誤字報告ありがとうございます。
「レミール所長、御覧くださいこの黄金色に広がる絨毯を!」
この農地の担当者である農務局員が指差す先には辺り一面に広がる黄金色、時折風が吹けば黄金色の絨毯となってたなびいている。
アルーニにある皇国農業試験場の一角、そこで試験的に栽培されていた稲穂が収穫時期を迎えたとのことで訪れたけど……試験栽培にしては随分と大規模にやってたみたいね。
「ヒノマワリ王国から派遣された農学者の方と意気投合してしまいまして……来年度分の種籾の栽培を兼ねてと言われて気が付いたらここまで広がってしまいました」
反省の言葉を述べる担当者であるが、美味い食糧を食べたいのは国が違えども同じ気持ちなのであろう。
「今回は別に処罰とかは無いけれど、むしろここまで初年度で栽培できたのは流石と言わざるをえないわ」
「ありがとうございます。彼の協力なしにはあり得ない結果でした」
彼……?と私が首を捻ると黄金色の稲穂の中からひょっこりとその件の人物が顔を覗かせた。
「ナミロウさん!今日はレミール所長が来ると伝えたばかりじゃないですか!」
「いやぁ……どうにもじっとしとれん性分でしてなちょっと田んぼの様子を見に来たんですわ」
稲穂を掻き分けながらナミロウと呼ばれた人物はこちらにやってくる。麦わら帽子に土だらけの作業着、小麦色のように色黒、おそらく日焼けした肌に白い歯を見せながら満点の笑顔をしていた。
「はじめまして!私、ヒノマワリ王国農務局から来ましたナミロウです!いやぁ、技研の所長さんをお目にかかれるとは!」
ナミロウに握手を求められたためしっかりと握手をする。鍬を握ってきたのか手の皮は分厚く仕事人の手であった。
「はじめましてナミロウさん。どうですか?ここでの試験栽培は」
「いやぁ、申し分ないですな!アルーニ山地からの豊かな水があるからこそ、期待以上の成果となっております!それにあの蒸気耕運機!あれはいいものですな!牛の手を借りる必要なく人一人で耕運をできるとは!ヒノマワリ王国にも欲しいところです!」
「そ、そうですか……貴方のお陰でこの景色を見られたのだと思います。謝礼として輸出することはやぶさかではありませんけれど……」
「本当ですか!ありがとうございます!」
ナミロウという人物はやけに声が大きい。そういえばこの世界に転移する前、田舎で米作ってた親父もこんな風に声がデカかったような気がする。
農業機械の土産話をしてから機嫌良くナミロウは試験栽培されている稲穂を収穫して見せた。……正直に言うと私は今までの物と何がどう違うのかがわからないけれども。
「これはパーパルディアの気候に合わせて配合した試験瑞穂1号です。極早生種で風味も良く大収穫を見込める品種となっています!丁度昼時ですので試食会と致しましょうか!」
田園地帯の中にぽつんとある休憩小屋。室内には仮眠室に浴室、食堂と調理室等ちょっとした宿泊施設のようになっていた。
「お待たせしました!これが試験瑞穂1号を炊いた白米飯に……それと私が個人的に合うと思った御飯のお供をチョイスしてみました」
器いっぱいに載せられたつやつやと輝く白米、付け合せには塩が吹きそうな焼き魚や塩漬けにした野菜等が並んでいた。
「どうぞお好きなものと合わせていただいてください!」
「どれでもいいのね?それじゃあ……これをもらおうかしら」
「おっ、レミール所長。ナットーに目をつけるとは……流石ですね!」
周りからの目、特に農務局員からの目線が突き刺さるが気にしない。私としては少なく見積もって10年は口にしていない日本の味であったからだ。
器用に箸でかき混ぜると腐ったチーズのような香りがし始める、農務局員は顔をしかめて逸らす。彼からしたら腐った豆を混ぜているようにしか見えず若干引かれていた。
「れ、レミール所長……正気ですか?そんな腐った豆を食べるんですか……?」
「腐ったとかいわないの。こんな見た目をしているけどれっきとした健康食品の1つなんだから」
「そうですよ。ナットーを食べると病気知らず。ヒノマワリ王国では古くから言い伝えられてます!」
そんなはずはないと言わんばかりの表情の農務局員とは裏腹にナミロウはうんうんと大きく相槌をうっていた。
「……そろそろいいかしらね?」
粘り気の増した納豆に醤油をたらして更に混ぜてからきらきらと輝く白米の上へと乗せる。
「いただきまーす!」
10年来の故郷の味である。似たような類似品では満たされなかった本物の味、ゆっくりと楽しむしかない。
「ほわぁ」
一口食べるとついため息が出てしまう。米の甘みに納豆の旨味がマッチして美味しい。それしか感想が出てこない。現代日本と比べてしまえばそこまで美味しくはないかもしれないが久しぶりに食べれば美味というものである。
あっというまに丼いっぱい盛られていた白米は消え去り米粒1つ残すこと無く綺麗に平らげる。
「ごちそうさまでした。味は申し分なし、後は収量に関してなのだけれど……」
「お粗末様でした!収量は既存の品種よりも多く、極早生種なので春先に植えて、秋の中頃には収穫、冬の間……雪が積もらない場所では麦等を育てることができることでしょう。もし行うとすれば土地を休める必要こそありますが」
二毛作というやつであろうか。確かに行うことができたら食料生産率は上がるであろうがその分、土地の栄養の消費量も倍となる。ここらへんの栽培技術は要研究といったところであろうか。
「一毛作ならば来年の春からリーム避難民たちの開拓村でも栽培できそうね。種籾の数は十分かしら?」
「はいレミール所長。全ての開拓村へ配っても有り余るほどです。……所長。もしよろしかったら」
「ええ、ナミロウさん。蒸気耕運機に加えてこの農林瑞穂一号、これを報酬金と加えてヒノマワリ王国へと持ち帰ってください。ヒノマワリ王国でもこの黄金色の絨毯を見られることを心から祈っておりますよ」
「えっと、ホントにいいんですか?おれがこんなにもらっても……」
「ええ、美味しい物を食べたいのは国や人種、文明圏が変わっても変わりませんよ」
にこりと笑ってみせれば、釣られてナミロウも照れくさそうに笑う。どうやら受け取ってもらえそうで何よりである。
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それからあっという間に季節は過ぎ去り、皇国農業試験場で種籾の収穫が終わり、エストシラントに雪がちらつき初めた季節になるとナミロウはたくさんのお土産を抱えてエストシラント港にいた。ムー行きの船を経由してヒノマワリ王国へと帰るのだそうだ。
「ズズッ……レミールじょぢょう。大変お世話になりましだ!」
「大の大人がみっともないですよナミロウさん。とりあえず……涙と鼻水を吹いてください」
埠頭で見送るが涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっていた。これからヒノマワリ王国で農林瑞穂一号を広げていく使命があるのにこんな感じで大丈夫なのだろうか。一通り泣き喚いたところですっきりとしたのであろう。さっぱりとした顔がそこにあった。
「すみません。みっともないところを見せてしまって……」
「本当よ……でも随分とすっきりしたみたいね。パーパルディアで学んだことをヒノマワリ王国でも活かして頂戴ね」
彼に持たせたのは最新の農学書や機械工学書……そしてこっそりと最新の軍事学、農業用トラクターの改造方法を記した本とメモとともに忍ばせておいた。彼なら彼の国の王族とも接触ができるであろう。
万が一のことがあれば彼の国を撃退……とまではいかないものの帝国主義に染まったグラ・バルカス帝国へ抵抗できる戦力はあるに越したことはない。
「おっと、船の時間ですね!今までありがとうございました!」
「さよなら……って言葉は嫌いなのよね。また会いましょうナミロウさん」
ナミロウを乗せたオタハイト行きの定期便が岸壁から離れる。ナミロウは甲板に上がり、私の姿を見つけると必死に手を振っている。私も手を振り返しそれが見えなくなるまで続いた……。
農林瑞穂一号はその後、救国米や東の光という名前で親しまれることとなる……かも?