遥か遠く その星空へ   作:森茶民 解夏禾 フドロジェクト 山岸

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サイホーンの頭角

 

 

 ここカザナリ地方では、古くからサイホーンやバンバドロとの繋がりが有る関係かサイホーンやドロバンコが多く生息し、年に一回、サイホーンやサイドン、ドロバンコやバンバドロ、あとニドラン系列を持っている事が条件の地方を一周するレース……というか祭りが有るくらい身近で、どの家庭にもこの三種類の内一つは基本的には居る。またサイホーンレースが盛んで、かなり巨大なレース場や牧場も有る。

 その関係で、サイホーンやらドロバンコやらニドランやらが居ない家は基本的に他所から引っ越して来た他所者で、その他は死んじゃっていないくらいだったのが、全く見分けが付かなくなっちゃったらしい──この地方のサイホーンは、他の地方と比べると色が濃くて、ドロバンコは赤っぽくて、ニドランは毒が少し甘かったらしいんだけど、混血が進んでそうとも限らなくなっちゃったみたい──。

 

 今日は、そんなサイホーン牧場の内の一つで、パパが経営している養鶉場(ようじゅんじょう)と懇意な関係のサイホーン牧場にイクヒロとやって来た。あの初めてのポケモンバトルの後、サイホーンを貰いに行かないかとイクヒロと約束したのだ。

 許可はもうパパが取ってくれている。割とアッサリくれたらしいけど、あの人割と雑だから、その日の管理人にも一応確認を取ってある。ちゃんと話は聞いてたみたいで滞り無く牧場内へと入れた。

 付き添いの人は居ない。僕が結構入り浸ってるからか、いつからか居なくなったのだ。

 だから、僕はもう目的の子が決まっている。イクヒロも僕ほどじゃ無いけど通ってるから、たぶんイクヒロもだけど。

 

 目的のサイホーンは、いつも通り小高い丘の頂点辺りに有る木陰に居た。

 

 黒灰色の体躯に大きな突起、甲殻はツルリとしているそのサイホーンは、僕の方をチラリと見て、また目を瞑った。

 

 このサイホーンは、オスには珍しくとても大人しい子で──血統的には純血にかなり近い子らしい──“ゲン”と言う名前で管理人には呼ばれている。メスにもそんなにがっつかないし力も悪くないから、競争サイホーンにしようとしてたみたいなんだけど、拘りが強いみたいで高地じゃない限りテンションを上げるのが難しかったから、レースとしては断念した子らしい。

 ゲンくん自身は、自身よりも背が高くて、かつ自身達のしんか先でもあるサイドンに憧れが有るみたいで、その避雷針と区分されるサイホーン系列では人気の無い特性から、土木系への貸与組に成る予定だったらしい。

 

 その黒い甲殻にピトリと掌を付ける。

 ヒンヤリとしていて気持ちいい……。体全体で張り付くと、まるで自身が浄化されたかの様な心地に成る。

 あぁ気持ちいい……

 

 暫くそうしていたら、待ち切れねぇとばかりに腰に下げていたボールから、ヒナタ(カリキリ)が飛び出して──開閉自動ロックシステムは、頑張って調べて解除して、そのボールに移したのだ。一応、盗難された時の悪用防止の為のシステムらしいけど、盗られちゃった時は直様抜け出して逆にぶちのめしてやろうと言ってある。これまでの生活で気が付いたけど、ヒナタは結構勝ち気でそういった行動を好む傾向にあるようなのだ──木陰から出てすぐの所でペタンと座り込んで日光浴をし始めた。

 

 麗らかな陽射し。涼やかな強風。葉擦れのざわめきに、舞う青臭さとサイホーンの糞特有の土臭さ。思わずゲンくんの甲殻に伏せると、仄かに鉄のような匂いが香る。このサイクルが好きなんだ。

 

「お前また昼寝してたのか」

 

 それから暫く──ヒナタから薄っすらと漂っていた透き通る様な蜜の匂いが、リラックスした時特有なシナモンの残り香を水で薄めたみたいな匂いに変化するくらい──ゲンくんに凭れ掛かってゴロゴロしていると、いつもの足音にパスパスという叢を一斉に踏み倒す音と、硬質な物が擦れ合うカシャカシャとした音を先触れとして、イクヒロが角が短く突起が緩やかな──おそらくメス──灰色のサイホーンにヒトカゲ──ダイという名前を付けたらしい。メスらしいからダイちゃんだ──を乗せ、呆れた顔をしながら歩いて来た。

 

 うわあう口を余り動かさずに喃語の様な返事で返すと、苦笑を深めて目の前へと近付いて来る。

 

「いつ頃やろうか」

 

 いつもより喜色を乗せた、けれどそれを押し殺す様ないつもの口調で声が出された。

 

「あぁうん。ちょっと待ってね」

 

 そう言ってゲンくんにボールを見せて「僕たちと一緒に来て欲しいなって思って今日は来たんだけど……少なくとも、サイドンにはここに居るよりは早く成れると思うから……一緒に来ない?」と誘うと「たくしょうがねぇなぁ」とばかりに瞑目しながら起き上がってふぅと息を吐き、ゲンくん自らボールに入っていった。

 

「じゃあ、あとはヒナタが起きたら……だと夜になっちゃうか」

 

 さてどうしようかなと、とりあえずボールからゲンくんを出し、ヒナタが座り込んでいた場所を見るが居らず、視線を巡らせてまたイクヒロの方へ向き直ると、その灰色のサイホーンの上へと登ろうとワサワサ両触腕を動かしているヒナタがいた。

 とりあえず近付いて抱き上げ、一応イクヒロに許可を取り、そのサイホーンと目を合わせるとコクコクと頷かれたからそのサイホーンの上へと降ろすと、甲殻で一番高い突起によじ登って僕やダイちゃん(ヒトカゲ)を順繰り見詰めて停止した。

 ダイちゃんは困った顔をしていた。

 

 

 牧場管理人に個体を参照して貰い終わってから付近の空地に赴いて、前と同じ様に距離を置いて石が地面を跳ねたと同時に互いにポケモンを繰り出した。

 

 僕はヒナタ(カリキリ)を繰り出した。

 イクヒロはダイちゃん(ヒトカゲ)を繰り出してきた。

 

 サイホーンじゃない?そっちのが安牌かと思ったんだけど……出し負けた。

 

 すかさずゲンくんに交代すれば、ダイちゃんの火炎放射でゲンくんは包み込まれた。

 

「ドリルライナー!」

 

 ゲンくんは、口端に織火を燻らせるダイちゃんに猛然と突進していき、あと5歩程で衝突といったタイミングで飛び跳ねて身を捻り始めたが、そのタイミングでダイちゃんの口腔から黒煙が吐き出されて辺りを覆い隠し、地面を抉った跡とぽっかりと丸く晴れた煙幕の向こうには、ゲンくんしか見当たらなかった。

 

 3秒ほどの静寂が広がり、黒煙が薄く成り始めた辺りで「じしん!」というイクヒロの指示が聞こえ、煙幕の中からドスドスと勇ましい音と伴に灰色のサイホーン──サキちゃんと呼ばれていた──が黒煙を纏い飛び出して、ゲンくんから6メートル程離れた位置でその前半身を跳ねらせて、地面へと前足を突き刺した。

 瞬間、その前足から放射状に地面の罅割れが隆起し陥没しながらグラグラボコボコと拡がって行き、ゲンくんを取り囲んでまるで地面が意思を持ってリンチしているかの様に足を取り、突上げ、叩き付ける。

 

「じしん!」

 

 ゲンくんは地団駄するかの様に両前足を右左(みぎひだり)と揺れる地面に突き刺して、サキちゃんにまでは届かなかったが、その地震を相殺する事は成功した。

 

 ゲンくんの方が地震の有効範囲が狭い……でもこの距離なら!

 

「ドリルライナー!」

 

「じしん!」

 

 走り出したゲンくんに呼応するかのように地面が罅割れ揺れ動くが、地を削り取りながらも猛進するゲンくんには効果を為さず、退避行動に移り始めていたサキちゃんの横っ腹へと突き刺さり2,3メートルほど吹き飛ばした。

 

「ドリルライナー!」

 

「守る!」

 

 またも地を抉り取る回転体と成ったゲンくんだったが、サキちゃんは横っ腹を晒したまま身を縮め、青白い燐光を放つ物体を生成してその体へと纏わせた。

 

「スマートホーン!」

 

 ゲンくんの攻撃はその青白い障壁に難無く受け止められて、地面に着地した際の硬直に合わせてサキちゃんの鼻角から伸びた銀色のエネルギー柱がゲンくんへと衝突した。

 ゲンくんはその攻撃により腹を地面にドシリと落として目を回して動かなく成った。戦闘不能だ。

 

 ゲンくんをボールに戻せば、イクヒロもサキちゃんをボールに戻していた。勝ちに貪欲だ。

 僕は苦笑しながらもヒナタ(カリキリ)を繰り出した。イクヒロはダイちゃん(ヒトカゲ)を繰り出して来た。

 

 この盤面となったなら、正直博打だし、なんだか卑怯な感じがするから気が進まないんだけど……

 

「いばる!」

 

 ヒナタはサキちゃんの上で踏ん反り返っていた時のような姿勢を取ると、ヒナタの全身から白い靄のような塊が湧き出して来て、その塊は白い尾を引きながら蛇が獲物を仕留めるかのようにダイちゃんへと巻き付いて、するりと溶け入るかのように縮んで消えた。

 “いばる”に煽られて錯乱状態と成ったダイちゃんは、目を大きく見開いてその青い瞳を爛々と光らせ、半開きと成った口からは火の粉混じりの灰色の煙が吐き出され、時折涎も垂れていた。

 

「ダイ!炎の牙!」

 

「目覚めるパワー!」

 

 ダイちゃんは指示が終わらない内に火炎を辺り一帯に蒔き散らして、自身の存在を誇示するかの様に天空へと長く放射する。そんな目茶苦茶に動くダイちゃんへと、ヒナタの目覚めるパワーが包み込んでは弾けてダメージを与える。

 

「ダイ!!炎の牙!」

 

「目覚めるパワー!」

 

 果たしてイクヒロの指示による物なのか、ヒナタが目覚めるパワーを放つのを思い出したのかは判らないが、頭部を炎で包み込み地を這うかのように身を低くし、ギャロップ走法に近い四肢の運動をさせて光球を掠るに留まらせながらヒナタへと迫り来る。

 しかし、その体には明らかに不釣り合いな程に大きな炎の顎(あぎと)が、つい先ほどまではヒナタが居た空間へと噛み付くのみであった。炎が邪魔で周りが見えていないのかもしれない。

 

「目覚めるパワー!」

 

「ダイ!火炎放射!」

 

 ダイちゃんは炎を全身から滾らせるに留まらず、まるで自分自身を人身御供(ひとみごくう)としたかのように、大人一人は容易く丸呑みに出来てしまえそうな大火へと急激に変じて行き、光球は呑み込まれるばかりで尚も肥大化する大炎。

 

 あれコレ僕も巻き込まれ……というかヒナタとイクヒロも……「伏せろ!」思い至ったと同時にヒナタへとボールへの帰還誘導光線を照射して叫び、なるべく遠くへ走る。

 帰還を少し重く成ったボールで感じると殆ど同じくしてボコンという爆発音のような音が轟き、身を伏せた瞬間に辺り一帯へと火焔の奔流が土砂崩れの様にうねり包み込んだ。

 

 一瞬で高く成った周囲の温度に目眩を覚えながらもジッとしていると、ふっと首筋に感じる熱さが消えて、その後を追うように緩かな風が吹かれた。

 

 首筋がジンジンと熱い。絶対火傷してる……目に当たらなくて良かった……

 

 周囲を見渡してみれば少なく織火が残るのみで、殆ど被害らしい被害は無かった。

 

 ビビリ過ぎたか?そう思いながらイクヒロたちの方へ顔を向けると、イクヒロが仰向けに倒れこんでいて、ダイちゃんは丁度起き上がる所だった。目の輝きや色付く吐息は見られない。おそらく錯乱状態は解かれている。

 

 ダイちゃんと伴に駆け足でイクヒロへと近付けば、瞬きをしているのが見えた。

 

「大丈夫?」

 

 安堵しながらも声を掛ける

 

「あぁうん」

 

 イクヒロは、少し放心しているようにも見える呆っとした様子で返事をしてきた。

 

「ダイちゃんもごめんね?大丈夫だった?」

 

 問われたダイちゃんは、尻尾をブンブンと振り回して両手を上げて一声あげた。

 

 声の掠れや弱々しい感じはしない。普通に元気そうだ。

 

「とりあえず僕は牧場で氷とか貰ってくるけど……」イクヒロを伺いながら言えば、あぁと応答として体を起こしたから、一緒に牧場に向かった。

 

 牧場で事情を説明すれば、氷もくれたし、皆の回復も食べ物や飲み物も出してくれたけど、何か笑われた。そして「俺がガキの頃はな……」と自慢とも付かない微妙に嘘臭く感じる話しを長々とされた。食べ終わっても飲み終わっても追加されて長々と続いた。そこまでしてでも語るって事は嘘では無いんだろうけど、割とウンザリした。イクヒロと一緒に帰れた時には、あの話の真偽とどこまで憶えているか話し合いながら帰れた。

 

 

 とりあえず、暫くは“いばる”は禁止にしておこうと思う。使うには、僕たちはまだ弱過ぎるように思うから

 

 

 






 【零れ噺】

 ゲンは「黒炭サイホーン」と呼ばれるカザナリ地方特産のサイホーンであり、青灰甲種と一般に言われ、ほんのりと青に反射して見えるような真黒い甲殻を持つ。混血が進むほどに甲殻の端が灰色に成る。
 サイホーン特有の単純さを利用した手懐け方が広範に啓蒙され農耕や運搬、移動と幅広く昔から活用されており、力強くスタミナが有る個体が多く、どちらかと言えば土木系で頻繁に使われる。レースとしては、トリックルームレース以外には基本的にその血族が一匹は出ているくらいには拡散している。

 ゲンは曾祖母が捨身な競争個体が居る個体で、父親は不明(ノコッチ)。レース出場が本格的に成ったら遺伝子検査される予定であった。

 ♂のレースは騎乗服の改良が進んだ近年までは少し危険とされてあまり行われていなかった。


 サキは混血が深刻に進んだ個体で、最早薄っすらと黒の斑が甲殻の根本に残るばかりな個体。
 土木、特に破壊と穴掘りという開墾系が多いずんぐりとした力強い個体が多い家系の産まれで、ドサイドンへと至った親族も多い。突起が丸く緩やかな個体が多い一族
 そのため、“じしん”や“あなをほる”、“ロックブラスト”が得意な個体が多く、サキは“ロックブラスト”はイマイチだが、“あなをほる”が一際上手な個体。
 バンバドロが父の異父妹がとても足が遅いのんびり屋な個体、サラが誕生しており、サラを「サーキュラース」として競争系の牧場へと売却している。
 サキを貰えた理由は、Pokémon世界特有の大らかさと、足の速さが遅くも無く早くも無かったため。

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