッシュが居なかった。

 

「くっ・・・!」

 

アッシュは先頭を往くベレスに照準を定めて矢を放つが、蛇の蛇行を彷彿とさせる不規則な動きで避けられてしまう。

 

(間違いない・・・!)

 

異様な速さで走りつつ依然として武器を構えない3人。最早目と鼻の先に居るアッシュすら眼中にない動きであることが見て取れた。

 

そして弧を描く形で3人共アッシュを横切る。

斧を手にしたヒルダでさえ、アッシュの弓を警戒する視線を送りながらも攻撃してくることはなかった。

 

であれば後方に位置するディミトリを狙っているのか―――っ

 

アッシュは逃がさないと3人を追う。

だがそこで再び違和感を覚えた。同じく3人を視認したディミトリと更に後方のドゥドゥーも同様に思ったことだろう。

 

 

何故なら3人はディミトリ達の居る方角にも向かってなかったのだから。

 

 

 

===

 

 

『―――B班の私達3人は林を通らず、林の東側から青獅子方面に全力疾走で向かう。黒鷲の生徒達は林が遮って私達が視えず、クロードの背後に控えてると思うはずだからその隙にね。

イグナーツは私のすぐ後ろに付いてきてもらう形で、ヒルダは相手の居る側でイグナーツと並走してくれる?』

 

『え~!ベレス先生に守ってもらえると思ってたのにー。』

『あはは...それで僕たちは青獅子の方を一人ずつ順々に倒していくってことでしょうか?』

 

『いいや、狙うのは一人。二人も全力で駆けてもらう以上、標的以外に効果的な攻撃は加えられない。私の追尾と攻撃の回避にのみ集中してほしい。』

 

『そうですよねえ。あ、じゃあディミトリ君だけ狙うとか?』

『ええ~!?いきなり級長ですかっ!』

 

イグナーツは驚きの声を上げつつも、それも有りかとすぐに得心行った。各クラスで総合能力が一番高いであろう級長が倒れればその影響は計り知れない。戦力の後退は勿論の事、士気も下がることだろう。

 

しかし当のベレスは首を横に振った。

 

 

『いい線だけど今回は違う。もっと深部に行く。』

『え.....それって....』

 

 

『もうわかった?一番最初の標的・・・もとい、本対抗戦最初の脱落者は―――』

 

===

 

 

「・・・はじめから本命は私ってわけ?随分情熱的なアプローチじゃない。」

 

嫌いじゃないわ。

向かってくる3人を眼中に捉えたマヌエラは誰に語るでもなく呟いた。

 

恍惚を浮かべながらも直ぐに口を引き締め、発動座標を疾走する3人の中心に合わせてリザイアを放つ。

 

この技は対象に与えるダメージに応じた、術者の回復効果を併せ持っており、体力を消耗していない彼女にしてみればその点では意味がない。

しかし言い換えれば当たらなければ回復しない技であるため、攻撃の命中と急所度合いをコンマと間を置かず判定できる。

 

味方のディミトリ達が援護に駆けつけてくることを知っていたマヌエラは、相手方の負傷者を即座に伝えるための即効支援を目的とした攻撃を仕掛けたのだ。足並みそろえた小隊に負傷者が居ることが知られれば、その者を中心に連帯の歯車が狂うのだから。

 

 

それ故にベレスでなくとも誰かに当たれば良しとしたが、放った地点に迸る光輝を確認しながらも依然身に回復作用は顕れない。

 

(避けられた..!?)

 

微かな残光の先―――向かってくる影はベレス一つだけだった。

こちらの攻撃を見抜かれていたのか、マヌエラのリザイアと同時に二人を散開させていたようだ。発動時の手の動きで攻撃軌道のない魔法の座標を追われるとは思ってもみなかった。

自分が脱落しても、彼ら3人を追い詰める為の布石となればそれで良かったのだが、このままではただの脱落損だ。そんな自身を取り巻く状況を前に少し自棄になったのだろうか、無意味だとわかっていたが瞬間的に周囲に目を遣った。

 

 

 

 

「・・・!」

「おっとドゥドゥー君。こっから先は...行かせないよ!」

 

 

ベレスの指示を受け取り、やや勢い余って前のめりになりつつも振り返るヒルダ。はぁはぁと息を切らしながらも力強く言い放つその瞳には確かな闘志が宿っていた。

 

そんな彼女に応えるよう、ドゥドゥーは静かに斧を構えた。

 

ディミトリが後ろから駆けつけてきているのは知っている。二人掛りであれば疲弊した彼女を討ち取ることは左程難しくはない。だが主君に余計な手を煩わせまいという忠誠心と、情けない姿は見せられないという若干の見栄が働いた。

 

「...行くぞ。」

 

そうして斧同士の激しい攻防が始まった。

 

 

 

 

 

―――やはり生徒たちは間に合いそうにない。

ベレスは既に目前だ。魔法攻撃では追い付かないほど迫っている。

 

マヌエラは忍ばせていた細い訓練刀を手に取る。

数多の戦場を駆けてきた傭兵にはきっと及ばないだろう。だが元歌姫としての舞を主軸とした己の技量がどこまで通用するのか試してみたい。

 

初めは大胆な突撃を前に、同性ながら催した淡い情欲だったのかもしれない。だが、その燃える思いは業を磨かんとする武人の闘争心に取って代わっていた。

 

・・・だがその想いは数刻の後、儚く消えることをその時点で知らなかった。

 

 

===

 

『私がマヌエラの攻撃を避けつつ正面から当たる。イグナーツはマヌエラの居るであろう回復床の手前で弓を構え、私の首と私の外套にある紋様を後ろから注視していて。ヒルダはディミトリ達からイグナーツを守る形で展開してほしい。』

 

『?僕への指示ってどういうことなのでしょうか?』

 

『私がマヌエラに接敵したらタイミングを合わせ次第、首を40度ほど左に傾ける。それが合図。

 

 

それを確認し次第、()()()()()()()()()()()矢を放ってもらいたい。

目の前の私で陰になった死角の矢で、彼女を仕留める腹積もり。』

 

『っ!?そんなこと・・・』

『大丈夫。避けれるから心配しないで。』

 

『でも・・・マヌエラ先生の正面に向かうのであれば、そこでベレス先生が相手しては駄目なのでしょうか...?』

 

『その時点で迫っているであろうディミトリ達を、ヒルダ独りで食い止めるのは難しいから私がマヌエラの前で旋回したあと一緒に当たる。

それに、この対抗戦は勝つことを念頭に置いた“教育”だ。

私が全て行うんじゃ意味がない―――この戦いの一番槍・・・いや、嚆矢(こうし)は君だよ。』

 

 

===

 

 

ベレスはイグナーツの地点から背の紋様への射角をマヌエラの急所に合わせるべく、小さく、ごく自然な動作で姿勢を低くした。

 

(ここだ!!)

 

そして手筈通り首をコテンと傾ける。マヌエラはこれまで無駄のない動作で迫ってきたベレスの、まるで不可解な動作に気を取られかけるがそれもほんの一時。

 

傾けた首先に釣られるように、左を軸足にベレスが真横へと()()()()()()のだ。

曲線を描いてマヌエラを避けるでもなく、ごく浅い跳躍を基に敢行されたソレはなおもその速力を維持していた。

 

突進からのありえないレベルでの急旋回は、イグナーツ達が息を切らしながらやっとのことで付いてこれていた走りが全力でなかったことの証左であった。

 

だがそんな事実に驚愕している間はなく―――

 

「うぐっ!!?」

 

イグナーツの矢がマヌエラの心臓付近を射抜いた。当然訓練用の緩衝材が入った鏃で貫通することはなかったが、それでも急所を突いたため戦闘慣れしたマヌエラを以てして、嘔吐(えず)きを吞み込む事は叶わなかった。

 

 

 

 

ヒルダと打ち合うドゥドゥーと、加勢せんと彼の背後に迫っていたディミトリ。

ヒルダを焦点に置きながらディミトリ達が目にしたのは、旋回したその脚で自分たちに向かってくるベレス。そして既に矢に射抜かれて胸を抑えたマヌエラの姿だった。

 

「・・・っ!」

「マヌエラ先生っ!...」

 

マヌエラ脱落のアナウンスを、どこか遠くの出来事の様な気持ちで聞き流しながら、己の手にする武器を固く構え直すディミトリ達。

 

更なる追撃の手を此処で食い止めようと相手の一挙手一投足を見るが如く、意識を集中させた。

 

 

 

 

『ここで一気に青獅子の人たちを倒しちゃうんですか~?』

『いや、ディミトリ達と接敵するだろうけど、そのまま戦闘に入るフリをしたのち、全速力で来た道を引き返して。殿(しんがり)は私が務める。』

 

 

 

 

イグナーツは予定通りマヌエラの脱落を目すや否や、元来た道に同じく全力で駆けだした。ドゥドゥ―はそれを視界の端に収めながらヒルダの一撃を受け止めようと―――

 

 

「ぬっ・・・!」

 

ヒルダの剛腕を知っていたドゥドゥ―は、防御の構えで足腰に力を入れたわけだが、どういうわけかその時の攻撃はあまりにも軽く、その時初めて彼女に戦闘続行の意思がないことを悟った。

 

「・・・逃げるか。」

 

ゴメンね~と流しながら、身を翻してイグナーツの後を追うヒルダ。ドゥドゥーは衝撃を受け止めんと斧を構えていたために反応が遅れて、射程範囲を抜けられてしまった。

 

(殿下は―――ッ)

 

従者として、逃したヒルダでなく主君に意識が傾いた。

 

そして振り向いたその先―――それを見てドゥドゥーはギリッと歯を鳴らした。

光景そのものではない。己の不甲斐なさに対する悔やみだった。

 

仮にヒルダと相見えた者が自分でなく、ディミトリであればどうだっただろうか。

彼の戦闘技能に加え、斧よりも小回りの利く槍であればヒルダの小手先の受け流しではすぐに追撃されていただろう。そして背後より仕留めることが出来たかもしれない。

 

だが今彼が相手にしているのは【灰色の悪魔(ベレス)】だった。

 

 

最初から無理してでも自分が彼女に当たるべきだった。敗れるに違いない。だが今よりは確実に形勢を立て直しやすかっただろう。

 

最大戦力であり、司令塔であるディミトリが斬りつけられた今この時よりは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本当に一瞬の出来事だった。

 

 

ベレスが剣であるのに対して、ディミトリは槍である。このリーチの差が狙い目だと彼は判断した。

ベレスにとっては遠く、ディミトリにとっては必殺の間合いに縮まった其処こそ好機。

しかしながら、急所を狙ったはずのその刺突は、当たりはしたものの肩当で阻まれてしまった。

 

 

否、正確には()()()()()

 

 

なんてことのない、差異すら見つけるのが難しい上半身の微動で、肩当の曲面上を槍の切っ先が滑るように調整されたのだ。

 

ディミトリの膂力であれば、防具の形状的利点など物ともせず容易く貫くであろう。だが、彼女の双眸は槍の刃先の挙動を完全に読み取り、その勢いを以てして貫ききれない絶妙な防具の角度に合わせた。

 

 

そして誰の眼にも明らかな隙が生じたディミトリの腹部を、無慈悲な一閃が斬り抜ける。

だが―――

 

「くっ...!」

 

負傷したが脱落判定が下されるようなものでは無かった。ディミトリとしては心中複雑ではあったが、腕先から攻撃の手応えの無さを感じ取った瞬間、やられると思って脊髄反射的に仰け反った為の幸運だった。

 

 

このまま戦闘に入れば間違いなく必中の攻撃を当てられるだろう。

だが、意外にも彼女は踵を返してヒルダ達の後を追うように再び疾走した。

 

「待t―――っ!!」

 

“て”まで言いきれなかった。

脱落足り得ない一撃だったが、この戦場に於いては尾を引く一撃でもあったようだ。

追い打ちせんとする意思に反して、身体が思うように動かなかった。

 

 

「殿下!ご無事ですかっ!?」

 

ディミトリ達の下にアッシュが駆け寄ってきた。その顔は二人と同様に後悔に染まっていた。

 

ベレス達3人がマヌエラの下を離れた後、ディミトリ達と交戦し始めたため、味方に矢が当たってしまう事を恐れて離れた距離から様子を窺っていたのだ。再び引き返してきたイグナーツをこそ射止めるべきだったのだが、マヌエラ脱落のアナウンスで焦って反応が遅れてしまい、再び全力で回避に努める彼を止めることは叶わなず、左腕を負傷させる一矢に留まった。

 

 

「ああ、大丈夫だ・・・くそっ。金鹿の生徒達を追いたいが....」

 

斬られたお腹を押さえながら云うディミトリをドゥドゥーが宥める。

 

「殿下。彼らが追撃をしてこない以上、一度後退しメルセデスの下へ向かわれたほうが。」

「そうです!向こうの黒鷲の出方も気になりますし、マヌエラ先生に続いて殿下まで脱落されてはこの学級の勝利は厳しいです。」

 

「...それが良いかもしれないな。アッシュは林の方に向かったベレス先生達を追ってくれ。だが、向こうが攻勢に出る様であれば無理せずに戻ってきてほしい。ドゥドゥーはいざとなればアッシュの救援に向かえるよう、この場を頼む。」

 

 

 

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