遥か遠く その星空へ 作:森茶民 解夏禾 フドロジェクト 山岸
毎年のように嵐が近い時期と成り風が冷たく成り始めた頃、快晴では無かったからイトリ山の山頂へ赴くと、そこに有る展望台の麓で、ぽつねんと一匹で居るとても小さい─20cm程で、おそらくまだ産まれて間もない──ストライクを見付けた。
このイトリ山山頂は、雲一つ無い澄んだ空ならば、遠くにシロガネ山の三十だか六十だかの景勝地らしい景色が見えるみたいだけど、今日は雲から時折光が洩れる程度で、思った通り、人気は無い。
ポケモンも少なくて、展望台でも有る気候観測所の電力を目当てにするバチュルと、時折来るヤンヤンマや鳥ポケモンくらいしかいない。
植物だって低木は疎らで下草ばかり、この季節は枯れ草も増えて、展望台のコンクリートの灰色も相まって、ストライクの緑色は良く映えていた。空から見れば、よりだろう。
当のストライクは、展望台の壁際をちょこちょことゆったりと動いている。
大丈夫かな?あの子……この前は一際風の強い日だったから、それで逸れちゃったりしたのかな?
なんだか心配で、このまま帰ってしまうのが偲びなく思えて、そのゆったりとした動きを呆っと眺めていると、ストライクが此方をス、ス、と二度見してきた。
暫くの間、そのまま呆然と見詰め合う。
風が何度も吹き抜けて、枯葉や梢の擦れる音が谺する。
パサパサカサカサ。ピピピピチュチュチュ。
近くで鳥の鳴き声がして、ふとそちらを伺えば、ピジョンやポッポが疎らに数匹。此方を見ている訳では無かったけれど、大丈夫かなとストライクをまた見れば、鎌を地に着け四足の様にトコトコ動きながら、時折此方に視線を向けては停止して、風に揺られる草の様にユラユラ揺れ動き、またソソソと慎重にゆったりと動く。
自身の体をまだ理解出来ていないのいないのだろうか?茶や赤、灰色に挟まれて、その緑はとても良く際立って見える。
その余りに緩慢な動きを眺め続けていると、次第に雲海は橙に染まってきて、足元の影は長くストライクの方へと伸び始めた。
そろそろ帰らなきゃなと名残惜しく思いながら立ち上がると、長く伸びた僕の影がストライクを包み込んで、暗く染まったストライクは此方を見上げながらもトコトコ、トコトコと躊躇するかの様に時折立ち止まりながらも近寄って、僕の脚にしがみついた。
カワイイ。
でも僕はボールを持っていないし、そもそもスクールを卒業していないし、ポケモンを捕獲できる資格を取っていない。先生も言っていた。まだ飼育出来ないんだから、あまり野生のポケモンと関わってはいけないって。
でも、僕は見ていただけで、この子の方から近寄って来た。
なら、仕方無い。
まぁ、家には連れて帰れないけど。
正直、大丈夫だとは思うけど、ママはムシが苦手だ。それに、どう言おうとも、駄目と言われている事でも有るし……何より、ストライクを付けたまま下山できるほど、体力に自信が無い。そこまでストライクが大人しく付いて来てくれるとも思えなかった。
だから、少し下に有るストライクを良く見るって聞く芒野まで送って行く事にした。
芒野へ行く道は、なんでもトレッキングコースだとか言う道で、コンクリートで舗装されていない色んな植物に囲まれた道。
早朝に登ると、イトマルやタマンチュラ、時折アリアドスやワナイダーが道の真ん中に巣を張っていて、あまり安全では無いけれど、この時間に張られている事は殆ど無いから、すぐにその人気の無い芒野へ辿り着けた。
サイドンの様なガルーラの様な姿の、三本の角と二対の腕が特徴的な石像──縁結びだかの神様らしい──に、何やら石碑が数本立っている小さな広場。
少し盛り上がった土手に設置されている赤く染色された木の柵を境にして、緩やかに下って広がる薄茶色の芒野を展望できる。何だか儚い色合いで、空の橙と水色のグラデーションも相まって、その揺れ動く光景は幻想的に思えた。
……後ろで蝿がブンブンプンプン飛び回っていなければの話しだけれど
その赤い柵に近寄り脚をそっと近付けると、ストライクはソロソロと柵の裏側へと移って行って、芒と下草の隙間からそうっと顔を覗かせて此方を伺って来る。
名残惜しいけれど、「僕はまだ、駄目だから……ばいばい」手を振って広場の下山方面の道へと向かう。
途中、例の縁結びの神像が視界の端に入る。何と無く思い立った僕は、その神像の前へと赴き御賽銭をして、あのストライクのこれからの出会いを祈ってみた。
格好付けれた気分に成って下山への道に振り返ると、まだあのストライクは此方を覗いていた。
芒原に隠れる体は判り難いけれど、頭は丸見え。まるで意味が無い。
「死なないようにね」
もう一度手を振って、今度こそ振り返らずに下山した。
……家に帰れた時には空は真っ暗で、ママにとても怒られた。
ストライクを連れて帰っていたら、もっと怒られてたかもな……
そうやって、涙と一緒に自身を慰めて、寝た。