帝国遭遇狂騒曲 異説・ダゴン星域会戦成らず   作:narrowalley

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異説・ダゴン星域会戦成らず
第1話


 艦橋に立ち入った瞬間、艦橋スタッフの視線が自分に集中したのを感じ、駆け足で乱れた息を整えると、意図して普段よりゆっくりとした口調で、駆逐艦ヤノーシュの艦長は声を上げた。

 

「友軍以外の通信波を検知したと?」

 

 忙しげに指示を飛ばしている副長に近寄る。

 艦橋スタッフとやり取りしていた副長は情報端末に視線を固定しながら、艦長に回答する。

「同盟で廃止済みの通信規則まで範囲を広げましたが、存在しない波長です」

 

「あからさまな人工物と思わしきオブジェクトから謎の発信か…」

 

 眉を(ひそ)めながら、艦長は冗談交じりの希望的観測を口にした。

「宇宙海賊の類は?」

 

「ここが何処だとお思いで?艦長」

 じっとりとした横目で流し見る、副長に肩を竦めて艦長は言い訳した。

 

「少しは希望を持ちたかったんだ」

 駆逐艦ヤノーシュが今、潜む場所。

 宇宙船の墓場と恐れられた、宇宙の危険地帯であり、か細い安全航路帯が天の川銀河の二つの渦巻腕を結ぶ、本来であれば、チョークポイントとなるはずの宙域であった。しかし現在は無人の星域が続く上に、まっとうな商船が通ることはありえない。宇宙海賊にとっての獲物が存在しないのである。宇宙海賊にとっては、セーフハウスか緊急避難所程度の価値しかない。ここで出会う宇宙船は、第一に遭難船で、次いで、商売敵の軍艦くらいであるから、彼らが望んでこの宙域をうろつく事はまずありえない。

 

 指示に応えて集まり始めた情報を纏めるために机で作業を開始する副長の肩を叩いて、艦長は通信担当者の席に近寄る。

「通信長。こちらからの通信履歴はどうか?」

 

「午前中に発した定期連絡以降、外部への発信はありません。予め言っておきますが当艦宛の着信は哨戒開始の三日前からありません」

 

「その後、不明の発信元の方向から宇宙船相当のオブジェクトか…」

 

「隕石などの自然物、届け出のある遭難船などの記録に該当物はありません」

 

 よし。と軽く頷いて、副長を呼ぶ。

「副長。索敵情報はまとまったか?」

 

「幸いと言うべきなのか悩ましいですが…」

 

 嚮導型駆逐艦をベースとして哨戒機能強化改修を受けた、駆逐艦ヤノーシュは改修後初めての実戦に投入された。

 初期改修型によくある細かいトラブルが重なり、駆逐艦ヤノーシュは哨戒任務開始丸一日後に、アクティブレーダー機能の一部-哨戒用広域探知-使用を停止せざるをえない事態になっていた。艦長は、今更任務を中止し戻る手間を惜しみ、強化されたパッシブレーダー機能により、任務遂行は可能と判断した。ついでに現地修理対応の経験、パッシブ索敵工程の実地訓練も追加して行う事としたのだ。

 軍馬(ワークホース)たる駆逐艦、それも帝国境界予想線を哨戒するような歴戦の駆逐艦というものは、常に細かいトラブルを抱えながら奔走するものだ……部下たちに「吾らこそ精鋭」と嘯きながら、任務続行を決断した、昨日の自分を殴りたい衝動を艦長は強く覚えた。

 口にするほど悩んでもなく、むしろほっとした表情の副長からの報告で自艦のトラブルを思い出した艦長は眉を(ひそ)めるが、すぐに表情を切り替えて副長に問う。

「先方の動きに変化は?」

 

「対象の挙動に変化はありません。パッシブ情報だけなので確度は怪しいですが…」

 

 副長は手に持った情報端末画面を艦長に見せる。画面には副長が急ぎ取りまとめたオブジェクトの情報が表示されていた。

 

 予測質量は本艦(ヤノーシュ)の10倍以上15倍未満。

 不定期、かつ不特定方向に、ある一定量の熱源を排出。

 ただし、それは「安全航路帯として使用できる宙域」を「人類の宇宙船」が「経済速度で移動する」ための軌道修正であれば理解できる。

 理解できてしまう。極めて合理的な回答であり、予測もされていた、極めつけの厄介者。

 つまり、自分たちと同類たる人類が操る宇宙船の可能性を疑うべき状況である。

 

 場所が場所なら宇宙海賊をまっ先に疑うところだが、先ほどの副長からの突っ込み通り、ここで油を売るような海賊なら自分たちが負けるはずはない。だが…

 ここは脱出回廊。ご先祖様が銀河帝国からの脱出行で多くの仲間を失った危険な航路の一部である。

 そして現在確認されている、オリオン腕に繋がる、唯一の航路。

 ここを航行する宇宙船は、自分たちの「同業者」の可能性が一番高いと自分も思ったじゃないか。

 そして、今、自分たちが乗る駆逐艦ヤノーシュの周囲1日経済速度の宙域に友軍艦艇は一隻も存在しない。秘密作戦に従事する特殊艦艇などが存在しなければ、だが。

 流石に妄想が過ぎる。よしんば友軍の特殊任務部隊が居たとして、自分たちに加勢するために任務を放棄するわけもなし。

 

 小さく溜息を吐く。塞翁が馬ということもあるものだ。いやいや、自分が任務の時に遭遇しなくてもいいじゃないか。

 だが、まだ発見されたわけでもなさそうだ。つまり、戦闘になるかはこちらの判断次第…

 

「パッシブで待機。通信封鎖を徹底しろ」

 艦長は、まだこの状況の継続を望んだ。

 

「本艦の航路と敵艦の航路予測はどうか?」

 緊張が高まり過ぎて未確認オブジェクトなのに、"敵艦"と言ってしまっていることに艦橋内の誰も疑問に感じない。艦橋内で緊迫したやり取りが続く。

 

「隠蔽索敵工程中のため、安全航路帯から外れた宙域を航行中だったのが功を奏しました。先方が指向索敵を連続して本艦方位に行わなければ、見つかる可能性は低いかと」

 

 艦橋のそこかしこで吐息が漏れた。

 現状を維持する選択を諦める要素はない。艦長はひとりごちた。

 とりあえず生死を賭ける決断は先延ばしできると分かると、人間、ましてや駆逐艦の艦長などという人種はむくむくと欲がもたげてくる。

 

「カメラは指向できるか?」

 

「観測結果からの予測航路方向に向けて撮影するので限界です。リアルタイム補正可能な距離まで接近するのは…」

 

「だろうな」

 

 発見されては元も子もない。大体ヤノーシュの3倍以上の大きさとなれば、戦艦級である。仮に1対1の戦闘となれば、それは戦闘ではなく虐殺となるだろう。勿論虐殺されるのは自分たち駆逐艦(ヤノーシュ)だ。

 

「戦闘準備に入りますか?」

 脇で待機していたのだろう、頬を紅潮させた若い運用長が聞いてくる。

「…」

 ヤノーシュ艦長と副長はうら若い士官をまじまじと見つめた。

 一瞬で視線を切ると、駆逐艦ヤノーシュのナンバー1と2は、お互いを見やる。副長はそそくさと、その場から離れる。

 艦長は新人運用長に見えないようにかすかな溜息を吐くと、周囲の部下にも聞こえる声量で答えた。

「敢闘精神は結構だが。俺たちはワークホースたる駆逐艦だぞ。この情報を持って帰るのが最優先の仕事だ」

 可能ならば、生きて。と艦長は内心で続ける。

 

 ちくしょう、なんで俺なんだ。こんな形で歴史に名を遺すのなんて御免なんだが…

 

 艦長の声を聞いた副長が具体的な指示を艦橋スタッフに出し始め、止まっていた空気が艦橋スタッフ達と共に慌ただしく動き始めた。

 

「艦艇、それも軍艦と仮定して隠蔽索敵を実施する。パッシブのみで取れる、あらゆる情報を収集するんだ」

 艦長は明快に決断を艦橋スタッフに伝えた。

 

「追尾しますか?」

 副長の質問に、艦長は脳内で算盤を叩く。

「あー…」

 哨戒コースの一部でも記録できれば大金星。

「まずは敵艦の予想される索敵範囲内から脱する目途が立ったら、だな」

 

 

 ここに、ゴールデンバウム朝銀河帝国と自由惑星同盟の初の接触が果たされた。

 正史と異なり、今回の異説では、それは一方的な出会いであったが。

 

 

 結果として。

 駆逐艦ヤノーシュ艦長は自由惑星同盟軍人として、帝国軍に対し最初の砲火の引き金を引くという、歴史的大役を自分以外の人間に譲る事に成功した。また、帝国軍に殺された自由惑星同盟軍戦死者リストの最初に自身の名を連ねる事も免れたのであった。

 駆逐艦ヤノーシュは仮称「帝国軍艦艇」を持てる情報収集能力の限界まで調査・収集すると、任務を切り上げ、帰還を開始。そして一週間後、一人の死者も出さず、同盟勢力圏に生還した。貴重極まりない「凶報」を携えて。

 

 宇宙暦640年2月の出来事であった。

 

 

 ここに自由惑星同盟にとって、永い片思いが始まったのである。

 

 

 

----§----

 

 

 

 

「敵艦発見。吾、損害なし」

 

 駆逐艦ヤノーシュから持たらされた第一報は、そのまま脱出回廊(イゼルローン回廊)哨戒隊司令部から緊急電として自由惑星同盟首都星ハイネセンに飛んだ。

 自由惑星同盟の元首であり、最高行政官かつ最高司令官たる最高評議会議長はその連絡を受けると、直ちに国防委員長と副議長たる国務委員長を招集し、戦争計画の予備準備を極秘に指示したのである。

 

 議長公邸への道すがら、国防委員長は内心で首を傾げていた。

 元首たる最高評議会議長からは、すぐにでも開戦の決意を内示されるものと考えていたのだ。

 戦争計画の予備準備指令後、数日が経過しているが、議長からの動きが鈍っている。

 その一方で、上院議長も兼ねる国務委員長が急遽、上院有力議員と接触を開始し、頻繁に、時には議長を交えて面談を実施中、との情報も国防委員から寄せられている。

 

 ついに我が世の春、とは言わないまでも、一朝が来たと、色めき立った国防委員会を押し留める事態が発生している。

 国防委員、接触情報を知る一部の軍人、国防委員会官僚をヤキモキさせていたのは、一度は戦争計画にゴーサインを出した議長本人である。

 

 来るべき帝国との接触、帝国軍戦艦と遭遇との一報に対し、主担当官庁たる国防委員会はある種の高揚感が横溢していた。

 

 百年耐え忍び続けて来たのは、今日の一朝事のためである。

 

 建国より百余年。建国者達の先見により建国初期から創立された国防委員会-と武力主体である自由惑星同盟軍-であるが、当の本人たちの多くは、冷や飯喰らいに甘んじてきた、と感じていた。

 

 曰く。

 平時における軍隊が、でかい顔をしているのは不健全である。

 不要不急の軍事力に金をかけるより、他に回すべきだ。

 

 民主主義社会としては、まこと健全と言わざるを得ない。民主主義者が評するならば、まずまずの「古き良き時代」と言えた。

 

 実際は、自由惑星同盟社会は建国から今に至る迄、人口爆発への対応と国土開発に追われており、とにかく手が回らない、というのが同盟市民の大多数の認識であった。

 子供の寝物語に出てくる、恐るべき敵役である銀河帝国に抗するための軍隊も結構だが、今必要とされる、宇宙海賊討伐、航路啓開、災害救助に貢献できる軍隊を。

 納税者にして、徴兵元である同盟市民の支持を得ることは自由惑星同盟軍にとって絶対的命題であり、無視すべからざる要素である。

 かくして、自由惑星同盟軍は建軍当初からその本分にのみ邁進することも叶わぬ状況から、自身を育て始めなくてはならなかった。

 

 もっとも、同盟軍の基盤となる同盟市民社会自体が常に過労働(オーバーワーク)気味であり、また市民軍の側面を持つ以上、宇宙海賊討伐はともかく、救助活動などの任務は士気の維持からも忌避すべきものではなく、むしろ積極的に参加すべきものと現場では解釈されている節すらあった。

 この風潮に嘆き、危惧していたのは、一部の対帝国過激主義者や、高級軍人、政府高官くらいであり、その少数勢力の伝統的牙城の一つが国防委員会であった。

 

 とにもかくにも。主人たる議長からお預けを喰らって数日が経過していた国防委員長は、ようやく来た招集に、同席者を連れて、最高評議会議長のオフィスを訪れていた。

 

「軍に専門家としての意見が聞きたい」

 招集した人たちとの軽い挨拶と紹介を済ませると、オフィスの主である、最高評議会議長は一人の軍人に問いかけた。

 

「大局的な意見は私からも一般論として述べることはできますが、おそらく議長閣下としては様々な視点からの意見も望まれているだろうと考えましたので彼らも呼びました」

 自分の要望をしっかり汲み取った上で期待以上の回答を用意してきた、統合作戦本部長に議長は満足の意を笑顔で表した。

 

「議長より打診のあった、銀河帝国軍迎撃作戦の総司令官と参謀長の候補二人も連れてきております」

 

 横に座る、自身よりも若い風体の軍人達を見ながら、そう言えば統合作戦本部長から提示された将官だったか、と国防委員長は脳裏の人物リストから名前を探ったがすぐには出てこなかった。何せ、銀河帝国接触の一報から庁舎に缶詰めだった委員長には他に憶える事もやるべき事も山ほどあったからだ。

 

「最初の方針は接続宙域(イゼルローン回廊を構成する星域群)の戦闘哨戒への格上げ、全軍のデフコン2への引き上げと同時に総動員令の発動でしたか」

 本部長は直近の議長からの指示を復唱することで、オフィス内の人間たちに前座としての状況を確認してみせた。内容は委員長が受けた報告と変わりはなかった。

 以前から企画・制定されていた、対帝国戦争計画の一部であり、国防委員会は勿論、統合作戦本部でも共有されている内容なので、誰も疑問は感じない。

 

「戦いは避けられない、と考えていたのだが、報告を上げた艦からはわが方は非発見であったと聞いてね。少し考えたいと思っている」

 ここで議長が異議を唱えた。

 

 何を考えるというのだろうか。国防委員長は、やはり内心で首をかしげる。

 

「自ら開戦の一撃を放つ必要は、ないと」

 軍服を着た30代半ばの大男が、議長の考えをいきなり口にした。

 統合作戦本部長からは迎撃作戦の総司令官候補と紹介されていた人物である。

 

「うむ。この接触が戦闘に発展していた場合、帝国のリアクションとそれに対する同盟のリアクション。双方のリアクションのエスカレーションの果ては、戦いに収斂されるだろう。それはもう遅いか早いかの差でしかない。

 だが、相手に知られていない可能性が残されているのであれば、取りうる選択肢は他にもあるのではないかと思っている」

 

「今開戦する事と将来に先送りする事、どちらが同盟に利するか、ですか」

 大男は議長の考えを先読みし、答えだけを述べる。委員長の理解が及ぶ前に話が進むので、委員長はたまらず、困惑する。

 統合作戦本部長は無表情であり、もう一人の軍人は理解出来て当然のような顔をしている。

 自分の理解力が足りないのか?と委員長の困惑を無視するかのように議長の大きくもない言葉がオフィスに響いた。

 

「吾々は銀河帝国を知らなさすぎる」

 

 議長のオフィスに沈黙が下りる。

 自由惑星同盟建国から百余年、銀河帝国成立まで遡っても三百年を越える程度。脱出回廊(イゼルローン回廊)の先に広がる、オリオン腕の人類活動の光がサジタリウス腕に届くにはまだ千年単位の時間が必要である。

 

「吾々より弱小である、つまり衰退していると思うのは希望的観測が過ぎるでしょうなぁ」

 大男は腕を組み、天井を見上げると、気安く喋り出す。

「こちらは建国から100年ちょっと。サジタリウス腕の半分も知らない上に、開拓範囲で言えば、お察しもいいところ。方や、あちらさんはオリオン腕の三分の一まで広がった、銀河連邦を乗っ取ってからでも300年は経過している。200年分の時間差も加味して考えれば国力差は笑うくらい大きいでしょう」

「そもそも、サジタリウス腕にまで植民するほどの勢威を銀河帝国が誇っているのであれば、今の同盟では太刀打ちできませんよ」

 贔屓(ひいき)の、だが弱小スポーツチームの今期の順位を予想する程度の残念さしか滲ませない大男に、委員長は眉をしかめる。

 

「距離の防壁も圧殺できるだけの国力差という奴ですな。白旗の用意と降伏条件でも詰めた方が建設的というものです」

 

 軍人が上司に告げる内容としては暴言そのものである。目を剥く委員長に対して、議長は面白がるような雰囲気を醸しつつ話を促す。

 

「だが、絶望的というほどではないのではないかな?と期待しているのだがね」

 

「折角、吾が軍が貴重な帝国軍の情報の一端を持ち帰ったのです。まずはその情報を整理してみましょう」

 流石にこれ以上、部下の大男に喋らせると、政治家達の剣呑な気配が危険水域に達すると危惧した統合作戦本部長が割り込む。

 そして、射殺さんばかりに巨漢の同僚を睨む、もう一人のノッポの軍人を促した。

 

「まず、今持つ情報から整理していきましょう」

 緻密な理論家、と本部長に紹介されたノッポが説明を始めた。

 

「今の今まで、吾が軍とニアミスする事も無かった事から、連中(帝国軍)の(サジタリウス腕への)哨戒頻度は高いものではありません」

 

 ノッポは携帯していた情報端末からソリビジョン(立体映像)を出力させ、簡易的な天の川銀河を表示する。

 自由惑星同盟市民からは一般に脱出回廊(イゼルローン回廊)と呼ばれる、オリオン腕とサジタリウス腕を繋ぐ、か細い航路帯を中心に、それぞれの渦巻腕の接続宙域が拡大表示され、駆逐艦ヤノーシュと、接触した帝国軍艦艇の航路情報が追加表示される。

 駆逐艦ヤノーシュの超望遠カメラが捉えた画像と、同時に取得した各種観測結果を基に、コンピュータグラフィックスで詳細化された帝国軍戦艦と思しき艦艇が表示される。ブラックグレーをベースとしたその艦艇は、もとより威圧感を考慮したのであろうが、初めて見た自由惑星同盟の政治家たちにその効果を十分に(もたら)しているようであった。

 ただし、軍人であるノッポは特に恐怖も反発も感じず、淡々と説明を続ける。

「なにより、この100年、帝国のサジタリウス腕への入植は確認できておりません。この事からも、オリオン腕が帝国勢力圏最外縁と見なせるはずです。また、これまでの哨戒頻度から帝国辺境域の過疎具合も想定できるでしょう」

「では想定するための基準はどうでしょうか?

 簡単なことです。彼らも人間です。政体の違いはあれど軍艦の活動、軍事行動は吾々の常識の値に収まります」

 

 駆逐艦ヤノーシュが記録した帝国軍艦艇の航跡と、その後の予測線を見詰めながらノッポはそう締めくくった。

 

「皇帝の御威光で1年以上軍艦に乗り続けることが出来るわけでもないだろうし、光合成で腹を満たせるように進化したとも思えんしな」

 知的光合成生物への進化?を遂げるには短すぎる、と話を混ぜ返す大男。

 ノッポの大男に向ける視線に再び殺意がちらつく。

 統合作戦本部長が咳を入れたのを横目に、大男を睨みながらノッポの説明が続く。

 

「結論として、銀河帝国は銀河連邦の最盛期には及びません」

・サジタリウス腕への植民が放棄され、今に至るも再開は確認されていない

 →銀河連邦の最盛期(の人口)には及ばない

 

・ニアミスした宙域での哨戒コースの一部から銀河帝国勢力圏の範囲を想定できる(駆逐艦ヤノーシュも息を潜めて隠れていたばかりではなく、確認できる範囲で帝国軍艦艇の哨戒ルートを記録していた)

 →アルテナ星系を含む脱出回廊のオリオン腕側出口が自然国境と見なせる。また、哨戒頻度から、国境星域は相当の人口過疎地帯(=経済的にも低価値)であるとも想定できる

 

・哨戒規模と頻度から帝国軍の軍事力、取り分け、宇宙戦力の規模もある程度の類推ができる。また宇宙戦力から逆算して帝国が支配する人口も類推する事もできる。勿論、帝国軍の管轄する宙域の、ごくごく一部のさらに一瞬を切り取った情報のみであり、精度はまったく期待できないが。

 →最大限見積もって100万隻か

 

 多く見積もっても、人口一千億、軍用艦艇百万隻というところではないだろうか。

 

「千億…」

 委員長は嘆息する。今の同盟は全人口で一億を越え、二億が見えてきたばかり。千倍の差では、戦争にすらならないのではないだろうか?

 ノッポは冷静に、ただの計算結果を述べるように続ける。

「仮に人口千億としても、オリオン腕の三分の一の支配領域から考えれば、過疎と評すべきレベルです。つまり」

 

「余剰は余りない?」

 

「平時の任務、航路啓開や支配域の治安維持に相当のリソースを割いていると考えられます」

 委員長の確認に対し、迂遠な肯定を返すノッポ。

 

「サジタリウス腕にまで遠征できる軍事力は相当に制限されると?」

 政治家の希望的観測が多分に滲む回答に対し、ノッポは出来の悪い生徒の浅知恵を戒めるように冷や水をぶっかけた。

 

連中(帝国)が遠征軍を発する場合、間違いなく大軍になります」

 

「……」

 ノッポは安易な解に飛びついた、出来の悪い生徒に答え合わせを行うように説明する。

「補給路の長大さという点が非常に大きな要素となります」

 

 渦巻腕(スパイラルアーム)を越えるという、長大な距離を踏破するのに必要なエネルギーを含む物資はそれだけで膨大だ。

 旧来の帝国自領域内には物資集積場が整備されていると目されるが、サジタリウス腕から先には無いのだ。物資を運ぶ為の船舶それ自体も消費する以上、兵站への負荷は目も眩む規模となろう。

「輸送船舶の数が膨れ上がり、これを護衛する軍艦もそれに応じた規模必要となるでしょう。その上で余剰となったリソースで賄い切れる数が遠征軍の正面兵力になります」

 

「結果として大軍にならざるをえない、と」

 ようやく、と言わんばかりに大男が問題を集約してみせる。

「吾々の軍事力が"連中の相当に制限された遠征可能な軍事力"に対して抵抗可能か?という問題に集約されますな」

 

「勝利できるかね」

 

「定義によるのでは」

 大男は自由惑星同盟の最高権力者のシンプルな問いに、興味がないように問いで返した。

 

 ノッポが代わりに答える。

「一度や二度は地勢や”距離の防壁”を持って勝利できるかもしれません。しかし…」

「継続的な侵略、いや、計画的な消耗戦略を取られた時点で終わりです」

 

「だが、来寇されたから白旗を上げる、は最後の選択肢であろう」

 

「当然、抵抗はします。(あと)う限り。その為の自由惑星同盟軍です」

 答えるノッポ。

「ですが、吾々は不死の軍隊でも、無限に生産できる機械人形の軍団でもありません。疲労するし、腹も減る。そして撃たれれば死ぬのです。限界はあります」

 

「後は簡単な引き算です。自由惑星同盟軍人が一人当たり何人の帝国軍人を殺せば良いのか?という話です。ただし、回復力も考えたら…」

 期せずして畳みかけるように、大男とノッポが相互に話す形となってしまった。

 圧倒されるように押し黙った政治家達。

 無自覚の連携を為してしまったことに、一番驚いていたのは当人たちだったようで、お互いを見詰め。すぐにあらぬ方向に顔を背けたのを横目に本部長は溜息を一つ。

 代わりにと、本部長は議長に具体的な条件を問うた。

「議長は同盟にとっての勝利条件をどうお考えでしょうか?」

 

「民主主義の存続。最善は吾等が共和国の保持であろうな」

 明確に議長は言い切った。

 

「具体的にはどこまで維持できれば可能とお考えですか」

 ノッポの遠慮のない質問に、議長は少し考える振りをしたのち応える。

 

「ハイネセン…中枢星域が帝国遠征軍に踏み込まれた時点で降伏であろう」

 

「連中を中枢星域に踏み込ませないだけなら、選択肢はあるかもしれません」

「何も連中を殴って追い返す必要はありません。腹を空かせて手ぶらで帰って貰えるなら上等です。まして」

「過日の如く吾々に気付かないままなら重畳というべきでしょうな」

 大男の上司である本部長と同僚であるノッポは首筋にヒヤリとした冷気を感じたが、言い放った当の本人は平然としている。

 最初の与太話は軍事戦略上の話である。後の話は軍事を超えるレベルの話であるからだ。

 

「先ほど、彼からも述べた通り、帝国にとってもサジタリウス腕への遠征軍というのは気楽に行える計画ではないはずです。”必要”に迫られなければ行わない類のものでしょう」

 この場合、経済的要請、植民は今までの実績から現時点ではあり得ないと断定できるであろう。軍事的にはむしろ、拒否(ノー)である。こちらからオリオン腕に乗り込みでもしない限り、戦いようがない。残る、政治的要請こそがトリガーになるであろう、とノッポは言う。

「そして、現在の帝国は、サジタリウス腕への勢力拡大は望んでいない。当然、出兵の必要が無ければ従来の哨戒以上の兵力も出したくないはずです。ましてサジタリウス腕の奥地、吾々にとっての中枢星域(アクシス)への侵攻なぞ望むわけもない。そもそもですが、連中にとってはまず、吾々の本拠地(ハイネセン)を探す事から始まるでしょう」

「遠征するのに遠征先をまるで知らない。これはとんだ悪夢と言ってよいでしょう」

 その上で、とノッポは続ける。

「おそらく、考えられる最大の政治的要請は”銀河帝国皇帝は神聖不可侵にして、宇宙を統べる唯一の存在”というあたりでしょう」

 

 政治家たちは同盟に残る最新の資料-銀河連邦末期から帝政初期-にある、銀河帝国始祖たる大帝の僭称の一部に反射的に顔を(しか)めてみせた。

 

「接触していればしていたで、その古ぼけた看板に書き付けられた宣伝文句に縛られて、望まぬ征服なのか鎮圧なのかはわかりませんが、帝国は動きださざるを得ないはずです」

 

「なんだろうね。君らの話を聞いていると、お互い気付かないままの方が都合が良いように思えてくるのだが…」

 

「委員長閣下。知っても誰も幸せにならない事などいくらでもあります。そして、知らない「振り」をする事ができるのが良い大人の条件です」

 

 大男の茶化しに委員長はもう表情を取り繕うのを放棄し、歪ませた。

 

 委員長を無視し、議長が示唆したもう一つの答えの検討を始める軍人達。

 

「幸いにも帝国は気付いていない可能性が高いとくれば、気付かれないようにしてしまえば良い」

「こちらからの接触はありえない。また今回のような事故的な接触も避けるべきでしょう」

 

「脱出回廊近縁は当然として、その周縁星域や接続する星域からの市民の撤収も必要でしょう」

「当然、自由惑星同盟側の宇宙船、特に恒星間移動能力を持つ船舶の活動範囲も後退させる必要があります」

 

「避難させた市民はどこに退避させる?」

「避難場所なんてバーラト星系近縁だけでも余りあるほどあるでしょう。ある程度(中枢星域から)近い方が支援も容易です」

 

 

「まってくれ」

 国防委員長は非戦を前提に議論を始める軍人たちに割り込む。

「だが、それでどうするのか。時間を稼ぐ事で状況は改善されるのであろうか?」

 

 委員長の反論に大男は一つの解決案を出してみせる。

「そうですな、距離の防壁だけで不足があるのであれば、稼いだ時間で状況の変化を作り出すべきでしょう」

 思いついたとばかりに、指を立てて。

「たとえば、人口」

 

「人口?」

 

「100億人もいれば取れる選択肢は今より増えるのでは?」

「100億という人口規模とそれを基盤とする国力。100億人の国力による整備可能な軍事力。これくらいあれば、例え銀河帝国が10倍の人口(1000億)を誇っていようとも、彼らとしても容易に殴りかかるのを躊躇うでしょう」

 

「100億か」

 議長と委員長は深い溜息を吐く。

「しかし、100億の人口とは。また思い切った数字だな」

 

「吾々の先達者達は16万人から1世紀余で600倍以上に膨れ上がったのです。吾々の孫たちの世代に100倍程度も膨らませられないとお思いで?」

 同盟の歴史からすれば、むしろ当たり前だろう?と言わんばかりに大男は預言してみせた。

 

「稼いだ時間でやる事は、今と変わらない、という事か。いや、むしろ、より真剣に取り組まないといけないわけか」

 議長は、うんうんと頷きながら自答した。

 

「戦えば、だ。立ち止まるにしろ、引くにしろ…」

 

 部屋にいるものたちにだけ聞き取れる声量で議長が呟く。

「一たび始めてしまえば、簡単には終わらない。何より相手が終わらせる意思を持たねば終われない。

 だが、今なら。

 今だけは始めるか否かは吾々が決められるのだ」

 

 議長の言葉に、オフィスにいた者たちは黙って主を見詰める。

 

「では吾々、軍はまた暫くはお役御免ということですな。自由惑星同盟にとっても結構なことです。失礼しても?」

 

 歴史的に重要な決断だろうと、興味がないと言わんばかりに大男は沈黙をぶち破り、オフィスの空気を台無しにする発言を飛ばす。

「非戦で行くのであれば、主役は軍や国防委員会ではないでしょう?精々、新たな防衛戦略の再構築となるでしょうが、今すぐ吾々だけで決めなければいけない内容でも、ないでしょう。

 ついでに言うと、この後、恋人と落ち合う予定ですので。急な呼び出しで彼女に遅れると伝えそびれていましてね」

 

「「「…」」」

 

 呆れが75%、殺意が25%のカクテルされた、居心地の悪い視線を受けても、大男は平然としたものだった。

 

「同盟としては、今回は引くと決めた以上、戦争にはならんでしょう。そして戦争にならないのであれば、軍人は訓練に励み、余暇を充実させるのが健全な社会というものではありませんか」

 

「戦争が遠ざかれば恋愛に勤しむというのはどうなのかね。準備するなり事前にやる事くらい、いくらでもあるのではないのか」

 一言なかるべからずと、国防委員長は声を上げてしまう。

 

「いえ、戦争も恋愛も相手があってのもの。相手がこちらを認識もしてくれなければ、始まりさえしませんよ」

 つまり、今自分たち同盟側が出来ることは限られているし、急ぐ事もない。

 相手が来るなら、それに合わせて急ぐ必要もあろうが、精々、気付かれないうちに距離を取るだけのことである。少なくとも軍隊が急ぐ事ではない。

 大男は悠然と、自論を委員長に展開してみせた。

 大体、戦争以上の事を軍人が考えたら、文民統制-シビリアンコントロール-はどうなるのか。そこを考えて決めて、軍人(自分たち)に指示するのがおたく(政治家)らの仕事じゃないか。

 国防委員長を見る大男の視線に小馬鹿にする色が灯る。それに気づいた国防委員長も血圧が上がっていく。売り言葉に買い言葉だ。

 

 仕方ない、と議長が間に入った。

「君にとって帝国との戦争は、恋人との逢瀬と変わらんのかね」

 

 大男は眼を大きく開いてみせて、議長をじっくりと見つめる。

 

 大男にとって恋愛と女は人生を豊かに彩るための重要なファクターであり、人生を賭けるに値する、大層刺激的なゲームでもあった。ゆえに、それを理解できない哀れな者たちへ、蒙を啓くが如く、厳かに宣った。

 

「とんでもありません。恋愛は楽しくて気持ちいい。何より『お互い』楽しめるのだから戦争より、よほど上等でしょう?」

 

 これ以上、総司令官候補と目された大男は喋る事が叶わなかった。

 同僚になるはずだったノッポに足の甲を踏みつけられ、上司が袖を強く引っ張ったからだ。

 




GWに銀英伝の素晴らしい二次創作を楽しませて貰っているけど、足りない…銀英伝二次をもっと……せや、自分で書けば増える!(なお、最後のリン・パオに対するトパロウルのツッコミ(物理)で満足してる模様
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