前回のあらすじですが、
・八幡さんと菜々さんは昼休みに相談をしました。
・八幡さんが企画書を材木座さんに提出しました。
・材木座さんは八幡さんの企画書にNOを突きつけました。
今回は、今章の最終話です。
今後も細々と執筆してまいりますので、引き続き、私の妄想ごとにお付き合いいただければ幸いです。
唖然とする俺。
気まずい表情を浮かべる優木。
意外に冷静なすまし顔の材木座
同好会室の空気はワチャワチャしたものから一気に冷え込む。
「足りないか……。何が足りないか具体的に説明しろ」
絞り出した俺の問いかけに、材木座はふんと鼻を鳴らし、大袈裟に首を横に振ると、ガバッっと勢いよく立ち上がる。
……これでただ「言いたかっただけ」とか言ったらマジで覚えておけよ?今後はこの部屋への出入りを禁止にするからな。
「そう急かす出ない」
材木座は企画書を閉じて机の上に置くと、こちらに視線を向ける。
「この企画書、構造としては実に見事じゃ。加えて、お主たちの立ち位置も分かりやすかった」
「そうか。それは良かった」
材木座が手を後ろに組み、ゆっくり歩きだし、俺に歩み寄ると、ホワイトボードの前に立ち「失礼する」と言ってマーカーを手に取る。
……癖に変な雰囲気を出すな。材木座の癖に。あと、近寄るな。暑苦しい。まぁ、別の場所に移動しておくか……
材木座はスラスラと書いていく。内容は現状の同好会体制を書きだす。
……改めて見ると、演者の優木と何でも屋の俺。プロデューサーの隣に俺の名前があるが、これは名ばかりだ。
「八幡よ。この状況で、お主の提案はSNS用動画の撮影を含めて我に広報を一任したい。それで間違いはないか」
「……ああ。そうだが」
俺がそう答えると、材木座は「ふむ……」と考え込む。
「この企画書には方針に関する記載がない。となると、具体的にはどこまで我に任せるのだ?」
……その通りだな。そこに疑問を持つのは当然か。一任するなんて言葉を使っているが、言い方を変えれば丸投げとも言える。
「それこそ、優木嬢の本業はアイドルであり、そこへ邪魔にならないとなれば、一体どれだけのスケジュールを貰えるのかによって打てる手も変わってくるぞ?」
「あぁ……。そうだな」
えらく冷静だな。材木座のクセに。だからだろうか。コイツの言っていることは至極真っ当に聞こえる。
文句ばかりが頭を通過するが、コイツの質問に対する言葉は何1つ浮かばない。思わず、視線をホワイトボードの端へと逃がした。
材木座の指摘はもっともだ。
可能ならば毎日複数回更新した方が情報の鮮度も深度も変わってくる。ただ、それは現実的に不可能だ。それこそ、「やってみたはいいが、部の活動方針と違うから、やっぱなし」となることを避けたいのだろう。つまりは、意識のすり合わせってやつか。
……普段はコミュニケーションを取らないくせに、こういうところで真面目さを発揮すな。
背中にはこの前とは異なる汗が流れる。
「役割を分担し、個人の負担を減らし、効率化を図る。そして、足りない部分は我に頼る。八幡らしい冷徹なまでの合理性と言えよう」
言葉の出ない俺を尻目に材木座は更に「スケジュール」「媒体」「更新頻度」と自分の目的に必要な項目を書き連ねる。
突如、カタンと音がする。
思わず音がした方へ視線を向けると、どうやら材木座は使うマーカーを変えたのか、黒マーカーを置くと赤マーカーを手に取り、中央に大きく「目的・課題」と書き連ねる。
その文字を見た瞬間、頭の中のパズルが少しずつ組上がっていく。が、最後のピースがはまらない。
……いや。はめられないのかもしれない。
「しかし、八幡よ。お主は一体、我に何をさせたい?そもそもSNSで何を解決させたいのだ?」
言いたいことを書き終えたのか、今度はマーカーをそっと置く。そして、振り返ると俺の方を向く。
……さっきから表情を変えないのが妙に腹が立つ。
いつもはいい加減な癖に、自分の得意なフィールドでは意外なまでに知性を見せやがって。
ただ、お前の言いたいことは分かる……悔しいけどな。
少しだけ視界が消えるほどのまばたきをしたときだった。
『始まったのなら貫くのみです!』
視界に優木が目に入る。彼女の表情は妙に自信満々だった。それは、俺に正体を明かし、勧誘した時の表情。実に楽しそうで、自信に満ち溢れていたことを覚えている。
……はぁ。そんな表情されたらさ……。
本当は優木を巻き込むつもりだったんだけどな。
この同好会に入ってから、予定通りに事が進んだことが1つもないんだが。初回のフェスも、GWのフェスも。
そして今回も。
……はぁ。やるしかないか。
「あぁ……。それなら1つだ。『人を集める』ことだ」
……あーあ。言っちゃったわ。俺が。
長年のひねくれ生活で培われた省エネ精神と、社畜精神のハイブリッドに求められることじゃない。ボッチは他人との関係を「持たず」「作らず」「持ち込ませず」なんだよ。
そんな俺が人集めとかねーよな……。
「人集めとな? ファンを集めることでよいのか?」
「いや。そうじゃねぇ。もちろん、ファンを集めることは重要だが、それだけじゃ『ラブライブ』は優勝できねぇ」
「ふむ。それはプロデューサーとしての意見か?」
「……あぁ。そうだ」
「ラブライブ優勝とな……」
「あぁ。それがこの同好会の目標だ」
視界中央の材木座と端にいる優木の表情が同じタイミングで「驚き」に変わる。
「ラブライブ優勝にはファンもそうだが、裏方も人は必要だ。それこそ、作詞、作曲、編曲、振り付けに衣装。フェスに出るためのスケジュール調整に必要書類の作成。どれだけ人がいても充足することねぇ。それを優木1人でやろうなんて無理だ」
「ふむ……」
「あぁ。だからSNSで『人集め』をする。その手始めに、材木座。お前には広報を任せる」
そう言い放ったとき、初めて自分の身体が熱い事に気が付いた。運動したときや風邪で熱が出たとは違う。
……明らかに優木に感化されたかもしれない。
「良いものじゃな。相棒からの信頼とは。実に心に響く言葉じゃったよ」
材木座は再び俺の作った企画書を手に取り、パラパラとページをめくる。俺は小さくため息をつき、パイプ椅子の背もたれに体重を預ける。
「で。やんのか?」
「無粋なことを聞くやつじゃな。ここで背を向けるなんてできるわけなかろう」
……おい。急に表情を変えるな。眼鏡を「クイッ」とするな。
けど、俺もお前と同じ、少し悪い顔をしてるんだろうな。
「ところで八幡。先ほどの口ぶりから、お主がマネージャーも兼任するのか?」
「あぁ。当面はな……。優木のスケジュールから、どの活動にどれだけの時間を割り当てるか決めて行く」
……言ってしまった。これで後戻りはできない。
「とはいえ、現状はほとんど把握してねぇ。そもそも曲を作るのにはどれだけ時間がいるのか。曲の振り付けにどれだけの練習量が必要なのか。普段の練習量とか、衣装作りとか、そういう細かいところも詰めて行かなきゃならねぇ。やらなきゃならないことも山積みだ」
言いながらホワイトボードに書き込む。
「ふむ……その手の事は我の専門外だな。ならばこその人集めか」
「そういうことだ。っつても当てもない。だからこそ、SNSとかで人が引っ張って来ることができれば最高だが……」
そんな都合よく事が運べばいいが……な。まぁ、当分は戸塚さんに相談して、運営側の補助を受けるしかねーな。
「で、あるか。……ふむ。腕がなるわな」
「……ボキボキと骨が折れた音じゃなきゃいいがな」
「お主は我を頼るのではないか?」
「……結果を出せって言ってるんだよ。そんぐらいできるだろ? ……剣豪将軍」
「おぉ! 良かろう! 将軍の名に懸けて、果たして見せようぞ!」
ふぅー……。なんとか説得できたようだな。
「お二人とも、白熱する議論、お疲れさまでした。実にお見事でしたよ」
優木は小さく胸元で拍手すると、満面の笑みを浮かべていた。
「では、さっそく1つずつ課題を解決していきましょう!」
えー……休憩しない?
****
「では、我は持ち帰って仕事に着手するとしよう」
「はい! 材木座くん。よろしくお願いします」
優木が元気よく返事をすると、材木座は振り返ると共にトレンチコートをなびかせて、同好会室を後にする。
あの後、優木と材木座と3人でテスト前にできることを出し合い、せっかくの流れを逃すのはもったいないと改めて結論が出たところで、スケジュールの許す範囲で何をするかを話し合った。
その結果、まずは同好会の公式アカウントで「感謝のメッセージ」を投稿すると共に、材木座個人のアカウントで「今後も作品を実写化する」と優木の投稿を引用する形で投稿。材木座の方で、寄せられたコメントから次の投稿動画案を練ってくることに。次回の議題として、HP改修案のたたき台を作成するところまで決まった。
目標は決まっている。とはいえ、そのために何をするかを考えることとも重要だが、できることをやっていくことも重要と、共通認識を持ったところで、話し合いは終わる。
「……はぁ~」
マジで疲れた。身体の芯から溜まった疲労が口から出て行く。
「本当にお疲れさまでした。比企谷くん。改めてお見事でした」
「あぁ。マジで疲れた。もう1か月分の仕事はしただから、後は任せていいか?」
「ダメに決まっています。先ほど、テスト後に集まると決めましたよね」
「……もう忘れたわ。そのこと」
「ふふふ。面白い冗談を言うのですね」
優木は口に手を当てて、クスクスと笑う。
「ところで、比企谷くん。1つお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「とりあえず、聞くだけ聞くが?」
「ありがとうございます。では、遠慮なく」
そういうと、優木は姿勢を正して、俺の正面を向く。その表情はとても真剣なものだった。
「お昼休みに、私次第と仰っていましたが、結局比企谷くん1人で説得できていましたよね? 本当はどのようなプランだったのでしょう?」
「あぁ。そのことな」
そーいや、言ったなぁ……。
「材木座がまさか真面目に話してくるとはな……」
普段の材木座なら見掛け倒しの強気なテンションで自分の要望ばかり要求してくるだろう。だからこそ、こちらは「この要求を飲めば、叶えてやる」と強気な交渉に出れば、あとは勝手にアイツが要求を下げ、こちらの無理な要求を飲むだろうと踏んでいた。
が、実際は違った。俺の企画書から真意を読み取り、できないものは追及する。と、実に冷静な行動を見せた。
こんなん予想できるわけない。本当に予想外の出来事だった。
「アハハ。確かに昨日の高いテンションに比べると予想外でしたよね……」
優木さん。隠そうとしてますけど、隠せてないからね。苦笑いというか呆れ笑いが。
「昨日の調子なら、勢いでこちらが優位な交渉ができると踏んでいたんだがな。なんなら地下帝国に強制労働までさせても問題なかったからな」
準備していた会話デッキは即破壊されたわけだが、まぁ……「目は口程に物を言う」というが、材木座の真剣な目を見て、コイツの本気度が分かった。
だからこそ、誤魔化すことなく説明した結果、上手くいったわけだ。完全に偶然だが、結果上手くいったから良しとしよう。
「比企谷くんと材木座くんはどんな関係なんですか!?」
「……なんだろな?」
……苦笑いを隠せよ。
「どうして疑問系なんですか……」
だから隠せって……
「でも、素敵でしたよ? 先ほどの比企谷くん」
「……いきなりなんだよ」
嬉しそうな表情して……。まさか俺も地下帝国で強制労働させられるのか?
「あれだけ凄いものを見せてもらいましたからね」
「……おい」
何だよ。急に……。
「いいじゃないですか。どちらも本音の言葉と言葉でぶつかり合ったからこそ、しっかりと着地したわけですから。それも最高の着地点だったと思いますよ? それに心強い仲間が増えたわけですから」
「おい。やめろ。仲間じゃねぇよ……」
……その週刊少年誌みたいな展開に持ち込むな。
「あら、否定するのですね」
「当たり前だろ……」
はぁ。なんかこう、毎回毎回、この手の会話パターンに持ち込まれる気がするんだが、気のせいか?俺の扱われ方、テンプレ過ぎねぇか?
「ですが――」
優木は少し悪戯っぽく目を細めると、俺の顔を覗き込むように少しだけ距離を詰めてくる。
「先ほど『もう1か月分の仕事はしたから、後は任せていいか?』と仰っていましたよね? あれも、本気だったのでしょうか」
「……あれは別腹だ」
「別腹なのですね」
思わず素で突っ込まれた。心外だ。
「あのな。人間ってのは、頑張った直後こそ一番サボりたくなる生き物なんだよ。達成した瞬間気が抜けるのは自然の摂理だ」
「達成した瞬間に次の仕事を放り投げようとするのも、自然の摂理なのですね」
「うっ……」
反論できねぇ。正論すぎる。
「ふふ。まぁ、それも含めて比企谷くんらしいと思いますが」
……フォローになってねぇぞ、それ。
優木はそこで一度、視線を落とす。何か考えをまとめているような、そんな間があった。
「あの……もう1つ、聞いてもいいですか?」
「さっきからそればっかだな。まぁ、いいけど」
優木は小さく頷くと、改めて俺の方を見た。その目は、先ほどまでの悪戯っぽさが少し引っ込んで、代わりに何か確かめるような、真剣な色を帯びていた。
「比企谷くんは、面倒なことは全部避けたいはずですよね。それこそ、最初は材木座くんへの対応も、私に任せようとしていたくらいですし」
「……あぁ、それは否定しねぇ」
「なのに――」
優木は言葉を選ぶように、少しだけ間を置く。
「本当に必要な時だけは、逃げませんよね」
……その一言が、思ったよりも真っ直ぐ刺さった。
「……買いかぶりすぎだ」
「そうでしょうか」
食い気味に返された。しかも、確信を持った声色で。
「私、比企谷くんのそういうところ、何度も見てきましたから」
……おい。何だよ、その言い方。まるで、これが初めてじゃないみたいな言い方するな。
いや、初めてじゃねぇんだよな。実際。
考えてみりゃ、フェスの時もそうだった。逃げ道はいくらでもあったのに、何だかんだで最後まで付き合った。今日だってそうだ。
……こいつ、本当によく見てやがるな。
「別に、そんな大層なもんじゃねぇよ。ただ、面倒なことを後回しにすると、もっと面倒なことになるって経験則があるだけだ」
「それも、立派な理由だと思いますが」
くっ……。何を言っても、こいつには全部拾われる気がする。
なんつーか、こう……調子狂うんだよな、優木といると。
いつもなら、はぐらかして終わりにできる会話も、なぜかコイツ相手だと、最後まで付き合わされる。
「ま、まぁ……。とにかく、今日はもう疲れた。この話は終わりだ」
「はい。今日は、ありがとうございました」
……その「ありがとうございました」が、やけに柔らかい声だったのが、地味に引っかかった。
***
「ふぅー」
材木座くんに続き比企谷くんも帰宅後、着替えを済ませて髪を結び直すと、鏡に映る空の色はオレンジ色で、同好会室には、わずかに西日が差し込んでいました。
撮影用の小物やタペストリーが並ぶ、見慣れたはずの空間に、今は私一人だけです。
身支度を済ませたところで、今日の一幕を思い出しながら、次回に向けた資料を軽くまとめていたところで、控えめなノックの音が響きます。
「はい。どうぞ」
数秒の間を置いて、扉がゆっくりと開きます。この、いつも通り律儀に返答を待ってくださるところ、先生らしいですね。
「邪魔するぞ」
「平塚先生。お疲れ様です」
「少し時間を貰うぞ」
平塚先生は定位置となる椅子に座り、ゆっくり寛いでいます。……少しお疲れの様子ですね。
「まぁ、『若手』の私には多くの仕事が回ってくるんだよ。私は『若手』だからな」
「……あはは」
自然と心を読まないで下さい。先生。凄い第六感ですね……。ちょっと怖いです。
「そういえば、テストはもう間近だろう。中川は当然、心配ないのだろうが」
「はい。一応、対策は済ませています」
今回のテスト勉強は比企谷くんのおかげで、しっかり準備できています。本当に彼には感謝しかありません。
「うむ。優等生は違うな。……で、比企谷はどうだ」
「……比企谷くんは、少々怪しいかもしれません」
不思議でしかありません。どうしてあれだけ自慢げに「理系科目が存在しない」と言えるのでしょうか?そもそもしっかり存在しているのですが……。
「だろうな。あいつの成績表は、見ていて胃が痛くなる。国語はできるクセに……」
先生は小さくため息をつくと、少しだけおかしそうに笑いました。こういう何気ないやり取りができるのも、この部屋の落ち着いた空気のおかげでしょうか。
「さて――」
先生の声色が、ふと変わります。雑談から、本題への切り替え。何度かこの部屋で先生と話してきたので、その空気の変化には、もう慣れたつもりでした。
「先ほど、比企谷が報告に来た。どうやら、材木座が広報活動を『委託』という形で参加するようだな」
「はい。きちんとした議論があり、双方が納得した上で材木座くんが受託してくださいました」
「そうか。入部はしないから『外注』ということか。委託とは言えて妙だな」
「それもこれも比企谷くんの考えです」
「そうかそうか。アイツも頑張っているわけか」
「実に頼もしい限りです」
先生は満足そうに頷くと、椅子に深く座り直しました。ですが、その所作の合間に見せる沈黙は、いつもより少しだけ長く感じます。世間話の延長線のはずなのに、どこか値踏みされているような、そんな気配が漂います。
「中川。改めて聞くが、君は比企谷をどう見る?」
「……比企谷くんですか?」
唐突な『2度目』の質問。
「そうですね。責任感が強く、判断も早いという評価は変わりませんが……」
これは初めてのライブからそうです。彼は割り当てられた仕事を、最後までしっかり努めてくれました。また、そのプロセスに至るまでの判断も早く、時間のかかる書類仕事も期日までに完了してくれました。
「何やら、行動の源泉が『ネガティブ』な感情な気がします」
「ほぉー。続けたまえ」
「はい。結論は効率を重視するとても素晴らしいものですが、過程は『熱意』はなく、面倒ごとを早く片付けるための思考回路から生み出されたものでしたので」
「ふむ。では、推測で構わん。どうして比企谷はその過程に至るかわかるか?」
「妹さんから聞いた情報を元に考えると『優秀さ』から1人でこなしてしまうのでしょう。次第に1人で完結させることが当たり前となった結果、彼の中で『手間』を感じるようになったのでしょう」
……ここまでは、以前先生に申し上げた内容とほとんど同じです。分析としては、恐らく間違っていないと、今でも思っています。
ですが。
今日の一幕を思い出すと、その分析だけでは、何かが足りない気がしてなりません。
「先生。1つ、訂正させてください」
「ほう?」
平塚先生は少しだけ目を細め、続きを促すように黙り込みます。
「先ほどの評価に、少しだけ付け加えたいことがあります」
今日の材木座くんとの一幕を、思い出しながら言葉を選びます。
彼は、材木座くんの真剣な質問に対して、最初は言葉に詰まっていました。恐らく、心のどこかで「私に任せよう」という逃げ道を、無意識に用意していたのだと思います。それは彼にとって、いつもの「省エネ」の選択だったはずです。
……でも、彼はそれを選びませんでした。
「比企谷くんは、確かに怠惰なところがあります。面倒なことは後回しにしたがりますし、正直なところ、いい加減な発言も多いです」
「ふむ。手厳しいな」
「ですが」
一度、言葉を切ります。
うまく言葉にできるでしょうか。あの時感じた、胸の奥がざわつくような感覚を。
「本当に必要な時――誰かのために決断しなければならない時だけは、絶対に逃げません。今日、材木座くんとの話し合いでも、最初は私に頼るつもりだったはずなのに、最後は自分の言葉で、自分の責任で答えを出していました」
言葉にしてみて、改めて実感します。
これは、分析ではありません。もっと単純な――もっと、個人的な感情に近いものです。
「怠惰で、いい加減で……でも、いざという時の責任感と決断力だけは、本物です。それは、最初にお会いした時から、変わっていません」
言い終えて、少しだけ気恥ずかしさを覚えます。……熱く語りすぎてしまったでしょうか。
平塚先生は何も言わず、ただ静かにこちらを見つめています。その視線の意味が読み取れず、少しだけ落ち着かない気持ちになります。
「……そうか」
平塚先生は、ただそれだけを呟くと、小さく口の端を上げました。何かに納得したような、それでいて、どこか面白がっているような、そんな表情でした。
「中川。今の言葉、比企谷本人には内緒にしておけよ」
「……はい?」
「知られると、調子に乗るからな。あいつは」
先生は椅子から立ち上がると、窓の外に視線を向けます。
「まぁ、いい。存外、悪くない組み合わせかもしれんな」
その一言の意味を、私はまだ、正確には理解できていません。
……ただ、なぜだか、その言葉が妙に胸に残りました。
先生を見送ったあと、一人になった同好会室で、私はしばらくの間、椅子に座ったまま動けずにいました。
先生を見送ったあと、一人になった同好会室で、私はしばらくの間、椅子に座ったまま動けずにいました。
比企谷くんは、私が何かを「与える」対象だと、これまでどこかで思っていた気がします。時間を割いてもらう。労力を割いてもらう。そういう、一方通行の関係だと。
でも、今日彼が見せたものは、それとは少し違う気がしました。
彼は、私が言葉にできずにいた「弱さ」を、代わりに引き受けてくれた。それも、恩着せがましくなく、ただ当たり前のことのように。
……不思議な感覚です。
うまく説明はできませんが、少しだけ、心の中の何かが動いた気がします。
窓の外はもう、すっかり夕暮れの色に染まっていました。