やはり俺たちの本気は間違っていない   作:健康啓涼

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【前書き】
この度は当作品をお読みいただきまして、ありがとうございます。

今回は八幡さんがかなりダークサイドに入っておりますが、最初の頃ってこれぐらい捻くれてやさぐれていたような気がします……。
また、菜々さんも少しずつその片鱗を出せたら。と考えております。

今後も細々と執筆してまいりますので、引き続き、私の妄想ごとにお付き合いいただければ幸いです。


ようこそ社畜養成の同好会へ(3)

カタカタと自転車の中で暴れる学生鞄を視界に入れつつ、頭を空っぽにして帰路につく。昨日とは違う太陽の位置に非日常的な雰囲気を感じると、どこかセンチメンタルな気分になる。

 

……そうか。こうして、人は「社会人」に進化し、やがて「社畜人」へと最終進化するのか。仕事の多さに忙殺され、毎日変わらない日々を送っていくことで経験値を増やし、ストレスへの耐性を身につける。早かれ遅かれそうなるのならば、「やはり俺が専業主夫を目指すのは間違っていない」わけだな。

 

……あほらし。家へ帰るのが遅くなったのは「バッドイベント」が起こっただけなのだ。そもそも、なんで俺がアイドル同好会の手伝いをせにゃいかんのだ。大体、アイドルなんて陽キャがやることだ。中には「文学少女」とかいるが、あんなものは創作の世界だけの話であって、現実にいるわけがない。あっても「キャラ作りの一環」でしかない。

そもそも、『ボッチ道』を究めんとする俺がやることではない。コミュ力0の俺ができるわけなかろう。適材適所という言葉があるように、俺の能力では到底務まらん。じゃあ、やることになったんだよって話だよ。

 

……俺が遅刻したからですよね。ハイ。すいません。

 

自分の将来に何も希望がないことを改めて感じ取ったところで、ちょうど家に着く。ローンで買ったこの家だが、スーパーシャチク人の両親が「ザンギョウダイ」というに現代社会が発明した制度によって支払いを予定より順調に済ませているために、当初は「タイショクキン」というアイテムを使う必要があったのだが、どうやら必要がなくなったらしい。

 

……ホント、頭が下がります。

 

遺伝子の強さに逆らえないことを改めてお思い知らされながら、玄関のドアを開ける。

 

「ただいまー。小町―。今帰ったぞー」

「お兄ちゃん。おかえりー。遅かったねー」

 

帰りの挨拶をすると、いつものようにラブリーマイリトルシスター小町が返答してくれる。

……あぁ。これが癒しというものか。この声が聞こえるだけで、疲れが吹き飛ぶな。やっぱり、小町は一家に一人は必要だな。

 

自分の部屋へと行く前にリビングに行くと、エプロン姿の小町。……小町がいれば世界は平和になる。もはやいうことなし。

 

「じゃあ、小町は塾に行くからねー。晩御飯は作ってあるからテキトーに食べてね」

「お……おう。分かった」

「……お兄ちゃん。どしたの? 目、いつも以上に死んでるよ」

 

いそいそと身支度を整えた小町は俺の顔を見るやいなや怪訝な表情になり、とどめの一撃とばかりに言い放つ。

 

……お兄ちゃん。死んじゃうよ? こんな急激にダメージを受けたら。

 

「……はぁ。どうせ、くだらない事、考えてたんでしょ? それに、帰りが遅かったのも、原因の1つなわけだ」

 

流石は小町だ。やはり持つべきものは長年連れ添った妹に限る。俺の悩みをこんな短時間で言い当てるなんて。

 

「……まぁな。GWまではちょっと手伝いがあって、帰りはこの時間ぐらいになるんじゃねーの。……知らんけど」

「へぇー。何やるのか分かんないけど、がんばってー。行ってきまーす」

 

颯爽と俺の横を通り過ぎては、急いで家を出ていく小町の姿を呆然としたまま目で追う。あのね。もう少し構ってくれてもいいと思うんだけどなー。まさか、卒婚ならぬ卒妹が近いのか。お兄ちゃん、そんなの認めませんよ!

 

重い足取りでどうにかこうにか自分の部屋に入ると、時計が目に入る。時間は既に7時になろうとしていた。たしか、塾の授業は7時半から9時の1時間半だったか。

……なるほど。時間がなかったのか。そうだよな。本当は今すぐにでも家を出たいところをわざわざ時間を割いてくれたのか。本当によくできた妹だ。うんうん。

 

……あれ? おかしいな。目頭が熱いのは気のせいかな?

 

****

 

帰宅後、一人寂しく食事と風呂を済ませて再び自室に戻る。学校の宿題と明日の授業の予習をあらかた片付けて、明日の準備をする。必要なものを鞄に入れるためにチャックを開けると、分厚い資料が目に入る。その資料を一旦取り出しては机の上に置き、授業道具を鞄にしまう。

 

天井を見上げて「ふーっ」と大きく息を吐いて、改めて目線を下げる。そこには「総武高校スクールアイドル同好会・資料」の文字。ある程度は中川に説明をしてもらったが、詳しいことは聞いていない。というのも、彼女の説明では「書類作成には、詳しい事を知る必要はない」という。

それこそ、同好会メンバーは具体的にはどんな活動をしているのか。どんな曲を歌っているのか。SNSにアップした写真や動画を確認する必要もない。書類にアカウントIDだけ記載すればいいのだ。中川の話ではSNSアカウントなどもこの資料にまとめてあるという。つまり、この資料に書いてあることを引用すれば書類作業は問題ないわけだが……。

 

立ち上がったパソコンを操作して、有名な動画サイトのページを開く。検索欄に『優木せつ菜』と打ち込むと、第二検索ワードがいくつも挙がってくる。ひとまず、彼女の名前だけで検索をかけると、そこには多くのサムネイル画像が上がってくる。

画面をスクロールすると、同じ曲でも会場が違うものがある。その中から、適当に1つの動画を再生する。

 

『そう高く 果てなく

抱きしめた未来が 奇跡になる

生まれた 思いが

明日へと導くよ

私だけの光放ちたい DIVE!』

 

 

僅か2分足らずではあったが、目を奪われていた自分がいることに気が付く。終始圧巻されたパフォーマンス。彼女は体を目一杯使って曲を彩るように身体を動かすだけではなく、真剣な表情や楽しそうな表情、ウインクしながら指をさす姿など、自然と視線が吸い寄せられている気がした。特に、曲の最終部分で拳を高く突き上げたところには、そのパフォーマンスに観客が湧き上がる様子は歓声でわかる。

 

演出も凝っているようで水しぶきとか炎を巻き上げちゃってるわけだし。

決して見下していたわけではいないが、所詮は部活動・アマチュアのやることだから。と、そんな大したことはしないと予想はしていた。だが、実際はそうではなかった。

もちろん、素人の俺には良し悪しは分からないが、ただ何か感じ取れるものがあったことは事実で。

 

画面はずっと渦巻矢印で、無音のまま。柄にもなく少し興奮した状態から徐々に冷静さが戻ると、ふとあることが頭をよぎる。

 

 

これ、どれだけの作業量になるのん?

 

まずは髪のセット。まぁ、これは中川がやるとして。

衣装の準備。曲のイメージに合わせて、デザインを書き起こして。採寸とかして。

舞台の準備も色々ありそうだよな。それこそ、打ち合わせとかしたり、スケジュールを組んだり……。

 

これだけのことをあの2人がやってたわけだよな。それを手伝うんだよな?俺。手間がかかったさっきの書類仕事なんて序の口じゃね?……マジで死ぬほど働くんじゃねーの? 知らんけど。

 

 

「お兄ちゃん。何してんの?」

「うぉっ。小町。帰ってたのね……」

 

唐突にする声に、現実に戻る。声のする方へ振り返ると着替えた小町の姿があり、慌てて時計に目をやると10時を過ぎている。確か、塾は9時までだったから、かれこれ動画を見始めて1時間以上も時間を忘れて動画を見ていたことになる。

 

ところで、小町さんや。なんで俺のジャージをきているのかしら?

 

「……あのね。お兄ちゃん。気持ちはわかるけどー、アイドルは沼だよ? お金直ぐなくなるよ?」

 

小町は苦笑いしながら、どこか蔑んだ視線を俺に送る。パソコンのモニターには笑顔のアイドルが映し出されている。決定的なことを見られてしまっては、言い訳はできないわな……。

 

「いいか。小町。これは別にそう言うんじゃねーよ」

「大丈夫だよ。お兄ちゃん。小町は分かってる。だけどね、まずはもう少し周りに目を向けてもらえると嬉しいかなー」

 

小町が言いたいことは分かる。他人には興味ないコミュ障ボッチがひょんなことからアイドルにハマり、やがて脳内であらゆる妄想し、いつしか空想上では「俺の嫁」化し、壁にはポスター。本棚にはたくさんのCDやBDに初回限定グッツが並ぶなんてことを想像したのだろう。

 

何も大丈夫じゃないんだよな……。それと、最後まで話を聞いて?

 

 

改めて、小町には遅刻したことや平塚先生に罰を与えられたことなどを隠して、中川が1人で「アイドル同好会」の手伝いをしている旨を伝え、そこをやんごとなき事情を持って手伝うことになった結果を伝える。

別に嘘は言ってないからね。事実の一部分を伝えただけなのよね……。

 

「なるほどー。お兄ちゃんが何かをやらかして、その反省の一環で手伝うことになったと……小町的にポイント低いかな。隠し事をするなんて」

 

……なぜばれた?

 

「別に隠した訳じゃない。ただ、事実を簡潔に述べたまでだ」

「はぁー。そういうところだよ? お兄ちゃん」

「どういうところだよ。小町ちゃん」

「だって、直ぐにバレることをどうして隠すかなー。怠惰なお兄ちゃんが、好き好んで率先して手伝いなんてするわけないじゃん」

 

……仰る通りです。さすが我が妹。俺をよく理解している。流石八幡検定1級は伊達じゃないな。

 

「でもさー。いいなー。アイドル同好会。それも、優木せつ菜さんのお手伝いなんてー。会えたらサインもらってきてよ」

「……小町は知ってるのか? その優木なんとかさんを」

「まぁーねー。といっても『知る人ぞ知るアイドル』ってところじゃないかな?」

「ほーん……」

 

……なるほど。なんかレア度の高そうなアイドルだな。……いやいや。TCGじゃねーんだから、レア度高かったらダメだろ。

 

「まぁー、あんまりフェスにも参加してないからねー。あとはSNSとかもあんまり更新してないからね」

「……意外に詳しいのな」

 

フェスに参加しないのは2人だから、準備が間に合わないのだろう。SNSの更新とかも、どれぐらいの頻度でしなくてはいけないのか分からないが、後回しになって、結局、適当になっているのだろうな。なんか分かるぞー。俺も、面倒だからLINEなんてやってないし、そもそも他にどんなものがあるかは名前ぐらいしか知らないからな。

 

そもそも「繋がる相手がいないだけ」だって? はっ。彷徨える孤高の魂は拠り所を必要としねぇんだよ……。

 

「まーねー。というわけで、小町は寝るので、できればヘッドホンとかしてねー」

「おう。悪かったな。おやすみ。小町」

「うん。おやすみ。お兄ちゃん」

 

そういって小町はゆっくりとドアを閉める。まぁ、意外なところにファンがいたもんだ。

対して知らない人間からすると、可愛いや歌やダンスが上手いだけでは人気がでないのか。……難しいんだな。アイドルの世界も。

 

言われてみれば、容姿が整っているだけなら小町だってアイドルになれそうだ。それにアイツは何気に歌は上手だからな。けど、それだけでは人気は得られない。それはテレビを見ていればわかる。興味を引く人間は何かしら人を惹きつける魅力があったりするもので、それにハマるとファンは喜んで散財するわけだしな。

……小町はああ見えて『腹黒キャラ』だから、アイドルになったら人気でちゃうんじゃないの?

なにそれ。小町を追いかけるファンが「俺の嫁」とか言い出すの? は!? 

 

そんなの認めないからな。

 

絶対に認めないからな!

 

****

 

翌日。登校して荷物を教室に置いたところで、書類を持って職員室へと向かう。

 

「失礼します……」

「おや。比企谷くんですか。おはようございます」

「お……おう。おはようさん」

 

職員室のドアを開けて、中へと入ると入口には中川の姿があった。ここでエンカウントは予想外だったため、思わず声が裏返ってしまった。それに少しだけ驚いた顔を見せる中川だったが、直ぐに真顔に戻る。

 

「比企谷くんも何か用事があったのですか?」

「いや……まぁ、ちょっと先生に渡すものがあってな」

 

朝から小町以外の誰かと話すことなんていつ以来だ? そもそもここ数日、小町以外と会話したのだって、先生を除けは昨日の中川ぐらいしか思い出せん。両親? もう2週間以上会話してないな。なぜなら、俺らより先に起きては会社へ行き、俺らが寝てから帰宅する。週末は1日中寝てるか、会社に行っているからな。

 

「そうでしたか。すいません。ところで、手にしているのは書類ですよね?」

「あぁ。昨日もらった資料を見てなんとか仕上げた。で、それを平塚先生に提出しようと思ってな。……念のため、確認するか?」

 

そう言うと、中川には予想外の出来事だったのか、身構えると共に驚きの表情を浮かべる。少しの間があって、一度咳ばらいをして「失礼しました。確認します」と断ると、差し出した書類を受け取り、中身を1つ1つ確認する。

面倒ごとは引っ張ると段々、ダルくなるし、そのおかげで集中できず、ミスが増えるからな。そして、やり直しとなり、更にダルくなる。まさに負のスパイラル……。

 

……そんな驚くようなことあったか? 今のやり取りに。

 

「あの……。この書類を1日で仕上げたのですか?」

 

中川は少し青ざめた表情で書類を見ながら俺にそう質問をする。

 

……あれ? 何かまずったか? ミスが多かったか?

 

「あぁ……。面倒だったけど、やらなきゃ終わらんだろ? 2、3日も引っ張るのもそれはそれで精神衛生上良くないからな」

「言っていることはごもっともなのですが……。これを1日で終わらせるって、どれだけ無茶したのです?」

「いや。別に無茶はしてねーぞ? つーか、記入例までもらったんだ。それに従って、やるだけだろ?」

「……そうですけど……」

 

どこか納得いかない表情を浮かべる中川は、話ながらも俺の作った資料に目を通す。パラパラとすぐに次々とページをめくる。その様は、さすがは生徒会とも言うべきか、慣れているようで俺自身が確認する速度に比べて格段に速い。

 

 

ものの5分もしないうちに確認作業を終えると、中川が大きくため息をつく。

 

「……何も問題ありません。ありがとうございます。一旦お返ししますね」

「……おう」

 

中川から書類を受け取り、提出用の封筒に入れ直す。ここまで僅か数分の出来事なのだが、緊張したせいか疲労感が酷く感じる。それこそ6時間分の授業を受けたぐらいの疲労といっても過言ではない。まだ1時間目も始まってないんですけど。これは、朝から睡眠学習決定だな。

 

そもそも俺みたいなモブAが生徒会役員様と朝から会話するだけでも、結構な労力なのに、その上、書類チェック。

……これ、何かの罰ゲームなん? はい。そうですね。すいませんね。自分がサボったのが原因でしたね……

 

 

 

「おはよう。2人ともそろって。何か用かね?」

「平塚先生。おはようございます。私は生徒会の書類を提出しにきました」

「……おはようございます。俺は、ひとまず登録用紙が完成したので」

「なんだね。2人とも私に用事か。……どれ。受け取るとしよう」

 

先にこちらが書類を渡すと、中川も鞄からクリアファイルをいくつか取り出すと、それを先生に渡す。すると、受け取った先生の腕の中には抱えきれないほどの書類の束。先生も流石にこれは予想していなかったのか、苦笑いを浮かべる。

 

「君たちは一体なんだね。朝から、こんな大量に……」

 

 

先生は持ちきれなくなった書類を一旦机に置くのだが、中川の鞄からはまだまだ書類が出てくる。それも徐々にクリアファイルのものからロックビットファイルに変わる。チラチラと見える書類が視線に入るが、そこにはおびただしい量の文字。果たして、その仕事量は俺の仕事量の何倍は必要なのだろうか……。考えたら負けだな。

 

……そもそも、中川さん? あなたの鞄は4次元ポケットなのかしらん?

 

「これで以上です。先生。明後日の生徒会の議題で必要な物ですので、ご精査頂きますよう、お願い致します」

「……先生。俺のも、お願いします。……時間があったらで良いですからね?」

「……そうさせてもらうよ。2人とも」

 

中川は冷静に、そして、「通常業務」をこなしたような平然とした表情で先生を見るのだが、そんな視線を向けられた先生は引きつった表情を……。それも、顔面崩壊までギリギリとなっている。それもそのはずだ。朝からこんな大量に仕事が増えたのだ。俺ならば、現実逃避のために、このまま体調不良で早退するまであるな。

 

「比企谷くん。どうしたのです? 何か気まずそうな表情をしておりますが。……先生もですが」

 

不思議そうな表情を浮かべた中川は俺にそう問いかけると、少しばかり困った顔をしている。

 

え? 何この子? 「私、悪いことしましたか?」感を出していますけど……。

 

確かに、悪い事はしてないよ。むしろ仕事熱心なのは良い事だと思うよ? しかし、どうして「当たり前感」をしていらっしゃるんですかね。ちょっと「やり過ぎた」とか「頑張りました」感じを出してもらっても良くない?

 

……ふむ。これはあれだ。全く気が付いている様子が全くない事を見ると、かなり「やべぇ」人だな。そもそも、生徒会が発案したんだったな。あのイベント……。

 

 

中川の仕事量を目のあたりにして、少し引き気味な表情をしているだろう俺を見かねた先生は咳ばらいをすると、少しだけ俺に目線を向け、何かを強く訴えかけてくる。

 

……なるほどな。これが理由で俺が手伝わされているのか。ブレーキ役とかも兼ねてるんだろうが、なんか悔しいが、少しだけ納得できてしまった。

 

 

やはり、この学校が『社畜養成機関』なのは間違っている……気がする。

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