追伸
為替レートを間違えていたので修正致しました。
パーパルディア皇国、工業都市デュロ
多くの民間船や軍艦がいきかう中、一隻の民間船がダグボートに曳航されて接岸しようとしていた。道中フェン王国のアマノキ港を経由地として日本の横浜とデュロを結ぶパーパルディア皇国船籍の定期旅客船『ヴェロニア』が約1週間の船旅を終えてデュロ港に入港していた。
ヴェロニアが埠頭へ接岸すると続々と下船する日本人観光客の中に一人、赤い眼鏡をかけたショートカットの女性がボストンバッグ片手に降りてきた。
「ふぅ~、1週間も船旅は中々キツかったなぁ。……まぁパーパルディアまでの直行便がバカ高いのもあるし席が取れないから仕方のないことではあるけどねぇ」
こった身体をほぐしながら彼女……宗谷ちとせはパーパルディア皇国の大地へと降り立った。大手出版社……ではなく東京に本社を構える中規模の出版社に勤めていた新人ルポライターであった。
ロデニウス大陸での動乱が収まり、一旦の平穏が訪れたことで国外旅行の機運の高まり、彼女の務めている出版社は第三文明圏の国外旅行誌を発行しようと記者をあちこちに派遣して記事を書かせていて、今回ちとせがパーパルディア皇国の担当となったのである。
「えーと……外務省の情報だと人口はおおよそ1億3000万人。だいたい日本と一緒だけど……人口はここ10年で右肩上がりで数年後には1億5000万人を超える見通しと……政治主体は皇帝ルディアスを頂点とした君主制国家。皇帝ルディアスや軍最高司令官アルデ、技研所長レミール、議長、皇国の各主要機関の局長達が出席する帝前会議で国策や法律が決定されると……技術は19世紀末から20世紀初頭前後……と」
『問題を起こさないように……次!』
外務省発行の第三文明圏国案内書片手に読みながら入国審査を待っていると、ちとせの順番が回ってきた。入国審査室に入るとクラシカルなフォーマルスーツで身を固めた女性、入国審査官がいた。
『……書類を』
パスポートとパーパルディア外務局発行の入国許可証を提出する。
『入国の目的は?』
「観光と観光雑誌のための取材よ」
『……滞在期間は?』
「取材が終わるまで……と言いたいところだけど、3週間を予定しているわ」
書類とパスポート、そしてパスポート写真と現在のちとせの顔を見比べている。審査官が眉を顰めるのも無理もないだろう。7年前……修学旅行のために高校生の時に撮影したパスポート写真は少々どころかかなり丸かった。
『随分と……容姿が変わりましたね』
「……月日は残酷ですね。それはなんというか……私です」
審査官は棚下から何かを取り出す。マス目が記入されたちいさな紙のようなものをちとせへと渡した。
『こちらに指紋をお願いいたします。インクはこちらにあります』
指の指紋を採取して入国審査官へと渡す。
「これでいいですか?」
『確認いたします……』
少し待たされるとパスポートと入国許可証が返却される。パスポートには緑色のスタンプ、世界共通語で『入国許可』と書かれていた。
『ようこそパーパルディアへ。問題を起こさないように』
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入国審査を終えてまず目に入るのはデュロ港に停泊しているパーパルディア皇国海軍の艦隊であろう。なぜか第二次世界大戦期そっくりの軍艦が今なお現役で動いているのである。
ちとせと同じ船に同乗していた日本人観光客の中にも高級な一眼レフを携えたマニアと思わしき人物がおり、涎を垂らしそうになりながら一心不乱にパーパルディア型巡洋戦艦をカメラに収めていた。
「一応取材として来たんだし……写真ぐらいは撮っておいてもいいかな?」
軍艦に疎いちとせは停泊していた軍艦の写真を数枚カメラに収める。
「戦艦とか空母は分かるんだけどそれ以外がちんぷんかん。まぁ写真はこんな物でいいでしょう」
ちとせのように軍艦にそこまで興味のない観光客は整備された路面鉄道やタクシー等でデュロ駅やデュロ市街中心街に向かう。こちらもこちらでマニア垂涎レベルの代物であるがひとまずは置いておく。
『デュロ中央駅方面行き、デュロ中央駅方面行きでーす。ご乗車のお客様はーお急ぎくださーい!』
トラム駅管理人がハンドベルの音を響かせて大声を出す。エストシラントへ向かうためにデュロ駅方面へと向かわなければならないちとせはボストンバッグを両手に持って駆け出す。
「あっ、乗ります!乗りまーす!」
駆け込むと同時に発車を知らせる鐘が2度鳴り、蒸気トラムはゆっくりと走り出す。車内は立ち乗り客がいる程度には混雑しており、ボストンバック片手に乗り込んだちとせには少し狭く感じていた。そうして揺られること20分ほどでデュロの中央駅へとたどり着いた。
このデュロ地方で一番大きな駅でもあるデュロ中央駅、国のあちこちから訪れていた人でごった返す中、ちとせは路線図とにらめっこをしていた。
「えっと……デュロからエストシラントに向かうにはこれかな?ええと切符は……」
ようやく乗車する路線を見つけることができた。窓口に顔を出して切符を買おうとしたが……。
『……大変申し訳ございません。本日当駅出発の急行、特急は全て満席となっております』
「ええ!そんなぁ……」
窓口からそう告げられてしまったちとせ、予定が大幅に狂ってしまった。今日中にエストシラントに辿り着いてホテルで宿泊し、翌日から取材をする予定だったのだが、これではどうしようもない。
「な、なんとか明日の朝までにエストシラントに辿り着きたいのですが……!」
『そう言われましても……あっ、少々お待ちください』
窓口の係員が少し居なくなったかと思えば直ぐに戻ってきた。
『お待たせ致しました。もし宜しければ……本日の夜発車予定の夜行寝台列車の手配ができました。明日の朝、エストシラント中央駅に到着することができますが、ご購入なさりますか?』
「本当ですか!ぜひ!お願いします!」
『畏まりました。30000パソとなります』
為替通貨レートがだいたい1円=10パソなのでちとせはおおよそ3000円ほどで夜行寝台列車切符を購入することができた。
『列車の発車は24時20分ですので乗り遅れのないようお願いいたします』
24時20分、現在時刻が13時43分なのでおおよそ11時間後となる。発車時間までの間ちとせはデュロの市街地を散策したり屋台街があったので食い倒れの旅をしたり昼寝屋でちょっとした仮眠をしたり等あちこち取材をする。
予想外の出来事があったもののそのおかげ……かもしれないが想定よりも多くの記事をかきあげることができそうであった。
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23時55分、デュロ市街で取材を終えたちとせの姿は再びデュロ中央駅にあった。
『6番乗り場に到着は24時04分発カナーラ行、急行バテン34号です。ご乗車の際は急行券をお持ちになってご乗車願います』
『1番乗り場から特急ドーリア54号、エストシラント行が発車です。お見送りの方は列車から離れてお待ち下さい』
蒸気機関車牽引の客車列車や内圧式蒸気動車といった長大編成の列車が到着し、目的地へと旅立っていく。ホーム上では駅弁が売られておりちとせは健康に悪いと思いつつも夜食用にいくつか弁当を購入する。そして24時03分、ちとせが乗車予定の寝台列車が3番乗り場に到着していた。
『3番乗り場にはアルーニ行、パールネウスが到着です』
『デュロ~、デュロ~、デュロです。お忘れものがございませんようお降りください。……続きまして折り返しカナーラ行き普通列車は5番のりば、アルーク行普通列車は7番のりばからの発車です』
列車は機関車を含めて12両編成、そのうち後部3両は荷物車と郵便車であり、8両が客車であり、そのうち4両が寝台車、後はボックスシートの普通客車のようである。硬式切符を見るとちとせが乗車する寝台車は7号車であった。
「7号車、7号車寝台車……あったここだ」
7号車に乗り込むと車内は片側通路式で寝台には扉があり、コンパートメント車のようになっている。ちとせが指定された座席番号に辿り着き扉を開けるとそこには先客が既にいた。
「お、こんばんわ。ここの寝台の人?」
「あっ、はい。宗谷ちとせと申します。エストシラントまでよろしくお願いします」
「私はライラ。目的地は貴女と同じだよ〜よろしくね〜」
一部屋4台ある寝台のうち上の2台は空室、下1台がパーパルディア人と思われる女性、ライラが旅行カバンを自分の寝台に入れようとしていた。
「お姉さん見ない髪色だけどもしかして観光客?」
「は、はい。日本から……」
「へぇ!日本から!日本にもこんな便利な列車が走っているのかしら?」
「いえ……日本では寝台列車はほぼ全て廃止されちゃったわ」
「えぇ!?じゃあ、日本の人たちってどうやって長距離の移動をしてるの?」
「新幹線という時速300キロで走る高速鉄道が国中に張り巡らされているんです」
「300キロ!?もしも事故が起きたらただことじゃないでしょう」
「その辺は大丈夫。開業から50年立つけど大きな事故が原因で死者は居ないの」
「へぇー、信じられないけどすごいことね」
交通事情で花を咲かせていると甲高い鐘のような音がホームに鳴り響き駅員のアナウンスが鳴り響く。
『5番乗り場から普通列車アルーニ行、パールネウスまもなく発車です。アルーニ行パールネウスはまもなく発車です。5番乗り場から……』
『ご乗車になられましたらデッキのドアを締めてください。ご乗車になられましたら……』
バタン……バタン……と客車の扉が閉められる音が駅に響くと次には車掌の笛が鳴る。
24時20分、ちとせとライラを乗せた夜行普通列車パールネウスは蒸気機関車特有の甲高い汽笛を鳴らし、ゆっくりとデュロ駅を出発していった。デュロを発車してからしばらくすると車内チャイムと共に車掌のアナウンスが聞こえる。
『ご乗車いただきありがとうございます。普通列車パールネウス、アルーニ行定刻での出発でございます。アルーニまでの各駅に停車してまいります。これから先、停車致します主要駅の到着予定時間をお伝えいたします』
『アルーク26時02分、マルタ28時42分、イサワ0時01分、カルーア4時45分、エストシラント6時36分、フィシャヌス7時31分、ディオス9時54分、パール11時10分、パールネウス11時55分、終点のアルーニには13時05分の到着予定でございます』
『続きまして車内のご案内をいたします。一号車から四号車までが普通車、五号車から八号車が寝台車、九号車から十一号車が荷物車、並びに郵便車となっております。次は東デュロです。本日もパーパルディア国鉄をご利用いただきありがとうございます』
東デュロを始めに次々と駅に停車していくが、エストシラントはまだまだ遠い。
「そろそろ……お弁当、食べちゃおうかしら」
ちとせが購入した駅弁は鶏めし弁当と幕の内弁当、そしておやつ用に購入したサンドイッチセット。どれから食べようか迷っているとライラも同じことを考えたのか駅弁を取り出した。日本の駅弁と似ているが何やら外装の側面にはシールのようなものが貼られていた。
「えっと……これは剥がせばいいのかしら?」
「そう、シールを剥がせば駅弁の下に加熱魔法が起動するようになってる数分待てば作りたてと同じような温かさになるの」
「へぇー、便利。これも魔法?」
「そうよ。科学も便利だけどこういうのは魔法の方が利にかなっているよね」
ライラの言う通りシールを剥がして数分待てば湯気の立ち上った鶏めし弁当がそこにはあった。
「「いただきます」」
醤油ベースの鶏めし、塩気の効いた漬物に、鶏の若鶏を使用した照り焼きと鶏尽くしの駅弁であったがちとせには疑問が残されていた。
「どうしてパーパルディア皇国には米食文化があるのかしら」
「ん、ほれはね……っん。皇帝陛下のルディアス様が米食を大層気に入ってパーパルディアに導入したのがきっかけなのよ」
「この世界にも米はあるのね。なんだかちょっと安心したわ」
駅弁を食べ終えたがまだまだエストシラントまではまだまだ時間があるが……会話をする以外にできることといえば寝ることぐらいである。
「おしゃべりするのもいいけど……そろそろ寝ましょうか。大丈夫、エストシラントにつく前にモーニングコールがちゃんとあるから」
「そうなの?じゃあまた明日。おやすみなさい」
「うん、おやすみー」
それぞれが寝台に横になったところでライラの方から吐息が聞こえてくる。しかしちとせはまだ寝ず、出版社へ提出するレポートの作成に取り掛かった。
宗谷ちとせ パーパルディア旅行記
パーパルディア皇国という国はまことに不思議な国だ。かつての大日本帝國海軍の軍艦が浮かび、街中には蒸気式路面電車や蒸気自動車が走り回っている。
そんな創作上のスチームパンク作品と肩を並べることのできるパーパルディア皇国であるがその空はその手の作品にありがちな煤煙につつまれ、どんよりとした厚い雲に覆われてはおらず、青く澄み切った空が広がっていた。
これは浄化魔法と呼ばれる魔法が関係している。詳しく説明すると長くなってしまうので詳細は省くが汚染物質に対して浄化作用があり、無毒化するという優れ物である。
他にも浄化スライムといったものもあったが次回のコラムで紹介しよう。
私はパーパルディア皇国の玄関口であるデュロに降り立った。船から降りてまず目に入るのは海軍の軍艦であろう。戦間期から第二次大戦期にかけての戦艦や航空母艦が停泊している。詳しいことについては私にはわからないが、その手の人が見れば興奮を覚えることであろう。
【数枚の軍艦の写真、それぞれ
私はエストシラントに向かうためデュロ市トラム……蒸気式路面鉄道に乗車した。車内はやや混み具合ではあったもののレンガ造りの町並や工房の立ち並ぶ景色は異国情緒を感じられスチームパンク世界に迷い込んだような錯覚をおぼえるほどである。
町並みは近代ヨーロッパ風のようなレンガ造り建築が多いスチームパンク世界であるが、どこか日本風の光景を感じられる風景があった。
それはエストシラントへ向かう夜行列車をデュロ駅で待っている間、ホーム上で売られていた駅弁であった。旧世界のヨーロッパ基準であれば肉料理にサラダ、パスタ、パンかサンドウィッチ、小瓶のワインを合わせた食事セットがヨーロッパでは定番であるがパーパルディアでは白米を主役とした駅弁が何種類も販売されている。
【購入した鶏めし弁当と幕の内弁当の写真】
駅弁には加熱用の加熱魔法が起動するようになっており、いつでも温かい弁当が食べられるようにできていた。
パーパルディア滞在記の1日目はこれでおしまい。次回はエストシラントの生活についての記事でお会いましょう。
後半部分は旅行雑誌風をイメージしましたがこんな感じ……なんでしょうかね?