前回のあらすじですが、
・平塚先生から期末の赤点(理系3科目)を菜々さんの前で暴露されてしまいました。
・体育の授業中に材木座くんとペアを組んだ八幡はSNS投稿内容の分析結果を聞きました。
・片付けの最中、八幡は以前にも覚えのある視線を感じました。
今後も細々と執筆してまいりますので、引き続き、私の妄想ごとにお付き合いいただければ幸いです。
※26.10.17 誤字修正
放課後。終礼が終わると相変わらず騒がしくなる教室。そそくさと抜け出し、一度自販機に寄るのが日課なわけだが……
「ガコン」
やっぱり、疲れた時に元気をくれるMAXコーヒー。なにせキャッチコピーは「元気MAX」だからな。体育の疲れを取るのにはうってつけ。
カシュっと音を立てて、琥珀色の液体が少しだけ吹き出す。
「ふむ。お主もここで小休憩か」
「……んだよ。お前もか」
後から現れた材木座も飲み物を買うと、勢いよく飲み始めてはあっという間に飲み干す。どんだけ喉が渇いてたんだよ。
「ふむ。では参るとしよう」
材木座は飲み干したペットボトルをゴミ箱に捨てると、コートを靡かせて校舎に向かって歩き始めるのだが……
いちいちカッコつけるなよな。そして、仕切るな。
意味もなくカッコつけて闊歩する材木座。当然、他人のフリをして離れて歩く。リスク回避は必須だからな。
あまり通らない通路を歩いて行くわけだが……よく知ってるな。
目的地へ行く道すがら、校舎の裏道を通ると同好会室のある特別棟1階保健室横を通る。そこは、人通りも少なくてベンチもあり、大きな木もあって過ごしやすそうだな。
「八幡。どうしたのだ?」
「あぁ。悪い」
……明日から暇な昼休みはここで飯をするのはアリだな。
新しい発見がありつつ、何だかんだ同好会室に到着。
……って
「待て。材木座。何しようとしてるんだよ。バカ」
「何って中へ入るのだが?」
「お前なぁ……」
やっぱりな……。
「いきなりドアを開けるやつがいるか。着替え中だったらどうするんだよ。考えろよ」
「おぉ……それはスマヌ」
ったく……。何をしてくれてるんだよ。部屋の中は人の気配もあるんだろーが。
「コンコン」といつも通りノックをし、待とうとしたところで――
「はい! どうぞ」
秒も待たなかったよ。即反応ときたもんだ。
応答があってから同好会室の扉を開けると、いつも通り、テンションが高い優木が待ち構えてたよ……
んー……よく考えたら、体育着から制服に着替えて終礼、そこから練習着へと何度も衣装チェンジ。
なんともまぁ、ご苦労なことで。アイドル必須スキルの「早着替え」がそろそろパッシブスキル化したのか?
「お二人、一緒なのですね」
「うむ。我と八幡は一心同――」
「たまたま自販機で一緒になっただけだ」
「食い気味の反応……。何かあるのですか?」
「別に何もない。材木座。とりあえず、優木とも共有することあるだろ? さっさと始めろ」
どかっと定位置に座ると、いつものようにノートを取り出す。必要事項は書き溜めておかないとな。
……あ?
視線を感じて顔を上げると、優木がこちらをじっと見ていた。表情自体はいつも通りの微笑みなんだが、目だけが全然笑ってない。完全にジト目だ。
……おっかねぇ〜。マジで怖いんですけど。
どうしてそんな表情してらっしゃるか分から……なくないんだよなぁ。どうせ、昼のことだろうな……
「優木。ひとまず、材木座もいるから。昼の件は後ででいいか?」
「……わかりました。ですが、必ず議題に上げますからね」
「……何もなければな」
とりあえず、面倒ごとは後回しだ。そのうち、別のことでまた後回しになって、何だかんだ有耶無耶になることを願うしかねーな。
「材木座。始めてくれ」
「うむ。承知仕った」
材木座……いつのまにかホワイトボードの前にいるんだよ。しかも、議題をきっちり書いてあるし。準備万端かよ。
「さて。八幡には繰り返しになるが、分析結果が出たので、優木嬢にもお伝えしよう」
材木座は俺と優木に「第1回 投稿内容の分析結果」と書かれた資料を渡してくる。
……気合いの入れようが違うな。よくこんなものを作ったな。
「では、この資料に沿って説明を行う。では、2人とも1ページ目は目次ゆえ2ページ目から頼もう」
「お……おう」
……なんで1ページ目に目次があるんだよ。会社資料じゃねーだろうが……
材木座が「うぉっふぉん」と大きくわざとらしい咳払いをしてから、説明に入ると、さっきまでの浮ついた空気が急に引き締まる。何なら、フェス前のブリーフィングと同じだ。
重いのはお前の……いや。これ以上は言っちゃダメだな。
とりあえず、材木座の説明を聞きながら、作った資料をペラペラとめくっていく。意外に見やすくまとめられた資料だからか、要点がすんなりと頭の中に入る。
ふむ……
コイツの熱量も相当やべぇなぁ。「手作業で調べたから精度が低い」とか書いてあるけどさ、サンプル数が1000って。どういうことだよ。
優木の投稿にリアクションしたユーザーを性別・年齢別にまとめ、好意的なものか、批判的なものかをまとめたようだが……
これを1つ1つ調べるとか、どんだけ時間かかるんだ? 1つ調べるのに3分程度だとしても3000分だから……フルで稼働して大体3日か?ダメだ。よくわからん。
「材木座くん……コレですが……」
「ふむ。何だろうか」
優木が肩をピクピクと震わせ、口元が若干ピクピクと引きつっているようで。……まぁ、そうなるわな。
「このデータ、1人で集計されたのですか?」
「いや。流石にこの物量を1人でとは言わぬ。遊戯部の面々にも手伝ってもらった」
……は? 遊戯部? まさかコイツ……1次請けが2次請けに回したか。労働力を更に安く買い叩いたな、コイツ。
「材木座。お前、遊戯部まで巻き込んだのか」
「うむ。先方にも色々と貸しがあってな。良い機会ゆえ、手を借りることにした」
そう言い切ると、自信満々に腕を組む材木座が視界に入る。
つーか、腕を組むな。鼻を鳴らすな。堂々とするな。ちゃっかり配下がいますよアピールを俺にするな。
……別に悔しくなんかねーからな。やっぱり、一心同体なんかじゃねーな。
「材木座くん。失礼ですが、遊戯部の方々にはきちんとお礼をされたのですか?」
「無論だ。皆、興味本位で楽しんでやってくれたようだぞ」
「……それならいいのですが」
優木の声のトーンが、心配を隠しきれていない感じで、珍しく素の表情が出ている。……まぁ、気持ちは分かる。コイツがどこまで本気で、どこまでやせ我慢かが、俺にも判断つかねぇからな。
「さて。続きだが――」
材木座の説明は、そこからさらに熱を帯びていく。「有意差」だの「エンゲージメント率」だの「標準偏差」だの。
……数学の先生か?お前は。5時間目の数学でも散々聞かされたのに、放課後にまた聞くとは思わなかったわ。
優木の方をちらっと見ると、こちらは真剣な顔で頷きながらメモを取っている。
「して、ここからが本題だ」
材木座がホワイトボードに向き直り、結論部分を大きく書き記す。
「優木嬢。意外に同性からの人気があるようじゃな」
「そのようですね。このデータでよく理解できました」
「……」
……どうやら、数学ができる人間にはよく理解できる内容らしい。ちょっとは真面目に数学の授業に取り組むか。
「後悔先に立たず」とはよく言ったものだな。昼休み後の俺に言ってやりたい。
そもそも、今回の投稿は「バトルもの」だから男性人気を狙ったものだったが、予想外に女性からリアクションが多かったから女性人気を活かして投稿する。どうやらその程度の理解ではないことは理解した。この「予想外」というが、どの程度を予想していたのか。そして、その予想値をどれだけ上回ったか。材木座は他のスクールアイドルを参考に算出した数字と比較した結果らしい。
……材木座が有能で良かったわ。
「八幡の『人が足りない』というのが、我にも理解できた。統括者としての先見の明、流石であるぞ」
「そのようですね。比企谷くんの仮説が正しかったということがよく理解できました」
「……別に、そんな大層なことは言った記憶はねぇぞ?」
何やら2人からキラキラした視線を向けられている。それは感嘆や羨望といったもので……。おかしいな?どうして、俺はこんな視線を向けられている?
本当に別に大したことを言った覚えはない。人が足りないのは事実で、それは仮説でも何でもない。実際に、作業してそう実感した俺の経験談に過ぎない。
……勝手に持ち上げられた気分で、気持ち悪い。
「照れていますね。比企谷くん」
優木は今度は嬉しそうにそう俺に語りかけてきた。その途端「勝手に人の気持ちを決めつけるな」と口から出そうになった瞬間、自分の顔が熱いことに気が付く。
「うむ。珍しく顔に出ているぞ?」
追い打ちをかける材木座には嫌悪感を覚える。……一瞬にして顔の熱が引いていった。
「ひとまず、俺のことはいい。で、材木座よ。具体的にどう進めるんだ?」
「そのことだが、次のページ以降にまとめてある。そちらを使って説明をする」
「はいっ! よろしくお願いします」
……まだ続きがあるのかよ。
***
翌日、昼休み。
購買でパンとMAXコーヒーを確保し、昨日見つけた特別棟1階、保健室横の一角へ向かう。
……おお。やっぱり良いな、ここ。
人通りは少なく、ベンチもあって、頭上には大きな木。木漏れ日がちょうどいい具合に日差しを遮ってくれる。誰にも話しかけられず、誰にも気を遣わず、ただ飯を食う。理想的な環境だ。
……ここを俺のベストプレイスとして改めて認定しよう。異論は認めない。そもそも、異論を言ってくるやつがいない。
ベンチに腰を下ろし、パンの袋を開けながら、昨日の会議資料を広げて、無理やり視界に入れる。
……しかし、よくできてんなぁ。
せっかく糖分とカルシウムを摂取しているのに、イライラが溜まってくる。セロトニンがサボってやがるし、カルシウムに至っては迷信だと言われる始末。……全く、カルシウムさんも飛んだ風評被害を受けたものだな。
パラパラと資料を読み返していくうちに、問題のページに到達する。女とは無縁なはずの材木座が調べた現状の課題点が色々と列挙されている。女性ファンは共感してもらえるようなアイキャッチが重要で、「衣装」や「小物・アクセサリー」など色合いに注意しなきゃならないようだ。
コレ、本当にあってるのか?
サンプル1:我が同好会唯一の女性・優木せつ菜さん曰く「ピンときませんね」だったからな……。
サンプル2:マイラブリーリトルシスター・小町が読む偏差値低めな雑誌は材木座の分析通りなんだよな。
昨日、試しに目を通したら、うっかり小町に見つかって「お兄ちゃん……まさか……だよね?」とこの世の終わりみたいな顔されたわ。
何が「まさか」なのかな?小町ちゃん?
結局、男であり、女性と無縁な俺には現状では結論が出せないことがわかり、こればかりは手数勝負で情報をかき集める方が得策では?と先延ばしにすることが決まったところで、資料を閉じる。
すると、少し強めだが心地よい風が吹く。
臨海部に位置するこの学校はお昼を境に風向きが変わる。朝方は海から吹き付ける潮風が、まるで元いた場所へ帰るように陸側から吹く。その風を肌で感じながら1人で過ごす時間が俺は嫌いじゃない。
「……比企谷くん?」
……1人じゃなくなりました。聞き覚えのある声の方へ視線を向けると、小脇にファイルを抱えた中川が立っている。
思わず唾を飲み込んだ。ブレザーが風で少しだけ靡く中、髪をかき上げる姿は何とも神秘的であり、その容姿が周囲とは頭1つ……いや、2つは抜けていることに改めて気付かされるほど、見入ってしまう。
……本当にあれだけ激しく動き回るアイドルと同一人物なの?
「おー。昼休みも仕事か?」
「ええ。保健室の利用者状況を確認していました。この時期は大会前ということで、怪我が多いようで」
「……相変わらず、生徒会も大変なんだな」
「そうでもないですよ? 材木座くんのような分析は全く要らないので」
「あれと比較するのはどうかと思うぞ……?」
「あはは……」
中川も苦笑いを浮かべるということは、材木座の分析はそれほど衝撃だったのだろう。
「ところで、比企谷くん。資料の内容で相談があるのですが……」
「……ん?」
先ほどまでの落ち着いたトーンの声から急に慌てた様子が伝わってくる。
「材木座くんからいただいた洋服リストやアクセリストなのですが……」
「あぁ。無駄にパターンが多いヤツな」
「……その……実は……ほとんど所持してなくて。どれも組み合わせることができなくて……」
「……マジかぁー」
この同好会、トラブルが毎回起こってないか?順調に進むことがこの先あるのか心配なんだが。未来を悲観するのはいつものことなので、ひとまず置いておこう。
女っ気もなければ、ファッションにも全く明るさがない俺にわざわざ相談してきたということは、小町に頼みたいということだろう。イマドキJCの小町なら、流行はしっかり押さえている。小物なら借りられなくはなさそうだが……
抗ってみたが、女性の象徴へ視線が勝手に向いてしまった。仕方ないだろ?確認しなきゃだからな。
と、散々わかり切っていたことではあるが、洋服は無理だろうなー。身長は大して変わらないんだが……
「ええ。そこで、大変申し訳ないのですが、小町さんに都合が良い時に、買物にお付き合い頂きたいのです。ですが、小町さんは受験ですので……」
……あぁ。買いに行くのね。そこで、誘うタイミングを知りたいと。相変わらず律儀なことで。
「あぁ。今月・来月は模試がないから問題ないと思うぞ? それに、息抜きなら適当にしているようだから、迷惑になるとか思わないな」
そういえば、最近、割と真面目に勉強するようになったなぁ……。その分、一緒にいる時間が減ったけど、我慢だな。
「そうですか。それは良かったです。では、誘ってみたいと思います」
「おう。そうしてくれ」
小町。お兄ちゃん、やったぞ。小町の夢を叶えたではないか。
と喜ばしいことが起こった直後、何やら視線を感じた。視線を浴び続けて早数年、何度も言うが、俺ほど鍛えられた人間ならば一度浴びた視線は身体が覚えているもの。これは、前に2度ほど浴びた奴だな。1回目は教室内で。もう1回は昨日の体育の授業。
そして今回は実に堂々と視線を向けてくる。目の前にいる体操服姿の生徒は俺たちに気が付いたのか、近付いてきた。その姿は後光を差していて、中川とは違うベクトルで美少女。
……胸が急に締め付けられた。「歩く姿は百合の花」とはよく言ったものだな。
「こんにちは。中川さん。比企谷くん」
「こんにちは。戸塚くん」
……戸塚?そして君付け?どういうことだ。
「2人が一緒にいるってことは、同好会の話かな?」
「ええ。比企谷くんから昨日の会議内容を共有して頂いてました」
「そうなんだ。そういえば、SNSも公式マークがついたんだよね。おめでとう」
「ありがとうございます。ようやくスタートラインに立てたところですが」
2人は仲睦まじく会話を続けているようだが、直ぐに空気となる俺。
とはいえ、これはある意味有難い。不思議な情報で頭がパンクしそうだ。
目の前にいる美少女の名前は「戸塚」というのだが、なぜか中川は「くん」付けで呼んでいる……。
え?どういうこと??