やはり俺たちの本気は間違っていない   作:健康啓涼

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この度は当作品をお読みいただきまして、ありがとうございます。
また、いつもと違い、1週間遅れの投稿で申し訳ございません。

前回のあらすじですが、

・八幡さんが4月フェスとGWフェスの準備で疲労困憊になりながら、なんとか完遂しました。

・なんとな~く八幡さんは「中川菜々=優木せつ菜」説を考えるもその度に否定する。

・フェス当日に発生したトラブルを切り抜けた八幡は、せつ菜のパフォーマンスを見て思うところはあるが、胸を打たれるのでした。

今後も細々と執筆してまいりますので、引き続き、私の妄想ごとにお付き合いいただければ幸いです。


メガネを外したらアイドルだった件(7)

「いってきます……」

 

玄関には虚しく響く俺の声と「ガチャン」と扉が閉まる音。5月になった今でも肌寒い。かごに鞄を入れて「ガチャン」と擬音語にすると扉を閉じる音を立てて、ガレージから自転車を取りだす。道路まで自転車を押したところで、サドルにまたがり、ペダルに足をかけて漕ぎ始める。

 

いつの間にか早まった登校時間。こうでもしないと終わらない作業量の仕事をこなした1週間。それも今日までだ。明後日はいよいよ仮入部も最終日。とはいえ、GWとは日本国が定める祝日が3日も連続である週のことで、土日などが絡めば最大5日も連続で仕事や学校は休みになる。はずなのだが、俺には無縁らしい……。

 

DNAには逆らえねーな。ホント、どうしてこーなった?

 

改めて、現状起きている現実を受け入れられずに現実逃避をしていると、ふと思い出す。

 

リズムに合わせて全力で踏み込むステップ。

 

綺麗な足から魅せるハイキックと弾けるような水滴。

 

伸びやかな歌声。

 

振り下ろされる腕の一つひとつに、研ぎ澄まされた勢いと感情が込められている。

 

――ああ。これが「優木せつ菜」か。

 

つい先日、ステージ上で見た彼女の動きは、それはそれは完成度の高いパフォーマンスだった。

たった一人で決して多くはない観客と相対しては、その場を支配すると同時に見るものを自分の世界に飲み込んでいる。

声の伸び、目線の動き、髪の揺れすらも、計算を超えて「熱」を生み出していた。

 

悔しいが、完全に目を奪われていた自分がいた。

 

そんな回想をしていると、覚悟しなくてはいけないことがある。この3日間、俺を苦しめた出来事……

 

 

 

『無事にステージに立てたのは、比企谷くんのおかげです! 本当にありがとうございます!』

 

 

 

……直球すぎるだろ。

満面の笑みでまっすぐに言い切られて、俺は言葉を詰まらせた。

こういう真正面の感謝は慣れてない。むしろ苦手分野だ。

視線を逸らすと、彼女は一瞬だけ不思議そうな顔をしたが、直ぐに何かに気が付いたのか笑顔になった。

 

――まったく。どこまで本気で言ってんだか。

 

 

あの日から心の奥底で、ほんの少しだけ温かいものが残っているのを自覚していた。

 

 

自転車を止める際に「ガチャン」と朝から数えて3回目の擬音語を聞いて、鞄を取り出しては大きく欠伸をして、教室へと向かう。

 

仕事とは終わることなく、増える一方で「ニュートン算」を持ってしても解が導けない現代においては「フェルマーの最終定理」以上に厄介な問題である。

 

フェルマーさんも誰がどう使うかわからない難しい定理の証明する前に、仕事がなくなる定理を証明して欲しかったな……

 

「よう。比企谷。朝早いな」

「……おはようございます。平塚先生」

 

昇降口に入ると、朝から白衣をなびかせては仕事前のコーヒーを片手に颯爽と現れた2年F組担任兼生徒会担当兼スクールアイドル同好会顧問兼生活指導の平塚先生。

 

……肩書長いな。どれだけ兼任しているんだよ? 何かのスーパーエリートエージェント?

 

「先日のフェスはご苦労だったな。学校の方にも実施内容確認書が届いたよ。どうやらトラブルがあったようで」

「……まぁ。ありましたね」

「それも、特に問題なく解決したそうだな。戸塚から直接私の方にも連絡があったよ」

 

あー……。そういえば、戸塚さんと先生は繋がりがあるんだった。運営側からすれば、かなりの案件だしな。無事解決したとはいえ、きちんと報告するのが義務ってか。

 

「これから、活動内容報告書の制作か」

「ええ。まぁ……」

「そうか。では、頑張りたまえ。あと、明日のGWフェスの方もな」

「……はい」

 

言いたいことだけ言い切ったのだろうか。平塚先生は手を振って職員室の方へと歩いて行く。

 

必要最小限の会話で、直ぐに終わらせるだけでなく、しっかりと存在感を示すとは……。

 

「おはようございます。比企谷くん」

「うおっ……」

 

背後という死角からの声に思わず声を上げてしまう。そして、ゆっくりと振り返るとそこには驚いた表情の中川の姿があった。

 

「お……おう。中川か」

 

彼女はひとつ咳払いをして、真顔に戻ると、どこか困った視線を俺に送る。

 

……なんかした?俺。

 

「……私が話しかけると、いつも驚かれますが、もしかしてご迷惑をかけてますでしょうか」

「あ。いや……。急だったからな」

 

いやー。それ以上に、人に話しかけられることがない俺にとってこの「朝から仲間が集まるカースト軍団」のようなリア充イベントなんて起こるなんてな……。

 

挨拶ぐらいする?そんな相手がいねーんだよ。ほっとけ。

 

「……なるほど。確かに後ろから声を掛けたのですから驚かれるのも当然ですね。失礼しました」

「あ。いや……気にしないでくれ」

 

そういうと中川は謝罪のために頭を下げる。

不幸中の幸いか、まだ周りに人がほとんどいない時間帯でよかったと思ってしまった。今、この場を他の人間に見られたら、何があったのかと噂になるだろうな。

 

「そうですか。お気遣い痛み入ります」

「別に気を遣ってねーぞ……」

 

なにせ、存在感が全くないモブAに対して、あろうことか生徒会副会長が深々と頭を下げているんだからな。俺に被害が出ないようにしただけだからな。

 

「私は生徒会室へ行く用事があるので、ここで失礼します。またお昼休みにお願いします」

「お……おう。昼にな」

 

この方も言いたいことだけ言うと、中川はこの場を後にする。その後ろ姿はどこにでもいる「普通の女の子」なのだが、こう言っては失礼だがああ見えて「生徒会副会長」であり、立派な肩書もあり、自分の話を手短にまとめ、超効率的な会話はまさに「仕事のできる人間」から実力は申し分ない。

だが、こうして接しても凄みを感じないわけだが、そのことが、かえって「真の実力者」ではないかと思わせてくる。

 

……もしや「陰の実力者」に憧れてるの?生徒会は実は「シャドーガーデン」の集まりじゃないよな?

 

……アホらし。何を考えているんだが。

 

***

 

「ふぅ……」

 

目の前にある書類を全て書き終えたところで、キーンコーンカーンコーンと授業終了のチャイムが鳴る。

何の授業が終わったかは分からないが、教室内の盛り上がりを見るにどうやらお昼休みのようだ。カースト上位の人間は教室を占拠するかの如く我が物顔で使えば、誰とも群れない一匹狼を気取る人間はさっさと教室を出ては自分だけのテリトリーへと向かう。

 

そんな中、俺はというと彷徨う孤高の魂はより所を必要としないわけで、今日も風の吹くまま気の向くまま……と教室を出ようとした時だった。

 

ツンツンと肩を誰かが突くので振り返ってみると、そこには中川の姿があった。

 

「比企谷くん。すいません。生徒会室へ寄らなくてはいけないので、待たせることになりますがご容赦を」

「……あぁ。俺も飲み物を買ってから行くから気にしないでくれ」

「わかりました。ありがとうございます。では後のど」

 

……ふっ。すっかり忘れてたぜ。昼休みは部室へ集合だったな。そういえば、フェスが終わった日に中川からメールを貰ったわけで。内容は同行できなかったことへの謝罪とGWフェスの最終確認を今日の昼休みにお願いしたい。と。

まぁ、上司からのメールなのでその場ですぐに返信したわけで。といっても、選択肢は「はい」か「YES」しかない訳で。

 

風の吹くまま、気の向くまま……上司の言うがまま。最後の1つを言ってて悲しくなる。

 

部室へと足を運ぶ前に、自販機で黄色いアイツを買うために寄り道をするのだが、どこもかしこも生徒だらけ。あるものは廊下でしゃべり、あるものは昼休みも練習をする。それこそ、遠くから「パコッ」と乾いた音が聞こえる。

 

テニス部が昼練かぁー。リア充の巣窟・テニス部とか俺には一生縁のないな。俺は適当に勉強して、そこそこ優秀な大学に進学しては、そこで将来を養ってくれる優秀な奥さんを見つけて『専業主婦』になるのが目標だからな。うん。やっぱり、縁はないな。

……そういえば、俺の払った代償はそこそこ多い。このところフェス関連の書類に追われ、授業をろくすっぽ聞いていない。

 

定期テスト大丈夫か?俺。

 

『将来の夢』に一抹の不安を覚えたところで、タイミング良く同好会室に到着する。いつもの手順をこなせば、部室から返事があり、ドアを開ける。すると、どうやら中川の方が先に到着していたようで彼女が待っていた。

 

「比企谷くん。貴重なお昼休みにすいません」

「……おう。まぁ、内容が内容だからな。とりあえず、忘れんうちに渡しておく」

 

俺は持ってきたファイルを机に置くと、中川は目を大きくしてこちらを見やると丁寧に両手で受け取るや否や、中身を確認し始める。

 

「……これ、活動報告書、ですよね? もう完成しているなんて」

「まぁな。間が空いて、こまごまとした内容を忘れる前に取り組んだまでだ。確認して問題なければ学校に提出してくれ」

「本当に助かります……。ありがとうございます」

 

言葉の端々に、感謝と、どこかためらいのような響きが混ざっている。その表情を見ていると、どうにも妙な感じがする。

 

「……当日は、生徒会の業務があって参加できず、申し訳ありませんでした」

「ああ。別に。俺一人でも何とかなった」

「いえ、比企谷くんがいてくださったからこそ、無事に終えられたと聞いています。本当にありがとうございます」

 

あぁ。なるほど。先ほどの妙な感じは、中川自身が「後ろめたさ」を感じているからだろう。自身もヘルプではあるが、それを全て臨時要員である俺へ任せきり。「生徒会」が本業である以上、同じタイムスケジュールで行われては、物理的に時間がないのは仕方ないのだが、そうとは割り切れずにいるのだろう。

 

……全く責任感が強いことで。

 

「……俺はただの臨時要員だ。大したことはしてない」

「そう思われるかもしれませんが、私は感謝しています」

 

中川の目元は綺麗な弧を描き「嬉しさ」誰にでも伝わる笑みを見せる。

だが、この剛速球を受けるだけのコミュ力は俺にない。本当に苦手なのだが……

 

――なぜだろう。どうにも「見覚えのある」ような感覚がする。だが、次の瞬間、重要なことに気が付く。

 

「……なぁ。そういえば、優木が来てないが?」

 

そうだ。この場にこの同好会の正式な部員である「優木せつ菜」がいないのだ。今回はメールなども予め確認したが、特に連絡はない。

 

「今日の昼休みは、ボイトレではないでしょうか。合唱部が昼休みを使わない日なので」

「……意外に大変なんだな」

「ええ。合唱部と吹奏楽が音楽室を使用するのが基本なので、空いた時間をお借りしているというのが現状なので」

「……まじか」

 

同じ部活動であっても、こっちは「同好会」で向こうは「部」なので格が違う。だから、使用権を巡って調整する……こんなところにもカーストがあるのか。

 

「ええ。ですので、気にせず始めて下さいとのことです」

「そうだな……」

 

貴重な昼休みを無駄にするわけにいかないため、現状を確認・報告をする。なにせ2つのフェス関連書類が多いため、何がどこまで進んでいるか1つずつ確認しないと混同する。

書類の種類もそうだが、提出先も運営会社だったり、学校だったりと多岐にわたる。それこそ、運営会社も企画部と広報部、学校も教頭宛だったり、顧問宛だったり、生徒会宛だったり……。どんだけあるんだよって話なわけで。

Excelで作成した進行管理表を最新版にしたものを中川に見せながら、途中経過まで進んだものはその経過を共有する。

 

「確認終わりました。何も問題ありませんでしたので、こちらで引き継ぎます」

 

トントンと紙を整え直すと、慣れた手つきでゼムクリップでまとめ直してファイルにしまい直す。その仕草一つとっても無駄がない。まるで精密機械みたいだ。いや、むしろ“手順をミスしないように慎重に動く人間”に見えた。

 

「……ほんと、仕事早いな。中川って」

「いえ。比企谷くんの仕事内容が丁寧だから、確認がしやすいだけです」

 

抑えた声。必要以上に感情を乗せない口調。だが、そこに冷たさはなく、むしろ何かを隠そうとする柔らかさがあった。まるで“壁”を作って、その向こうに自分を閉じ込めているみたいに。

 

「まぁ、そう言われてもな……。丁寧ってよりは、しつこいだけだ」

「……そう、ですか」

 

彼女は小さく笑った。その笑みは綺麗に形作られていたが、ほんの少しの「迷い」が滲んでいる。気のせいか、微かに視線が泳いだように見えた。

 

――やっぱり、疲れてるんだろうな。生徒会も同好会も掛け持ちだし。俺なんかよりよっぽど大変だ。

 

「……あ、これ。GWフェスの方の実施報告書。事前記入部分は終えたから、以降の作業は任せた」

「確認します。ありがとうございます」

 

中川は書類を受け取ると、胸の前でそっと抱えた。それは一見、何気ない仕草だったが――どこか守るような手つきに見えた。中川は小さく頷き、一拍の間を置いてこちらを見る。その瞳に映るのは感謝か、それとも何かを確かめるような迷いか。

 

……判別がつかない。俺はただ、淡々と作業を続けるしかなかった。

 

「……じゃあ、報告書の件は任せた。あと、GWフェスの備品も明日確認しとく」

「はい。ありがとうございます」

 

彼女は深く頭を下げた。その姿勢は整いすぎていて、逆に人間味を感じさせなかった。まるで「丁寧であること」自体を、自分を守るための手段としているように。

 

「それじゃ、打ち合わせはこんぐらいだな。何かあったら連絡する」

「……はい。比企谷くんも、お疲れ様です」

 

そう言い残して彼女はファイルを抱えたまま、静かに部室を出ていった。

扉が閉まる音が、妙に長く耳に残る。

 

……なんだ、あれ。

 

特におかしなやり取りをしたつもりはない。

だが、どこか噛み合っていなかったような――そんな感覚だけが残る。

感謝しているようで、謝っているようで、けれどそれ以上は踏み込ませないような……そんな曖昧な空気。

まぁ、考えすぎか。まだ知り合って間もないんだ、距離感なんて掴めるはずもない。

ふと、机の上に置き忘れられたペンが目に入る。

 

俺は小さく呟いた。

 

「……いや、まさかな」

 

そう首を振って、残っていたプリントをまとめる。ふと窓の外を見ると、日はすでに傾き始めていた。校庭から聞こえる声と風の音が、やけに遠い。

 

……放課後は優木の手伝いもあるしな。

 

なんとなく気が進まないが、仕事だ。そう自分に言い聞かせて、俺は立ち上がった

 

***

 

「であるから、物質にはその結合がいくつかあり――」

「……だりぃ……」

 

全く何を言っているのだろうか。化学の先生は。物質には色々な結合方法があると言われても「あぁ。そうですか」の感想しかでてこない。

 

つーか、そんなことを知って、一体何になるん?

 

あれか?異世界転生した時に向けた準備をしろと?確かに錬金術師やら薬剤師になるための準備なら納得する。確かに、そういった職業になれば、文明の発展度によってはワンチャン先進的な文明高度だから金儲けするには困らないな。それとも、魔法を使用するのに必要な知識なのか?

 

あー……それなら大丈夫だ。AI型CADとか道具を頼ればいい。むしろ道具をうまく使いこなす練習が重要なわけで。まぁ、その練習が想像を絶するほどハードなのは分かる。

何せ、魔法の指導員が別作品から登場しているんだからな。つーか、3作品のクロスクローバーとか、思い切ったことしてくれるよな。十師族序列1位の当主が母親とか、どんだけ設定盛り込んでるわけ?

 

……別作品の宣伝乙。そして、パラレルワールドの俺、ご愁傷様。

 

どの世界線でも不憫な未来を歩む自分自身へ嘆いたところで「キーンコーンカーンコーン」と終礼のチャイムが鳴る。机の上にあるものを片付けては、今日も今日とて部室へと向かう。

 

とはいえ、これで『最後』の放課後活動だ。

 

俺はGW期間までの仮入部。まだ、当日分の仕事は残っているが、学校で行う業務はこれで最後。必要な書類は問題なく仕上げた。これを提出して、優木に当日の内容を説明して……。

 

アレをやらなきゃいかんのだよなー。

 

と、歩きスマホをして、画面に表示されている「今日のタスク」を確認したところで階段を上り終えると、無駄に長い廊下。この廊下の端にある教室が部室。今更ながら「同好会」だから「部室」ではなく「同好会室」じゃないかと思う。

 

……ホント今更だな。

 

視線をスマホ画面から外して、廊下の先に向けると人の姿が目に入る。僅か数週間だが、この廊下を使う人を初めて見た気がする。とはいえ、その人影にはすぐに誰か想像できる。恐らくは、優木だろう。

 

「あれ……中川、か?」

 

同好会室の入り口に鍵を差し込み、ドアを開けようとしている人物はどうやら優木ではない。遠目な上に横顔なのではっきりと分からないが、三つ編みと眼鏡は確認できた。

 

今日は生徒会があるから、こちらには来られないと思っていたが。とはいえ、撮影の立ち合いや書類の戻しなど彼女が「生徒会役員」として同好会室へ来る理由はいくつもある。まぁ、何かしらあったのだろうが、連絡なしとは珍しい……かもしれないな。

 

こちらも長い廊下を移動し終えて、ドアをノックする。すると、部室内からはいつの間にか聞き慣れてしまった「元気の良い声」がする。

 

やがて「ガラガラ」と戸が開くとがすると、姿を見せたのは「優木せつ菜」だった。

 

「比企谷くんっ。お疲れ様ですっ! いよいよGWフェスですね」

「お……おぅ。お疲れさん。今日も宜しくな」

「はいっ!」

 

ふへぇ……。このテンションの高さだけは慣れなかったなぁ……。

 

ひとまず、部室に入るといつも使う椅子に鞄を下ろすと書類を取り出す。SNS用の撮影に入るため、その内容をもう一度確認し、服装や撮影環境を頭に入れ直して、自分の仕事に入る。まずは、彼女の服装。優木は規定通り「制服」を着用している。

 

……よく考えると、制服姿を初めて見た気がする。いつもこの部屋で会う時は練習着だし、フェスのときは私服。つーか、何を考えているんだ?キモくね?

 

次は撮影環境なのだが、これは部室で。ということだから、この教室のどこでもいいのだが、部室の隅には元々手作りした簡易撮影場所があり、どうやらそこで撮影する様で準備を行っている。カメラスタンドを立て、スマホをセットして、立ち位置を確認して。何度もスマホ越しに確認しては簡易スタジオに置かれた小道具を直したりと。その姿は真剣そのものだった。

 

ただ、気になるのは装飾品。……趣味が全開してません??

 

まずは背景。2枚のタペストリーを飾っているのだが、どちらも銀髪碧眼美少女。

 

1つ目は初めて会った時に会話した作品のものだ。たしか双子ヒロインの1人。確かに前から好きなキャラとは聞いていたが、優木のキャラとはちょーっと違う気がするんだが。

 

そして、もう1つは友達の妹が主人公にウザ絡みするアニメに出てくるキャラのもの。たしか、すぐにピーが入る言葉を口にする塩対応なJK。こちらもどちらかというとクールだからさ、優木のキャラとは違うんだが……。

 

まぁ、本人がこれを準備したのだから何も言わないが……俺は、机の上に飾ってあるアクスタの方がいいと思うんだよなー。天真爛漫で元気いっぱいな妹キャラ。気配だけで兄の帰宅を察知して走り出しちゃう狐獣人の子。2期で「お兄ちゃ~ん」ってすぐに抱き着くシーンは八幡的にポイント高いぞ~。

 

……しかしまぁ、改めて優木の制服姿を見ると思うのだが、活発系で童顔・低身長・巨乳。属性盛り込みすぎだろ?

 

ここで周囲を見渡すとあることに気が付く。

 

中川がいない……。さっき見かけたのは、彼女ではなかったのか?もしかして、優木だったのか?だとしたら、2人は似すぎてないか?まぁ、身長とスタイルは同じぐらいだが、あのメガネ姿はなぁ……。

 

「比企谷くん。どうかしましたか?」

 

優木の視線はどこか鋭く「不審者」を見るような目をしている……気がした。

そりゃそうだ。急に部室内をキョロキョロとすれば、身の危険を感じるのは当たり前で。ただでさえ、不審者扱いを受けるのは当然だ。

 

「あぁ。すまん。……中川がいないな。と思っただけだ。さっきこの部室に入るのを見かけたんだがな」

「え!? な……中川さんを見かけたですか??」

「ああ。と言っても遠目だがな。身体的特徴……眼鏡をかけてたし、髪型も編んでいたから、てっきり彼女だったと思ったんだが」

「っ……」

 

やけに動揺してるな。言葉も詰まらせるなんて珍しいな。口を空けてアワアワしてるし。

 

「あは……あはは。じ……実は、私も普段は髪を編んでるんですよ? その……動くときは邪魔になるので、眼鏡ではなく、コンタクトで、このように髪留めをしてまして……」

「あー……なるほど」

 

なるほどな。あれほど激しいダンスをするなら、髪は留めておかないと邪魔になるし、眼鏡も揺れると視界が変化して踊り辛いか。言われてみれば納得だ。

 

「そうか。間違えて悪かったな。中川かと思ったら、優木だったか」

「はいっ。ところで、撮影に入ろうと思うんですが、お手伝いおねがいできますか?」

「あぁ。了解した」

 

優木の言う事は納得できる。とはいえ、中川と優木は似すぎてないか?

……まぁいいか。今は深く考える必要もないことだ。それよりも目の前の仕事を片付けて帰るとしよう。

 

***

 

「んじゃー。お疲れさん。資料と集合場所の確認はよろしくな」

「はいっ! お疲れさまでした。当日はよろしくお願いします」

 

撮影が終わり、スマホの画面を閉じる。フェス前最後の動画。小さな光が点滅をやめた瞬間、胸の奥で小さく何かが終わった気がした。

 

「ふぅ……」

 

短く息を吐いて、照明を落とす。明るい部屋に、静けさが戻った。机の上には比企谷くんがまとめてくれた書類一式。一枚一枚の文字が、几帳面で、無駄がなくて。彼の性格そのままのように感じられる。

 

――本当に、ここまで手伝ってくれて助かりました。

 

撮影を手伝ってくれた比企谷くんは、自分の仕事を終えたところで、帰宅してもらいました。本当にここまで手伝ってもらい、感謝の言葉しかありません。

 

久々にSNS用の撮影も行えました。本来なら、もっと前から更新して、告知・宣伝するものですが、直前での更新のみ。とはいえ「更新できただけ」でも今回は良かったです。今まで全く更新できていませんでしたから。

 

部室の扉が「コン、コン」と訪問者を告げるノック音が2回。比企谷君が忘れ物でもしたのでしょうか。

 

「やはり、いたか」

 

その声だけで、誰かすぐに分かる。平塚静――スクールアイドル同好会の顧問でありこの学校内で「優木せつ菜=中川菜々」を知る唯一の人物

 

「ひ、平塚先生……。お疲れさまです」

「おう。お前が生徒会に提出した書類を点検したので戻しておこうと思ってな」

 

そう言いながら、先生はA4封筒をひらりと掲げて見せた。

 

「そうでしたか。それはご丁寧にありがとうございます」

「いい。どうせ提出はまだ先だ。だが、ついでに顧問として様子を見に来た」

 

先生はいつものように椅子を引き、どっかりと腰を下ろした。窓の外はすっかり赤く染まっている。もうそんな時間か、と時計を見て思う。

 

「……あと数日でGWフェスだな。準備は順調か?」

「はい。珍しく、SNS用の動画もアップできました」

「そうか。だが――」

 

言葉を区切って、先生はじっとこちらを見た。その眼差しは、いつもながら見透かすように鋭い。

 

「GWをもって、同好会を辞めるという話だが……改めて聞いておこう。本当にこれでいいのか?」

「っ……」

 

少しの間、言葉が出なかった。どういうわけか「はい」と口にすることができなかった。どうして変わらない。そう決めていたのだから……。

 

「……はい。学業と生徒会の両立を考えると、これ以上は……」

「嘘は下手だな、中川。顔に出ている」

「えっ……」

「やり切った顔じゃない。むしろ、置いていかれる側の顔だ」

 

どこか見透かされたようで、胸がちくりと痛む。先生は続けた。

 

「なぁ中川。お前、比企谷のことをどう思う?」

「え……比企谷くん、ですか?」

 

唐突な質問に戸惑う。だが、先生の目が「逃げるな」と言っている。言葉を選びながら答えた。

 

「……すごく、真面目で責任感のある方です。仕事内容も丁寧で非常に優秀な方ですね」

「確かにその様だな。出された書類を見る限りは穿った見方をしているが……」

「はい。書類の整理も、段取りの確認も、全部完璧で……。気づくと、自然と助けられているような――そんな人だと思います」

「ふむ。……だが、お前は『結果』しか見ていないな」

「え……?」

「行動の裏を、見ようとしていない。比企谷は『どうしてそう動くか』を理解されにくい男だ。だからこそ、お前のように理屈で判断する者は、彼を見誤る」

 

先生の言葉は柔らかいが、芯がある。言葉の意味を考えようとするたびに、胸の奥が重くなっていく。

 

「……私、見ていないんでしょうか。彼のことを」

「見ているようで、見ていない。そういうことだ」

 

短く言い切ると、先生は肘をつき、視線を窓の外に向けた。

 

「お前が他人と距離を取るのは、『前の件』があるからだろう」

「――っ」

 

空気が張りつめる。「前の件」それは、私のせいで――同好会の仲間が何人も退部してしまったこと。

 

 

 

言い訳のしようもない。あのとき、自分の理想を押しつけた。

 

 

 

 

私の思う「大好き」を押し付けた。

 

 

 

 

その結果、誰かを傷つけて、それでも笑顔で立っていられるほど強くはなかった。

 

 

 

 

「……私には、もう踏み込む資格なんて……」

「違うな」

 

先生は即座に言葉を遮った。

 

「踏み込まなければ、誰の隣にも立てない。お前が怖れているのは、失うことじゃない。

 

『もう一度繋がること』だ」

 

その言葉は、静かで――けれど、真っ直ぐだった。俯いた視線が、自然と机の上の本にむく。そういえば、比企谷君も読んでいたというライトノベル。話が盛り上がったシーンが頭の中で再生される。

 

『行かせてもらう。君を守るために』

『行かせはせぬ。お前を守るために』

 

屈指のシーンは魔王様が常に相手の事を考え、行動の裏を読むことで、友である勇者が転生していたことに気が付いたことで、生まれた。

 

「……どうしたら、いいのでしょうか」

「簡単なことだ」

 

先生は立ち上がり、私の肩に手を置いた。

 

「もう少し踏み込んでみろ。そして――彼を、この同好会に正式に誘ってみろ。お前が自分の『本気』を見せるきっかけにもなるはずだ」

「……私が、比企谷くんを……」

「そうだ。お前が逃げない限り、まだ遅くはない」

 

先生はそれだけ言うと、扉の方へ向かう。ドアノブに手をかけたまま、振り返らずに言葉を落とした。

 

「GWが、お前にとっての『選択の場』になる。……期待しているぞ、中川」

 

扉が閉まり、部屋に静寂が戻る。胸の奥に残った言葉が、いつまでも消えなかった。

 

 

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