ある日の丁度お昼前、先生はD.U.市街のショッピングモールに来ていた。
普段は近所のコンビニで買い物を済ませ、健全者と呼べるかかなり怪しい生活を送っている彼女だが、
そんな彼女がここまで出向いてきたのにはある理由があった。
「"ふふふ……やっと買えた"」
そう言って顔を綻ばせる彼女の腕の中には、
[超合金ロボGX デラックスバージョン]と銘打たれたおもちゃの箱があった。
しかし、たかがおもちゃと侮ることなかれ。
超合金ロボシリーズの10周年を記念してありとあらゆる最新技術を詰め込んで作られたこのフィギュアは、
原価10万はくだらないのに再販があるたびに即完売、
シリーズファンも、
フリマサイトを見れば十倍もの値段がついても買われてしまうことがあるほどの超人気商品なのである。
それを先生は、奇跡的に入手することができたのだ。
……見れば、先生の顔には誰かにはたかれたような手形やら肘鉄を食らった打撲痕やらが
少しばかり見受けられる。
しかし、それらの傷は己の勲章である。
[せ、先生……手持ちのお金はもう少ないのに、
一週間後の給料日まで一体どうするおつもりなんですか……?]
「"アロナ、私ね、帰ったらこの子を窓の一番目立つところに飾ってあげるんだ"」
[あっ、はい]
懐に入ったシッテムの箱からかわいらしい少女の声が聞こえるが、
先生は冷や汗をダラダラとかきながらその言葉の意味を考えないことにした。
……しばらく1日1食炒めもやし生活になるのは仕方のないこと。
何かを得るためには何かを犠牲にしなければならない。そういうことである。
しかし、先生はフィギュアを買えた喜びで一つ忘れていることがあった。
……ここはキヴォトス、基本的に暴力が正義の世界である。
「やい!そこの大人っ!!」
「"へ?"」
間抜けな声を上げた先生の前に、一般通過ヘルメット団の少女3名が立ちふさがる。
……明らかに穏やかな雰囲気ではない。
ぎくりと身体を硬直させた先生にリーダー格と思しき少女が宣言する。
「我らテツテツヘルメット団分派、超合金ヘルメット部隊!!
今日、超合金ロボGX デラックスバージョンの再販のうわさを聞きつけここに来たが……
ものの見事に間に合わなかった」
「"へ、へぇ……そうなんだ。次の再販は一年後だね……"」
先生は少女にそう言いながらじりじりと後ずさる。
しかし、少女たちも先生にじりじりと詰め寄る。
「いや、幸いなことに我々が再販の争奪戦に再び挑む必要はなくてだね……」
「知ってるんだよ?シャーレの先生は生徒のお願いなら何でも聞いてくれるって……」
……ヘルメット越しでもわかる捕食者の目。
そのぎらついた視線は、先生が守るように抱えたフィギュアの箱に向けられている。
「"さ、流石に、生徒のお願いでもそれは聞けないかな……?"」
「うるさい!!者共かかれーっ!!」
次の瞬間、3人が先生にとびかかった。
2人が先生を拘束、1人が箱を引きはがそうとするが、先生は意地でも箱を放さない。
……というか、ここにいる全員が箱に傷がつかないように適度な力で争奪戦を行っているため、
本来覆せない力の差がある先生と生徒たちでもなかなか決着がつかないのである。
「ぐぬぬぬ……いい加減に離したらどうなんだっ!!」
「"嫌だっ!!これは私が買ったものだし、
もし獲られたら私はただお金を無くして1週間もやしを食べるだけになっちゃうんだよ!?"」
「何やってんだあんたっ!?わかった、お金は払うから離したらどうだ!?
というか離せ、人間の生活じゃないぞそれっ!!」
「"何で君もユウカみたいなこと言うの!?"」
「あほ抜かせ誰だってそう言うわっっ!!!!」
先生の異様な執着にヘルメット団一同ドン引きする。
しかし、先生は全く離そうとしない。
それに業を煮やした少女たちは、ついに最終手段に打って出た。
「くそっこうなったら……お前たち、先生の脇腹をくすぐれっ!!」
「"な、ひ、卑怯だよっ!?"」
「卑怯もなにもあるか!あんたはいい加減に……」
「全く……あなたは何をしているんですか?」
その時、彼女たちの所に声が響いた。
先生から箱の略奪を試みていたリーダー格の少女が急いで振り向こうとしたが、
その後頭部にゴリっと銃口が付きつけられる。
先生は思わずその銃の持ち主を見た。
呆れたようにこちらを見る一本角の少女は……
「"ダリル!"」
「な、ゲ、ゲヘナの執行官が何でこんなところにっ!?」
「……ただの休暇だ。まあ、それでも……」
ダリルの瞳が剣吞な光を帯びる。
「目の前で違反を見過ごすほど甘くはない」
次の瞬間、3発の銃声がモール内に響き渡った。
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「"いや~。一時はどうなることかと思ったよ。ありがとう、ダリル」
数分後、ヴァルキューレに気絶したヘルメット団を引き渡したダリルに、先生はお礼を言った。
「いえ、自分の職務を全うしただけなので」
「"そんなに謙遜しなくてもいいのに……そう言えば、ダリルはどうしてここに来たの?"」
勝手なイメージではあるが、ダリルは基本的に風紀委員の仕事で忙しくしている気がする。
だから、休暇をとるというイメージがどうしてもわかなかったのだ。
当の本人はというと、先生の言葉を聞いて苦虫を噛み潰したような表情になった。
「……あのクソ議長の差し金ですよ。
毎日風紀委員会は働き詰めだから1週間に必ず1回、風紀委員は休暇を取るように、と……
更に、俺と委員長は休む気がないだろうからと強制的に今日休めなどと……」
「"……それはいいことなんじゃないの?"」
話を聞く限り、働き詰めの彼女たちを無理やりにでも休ませようとしていると聞こえなくもない。
しかし、先生の言葉にダリルはため息をついた。
「純粋な善意でやっているのならまだ考えようはあったんですがね、
うちの治安は他と比べて壊滅的なので1日機能不全になったらかなり面倒なことになるんですよ。
……今日は唐突に仕掛けられたので対処できませんでしたが、
既に次の日に襲撃の予約は入れてあるので直ぐにこの法は廃棄されるでしょう」
「"そ、そっかぁ……"」
襲撃の予約とかいう物騒かつ意味不明な言葉に先生は思考を放棄した。
……それはさておき、
「"ま、まあ、経緯はともかくここに遊びに来たんだね?"」
「……えぇ、まあ」
「"……?どうしたの?"」
ダリルの言葉がどこか歯切れが悪い。
それがふと気になった先生は、ダリルに尋ねる。
ダリルはしばらく先生の方を見ていたがやがて諦めたように息をついた。
「……何をしたらいいのかわからないんですよ。
ずっと働き詰めだったから……とでもいえばいいんでしょうかね。
さっきカセットテープを売ってる店に行ってそれっきり、ですよ」
「"むむむ、なるほど……"」
ダリルの言葉に先生は少しばかり考え込むと直ぐにポンと手を打った。
「"ねぇ、ダリル"」
「どうしたんですか、急に」
唐突に変な動作をし始めた先生にダリルは何とも言えない表情になっていたが、
先生は気にせず話しかけた。
「"ダリル、私と一緒に遊ばない?"」
先生はそう言ってにっこりと笑った。
[……先生。これ以上お金を使ったらもやしを買うお金すらなくなりますよ]
シッテムの箱からそんな声が聞こえたが、先生は必死で聞かなかったことにした。
「まあ、別にいいですけど、先生の方は大丈夫なんですか?」
「"ふ、ふふふ、全然大丈夫だよっ!?"」
「……そうですか」
そう言えば書類の山もあったことも思い出して先生の額を冷や汗が伝う。
挙動不審な先生を見て何か察したのか、ダリルはため息をついた。
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「……ここは?」
「"ゲームセンターだよ、知らない?"」
しばらくして、先生とダリルはショッピングモール内のゲームセンターを訪れていた。
お互いの音を互いにかき消してしまうほどの電子音とその発生源の機械で遊んで、
様々な声を発する少女たちの声で、店内はこちらを圧倒するほどの喧騒で包まれている。
「……行ったことが今までないので何とも」
「"そっか。私は小さいころお小遣いが出るたびに
ゲームセンターにばっかり遊びに行ってたんだよね……
まあいいや、物は試し……何か気になったものってある?"」
「……そう、ですね」
そう言いながらダリルは店内をぐるりと見まわす。
……ハンドルのついたレースゲームの筐体に、エアホッケー。
多種多様なメダルゲームに、パネルや太鼓のついたリズムゲーム。
……先生が持っているフィギュアとよく似たマシンを操る
対戦格闘ゲームの前には人だかりができており、どうも遊べそうにない。
「……じゃあ、適当にあれを」
迷った末にダリルは、たまたま目についた協力型のシューティングゲームを選んだ。
「"お、ゾンビシューターだね。いやー懐かしいなー。
昔は2だったんだけどいつの間にか5まで出てて……"」
「そうなんですね」
先生の雑学を適当に聞き流しながら、ダリルは筐体の銃型のコントローラーを手に取った。
数十分後、初見でほぼすべての敵を見つけ次第射殺したダリルがゲームをクリア。
ランキングに堂々の一位を刻んだ。
先生は最後まで空気だった。
その後もダリルと先生はゲームセンターを回り続けた。
足元のタッチパネルを踏んでプレイするタイプのリズムゲームは先生が4回ぐらいこけ、
釣りのメダルゲームではダリルが慣れていないことがあってあっという間に糸が切られた等々……
結果はともあれ、普通なら楽しめるひと時だったはずだ。
しかし、どんなゲームで遊んでも、どんな結果に終わっても、
ダリルの表情があまり変わらない。笑うといえば笑うのだが、どちらかというと愛想笑い。
("どうしよう……ダリルが全然楽しそうじゃない……!")
先生は内心、物凄く焦っていた。
これじゃあダリルを散々連れまわしておいて自分だけが楽しんでるのではないかと、
そんな考えが頭に浮かぶ。
……何とか楽しめるものを見つけなければ、
先生は頭をフル回転させて他に面白い筐体はなかったか考える。
「先生、大丈夫ですよ」
ダリルから唐突に声がかかった。
先生が何か言うよりも早く、ダリルは二の句を継ぐ。
「先生が俺を何とか楽しませてくれようとしていることぐらい、俺にもわかってますから」
そう言うダリルの表情は、物悲し気で、どこか……どこかあの夜のホシノに似ていた。
「"……何か、あったの?"」
気がつけば、先生はそう、ダリルに尋ねていた。
しかし、あまりに端的だったためか、それとも自分を隠すためか、ともかく、
ダリルはすぐには先生の言葉に答えなかった。
「何か、とは?」
そう聞き返すダリル。
それに、先生は少しだけ迷いながら、言葉を紡いだ。
「"……さっきのダリル、何か抱え込んでるみたいだったから"」
思えば、あの時のダリルの言葉……
(そう言う時は、仲間が無理やりにでも叩き直さないと本当にダメになる)
あの言葉は、まるで仲間が助けることができなかったときの結末まで知っているかのような言い回しだった。
だったら、その「本当にダメになってしまった」少女は……
「……やっぱり、先生は腐っても先生、ですね」
ポツリとダリルがそう言った。
ダリルはしばらく目を伏せると、ゲームセンターの中で人通りの少ない壁際を指差した。
「少し、あそこで話しませんか?」
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「……先生は知ってますよね、俺が昔は有名なテロリストだったこと」
壁際について、ダリルは壁にもたれかかるなりそう言った。
その言葉に戸惑いながらも、先生は頷く。
「"う、うん。話だけは一応……"」
曰く、破壊者。曰く、武を持っての争いの調停者。
戦闘が行われている場所に神出鬼没に現れてはすべてを蹂躙し姿を消す。
昔のダリルはそんな人物だったらしい。
……先生から見れば、精々所属と出撃範囲が変わっているだけで
戦闘を止めるという面ではそこまで変わっていないように思える。
「"……なんだか、今とそこまでやってること変わらないように思えるけど"」
「そこまでできた人間ではありませんよ、俺は」
先生の言葉に、ダリルは自笑気味に笑った。
「……改めて認めるのには勇気がいりますけど、今も昔も俺は根本的なところは変わっていないんです」
また、ダリルの表情が何かを抱え込むような、苦し気な、悲し気な表情へと変わる。
「委員長の右腕となって働くことも、戦うことも、音楽を聴くことも……
全部、あの時のことを忘れるためでしかない。手段なんて、正直どうでもいいんです」
「"……あの時"」
そう言われて思いつくのは、ダリルの幼馴染の話。
サイコ・ザクを開発し、その強大な力を危惧して封印し、姿を消したという少女……
ダリルは続ける。
「だから、先生が提示してくれた気晴らしが、偶々俺に合わなかった……それだけです。
……まあ、それすらも一時しのぎにすぎないんですけどね」
そこまで言うと、ダリルはふっと息をついた。
「どうですか?俺は中々どうしようもない人間でしょう?
多分、委員長がいなくなったら、俺はまたテロリストに逆戻りするようなやつですよ」
ダリルはそう言うと、先生の方をちらりと見た。
しかし、その反応はダリルが思っていたものとは異なっていた。
先生は軽蔑するでもなく、嫌悪するでもなく、
先ほどと変わらないこちらを心配するような表情だった。
「……軽蔑、しないんですか?」
「"軽蔑なんてしないよ。そもそも、本当にテロリストに逆戻りするような子は、
そんなことわざわざ言わない"」
そう言うと、先生はダリルに笑いかけた。
「"ダリルはやさしい子だよ、私が保証する。だから……何があったか話してくれない?"」
先生の言葉を、ダリルはしばらく呆然と聞いていた。
……記憶が、瞬く。
雷鳴の響く地獄、サンダーボルトの記憶が……
「……あの時、先生が……あなたがいてくれたら、俺達は
「"……え?"」
ダリルがぽつりと言った言葉を聞いた先生は、思わず聞き返した。
「死なずに済んだ」、まるで、一度死んだような物言い。
しかし、先生の声にダリルは答えない。
「……いや、そんなことをいうのは艦長に悪いな。
あの時は……ああなってしまった以上、もうどうしようもなかった」
そう言うと、ダリルは悲しげに、しかし、懐かしそうに笑うと、先生の方を見た。
「先生、今日はありがとうございます。大分、気が楽になりました」
「"……やっぱり、まだ話せない?"」
先生がダリルにそう尋ねると、彼女は首を横に振った。
「先生、世の中には人に話したくない……そもそも、自分で口に出すことも、
思い出すこともつらいことがあるんです。
今日のことだって、先生以外に言ったのはこれが初めてです」
「"そっか……わかったよ、ありがとう"」
先生がそう言うと、ダリルは壁から背を起こした。
「じゃあ、俺はそろそろ行きます。
時間的も、そろそろ列車に乗らないと帰り着くのが遅くなってしまいますしね」
「"私も途中まで一緒に行くよ、いいかな?"」
「ええ、構いませんよ」
短いやり取りを交わして、先生とダリルは歩き始める。
……その時、ふと、ダリルはあることを思い出した。
そう言えば、今まで行っていなかったがあの時、シャーレに加入することになっていたはず……
……先生と過ごしている時は心地がいい。
もしかしたら、あの時から、戦争という悪夢から本当に解放されるかもしれない。
「……先生、」
次会う時は……
そうダリルが言おうとした瞬間、
「堕ちろっ!!!」
全く知らない少女の声が彼女の耳朶を打った。
いや、自分は……本当にこの声を知らないのか?
ダリルは思わず声が聞こえた方を振り返った。
その声が聞こえたのはいまだ人だかりの出来ている対戦型のロボットゲームの方からだ。
人だかりがどよめくと同時、別の少女の声が聞こえる。
「ひえっ!?あ、ああ!!負けちゃった……」
「オイオイ、モモイ。わざわざ俺の機体にメタを張った機体選択をした割に負けちまうとはな」
「う、ぐぐぐぐ……先輩!ちょっとは手加減してくれたっていいじゃん!!」
……この声は知らない、間違いなく知らない。
そして、その声に再びあの声が答える。
「残念だがモモイ、このゲームにアイスを賭けた自分を恨むんだな」
「というかお姉ちゃん、よりにもよって何で一番先輩がうまいゲームにアイス賭けたの……?」
「だ、だってぇ……」
……どこまでも普通な、ただゲームが好きなだけの何気ない少女たちの会話だ。
しかし、あのどこか粗雑な少女の声は……
声がフラッシュバックする。
戦争の狂気に飲まれた、あの宿敵の声が。
(ジャズが聞こえたら、俺が……)
「"ダリル?"」
すぐ横から、声がかかった。それで、漸くダリルは現実に引き戻された。
そちらを向けば、心配そうに先生がこちらを見ている。
「……何でも、ありませんよ」
ダリルは辛うじてそう答えたものの、その動揺を隠しきれている自信はなかった。
「"だ、だって顔色がすごく悪いよ?ちょっと休んだ方が……"」
「……だったら、少し静かな場所を探しましょうか」
ダリルはそう言うと、人だかりからはっきりと背を向け、ゲームセンターから出た。
あの不愉快な音楽を振り払うように、あの声から、記憶から、逃げるように……
どもー、時空未知です。
ということで今回の作品はいかがだったでしょうか?
さて、作品を見てもらったらわかる通りダリルは未だに戦争という悪夢から解放されていません。
悪夢の残滓を忘れようといろいろ努力しているんですけどね。
ダリルが居心地がいいと感じるのは戦ってるときか、
この世界でできた自分の気に入った人のそばにいる時だけです。
でも、ふと……ふとした時にあの世界の残滓が、現れるんです。
今回だとサイコ・ザクがそれですが、
もし……恋人でも親友でもなく宿敵がこの世界にいると知ったときは一体どうなっちゃうんでしょうね。
私、気になります。
話は変わりますが、一応これにてアビドス編は終わりです。
次回からは時計仕掛けの花のパヴァーヌ編。
先に言いましょう。皆さん、イオを芸術一歩手前まで追い詰めます(迫真)