前回のあらすじですが、せつ菜さんと一緒にフェスの下見に行くことになった八幡さん。
朝からハイテンションのせつ菜さんに面食らったわけです。
さて、今回は「あれ?」というシーンがありますが、その答えは次話以降で。
今後も細々と執筆してまいりますので、引き続き、私の妄想ごとにお付き合いいただければ幸いです。
「それではGWに行われるフェスについての説明会を始めます。お配りした資料を参照しながらお聞きください」
リハーサルを見終えたところで先ほどの説明会場へに戻ると、陽キャたちのウフフ・キャハハの会話で、まるで学校の休み時間のような空気だったが、説明係の人がそう話すと一斉に資料に目を落とすJKたち。一糸乱れぬ動きは、もはや笑えてくる。
「GWフェスティバル本番に向けた詳細な業務説明会」と銘打たれたパワポの資料が部屋の前方には巨大なスクリーンに表示され、説明に合わせて次々と映し出されるのは、膨大なタスクの数々。ブース配置、出演者導線、来場者対応、トラブル時のマニュアル、広報のタイムスケジュール、会場周辺の地図まで。イベント準備の実務が、容赦なく羅列されていく。
「……マジかよ……」
誰かの小さな呻きが聞こえたが、それも無理はない。初見では到底処理しきれない情報量だった。しかも、それを当然のようにやり切る前提で話が進んでいくのだから恐ろしい。
周囲の連中はといえば、皆どこか興奮気味に食いついていた。メモを取る手を止めない者、資料を前の席に身を乗り出して確認する者。青春というやつは、こういうときに燃料として機能するらしい。
……まあ、否定する気にはなれないけどな。
俺はというと、あいかわらず傍観者のような顔で、資料の束に目を通していた。熱意とか感動とか、そういうものとは縁がなく、どちらかというと自業自得な懲罰というところで。
だが、ステージで踊っていた優木せつ菜——あの姿を見たあとでは、全てが「他人事」ってわけにもいかない。
あれだけの完成度の裏には、当然、誰かの支えが必要だ。そして不幸なことに、その「誰か」に選ばれてしまったのが今回は中川でなく俺だという話なわけで。
そんなものに選んでくれるなよな……と、自分で仕出かした不祥事の後始末なのだが愚痴ってもいいよね?それに失敗した日には何を言われるか分かったもんじゃない。下手すれば平塚先生に「この反省を生かして次は頑張れ」と勝手に仮入部延長とか言われかねん……。
資料に挟まっていたタスク一覧の用紙を、クリップから抜いて机の上に広げる。そこに、シーペンを走らせていく。
ステージ周りの設営には最低でも前日半日。搬入に加え、動線チェックと機材の位置合わせ。これは許可が必要になる。生徒会への届け出か、あるいは教員……というか平塚先生。
司会進行台本の確認。演者との最終リハは本番3日前か前日か……。
うん、無理だこれ。
書けば書くほど、現実味が増していく。何も考えずに「がんばるぞー!」と叫んでいたほうが、よっぽど精神衛生には良い。だが俺は、努力の前にまず見積もってしまう側の人間なようで、可視化される業務量。徐々に赤く染まり始めるチェックシートのメモ欄。それを見た瞬間、胸の奥に冷たいものが張りつく。
これは、終わらせるためにやる仕事じゃない。始めることでさえ、すでに高い壁がそびえている。
ふぅ、とひと息ついて背もたれに身を預けた。
どうせ逃げられないなら、できる限り効率よくかつ少ない時間に終わらせてやるしかない。手順を最適化し、段取りを組んで、安全圏でやり切る。それが俺のやり方で、いつもどおりの思考。
……ただ、ステージ上のあいつの真剣な顔が、頭から離れないのは困りものだが。
***
「では本日の説明は以上です。最後に、各自、担当箇所の確認と責任者への連絡を忘れずにお願いします」
係の人が説明を終わると、スクリーンには提出期日が明記された最終ページが映し出されていた。女子たちは口々に感想を言い合いながら立ち上がっていった。ざわめきがこの部屋を包み、一足先に夏が来たような熱気がそこにあった。
「比企谷くん」
ふいに背後から名前を呼ばれて振り返ると、そこには戸塚さんがまるで光源を持っているかのような笑顔を浮かべてい立っていた。
「ちゃんと説明、聞いていましたか?」
「……まあ、それなりに」
適当な相槌でごまかそうとしたが、戸塚さんは俺の机の上に置かれたメモびっしりの資料に目を留めて、くすっと笑った。
「うん。リハーサルを見せて良かった。平塚先生に言われた通りだ」
「……平塚先生になんて言われたんです?」
「小悪党とか言っていたかなぁ。だから、面倒な仕事があっても逃げ出す心配はないと」
……良識ある判断ができると言って欲しい。知らない人に何を言ってくれちゃってますのん?本当に。
鞄に資料をしまい、帰り支度をしていると急に戸塚さんは自分のスマホを取り出して、澄ました顔をして俺に視線を向ける。それはまるで「連絡先を交換するのが当たり前」のようなのだが、こんな綺麗な女性が俺なんかの連絡先を知って利点があるかを考えれば分かる。俺の価値なんて底値もいいところで、そんな俺と連絡先を交換するのは、面倒ごとを押し付けたり、女性同士のくだらない会話のネタにされるぐらいしかない。
生憎と俺はそんなハニートラップかもしれない危ない橋を渡るつもりはない。
中学時代、携帯を持ってうろうろしてようやく女子と連絡先を交換して、浮かれてたくさんメールしても「ごめん。寝てたー」と翌日になって謝罪文が届く程度。だから、俺は同じ轍は踏まない。
……けど、なぜだろうか。この人の澄んだ目を見ていると「虎穴に入らずんば虎子を得ず」とも言えるではないか。と言い聞かせている自分がいる。
「さて。比企谷君。申し訳ないんだけど、責任者として今後の書類等の連絡をするため、連絡先を交換しておこうと思いまして。アプリでも、メアドでも」
……あぁ。そうか。さっきの説明にあった「担当箇所の確認と責任者への連絡を忘れずに」ということか。
……べ、べつに綺麗な人のメアドが手に入ることに対して浮ついた気持ちなんてないんだからねっ!
「……あ、はい」
気づけば、俺のスマホも取り出していた。とはいえ、人と連絡先なんて交換しない俺は高校生になって新しいスマホにしてからはやり方は知らないのだが……。
「じゃあ、悪いけどカメラを起動してこの名刺にあるQRコードを読んでもらえるかな?」
普通ならここで呆れた表情を見せるものだろうが、この人は表情を変えずにそう説明する。スマホケースから取り出された名刺を俺に渡す。
なるほど……。スマホケースにも色々あるんだな。
受け取った名刺を一度、机において、言われた通りカメラを起動する。より取り作業に少し手間取りながらも、QRコードを読み取り、連絡先の登録が完了する。そして、直ぐに件名に自分の名前を入れて登録したばかりのアドレスにメールする。
「よし、これで万が一のときも安心ですね」
メールは無事に届いたようで、戸塚さんはそっとスマホをしまうと、少しはにかんでこちらを見る。
「では、気を付けて帰宅してくださいね」
「……うっす」
戸塚さんは満足そうに頷いて、軽く手を振って去っていった。去り際の後ろ姿が、妙に爽やかで眩しかったのは気のせいだろうか。
妙にこなれている辺り、やっぱリア充というのはすげぇなぁ……。つーか、あの人は元スクールアイドルではないか?
あの人と話すと変な意味で胸がざわつくし、妙に浮つくし。
あれー……。何この感情。
***
少しだけ立尽くした後、周囲に人がいなくなることに気が付いて部屋を出て外に出てみれば、空が赤く染まっていた。
あれだけ騒がしかった会場も嘘のように静まり返っている。時計を確認すると、もうすぐ16時になろうとしていた。
えー……。本当に16時かよ。一体どれだけ拘束されたんだよ。ここに来たのは8時より少し前。休憩1時間あるから7時間労働か。ギリギリ残業代が出ないように配慮されてるじゃねーか。
そんな思考に溺れ、明日からの仕事を忘れることで現実逃避をしながら、例の待ち合わせ場所に向かおうとした時だった。
「……あっ」
思わず口から間抜けな声が出る。たしかここに来た時、優木から「終わったころに集合場所で」と言われたような記憶はあるのだが、そもそも「集合場所」ってどこだよ?詳しい場所を言われてないくね?
早く帰りたいからと、このまま一人で帰るのも気が引ける。一方的な約束ではあるが、ここで優木を一人にしようものなら、平塚先生から何かの処罰が下り、仮入部期間の延長を申し渡される可能性は高い。
「はぁ……」
仕方なく、優木と別れた場所までとりあえず移動をしようと歩いてみたはいいが、至る所にあったサイン看板は既に外されて見覚えのない「ルートA」やら「機材路」などと本番用のサインへと変わってしまい、ここがどこかも怪しい。
……俺、迷子じゃね?
この場に立ち尽くしていても時間を無駄に浪費するため、鞄から取り出した資料の「全体マップ」を開き、1つ1つのサインを記入しながらうろうろする。そもそもサインは種類が多く、とてもじゃないが覚え切れない。説明会の時にも話があったが「自分たちが使う通路」を覚えるだけで精一杯な現状を踏まえると、これを全て把握する運営側はマジでやばいな……。異世界転移しても十分にやっていける人ばかりだな。
会場を散策という名目でウロウロすること20分ぐらいだろうか。目に入ったサインを見ると、既に印が入っていることに気が付く。つまり、関係者エリアを1周したわけだが……。
マジか。ちょっと、笑えなくなってきた。会場も電灯等は次第に消灯し、既に日も落ちて空は暗くなっている。この時間まで女の子を一人にするとか、常識的に考えると問題が出てくる。
少しばかり駆け足でまだ探していない場所を捜索しようと、駅側の方へ戻った時だった。
「比企谷くん!」
「うおっ。……おう」
「お疲れ様です! 遅くまでご苦労様でした」
声のする方を向くと、傾けた太陽の鮮やかな赤と夜が訪れた空の夕闇による黒を背にした優木が立っていた。俺の位置からは逆光なため、少しばかり眩しいために初めは分からなかったが、目が少しずつ慣れてくると、彼女の表情がわかる。そこには笑顔の優木が立っていた。
この光景を見て、少し感情が込み上げてきたことが分かる。国語には絶対的な自信を持っていたが、生憎と言葉にすることができない。ただ、それでもあえて言葉にするならば「カリスマ性」や「アイドル性」とでも表すのか。不覚にも見とれてしまっている自分がいることは間違いない。
「お……おう。悪かったな。待たせたようで」
「そうでもないですよ? むしろ、私の方が遅かったので」
無事に合流できたことに安堵し、また気を遣わせてしまったことへの罪悪感を持ちながら、彼女の前に立つと、ふとサインが目に入る……。
……まんまじゃねーか。「集合場所」とか。
入場の際に「出演者」と「参加者」と書かれたサインは「集合場所」というサインに変わっていた。慌てて手に持っていた資料に目を移すと同様の事が書いてある。
「あっ。もしかして、場所を探してましたか?」
資料を確認する俺を不思議そうに見る優木がそう声を掛けてくる。
「あぁ。まぁーな」
「それは失礼しました。確かにそのままとは誰も思いませんよね。何度か来たことある私が気を利かせるべきでしたね。ごめんなさい」
「いや。優木が悪いわけじゃねーだろ。むしろ、ちゃんと確認しない俺が悪い」
「……比企谷くんって、責任感が強いのですね。そう卑下することでもありませんよ?」
優木は少し気まずそうな表情を浮かべ「やっちゃいましたか……」と自分を責める。
きちんと下調べをしない俺を責めることはせず、むしろ、経験者だからと自分が責任を取ろうとする。確かに、優木の言う通りではあるのだが、それ以前に中川から内容の確認を徹底を言い渡されていた俺がミスをしたのだ。そのミスを注意することなく、彼女は自分を責めた。そんな彼女の方が責任感が強いと俺は思う。
「まぁ、そう思っておいてください。それと、コレ。渡しておきますね」
「ん?」
渡された紙には、優木の名前にアルファベットの羅列と数字の羅列が記載されていた。
「それ。私の連絡先です。ごめんなさい。SNSとかやっておないので、番号とメアドになりますが」
「……いいのか? 俺みたいなやつに渡して。悪用されること、考えないのか?」
「はいっ。比企谷くんなら、その辺り心配ないと思います。平塚先生も『小悪党』と仰っていましたので」
……あの先生。誰彼構わずいうとか、どんなセキュリティーなの?個人情報大丈夫?
「では、帰りましょうか」
「……あぁ。遅くならないうちに帰るとするか」
「はいっ」
彼女の髪とパーカーの紐が大きく跳ねると、深く考えることをやめる。そもそも今日は、深く考えれば考えるほど、その結果、空回りがすることが何度かあった。
……まぁ、こんな日もあるだろ。
「そうそう。実はですね。昔、音響戦士ってあったと思うんですよ」
「あぁ。あの見た目に反して極悪なシンクロモンスターが出せるテーマな」
……結局、この話になるのねん。
***
「ふぁぁ~」
眠い目をこすって、1時間目ギリギリに登校する月曜日。マジで憂鬱な1週間が始まるわけだが、今週は祝日もある。普通なら喜ばしいことなのだが、残念ながら今の俺には億劫でしかない。この日はついに本番になるわけだ。
下見した日は家に帰宅後は直ぐにお風呂に入ったのだが、その時に「あぁ……」とおっさんみたいな声を出てしまい、小町にめちゃくちゃ驚かれたし、翌日は疲労のあまり、睡眠時間が延びた結果、ニチアサを見逃す失態。そんな低いテンションの中、GWに向けた準備を取り組むわけで……。これ、本当に終わるのん?
「よーし。お前ら。集まったな。授業始めるぞー」
思わず大きなため息が出る。妙に張り切る先生の高いテンションと、それに乗っかるクラスメイト達。本当に皆さん。お元気なようで。
……ん?
おもむろに教科書などを机の上に出すために視線を落とすと、誰かに見られた気がした。それも1人じゃない。複数の人間に。
慌てて周囲を見渡すが、全員が教科書や黒板に視線を向けているのか後頭部が視界に入る。って、この状況ってあの時と同じじゃねーか……。
どこもかしくも真面目な人達に少し驚きと呆れを感じながら、俺も何となく授業を受けるのだった。
***
「では本日の授業はここまで」
6時間目の授業も無事に終わり、荷物を片付けては誰にも気付かれることなく、教室を出る。
「比企谷くん。少しよろしいでしょうか」
「うぉっ……。おう」
突然声を掛けてきたのは、中川菜々生徒会副会長様でした。
えー……と、なんか嫌な予感かしないんですが。
「……すいません。驚かせてしまったようで」
「いや。別に気にしないでくれ。慣れてないんだ。人に話しかけられることに」
「……そうですか。それは配慮を欠きましたね。申し訳ございません」
「……謝らなくていいぞ? 別に大したことじゃねーし」
言っておいて無責任だが、話しかけることに慣れていない人への配慮って実際、どうすればいいんだ?「これから話しかけます」的なオーラとかサイコトロニクスを使うとか?
それを読み取らなきゃならんし、そう言った能力を身につける必要があり、それは面倒を押し付けることになる。じゃあ、あれか?メールとかして「話しかけますよー」とか事前連絡を入れるのか?
……そもそもとして、何でこの人は当たり前のように俺の意見を肯定してますのん?
「そうでしたか。恐れ入ります。それでは、要件になります。申し訳ないのですが、生徒会へ顔を出してから同好会の方へお手伝いに伺います。ブリーフィングの共有事項等もあると思いますので、お待たせすることになりますが、ご容赦願えますか」
「了解した。まぁ、こっちも作業して待ってるわ」
「恐れ入ります」
彼女は一礼すると、俺の前から急いで立ち去る。
……まぁ、俺みたいなカースト最下層と話すところを見られるのは避けたいわな。
俺は彼女と反対方向を向くと、特別棟へと向かうのであった。
***
特別棟の同好会室。蛍光灯の白い光の下、俺は一人、机に向かっていた。紙とペンに説明会資料と何枚かのコピー用紙に引かれた矢印の線。
――いわゆるフローチャートってやつだ。フェス関連の作業工程を洗い出し、どこで誰が何をするかを可視化する。
……もちろん「誰が」ってところは、ほぼ全部俺になってるけどな。自分でやった方が早いし、何より面倒な口出しもされない。これを作るのに日曜日1日費やすとか、どんだけの仕事量なんだよな……。
あらかた準備が終り、作業を始めたところで、足音が聞こえるとノック音が聞こえる。
「比企谷くん、お待たせしました」
何やら慌てた様子で部屋に入ると、一礼して席に座るのだが、相変わらず、礼儀正しいというか真面目というか……。なんか固いよな。
席に着いた中川は直ぐに鞄から筆記用具とノートに手帳を机の上に置く。
「それで、先日の説明会の内容ですが……」
「あぁ。ちゃんと聞いてきたよ。ホレ。これな」
先ほどのフローチャート付の説明会資料を渡すと、中川は丁寧に1つ1つにマーカーを引きながら、内容を精査するのだ、その真剣さたるや、出来の悪い部下の資料を全てチェックする仕事ができる上司といった様子で。目がなんかめっちゃ怖いんですけど……。
「え……?」
中川は鋭い目つきのまま読み進めると、突然声を出して手が止まると、急に視線をこちらに向ける。ふえぇぇ……怖いんですけど。この上司。
「えっと、その……。比企谷くん。私も作業を分担します。全部比企谷くん一人で、というのは――」
「いや、対外交渉の中でも学校に報告が必要な部分だけ、頼めれば十分だ。あとは俺がやる」
「……え?」
驚いたように目を瞬かせる中川。予想外だったんだろうな。真面目系優等生は「協力してやる」が正解だと信じて疑わない。
「まぁ、お前も生徒会が忙しいみたいだし」
ぽろっと口をついた一言。何も不思議なことはない。今の中川は生徒会の作業で手いっぱいなのは容易に想像できる。先日、こいつは数学の授業中に内職をしていたことは記憶に新しいし、めぐり先輩も「ほっとけば最終下校時刻まで仕事をしている」と言っていた。方や俺はというと、帰宅部のエースで、ボッチ界ではエリートボッチだ。自慢ではないが、連絡用SNSなんて両親と小町しか登録されていない。……最近、1名ほど追加されたが。
つまり、時間は有り余っている。それに1年が入学したばかりでは生徒会も忙しいのだろう。この「猫の手も借りたい」状況を鑑みて、平塚先生はせめてGWまでは手伝いが必要だからタイミングよく学校行事をサボった俺を使わせたのだろう。流石に、ここまでの仕事量を見れば素人の俺でも分かるし、その状況で仕事を割り振るのは、いくら俺がヘルプ要員だからと言っても気が引ける。
「いえ……。それは流石に……」
「いや。良いって。俺1人の方が効率が良い。それに優木も立て続けにフェスがあるんだから、そっちに集中してもらえるんじゃね?」
その瞬間、菜々の表情が変わった。驚きと困惑、それに……わずかな、嬉しさのようなものが混ざった顔。なんだその複雑コンボは。
「そ……そうですか。でも、無理はしないでください」
彼女はそう言うと、開いたノートに何かを何かを書き記すと、そのページを破って俺に渡してくる。……ん?何だこれは。
「これは私の連絡先です。何かあれば、こちらに」
そこに書かれていたのは、携帯番号とメールアドレスだけ。SNSのIDやQRコードは一切なし。
今どき高校生で、これだけって……珍しいな。妙な、時代から切り離されたものと、目の前にある紙に対する違和感が、胸の奥に小さく引っかかった。