今回はようやく優木せつ菜さんが登場します。やさぐれている八幡さんが彼女に相対して、どのような対応をするのでしょうか。
今後も細々と執筆してまいりますので、引き続き、私の妄想ごとにお付き合いいただければ幸いです。
メガネを外したらアイドルだった件(1)
書類を提出して2日ほど経ち、いつも通りの学校生活を過ごす。朝、教室に入ると誰とも会話することなく、そのまま授業が始まるまで本を読み、昼休みはベストプレイスなる俺がひとりで快適に過ごせる場所でのんびりと過ごし、5限目の現国の授業が間もなく終了。私立文系を進路と定めた俺に理系科目を受ける必要はないため、6限目の数学はないに等しい。よって、今日の業務はもう間もなくめでたく終わるわけだ。残り5分。平塚先生も授業のまとめに入る。
「比企谷。すまん。放課後だが、生徒会室に来てくれ。連絡は以上だ。では、授業を終わる」
先生が言い終えたところでチャイムがなる。挨拶を済んだところで先生は颯爽と教室を後にするため、こちらから定時での帰宅を提案することはできない。
んなアホな……。このタイミングで残業の通達だと?それに生徒会室行きとか全く予想がつかん。それこそ、よく分からん週間の件なのか。
それならば、既に先生との間で決着はついたわけで。こうなると、次なる情報源は中川になるのだが、彼女はシャーペンを一定のリズムで振っては自分の顎に当てている。
何か考え事をしているのだろう。現国の教科書が机の上に出っぱなしだった。
……何してるんだ。アイツは。
折角の休息時間となる数学の授業も今の萎えた気持ちでは、いつも以上に苦痛に感じる。気分転換のために窓の外を見ても、この重苦しい気分は晴れないどころか、雲一つない空があまりにも綺麗すぎて、返ってどんよりした気分となる。
あー……まじで定時で退勤してぇ……。
外へ向いていた視線を黒板へと戻すと、そこには呪文を解読するかのような数式の羅列があり、古代人が作り出した不等式が書き記されており、それを力説する先生の姿がどこか滑稽に見えた。
つーかそんなもんを覚えて将来の役に立つ人間なんているのだろうか。よくて数学者になろうとするやつぐらいだろ?マジで習う意味わからん……。
などと数学に対して溜まった鬱憤を心の中で呟いていると、この教室の最前列にいる中川が視界に入る。必死で授業を受ける姿はまさに優等生。流石は生徒会役員と言ったところだ。しかしまぁ、ご立派なことで。
「次の問題だが……中川。どうだ。わかるか」
「……」
と、ここで先生は中川を指名するが、どういう訳か返事がない。ドラクエの世界ならば「……どうやら屍のようだ」ということになるが、残念ながら現実。あー……職業「遊び人」とかマジで羨ましい……。他にも、戦士と魔法使いを極めて「魔法戦士」とか憧れるよな。名前だけなら「天地雷鳴士」もかっこいいんだけど、あれ、あまり使えない職業だし、転職するまでに下級職を5つも極めた上で上級職2つを極める必要があり、めっちゃ大変なんだよな……。そもそもその1つの「笑わせ師」ってなんだよって話になるわけで……。
「中川……大丈夫か?」
「あっ。はい。すいませんっ。問題ですよね」
慌てて中川は先生の問いに答え始めるのだが、少しだけクラスがざわめいた。それもそのはずで、中川はいつも真面目に授業を聞くことで有名であり、先生からの発問に対しては即座に答える。そのため、今のように間が開くことはないのだが……。
「……となります」
「見事だ。その通りだ」
中川が魔法を唱え終えたところで、授業終了のチャイムが鳴る。アイツは「やまびこのぼうし」を装備した状態でメラゾーマを2連発したかのような火力を黒板に放つと、先生は苦笑い。
先生。分かるぞー。やまびこのぼうしをGETするのは至難の業だからな……。どんだけやりこまなきゃいけないって話だよ。
チャイムが鳴り、終礼を行うと放課後が始まる。部活へ行く者がいたり、ダラダラと話したりする。その中で、最下層に位置する俺はというと、残業の始まりなわけだ。
「はぁ……」
何やら「部活だー」だの「どこか行こうぜー」だのとリア充たちは意気揚々と話す様子を尻目に、さっさと教室を出た俺は生徒会室へと向かうのだが、当然だが足取りは重く、素早さが足りないので、誰かピオリムをかけて欲しいと思うまであるが、ボッチである俺には仲間なぞいない。最悪、全滅したら復活の呪文を唱えるしかないのだ。
ドラクエ1と2の世界じゃ、メラゾーマはおろか、メラさえねーじゃん。ベギラマを使うより、剣を振り回せってか。
***
『コンコンコン』
ノックをすると、少し甲高い声で「はーい。どうぞ」と聞こえる。
「……失礼します」
「おー。比企谷か。来たか。まぁ、そこに座りたまえ」
「は……はぁ……」
既に生徒会室でふんぞり返っているのは我が担任で諸悪の根源である平塚先生。そして、その奥にいる三つ編みが似合う女性こそ、我が総武高校の生徒会長・城廻めぐり先輩だ。
室内に入ると、先生が机に肘をつきながら俺の提出した書類を睨んでいた。いや、それは違う。睨んでいるわけではない。ただ、細部までしっかりと目を通していた、ということだろう。
「適当に好きなところ座ってねー」
「あ……ありがとうございます」
そう言われたので、中央に並べられている長机のうち、先生から最も遠い席に座る。
……万が一の場合、直ぐに逃げられるようにする。ボッチは誰も味方してくれない。つまり、自分の身は自分で守るしかない。
俺がそう固く決意をしたのも束の間、先生は読み終えたのか、書類を城廻会長に渡す。
「はぁ……。まぁ、これでよかろう。だがな、ここの文言だが……もう少し、柔らかくしておいた方がいいな。『生徒の自己研鑽を助ける』ではなく、『生徒の多様な挑戦を後押しする』とか、な」
「……どっちでも同じじゃないっすか」
相変わらずというか、必ず表現に対するチェックが入り、そして必ず跳ねられる。別にいいだろ?活動目的については。
「言葉は、受け取り手がどう感じるかで意味が変わるものだ。まぁ……まだわからんか」
「……まぁそうですね……」
新学期早々に「実体験から得られた『語彙力』のなさ」について言及されたが、ここにきて再び指摘されたことで苦笑交じりに返す。直接的に言われてないだけまだマシなのだが、先生は笑いながら「気が付いているか?」と言わんばかりの表情を浮かべている。
なんかめっちゃ怖いんですけど……。なに?この後、俺死ぬの?
「じゃあ、比企谷くん。この書類を同好会室に届けてもらえる?」
「は……はぁ……」
生徒会長が書類を渡してくるのだが、別に俺じゃなくて中川に渡せばよいものを。そもそも、俺がここに呼ばれた理由が書類の件ならば、残業の必要性がない気がするのは声を大にして言いたい。
……もちろん、そんなことは口が裂けてもいえないが。
「ごめんねー。いつもは中川さんにお願いしてるんだけど、今日、生徒会がお休みの日なのー」
「そーなんすね」
俺は残業。中川は休日。なんか不平等な気がする。
「うんっ。中川さんってね、ほっといたらいっつも下校時刻ギリギリまでお仕事してるんだよ? だから、お休みの日を作ってあげてるんだー」
「ほーん……」
キラキラした笑顔でそう答える城廻生徒会長様。この人、マジで理想の上司だわ。つーか、返事をする傍らで先生に視線を向けると、先ほど変わらずで。
何か言われる前に届けてさっさと帰ろ……
***
普段は訪れることのない特別棟。その端にある教室が目的地で、そもそも「同好会室」なんて場所があったことすら知らなかった俺にとって、そこは未知のエリアだった。
卒業まで未知のエリアでよかったんだけどなー。
とはいえ、残すお仕事は同好会室内の「提出書類」と掛かれたラックに入れればいいだけで。中川が休日ということは教室には誰もいないわけだ。さっさと終わらせて帰るかー。
移動中、廊下には虚しくも響くリア充たちの声。そんな中、教室に近付くとどこか空気が変わっていく感覚があった。
……誰かいるのか?
到着し、念のためにノックをすると、すぐに中から元気な声が返ってきた。
「はーいっ! どうぞっ!」
ドアを開けると、そこには――
「こんにちは! 優木せつ菜ですっ!」
……テンションが高すぎる。光の速さで挨拶された俺の心は一瞬で固まった。
「……あ、ああ。比企谷……です」
言葉が詰まりながらも名乗ると、目の前にいたのは我が総武校スクールアイドルであらせられる「優木せつ菜」その人であり、そんな件のスクールアイドル様はキラキラとした笑顔で俺に近づいてきた。
「あなたが、あの書類を書いた比企谷くんですね!? すごいです、文章からすごく熱意を感じましたっ!」
「いや、そんな……あれ、ただのテンプレみたいなもんで……」
「いえいえっ! 『生徒の自己研鑽を助ける』って、すごく胸に刺さりました! 私の活動って、正直まだ認知されていなくて。でも、そうやって一緒に考えてくれる人がいるだけで、本当に心強くて!」
その目はまっすぐで、どこまでもキラキラしていた。俺なんぞが受け止めきれるようなエネルギーじゃない。
ふへぇ……。勘弁してくれ……。