「・・・と言うわけだ。もしかするとクリスは夏の大会に間に合わないかもしれない。」
「・・・・え?」
朝食後の片岡の発言に部員たちの間で衝撃が走った。
その発言と言うのはクリスが、昨夜肩が痛いと申告してきたので病院へ精密検査をしに行くと言うものだった。
「・・・・マジですか監督・・・」
沈黙の部員の中、東が代表してそう言った。
東がそう言ったのも無理は無い。
クリスは2年生ながらレギュラーを獲り、ここまで青道投手陣を助けてきたからだ。
だからここへ来てクリスの離脱と言うのは痛いものだった。
「あぁ、昨日俺のところに来て教えてくれた。皆昨日まで普通に練習していたから信じられないとは思うが、もしクリスがここで離脱してもクリスの分までかんばって行くぞ!!!」
『ハ、ハイ!』
片岡の言葉に部員全員は返事をするが、その声はやはり驚きと不安が混じっていた。それ程クリスへの信頼度は大きかったのだ。
「それでは学校が終わった後、関東大会での弱点強化を重点に練習をする!1軍も2軍も次の週末練習試合が組まれているからそのつもりで。以上!」
「あざしった!!!」
部員が礼をした後、片岡が食堂から出て行ったので部員は朝食を食べはじめる。
「・・・・」
武藤はというと、黙々と朝食を食べていた。
(やはり言わないほうが・・・いや。これで良かったんだ。)
無言ではあるものの、武藤の心は後悔の念でいっぱいだった。
「クリスさんが離脱かぁ~誰が捕手やるんかな?」
「分からないなぁ・・・けど御幸かもな案外。」
「くっ・・・」
片岡が出て行った後に部員の中でヒソヒソと話し声が聞こえてきた。それを聞いて武藤は余計気分が重苦しくなった。
「・・・きにすんなよ翔也。お前は何も悪くないぜ。」
「そうだぜ。お前のやった事は間違っていないし、クリスさんの分まで頑張っていこうぜ!」
「倉持、ノリ・・・あぁ。そうだな。」
そんな武藤に倉持と川上が横で周りに聞こえない声でそう言ってくれたので幾分かは気が楽になった。
(クリスさんのためにも・・・励ましてくれた二人のためにも絶対夏のメンバーに食い込んでやる・・・)
武藤は食べながら強くそう思った。
今年入った新入部員の中に麻生
麻生は時々練習をサボっていたが中学校時代は4番を打っており、そこそこ上手かった。
近年甲子園に出場していない青道を変えてやるという思いを胸にいざ青道高校に入学したものだが、近年甲子園に言ってないとはいえ流石名門校、1年生の練習も凄くハードで必死に付いていっているというのが現状であった。
「くっそー・・・さぼりてぇ。」
放課後の練習の休憩中、流れ出る汗を拭きながら日陰で休んでいた麻生は一人愚痴をこぼした。
「な!ならこれからサボってどこかいこうか!な!」
「・・・ちっ。忘れてたよチクショー。」
・・・1人ではなかった。麻生の隣に小学校から一緒の学校に通っている
「バカか。今やったらこれ以降監督が試合で使ってくれなく・・・ん?」
麻生が関にそう言い返そうとすると、グラウンドから歩いてくる黒髪のワンブロックヘアーの麻生と関にとって見覚えのある少年が歩いてきた。
「ははは。またいつもの愚痴か麻生?」
「そ、そんなんじゃねぇよ!お前には関係ねぇだろ武藤!」
少年、武藤の発言に麻生は言い返す。
「聞いてくれよ武藤!またこいつ言っていたんだよ!な!」
「あっ!言うなよ関!後俺に聞くような感じで言うな!余計ややこしいわ!・・・おい武藤!腹抱えて笑っているんじゃねぇよ!」
「だ、だってな・・・くっくくく・・・・」
麻生と関がまるで漫才みたいなやり取りを交わすので、武藤が腹を抱えて笑っているのを麻生はキレた。
「なめんじゃねぇ!!!!!」
「はははははは!!!」
麻生の口癖である「なめんじゃねぇ!」が飛び出すと、武藤がもっと笑ってしまい、休憩が終わるまでにその漫才は終わることは無かった。
「礼!あざっしたぁ!!」
「くそぉ・・・くたくただぜ。」
練習が終わり、麻生は自分の寮の部屋に帰ろうとしていた。
「くそっ・・・武藤と御幸は良いよな。1年から1軍になれて。くそっ。」
汗を拭きつつ、歩きながら麻生はそう呟く。
麻生は武藤と御幸を見ていると羨ましいと思う反面、同じ学年でこんなに差があると思うと悔しいし腹が立つのだ。
「でも凄かったしな~武藤が中2の時。なんかムカつくけど俺にとっては憧れだったってのもあるしな。」
しかし、武藤に対してはその気持ちと共に凄いと言う単純な気持ちがある。
中学時代の武藤は軟式出身である麻生たち同世代にとってのヒーローでもあり、羨ましいという思いがあるのは確かである。
「・・・けど肩を壊したって言ってたし、東さんを三振には切って取ってたけど、あれはまぐれだろくそっ。」
麻生はそう言い、悔しさから地面を蹴った。
「(武藤は事あるごとに関との漫才やらせるような一言を言ってきて、関もそれにノッて漫才に持っていこうとするし・・・俺は武藤のことは嫌いではないが、俺たちは漫才コンビでもないからそういうフリをするのだけはやめてくれ・・・)」
しかし、麻生も武藤に不満を持っているのも確かではある。よく麻生は幼馴染でもある関との言い合いが見たいのか、そうなるように誘導するような言い方をするのだ。そこに関も悪乗りするので麻生としてはたまらない。
話が逸れたが、武藤はまぐれで東を三振に取ったに違いない。利き手が変わってたった1年であんなピッチングを出来るわけが無い。
麻生は一人そう思いは部屋へと向かった。
~夕食後~
「よーし、適度に素振りするか。」
夕食を食べ終えて暫くしてから麻生は素振りをするためにバットを手に、いつもしているトレーニング場付近へと向かおうとしていた。
「よーし、それじゃぁ「うがああああ!!!!」!!??な、何だ今の?」
その場所に到着した麻生が素振りをしようとした瞬間、奇声が上がった。
その奇声にびっくりした麻生はその声がしたトレーニング場に行ってみた。
「誰だ?・・・あ。」
「フン!!フン!!」
そっと見てみると、武藤が『メディスンボール』と呼ばれるボウリングの球よりも大きく重いボールを使い、ものすごい速さでボールを持っている両手を左右に動かしていた。
「98,99,100!!」
100を数えた所で武藤は数キロもあるメディスンボールを横にそっと置いて、休憩もなしにネットスローをやりだす。
「おいおい・・・練習もしたのにこんなハードな練習を・・・「驚いたやろう?」あ、ゾノ・・・」
麻生は武藤の練習を見ていると、後ろから前園が来て麻生が言ったことの付け足しをするようにそう言って来た。
「ははは。俺も俺も最初見たときにどんだけやるんだよって驚いたくらいだ。しかもやつはこれを毎日やっているんだよ。」
「はぁ!?「あ、ゾノと麻生。」・・・あ、武藤。」
麻生が大声を出してしまったせいか、練習をしていた武藤がこっちに気づいた。
「アホかお前!・・・すまんのぉ武藤。」
「いや、いいよ!」
前園が麻生に叱ってから武藤に謝ったが、武藤は快く許した。
「それにしても武藤・・・いつもこんな練習を毎日?」
「あぁ、そうだよ。」
麻生の問いに武藤が近くにあったタオルで額から流れ出る汗を拭きながら教えてくれた。
「これは入学前から欠かさずやっていた練習かな?俺は利き手が変わっているし、この学校に入るからには最低限恥ずかしくないようにしておかないと。それに今はぜんぜん下手くそだしな。」
「・・・・・・(すげぇ・・・なんだよ。俺、恥ずかしいじゃねえかよ。)」
麻生は驚きのあまり声を失う。
武藤の実力の裏には血の滲む様な努力をしていたのだ。そうなればさっきまで適度に練習しようとした麻生はと思うとすごく恥ずかしくなってくる。
「『努力は嘘をつかない。』・・・これは哲さんから教えてもらった言葉。今でも俺はその言葉を信じて練習している。そうでなきゃ俺は・・・エースにはなれない。」
「!!!!(はは・・・エースにはなれないってこいつ意識が高すぎだろ・・・けどそれぐらいやらないとレギュラーにはなれないんだよな・・・)」
まっすぐな目をした武藤の言葉に麻生は身が引き締まる思いから目が真面目になってくる。
「けど、すぐにサボろうとする麻生君じゃ無理だろうな~笑」
「なっ!?なめんじゃねぇ!!だったら俺もその練習に参加してやる!!」
武藤にそう言われ、笑われたので麻生は勢いで思ったことを口走ってしまった。
「なんやと?なら俺もやってやろうじゃねぇか。」
前園もそれに乗っかり、武藤の練習参加を希望した。
「大丈夫なの・・・と言いたい所だけど言っても聞かないと思うし、良いよ!」
「見てろ武藤!やってやるぜ!」
武藤が了承を得たので麻生は今からやることになった。麻生は目をぎらつかせながら高らかに宣言した。
練習後
「・・・・・・」
武藤の練習が終わった後、あれだけの宣言をした麻生は大の字になって動けなくなってしまった。
麻生達はネットスローなど投手以外の基礎練習をやったが、結果から言うとかなりの練習量だった。前園も麻生みたいに寝転んではいないが、膝をついた状態になっている。それほど足にきていたのだ。
「大丈夫か?」
「だ、だい・・じょう・・ぶ。」
武藤に心配されたので麻生はかっこよく「これくらい心配いらねぇ。」と言おうとしたがそれを言う言葉すら言えなくなっていた。
けどこんな状況化にもかかわらず麻生はある事が脳裏に浮かんでいた。
『俺が青道を変えてやる!!』
「・・・(あぁ、あんなことを言っていたな・・・今はなくなったも同然だけど、こいつについていけば何とかなりそうだと思った。ならばやることは一つ。どんなになっても俺はどんな状態になってもこいつの練習に耐えて意地でも強くなってやるぜ!!!!)だ、大丈夫だ・・・」
決意をした後、そう言い麻生は立ち上がった。
「よかった~死んだかと思った笑」
「うるせぇ!!!誰が死ぬか!」
「おお.口が利けるくらいなら大丈夫そうだな。」
武藤の戯言に麻生は言い返す。しかし、適任なのが一人いるのではないだろうか?
「またか・・・俺はどうなるんじゃ・・」
その人、疲労から立ち直った前園は一人取り残されていてそう呟いていた。
「俺はゾノの本場のつっこみが見たいなぁ~」
「よーし、俺が見せたる!」
「ちょ!まてまてまて!!!」
「はははははは!!!」
その後トレーニング場には3人の笑い声が響いたという。
「ふん!!!ふん!!!」
カキィ!!カキィィィィィン!!
「お~やるなあいつ。」
「一年の麻生だっけ?打撃うまいなぁ。」
(まだだ、パワーがないせいで精々外野の前ぐらいしか飛ばない。もっとパワーがほしいから武藤の基礎練習をやらないと・・・)
しばらくたてば今までと変わって麻生の頭の中は野球一色になってしまっていた・・・とまではいかないようだ。
(ちっ、考えても考えても野球一色になってらぁ。)
ちゃんと元々の考えは持っていたようだ。
(けど、武藤はあんな練習をやって上手くなっているのであれば俺もあんなになれるんだ。やるしかないんだ!!!)
麻生はひたすらバットを振り続けた。一人取り残されないように振り続けた・・・・
練習の成果が出てくるのはもう少し先のことである。
そして、夏が近づいてきていた。