翌日の午後、アビドス対策委員会の本部にて。
普段、ホシノ、ノノミ、シロコ、セリカ、アヤネの5人。それに加えて先生がいる程度の、
そこまで人の入ることのなかった室内は、かつてないほどの喧騒で満たされていた。
「何というか……こちらで会議をすることは賛成なんですけど、
もう少しまともな部屋はなかったんですか?」
「うちの学校は見ての通り砂だらけで
この部屋ぐらいしかまともに使えるほど掃除されてないもので……」
対策委員会の部屋に文句を言うのはアコ、それをノノミがなだめている。
……その二人の間に諮らずとも挟まれる形となってしまったヒナは何とも言い難い表情である。
ダリルが提案した特務士官に関する報告会議。
それはアビドスの方で行われる運びとなったのだが、
如何せんアビドスにまともに使える教室はほとんどなく、唯一の部屋に
ヒナ、アコ、イオリ、チナツ、ダリルが集結した結果、かつてないほど室内は人口密度は高くなっていた。
「本当なら万魔殿からも1人ぐらい連れてくるつもりだったのですが……
あのク……失礼、議長閣下が人員をよこすのを渋ってくれたのはちょうどよかったですね」
「……ねえ、あの人今クソって言いかけなかった?」
「"君と議長の人との間に何があったの……?"」
あんまりな物言いのダリルに先生及びアビドス対策委員会一同がドン引きするが、
風紀委員会一同はああ、またか。といった様子で本人もどこ吹く風である
「色々、ですよ。それと先生、俺の半径2m以内に近づかないでください」
「"何故っ!?"」
そして、その矛先は唐突に先生へとむけられた。
あからさまに驚く先生にダリルからはジトっとした視線が突き刺さり、
ヒナとイオリは例のことを思い出してしまったのか顔を赤くした。
「まさか忘れたとは言わせませんよ。
イオリの足を舐めたことは百歩譲って良しとしても、その後俺に……」
「"よーしっ!!?ダリル、君のお願いはよくわかった、わかったよっ!!
だからこの話はお終い閉廷終了っ!!"」
結果、ダリルに己の痴態が暴露されそうになった先生は総力をもってそれを隠ぺいした。
……もうほとんど手遅れだったが。
先生に全方位から呆れやら羞恥やら羨望やらの視線が突き刺さる。
先生は泣いた。
その様子を見てダリルはため息をつくと、アコへと視線を移した。
「それでは行政官、諸々の準備は整ったようなのでよろしくお願いします」
「え、えぇ……」
目の前の惨状に引き気味になっていたアコだったが、
ダリルから声をかけられ我に返ったのか、一つ咳払いすると正面を見た。
「招かれた側の私が言うのも何ですが……アビドス対策委員会の皆様と先生、
今回はお集まりいただきありがとうございます。
既に名前はご存知かと思いますが念の為。
私はゲヘナ風紀委員会所属の行政官、天雨アコと申します」
「同じく、委員長の空崎ヒナよ。よろしく」
「同じく、執行官、往躯ダリル」
「執行官補佐の銀鏡イオリだ」
「同じく、行政官補佐の火宮チナツです。よろしくお願いします」
風紀委員会の面々がそう口々に挨拶し、軽く一礼する。
その様子を見て、アビドス対策委員会の少女……主にセリカは少しうろたえた。
「ど、どうしよう……うちに、そんなたいそうな肩書ないわよ?」
「別に大丈夫たと思いますが……」
「アヤネさんの言う通り、構いませんよ。肩書なんて所詮呼び名の一つにすぎません」
アヤネの言葉にアコも助け舟を出す。
その言葉にセリカも納得がいったのか、ほっと胸をなでおろした。
「じゃあ私からですね~。アビドス対策委員会の十六夜ノノミです☆
一応、副委員長を勤めています」
「私は砂狼シロコ。よろしく」
「え、えと……早見セリカよ!これでも会計係をしてるわ」
「書記の奥空アヤネです。よろしくお願いします」
「"……顧問の先生です。よろしく……"」
最後に、未だ心のダメージが来ているのかうめき声に近い声で先生がそう言って、
互いの自己紹介は終了した。
……が、しばらく彼女たちを見ていたヒナがぽつりと言った。
「……委員長の姿が見えないようだけど」
「「「「!!」」」」
その言葉に、アビドス対策委員会の少女たちと先生の肩が、大なり小なりびくりと震えた。
何も言わない彼女たちの代わりに、先生がしどろもどろになりながらそれにこたえる。
「"い、いや~、ホシノはどうも想像以上に疲れちゃってたみたいで、
今日は家でぐっすり寝てるんだ……ごめんね?"」
そう言って手を合わせる先生。
その様子をヒナはしばらく見ていたが、やがて静かに告げた。
「特務士官の正体ならうちの情報部の捜査で割れてるわ。
……その様子だと、あなた達も知っているようね」
「"!!"」
図星だった。
あの出来事の後、ホシノは一人になりたいと言い残し、放心してふらふらと家に帰っていった。
ノノミとシロコが尾行したので確実に家に帰っていることは間違いないが、
今朝になっても未だ連絡も、モモトークの既読すらつかない状況だ。
……しかし、それを責めることは、とても出来なかった。
「別に責めるつもりはないわ。ただ確認しておきたかっただけ。
……私自身、同じ立場にあったら正気を保てるかわからない」
ヒナはそう言ったものの、室内の空気はズンと重くなる。
……しばらくの重苦しい静寂、その時、
「これが終わったら、その委員長に会いに行ってあげてください」
よく通る声が部屋に響いた……ダリルだ。
全員の注目が集まる中、ダリルは続ける。
「そう言う時は、仲間が無理やりにでも叩き直さないと本当にダメになる」
静かな、しかし、確固たる意志を持った言葉だった。
しばらく対策委員会の少女たちは、そして先生はそれをぽかんとして聞いていたが、
やがて、その表情がほころんだ。
「……そうですね。また何か抱え込んでしまう前に、私たちが助けないとですね……」
「うん。私達は5人そろって、アビドス対策委員会だから」
徐々に彼女たちの表情にも、精彩が戻り始める。
そんな彼女たちを誇らしげに見ながら、先生はダリルのそばに近寄った。
「"ありがとう、ダリル。みんなを励ましてくれて"」
「別に。俺が話したのはただの経験譚ですよ……あと、先生。2m」
「"え、えぇぇぇええ!?今それ言うの!?」
そうは言いながらもダリルから大人しく距離をとる先生。
それを経て、ようやく室内に普段の空気が戻った。
アコがほっと息を一息つくと、咳ばらいを一つして話し始めた。
「さて、少々話が逸れましたが、本日の話題はつい先日までカイザーPMCに所属していた
外部組織所属の人物、特務士官についてです」
その言葉で、室内の空気は一転して緊張したものに変化する。
アコはいったん言葉を区切ると手元の端末を操作する。
一拍おいて、正面のホワイトボードにいくつかの映像が映し出された。
爆炎の中で風紀委員会を蹂躙する白いアーマー。
そこから予測されたと思われるアーマーの全体像。
そして、優しく微笑んでいる翡翠色の髪の少女の顔写真……
「まず、特務士官から得た音声情報をもとに情報部が解析を行った結果、
5人程の候補が上がりました。その中で最も有力だったのがこの人物、
アビドス高等学校の生徒会長、梔子ユメです。現在は行方不明となっていますが……」
「"それについては確定でいいよ……昨日、本人とあったから"」
先生の言葉に、風紀委員会の面々は大なり小なり驚いた様子だった。
「何か情報はあったの?先生」
「"う、うーん……どうも大怪我してみたいで、
顔の左半分に大きな傷があった。あとはこれといった情報は特に……"」
「……そう、ありがとう」
ヒナは短くそう答える。
アコも先生の情報を、端末に書き足すと視線を戻した。
「まあ、人物についてはこのぐらいでいいでしょう。
次にアーマーについてですが、私たちが調べれる限り、大型かつ人型。
更にオートマタではなく搭乗型の兵器にも拘らずあれだけの高機動かつ煩雑な動きを実現できるものは
ミレニアムにもありませんでした。
更に、武装も多くが特注で、唯一回収できたバズーカも私たちの銃の体系から大きく外れたものです」
ここまで一気に言い切ると、アコは一つ嘆息し軽く肩をすくめた。
「……まあ、正直ここまで言いましたが、戦闘能力は高くはありますが
想像を絶する、というほどでもありません。実際、私達はこれを退けていますし、
対策委員会の皆さんも一度撃退したことがあったはずです。
皆さんは事情があるにしろ、戒厳令を出すように言ってまで
ダリルが警戒するのかわからないですが……」
アコの視線が、ホワイトボードを挟んで対称な位置に立つダリルに向けられる。
その為,自然と全員の視線がダリルへと向く。
「"……でも、あの時の反応を見るに、ダリルはあれについて知ってるんだよね"」
「……はい。今からそれを俺から話します。
……正直、決心がついてるとはいえないけど」
先生の言葉に、ダリルはそう言って頷いた。
後半の言葉は、ほとんど聞き取れないほど小さく、早口だったが。
幸いなことに、それに気が付いたものはいなかったようだ。
ダリルは一つ、大きく息をつくと話し始める。
「……正直、行政官の言葉はある意味正しいんです。
あのアーマー……MS-06Rサイコ・ザクは戦闘能力という側面だけ切り取れば
強大というほどの脅威はない様に見える。
……しかし、問題はそこではない」
そこで言葉を区切ると、ダリルはアヤネ、アコ、チナツ、そして先生を順に見た。
「え、えと、私に何か……?」
「……何でしょうか、ダリル?」
「先輩……?」
「"どうしたの?ダリル"」
視線を向けられた4人がきょとんとした表情になる。
「……先生、チナツ、アコ行政官……アヤネさんもあまり直接戦闘は得意ではない。
……というか行政官に至ってはそもそも前線に直接出向くことすら少ない。
そうですよね?」
「……少々言い方について一言言いたいですけど。まあ、認めますよ」
ダリルの確認にアコは少し不服そうな表情でそう答える。
先生とチナツとアヤネはダリルの言葉に特に不満がある様子はなく、こくりと頷く。
アコ、先生はもちろんアヤネも後方支援が主だ。
チナツは人手不足のため前線に出向くことも少なくなく、
ダリルから狙撃について教わり始めてからはそれがより顕著になり始めたが
それでも直接の撃ち合いは他の生徒に一歩劣る。
ダリルは4人の反応に頷く。
「では、もう一つ質問です。皆さんは、一応頭では大なり小なり戦闘技能を知っていて、
他の、戦闘が得意な人……例えば、委員長や俺。
そちらで言うとシロコさんやホシノさんの戦闘する姿を見ている。そうですね?」
これにも4人とも頷いた。当然である。
それに対してダリルが言った言葉は至極簡潔だった。
「そうですか……なら、
「「「「?」」」」
あまりにも端的にな言葉に大半の生徒たちが首をかしげるが、
一部の生徒……ヒナ、そしてシロコは察しがいったのか、目を丸くした。
「……なぁダリル。いまいち話が見えてこないんだが」
「わ、私も……何が何だか」
「……今から説明するから少し待ってくれ」
イオリとセリカが抗議の声を上げるのを見て、
ダリルは少し申し訳なさそうに言うと、咳ばらいを一つした。
「
細かい理論は省きますが、端的に言えば……機械的に身体と機体を神経接続し、
思考だけでマシンが動かせるようになるシステムです」
「……?それの何がやばいんだ?」
首を傾げるイオリ。それにダリルはこう答えた。
「結果から言えば、先程挙げた4人が俺と対等に戦える程度の戦闘力を得ます。
……1対1だったら経験差で俺が勝てるとは思いますが」
「……は、はあっ!!?」
ダリルのその言葉で、室内が大きくざわめいた。
「な、なによそれ……あの機械に乗るだけでそんな馬鹿みたいに強くなれるなんて……
もし、沢山あれがあったら勝てっこないじゃない……!」
「それだけじゃない。もしあれを量産できるだけの力をどこかの組織が手に入れたら……」
いつもは冷静なシロコの表情も、どこか血の気が引いている。
その言葉の先を紡いだのはヒナだった。
「……間違いなく、薄氷の上に成り立ってるキヴォトスのパワーバランスが崩壊する。
特に、私達のような三大校の場合、
それについての情報を知っているという時点でかなり危うい」
「……正直、俺が知っているあの機体の実力はあんなものではない。
恐らくあれは不完全な機体、完全なものとなれば委員長とてかなり苦戦するはずだ」
ヒナ、そして追い打ちをかけるようなダリルの言葉に、更に周囲の人の血の気が引く。
「……あなたがどうしてあそこまで必死になってたかよくわかりました。
これは……おいそれと外部に流出していい情報ではない」
アコも、いつもの強気な表情は既になく、皆と同じように青ざめていた。
……と、その時セリカがふと思いついたように言った。
「……で、でも、私は少し欲しいかも……!アヤネちゃんが使ってもそこまで強くなれるなら、
私や……それこそシロコ先輩が使えばもっと……!
アビドスの借金は完済できたけど、まだ色々仕事は山積みだし
……そうだっ!!先輩にどうにかして連絡が付けば……」
「あれはそんな便利なものじゃないっ!!」
突然、セリカの言葉をダリルの怒声が遮った。
……もしかすると、それは怒声などではなく、苦痛と悲哀の叫びだったのかも知れない。
鬼気迫るその声に、セリカは思わずへたり込んだ。
静まり返った室内、それに、ダリルはハッとした表情になると、
ばつが悪そうに目を逸らした。
「……すまない。ついカッとなって……」
「い、いや、私もごめんなさい」
セリカの応答に少しだけ頷くと、ダリルは息を深くついた。
「……次が、俺から言えることの最後です」
そう言うと、ダリルは先生の方に再び視線を合わせた。
「先生、梔子ユメとあったんですよね?」
「"う、うん。会ったよ、一応……"」
ダリルの口から発せられたのは、先ほどと同じ一つの質問。
それに先生はこくりと頷く。
ダリルはそれを確認すると、一つ、質問をした。
「会った彼女に、四肢はありましたか?」
「"……え?"」
突拍子もない言葉だった。
……四肢、腕と足。それは人を構成する部位の中でも特に重要なもの。
移動し、物をつかみ、物を運ぶだけではない。
人と共に歩き、人と手をつなぎ、
ふれあい、抱き合う……人の温かな感触を伝い伝えるものだ。
……ユメの右腕は粗末な義手だった。
思えば、歩き方もどこかぎこちなかったし、決して走ることはなかった。
普通なら、義手というものはあんなに簡単に外れるものではないし、
義足も少々走る分には問題はない。
それに、接続部分が大きな電極に取り付けるかのような頼りない細い筒のものでは……
(まって、電極に取り付ける?)
……ダリルはさっきこう言った。[機械的に身体と機体を神経接続する]と……
(まさか……!)
思考の末、先生は一つの結論に至った。
「"……ダリル、R.P.D.を使うには機械への接続のために、
腕と足を……全部切り落とさなきゃいけない。そういう、こと?"」
……その答えを言う先生の声は、震えていた。
そしてその答えにダリルは……
こくり、と
ただ一つ頷いた。
……何かを得るには何かを犠牲にしなければならない。
そんな言葉がふと頭に浮かんだ。
ユメは……あのやわらかく笑っていた少女は、一体どれだけのものを犠牲にしていたのだろうか。
誰も、何も言わない。その心中にはぐちゃぐちゃと様々な感情が渦巻いていた。
「……狂ってる」
ヒナが、ポツリとそう言った。誰の、何に対してかわからない。そんな一言だった。
しばらくの間、黙りこくっていたダリルが、ぽつぽつと語りだす。
「……俺には……幼馴染がいた。そういうことにしてください」
過去形で、ダリルはそう言った。
「幼馴染は……俺から見ても類を見ないほどの天才で、
手足を失った人のためにこのシステムを作り上げました……でも、彼女は天才過ぎたんです」
天才過ぎた。様々な感情が込められたその言葉の指し示す意味が分からないものは、この場にはいない。
「R.P.D.の性能は想像を超えるものだった。
その危険性を危惧した彼女は、プロトタイプとデータを破壊し、姿を消した。
……だから、あれはあってはならないものだ。絶対に」
ダリルの声だけが、部屋の中に大きく響いた。
_______________________________________________
アビドスのさびれたマンション。
その中に、比較的人が出入りしている痕跡のある部屋が一つあった。
女の子らしくかわいらしい、しかし、どこか散らかっている部屋の中。
靴は乱雑に放られ、そこから一つの場所に向けて一直線に、
もともと床に置かれていたであろう物が崩れ、散乱している。
その直線上の、窓際に置かれたベッドの布団が、こんもりと膨れていた。
その布団の上に浮かぶのはピンク色のヘイロー……ホシノだ。
布団の中で丸くなった彼女は制服のままで、身体のいたるところに砂埃が付いたままだった。
「……どう、して……」
布団の中から、かすれた声が漏れる。
その手の中には、アビドス砂祭り、と書かれたポスターが握られている。
ビリビリに破かれたものを必死で修復したのだろうか、そのポスターはテープまみれで、もうおおよそポスターとしての役割を果たせそうにない。
けれど、ホシノは、それを大事に大事に抱きしめた。
そのくすんだ瞳から、涙が絶え間なくこぼれる。
シーツには既に大きなシミができている。
……ユメ先輩は、行ってしまった。私を置いて。
ずっと、ずっとユメ先輩のようであるために頑張ってきた。
……でも、行ってしまった。ユメ先輩は、変わってしまった。
……否定されたわけではない。見捨てられたわけではない。
そんなことは、分かっている。
でも、ユメ先輩に一度も謝れていない。ユメ先輩に、ありがとうの一言もいえていない……あの日常は、帰ってこない。
やさしく、やさしくユメ先輩に振りほどかれた。否定された。見捨てられた。
……腕がなかった。左目もなかった。それに、手足の不自然なくびれは……
……どんな決断を、どんな苦痛を強いられてきたのだろう。
やさしいあの人が、変わってしまうような。
……傍にいてあげられなかった。
あの時、誰かわかっていなかったにしろ、否定してしまった。
そして、居場所にも……なれなかった。
「……どう、しよう」
手足が動かない。何もできない。
何も……何も……
ホシノの瞳が閉じる。
……ああ、目を閉じて、自分のすべてがなくなってしまえばどんなに楽だろう。
どんなに……
[小鳥遊ホシノ]
「え?」
頭の中に直接響くような、声が響き渡った。
ホシノは思わず目を覚ます。
しかし、そこは彼女の部屋の中ではなかった。
蒼い、蒼い、それでいて虹のような光の中。
空間、と呼べるかも怪しい不思議な場所だった。
(ここ、は……?)
[ここは刻の部屋……私と君との精神世界と思ってくれていい]
「え、」
謎の声が、ホシノの思考そのものに返答する。
思考を読まれた。
それを理解したホシノは思わず振り返った。
……そこには、オレンジ色の法衣を纏った6歳ほどの小さな少女がいた。
艶やかな黒髪を後頭部で纏めて、露わになった額には6つの痣がついていた。
……頭上に浮かぶのは、後光にも似た金色のヘイロー。
神秘的で、どこか人間離れした雰囲気を持つそれに、
ホシノは敵意にも近い警戒心を露わにする。
「……お前は、誰だ」
[ホシノ、私は君の心と記憶、そして込められた思いを見た]
ホシノの問いは答えず、少女は静かにそう言った。
その刻、ホシノの心を何かが通り抜けた。
(見られた)
理屈も定理もなく、ただ見られたという概念をホシノは理解する。
自分のきれいなところも、汚れたところも。
仮面も、奥に殺していた見られたくないところも、全部全部……
ホシノの瞳が見開かれた。
しばらくの静寂の後、ホシノの身体が震え始める。
「……唐突に表れたと思ったらなんなんだ。
いきなり私の心を、記憶を弄んで……」
ホシノの身体が轟音を伴い、弾かれたように動いた。
コンマ一秒。
少女の胸倉を、ホシノがつかんでいた。
ホシノの涙と憎悪のこもった瞳を、少女はただ、受け止める
「答えろ……一体何が目的だっ!!
私を、私を見て何を企んでいる、お前に私の何がわかるって言うんだっっ!!」
がくがくと、少女の身体が揺れる。
しかし、少女は揺らがない。ただ、静かに、ホシノに伝えるのみだ。
[……私には見えない。君が今何を感じ、何を思っているのか]
「……っ!!だったら、だったら何をっ!!!」
[しかし]
ホシノの悲鳴に近い怨嗟の声、しかし、それを少女の声が打ち消した。
[私は、想いをつなぐことはできる]
少女がそう言った瞬間、
ホシノの脳裏にとりとめのないイメージと情景が流れ込んだ。
「……あ、ぁ」
ノノミがの、シロコの、アヤネの、セリカの、先生の……そして、ユメの
思いが、共に過ごした情景がホシノのことをあふれんばかりに、
やさしく、やさしく包み込む。
ホシノの壊れかけの心の隙間を、少しずつ、少しずつ埋めてゆく。
気がつけば、ホシノは少女を掴む手を放していた、
その瞳から、涙が、暖かい涙が溢れ出す。
[……彼女らは美しい人だ。それは君が、一番よくわかっているだろう?]
少女がホシノにやさしく語りかける。
ホシノは、何も答えない。
一瞬か、はたまた永遠か、刻がたち、ホシノがポツリと口を開く。
「……あんまりだよ。こんな、こんなこと……」
少女が行ったことは口にしてしまえば至極簡単だ。
後輩達、先生、そしてユメの、ホシノへの想いをただ、乱雑に流し込んだだけ。
それ以上でもそれ以下でもない。
ホシノの言葉に少女は目を伏せた。
[しかし、私にはこれ以外の方法を知らない。
人とわかりあうだけの力を持ちながら、
私は真に人とわかりあったことは一度もない。
精々、偶々見つけた君に見せかけの救済を施すことしかできない]
「……そっかぁ」
ホシノはそうポツリとつぶやいた。
……またしばらく、刻が流れる。
その末に、ホシノはゆっくりと立ち上がった。
[……行くのかい?]
「うん」
少女の問いかけに、ホシノは小さく頷いた。
「……ユメ先輩、変わったかと思ったけど全然変わってないや。
お馬鹿で、向こう見ずで……
私が、あの人の想いにどれだけ救われてきたのか何もわかってない」
そう言ってホシノは目を閉じた。
布団の中にいたときとは全く思い描けなかった美しい情景が、
今では一片の曇りもなく思い出せる、感じられる。
「……見せてあげなきゃ。みんなと一緒に、無理やりにでも連れて帰って、
アビドスを……ユメ先輩が守った平和を」
思い描くのはあの日、大切な後輩たちと、先生と見た夜空。
自分自身も、つい最近まで知らなかった美しい景色を。
「あと、たくさん叱らなきゃ。そうしないと、ユメ先輩わからないもん。
それで、お帰りって言って、ただいまって言わせる。
あの日、みんながしてくれたみたいに……」
少女は何も言わない。ただ、ぽつぽつと独り言を語るホシノを、眩しそうに見つめている。ホシノは、やわらかく笑みを浮かべると、少女の方を振り返った。
「ありがとね。おじさん、もう大丈夫だよ」
[そうか。ならそろそろ帰った方がいい。君の後輩がそろそろ訪ねてくるころだ]
少女はそう言って、ホシノに笑いかけた。
……光が、加速する。それと共に、少女の姿も虹の彼方に薄れてゆく。
「……そう言えば、君は誰なの?」
ふと、ホシノは少女にそう尋ねた。特にこれといった思惑もない純粋な疑問。
先程から、結局少女は名乗らないままだった。
少女は、その問いまた、目を伏せた。
[……自分の醜い欲を刻と見て、人を惑わし、その末に倒れ、
何の因果かこの世にねじれた輪廻の生を受けたしがない破戒僧だよ。
厳密に言うならば、私以外のものとは少し違った刻の彼方からきたのだけどね。
今は時折こうして、人助けの真似事をしているだけさ]
「ふーん……なんか、君も色々苦労してきたみたいだね。
それで、名前は?」
ホシノの先程までの長ったらしい説明をバッサリと切り捨てた言葉に、
少女はふっと笑った。
[……あえて名乗るのであれば時知不カザミ。
……ホシノ、刻の導きがあったのなら、次は現世で会おう]
その言葉を最後に、ホシノの意識は虹に溶けた。
「……あれ」
気がつけば、ホシノは自室のベッドの上にいた。
辺りを見回しても、時知不カザミと名乗った少女も、蒼い虹の光もない。
ふと、ホシノは目線を下に落とした。
……そこには、ボロボロにつなぎ合わされた砂祭りのポスターがある。
「……待っててね、ユメ先輩」
ホシノが小さくそう呟くと同時、外から、小さな喧騒が近づいてきた。
「……うへ、そう言えば、ひどい格好してるな……」
ホシノは今頃自分の惨状に気が付き、小さく嘆息すると、
髪の毛のみ無理やりなでつけて、玄関へと向かった。
どもー、時空未知です。
ということで今回の作品はいかがだったでしょうか?
ついに、アビドス編完走です。
想像以上に長くなってしまった……
さて、話は変わりましてアンケートにたくさんの回答ありがとうございます。
結果としておじさんは立ち直ってユメ先輩を後輩ちゃんと一緒にわからせてる決意を
固めたのですが……
いや、ホシノを芸術にしたい人結構いません?
いや~……人の心とかないんか?最高かよ。
ホシノがもし芸術になったら、アビドスのみんなはもちろん曇るし、先生も曇る。
さらにさらにユメ先輩も曇っちゃうんですね。
ある日、自分を偶々見つけた後輩ちゃんたちが自分をボコボコにしてから、
中から引きずり出して、壊れちゃったかわいいかわいいホシノちゃんの元に
連れて行くんですね。
あーあ、自分が全てをなげうってでも守りたかったホシノちゃんが壊れちゃった。
可哀想だよね、苦しいよね、
でもね、ユメ先輩……あなたのせいなんだよ?
そうだ先輩、お前が壊した。
わぁ、泣いちゃった。きっと、毎日懺悔しながらホシノちゃんのことをかわいがり続けるんだろうな……
……失礼、取り乱しました。
話は変わりまして、サンダーボルト時空からまた新たなキャラを召喚しました。
当初の予定にはなかったんですけどね、突然ふわっと舞い降りてきまして。
あくまで改心したサイコ・ブッタさんは脇役も脇役の立ち位置。
そこまで本編に絡むわけではありませんけど、どうでしたかね?好評だったらもうちょい顔出すかも。
それはそれとしてキャラエミュむずかしい……
次回は短編を一つか二つ、書く予定です。
しかし、ここである障害が発生しまして……
私、スマホをメイン端末にしていろんな場所に持ち歩いて暇があれば
小説書いてるんですけどね?
そのスマホが今回、虹の彼方に旅立ちました。
しばらくの間更新速度が死にますが何卒……