ルフレ(女) in フォドラ   作:オノギ

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その髪は

 

―――

――

 

「―――道案内、ありがとうございました。」

 

「いやあ気にすることは無えよ。あんた、ベレス達んトコの生徒なんだろ?」

「はい。」

 

「…はぁ~。未だに実感わかねえなあ。あの二人が教師やってるっての。

んで、これから面談ってやつか?」

 

「・・・そんな感じです...傭兵のお仕事頑張ってください。」

 

男はありがとよとぶっきらぼうに告げると、その場を後にした。

残された少女―――リシテアは一人、案内された部屋の扉を見上げた。

道中見てきたものよりも真新しい灰色のネームプレート。其処には自身の所属する学級の副担任の名が彫られていた。

 

ジッとしていても仕方ない、と深く息を吸いこみ、扉をやや強めにノックした。

 

コンコン

 

すると中から入室許可の返事が下りたので、軽い緊張を覚えながらドアノブに手を掛ける。

 

 

「失礼します。」

 

意固地になっていた己を静めるよう、意識して一音一音はっきりと挨拶した。

 

「リシテアさん、お待ちしておりました。

どうぞこちらへ。」

 

「え、あ...はい‥‥ってエーデルガルトっ!!?」

「!リシテア...」

 

部屋に居たのは部屋主であるルフレの他、ベレスとエーデルガルトだった。

ベレスは彼女にとって姉妹であり、同じ学級の担任を務めている以上、居た所で何ら不思議はない。

だが、エーデルガルトに至っては最早接点が薄いと言わざるを得ない。

 

級長とはいえ他学級であり、高潔無比たる次の皇帝。()()ヒューベルトを傍に従えることもあって、誠実さの裏に抱える姦事は一物どころではない人物であろう、とリシテアは見ている。

 

そんな彼女が他学級の教師の私室に居るというのは、言わずもがなかなり異質だ。故に誰しもが思う

―――≪何故彼女が此処に居るのか≫と。

 

至極当然の疑問であり、当事者二人の頭にもその言葉は浮上したが、口に出されることなく脳内に留まった。

 

なぜなら、二人とも此処に呼ばれた理由に一つの心当たりがあり、そして互いが顔を合わせた瞬間、その予感は確信に変わったのだから。

 

「ところでベレスは此処にいてよろしいのですか?確か新しい剣の新調とかで、ジェラルトと買い物に行くと聞いてましたが。」

「なんかマヌエラと話があるらしいから、また後日になった。居たら駄目かな?」

 

「駄目ではないですけど―――それにしてもマヌエラ先生と・・・ですか。」

 

ルフレはふむ、と少し考える素振りを見せるも、エーデルガルトの隣の椅子にリシテアが座るのを確認した後、直ぐに正面に向き直った。

 

「さて。改めて、お二人とも学生寮から離れた此処まで、わざわざありがとうございます。予め申し上げておきますけど、お二人が問題行動を起こしたから呼んだというわけではありません。

・・・というより、私の勘違いでなければ、あなた方が私に用があるとお見受けしたわけなのですが。」

 

リシテアの場合対抗戦の観客席でのやり取りの他、授業の個別指導に於いてもどこか別の意識が見え隠れしていた。

そんなあからさまな彼女と対照的に、エーデルガルトの方は接触の機会こそ限られており、相対するときは常に力強く凛とした佇まいであり、著しい違和感は無かった。しかしながら、ベレスと同席の際には彼女との対応と比較すると躊躇いのようなものを感じ取れていた。

 

当初はルフレ自身心当たりが無く、何か二人の気に障るようなことをしてしまったのだろうか、と考えてみたものだが、二人の共通点を考えてみればすぐに思い当たった。

 

長く伸びた自身のもみあげを擦りながら口を開く。

 

「お二人の疑念として・・・“この髪”に纏わるもの、で合ってますか?」

 

「「・・・」」

 

沈黙は肯定と捉えますね、とルフレは静かに告げる。

 

相手の問いかけに“黙する”などという行為は普段の二人を知る者からすれば、中々見ることのない反応ではある。だが、ルフレの予想が正しければ口に出すことの憚れる内容であるので、押し黙るのも無理はないように思った。

 

 

それ故に彼女は、独り言を話しますね、と控えめに切りこんだ。

 

「・・・私も一昔前貴方達と同じように、とある学び舎―――王都の魔道学院で生徒として過ごしていた時代があります。

通うきっかけとしては単純。その時点で私は既にベレスと共に傭兵の身でしたが、魔道の素質があることが分かって以来他の団員から、当該の学院に通ってはどうかという提案を受けてました。授業料はかかりますし、その間傭兵としての仕事に従事できないから迷惑になることは分かっていました。ですがベレスに実力で見劣りする分、少しでも貢献できる何かを得られるならば、と前向きに考えるようになったのです。

 

それに・・・まあ、この話はいいでしょう。

 

当初ジェラルトは反対してましたが、ベレスも私がやりたいならば良いと思う、と後押ししてくれて短期留学という形で通うことになりました。

 

当然、傭兵として戦闘に役立つ基礎魔法の習得に勤しんでいたわけですが、図書施設に通うなどして座学の方にもある程度力を入れていました。

其処はこの大修道院の書庫程ではなかったですが、フォドラでも有数の【禁忌】に分類される魔道研究の文献もいくつか所蔵してある施設でした。当然学校側からも検閲対象として詳細は記されてなかったですが、()()()が確認できるくらいのものはありましたよ。

 

―――例えば、本来なら遺伝されない紋章を発現させるための研究とか。」

 

 

「「...!!」」

 

(…はぁ)

 

当たり、か。

ルフレは内心で大きくため息をついた。内容が内容なだけに、杞憂であればどれほど良かったことだろうか。

だが、二人の明白な動揺は自分の論が核心を突いた事を如実に物語っていた。

 

ただ二人が話したくなければ、それ以上言及することは却って彼女達を傷つけかねない。見た文献が正しいのであれば、犠牲者が発生するなど、かなり惨たらしい記述であったのだから。

 

「私自身はどう思われても構いませんが、他ならぬ貴方達が私への複雑な気持ちから、胸の(つか)えを来しているのなら、教師としてできれば取り除きたいです。お節介だったらすいません。」

 

「い、いえ…そんな、ことは...」

 

(すぼ)む口を無理に言語に昇華しようとするリシテア。

 

ルフレは口に出してみて思った。

意地悪な言い方だったと。

片や学園きっての才女、片や他学級の級長。周囲から信頼の厚い彼らには、能力や地位以前に相応の人格が備わっている。そんな二人に対する過度な(へりくだ)りなど最早“吐け”と迫っているに等しい。まるで誘導尋問しているかのような展開と、それの発端は自分自身と云う事実に嫌気が差す。

 

そんな自責が顔に出ていたのだろうか。やがてエーデルガルトは軽く溜息混じりに告げる。

 

 

「...そこまで言ってくるということはもう分かっているのでしょう?

でも私には立場がある。だから詳しくは話せない。

…だけれど、これだけは伝えておくわ。私には紋章が二つ宿っている。」

 

「!」

 

「...そうですか。」

「...」

 

現状もう一つの紋章が、“炎の紋章”であることは伝える必要はないだろうと、その事実だけに留めたわけだが、エーデルガルト自身衝撃的な暴露だろうとは思っている。

 

案の定リシテアは、俯きかけていた頭をガバッと起き上がらせるという、わかりやすい反応を示した。

だが一方で、ルフレとベレスは実にあっさりとした態度で呑み込んでいた事が気にかかる。

 

「驚かないの?二人とも予想はしてたってことかしら?」

 

「いえ、素直に驚いてますよ。本当に実現できるなんて...」

「でも、ルフレの話を聞く限り喜ばしいことじゃないみたいだね。」

 

ベレスの憂いにエーデルガルトは深く頷く。

 

「ええ...その通りよ。私はフレスベルグ家の―――帝国の将来を統べる次期皇帝であり、悪しき研究の成果だった。その内容は悲惨という他ない、悍ましい所業だったわ...それをきっかけに髪は色を失った・・・今となってはどうでもいい、些末なことなのだけど。」

 

そうして自身を抱きしめるかのように、腕を組む。

小刻みな震えを伴うそれら一連の動作は、歳相応の虚勢であることの証左にして、ここに来て初めて見せた弱みであった。

 

「・・・私だって―――ッ!」

 

 

ベレス達が無理しなくていい、と言いかけた傍からリシテアが叫ぶよう割って入った。そうして彼女もまた、自身に二つの紋章が宿っていること。恐らくはエーデルガルトと同様に、法外な措置が身に施された旨を打ち明けた。

 

 

エーデルガルトに便乗する形での告白であったが、他ならぬエーデルガルト自身が目を丸くして驚いていた。

そんな彼女に当のリシテアは、だんまりを決め込むと思っていましたか?などと半ば挑発的な態度で応じる。

 

実際のところ彼女の言うようにリシテアは話すつもりなかった。しかし、これまで全面的に張ってきた“強さ”を一時的に捨ててまで話したエーデルガルトに感化されたのである。

・・・尤も、それを素直に伝える気は毛頭無いわけだが。

 

 

「エーデルガルト・・・どうせあんたなら調べはついてたんでしょう?私の事を調べるくらい容易いでしょうし。」

「そうね。でも貴方も私に対して予測は立ててたのじゃないかしら。」

 

「...でしょうね。」

 

自嘲染みた笑み。加えてその客観的な物言いでの肯定は強がりか、はたまた自己嫌悪の表出か。

 

 

そう。お互いが相手に疑念を抱いていた。

 

並外れた能力値と、その肉体・心的負荷を象徴する色の失せた髪色。

そして互いが意図せず醸していた、常人には決して量り得ない冷たくて暗く昏い沈痛の情。

ともすれば類伴であるが故の同気相求であった。

 

いっそ同族嫌悪に至っていれば、良かったのかもしれない。

本能的に相容れないと判断しハナから距離を取っていれば、互いの境遇を感じ取って悼み、そして傷む日々を送らなかったであろう。

 

しかし、如何に自身に課された使命を全うしていようが齢にして20と数えない少女たちである。

己に近い境遇にある、と確信に近い予感を覚えた相手を意識しないというのが無理な話だった。

 

「ルフレ先生はその―――()()なのですか?」

 

一頻(ひとしき)り淡い慰撫の応酬を終えたのち、リシテアは静観していたルフレに話を振る。

リシテアとしても好まない、具体性の欠いた、酷く曖昧で解釈次第でどうとでも取れる問い。

 

しかし目の前の教師が話の流れを汲み取れない程、呆けているとは露ほども思っていない。

 

それに‥‥その内容の詳細を口にするには重荷が過ぎた。ソレを受けたルフレは、質問の不明瞭さを追求するでもなくゆったりとした動作で―――

 

「この髪は後天性のものじゃないですよ。」

 

ごく端的に、簡潔にそう述べる。

対するリシテアはその回答に安堵した。

 

 

きっかけはただの髪色と云う外見的な相似。

それだけならば、シルバーブロンドとなれば別段不思議でない。

 

しかしながら、リシテアとエーデルガルトの間に交わされたもの程鋭敏ではないものの、淡くも、どことなく似た空気をルフレから感じ取っていたのだ。

 

勿論“紋章を二つ宿してはいない”という点と“生きている”という点がこれまでの二人の見聞上、矛盾している。

しかし、かの狂った連中で謂うところの“失敗作”であったとしても、すぐに死ぬとは言い切れない。成功しないだろうと途中で投げ出され、中途半端な施術の結果、髪が脱色するほどの負荷がかかる程度で済んだという可能性は捨てきれないからだ。

 

ただそれが事実なのだとしたら形はどうあれ、あってはならない仕打ちを受けていたということになる。

であれば指導者としての立場もある彼女を深く傷つけることにもなりかねない。

 

…さらに言えば場合によっては、親である()()()()()()()正面から非難する形になり得た。

 

というのも不幸中の幸いとしてエーデルガルトもリシテアも、親は娘への仕打ちに納得しておらず寧ろ止めようと奮闘していた。それが掛け替えのない救いであり、数少ない生きる糧でもあった。

 

エーデルガルトとリシテアは自分の立ち位置を身をもって知っているからこそ、貴族としての強い信念やそうした支えがあったことで今まで生きてきたのだろうと、お互い無意識の内に感じ取れていた。

 

 

だが一方で、ルフレに関しては二人ともまるで掴めなかった。

ジェラルトがそれら研究に加担しているとは思っていなかったが、これもまた断言はできない。

 

エーデルガルト達二人ともルフレと歳が大きく離れていないが、ルフレの場合出自も育ちも謎に包まれている。貴族と傭兵なんていう立場の違いを踏まえても、二人とはかけ離れた環境に身を置いていたことは明らかであるため、ジェラルト共々、その真相は判然としなかった。

 

「...?」

 

そうであるからこそ、ルフレ本人が自分の考えを否定してくれたためリシテアはホッとしたわけなのだが、ふとエーデルガルトの方を見遣れば当の彼女は難しい顔をしてルフレの隣の...同じように眉尻の下がったベレスを見ていた。

 

どうして?と疑問に思うもほんの一瞬。

 

すぐに二人の存意に気づいたリシテアは思わず「あ」と声をあげた。

そして目先の危惧が勘違いだった、と謂う認識で緩んでしまっていた己の浅慮を呪うよう唇を引き締める。

 

やがてルフレが口を開いた。

 

「・・・お二人ともお気づきかと思います―――まあ隠すようなことではないので、どこかの機会で話そうと思ってましたが、私はジェラルトの実子ではないです。当然、ベレスとも血のつながりは無いので、彼女とまるで似てなくても不思議はありません。

 

詳しくは訊いておりませんが、盗賊の下で保護した赤子が私だったとか。」

 

「それ、は...」

「っ...」

 

不思議な縁ですよね、と笑って見せるルフレを前に二人はまともな応答をすることができない。

 

 

確かに。当初二人が思い浮かべていた自分たちと同じ境遇(実験の成果)ではなかったが、それとは別種の重い過去が控えていたのである。

 

実の両親はわからないのか、盗賊に殺められたのか、別件で亡くなっているのか―――はたまた捨てられたり、売りとばされてしまったのか。

 

疑問はいくつも湧いて出たが、それ以上を追求する気持ちは‥‥言葉は発することが叶わなかった。何れにせよジェラルトに引き取られている以上、“既に居ない”のは事実なのだろう。

 

勘違いという形で、なおもルフレを傷つけてしまったことにリシテアは愕然とする。

エーデルガルトもまた、横で舌を強く打ち鳴らしていた。

 

彼女に至っては、赤子を連れ去るような外道が跋扈する世の中に、皇族として、国を治めていく家の者としての責任に因る悔恨が、憂色に拍車をかけていた。彼女のような社会の隅に追いやられた犠牲者が他にも居るだろう、と考えずにはいられなかったのだ。

 

そんな風にして伏せ入る二人をじっと収めたのち、ルフレはゆっくりと目を閉じながら優しさを込めて告げた。

 

「ですが、今こうしてジェラルトに引き取られました。

彼は実の娘であるベレスを贔屓するわけでもなく平等に接し、ベレスもまた私を拒むことなく本当の姉妹の様に共に居てくれた。

 

―――そして今は貴方達二人の様な存在も私の支えになってくれている。」

 

「私達...ですか」

 

リシテアは空虚な瞳のまま、ぼんやりと頭を上げた。

 

「はい。先ほど、お二人は私の事情を深く追求しようとしなかった。生徒という立場上言いにくい、というのもあるかと存じますが、私は別の気持ちを強く感じました。

 

あなた方は共に立場ある貴族の身です。

この貴族社会自体にお互いの考えはあるでしょうが、私を案じてくれる気持ちとは別に、この社会への嘆きもよく伝わりましたよ。」

 

ルフレにとって何よりも嬉しかったのは、“先生だから”ではなくルフレの思う本来の貴族として在り方を示してくれた事であった。

 

現にルフレは傭兵の仕事柄、そういった手合いをよく見てきた。依頼主が貴族の場合であっても例外でなく、雑兵のような扱いをされることも珍しくなかった。傭兵なんていうのは元より、平民の中でも血生臭い部類であることも理解していたため、呑み込む事自体は容易であったのだが、当然のことながら雑な扱いを好んでいるわけじゃない。

人並みに傷つくし、ムッとすることもある。その矛先が自分ならまだしも、ジェラルトやベレスに向けられている時はそれが顕著だろう。

 

だからこそ彼らの様な国を背負う生徒達はこの先の未来を照らす一筋の光だと思えた。自身が凄惨な目にあっても、心折れずに保てる信念を。人の上に立つ器として、時に下々の者達の目線に立てるその心持ちとが備わっている事に。

 

「共に重い過去を背負っているからといって、分かち合えるとは限らない。況して貴族と平民であれば隔たりは大きいものでしょう。私も副担任になって、はやひと月と経ちますが未だにソレに類する不安が無いとは言い切れません。

 

しかしながら、貴方達には私…いえ、私達側に寄りそう気持ちが宿っていた。

その事以上に私の不安を和らげてくれる緩衝材は無いでしょう。

 

そしてそんな方々を教え導く者の一人である、というのは何物にも代えがたい光栄なことですよ。」

 

そう告げる裏で、一つの不安が頭を過っていた。

 

二人の身に起きた悲劇は耐え難いもののはずだ。その怒りを撒き散らすのではなく、己を律することができている。とはいえ、それらが何をきっかけに暴発するかはわからない。

 

何より問題なのは、その悲劇を味わった人物の一人が次期皇帝であるということ。

 

私の身の上話を聞いた時の彼女の眼は未だに焼き付いている。その時の瞳は私を思い遣る優しさであり、明確な敵意をも孕んだ瞋恚(しんい)であった。

 

その矛先が自分自身に向けられているのであれば()()救いがある。だが、他に向けられているのであったとしたら―――

 

 

「―――ルフレ先生…あの。子ども扱いしないでください…ちょっと恥ずかしいです//」

 

何やら顔を赤らめたリシテアが訴える。

 

「え・・・ああっ!?すいません!!」

 

思案に暮れる最中、ルフレは思わず二人の頭を撫でてしまっていたのだ。

1テンポ遅れて手を引っ込める。

 

「いえ...構わないわ//」

 

そう言いながら髪を指に巻いたり、解いたりを繰り返すエーデルガルト。

手袋越しでも流石に髪に触れられるのは嫌だったのだろう、とルフレは深く反省した。

 

「兎も角、お二人に辛いお話をさせてしまったことを謝らせてください。

だけれど、打ち明けていただけて大変うれしく思います。リシテアさんは勿論、他学級であるエーデルガルトさんもいざとなったら頼ってくださいね。私じゃ話しにくいのであれば、此処に居るベレスでも。」

 

そう振られたベレスは大きく頷いた。

 

「勿論問題ない。

…あと、ついでなのだけれど私も3人に謝りたい。」

 

「?なんでしょう?」

 

ルフレさえも予想していないベレスの返事に、一同首を傾げた。

 

「ジェラルトもそうだったように、私は血の繋がりなんて気にしない。私が実の子であるなら、何故私の方を優遇してくれなかっただとかも全く思わない。

 

…だけど、私は一つルフレに嫉妬していたことがある。」

 

「・・・?」

 

ピンと指をさされたが、3人共ベレスが何を指しているのかわからない。

 

「その髪。幼少期の記憶は薄いけれど、物心ついた時から貴方の髪色に憧れを抱いていたことは覚えてる。なんで私はルフレと違って地味な色なんだろうって。

今ではこの深緑色もよく馴染んでて満足してるけど、当時は貴方のシルクのように綺麗であればいいのにと思っていた。

それに、姉妹として少しでも貴方に近くありたかったってのもある。

 

…エーデルガルト、リシテア―――貴方達はなりたくてその髪色になったわけじゃないんだよね。もしかしたら、トラウマの象徴なのかもしれない。貴方達にとって忌むべき対象なのかもしれない。

だけれど、二人を初めて見たときから私は羨ましかった。

 

何も知らず、とても綺麗に思ったことを許してほしい。」

 

ペコリと頭を下げるベレスに生徒達は慌てふためく。

 

「い、いや!そんな///」

「別に・・・この髪色自体を嫌ってはないから///」

 

「はあ、貴方はまたそうやって…ベレス。そんなおだてたって紅茶のお代わりくらいしか出せませんよ。」

 

紅茶は出してくれるんだ、とベレス。

 

やや頬に熱を感じるため、目線を逸らす。

そんな言動と裏腹にルフレは先ほどの話題を考えていた。

 

 

実際この髪はどうなのだろうか?と

 

 

紋章が血を通じて受け継がれていくように、私の産みの親が過去にエーデルガルト達と同じような目に遭い、ソレを私が継いでしまっているという可能性も考えられなくはない。

直接の実親か、あるいは祖父母に当たる者がそうであったという可能性も…考えればキリがない。

 

 

(それにその身に何かあるとすれば―――)

ベレスの方だろう。ルフレは素直にそう思った。

 

以前、彼女本人が教えてくれた。

 

≪心臓が動かない≫などというとんでもない内容。

 

 

当時は何の冗談かと柄にもなく笑い飛ばしたものだが、言われるままに確かめてみると彼女の言うように拍動が無かった。

手首などは確かな脈打ちをしているにも関わらず、である。

 

自ずと思い浮かぶ、あの夢の世界で逢ったソティスを名乗る少女。彼女の有していた人知を超えた力。そして未知の紋章。それら全てがベレスの身に宿っているという事実を鑑みれば、それに関連する何かだろうと思わざるを得ない。

 

当然心臓が動かない件はジェラルトも知っているはずだ。であれば彼の教会に向ける敵意のようなものは―――

 

 

 

 

一方で、ベレスは未だに照れた様子のリシテア達を捉えつつも、焦点はそっぽを向いているルフレに置いていた。

 

 

「・・・」

 

しかしベレスは何も口にしない。

するつもりは一切なかった。ただ静かに視ていた。

その変化の乏しい表情を、何も悟らせない様な無機質な目に僅かばかりの()()を覚えながら。

 

 

 

 

大修道院 医務室

 

 

「あら、ジェラルトさん。お待ちしてましたわ。」

 

事前に連絡を受けていたジェラルトの来訪。予定通りの時刻に現れた彼をマヌエラはどうぞ、と招き入れた。

 

「すまねえな。わざわざ時間取らしちまってよ。」

 

「業務時間外ですもの。構いませんわ。それで、一体あたくしに何の用なのかしら?

・・・もしかして、夜のお誘いとか?

いくらなんでも既婚者且つ、同僚の父親である貴方とは...いや、それはそれでアリ――?」

 

「お前さん、確か医者なんだってな。」

 

マヌエラの揶揄いかどうか怪しい気張った声をスルーして、早急に本題に入らんとするジェラルト。

つれないわねえ、とボヤくマヌエラはやれやれと云った様子で頷いた。

 

「ええ、そうよ。怪我とかされたのかしら?見た所目立った外傷は無さそうだけれど。」

「いや。俺じゃねえんだ。娘の事なんだが―――」

 

はて?

そうであれば娘当人を連れてきてないのはおかしい。そもそもここ数日で教員が負傷するような演習は行われて無いはずなのだが。

そんな疑問を覚えたが、すぐに関係ありそうな事柄に行き当たった。

 

「もしかして、ハンネマンの言ってたこと?

それほど気にしなくていいわよアレ。いつもの事だし。」

 

数日前ハンネマン本人から、ベレスに新種の紋章が宿っていたという話は聞いている。

紋章学者として名を馳せた数々の功績に疑う余地は無く、彼が見たことないというのなら確かに信憑性はある。だが、だからといって大きな問題はないだろう。

 

親、兄弟、姉妹間で宿る紋章が異なっているという例はそう珍しいものではない。その血脈が代々受け継がれている貴族でさえ、全く予想していなかった紋章が発現した、という事例もあるのだ。貴族でない、出自が曖昧な平民出身であれば可能性としては大いにあるだろう。

 

勿論、未知の紋章を持っているという事実に不安を覚えるのも無理はないが、紋章が宿主に直接害をなすという話は聞かない。

 

「あー。紋章の事も気になると云えば勿論気にはなるんだが―――其処に関しちゃ、ある程度見当がついてる。」

「あらそうなの?それじゃあ、何の御用で?」

 

益々来訪の意図がわからなかった。

冷やかしなどという事はないだろうが、急くよう自然と語気が強くなっていた。

 

「この先、学級での課題や演習で生徒だけじゃなくベレス達が医者の世話になることがあるかもしれん。その際にはできればあんたに診てもらいたくてな。」

 

頼む、と頭を下げるジェラルト。

予想外の言動にマヌエラは慌てる。

 

「いや、そんな畏まらなくても・・・勿論構わないわよ。だから頭を上げて頂戴!」

「スマン、感謝する。」

 

「...それで、そんな事を懇願するからには何か理由があるのよね?」

 

要件は分かったが、内容が依然としてわからずマヌエラは尋ねた。

 

「ああ。アイツ等はずっと昔から、色々と騒がれちまいそうな事情を身に抱えているんでな。何も知らずに診療すりゃあ、医者が仰天するほどのもんをな。

こんなガルグ=マク大修道院(馬鹿でけえ小社会)じゃあ、すぐに広まっちまう。そうなると後々面倒だ。

だが事情を知ってる医者なら問題ないだろう。それで同じ教員として関係の深いあんたに頼んだってわけだ。」

 

「成程ねえ。それで予め事情を共有しに来られた、と……ん?

 

“アイツ等”ってことは二人とも何かあるってことかしら?」

 

未知の紋章の件や表情変化の薄さも相俟って、ベレスの事だと当たりをつけていた為意外だった。

 

「ジェラルトさん...?」

 

そんなマヌエラの返答に、ジェラルトはどういうわけか顔を顰めていた。

 

「お前さんの言う通り。二人とも常人じゃありえねえ・・・

ベレスの方はさっきの紋章と一緒で、根本的な原因までは分からねえが、そうなった理由にはなんとなしに見当がついてる。

 

 

 

ただアイツの―――ルフレの方は、その()()の原因にまるで心当たりがねえんだ。」

 

 

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