ルフレ(女) in フォドラ 作:オノギ
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「そんなっ...!?」
「最初の脱落者がマヌエラ君だと...!」
「一体どういうことなのだ...!」
黒鷲の学級はマヌエラ脱落のアナウンスに動揺が走っていた。
まさか陣地の最深部にいるであろう彼女が、最初に脱落するとは誰しも思っていなかったのだ。
「これは予想外でしたな。如何致しますか、エーデルガルト様。」
「そうね...ハンネマン先生!」
後方の回復床上に控えたハンネマンに向かってエーデルガルトは叫ぶ。
「金鹿はマヌエラ先生の居る深部まで侵攻している以上、今青獅子に攻め込めば彼らを金鹿とで挟み撃ちにできます!!」
当然金鹿と共闘関係ではないが、戦いを繰り広げているであろう彼らの下に攻め入れば、場合によっては漁夫の利するところだろう。状況に応じた判断が必要ではあるが、敵が一つに固まっているのであれば好機であることは確かだ。
エーデルガルトの提案にハンネマンもうむ、と大きく頷いた。
「侵攻すればとりあえず青獅子を制圧できよう。前方のクロード君は囮と見るのが正解だろうな。」
「はい。ですので私とヒューベルト、フェルディナントは青獅子の方に向かいます!ドロテアは此処からクロードの相手をお願いできる?」
「わかったわ。一対一で勝てるかしらね。」
「いざとなったらハンネマン先生の方に引いてくれればいいわ。」
「さて。向こうも動き出したようだな。いくらか手痛いの貰っちまったが、俺もそろそろ攻撃に動くとするかね。」
応戦しながらもエーデルガルトの動向を柵の奥から注視していたクロードが、静かにそう呟いた。
===
『―――マヌエラ先生を倒した後、B班のベレス達3人は通り過ぎた林に向かって退却することになります。この時点でベレスが“
それでA班に関してですが、どうも戦死判定の下った者はジェラルt・・・指南役がアナウンスするそうなのでこれを利用します。
マヌエラ先生の脱落を聞いた黒鷲の方々はこう思うでしょう。
“もう青獅子の最深部にまで金鹿が来ている”と。
その時点でクロードさんがただの囮だったと判断し、エーデルガルトさんを筆頭とする主力は青獅子を攻めに向かうはずです。』
『なるほどね。距離を置きながら戦ってた俺はいざとなったらすぐに逃げられちまうし、一人しかいないのだから倒しても美味しくないって判断するわけか。』
『その通りです。そしてこれを機にA班には本当の攻勢に転じていただきたいです。
恐らくクロードさん牽制の為に柵前に中・遠距離攻撃のできる誰かを残すと思われますが、少し時間を置いたのち、青獅子に向かったエーデルガルトさん達を迷わず追ってください。
そしてその隙に―――』
===
「あら?クロード君、私には興味ないって事?」
残ったドロテアを無視して、エーデルガルト達の向かった先へと駆けて行ってしまうクロード。
そんな彼を遠目にドロテアは失礼しちゃうわ、と頰を膨らます。
先に倒れた元歌劇団での先輩―――マヌエラが優先されてまで攻め立てられたのに、彼女に追いつこうと研鑽を重ねてきた後輩の自分が、まるで見向きもされないという境遇に軽い私憤を覚えた。
「何なら私が背後から仕掛けちゃおうかしら。」
唇に指先を当てながら、悪戯っぽい表情を浮かべて呟く。
だが次の瞬間―――
「仕掛けられるのは君だ。ドロテアさん。」
「えっ!?」
突然背後から聞こえた声に驚愕を露わにするドロテア。
間違えるはずのない・・・貴族の女性を口説きまわっている、と専ら噂の好色漢。それに相当した気取った声。
「ローレンツ君っ...」
だが時はすでに遅かった。
彼の手に構えられた槍から、確実な脱落判定を下す一突きが放たれていたのだから。
「きゃあっ!!」
「―――っ!?ドロテア君っ!!」
陣地後方のハンネマンも、柵の岩陰から突然現れたローレンツに驚倒しかけていた。
『陣地に残ったハンネマン先生ですが、同じくローレンツさんに倒していただきたいです。
しかもなるべく早くに・・・
正面に姿を現す以上彼の不意は突けないでしょうが、回復床の優位性と他の生徒達への伝達・支援とで板挟みになるでしょう。物理耐久の低い、焦りが生じている相手であれば貴方なら倒せるとベレスは判断しています。私も同じ気持ちです。ただ向こうは中距離魔法を使用してくるはずなので―――』
其処から先の言葉は詳細には覚えていない。恐らくは己を慮る言葉がかけられたと考えがつくがどうでもいい。ただ、条件反射で“討ち取ってみせよう”と告げたことと、有言実行してみせる持前の強い信念があれば問題ないのだから。
(本当にあの二人は僕を焚きつけるのが上手いな―――)
今思えば午前中での対立は、自分を従わせるためだったのかもしれない。
確かに・・・いくら【壊刃】と名高いジェラルトの子であろうと、自分たちと同年代の傭兵に過ぎないと軽く見積もっていた節がある。
であれば平素の己は一番槍として名乗り上げるべく、彼女らの指揮を無視していた可能性は大いにあったろう。それを見越したうえでのやり取りだったと考えれば説明がつく。
この見事な奇襲作戦を立案できる人物が“負け”を推奨したなどと云う理屈にも。
「全く末恐ろしい先生方だ・・・」
畏敬を交え、そう吐いた。
そしてローレンツは倒れたドロテアに、危険だから立ち退くよう伝えると同時に、奥に控える1人の教師に視線を移した。
「お相手願おうか、ハンネマン先生―――ッ」
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「今のアナウンスは・・・」
「ああ。黒鷲の学級のドロテアだ。
こちらに向かってきた3人を除く、残り2人は向こうを攻めていたのか?」
メルセデスの白魔法でほぼ快復した腹部を、気持ち
向こうの状況が分からなかったとはいえ、2クラスを同時に攻め立てていたとは...
やるせない思いに、くっと呻いた。
「この後どうしようかしら?」
「ベレス先生が居ないからと云って、向こうにはクロードが居るはずだ。であれば、距離を取って黒鷲陣営を集中砲火しているのかもしれない。」
残るはローレンツのはずだが、弓を手にしているであろうクロードと2人で、5人揃っているはずの黒鷲を襲撃したとは考えにくい。だが、もしかしたらローレンツも弓等を使用する策に出た可能性もある。それで中距離から二人でドロテアを集中して破ったと考えれば、向こうも今頃応戦しているのだろう。
そして今、こちらと同様に一人欠けた。
となれば見えなくなってしまったベレス達は一旦置いて、後を追ったアッシュに牽制してもらっている間にクロード達とで黒鷲を挟み撃ちにするのもありか、という考えに行き着いた所で―――
「殿下っ!!」
ディミトリとアッシュとの中間地点ほどで待機していたはずのドゥドゥーが駆けてくる。
「あれを...!」
彼の指す方角はアッシュの居る金鹿側ではなかった。
メルセデス共々彼の目線の先を追った。
「黒鷲側に動きがあったか―――何っ!?」
「っ!!」
カッと目を見開いた。
黒鷲と青獅子の陣地との間にある林。
その奥からエーデルガルトとヒューベルト、フェルディナントの3人が現れたのだから。
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「―――ドロテアが脱落しただとっ!?」
フェルディナントは流れてくるアナウンスに本日何度目かの驚きの声を上げた。
相手は実力のある級長とはいえ、幾らか魔法攻撃を被弾したのは目にしていた。ドロテアと共に攻撃を繰り出していたヒューベルトが居なくなったとはいえ、後れを取るとは考えにくい。敗れるにしたってこんなにも早く突破されるとは思ってもみなかった。
「そうみたいね・・・・クロードが上手くやったのかしら?それとも―――」
「この林の向こう―――そろそろ青獅子の陣地が見えてくる頃合いですな。エーデルガルト様、気持ちは分かりますが今は―――っ!!」
「どうしたの?―――っ!」
「―――っ!?」
林を抜けた先、3人は思わず言葉を失った。
何故ならベレス達と交戦中のはずの青獅子は誰一人戦っていなかったのだから。
しかも挟み撃ちどころか図らずも3対3―――ディミトリをはじめ、ドゥドゥ―とメルセデスとで真っ向から対峙する構図になってしまっていた。
さらには―――
《ハンネマン脱落》
追い打ちをかけるようにアナウンスが響き渡る。
―――そしてこれが終わりへの決定打だった。
『恐らくローレンツがハンネマンを倒してくれる。そしてそのアナウンスが流れた瞬間私達B班は青獅子、そして彼らと対面しているはずの黒鷲に向かって総攻撃を仕掛ける。
そしてそれからが一番重要なポイント。攻撃方法なのだけれど―――』
そして数秒後に《アッシュ脱落》のアナウンスが流れた。
この場に集結した6名が、いつの間にか両学級の全戦力になってしまったという事実を前に、黒鷲と青獅子双方に動揺が走る。
「ハンネマン先生までっ―――!」
「中距離攻撃のできる二人が立て続けに...居たのはクロード一人じゃなかったみたいね。」
「ええ。恐らくはもう一人・・・ですが、今戻っては挟み撃ちにされてしまいます。目の前の相手に集中しなくては―――この
「あらあら~アッシュまで...」
「殿下。早急に目の前の黒鷲を倒さなければ、背後に迫る金鹿の者達とで挟み撃ちにされてしまいます。」
「そうだな。今残っている俺達は全員物理攻撃用の武器を持ってる。メルセデスを後方に置きながらヒューベルトを狙うのがいいだろう。俺達にとって厄介な魔法攻撃が無くなれば優位に立てる。」
そうして両生徒達は行動を開始した。
最初に仕掛けたのは青獅子のディミトリ。ヒューベルトを念頭に一気に距離を詰める。
だが――
「そうはさせないわっ!!」
「エーデルガルト―――っ!!」
ディミトリ達の狙いを読んだ黒鷲の級長が立ちはだかった。
その瞬間、音が、時間が止まった。
時間にして3秒と数えない。目まぐるしく状況の変化する戦場であれば、ほんの一瞬に過ぎない。されど、5分にすら感じられる完全な静寂が場を支配した。
それもそのはず。後々フォドラの二大勢力の頂点に君臨する立場に加え、全生徒が両名個人として凄まじい力を有することを知っている。
そんな二人の相対―――ただの模擬戦とはいえ、戦いの成り行き次第では両国の均衡に罅を入れかねない、と危惧する者が居てもおかしくない。
その場に居た者達は勿論、遠くから見守る観客達が息を呑むのも無理からぬ話だった。
ガキィンッッ!!!
而して互いの武器が、この試合きっての轟音を鳴り響かせる。
一種の衝撃波をも生みだした衝突。そして精強たる力と力とが拮抗し、カチカチと頑強な鉄同士が擦れ合う。
一連の動きに目を見張るほどの躍動はないが、その衝突に内包された力が規格外であった。
だが周囲もその戦いを黙って見守るほど、腑抜けては居ない。
エーデルガルトの後方から、ヒューベルトが【ドーラΔ】を放つ。重力の働きで弧を描くことなく、手の平から直線に飛ぶ性質上、一定の位置で膠着しているのであれば味方が近くても援護射撃しやすい技だ。
ディミトリは1テンポ遅れたが、すんでのところで身体を仰け反って避けてみせる。だがその姿勢に僅かな隙が生まれた。
其処を狙ってエーデルガルトは袈裟の一振りを繰り出した。
勢いよく上段に掲げられた斧は、なおもってそれ以上の速さで振り下ろされる。
「!」
「ぐっ・・・!」
受け止めたのはディミトリを守ろうと躍り出たドゥドゥーの斧だった。
余りの勢いに押されそうになるが、腰の重心を落とし、力を振り絞って耐える。
一方のディミトリは有難うと
「済まないっ!!だが彼女は俺が引き受ける。ドゥドゥーはヒューベルトの方を頼む。」
「...承知。」
指示を受けたドゥドゥーはエーデルガルトの斧を流すようにディミトリに託すと、その足でヒューベルトに向かう。
「!」
一直線に駆けるドゥドゥーの横から、鋭い
咄嗟に斧を空に振り上げるようにして弾く。
腕を上げた先に居たのは、攻撃が入らなかったことに悲観する様子は見せず、好戦的な笑みを浮かべたフェルディナントだ。
「ディミトリの従者よ。私の事を忘れてもらっては困るな。このフェルディナント=フォン=エーギルを!!」
そう豪語しながら持ち上がった腕を降ろす勢いで、槍として有効ではない縦薙ぎの攻撃を放つ。
当然、その雑な斬りこみで目の前の屈強な戦士を下すことなどできないことは知っている。目的は相手に距離を取らせることにあった。
そして、反動で生じた間を利用してメルセデスに突撃することを視野に入れての行動だった。
しかし―――
「くっ!!」
フェルディナントの思惑に反しドゥドゥーは距離を置くでもなく、振り下ろされた槍の柄を強健な腕で受けた。
「騙し討ちは、
一方のヒューベルトは心中のごく片隅でフェルディナントに礼を述べつつ、魔法陣の展開を終え再び攻撃をしかけようと狙いを定めた。
「っ!!」
だが、
威力は高くない。
そのうえ反射的に急所は外したものの、骨身に響く一撃であった。
「私だってただ見ているだけじゃないのよ。」
離れた相手に聞かせるような声量でない呟き。なれば戦いに震える自分への
だが確かに同学年の生徒を意図的に負傷させた、という現実をメルセデスは呑み込むように薄く唇を噛んだ。
―――否。
「きゃっ!?」
少なくとも彼女に限った話じゃない。
メルセデスに限らず、
「ゴメンね~。これも試合だから!!」
ヒルダの投げた手斧が―――
「ぐっ!?」
「うぅっ!?」
「あ、当たった...級長に...」
「ディミトリに気を取られすぎだぜ、皇女サマ。」
イグナーツが、クロードの放った矢が―――
「エーデルガルトっ!...ぐふっ!!?」
「殿下っ!!??...うっ」
二人の級長への攻撃で、完全に集中を欠いた隙を青獅子の背面より迫っていたベレスの剣が―――
各々、標的を穿った。
「エーデルガルト様っ!?...っ」
独り、標的になることを免れたヒューベルトは、負傷した腕の軋みを奥歯で噛み殺しながら一番近いベレスに照準を合わせた。
なりふり構っていられない。倒れこむフェルディナントに当たらないよう、最低限の配慮をした攻撃は―――
「なっ!?」
明後日の方向に飛んでしまった。
外したのではない。外されたのだ。
他ならぬ己が妨害を受けたことによって。正確には、全く予期していなかった背後からの
「...!」
恨めしく足元に視線を落としてみれば、フェルディナントの持つ物と同じ形状の槍。次いで後ろを振り返れば、自分たちの通ってきた林の麓に満身創痍のローレンツが立ち竦んでいた。
「投擲用でもない槍を投げるものではないな...」
ローレンツは息を切らしながらそう呟いた。
槍は一直線に飛ぶでもなく、ブーメランのように回転しながらヒューベルトの
「貴族たるこの僕が、なんて―――」
無様だ。
そう続けようとしたが、悲鳴を上げる身体によって止められる。
無理もない。ハンネマンとの戦いで負った怪我に加えて、投げるには明らかに重量過多の槍を投げたことで脱臼していたのだ。
それに…心底認めたくはなかったが、今この瞬間を“心地よく”感じている自分が居た。
事前の懸念通り、匍匐前進して土まみれになり、汗ばむ身体で全力で走り、
結局は力の入らない右腕を見て、代わりに乾いた笑いを漏らすに留まった。
「上出来だぜ。ローレンツ。」
そんな彼を視界の端に収めつつ、満足そうに呟いたクロードは、体勢を崩したヒューベルトを矢筋に捉えた―――
「―――そこまでっ!!今回の模擬戦の勝者は・・・金鹿の学級だ!!!」
ジェラルトの大声が会場全域に鳴り響く。
だが、拍手も歓声も上がってこなかった。1秒、また1秒と10を数えるまで沈黙が場を制した。
総じて試合展開は怒涛にして、呆気なく、それでいて
ドゥドゥーとフェルディナントを襲った、ベレスの斬撃以外の中距離攻撃は、一回では脱落判定にはならなかった。
だが、不意を突かれた攻撃で完全に戦う姿勢でない者達を、各人射程外から“連続攻撃しかけること”で脱落に持ち込んでいったのだから。
△
「はっ!やっぱ意味無かったか!」
ジェラルトは豪快に笑う。
連絡者が足りないと進言していたものだが、ものの数秒の間に計6人の生徒が脱落していったために、頭数を増やしてもどうしようもない結末であった。
「すまねえなセテス。取り越し苦労だった。」
それを受けたセテスは半ば放心しかけており、口をパクパクさせていた。
ジェラルトの要請で追加された、連絡者達も皆同様の反応を示している。
駄目だこりゃ、とボヤきながらふと観客席を覗けば、こちらも覗かれていた。
同じ単眼鏡で。レンズ越しに目が合い、パラパラと手を振りながら。
「はぁ~・・・娘だとかは抜きに、あいつらは俺でも相手にしたくねえな。」
△
一方観客席の黒鷲、青獅子の生徒達は言うに及ばず、金鹿の生徒達も驚愕―――というよりドン引きしていた。
結果から言えば金鹿の大勝だ。事実上の脱落を喫したのはローレンツ一人であり、それ以外ベレスを除く3人は負傷しているものの、脱落判定には至らない。
さらには、黒鷲と青獅子の両勢力が全て金鹿の学級によって討ち取られてしまったのだ。
そのあまりにも異常な様相を前に、驚きよりも畏れが勝っていた。
【戦いは最後の五分間にある】
ある者はどこかの国のお話でそんな言葉があったと、脳内で木霊させていた。
だがそれは上手く呑み込めていない自分への言い聞かせなのかもしれない。
秒単位内での逐次的どころか、こうも一斉に相手が倒れていくとは予想もしていなかったが為の、暗示として機能すると期待して。
「無事勝てて良かったですね。さあ皆さん、5人を迎えに行ってあげましょう。」
ただ一人―――副担任を務めるルフレを除いては。その声に喜びこそ乗せられていたが、驚いてると受け取れる要素はまるでなかった。
「あの・・・・ルフレ先生・・・終盤、何であんなほぼ一方的になったんですか?」
「私も気になる・・・これ何があったんだ?」
元々メンバー候補に挙げられていたリシテアやレオニーでさえ今の状況がよくわからず、
「先ほどサラッと流しましたけど、勝率の高い戦法をとったからですよ。今回の戦いで中枢を担う点なわけですが。」
対するルフレは事もなげな口振りであっさり告げる。
「戦法・・・ですか?確かに黒鷲と青獅子は最後バラバラでしたけど...」
最年少にして、このクラスの最優秀生徒であるリシテアを以てピンと来ていなかった。
それを見た生徒たちは彼女がわからないのであれば、当然自分が解るはずない然とした態度でルフレを見遣るので、ルフレはこれも是正していかなければ、と心に留めながら口を開いた。
「あなた方がこの士官学校に入学してからクラスに配属されるまでの期間に、座学と演習が複数回ありましたよね?」
「はい。それで現時点での成績が算出されてるって聞いてます。」
「その演習の内容を見て思い至ったのです。あなた方の実技演習―――主にはセイロス騎士団の方々との武術・魔道の合同訓練との事でしたが、最後に野外演習として騎士団指導の下、“魔獣討伐”があったのを皆さんは覚えてますか?」
「はい。勿論です!」
「...私も...」
「オデもよく覚えてるぞ。アレは中々忘れらんねえよなあ。」
「私も覚えてるよ。狼なんて目じゃないくらい大きくて凶暴だし。人じゃないとはいえ、狩りとは全く違ってたからね。」
聞いていた他の生徒達もウンウンと頷く。眼が3つ以上あっただとか、口が裂けるほどに大きかっただとか、外見にフォーカスされたものが多かったが、ともあれ強烈に印象に残っていることは皆で共通していた。
「私とベレスもそうでした。初めて魔獣を見て、父の指導の下2人で討ち取ったあの日は衝撃で、数日間はその時の感触を覚えていました。勿論、私たちはその時すでに傭兵でしたから、その後の戦闘を経てほどなくして薄れていったのですが…
一方で貴方達は違います。まだ新入生ということもあって、経験も積んでおらず慣れていません。」
ルフレはそう言い切ると、手にしていた紙を裏にして何やら書き込みだした。
「その時の感覚が身に焼き付いてしまっているんですよ。
演習の内容を見る限り、命の危険と判断されない限り騎士団は手を出さない状況で、生徒達だけで相手をする……
陣形としてまずV字で魔獣に迫り、最終的に魔獣を取り囲む形で四方八方から攻撃した―――で合ってますか?」
「そんなだったぞ。オデが斧で戦って、反対側からレオニーさん達が剣で斬りつけてたとかじゃなかったか?」
「いや、私はあのとき弓で応戦してたよ。それは別の生徒だと思う。そういえば同じ班だったリシテアも居たよね?」
「確かそうでした・・・もっといいやり方があったってことですか?」
「いいえ。立地次第ですが、そのやり方が基本的には定石だと思います。
しかしそれは大きな身体を持つ魔獣に対してであって、対集団戦で常に有効とは限らないです。」
特に人に対しては、と前置きし続ける。
「一人に対して複数人で攻撃する―――1種の飽和攻撃になります。味方の数が多ければそれは人海戦術となり、この試合でも局地戦という点に於いて有効に思えそうですが、参加人数が少ないうえにお互い実力は拮抗しています。
であれば、状況次第で却って不利になることもあるのです。」
そう言いながら記した簡易図を皆に見せた。
「1クラスを相手と仮定した考えになりますが、“1人倒すのを5回行う”か“5人を相手取る”かで、まるで戦い方が異なります。
対魔獣戦での感覚が残っている生徒達はその時の経験を基に、知らず知らずの内に前者の戦法を取ってしまう。今回の黒鷲・青獅子の皆さんは正にコレに該当するでしょう。
1人に対して集団的な攻撃で数的有利確保に走る・・・現状新入生たちは重装備をしていないこともあり、複数人で物理耐久の低い方を狙ったのではないでしょうか。
とすれば味方との連携が重要になります。味方と攻撃のタイミングが重なってしまっては有効打足り得ませんからね。
しかしそれは味方に上手く合わせるという事を意味するので、相手を理解してない状態では、ただただ注意を散漫させただけにしかなりません。」
味方の出方を窺う必要もあるため物理的に視線が外れるだけでなく、自分が攻撃を外してしまっても、後続の味方が代わりの攻撃を仕掛けてくれる、という安心感による緩みも生じてしまいかねない。
演習での魔獣であればまともな思考能力が無いために、近くに居る相手に集中するという手しか取らないはずだ。だからこそ、こちら側で手数が勝っていれば多少注意が疎かになっていたとしても勝つことはできる。
だが、今回のような複数相手の対人戦となるとその体たらくではそう上手くいかない。相手も回避や隙をついた攻撃に集中する上、的が小さく、味方を窺ってばかりいては攻撃を当てることさえ容易でなくなる。また、特定の相手への集中攻撃を試みる中で、うち一人が欠けた場合はその事実に意識が持ってかれて攻撃の精度も格段に落ちてしまう。
「それだけ連携というのは難しいものです。付け焼刃でどうこうできるものではない―――これから相手の事を知ることでそれは改善されていくでしょうが、現段階では
だからこそ、今回我々が取ったのは5人を相手にする方法。
即ち、味方を意識しない各個撃破です。」
“独りで一人を相手するように”
これこそベレスが最大のポイントとして4人に伝えた内容だ。
ベレスが2人以上を相手取ることのみ決めておいて、それ以外の生徒は各々で相手してほしいというもの。
黒鷲と青獅子はルフレの云う“付け焼刃の連携”で中途半端に自分と仲間との連帯を優先させた。挟み撃ちにされかねない焦りもあって、味方以外碌に気を配れないともなれば、全員で一人ずつ倒していくのではなく、各々で一人相手取った方が早く、確実であるという判断に基づいた作戦だった。
結果、効果は
特にディミトリやエーデルガルトは意識していなかっただろう。耐久込みの総合能力に於いて、各クラスで一番実力があることは誰もが知るところだ。そんな2人が合敵直後に狙われるなどとは。
(学校側の意には沿わないかもしれませんが...)
これらは総じて“一騎打ち”とも呼ばれる前時代的な古い考えであり、先程告げたように味方に頼らない、個を競った戦法でもある。
文面だけなら学級対抗戦という、鷲獅子戦に向けて生徒との絆だったりを育むことを目的とした機会にはそぐわない。
だがその実、味方ならば大丈夫だから自分の事に集中しよう、という個の力に焦点を当てながらも“味方の信用”という点も重視しているのだから、これはこれで十分な仲間意識だと思う事にした。
「私もここまで上手くいくとは思っていませんでした。特にローレンツさんは2人を倒しただけでなく、ヒューベルトさんの注意を引くことまでやってのけた。他の3人も初めてでありながらベレスの言い分を上手く呑み込み実践してくれました。」
馴染みない一連の流れを訊いた4人は初め、どうしたらよいかと戸惑っていたものだが、ローレンツはハンネマンを降した時点でノルマは達成、他の3人は各人1人に有効打を与えられたら後は自分が何とかする、とベレスは力強く言い切った。その言葉は安心感を与えるとともに、其処まで言わせてしまう彼女に多くの負担をかけさせまい、という発破としても機能したのだった。
「今回の模擬戦で4人は味方に任せること、という点を身をもって学んだことでしょう。
皆さんもこれから演習や学習を通して、相手を知っていくことを心がけてください。」
その場にいた生徒たちは
「・・・ちなみにルフレ先生。さっきの紙ってなんなんですか?
試合中スコープ覗きながら、本を下敷きにして時々書き込んでいましたけど。」
「ああこれですか。ベレスに頼まれた事です。自分が参加者であるため他の生徒達の動きをしっかり見ていられないから、代わりに戦いに於ける癖や身体能力などのデータを取ってほしいとのことで纏めていました。こういうのは彼女の方が得意ですので拙いものだとは思いますが―――
この後、ささやかな祝勝会があるのでしたっけ?
それが終わり次第、反省会としてベレスと二人である程度お話しする予定です。」
ルフレの与り知らぬうち、本当にこの人たちは敵に回したくないと生徒達は心根で共鳴した。
「っ!!??」
「?ルフレ先生。どうかされましたか?」
「何か顔色悪いぞ。腹減ってんのかあ?」
「い、いえ。大丈夫です。」
(なに、今の―――)