アンミアでリーム帝国とパーパルディア皇国が一進一退の攻防が繰り広げ始めてから数週間、リーム帝国の攻勢が息切れを起こしたのか、パーパルディア陸軍陣地ではやや平穏な空気が漂っていた。
しかし、その間にもパーパルディア=リーム間と旧クーズ王国間の国境線は強化され、即席の魔導レーダー基地や新たな機関銃陣地、新たな戦車大隊が鉄道によって運ばれ強固な防御陣地が構築されていた。もう数日もすれば野戦飛行場が完成し、上空支援や近接航空支援が行えるようになる手筈であった。
「そろそろ交代の時間だ。異常はないか」
「相変わらずですよ。向こうにリーム帝国軍がいるようですが動きひとつみられません」
「あんまり気を張りすぎるなよ。ほら目覚めの一杯だ味わって飲めよ」
「いただきます」
当直の警備兵たちが日本から伝わったクワ・トイネ産の珈琲を啜りながら北の空を眺める。雲ひとつない透き通るような冬の晴れ空が広がっていたが日が昇るにつれて次第に黒い雲が広がってきて北の空を覆い始めていた。
「雨でも振ってきそうな雲ですねー」
「雪雲?……いや違うな?何だあれは?」
年に数回はこの国境地帯でも雪が降るが今日は気温が高く雪が降るような状況ではなかった。ただならぬ状況に警備兵が双眼鏡や目をこらして黒い雲を眺めているとその正体がようやくわかった。
「あれは……雲なんかじゃない!ワイバーンの群れだ!数え切れない数のワイバーンが飛んできている!」
「なんてこったい……エストシラントへ連絡!緊急通報だ!」
「りょ、了解!」
通信兵が大急ぎで通報しようとしたが隊長格の人物が慌てて制する。
「待て!従来の魔導通信を使うな!
「な、なぜですか!?」
「敵が魔導式通信を使用し傍受している可能性がある!機械式通信なら傍受される可能性は低い!急げ!急げ!」
「え、エストシラントへの打電終わりました!」
「よくやった……だが一体このワイバーンたちは何処へ向かっているんだ……?」
「ワイバーンの大群の現在地は?」
「……陛下、ここです。国境地帯から南東に30キロほどの地点です」
「この先に航空基地は?」
「最寄りの航空基地ですと……アルーニかパールネウスです」
「それだと予測進路上からそれるわね……デュロは?」
「方向が全く異なるので可能性は低いかと……」
ワイバーンの大群の予測進路を立てる。ワイバーンの最高速度は235km/hであるため日本の台風予想のような到達予測円が卓上へと描かれている。国境からアルーニまでは大凡5000キロ、そこからエストシラントまではさらに800キロほどあり、ワイバーンが最高速度で飛行してくると翌日にはエストシラント上空までたどり着いてしまう。
だがワイバーンは生き物、常に最高速度で飛行することは難しいので最短時間で飛来する可能性は低い。
「偵察機は?」
「現在アルーニ飛行場から偵察隊が離陸、接触を試みております」
「会議中失礼します!メブニメア市野鳥倶楽部からの緊急報告です」
メブニメア……国境から南東方向に100キロほど離れた都市でリーム帝国からの避難民が作り上げた街である。
「『敵ワイバーンは南東に向かって飛行』とのことです。」
「南東か……南東方向……もしかして敵はまさか直接ここを叩こうとしているのか?」
ルディアスがワイバーンの駒を越境箇所とメブニメアを一直線上にまっすぐ結び、さらに線を伸ばしていくとそこには第三文明圏最大の都市、皇都エストシラントがあった。
「エストシラントまでの到達時間は?」
「偵察機からの情報によりますと現在の飛行速度は150キロほどですので……途中山越えなどを吟味しまして…………早ければ翌日未明、遅くとも翌日の明け方か昼までには皇都・エストシラントへ到達すると予測されます」
「な、なんということだ……」
「……皇都全域に緊急事態宣言!陸海軍部と治安維持機構、消防局に緊急招集を!」
「鉄道局は定期運転は中止!エストシラントから市民たちを退避させて!」
返事をする暇すら与えずに帝前会議場が慌ただしくなる。エストシラントの最も長い1日が始まったのである。
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『臨時ニュースを申し上げます。臨時ニュースを申し上げます本日午後、パーパルディア国境を超えたワイバーンの大群は現在アルーニの北東45キロ付近に存在し毎時150キロほどの速さで南東方向に飛行中であります。早ければ12時間後、明日の明朝から朝にかけてエストシラントに到達する見込みとなっており、皇都全域に避難命令が発令されております。市民の皆様は治安維持機構や皇国陸軍の指示に従って避難してください。繰り返し申し上げます……』
「おかーさん!はやくぅー!」
「サティ、今行く!」
ラジオから皇国公共放送の緊急放送が繰り返し流される中、大きなリュックを母であるレティナと娘サリーの親子が家から飛び出そうとする。
「ああ待って!」
慌てたようにレティナが家に戻り何かを大事そうに抱えながら戻ってきた。それは家族写真のようで親子に加えてもう一人、商船の制服を着込んだ男性であった。
「大切な思い出を忘れるところだったわ。さ、サリー行きましょうか」
親子は避難のためにターミナル駅であるエストシラント中央駅へ蒸気トラムで向かおうとしたが駅へ向かう大通りは大渋滞、車と車の間を縫うようにして大荷物を抱えた市民たちがすり抜けていくという状態である。治安維持機構が交通誘導を行っているが完全に焼け石に水であり交通が麻痺していた。
「バスや蒸気トラムは……無理そうね。駅まで歩いていきましょうか」
「う、うん……」
普段の何倍の時間もかけてなんとかエストシラント中央駅にたどり着くがここも避難する市民でごった返していた。
『13番線に到着はデュロ方面の臨時列車です!切符なしでご乗車いただけますので慌てず急がないでください!すぐに次の列車が到着いたします!』
デュロ方面へ向けて到着した機関車牽引の回送列車が到着するや否や避難民たちが一斉に乗車していく。しかし客車には到底収まりきれず、屋根や機関車の前方にも避難民たちが乗り合わせていた。
『13番線発車します!列車から離れてください!列車から離れてください!』
ゆっくりと蒸気機関車牽引の12両編成が発車していき続けざまに別のホームへ列車が到着する。列車が到着するたびに人波が列車の方へ流れていくため離れないようにしっかりと手を繋いで離れ離れにならないようにしていた。
『5番線に到着の列車は通過列車です!ご乗車になれません!ご注意ください!』
今にも停車しそうな速度で列車が通過していく。機関車の後ろには貨車が連結されており、荷台には皇国陸軍の大砲や対空機銃、対空砲、その操作要員がところ狭しと積まれていた。
「続きまして11番線に列車が到着いたします!こちらは乗車券なしでご乗車いただけます!お乗りになりましたら中に詰めてご乗車をお願いいたします!」
ようやく親子が乗り込むことのできた列車は普段、エストシラント~デュロ間で特急列車として使用されているパーパルディア国鉄82型蒸気動車であった。特急型車両とあってふかふかの座席に空調完備の車内は快適そのものであった。
「……これからどうなっちゃうの?おうちなくなるの?」
流れ行くエストシラントの町並み、その車窓を眺めながらサリーは不安そうにつぶやく。どうなるかは母親でもあるレティナにもわからない。ただ二人を乗せた列車はその他の疎開民たちを乗せてエストシラントから遠ざかり、停車駅で避難民をおろしながらデュロへと向かって行った。
次回!エストシラントは燃えているか!