帝国遭遇狂騒曲 異説・ダゴン星域会戦成らず   作:narrowalley

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2.或る放蕩者の帰還

 

 城が崩れる音がする。城壁が砕かれるのが見える。

 その事実を知った国防委員長には、確かに見えたのだ。

 

 済まない。爺さん、婆さん。ごめんよ、俺なんかに賭けてくれたみんな。

 でも、これはあんまりだ。

 

「…長。……委員長。

 国防委員長!

 自失している場合ではなかろう。今、国防委員長の職責にある者がすべきことは止まる事ではないはずだ」

 壁際のゲスト席に座していた、高齢の紳士が、よく通る声で国防委員長を窘めた。

 衝撃の余り、呼吸すら困難になったかと心配するほどに前後不覚となっている国防委員長を見遣り、数舜目を細めてから仕方ない、と高齢の紳士は会議の主催者である、最高評議会議長に顔を向け直した。

 

議長(マダム)はどう考えているのかね?」

 

「いきなり盤面がひっくり返ったのです。すぐに考えなど及びもつきません。ですから、国防委員長に尋ねたのです」

 だから、事の発端に立ち会った、当事者達の生き残りである、あなた方も呼んだのだ。最高評議会議長の目が声には出さない、続きの台詞を述べているように高齢の紳士は見て取った。

 

「だから、『こっち』に(最高評議会)評議員ではなく、限られた人間を呼びつけたのだろうが…」

 最高評議会議長公邸内の地下にある幾つかの部屋の一つであり、建設当初は第二状況分析室-サブシチュエーションルーム-と言われていたその施設は、今では”コミュニティ”専用室と化していた。

 極秘として、議長の招集を受けた際、何故、主状況分析室(マスタールーム)ではなく、異なる基準の情報を取り扱う場となっていた第二状況分析室(サブルーム)を会場としていたのか、呼びつけられた老紳士は全く予想もしていなかった。

「さても、このような状況をもっと真剣に、想定してしかるべきであったのだろうが……後の祭りだな」

 告げられた内容の衝撃を老紳士は溜息を吐いて受け流そうとしながら、あらためて国防委員長を見やるが。

 今も平静には程遠い、国防委員長を見て、代わりに軍服をまとった、ただ一人の参加者である統合作戦本部長に話を振る。

「本部長。軍はどう考えている?」

 

「宇宙艦隊司令部-開示を受けたのは宇宙艦隊司令長官と総参謀長の二人だけですが-は、元議長案再び、です。また、距離の防壁の弱体化(避難星域の避難解除)には絶対反対が主流となるだろうとの付帯意見も付けて来ました。いわゆる、ぶり返しです」

 痛まし気に国防委員長を見つめながら、統合作戦本部長は高齢の紳士に概要を説明した。

 

「君たち(統合作戦本部)まで現場(宇宙艦隊)の肩を持つのかね?」

 

「いえ、流石にそこまで頭に血が上るほどでは。ただ、帝国軍による二正面同時攻撃に対する軍事的対応プランについて、作戦部もパニック状態というのが本音です」

 

「それじゃ、宇宙艦隊と変わらんじゃないか」

 

「ええ。むしろ更なる後退(避難)すら検討する必要があるかもしれません」

 

 現職統合作戦本部長の予想する碌でもない未来に、黙って話を聞いていた者達も背筋を震わせる。

 

「ふむ。こうなると、疎開作戦の際に遠隔地の無人星域放棄も併せて実施したパトリシオ議長の決断は結果的に英断だったかもしれんなぁ…」

 懐かし気な顔をしながら、ソリビジョンに描かれている、サジタリウス腕の星図を眺める老紳士。疎開作戦実施時に遠隔地の放棄もしたお陰で、距離の防壁の厚みがある程度回復出来ているからだ。少なくない軍人がパトリシオ元議長の決断に感謝しているだろう。

 

「だが仮に、だ。更なる後退により距離の防壁(無人領域)を十全に確保したとして、二正面同時攻撃に対して、宇宙艦隊司令部一押しの戦略的機動性を全面的に押し出した各個撃破をするのに、どれくらいの戦力を用意するつもりかね?」

 

「接続宙域…もう一つでは無いのでしたな…誤解しないよう、従来の接続宙域を、仮にイゼルローン回廊と称しますが、国防委員長が推進していた、イゼルローン回廊迎撃プランで、駐留1万隻、即応2万隻、予備1万隻の4万隻を想定していました」

「現在、発見された新回廊の情報を最優先で収集しておりますが、イゼルローン回廊と同程度とする、甘い見積もりで、単純に宇宙艦隊がもう一揃え必要になります」

 

「現職統合作戦本部長たる、君がそんな希望的観測に(すが)るようなら、吾が共和国の国防は相当に悲観的にならざるを得ないんだが?」

 

「…一般的な航路を想定すると、新回廊方面だけで、国防委員長の推進しているプランを基に組み上げたとしても、2倍の艦艇数が必要になるかと…」

 

「おいおい、正面兵力12万隻か。…軍国主義の極みだなそれは…」

 

 数少ない軍服を着る人間と高齢の紳士の会話を黙って見つめる数人の人間。

 最高評議会議長と彼女の腹心であり、副議長の国務委員長、軍事面の主担当である国防委員長、彼女に招集された、統合作戦本部長が正式な出席者であり。

 この部屋の主であるコミュニティの担当者が二人。

 そしてゲストが二人。

 人口10億を目指そうとする恒星間国家において、最新の集約された情報を秘密裡ではあるが、正式に知りえた者が両手指に足りるほどしか居ない。

 それだけ自由惑星同盟にとって重要な情報であるということであった。

 

「結果的に知ることが出来たのですから、無駄ではなかったのでしょう。引き継いだ時には、博打と呆れるようなプロジェクトだとばかり思っていましたが」

 最高評議会議長が恨めし気に湿度を含んだ眼差しと共に高齢の紳士に話しかける。

 

「あの時の恐怖や不安を知らないからそう言えるのだよ。いつ銀河帝国が大軍を催して来寇するかも知れない。

 『吾々は銀河帝国を知らなさすぎる』

 パトリシオ議長があの当時よく仰っていた台詞だよ。マダムが今、感じている、感情そのものだと思うがね」

 

「他人事のように。貴方も感じていた事でしょうに…」

 

 放心状態の国防委員長を、そのような自失に追い込んだ事にサディスティックな満足感を得た事で多少の気晴らしになったのか、議長はターゲットをゲストの老紳士に向けた。

 

「確認したかったのですが、銀河帝国情報収集計画に関し、議長府の”情報機関調整会議”(コミュニティ)が管轄する、やたらに秘匿性の高いプロジェクトの一つに情報収集活動(ヒューミント)があったそうですが、これをヤングブラッド元議長はご存じだったので?」

 

 現職の最高評議会議長に問われた老齢の紳士然とした、コーネル・ヤングブラッド元最高評議会議長は僅かに首を傾げ、視線を議長から逸らして思い出すように黙ってから慎重に答える。

「…構想レベルのものがあったのは知っていた。政治家や研究者…文民からも要求はあった。尤も、当時の軍、疎開作戦を担当していた軍高官が軍側の窓口もしていたのだが、軍情報部と一緒に偉く反発してね。

 無理もない。既知の情報も無く、準備も碌に出来てない状況-疎開で一杯一杯だったからね-で、危険な場所に工作員を送るなんて無謀であり無茶であり無駄だ、と言い張ってね。基礎的な研究からするべきだと、パトリシオ議長に談判して押し通していたのを憶えているよ」

 

「何時頃から始めていたのですか」

 

「私もずっと政権に参与していたわけではないからね。私が君の席(最高評議会議長)に座った頃には送り出しているという報告は見たかもしれん。もっとも、当時を知る”コミュニティ”最初期メンバーと言ったらほとんどが鬼籍に入ったか、現役を退いて久しい者ばかりのはずだ…」

 そこまで言ってから、ヤングブラッド元議長は視線をもう一人のゲストに向ける。

 

「あいすいません。私も当時は下っ端ですから、高度な機密を知る立場にはいませんでしたので」

 ヤングブラッド元議長が憶えているよりも白髪の勢力図が増えていた、オルトリッチ退役大将は年齢を感じさせない、豊かな頭髪を掻きながら申し訳なさそうに回答した。

「私が知る限りにおいては、”コミュニティ”成立からプランはあり続けていたようで、10年近い準備期間を経て始めたようです。ですので、第一次ヤングブラッド政権前夜くらいからではないでしょうか」

 オルトリッチは腕を組み直し、ちらりとソリビジョンに視線を向けた。

「成果は無いわけでは無かったようです。少なくともオリオン腕側の接続宙域…イゼルローン回廊出口の星域情報や、辺境民との接触、宇宙海賊の拉致…拿捕による情報収集で、最低限の言語や社会情報は得る事ができたので」

 

「でも、準備や送り込む手間、帝国に同盟の存在が露呈するリスクに対して、挙げた成果の割が合わなかったのだろう?」

 

 渋い顔をすることでオルトリッチ退役大将はヤングブラッド元議長の指摘を認めてみせた。

「実際、何度か軍も中止を訴えていました。ですが、代替となる、適当な案もなく、また成果がゼロでなかったのも返って踏ん切りをつけにくくしていたようで。帰還者達の情報を取り込んで修正するという形で(潜入)作戦の延期や縮小を図りはするものの、作戦自体は継続していたようです」

 

「でしょうね。(私の)前任者の時に中止命令が議長名義で出ていました。非人道的に過ぎるという理由で、ね」

 

 議長の発言に、ゲスト二人の老人は顔を(しか)めた。

 そんな事くらい分かってしかるべきであろうに…と。同時に自分たちの推した政策を悪し様に非難されているように感じ、気分宜しからず、といった体であった。

 

「ですが、ここに大きな果実を結んだということですね、議長閣下」

 オルトリッチ退役大将は自分たちの政策の成果を確認するように聞き直した。

 

「…そうですね。同時に『特大の大穴』も見つけて来たそうですが」

 議長はウンザリとしたように、部屋に映し出されているソリビジョンを見上げた。

 つられるように老人たちも、部屋に居る者たちも議長と同じものを見つめた。

 

 そこには、天の川銀河の二つの渦巻腕が簡易表示され、さらに簡易星域図と主要航路が描かれていた。

 分かりやすく、明滅する発光線がバーラト星系から始まり、イゼルローン回廊を構成する星域群を通って、オリオン腕に入る。オリオン腕側辺境域をある種の有翅昆虫のごとく迷走するように動き回り、突然中枢部-ヴァルハラ星域-に飛び込んで行った。突き抜けるようにヴァルハラ星域を出た発光線は再び辺境域へ戻るように動き出す。

 辺境域で疲れを癒すように動きを止めた発光線が再び動き出し、ついにサジタリウス腕に戻ったところで終わった。

 これは、潜入工作員が報告し、持ち帰った情報を元に描かれた彼の旅の軌跡であった。

 

「持ち帰った情報の精査にはどうあっても3か月はかかるそうです。正式な発表はその後、早くとも年末になるでしょう」

 議長が、今決まっている事を述べる。

「問題は、発表までに答えを用意する必要があるのです。アレに対する自由惑星同盟の」

 いっそ、怨念を込めて睨みつける議長。

 

 彼の旅の軌跡、その一点こそ、大問題であった。

 サジタリウス腕とオリオン腕の境界を越える線-旅の軌跡-が交差していない。

 出る時と帰る時が同じ宙域-航路-であれば交差し、円を結ぶはずの線が開かれたまま、途切れている。

 

 イゼルローン回廊を出でた潜入工作員が帰還に用いたのはイゼルローン回廊にあらず。新たなる回廊-フェザーン回廊-を用いて、サジタリウス腕に帰還してきたのである。

 

 

 

----§----

 

 

 

 余りの衝撃により、碌な考えが湧くわけもなく、次回の開催までに宿題として検討することだけを約し、解散となった。

 ボリス国防委員長が漸く人心地を取り戻したのは、議長公邸を出て車寄せに至る、VIP専用通路を統合作戦本部長に付き添われるように歩いている時になってからだった。

 自身の少し先を年嵩の割にしっかりした体をスーツに包んでいる老人と、年相応ながらも背筋が伸びている老人が小声で会話しているのが聞こえた。

 僅かの躊躇を見せるも、ボリスは先を歩く老人に話しかける。

「ヤングブラッド元議長…その、先ほどは失礼しました…」

 

 ヤングブラッドとオルトリッチはほぼ同時に立ち止まると、揃って振り返り、気の毒そうにボリス氏を見やった。

「構わんよ。ショックを受けるな、と言う方が無理があるというものだ。正直、今でも夢を見てるような気がするくらいだ。何なら酒でも呑んでベッドに潜り込めば、朝には夢になってるかもしれん」

 

「どうせ同じホテルでしょうし、お付き合いいたしますよヤングブラッド先生」

 

「先生はやめてくれ。今じゃ名誉職で縛られた、ただの爺だよ」

 

 気安い雰囲気を醸す老人たちに強張る表情のまま、ボリスはヤングブラッドに相談を持ち掛けた。

「ヤングブラッド元議長。ご相談があるのですが」

 

 ボリス委員長の申し出に顔を険しくするヤングブラッド。片手を僅かに挙げて話を止める仕草をする。

「ここで話すような内容ではなさそうだね。……この面子なら懐かしの「我が館」が適当だろう。…今は君の執務室に通して貰おうか」

 

 その日、国防委員会庁舎に詰めて居た者たちは不安が渦巻きつつあることを肌に感じ、首を竦めたり、首筋をさする仕草をしきりに繰り返していた。

 主たる国防委員長が議長より急な呼び出しを受けて議長公邸に向かったと思ったら、統合作戦本部長に付き添われて厳しい表情で帰ってきたのだ。数日前からごく一部の軍高官が帝国軍を目前にしたような緊張感を隠し切れないままに自分の仕事部屋に籠り出した事と併せて、凶兆が団体で押し掛けてきたと想像するのは無理からぬものだった。

 

 車から下りてきたのは委員長と本部長だけでなく、老人二人のゲストが居た事が思わぬ騒ぎを呼び起こした。

 庁舎の入り口近くにおり、委員長の帰りを待っていた軍人が、駆け寄ろうとして、委員長のそばに居た老いたゲスト二人を知っていた事が騒ぎの発端となった。

 ゲストの顔を確認した瞬間に条件反射であろうが、国防委員長や統合作戦本部長を差し置いて、その軍人は幽霊を見たかのような顔つきで、ゲスト達に最敬礼すると、止める間もなく庁舎内に駆け込んでいった。

 血相を変えたその軍人が注進して回ったのだろう。普段、袖章に金線を連ねて肩で風を切るような軍高官や重鎮呼ばわりされる古株の委員たちが、いつもの沈着さをかなぐり捨て、文字通り通路に転がり出て来ては通路の端一杯に並んで、委員長の一団が通り過ぎる度に、最敬礼したり握手を求めたりと大変な騒ぎとなっていた。

 通路が人で溢れ返り、立ち往生して状況を理解しきれない若い職員が、傍で、委員長の一団が視界から消えるまで最敬礼で固まっていた将官に恐る恐る尋ねてみた。あのお客人はどなたですか、と。

「…国防委員会のかつての大親分と、名物本部長だった御方さ。

 ここで偉そうにしてる連中のほとんどが、あの人たちの子分か教え子で、昔世話になり過ぎて、あの人たちが突撃しろと命令したら、議長公邸だろうと新無憂宮だろうと真っ先に突っ込んでいくくらいさ」

 呼吸すら忘れていたのか、息を乱しながら若い職員に説明した将官はそっと呟いた。

 こいつは特大の厄事に違いない。暫くは家族の顔も見られない事を覚悟しないといけない、と。

 

 

 

 ボリス国防委員長とグエン統合作戦本部長が、扉の前まで押し掛けてきた部下たちを押し止めて、ドアを締め切るまでの間、先に通された委員長執務室を、ヤングブラッドは懐かしそうに見渡していた。最高評議会議長執務室より長く居ついた部屋であり、あの当時を思い出すには打ってつけの舞台装置でもあった。

 

「いやはや、とんだ騒ぎとなってしまいましたなぁ。もう十分にロートルで忘れられていると思っていたのですが」

 オルトリッチ元統合作戦本部長は隣でハンカチで額を拭いながら苦笑していた。

 

「お騒がせしました。しかしこちらで宜しかったので?」

 ようやくドアを閉め、客人たちを応接スペースのソファーに誘ってボリスは遠慮がちに尋ねた。

 

「勝手知ったる委員長執務室(ここ)なら、密談するには打ってつけだよ。態々”部屋の掃除”をする手間も省けるし、君たちもすぐ仕事に取り掛かれるというわけだ。事が済めば私達は、庁舎の食堂で飯でも食べつつ、一杯引っ掛けて帰るまでさ」

 ヤングブラッドは、尋ねたボリス委員長に冗談混じりに答えた。

「マダムは君達に大変重い宿題を押し付けた訳だが、その件で間違いないかな」

 

 ヤングブラッドの問いにボリスは頷いてみせる。

「はい。昨今の国防政策に精通し、あの疎開作戦の政治的指導者であったヤングブラッド元議長が目の前にいる。同盟最大の危機に対処した先輩が居るのです。(わら)より遥かに上等な救命具が眼前にあるのだから、掴まずにはいられません」

 

 自分を藁か救命具に例えてみせる、豪胆なのか鈍感なのか分からない、政治家としても後輩のような後任者(国防委員長)の視線を受け止めるヤングブラッドは遠い過去になりつつある、光景がフラッシュバックする。

「…大層なものではないよ。大事な所は議長、パトリシオ議長が皆背負って行かれたのだ……」

 そこでヤングブラッドは押し黙ってしまう。

「……すまんね。年を取り過ぎたようだ。昔話をすると、どうにも周りが見えなくなってしまう。年寄りの悪い癖だ」

 過去の残滓を振り払うように、首を振り、表情を改めてボリスと相対する。

「複数の回廊が発見されるという想定は無かった訳ではない。昔から基礎的研究はされていたはずだが」

 室内に居る、新旧の統合作戦本部長二人を見やる。

 

「はい。結論も変わっておりません」

 グエン本部長が答える。

 

「と言うより、基礎研究の段階で吾が方に取りうる選択肢がほぼ無いのが分かっていたので、研究も基礎止まりでした」

 オルトリッチ元統合作戦本部長が補足した。

 

「…」

 室内に重苦しい沈黙が下りる。

 

「距離の防壁を際限なく拡張する、か」

 継戦能力の保持を最優先に、後退出来る限り後退し、ゲリラ戦に徹し、帝国軍が根を上げて撤退するまで後退・持久するという、建国初期から検討されていた銀河帝国が全面攻勢を仕掛けた場合に同盟に残された防衛戦略であった。

「最悪の状況だな」

 ヤングブラッドが今の気分と合わせて、吐き捨てた。

 

「新しい回廊を探す努力も継続はしていましたが、優先順位は高いとは言えず。

 見つかったとして、状況が好転するどころか悪化するのが分かっていましたから、無意識に避けて通るような気持ちがどこかに蔓延っていたのかも知れません…」

 グエン本部長が無念です、と現状を認めてみせた。

 

「……」

 

 再び黙りこくる国防委員長を痛ましく見つめながら、ヤングブラッド老は謝罪を口にした。

「済まない、とは思っているよ。私の失敗のせいで、君は自分の節を曲げ、人生の遠回りをしてでも、叶える為にその椅子を目指した事も。

 そして、ようやく指先が触れる所まで来たのに、な…」

 

「…」

 

 事の発端は今から10年ほど前に遡る。

 宇宙暦670年。

 本格派政権などと呼ばれた、第二次コーネル・ヤングブラッド政権が成立し、目玉政策であり、自身肝いりの第八次宇宙艦隊改編計画が流産した。足元の中枢星域の一部の離反のせいで。

 

 宇宙暦640年代後半には、疎開完了によってオリオン腕接続宙域(イゼルローン回廊)から中枢星域(ハイネセン)までの間の無人宙域が広がり、戦略的縦深をある程度確保出来た、つまり距離の防壁の厚みを回復できた事に、自由惑星同盟軍としては、まずは安堵した。そして、確保した戦域-戦略的縦深-を十全に使う事で、より効果的な防衛戦略を構築したいと欲するのは自然な事であった。

 もしも、帝国軍が侵攻してきた場合、戦域内であれば、後背から、脇腹から、隠蔽してからの奇襲など、あらゆる選択肢を確保しておきたいというのは用兵家としての当然の欲求であろう。まして兵数不利が前提の同盟軍であればなおさらである。

 

 ここで、疎開した事が逆に問題となっていた。

 勢力圏の後退は同時に、中継地点となる物資集積地や補給拠点の後退も意味していた。イゼルローン回廊と呼ばれる接続宙域に至る中継地点の数は一番遠方(遠回り)のルートを使うと疎開以前の半分となり、無補給移動距離が倍増していた。

 想定される戦場に戦力を投射させる事を条件とするならば、自由惑星同盟軍宇宙艦隊の艦艇全体の航続力の強化は必須となるのが自明であった。

 航続距離の強化とは、一般に推進機関の大型化、燃料の増加をもたらし、艦体の大型化に繋がった。また僻地での活動となるので、通信機能の強化や、その他機能の補填-つまり、なるべく一隻で完結させようと多機能化が進む-も加わり、結果として、乗り組む兵員数の増加と調達費の高額化を招いた。そして、単純に大型化するという事は、停泊地といった基地・後方施設の拡張・改修も要するので維持費も嵩むということでもあった。

 従来の宇宙艦隊と同数の規模を揃えるならば、倍の人員と倍の調達費、倍の維持費がかかる。乱暴に言うとそういう事だった。

 宇宙艦隊司令部の関係者はこの方針-第八次宇宙艦隊改編計画-について、古式ゆかしい言い方をすると「ブルーウォーターネイビー(外洋海軍)」を目指すもの、と称した。

 

 様々な思惑が入り混じり、それでも制御しきれるはずであった。多少の混乱や反動はあろうとも、それは民主主義ではありふれた、脊髄反射のようなもの-熱いものに触れて手を引っ込めるように-と思われていた。誰しもが。

 

「運命の女神とは余程性悪なのかもしれんな。何の予兆もなく、突然に夢を捨てろ、望まぬ手を掴めと言うのだから」

 

 結果は、誰しもが予想だにしなかった形となり、多くの人間にとって、まさかの流れとなった。

 第八次宇宙艦隊改編計画の流産と実力者と言われたヤングブラッド派閥崩壊から始まり、同盟政局の混乱と緊張が数年に渡り続く事態となった。

 どうにか、政治が落ち着きを取り戻した時に皆、思い出したのだ。肝心の防衛構想が宙ぶらりんのまま、碌に整備が進んでいない事に。そもそも否定した政策の代わりを持っていない事に。少なくとも半数が納得しうるものを提示しなければ、また荒れるのは必至であり、であるが故に多くの政治家は尻込みせざるを得なかった。

 

 そのような中で立ち上がり、火中の栗を拾うが如き勇気あるドン・キホーテの一人が目の前のボリス氏であったのだ。

 国防委員長就任前からボリスが時間を掛けて纏め上げたプランは、要点を(つま)むと、イゼルローン回廊のサジタリウス腕側出口近くまで前線を押し上げる事であった。

 回廊内の狭隘な部分に人工の防塞や障害を構築し、自然現象のみならず、人工物も投入し、帝国軍の侵入を更に制限し、数の有利を活かせないようにする事をより強化する内容であった。

 ボリス国防委員長の防衛構想プランには、ある大前提があった。イゼルローン回廊を構成する接続宙域からしか帝国はサジタリウス腕に侵入できない、というルールで成り立つものだった。

 ルールが崩れた-もう一つの回廊が見つかった-のだから、このプランも画餅と堕したのである。

 

「それも政治だよ、ボリス国防委員長。万全なる状況など政治に望むべくもない、か…」

 疎開作戦により、故郷から追い立てる側の首謀者の一人であったヤングブラッドの失敗を繕うべく、避難民となった者達の中から立ち上がったボリスが、人間にはどうにも出来ない自然現象を前に打ちひしがれる様は二重の意味でヤングブラッドを責め立てた。

 気を取り直すように、ヤングブラッドは代替案のアイデアを出してみせた。

「だが、ボリスプランも全て捨てる必要は無いのではないかな?

 軍も諦めさせているのは複数の経路から帝国軍が同時に侵入すること、大軍の利を活かした同時多方面攻撃を強いるからであろう?

 例えば、イゼルローン回廊側を完全閉塞、少なくとも軍事的には利用不可能なレベル-そうだな、艦隊行動が取れないくらいに-で閉塞できれば、フェザーン回廊のみという事になり、実質侵攻経路を単独にするという、従来の環境に寄せる事が出来ないだろうか」

 

「なるほど…仮にですが、フェザーン回廊のみに対応を絞る事ができるのであれば、ボリス国防委員長案の倍…いえ、1.5倍程度の数くらいならどうにか用意できるかも…」

 グエン本部長は、ヤングブラッドのアイデアに、はっとしたように表情を変え、皮算用を始める。

 

「五割り増しの6万隻か。それでも短期限定でローテーション無視の全力出撃に近くなるな。長期戦は難しいですね…」

 オルトリッチがすぐさま、課題を挙げてみせた。

 

「イゼルローン回廊閉塞の方がよほど現実的ですし、検討してみる価値はあると思います」

 

「建国から想定されていた、無限後退、無制限持久戦をやってみろ。市民から億単位の死者が出る。そんなものしか出せないくらいなら、政治的な課題は無視して良いから技術的に可能かつ、市民の生命を犠牲にしなくて済むプランを考えてくれ。

 いずれにしろ、戦死者を金に代える事ができるのであれば、最悪国家破産(デフォルト)を覚悟すれば良いだけだ。半世紀もすれば(拡大した人口による税収で)借金完済できるだろうさ」

 かつて最高権力者を長く務めただけあって、ヤングブラッドは冗談含みの極論を出して明快に方針を示してみせた。

 ここまで話を進めた所で、ヤングブラッドは一端話を戻し、現状維持プランについても話題に上げる。

「後は『情報』の精査次第だが、帝国の辺境域への植民拡大が想定していたように低調のままであれば、疎開の継続徹底と様子見になるだろうな」

 

 ボリスの体が強張る。それは、彼の公約の一つである、疎開解除を少なくとも短期的には諦める事を意味していた。

 

「様子見にしろ、積極策にしろ。宇宙艦隊司令部の望み通り、第八次宇宙艦隊改編計画の復活ですか」

 オルトリッチは、過去に潰えた宇宙艦隊拡張案について思う処があるようであった。

 

「蟷螂の斧だろうと、用意はせにゃならんだろう。影絵の斧では話にならんよ。

 もっとも、宇宙艦隊司令部が望むままに軍拡する事も、今は不可能だ」

 ヤングブラッドも、自身がライフワークとした政策ではあったが、激変した環境に対して、そのまま対応できるなどとは考えてもいなかった。

 

「中枢星域が荒れそうですね」

 ボリスは政治家として、”前科”のある中枢星域市民の動向を気にする。避難星域出身であり、彼らをバックボーンとし中央政界に席を占めているからこそ、疑念を抱かざるを得ない。

 ボリスの不安を、ヤングブラッドは一笑に付してみせた。

「中枢星域の大多数の市民は分かっているさ。跳ねっかえりなんてのは常に何処にでも一定数はいるのだ。要らぬ心配だよ。

 大体だ、今の議長どの(マダム)は、あれらを自分の出世の出汁に使ったんだ。今度は自分の政権維持のためにもしっかりコントロールして貰うまでのことだよ」

 紳士の仮面を外して悪童のように舌を出してみせたヤングブラッド氏に思わず、室内にいる者達は失笑する。

 

 

「技術的な話は後で詰めるとしても、可能であるなら政治的に閉塞できないかも考えておきたい所です」

 気を取り直し、ようやくボリスが議論に参加すべく政治的課題を持ち出す。

 ゲスト二人も軽く頷く。ボリスの議題はヤングブラッドや、軍トップを長く勤めたオルトリッチとしても望む所であった。

 

「政治的に閉塞か。形式はさておき、実質として、帝国軍の通行を不可能とする、という事だな」

 

「普通に考えるなら、帝国政府が軍隊の移動を自由に行使できない、もしくは躊躇するような『何か』がフェザーン回廊に存在している事になりますね」

 

「普通に考えるのであれば。

 自国の軍隊を進入させるのに躊躇する存在とは外国以外の何者でもないんだがな。政治的には。

 …まぁ(政治的に)閉塞できるのであれば、イゼルローン回廊だって構わないさ。この際、贅沢は言わんよ」

 

 自由惑星同盟において、建国から半世紀ほどは”外国”が存在した。ロストプラネットと言われる、銀河連邦末期に入植し、忘れ去られ、なお生き残っていた先住民惑星たちである。国務委員長が暗黙の了解として副議長に擬されるのは、建国期、今とは比べ物にならないほど貧弱だった自由惑星同盟にとって、彼ら先住民惑星との『外交』は文字通り国運を左右していた時代の名残であった。

 自由惑星同盟への参加交渉から、加盟惑星固有の法律・制度と同盟憲章の擦り合わせが国務委員会の主たる任務に遷り変わり、上院の形が整うと『外交』から『地域間調整』が本分となっている。

 もはや、自由惑星同盟においても外国を知る者達は極めて少なくなり、外国というのは、銀河帝国という悪の、それも良く分からないあやふやな敵しかいないのが現状であった。

 

「銀河を統べる唯一の政体を名乗る帝国が外国の存在を許すとは思えません」

 

 唸り声を上げて腕を組む密談者達。

 

「外国…国という形でなくても良いから、軍隊の進入を制限できる何か、ないだろうか?」

 

非武装地帯(DMZ)はどうですか」

 グエン本部長が軍人らしい意見を述べる。

 

「緩衝地帯ということだね」

 ボリスが政治家らしい、言い換えをしてみせる。

 

「そいつは、帝国も認める必要があるぞ」

 緩衝地帯とは国境を接する勢力同士、同盟と帝国双方の了解が必要となる。つまり、帝国に同盟の存在が知られると同義である。

 

「(緩衝地帯化という)結果は悪くない、と思う。それに至るまでの条件が、大いなる矛盾となる事を除けば、だが…」

 帝国から同盟の存在を秘匿し、国力を伸長させる。パトリシオ政権から始まる同盟の対銀河帝国戦略の根幹であり、これを変えるには相当の理由と政治的エネルギーを要する事が簡単に想像できた。

 オルトリッチは少し捻ってみせた。

「帝国の分裂、もしくは地方の独立などはどうでしょう?これらのコンビネーションでも構いません」

 

「…簡単に言ってくれる。それが出来るならそもそも、銀河帝国を四分五裂にして無力化するよ」

 実に虫のいい話だな、とヤングブラッドは苦笑してみせる。

 

「帝国への内部工作をするにしても情報の精査がまず必要です。その後、接触を検討する流れになるでしょう。すぐに出来る話ではありませんね」

 ボリスが首を捻る。

「(帝国と同盟が)国境を接さず、軍隊の移動を阻害、もしくは躊躇させる適当な存在。外国は有り得ない…同盟からも帝国からも外国である第三国が理想だが、その存在は成立が困難。……「敵の敵は味方」と言いますが、では「敵の味方」は、吾々から見て「敵」なのか?…」

 

 ボリスのこぼした言葉にヤングブラッドは反応する。

「…ボリス国防委員長は何か気になる点がありそうだ」

 

「帝国の分裂は難しくても、地方の独立はどうですか?形式としての独立国は帝国が許さなくても実質として、帝国が軍事力、同盟に対する遠征軍規模の大軍を入れる事を躊躇するような。

 サジタリウス腕における、かつて存在した、同盟加入交渉中の友好的な独立星系のような存在です。

 もしくは同盟憲章に従うが地域独自の法制度を保持しようと、同盟政府と摩擦を厭わないような体制内反対派…とまでは行きませんが、強い自治権を主張するような地方勢力です」

 同盟に合流しようと加盟交渉中の勢力に軍隊を入れるなど、よほどの緊急時かつ、正当な事由での先方からの要請が無い限り、恫喝と受け取られかねないし、同盟政府側も遠慮するだろう。ボリス委員長が遠回しに例え話に出した地方勢力とは、避難星域の一部勢力そのものである。

 ボリスの例え話に部屋にいた3人が黙って発言者をみつめる。

「まてまて。早まるな。国防委員長の今の話は、とてもいい処を突いている気がする」

 

「そうですね。もっと丁寧に整理するべきでしょう」

 密談者達は眼の色を変えて、慎重に条件を詰めていく。

 

「帝国が認める、制度の枠内において存在する地方自治体であること。それも『高度な自治権』を持たねばならん」

 

「高度な自治権では抽象的に過ぎるので、ある程度具体的にした方が宜しいかと。

 最低でも平時における警察権を掌握しうる自治体くらいでないと、帝国軍の介入に対抗できませんね」

 

「帝国軍が警察権を保持もしくは代行する、つまり憲兵が民警も兼ねるような貧弱な自治権しか持たない自治体では意味がありません」

 

「治安維持機関…とりあえず、法執行機関を管理・運営するくらいの予算編成権があるという前提ですね」

 

「当然それだけの予算を組むのだから、徴税権…徴税能力も持つはずだ。となれば、十分な行政能力を持たねばならん」

 

「同盟であれば、星系政府…最低でも惑星政府レベルですね…」

 

「議会は…帝国だから無いかぁ」

 

「委員長閣下。別に議会が無くとも行政は成立しますよ。独裁ならば」

 オルトリッチの苦笑交じりのツッコミにボリスは不機嫌になる。

 元とは言え、軍高官が現職の政治家に突っ込むには危険すぎる意見ではあった。

 

「支配者層が人民の負託に応えられる程度に有能かつ清廉であり続ける、という条件下では第一人者に(権力を)集約した方が単純に効率は良いな…」

 子供でも首を傾げるレベルの妄想だがな、ヤングブラッドは小馬鹿にしたように言い捨てる。

 

「自ら(おさむ)る、”自治”体と言う考え方からして民主的に過ぎるかもしれません。人民の”自治”を訴求するような政体ではない事は確かでしょう。

 彼らの常識において、選挙による自治体の首長を選任する-民選-というのはナンセンスで、中央政府による任免、つまり官選-皇帝独裁の建前なら勅選ですか-という前提の方が良いかもしれません」

 オルトリッチが同盟における常識の罠について、注意を喚起する。

 

「不愉快な話だが、そちらの方がオリオン腕の現実に即しているかもしれん。しかし、皇帝の勅選というのは相当なリスクではないかな?

 人選の失敗、それすなわち皇帝の誤断という事になりはせんかね」

 

 ヤングブラッドの意見にボリスは考え込む。

「皇帝の権威に疵が付きかねない…と?」

 

「うむ。民主主義である吾々(政治家)とて誤断の積み重ねは実績と言う権威に疵をつけ、次回選挙に影を落とす。ましてや権威主義の権化のような帝国では統治を揺るがしかねない」

 帝位に相応しくないと分かったから、挿げ替える、と簡単に皇帝を代える訳にもいかん制度だろうしな。自嘲しつつヤングブラッドは評してみせた。

 

「お二方とも。いざとなれば人柱-代わり身-なりを立てれば、ある程度は済む話です。皇帝の権威を保護するためのシステムが織り込まれていて然るべき、と考える方が健全でしょう。

 それに、()()は帝国だけの話ではないでしょう?」

 陽気なはずの元統合作戦本部長の口から毒々しい組織の保身論が出ることで政治家たちは黙りこくる。

「話を戻しますが、元議長の御意見の通り、勅選は乱発も些末事への適用も、その権威を落としかねません。つまり、選ばれる側にも相応の権力とか地位が求められるはずです。

 吾々の身近で例えるのであれば、佐官以下の人事は統合作戦本部で扱われ、将官人事は国防委員会、特に重要人事は最高評議会議長の専権というような形です」

 

 グエン本部長が得心したというように頷いた。

「オルトリッチ閣下の意見を敷衍すると、帝国政府が任免する官選首長、例えば地方知事というものに対し、より広域かつ高度な権限-その地域の駐留軍の指揮権すら併せ持つような-を持つ官職、地方総督とかでしょうか、とにかくそのような重要な官職に対しては皇帝の勅選が必須というのは納得できます」

 

「勅選クラスの地方総督-同盟で言う星系政府首相に星域管区司令官を兼任するようなもの-は皇帝の勅選という権威に相応しいだけの権力を与えられなければ、却って皇帝の権威を貶める事になるか…」

 

 組織人として長く、(軍)組織トップにあったオルトリッチは組織人らしい考え方でイメージを纏めてみせた。

「はい。皇帝の勅選-皇帝にのみ責を追う-です。皇帝の代理人とも言うべき存在です。人類の統治権を総攬する者から一地域を負託されるに相応しいと見做された者に、わざわざ吾々のような分権化された権限を与えるでしょうか?」

「それはもう中央政府も法律に拠る介入すら躊躇する存在です。当然、政府機関の一組織に過ぎない帝国軍など、用も無ければ踏み込む事すら嫌がるでしょう。

 法の上位に佇立する皇帝の代理人です。少なくとも任された地域においては、絶対者です」

 

「法の上位者…法の枠外にある者。皇帝と並ぶ、特権階級か……

 古の格言に、『皇帝とは最大の騎士(領主)、騎士とは最小の王』というものがあると聞いた事があるが…」

 

「…なんとなくイメージが鮮明化されてきました…」

 

「オリオン腕における、帝国支配領域内において、地方自治体以上の『高度な自治権』を有する地方政権…」

 

「帝国政府が軍隊を含めて一方的な介入を躊躇するような地方団体…」

 

 

「「「貴族」」」

 密談者たちが声を揃えて思いついた言葉を口にする。

 

 

「封建領主-諸侯-がフェザーンにいるか、が前提となるが、有り得るとしたら、有り得るかも」

 

「有事とされれば、踏み越える事(介入)は可能だろうが、逆に言えば、非常時と宣しなければ、踏み込むには、政治的コストが高すぎる」

 

「吾々が有事でもなければ、星系政府の自治権に介入できないように、ですね」

 

 ボリスの例えにヤングブラッドは苦笑する。彼は最初の国防委員長時代-パトリシオ政権時代-に散々に介入したし、取っ組み合いに近い、仲介や折衝を経験していたからだ。

 

「フェザーン回廊を構成する星系領主の貴族を引き込む、もしくは帝国政府に対し、武装中立くらいまで対立させるか」

 

「帝国政府に吾々の存在が露呈しないのであれば、黙って貰うだけで十分です。これだけなら非常にコストパフォーマンスが宜しいでしょう。

 それに、帝国とて一枚岩という事はありますまい。反旗を翻すには至らずとも、反発する者や対立する者、皇帝を含む中央から冷遇されている者など、濃淡はあるでしょうが、見て見ぬ振りをするくらいの消極的協力者の存在は期待しても良いのではないでしょうか」

 ボリスの意見は無理な軍拡を前提としたプランより、よほど手頃で自然なように感じられた。

 

「帝国の、それも貴族とどう交渉するのか、何を持って取引できるのか、皆目不明ではあるが、それも『情報』の精査で見えてくるものがあるでしょう」

 オルトリッチの前向きな予測に皆の表情が多少明るくなる。

「同じ地球産まれの生物です。腹も減るし寝る必要もある。生殖方法も変わらない。会話も出来るし、(潜入工作員は)取引もできたのです。宇宙を旅する方法だって基本は変わりません。

 今だけでも、これだけの共通点が挙げられたのです。精査が進めば益々増えることでしょう。きっと交渉できる余地が見えてくるはずです」

 冗談めかしながら好材料を並べてみせるオルトリッチの陽気さは、かつて名物本部長と慕われるだけのリーダーの美点が伺えた。

 

「なに。オルトリッチ君の先ほどの御明察によれば。

 皇帝から彼の地を賜り、人民を支配し、安寧を齎すべしと命じられた貴族と。

 市民より選ばれ、一部の権利を預託され、市民の幸福に資する事を期待された吾々(政治家)。ほら、似たような者じゃないか。主義主張は異なれど、政治に携わるのだ、きっと利益の一致も見出せるし、方便も弁えてるはずさ…」

 露悪的にヤングブラッドは自分達政治家と貴族の共通点を挙げた。

「少しでも銀河帝国を知る事で戦う以外の選択肢、叶うならば交渉できるのであれば、それは吾が共和国にとっても民主主義にとっても、ささやかでも偉大な一歩となるだろうな。政治家としては是非とも欲しいものだ…」

 それこそがあの日から、ヤングブラッドがパトリシオから受け継ぎ、求めて来た未来だったのだから。

 どうにも、国防委員長執務室(ここ)で議論を交わすと、辛く大変だったはずのあの日々-パトリシオ政権時代-が輝かしく蘇ってきて困る。ヤングブラッドは内心で独り言ちて、思い出を振り払う。

「貴族だの封建領主などという時代錯誤で唾棄する存在に感謝する日が来るとは。こんなやくざな商売を続けてきて、初めての体験だよ。長生きするものだ」

 ヤングブラッドの皮肉たっぷりの歎息に皆、苦笑する。

 

「だがボリス氏のプランを基にしたミラーリングプラン(イゼルローン回廊閉塞案)も検討しよう。真新しい土産の一つも持参しないとマダムの機嫌が悪くなる一方だろう」

 

「軍事面のみの解決は絶望的、最善は政略の類でフェザーン回廊の閉塞、乃至事実上の無効化、と言う処でしょうね」

ボリスはグエン本部長に軍に対して注文をつける。

「希望的観測が多分にあるが、軍事的に無理筋なのは良くわかった。ただ、君たち職業軍人に宿題だ。「いつになったら」軍事的に帝国と対等になり、「どのような条件を満たせたら」帝国を圧倒できるのか、そこをはっきりして来て欲しい。議長の言葉通りなら、精査後の各種情報から帝国軍の詳細が入手できるはずなのだから」

 

「まぁ、そのような所であろうね」

 

「余りお役に立てませんで」

 

 申し訳なさげに謝罪するオルトリッチに、慌てるようにグエン本部長がにフォローを入れる。

「致し方ありません。軍事面に限ってしまえば、物理法則と数字が全てです。全てをひっくり返す魔人の壺も無ければ、全てを無かった事にする機械仕掛けの神もいません。自然と、答えは収束してしまいます」

 

 ボリスも追従するようにゲストたちに感謝を表す。

「いえ、大変勉強になりました」

 

「よしてくれ。碌でもない宿題を君達に残した、糞爺だよ私は。であるが故に私が再び、しゃしゃり出る事は、吾が共和国にとっても宜しくないのだ。まさにこれからは、君らで決めて進んでくれたまえ」

 

「わかりました。この国を間違えないように必死に考えます」

 

 羨ましくないと言えば嘘になる。

 戦うか否かの選択肢しかなかったパトリシオ議長。パトリシオの跡を継ぎ、国力涵養に専心しつつ、いつ再び戦火が迫っても、あの時よりマシなようにと、その後の政治家人生を費やしてきた自分とは、全く次元の異なる世界がボリスを待ち受けているようにヤングブラッドには思えた。

 自分には与えられなかった選択が彼には与えられるのだ。妬むには老い過ぎたが、羨まぬほどには政治家として枯れたつもりも無かった。

 コーネル・ヤングブラッドの再来と一部で噂される、後輩のようなボリスを眩しく見つめながら、ヤングブラッドの脳裏に或る光景が蘇り、自然と笑みがこぼれた。

「…頼もしい限りだ。こう言うと言い訳に聞こえるがね、私のしくじりによって、君のような有為の人物が様々な領域から立ち上がってくれる限りは、吾が共和国は大丈夫だろう」

 かつて、自分が上司から送られた言葉を、ヤングブラッドは後輩となるのであろう、ボリスに送った。

 

 時刻を確認し、話も終わったとして、ヤングブラッドは立ち上がる。

「良い時間になった。吾々は夕飯でも食べてから引き上げるとしよう。オルトリッチ君も付き合ってもらうぞ」

 

「了解しました、元議長」

 

 老人二人の戯言に疑わしい視線を向けるグエン本部長。

「…本気で庁舎の食堂へ行かれるので?」

 

「この面子が委員長執務室に立て籠って密談してたんだ。扉の向こうじゃ、やきもきしてるのが大勢いるだろうに。彼らを無視して帰ってもいいが、そうすると、君達-現職組-が相手をすることになって、身動きが取れなくなるんじゃないのかね?

 急で重大な仕事がある身なのだ。そんな君達の仕事の邪魔をさせないように、ロートルなりの援護射撃をしてくるだけだ」

 

 年寄りの予言に、自分の仕事が減るのであれば止む無し、と頭痛を堪えるような表情をした、本部長は老人たちのエスコートのために部下を呼ぼうとした。

「…では、せめて案内させますので、少々お待ちください」

 

「不要だよ。()()の方が()()より、()()は長いんだ。勝手知ったる…と言うやつだ」

 

 静止も聞かず、老人たちは扉を開け放ち、ドアの前で通路を埋め尽くしていた者達を一睨み。

 古の予言者の如く海が割れるように道が出来、そこを悠然と歩いていく。(たむろ)していた人間たちを引き連れて、ゲスト達が食堂へ消えていくのを呆然と見送った二人は顔を見合わせると、苦笑いを見せあい、仕事に取り掛かる事にした。

 お役御免の年寄りたちと違い、職責ある彼らはこれから、上司である議長の宿題について答えを用意しないといけないのだから。

 

 

 

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