やはり俺たちの本気は間違っていない   作:健康啓涼

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この度は当作品をお読みいただきまして、ありがとうございます。
また、いつもと違い、1週間遅れの投稿で申し訳ございません。

前回のあらすじですが、
・2つのフェスを目前に控えて「スーパーシャチクジン2」に進化した八幡さんは膨大な書類作業に奮闘しました。

・菜々さんは親の期待とアイドル活動との両立に悩み、勉強に専念するためアイドルを辞める決意を固めていたところへ八幡さんからのメールで全ての作業を一人で終わらせたことに驚きました。

今後も細々と執筆してまいりますので、引き続き、私の妄想ごとにお付き合いいただければ幸いです。


メガネを外したらアイドルだった件(6)

湯船に肩まで浸かると、思わず息が漏れた。

 

「……はぁ。ようやく終わったか」

 

全身にまとわりつく疲労を、ぬるめのお湯がじんわりと溶かしていく。今日も一日、例のフェス関係の書類作成に追われていた。社会人の業務と変わらんだろ、これ。高校生にさせる仕事量じゃない。……いや、普通は複数人でやる前提だから、俺が勝手に社畜モードで抱え込んでるだけか。

 

まあいい。今さら泣き言を言っても始まらない。

 

とはいえ、なぁ……。書類仕事は全て終わった。後は、当日の荷物準備やら宣伝部分なんだが……。こればかりは、仮部員の俺は把握しておらず、中川からもらった資料にも記載がないため、備品はわからん。こればかりは優木を頼らざるを得ないんだが。

 

……いや、別に信頼しているわけじゃないぞ?ただの業務分担だ。うん。

 

先ほど、書類をメールするために中川と優木の連絡先をメモから打ち込んだのだが……あれ、二人ともやけに字が似てたな。というか、ほぼ同じ字体。

 

「……まあ、女子の字ってそんなもんか」

 

妙に丸っこくて、読みやすくて、俺みたいなミミズが這った字とは別世界。流行り廃りとか、友人同士で真似することもあるだろうし。

むしろ、あそこまで揃ってると“テンプレ女子高生文字”とでも呼ぶべきか。俺の観察眼をもってしても、判別不能。

 

結論:ただ似てるだけ。

 

はい、終了。

 

くだらない妄想に労力を使うくらいなら、メール送信ミスがなかったか確認する方がよっぽど建設的だ。提出資料は全部添付済み。戸塚さんにも、中川にも、優木にも。送信先も誤りなし。

 

……たぶん。いや、大丈夫だろ。俺だって一応は確認した。念には念を入れた……結果、俺の寿命が3日分くらい削られた気がする。

 

湯気でぼんやり霞む天井を見上げる。

明後日はいよいよフェス当日。俺に回ってくる役割は、ただの誘導係。書類地獄から解放された俺にとっては、現場で立ってるだけの単純労働なんてむしろ天国みたいなもんだ。

 

「……それでもまあ、油断はできねぇか」

 

祭りの現場は混乱がつきものだ。何より“人”が集まる場所は必ず面倒事が起きる。俺の数少ない人生経験が証明している。要するに、明日も波乱の予感しかしないってわけだ。

湯船のお湯を軽く撫で、静かに立ち上がった。

 

明日を無事に乗り切れることを、せめてこの風呂場で祈っておく。……俺が祈った時点で勝率マイナススタートなんだけどな。

 

***

 

そんなこんなで翌日の放課後。既に教室はすでに人気がなく、窓から差し込む夕陽が机を赤く染めていた。

 

「よっこらしょっと」

 

何ともオヤジくさい言葉が自然と口から出る。はぁ……今日も今日とて、残業ですよ。何時に帰れるのやら。

ここ数日通い詰めている部室に顔を出すと、優木がすでに待っていた。それもさっき直した最終稿の資料を手に、目を輝かせながら。

 

「比企谷くん! 最終確認、お願いします!」

 

そのテンション、相変わらず高いな……。とまぁ、本番前日だから、それぐらいの方がいいのか?

 

と我に返ると気付きたくないことに気が付く。

 

1つ目は、座る場所。当たり前だが、説明する人間がホワイトボードを使うため、今回は俺がいつも中川や優木が使う椅子の方に座るのは分かる。分かるのだが……。

女子がいつも座っている椅子に腰を下ろすのは、何というか……微妙に落ち着かない。座面がやけに柔らかそうな気がするのは錯覚か?

 

「……始めるのは構わないが、中川はいいのか?」

 

言葉がつい出る。普段なら人の不在にいちいち首を突っ込むタイプではないが、今回だけは違った。4月のフェスに関しては、あの量の書類を一人で取りまとめてくれたのは中川だ。だからこそ、彼女がこの場にいることが“当然”だと思いこんでいた分、不在はちょっと刺さる。

そして、2つ目の疑問点が椅子の数だ。優木が座る側に中川の椅子が見当たらない。あの生徒会副会様のことだから俺なんかと比べるまでもなく忙しいのは百も承知だが、遅くなってでも姿を見せるとはおもうのだが、この打ち合わせに中川は来ないことを前提としている。これには少しばかり違和感を覚える。

 

「中川さんですか? 今日は来られないと思いますよ。ホワイトボードにも記載されていますので。あと、メールもありましたよ? 見ていませんか?」

「あー……」

 

優木は一瞬だけ首をかしげ、すぐに予定表を指さす。見たくはないが、彼女が指さす方に視線を向けると、案の定だがそこには『生徒会作業により欠席』と記載されていた。

 

……あー。なんか、おぼろげに思い出したことがあったような、なかったような。

部活勧誘期間が終わったので、入部者数を確認して、改めて各部に割り当てる補正予算を決めるとか聞いてないし、読んでもいないし。

 

あるぇ……。優木せつ菜さん。何ですかねぇ。その呆れた表情は……。

 

「比企谷くん……。随分と曖昧な記憶ですね」

「ほっとけ」

 

思わぬところで、優木に一本を取られたところで、咳ばらいをしたところで、鞄から資料を取り出して手短に説明を始めるため、ホワイトボードに説明に必要なことを書きしたためる。その瞬間、優木の表情が真剣なものに変わる。

 

真面目なやつだなー。スクールアイドルに関わる人って、こういう人しかいないのん?

 

少しばかり先日のカンファレンスで見た光景を思い出すと、ふざけてはいけないと襟元を正す。

 

「当日の流れは昨日送った資料通りだが、細かい部分で変更があったので、昼休みに送った修正校の方を確認してくれ。当日の着替えとかは、この前の下見と同じ。着替え後は控室に移動して、係員の合図があったら待機場所へ移動となるわけだが、言葉だけの説明で大丈夫か?」

 

「はい! 大丈夫です。イメージできました!」

 

食い気味に頷く優木。説明が早すぎたかと思ったが、どうやら一度で理解したらしい。

 

……マジか。

 

俺のまとめた段取りなんて、社会人経験を持った人間と違い、穴だらけだ。そのため、戸塚さんから、結構な修正指示があったんだよな……。作成者の俺が内容を理解するにもひと苦労だと言うのに、この子、もうイメージできるのねん……。

 

頭の回転がいいのか、あるいは要点を掴むセンスがあるのか。少なくとも、ただの元気印じゃないのは確かだ。

 

「……まあ、不測の事態は起こる。なので準備は余裕をもって……ってこれは大丈夫そうだな」

「はい!大丈夫ですよ。ちなみに、予想される不測の事態は何かありますか?」

「……まぁ、あるかもしれないが、その場合は俺が何とかする」

 

言葉にしてしまってから、ちょっと後悔する。責任を引き受ける気なんてなかったはずなのに、気づけばそう口にしていた。

 

……いや、言った以上はやるしかないんだけどな。

 

優木はそんな俺の逡巡など気づかぬまま、ぱっと笑顔を見せる。

 

「ありがとうございます。比企谷くんが対応して下さるなら、安心です! 任せましたよ!」

 

優木は急に立ち上がると同時に、両手を握っては腕でW字型のポーズをとる。それは、言葉だけではなく、身体全部を使って俺に「任せました」と信頼を見せたわけで、真正面から言われると、居心地が悪い。それに裏が全くないどころか、これを当たり前にやっちゃうあたりは、優木の人の好さを垣間見る。

 

あのね?いくらアイドルだからと言って、やり過ぎたと思うんだよなー。その腕の形でさ、女性のシンボルが際立つわけですよ?思春期の男には毒だからね。なんなら、勢いに任せて告白してフラれるまであるな……。

 

当たり前だけど、フラれるんだよな。

 

優木の根っからのアイドルっぷりを見せつけられると、ふと違和感が頭をかすめた。

 

あらためて彼女を見てみる。背丈は平均的で、小町とほとんど同じ。たしか、中川もそんぐらいの身長だったはず。

けど……女子なんて、大体似たような体格に収まるもんだ。そこから「同一人物」と結論づけるなんて、さすがに飛躍だろ。まぁ「イマドキ女子」ってそんなもんなんじゃねーの?知らんけど。

 

「……どうかしました?」

「あ、いや。なんでもない」

 

結局、結論は昨日と同じで「ただ似てるだけ」と自分の考えすぎに少しばかり呆れると共に、脱線した思考を戻すために視線を戻し、資料を閉じた。

 

「明後日は予定通りだ。無茶はするなよ」

「はいっ! 全力で頑張ります!」

 

その言葉に、彼女の真っ直ぐなやる気がにじんでいた。俺の中に生まれた小さな違和感も、その勢いにかき消される。

 

……まあいい。疑念より、まずはフェス本番を無事に乗り切ることだ。

 

まぁ、なるようになるか……。

 

 

 

 

と思っていた2日前の自分をグーで殴りたい比企谷八幡です。

本日はフェス当日。俺らは集合時間通りに現地入りをし、優木は着替え室へ移動し、俺は必要事項やら当日に必要な記入作業をこなしては、胸に「スタッフ」と書かれたシャツを洋服の上から重ね着をしてから控室にて、担当係員さんと最終打ち合わせ。終わったころに着替え終わった優木が合流したところまでは良かった。

 

あのね。優木さん。無理に「似合ってますよ!」とか言わなくていいからね?ただでさえ、男子比率が1%どころか1人という状況で、大声出す必要ないからね?

 

周りからは冷ややかな目と失笑に気が付いて欲しかった……。

 

と、本番前の出演アイドルに苦言を呈することは絶対しない「空気の読める男」こと比企谷八幡は空気を読んで控室を出たわけですよ。そしたら……突然電話がかかってきたわけで。

 

『ごめんなさい。まさか、こうなるとは……』

「これ、もう詰んでませんか?」

 

電話越しで戸塚さんからは本当に申し訳なさそうな声で、数回にわたって謝罪された。

 

開始直前の会場は、思っていた以上に騒がしかった。どこもかしこも女子高生とイベント会社スタッフが入り乱れ、慌ただしく走り回っている。控室前の廊下で通話するのも苦労する。

 

だが、そんな苦労よりももっと厄介なことが舞い込む。

 

優木の出演順番が1つ繰り上がるというのだ。

別に出演順番が1つぐらい繰り上がる程度のこと、既に準備できている優木に伝えて終わり。なのだが、そうは問屋が卸さないというのが、世の常である。

というのも、何が問題かというと『1つ繰り上がることで、ステージまでの経路が変わる』のだ。

 

先日の会議でも言われていたことだが、ステージまでの経路は非常に複雑で、機材搬入などの関係で迷路のような動線配置になっている。そのため、今日の動線を覚えるのも苦労したのだが、それが水の泡といったところ。その上、今から新しい動線を移動することになる。担当スタッフが別班に回され、こちらはほぼ丸投げ状態。

 

くそぉ……。中川よ。こういう時こそ、生徒会の出番なんじゃねーの?

 

『どうにか引き受けてもらえないかな?』

「……そうやってお願いされても、これ、答えは1択ですよね」

 

再び戸塚さんからの謝罪の言葉ラッシュで、もはやライフは0を超えて、オーバーキルってもんだ。

 

……マジでどうするんだ?

 

頭を抱えたくなるが、やるしかない。会場の通路なんてどこも似たような景色で、迷いやすい構造だ。しかもこの人混みだ。間違えれば即アウト。

 

とはいえ、俺一人で処理できる問題でもない。当事者である優木に伝えないことには始まらない。重い足をなんとか動かして再び控室に戻ると、そこには音楽を聴きながらリラックスする優木の姿が目に入る。

 

「比企谷くん……。何か起こりましたか?」

 

優木も戻ってきた俺に気が付いたのか、音楽を聴くのをやめて、こちらをむく。

 

俺は思い出す。――以前、中川に言った言葉を。

 

「お前はお前の役割に集中してもらえるんじゃね?」

 

どうして優木ではなく中川に言った言葉を思い出したのかは、全く持って検討つかないが、あの時は口から出まかせに近かったが……言った以上は責任を取る。

 

なら、今回も同じだ。

 

「優木」

「……はい?」

「すまん。出演順番変更になったのでスタンバイの時間になった」

「そうでしたか。でも、大丈夫ですっ! 既に準備はできていますよ」

 

彼女は笑顔で応える。声の調子もいつも通りなのだが、不穏な空気を察したのか、わずかに表情を曇らせていた。

 

本番直前、誰だってナーバスになる。なのに、ルート変更だのトラブルだの、余計な不安材料を抱え込ませるのは良くない。

 

「つーわけだ。移動すっか」

 

クシャっと音がする程度に力を込めて拳を握る。上手く誤魔化せたかは分からないが、今はこれでいい。余計なことは言わず、次に向けて動いた方がいい。

 

「そうですね。よろしくお願いしますっ!」

 

優木の瞳がきらりと輝きに満ちると、全身から溢れる彼女の魅力を感じる。どうやらスイッチが入ったようで、その表情は明るい。

 

……勘弁してくれ。そんな真っ直ぐ見られると、俺が逃げ道を塞がれたみたいじゃないか。って、元から塞がれてたわ。

 

控室を出て、外を通ってステージ側へと移動を開始する。初めは出番を待つアイドルたちがのんびりとしていたこともあって空気も軽かったが、ステージに近付くと少しずつ重くなる。リハの時に比べて、スタッフさんたちの移動も慌ただしく、大きな声があらゆる方向から飛び出すため、空気も張りつめてくる。

 

こんなところ通らなきゃいけないのかよ……

 

ルートの地図を頭の中で組み立て、通路を歩きながら細かく確認する。分岐点、待機場所、そしてスタッフの配置。

 

「そこ、案内通りじゃなく1本先を曲がるからな」

「はいっ!」

 

手には汗で少し萎れた会場マップ。あの日、迷子になってよかったと自分の失敗が活きた。うろうろとしたことで、曖昧な部分はうろ覚えだが、何とか自分が見たサインと会場までのルートが繋がる。

 

少しだけ振り返ると、俺の誘導に従う優木は何か考え事をしながらブツブツと独り言を。恐らくはステージに向けて集中しているのだろう。本番前のこのタイミングで不安にさせてしまったら、ステージで良いパフォーマンスが発揮できない。スポーツ選手なんかも、本番前のこの時間が重要だというしな。

 

こりゃ、ミスが許されないな。マジで。

 

見えない不安と一人戦いながら、移動すること数分。聞こえてくるステージ音が少しずつ大きくなってくるのが分かる。

 

「比企谷くん。優木さん。こっちだよ」

 

手を振る戸塚さんの姿が確認できた。どうやら、無事にステージ袖へ到着。時計を見ると予定より早いくらいだ。

 

「……着いたな」

「ありがとうございます!」

 

ほっと胸を撫で下ろす俺を他所に優木は、その場で大きく深呼吸をした。次の瞬間、何かを振り切るように背筋を伸ばし、笑顔を取り戻す。

 

「比企谷くん。頑張ってきます。だから

 

――見ていてください!」

「……おう。頑張ってこい」

 

そう告げて舞台へと歩み出す姿は、もう迷いのないアイドルのものだった。俺は係員としての戻り時間を逸していたが……そのままステージ下で立ち尽くし、彼女がスタンバイ室へ入っていくのを見守る。すると、戸塚さんは「ポンッ」と軽く肩を叩く。

 

「比企谷くん。急遽な変更に対応して下さり、ありがとうございます」

「……うっす」

 

労いの言葉と共にどこか安心した表情を見せる。

 

まぁ、トラブルが発生したけど何とか乗り切ったわけだしな。

 

優木を案内し終えた戸塚さんがステージ下に戻ってくるやいなや、俺に頭を下げる。さて、俺はお役御免だな。とりあえず、関係者席に行けばいいのだが……。

 

そういえば、どうやって行けばいいんだ?

 

人の事ばかり気にしていたせいで、肝心の自分の動線を確認していないことに気が付く。まぁ、このまま時間を潰して、優木を待つのもいいのだが、さっき「見ていてください」と言われたばかりで、それに返事もしてしまった。

 

さて。どうしたものか。つーか、苦手なんだよな……。あの曲。

 

「今からでは間に合わないと思うので、ステージ袖での見学許可を貰ってきましたので案内しますね」

 

……この人、この前のリハといい、連絡先交換と言い、心が読めますのん?

 

「まぁ……はい。よろしくお願いいたします」

 

戸塚さんが何か色々なものを見越してか、俺に笑顔で話しかける。とてもありがたくない申し出だが、ここは仕方ないと諦めて黙って付き従うと、舞台裏でもこの場は多くの人が行きかい、常に注意を払わないと人とぶつかってしまう。

と、歩くこと数分。連れられてきたのは舞台袖。そのすぐ近くにはステージ下の階段で多くの人間が待機している姿が見え、その中の1人に優木の姿もある。

 

「ここからなら、カメラや観客席からは死角だからね。ある意味特等席かな」

「はぁ……」

「そうそう。このパスを首から掛けておいて」

 

言われるままに「会場STAFF」というパスをかけたところで客席を見渡すと、前席は席が全て埋まっているようだが、真ん中ぐらいからは空席が目立つ。1つ前の出場者の曲が終わると、幾人かの人が席を立つ。

 

やはり満席にするほどの人気も知名度もまだ彼女にはない。それこそ、小町も言っていたが、優木は「知る人ぞ知るアイドル」というのが専らの評判で、今回は広報活動を全くやっていないに等しい。

 

そこに加えて、会場に「出演順番変更のおしらせ」がアナウンスされると、更に席を立つ人達が見え、空席が更に目立つ。

 

……これが現実か。これは出る前から失敗が目に見えている。ステージが終われば笑われ、後ろ指を指されることは間違いない。

 

やっぱり社会なんて間違いだらけだ。

 

仕事をしたら必ず報われるなんてことはないことは分かっているが、分かっていながら、中川と優木は今日のために準備をしてきた。それは何のためだ?

 

そんな疑問が頭に浮かぶ中、舞台が暗転する。

 

また手汗をかいていることに気が付く。気が付かないうちに、俺自身、どうやら緊張しているようだ。

 

「そう高く 果てなく

明日へと導くよ

私だけの光放ちたい DIVE!」

 

出てもいないのに勝手に緊張し始めた次の瞬間、彼女の高く伸びやかな声が会場に広がると共に音楽が鳴り響くと、場の空気が一変した。

 

「自信なくして ただ

心に鍵かけて

響く自分の声に

耳塞いでた」

 

……何が分かる?

 

そう言いたくなる歌詞だった。

別に俺に向けた言葉ではないことは百も承知だ。映像やリハーサルで何度か聞いてはいるが、改めてこうして聞いてみると、どこか胸の中からモヤっとしたものが湧き上がると気持ち悪さを覚える。この次の歌詞もそうだ。「知ったような口をきくなよ」と思わず言いたくなる。そんな簡単にわかるわけないだろ?わかったところで、何ができるんだよ?だったら、それらと向き合い、落としどころを見つけてはそれこそ、この曲の歌詞のように「心に鍵かけて」封印するしかないだろ?

 

……だから、この曲は苦手なんだよな。

 

とはいえ、優木のパフォーマンスはリハや動画のものとは比べられないほど圧倒的だった。湧き上がる歓声は観客の少なさなんて感じさせないほどに。

目の前で、観客席の熱気を背負いながら歌う彼女の声は、会場全体をひとつにしていた。

 

……大きな声を出す意味なんてないと思っていた。が、それは違ったのかもしれない。

優木の見せるパフォーマンスに呼応するように観客がペンライトを振り、コールを行う。

全部が混ざって――この瞬間を作り出している。

 

「遠回りでもいい 胸張って進もう

Louder!Sing!Louder!

不器用かな

でも 傷ついたって構わないよ

曇りない気持ちで

生きたいPride

私らしく……!!」

 

ステージの上に立つ優木は明らかに「何か」を伝えようとしている。それは観客だけではない。この後、アーカイブを視聴する人もそうだが、この場にいるスタッフにまで。

 

俺はただ黙って、その景色を焼き付けた。

 

***

 

「以上! 優木せつ菜でしたぁー!!」

 

曲が終わり、心臓は強く打ち、私は肩で息をする。ステージ中央でここにいる皆さんにお礼を伝えると、こんどは皆さんが拍手をくれる。その音は、どこか爆発音のように響きます。

 

ここにいるお客さんたちから届く「大好き」な気持ちがたまらなくて、この時間が、このステージが、この心を通わせることが私にとっての「大好き」です。

 

ステージを降りた瞬間、全身が熱を帯びているのを感じた。胸の奥が高鳴って、呼吸さえ追いつかない。照明の光も、観客の歓声も、まだ耳の奥でこだましている。

 

「はぁ……っ、はぁ……っ!」

 

こんなに楽しいなんて、想像以上だった。

リハーサルとは違う。これは本番。全力を出し切った感覚が、体の隅々まで震えとして残っている。

ステージ袖に捌けると、舞台が暗転して、次の準備にかかるスタッフさんが「急げっ」と掛け声をかけて私の横を駆け抜けていきます。皆が必死で、皆が好きな事のために精一杯で。

 

汗が頬を伝うのも、衣装の裾が少し重く感じるのも、全部が嬉しい。だって、これが『今の私』だから。

 

ふとステージの方へ振り返る。暗くて前は良く見えませんが、そこには確かに「皆との思い出」が目に見えない形で残っていて、今までにないぐらい印象に残るステージでした。本当なら、ステージ直前までGWに向けて書類をかき上げたり、部活動の補正予算案を製作したり、予備校の宿題を取り組んだりとやることが多かったはずでした。

 

ですか、今回は違います。ステージに集中させてくれる今の私には強い味方がいます。こんなに楽しいなんて、想像以上でした。全力を出し切った感覚が、体の隅々まで震えとして残るなんて……。

 

「おう。お疲れさん」

 

彼はそう短く声をかけてくると、チャームポイントである可愛いアホ毛が少しだけ揺らし、こちらを見ていました。たった一言だけど、とても嬉しい言葉です。

 

首からネックストラップが掛かっているということは、どうやら、観客席ではなくステージ袖で見てくれていたのですね!

 

気が付けば、自然と彼の元へと駆け寄っていた。

 

「比企谷くんっ!」

 

思わず声が大きくなる。気持ちが抑えきれない。自分でも驚くくらいハイテンションで、笑顔が勝手にこぼれてくる。

 

『頑張って来い』

 

いつもはひとりぼっちの待機場所でしたが、今回は違います。彼は一言そういって、私の背中を押してくれた。

 

その一つひとつが、私の悔いのないステージにしてくれたんだ。

 

だから今、どうしても伝えたかった。

 

「無事にステージに立てたのは、比企谷くんのおかげです! 本当にありがとうございます!」

「大した事してねーだろ。俺。それこそ、こっちは書類仕事含めて中川と優木がほとんどやってたわけで……」

 

確かに彼の言う通りです。が、それでも私はお礼を言わずにいられませんし、引き下がるつもりもありません。

 

「そんなことありません。比企谷くんがいたから、数日間でも、集中できました! 本当に比企谷くんのおかげです」

 

メールにもあったこと。その思いを伝える。どうやら、なんて答えていいのか困った様子。

 

「はぁ……。分かったよ。じゃあ、ありがたく受け取っておくわ」

「それも含めて、ありがとうございます!」

 

彼はいつも通り気恥ずかしそうに視線を逸らす。けれど、それがまた嬉しかった。

 

伝わっている。きっと伝わっている。

 

「だから、これからも……! GWも、よろしくお願いしますっ!」

 

思わず両手を握りしめて、力いっぱい頭を下げた。

舞台の興奮がまだ収まらない。心臓が破裂しそうなほど高鳴って、笑顔が抑えられなかった。

 

たった2回でも仲間がいること――私は、本当に幸せですっ。

 

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